勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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エディアールの手帳7

 「サハク、お前が……」

 「お久しぶりですねえ、みなさん」

 わざとらしく揉み手をしながら、サハクがにこやかに微笑んだ。それはまるでしたたかで抜け目ない商人の笑みだった。

 カンダタが追う、今の盗賊団を率いている頭目カルマンとは、サハクだったのだ。

 「カルマン!」

 カンダタがサハクにナイフを投げつけたが、彼の傍にいた二人の男が、それを叩き落とした。同時に、物陰に隠れていた男たちが一斉に現れ、カンダタに向けて矢を放った。

 カンダタはそれらを叩き落とすが、何ぶん数が多い。そのうちの一本が、彼の肩に突き刺さり、彼が呻いた。彼が叩き落とした矢をちらりと見たが、あれはまずい。毒矢が塗られている。即効性ではないが、体は徐々に痺れ、やがては死にすら至る毒だ。

 アデルが、体勢を崩すカンダタに斬りかかった男に、メラを投げつける。

 それが、戦闘の合図だった。セトが前に躍り出て、男の武器を奪い、後頭部を殴って失神させる。イオリは敵の剣を叩き落とし、当身を食らわせた。

 わたしたちはグプタとマサラ、それを守るようにしているリゼットとジルダを囲み、残りは背中を突き合わせ、互いの死角をかばいながら、敵と対峙した。

 敵の数はあちらが上だが、実力はこちらのほうが遥かに上だ。あっという間に三人倒したというのに、サハクの笑みは少しも消えることはない。

 なぜだと思った時だった。

 「お姉ちゃん、こっちだ!」

 「あ、こら!待ちなさい!」

 マサラがリゼットの手を取り、突然走り出した。引きずられるように、リゼットも走る。

 「ちょっと!勝手に行くんじゃないよ!」

 ジルダも急いで追ったが、それがまずかった。

 マサラ、リゼット、ジルダがわたしたちから離れ、陣形が大きく崩れたのだ。その隙に新手が襲い掛かり、イオリ、セト、アデルの動きを封じる。

 そして、ジルダとリゼットがマサラに追いついた時だった。

 「きゃあ!」

 突然、彼女たちの前に鉄製の、鳥籠のような檻が降ってきた。部屋一つ分くらいある、大きな檻だ。

 「しまった!罠だ!」

 アギレの声に、わたしは思わずそちらを見た。リゼットとジルダが、途方に暮れたように檻をゆすっている。天井から降りてくる罠だったのだ。ずいぶん丈夫なのか、少しも動く気配はない。

 「へへ」

 そして、さらに上から、三人の男が降りてきた。

 一人が、ジルダとリゼットを値踏みするように見て、軽く口笛を吹いた。

 「どっちも上玉じゃねえか。こりゃありがてえ」

 「さっきの女じゃ、ちょっと物足りなかったんだよなあ。やっぱり女は色気たっぷりの姉ちゃんに限る」

 ジルダの顔色が、さっと変わった。リゼットもまた、顔を引き攣らせ腰のモーニングスターを取り出した。

 「よくやったな、マサラ」

 この事態を引き起こしたマサラが、満面の笑みを浮かべながら男たちに駆け寄った。

 「マサラ、お前まさか」

 グプタが少年を睨みつけるも、少年は悪びれることなくニヤニヤ笑っている。

 「タニア誘拐のために彼らを手引きしたのはあなたですね、マサラ」

 わたしが言うと、彼は得意げに胸を張った。そう、あの屋敷の中、人を一人誰に気付かれることなく運び出すなど、内部の構造に詳しい人物の協力が必須だろう。だが、まさかこんな子供だったとは。少年と思って甘く見た。彼はこの極悪集団の、立派な一員だったのだ。

 「この姉さんがたの魔法は強烈だからなあ。封じさせてもらうよ」

 サハクが得意げに言い、それと同時に、男の一人が、蒼い杖を取り出した。中央に水色の宝玉がついている、何とも美しい杖だ。男がその杖を振り上げると、一瞬、銀色の透明な光が浮かび上がった。

 「さ、お嬢ちゃんはこっちにおいで」

 好色そうな目をした男が、下卑な笑みを浮かべながらリゼットに近づいた。リゼットの顔が、恐怖で歪んだ。おそらく女性だけが感じる恐怖と嫌悪を感じたのだろう。

 彼女が咄嗟にバギを唱えたのも、触れるのが嫌だったからかもしれない。無理はない。しかし、タイミングがまずかった。

 「駄目だよ、リゼット!」

 慌ててジルダがリゼットの前に立ちはだかった。ジルダは、先ほどの杖を持った男が何をしたのか、いち早く気付いていたのだ。

 リゼットの放ったバギは、男に襲い掛かったが、男に当たるまさにその時、急に方向転換した。これは、以前ジルダがやってのけた、マホカンタの呪法だ。では、あの杖がサハクが以前言っていた〈さざ波の杖〉か。

 「ぐっ」

 ジルダが魔法の盾を突き出し、跳ね返ったバギを受ける。受ける魔法の威力を減少させるという魔法の盾は、見事にその効力を発揮し、ジルダはさほどダメージを受けていない。リゼットが、さして集中せずに唱えたバギだったことも幸いしたのだろう。しかし、無傷というわけにはいかず、衝撃で冷たい檻に叩きつけられ、彼女は呻いた。彼女の手から、魔導士の杖が落ちる。

 「ジルダさん!」

 リゼットが慌てて回復の魔法を唱えようとするが、それより先に、男の薄汚い手の方が早かった。

 「おっと!お嬢ちゃんはこっち」

 ニヤニヤ笑いながら、男がリゼットを抱き寄せ、彼女が悲鳴を上げた。いつの間にか、手にしていたモーニングスターも取り上げられている。

 もう一人が、ふらつくジルダに近づき、馴れ馴れしくその腰に手を回した。何とも嫌らしい手つきで、彼女の尻を撫で上げる。ジルダが、今まで見せたこともないような憎悪のこもった瞳で男を睨みつけた。

 「クソ野郎が……」

 吐き捨てるように言うジルダに、男が張り手を一発見舞った。美しい顔がたちまち赤くなる。叩かれた拍子に切ったのか、形のいい唇から、真っ赤な血が一筋流れた。

 「ジルダ!」

 セトが叫ぶが、向かってくる盗賊に阻まれ、なかなか駆けつけられない。この男たちは、やはり先ほどの男と同じく薬を与えられている。人間を虜にし、意のままに操る悪魔の薬を。だからこそ、我が身を省みず、全力で襲い掛かってくる。死を恐れぬ兵士も同然なのだ。

 「生意気な女は嫌いじゃないぜ。そういう女が泣きながら許しを請うのを見るのは最高だね。さっきの女もそれなりに楽しませてくれたけど、あんたはどうかな?」

 リゼットの泣き叫ぶ声がした。嫌悪と恐怖と屈辱の入り混じった声だった。リゼットを押さえつけている男が彼女の体に手を這わせ、その白い首筋を舐めたのだ。

 ジルダは、無表情のまま、しばらく男が自分の体を撫でまわすことに抵抗しなかった。白い肌を伝う赤い血が、酷く鮮やかで痛々しかった。何の感情も窺えない表情は、彼女が諦めたように見えただろう。だが違った。

 「なんだ?」

 男が、急にジルダから手を離した。ジルダは動かない。しかしその手には、小さな錐のようなものがある。あれは、カザーブでもらった毒針だ。魔法使いの、護身用の武器。

 「動かない方が身のためだよ、色男」

 とびきり冷静な声で彼女はそう言い、口角を上げた。目は憎悪にぎらぎらと燃えているのに、口元は優しげに微笑んでいる。美しくも恐ろしい、同時にひどく扇情的な笑みだった。

 彼女の気迫に、男が一瞬たじろいた。そして、己の体に起こる異変に気付いたようだ。

 「な、か、らだ、が……」

 「この針にはキラービーの……ああ、面倒だからいいわ。かいつまんで言うと、あんた、死ぬよ」

 そう言って、彼女は毒針を投げ捨て、腰から棘の鞭を取り出した。

 「リゼット。聞いた?こいつら、あたしたちとヤリたいんだってさ」

 それまで、体を撫でまわす男の手に泣いていたリゼットが、その言葉にはっと顔を上げた。その空色の瞳には、明確な憎悪があった。

 「さて、どうする?」

 そう言い、ジルダが短く何かを呟いた。同時に、青白い光がジルダとリゼットを一瞬包んだ。あれは、初めて見る魔法だ。リゼットは驚いた顔をしたが、すぐに強く頷き、やはり同じように短く何か呟いた。

 「何をしてやがる!」

 リゼットを拘束していた男が、彼女を殴りつけたが、彼女はびくともしない。拳で殴られたはずだったのに。彼女の白い頬は、傷どころか、赤くなることすらない。まるで、撫でられた程度の認識しかしていないようだ。

 「触らないでくれますか。気持ちが悪いから、とても」

 初めて聞くような冷たい声で、彼女が言った。そして、男の隙をつき、俊敏な動きで離れた。文字通り、目にも止まらない速さだった。あんな動きは、アギレでもできないのではないだろうか。

 その時気付いた。彼女たちが使った魔法に。

 相手を攻撃することだけが、魔法ではない。むしろ、それは数多くある魔法のごく一部だ。わずかな時間、自らの守備力を高めるスクルトと、速さを高めるピオリム。彼女たちが使ったのはそれだ。これならば、力の弱い彼女たちでも、一瞬とはいえ、常人離れした戦闘力をもつことができる。そして、相手がマホカンタを使おうと、何の影響もない。

 彼女たちの態度に、焦れたように男が殴りかかった。が、リゼットがその拳を受け止め、ジルダが棘の鞭で薙ぎ払った。それは顔面に直撃し、顔を血まみれにしながら男が悲鳴を上げた。目が切り裂かれたらしい。

 杖を持っていた男が、慌てて武器を剣に切り替え、ジルダに襲い掛かったが、彼女は魔法の盾でそれをやすやすと受け流した。その隙に、リゼットが(いつの間にか拾っていた)モーニングスターを振った。

 モーニングスターは、もともと鉄球を鎖でつなぎ、振り回して使う武器だ。遠心力も加わり、相当な殺傷力を持つのだが、彼女が使い慣れていないこともあり、今まではそうはしていなかった。あえて固定を外したのか、それとも落とした衝撃で外れたのかは知らないが、とにかく、棘のついた鉄球は、彼女が振るうと同時に、飛び出た。

 それは何の因果だろうか。

 リゼットが使いこなせていないのか、それとも天の采配か。はたまた男が今まで無理やり屈服させてきた女たちの、怨嗟の念がそうさせたのか。

 定かではないが、鉄球は、男の鼠蹊部、いや、正確に言うと股間部分、さらに正確に言うと、男ならば誰もが持っている、大事な部分、ある時は男の意志すらも支配する、生殖に必要な器官に直撃した。あの男の、今まで多くの女性を侮辱してきたであろう男性器が、見るも無残に潰れた。

 男の凄まじい絶叫は、同じ男として多少なりとも同情してしまいそうになる。男は叫びながら、床に転がり、のたうち回った。大の男が泣き叫ぶ姿を見たのは初めてだった。

 恐ろしいのは、リゼットもジルダも、それを無表情で眺めていることだ。

 鞭で痛めつけられ、床に転がる男の方は、ジルダが股間を踏みつけ、男は悶絶しながら気を失った。毒針にやられた男は、既に動いていない。生きているのか死んでいるのかはわからないが、さして変わらないだろう。

 この事態を引き起こした遠因でもあるマサラ少年は、女戦士たちのあまりに勇ましい戦いぶりに、泡を吹いて気を失い、失禁までしている。

 彼女たちの完勝だ。

 その頃には、大広間の戦闘もだいぶ収束に向かっていた。女性二人が傷つくことなく、また、人質に取られることもないとわかったセトとイオリは、遠慮なく襲い掛かる盗賊たちを斬りつけ、武器を奪い、気絶させ、放り投げた。

 アデルはグプタと負傷したカンダタを気遣いながら剣を振い、時折、敵にメラを投げつけている。アギレは遠くの敵をナイフで仕留め、しかしその目は中央にいるサハクに鋭く向けられていた。

 そう、不気味なのはサハクだ。

 禁断の薬まで持ち出して作り上げた兵士たちが次々に倒されているというのに、彼は顔色一つ変えることなく、むしろ穏やかな笑みさえ浮かべて、それらを眺めている。さきほど、ジルダとリゼットがあの下衆な三人組を倒したときなど、手を叩き、口笛を吹いていたくらいだ。まるで、仲間たちが倒されることが喜ばしいとでもいうように。

 「何を考えてやがる」

 アギレが静かに言った。

 「こいつらは、お前の仲間だろう」

 「仲間?こいつらが?」

 ジルダたちに倒された男を見ながら、サハクが吐き捨てた。その目には、嫌悪しか浮かんでいない。

 思えば、旅の間、彼は強力な武器や防具を安く売ってくれたり、〈さざ波の杖〉の存在を仄めかしたりと、むしろ協力的だったのだ。なぜだ。

 「そんなことはどうでもいい、タニアを返せ!」

 グプタが叫ぶと、サハクはくるりと背を向けた。

 「いいだろう。あの小娘がいる場所へ連れて行ってやる」

 楽しそうに言う彼は、かなり不気味だった。一体何を考えているのか。

 「……俺は歩けないから、ここにいる。リゼット、さっきの戦いで、怪我しちまった。ここにいてくれ」

 セトが、いきなり座り込んでそう言った。どう見ても擦り傷程度しかない彼に、リゼットは首を傾げる。

 「え、でも……」

 「俺もさっきの戦いで怪我をした。アデル、治療してくれ」

 セトの隣で、イオリも胡坐をかいた。二人とも、これ以上動く気はないと言わんばかりだ。

 彼が負った傷は、ほんの小さなかすり傷だ。リゼットは何が何だかわからないといった顔をしている。何しろ、彼女たちが閉じ込められた檻を壊したのはこの二人だ。怪我して動けないような男ができる芸当ではない。

 アデルは何も言わないが、治してくれと言われれば、素直に従うのが彼女だ。頷き、イオリの隣に屈みこんでホイミの呪文を唱える。

 「アデルとリゼットは怪我人の手当てに回ってくれ。俺たちはタニアを助けだしてくる」

 アギレがそう言い、すたすたと歩き出した。

 わたしとジルダがそれに続く。グプタと、リゼットからキアリーをかけてもらったカンダタも、同じように歩き出した。

 リゼットとアデルを残したのは、セトとイオリの優しさだ。もうわたしたちは気づいている。タニア嬢に何が起きたのかを。そしてそれを、彼らはどうしても彼女たちに見せたくなかったのだ。本当言うとジルダにも見せたくはなかったのだろうが、タニア嬢をおびえさせないために、女性は必要だ。

 わたしたちを案内しながら、サハクは相変わらずにやにや笑っている。ただその目は血走り、カンダタただ一人に向けられている。憎悪に染まっているはずなのに、その顔は、心底楽しそうなのだ。

 「カンダタさんよ、覚えているか?十年前の事件を」

 倒される仲間たちに見向きもせず、彼がゆっくりと語り始めた。

 

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