勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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エディアールの手帳6

 アギレの言う「答え合わせ」が終わる頃、アデルがふと空を見上げた。

 「……ソート」

 つられてわたしも見上げると、空から、黒い何かが飛んできている。

 仲間たちの元にいるソートがいるということは、彼らもここに来たということだ。ソートは見事に役割を果たしたようだ。

 彼らは本当に急いできてくれたようだ。

 「ちょうど宿のおばちゃんの話し相手をしていてな。みんなが固まっている時にソートが来たんだ」

 セトが、アデルに鎧を投げてやりながら言った。

 「アデルさん」

 リゼットが盾を手渡した。以前愛用していた青銅の盾は、ピラミッドで人食い箱に食われてしまっている。これは、ポルトガで調達した〈鉄の盾〉だ。

 リゼットはロマリアでもらったみかわしの服を身に着け、腰にはモーニングスターを付けている。

 「どうせ、アジトに殴り込むって展開なんじゃないのかい?」

 同じくみかわしの服を着込んだジルダが、魔導士の杖を振り上げた。その腰には棘の鞭も装着しており、戦闘準備は万全だ。

 「アギレ、これも」

 イオリが、アギレの鎖帷子を渡した。

 「いいのか?」

 「嫁入り前の娘さんを攫うなんざ、相当な外道じゃねえか。人同士が手を組まなきゃいけないって時に、こんなのを見過ごしてたら後味が悪い。なあ」

 リゼットが強く頷き、ジルダが片目を瞑って見せた。二人とも、アギレの傍にいる満身創痍な盗賊の存在にはとっくに気づいているようだったが、そこに触れることはしなかった。

 「覚悟決めたからな」

 セトが鉄の爪を装着する。その言葉の意味は、わたしにだってわかる。

 前回は、アギレの気遣いによって回避できたことを、これからするかもしれないということだ。すなわち、人の命を奪うことになるかもしれない。

 「ありがとう」

 アデルが素直に礼を言い、肩に止まったソートの頭をねぎらうように軽く撫でた。大カラスは満足げに一声鳴き、馬車に向かって飛んだ。

 「馬車は目立たない場所に置いておく。ソートとメモリーが見張っててくれる。ついでに、そいつらも」

 アデルはそう言いながら縛り上げた三人の盗賊の元へ向かった。

 「な、何だ?」

 「知ってることは全部話した!なあ、頼むよ、助けてくれ……」

 怯える三人を前に、アデルが短く呪文を唱える。紫色の魔方陣が浮かび上がり、すぐさま、三人が静かになった。あれはラリホーだ。

 これで何とか用意は整った。問題は、絶対についていくぞと、決意がありありと浮かんだグプタと、その横にいる少年である。実際、彼らをこの場所にとどめておくのは非常に不安でもある。

 「絶対に私たちから離れないように」

 アデルは二人に念を押しつつ、剣を抜いた。

 「行くぞ」

 

 

 その石窟は、迷路のようだった。

 薄暗く、寒い。以前入った鍾乳洞よりも、同じ景色が続く分、不気味だ。それはまるで、巨大な墓の中にいるような気分だった。

 「あいつらによると、敵は十五人いる。気を抜くなよ」

 アギレはそう言い、先頭に立った。盗賊たちのアジトだ。いつ何時、どんな罠が潜んでいるかわからない。

 続いてアデル、わたしが軽く今までの道をマッピングしながら続き、リゼットとジルダがそれぞれグプタとマサラにつき、後ろにセトとイオリ。

 驚くことに、魔物がいた。いや、人間かもしれない、あれは。薄汚れた緑の頭巾を被り、手に持った斧を見境なく振り回す狂人が、雄たけびを上げながら、こちらへ突進してきた。

 アギレの横まで進んだアデルが、左手を突き出し、メラを放った。火球はまともにぶつかったというのに、奴は怯むことなく、こちらへ向かってくる。人間離れした咆哮が、石窟の中に響き渡った。

 アギレの投げたナイフが奴の眉間に命中し、奴は「ぎゃお!」と獣じみた声を上げながら倒れた。

 「な、何だこいつは。魔物か?人か?」

 「……どうかな」

 男の死体からナイフを抜き取ったアギレが呟いた。

 「この匂い、薬じゃないか?」

 「……ええ、きっと」

 屈みこんで頭巾を取ると、驚くほど平凡な顔立ちの男の顔があった。頬がこけており、不健康そうな顔色を抜かせば、どこにでもいそうな、むしろ人好きのする顔をしている、とても奇声を発しながら襲い掛かるような人間には見えない。

 「これが原因でしょうね」

 彼のポケットには、黒い粘土のようなものがあった。

 「何だ?」

 「ケシの実の樹液を固めたものですよ。直接口にしたり、これを熱して水蒸気を吸ったりします」

 「そんなことしてどうするんですか?」

 リゼットが首を傾げる。

 「本来なら、鎮痛や睡眠誘発など、様々な薬効があります。が、使い方を誤ると、これがないと生きていけない状態になります。その間、この薬は体を蝕み、精神を錯乱させたり、衰弱させたりします。最後は廃人になり、身動きもとれずに弱って死ぬでしょうね」

 「そんな、そうなる前にやめれば……」

 「やめられないんだな、これが。どんな意志の強い人間でも、これに憑りつかれたら最後、死ぬまで手放せなくなる。そんな奴を俺も見たことがある。薬が切れそうになると、死んだ方がましだと思うほど苦しくなるそうだ」

 問題は、そういった男が、なぜここにいるかだ。中毒に陥った人間は、薬を手に入れるためなら何でもするという。以前見たバリイドドッグのように、死霊魔術師(ネクロマンサー)の術を使わずとも、人間を意のままに操ることもできるわけだ。

 それは、相手を人間と扱わないやり方だ。

 「義賊なんてものとは、ずいぶんかけ離れているようですね」

 少なくとも、今現在の頭目には、そんな精神は欠片たりとも見受けられない。

 

 男の死体の横をすり抜け、私たちは進んだ。

 あの盗賊たちが言ったように、二間ほどの部屋が繋がっている造りになっている。すべてが同じような部屋で、これでは確かに迷いそうだ。

 意外なことに、道中さっきの男以外で襲い掛かる者はいなかったし、部屋に罠などの類はなかった。あれほど巷を騒がせている盗賊団のアジトにしては、少々手薄である。いやむしろ、かえって不気味ですらある。

 まるで、私たちを誘い込んでいるかのようだ。

 そう思っていたら、背後でイオリが剣を抜く音がした。同時に、鋭い金属音も。

 「どうした?」

 「投げナイフだ。後ろからだな」

 セトが、床に落ちたナイフを拾い上げながら言った。後ろから突然ナイフを投げられたのを、イオリが叩き落としたようだ。

 ジルダの魔導士の杖から、小さな炎の玉が浮かび上がった。灯りであり、敵の姿が確認できたらぶつける気なのだろう。

 「誰だ」

 イオリの声に、暗闇から人影が現れた。

 「何だ、お前たちか」

 出てきたのは、筋骨隆々とした初老の男だった。軽装ではあるが、腰に剣を帯び、手には、アギレの持つようなナイフがある。先ほどの攻撃は、この男のものだったのだ。

 「お久しぶり、お姉ちゃん」

 「……ちっ」

 ジルダが、待機させていたメラを遠慮なく投げつけた。

 「おっと」

 それをひょいと避け、男は人の好さそうな笑みを浮かべて見せた。

 「何だ?ずいぶんな大所帯になってるじゃねえか、勇者さんよ」

 「カンダタか」

 表情一つ変えることなくアデルが剣を向けた。その瞬間、グプタの顔が強張った。

 なるほど、彼がカンダタか。確かに、一見するとどこにでもいそうな、善良そうな男だが、その顔には、いくつか刃物でつけられたであろう傷があり、その目は尖ったナイフのように鋭い。何より、ジルダの不意打ちのメラを、いともたやすく避けた身のこなし。

 「何の用だ。また、前みたいに元部下たちに制裁を与えるためか」

 「ま、それもある。それと、ちょっとばかし別の用があってな」

 アデルの殺気に怯むことなく、カンダタは優雅な足取りで私たちの前にやってきた。

 「カンダタ組の名前に泥を塗りたくったクソ野郎を締め上げる」

 「カンダタ組の名前?元から泥まみれの、屑集団だろうが!」

 グプタが激昂し叫んだ。先ほど言っていた、幼馴染の死を思い出したのだろう。

 「なんだこのガキは」

 「義賊を気取ったところで、お前がかつてやった悪行が消えると思ったのか!今回だって同じだろう。お前が部下にするような奴が、まともなわけがない!この人殺し!」

 隣にいるリゼットが必死でなだめているが、グプタの罵声は続く。

 「そのせいで今度はタニアが攫われているんだぞ!何もかもお前のせいだ!どこまで人を傷つければ気が済むんだ、地獄に落ちろ!」

 意外にも、カンダタは数々の暴言に怒るそぶりを見せなかった。彼も気づいていたのだろう。どれだけ取り繕うと、所詮は盗賊団だったのだ。頭目が変われば、いともたやすく、殺人鬼の集まりに戻る。

 「タニアってのは、お前さんの恋人か」

 「婚約者だそうだ」

 アギレが答えると、カンダタはわずかに顔を伏せた。

 「……そうか」

 そうして歩き出す。

 「来ないのか?ここは俺の方が詳しい。お前たちにはいろいろ借りもあるが、今回はあのカルマンの野郎を締め上げるのが先だ」

 アギレがアデルに顔を向けた。どうする?と目で問うている。アデルは小さく頷き、歩き出した。

 一応目的は同じなのだ。それに、確かにわたしたちはここには不慣れだ。

 グプタは未だ納得していないようだったが、マサラとリゼットに促され、渋々歩き出した。憎悪のこもった眼をカンダタに向けながら。

 

 

 これで何度目だろう。同じ部屋が続き、ひょっとして、同じところをぐるぐる回っているのではないかと思ったところで、カンダタが「ここだ」と足元の床を軽く蹴った。

 「階段か」

 隠し階段があったようだ。それにしても、よくわかるものだ。

 「隠し階段か。あいつら、このこと黙っていやがったな」

 アギレが怒る風でもなく、呟いた。何もかも洗いざらい話すわけがないと、最初から警戒していたのだろう。

 「階段の下は、細めの通路があって、そこを抜けると大広間に出る。たぶんだが、奴らはそこにいる」

 「注意が必要ですね」

 何しろ、道中ほとんど襲ってくることはなかったのだ。何となくだが、これは罠のような気がする。

 階段を降りると、カンダタが言うように、少し細い通路があった。似た部屋が並ぶ、あの迷路のような空間よりかはましかもしれない。

 通路を歩いていると、すぐさま憎悪に満ちた殺気を漂わせた盗賊が三人、斬りかかってきた。あの迷路では戦いにくいため、ここで待機していたのかもしれない。

 飛んできた弓矢を、アデルが叩き落とし、剣で斬りかかる男にイオリが対峙し、カンダタはリーダー格と思しき男に、思い切り体当たりを食らわせた。体当たりを受けた男は血を吐いて倒れ、その間に、アデルとイオリが、それぞれ相手を昏倒させた。

 「こいつらに事情を聴きたいのはやまやまだが」

 アギレが前方を睨み、懐からナイフを取り出した。

 「そんな時間はなさそうだぜ?」

 視線の先には大広間が見える。そこに、武器を構える男たちの姿が。

 「みんな油断するな!リゼットとジルダはそっちの二人を頼む!」

 アデルがそう言いながら、剣を構える。

 それよりも先に、カンダタが走った。

 「カルマン!貴様あ!」

 集団の中央にいた男に、罵声を浴びせつつ。

 「あれが頭目か」

 アギレが呟き、アデルはメラの火球を作り出した。灯りと、牽制のためだろう。

 「……え?」

 そのアデルが、珍しく驚きの声を上げた。その視線の先にいるのは。

 「サハク……」

 誰かがそう言った。それが、この集団を率いる、現頭目の本当の名前だった。

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