勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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アギレの手記4

 全員が揃ったところで、問題が起きた。

 オルテガの死後、魔物たちはどうやら大奮起してくださったらしい。今まであの勇者の存在に怯えていたのか、それともただ単にタイミングなのか、やたら魔物たちの動きが活発になった。

 まず、ここしばらくずっと様子のおかしかったサマンオサが、いよいよヤバくなった。今まで友好国だった国との国交を断絶し、あそこはジパング以上の鎖国状態だ。シアンが、国を発つのを数日遅めていたら、こいつはこの国の土を踏むことはなかっただろう。

 あそこの国王は、名君として知られてたんだが、最近何やらトチ狂ったらしい。シアン曰く、唐突に、王としての才覚だけでなく、常識や良識、その他もろもろをどこかに落としたんじゃないかってほどらしい。

 「そりゃあ、案外別人なんじゃねえの」

 俺は笑ったが、奴は笑わなかった。

 実際どうだろうな。今まで良識に則って、正しく行動してたいわゆる善人が、あっさりと内なる善を投げ捨てることなんか、そう珍しいことじゃない。例えば金や女。それらは、簡単に人を狂わせる。それか、命の危険に瀕した時、人は自分でも驚くほど性悪になれるもんだ。

 狂ったのはサマンオサだけじゃない。もともと排他的だったジパングが、それを強めた。アリアハンの知り合いの商人が言うには、今までは歓迎こそしないものの、商いに関してはおおらかだったジパングの商人たちが、船が近づいただけでも大騒ぎですぐに追い出したという。それはさながら、酔っ払いに絡まれた若い娘みたいなヒステリックさだというから相当のもんだ。

 「連中は何かに怯えてる風だった気がするな。しかし困った。あの国はお得意様だったんだがな」

 ジパングの織物はかなり高価だが人気がある。織物以外にも、最近は紙が人気だったかな。紙なんざ、どれも同じだと思っていたが、絵画の修復にずいぶん役立っていると聞いたことがあった。旅の間にジパングに行くことがあったら、仕入れておいて損はないと踏んでたんだがな。

 そうやってあちこちが狂うと、疑心暗鬼になるのが人間ってもんだ。次はどの国がおかしくなるか、その機に乗じてどうなるのか、国同士、人間同士がギスギスしていた頃、とうとうダメ押しとばかりにテドンが滅んだ。テドンってのは、ネクロゴンド領にあった村だ。小さな村だが、それでもネクロゴンドの最後の生き残りともいえるこの村が滅ぼされたことで、ネクロゴンドは息の根を止められたわけだ。

 しかし一晩で壊滅とは、相当にえげつない。

 

 魔物が活発になったことであらためて感じたことだが、やはりこの国は、平和ボケしていたらしい。

 以前言ったと思うが、アリアハンとロマリアは友好国なので、旅の扉という便利なもんで、互いに行き来できるようになっていたのだが、今回その旅の扉を、人間ではなく、魔物が使ってしまったのだ。まあ、魔物の方も使いたくて使ったわけじゃないようだが、ロマリア産の魔物は、アリアハンのよりも相当に厄介だった。

 そのせいで、関所の近くにあった村が襲われ、一時期はシャレにならない事態になっていたのだ。

 魔物を鎮圧する討伐隊に、俺とジルダ、イオリ、セト、エディも参加した。いい機会だから、アデルたちにも実戦を経験させておきたかったが、初の実戦でこれは少々きつい。、魔物との戦いよりも、こいつらに食われた死体の処理をすることが、だが。

 

 「これは、割と厄介な問題になりそうですね」

 期待以上の剣技を披露したエディが、でかいカエルの化け物を屠った後に呟いた。それにしても、奴の剣はずいぶんいいものだ。細身だが刃は鋭く、柄のところに美しい鳥の装飾が施されている。優雅だが華美ではなく、実践的ないい剣だ。

 「そうか?魔物はあらかた片づけたが」

 セトが、突っ込んできたキラービーを蹴り潰しながら言った。実際、今回やってきた魔物の数はさして多くはなかった。連中も攻撃目的で来たのではなく、偶然入り込んでしまっただけなのだろう。村を発見されたのは、運が悪かったとしか言いようがない。

 「ロマリアでしっかり管理してるはずの旅の扉に魔物が迷い込んだ。これが大事」

 「それに、この程度の魔物から自衛できないアリアハンにも問題はある」

 でかい芋虫……キャタピラーだとかいう魔物を倒したイオリが、無造作に刃に着いた血を振り払いつつ言った。

 エディがどこまで見越していたのかはわからないが、事実、この出来事は、のちに大きな問題を作り上げたのだ。

 

 

 アリアハンとロマリアを繋ぐ旅の扉、正確にはその関所が、何者かによって封鎖されたのは、この一連の騒動が収まってからだった。

 ジルダが見たところ、関所には突如として巨大な壁が一面を覆っており、そこに魔力が感じられるという。

 「つまり、何らかの魔力をぶつけることでしか、封印は解けないってことか」

 「そういうことね」

 俺の質問に頷きながら、ジルダは肩を竦めた。

 「魔法使いにもいろいろいて、封印とかはあたしは専門外だから」

 「つまり、ジルダ姐さんには解けないと」

 魔法の何たるかについて、エディはいろいろ聞きたがっていたが、とりあえず今の俺たちにはお手上げのようだ。そして、お手上げなのはアリアハン王家もだった。どうも、あの封印をかけたのは、相当な玄人らしく、宮廷魔術師にも、封印は解けないそうだ。

 本当のところ、あの一件は完全なロマリアの失態だ。おかげでアリアハンは村を一つ半壊に追い込まれた。死者もかなり出た。これは外交においてかなり有利に事を運べるチャンスでもあったようだがな。

 それをどこぞの誰かがおじゃんにしちまった。

 これに一番困ったのは、商人たちだろう。

 遠いロマリアに、簡単に、かつ安全に行くことができるから、今まで交易やなんやらはスムーズにできていたのだ。確かに関税を払う必要はあったが、船で行くよりも遥かに安上がりだったそれがなくなれば、一気にシステムが狂う。

 アリアハン王家も、かなり真剣に封印をかけた人間を探したようだったが、結局見つからなかった。王であったグリード六世、あの狸親父がその責任を取らされる形で退位。そのしわ寄せが、俺たちにも及んだ。

 なにしろ、俺たちが集められたのは、あの狸親父の鶴の一声があっただけで、実は割と周囲は反対意見が多かったのだ。その筆頭が、狸の弟であり、新しく王位についたグリード七世だが、こいつがまた、狐みたいなツラしてやがる。

 狸と狐の、何ともほのぼのとした兄弟だが、どうやら奴らの腹の中は、見た目ほどほのぼのとはしていなかったらしい。狸も狐も、長生きすると尻尾が分かれて人を化かすようになるという。腹黒いのが長生きすると、ろくなことにならねえな。

 新しい狐親父は、俺たちへの一切の援助を断った。ロマリアとの関所の封鎖による経済的打撃がある以上、さして期待できない魔王退治のために資金を割けないのだ。そりゃ、あのオルテガが無理だったことを、十四のガキが、いくら勇者だろうとなしえるとは、本当のところ、誰も思っていなかったのだ。

 おまけに、アリアハンはネクロゴンドから相当離れており、周囲の魔物の弱さもあって、あまり魔王を刺激したくない穏健派も多かった。

 つまり、アリアハンは勇者の旅立ちに関与しない、魔王と何かあって怒らせても、王家は何の責任も負わないということだ。何しろ、王家は援助したという形を残していない。

 それでもアデルに旅立たせる理由は、国民へのその場しのぎにすぎない。いずれ国交が回復すれば、国同士で兵士を募って、戦をおっぱじめるかもしれない。勇者はそれまでの場繋ぎだ。

 勇者であるオルテガ、その子供であり、勇者であるアデル。そいつが旅立つ。これで、人々は期待する。あまり絶望ばかりさせると、働くなって納めるもんも、納めなくなっちまうからな。

 

 こうなった以上、俺たちにここにとどまる義理はない。さてどうするかと、俺たちは初めて「作戦会議」なるものを始めた。仮にも妥当魔王を謳った勇者一行の最初の作戦会議が、初めてもない旅をするか否かなのだから、何とも情けない。こりゃ、魔王討伐なんか無理だろうな。

 「俺はやめない。たとえ一人でも行く。バラモスを倒すのは、英雄サイモンの息子である俺の使命だ」

 シアンが顔を強張らせたまま宣言した。十五のガキが随分無理を言う。「たった一人で行く」も、使命という言葉も、ずいぶん薄っぺらな印象を受けた。その意味を、きっとこいつは正確に理解してはいない。とはいえ、こいつだってチームの一員であり、意見は意見だ。

 「俺は勇者殿にお任せしよう」

 ずっと黙っていたイオリがアデルに向き合った。

 「俺はすでにジパングの剣士ではなく、勇者殿に仕えることを女王に命じられた身」

 ジパングの女王とくれば、いささか興味が湧いた。ジパングでは、神の化身とも言われて崇め奉られている君主だ。表に顔を出さないことから、彼女の存在はベールに包まれている。何でも、不思議な力を持っており、占いで政をするだとか言われているが、どうなんだろう。やはり美人なんだろうか。

 「女王は俺を送り出す時に、今後は女王ではなく勇者に仕えよと仰せになった。もし仮に」

 そこでイオリは一呼吸した。刹那、彼が苦々しく唇を噛むのがわかった。

 「もし仮に、女王と勇者殿の意見が相反することが起きた場合、勇者に従えと。そのために必要ならば、女王に刃を向けても構わぬと」

 こいつは意外だった。外国嫌いで有名なジパング、その長がそういった趣旨の発言をするとは。しかも、何となく妙だ。一国の女王が、勇者の道を阻むようなことをするだろうか。いろいろ気にはなったが、イオリは内心はどうであれ、その命に従う気でいるようだ。

 当のアデルは、そこまでの信頼にさして感動した風でもなく、あっさりと言った。

 「魔王退治は僕の使命です。何があろうとそれは変わりません」

 また「使命」だ。最近のガキの間では流行ってんのかと問いたくなる。だが、シアンの言う使命と、アデルの言う使命が、大きく違った意味を持つことを、俺が知るのはもっと後だった。

 

 セトとジルダも残ることを選んだ。理由は単純だ。「帰還命令が出ていない」からだ。そりゃ、アリアハンでの援助が打ち切られたからといって、勝手にやめるわけにはいかねえわな。リゼットも同様だった。本当のところ、彼女は帰還命令でも出れば、喜んで帰るのだろうが。

 エディの方は、少し違った理由があるらしい。

 「私の場合、今祖国に帰っても、殺される可能性が高いですからね。魔王退治の旅の方が、生き残る確率は高そうです」

 やはり、こいつはお貴族様だったようだな。しかも、割と身分の高い。そういった連中の場合、まれにこういった事態が起こる。豪勢な食卓、ふかふかの羽毛のベッドの上が、必ずしも治安がいいとは限らないってことだ。

 

 結論から言うと、俺たちは誰一人欠けることなく計画を続行することを選んだ。誰一人として「世界のために」とか、歯の浮くような台詞を出さなかったことを喜んでいいのだろうか。

 「あたしの予想では、あんたは外れるかもと思ったんだけどねえ」

 あとから、ルイーダがぼそりと呟いた。

 「あ?」

 「だって、他の子たちは祖国からの命で来てるから、そりゃ勝手にはやめられないでしょうよ。でもあんたは違うでしょ」

 こうして見ると、一番外れる可能性があったのは、実は俺なのだ。なにしろ、俺はアリアハン王の命でここにいる。その新しいアリアハンの王が、解散を勧めているのだから。それに、援助がない以上、もはや報酬もくそもないだろう。金にならない仕事を、命の危険まで冒してするべきじゃない。

 「なんで?」

 「それはあれだ、素直に狐のいうことを聞くのが癪だったってことだ」

 「ウソでしょ」

 ニヤニヤ笑いながら言う彼女に、俺は肩を竦めて見せた。

 「あんたが言ったんだろう?俺は≪ひねくれもの≫だって」

 ともかくも、こうして俺たちの涙ぐましい二年間は始まった。アデルが十六にならない限り、この国は出られない。それまでは、俺たちは自分たちで旅費、どころか当面の生活費までを稼がなくてはならなくなったのだ。

 

 

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