勇者アデルとその仲間たち   作:うばたま

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リゼットのおはなし3

 アデルさんが勇者として旅立つこの二年の間、私が接した「旅の仲間」は、ジルダさんとイオリさん、セトさんがほとんどでした。その他の方々とは、あまりお会いしていません。

 お三方も本当は私に会う理由などなかったのです。ただ私があまりにも……あまりにも戦い方を知らなかったので、おそらくは同情してくださったのでしょう。ジルダさんは私に魔法の基礎を、セトさんは私に戦い方を手ほどきしてくださいました。イオリさんは剣の扱い方を教えてくださいました。確かに私は僧侶として仲間になった身ではあります。本業は皆さまを癒すことです。ですが、最低限、皆様の足を引っ張らないように、自分の身は自分で守る程度には力を身に着ける義務がありました。

 ジルダさんと私の魔法は全く種類が違うものではありましたが、魔法の使い方、発動のさせ方と言いますか……それらは、さほど変わりはありません。要するに、内なる魔力を形にするという点においては、ほぼ同じなのです。

 「リゼットは相当に才能があるようだねえ。さして教えられたわけでもないのに、見よう見まねでホイミが使えるんだもんねえ」

 私のホイミなど、その辺の薬草の方がまだましなくらい、ホイミと呼んでいいものかわからないほどお粗末なものだったのですが。

 「基礎から教えられていたら、きっと今頃相当な使い手になっていただろうに。どうして人前でやらなかったんだい?」

 ジルダさんの質問に、私は実に久方ぶりに昔を思い出しました。

 実を言うと、人前で一度だけホイミを唱えてみたことがあったのです。その相手とは、お姉さまでした。私は、おこがましくも、お姉さまのお手伝いができると思ったのです。そうして、お姉さまの前で、転んですりむいた傷を治して見せました。

 すると、お姉さまはとても怖いお顔をなさって、二度とそんな力を人前で使ってはならないと厳しく言い渡されました。お姉さまのあんなお顔を拝見するのは、初めてでした。それも無理はありません。私のような素人が下手なことをすれば、ただの怪我が、大怪我になってしまうかもしれません。私は己の浅慮を恥じ、お姉さまのいいつけを、今までずっと守ってきました。

 その話をすると、アギレさんとジルダさんは深いため息をつかれました。まるで、呆れたと言わんばかりです。お二人が私の愚かしさに呆れたのならいいのですが、どうも違うようです。

 「やれやれ。そのしたたかさを見る限り、もし運が転がり込んできてたら、案外大した統治者になってたかもしれんな」

 「どうだかねえ」

 何ということでしょう。私の言い方が下手くそなせいで、お二人はお姉さまをよく思っていないようなのです。私は一生懸命お二人に、お姉さまの気高さ、慈悲深さを説明しました。確かに、私を置いていかれたのは事実ですが、それは仕方のないことだったのです。お姉さまだって、苦渋の決断をされたはずなのです。そのことをわかって欲しかったのです。

 幸い、お二人は理解してくださったのか、それ以上お姉さまのことを悪く言うことはありませんでした。私はほっとしました。たとえ会うことはなかろうと、お姉さまのことを悪く思う人がいないことはありがたいことです。

 

 

 アリアハンでの二年間は、私にとって辛いものではありませんでした。

 着いたばかりの頃は、どうしたらいいのかわからず、とても不安ではありましたけれど。私が皆さんと合流してしばらく後、アリアハンである事件が起きました。ロマリアとアリアハンを結ぶ旅の扉が、突如として封印されてしまったのです。その後のことは多くは語りますまい。ただ、私たちへの援助の一切が打ち切られたことで、私たちはこの二年間の生活費を、自分で作らなくてはならなくなりました。

 結局、私はアギレさんの口利きで、町はずれの小さな教会に住まわせていただくことになりました。神父さまはとてもお優しい方でした。私が、住まわせていただいているのですから、毎日の教会の掃除と食事作り、その他雑用をさせていただいていたら、とても喜んでくださいました。本音を言うと、戦いの場などに出ず、私はずっとここで暮らしていたいと思ったほどです。

 この二年間はここで一生懸命働いていればいいだけですが、その後はどうしたらいいのでしょう。勿論、バラモス退治の旅に出るのです。そのために、ジルダさんたちから稽古をつけていただいているのです。けれども、それは私にとっては、雲を掴むような、ひどく現実味のない話でした。

 私は皆さんのお世話係として旅についていく、という話でしたら、納得できたと思います。けれど、皆さんは、ほとんどのことをご自分でできるのです。

 そうやっているうちに、二年間はあっという間に過ぎてしまいました。

 

 

 

 出発の日、私は真新しい僧服に身を包んでおりました。

 驚くことに、神父さまや、教会にいつも通ってらっしゃる皆さんが、私の僧服を作ってくださったのです。丈夫な麻で作られた、とても上等な僧服でした。綺麗な青に染められていて、中央に十字架が刺繍されています。

 同じ刺繍が施された帽子までついていて、最初見た時、私はあまりのことにどうしたらいいのかわからないくらいでした。私は、持ってきたぼろぼろの修道服に、布を縫い足していたので、てっきりそちらで出発すると思っていたのです。それが、こんな皺一つないぴかぴかの僧服を……。

 こんな時にはしゃぐなんて許されるはずもないのですが、私は内心うきうきしていました。新品の服なんて、両親が死んでから着たことなどありませんでしたから。

 アデルさんが謁見を済ませて、いざ出発するまでの束の間、私は確かに新しい服に浮かれる普通の女の子でした。

 

 

 アギレさんが二手に分かれると言い始めた時、私はひどく驚きました。

 彼が言うには、まず航路は使えないということです。

 「アリアハンは島国だ。陸地から他の国には行けねえ。だから航路を使えばいいんだが、たぶん俺たちを乗せてくれる船はないだろうな」

 「ああ、確かに。打倒バラモスを謳った勇者一行など、さぞ目立つうえに、魔物に狙われるでしょうね」

 エディさんが、ずり落ちた眼鏡を上げながら頷きました。彼はここ二年の間で、視力が下がったために眼鏡を使うようになったのです。飾り気のない銀縁の眼鏡は、でも、とても上品なものでした。

 アギレさんが言ったことが本当だとすると(本当なのでしょうけど)、私たちに残された道は、封鎖されたロマリアへの旅の扉のみになります。道は一つなのに、どうして二手に分かれる必要があるのでしょう。

 「片方はロマリアへルーラを使う。ジルダがちょうど使えるからな」

 ルーラというのは、一瞬で遠くの場所に行ける、とても便利な魔法です。ただ、いろいろ制約があるらしく、まず魔法を使うジルダさんが、印を残した場所にしか行けないのです。

 簡単に説明すると、使い手がまず印をその土地に刻みます。それは魔力を持って刻むので、本人にしか印は見えません。そうして、もう一か所、出発する場所にも印を刻みます。つまり、印から印へ移動するのがルーラなわけです。旅の扉も、おそらくは同じ原理なのでしょう。あちらは誰もが使えるものではありますが。

 つまりは、ジルダさんが記した印がない場所には行けないのですが、今のところ印はロマリアにしかないのだそうです。これは、ロマリアに来た時にその呪文を覚えたからなのだそうです。

 片方がルーラでロマリアに行き、もう片方が陸路を使って、同じくロマリアへ向かう。陸路の方は、なんと旅の扉の封印を解くのだそうです。

 「そんなことできるのですか」

 思わず尋ねると、アギレさんは「どうかな」と首を傾げました。

 「まあやってみるさ。一応は勇者一行なんだからな。人助けもこれからしないといけまいて」

 正しいことを言っているはずなのに、なぜか悪だくみをしているような顔をしたアギレさんが、やけに印象的でした。

 

 

 二手に分かれることまでは理解できましたが、陸路に私が入っていると、少し、いいえ、とても不安でした。

 後から考えたら、一番いい分け方ではありました。ルーラでロマリアに行く方は、何も楽をしているわけではありません。ロマリアで情報収集と、金策と、それにあるものを用意しなくてはいけないからです。そちらに関しては、私は何一つお役に立てそうにありません。ですから、私が陸路のパーティーに入るのは当然なのです。

 ですが。

 私は、神父さまから譲り渡された聖なるナイフを握りしめました。ナイフではありますが、料理用のそれとは違い、長い刀身でした。剣より短いものの、明らかに戦うことを前提に作られているのでした。しかも、聖水で清めているために、魔物の血をよく弾くそうです。

 「血はこまめに拭わなくてはいけない。そうでないと、脂で滑って斬れなくなる。一度斬ったら、二太刀目も同じように斬れると思うな」

 イオリさんから何度も言われていることですが、このナイフなら、二撃目くらいは変わらず使えるそうです。私なんぞに斬られる魔物がいたらの話ですけれど。

 剣術はイオリさんからかなり教えられてはいるものの、いざ戦うとなると、うまくできるとは到底思えません。しかも、相手は人間ではなく魔物です。けれど、しないわけにはいきません。できなければ、私が死ぬだけです。

 死ぬ。私が。父や母のように。

 そう思うと、背筋が凍りつきました。私が死ねば、妹のマリーは本当に一人ぽっちです。修道院に来てから、年齢が離れているため普段は離されてはいましたが、それでも週末に会いたいと思えば、私たちはいつでも会うことができました。

 もうあの子とも二年間会っていません。私が死ねば、十にもなっていないあの子は、たった一人になってしまうのです。

 ロマリアに着くまでは、私は死ねない。そう、強く思いました。

 そんな私の内心の不安などどこ吹く風で、リーダーのアデルさんは、「じゃあ頼む」と、ルーラ組のジルダさん、エディさん、イオリさん、セトさんに頷いて見せました。

 私は、内心ジルダさんやイオリさん、セトさんがいないことに再び不安を感じました。

 本当のことを言うと、私はアギレさんも、シアンさんも、少しだけ苦手に思っていました。

 中でも、アデルさんは少し怖いとすら思っていました。だって、必要なこと以外何も言わないし、いつだって無表情なままです。この二年間、私たちが交わした会話は、ほんの一言、二言です。

 アデルさんは、私と一つしか違わないはずなのに、その心はすでに大人なのでしょう。ですが、私はやはり、アデルさんが……いえ、勇者様にこんなことを言うのはやめましょう。アデルさんが常に沈着冷静なのは、背負う使命の重さのせいに決まっています。

 シアンさんの方は、私に対していい印象を持っていないようでした。明らかにお荷物になることがわかっているからか、それとも、私のうすのろさに、苛々しているのかもしれません。ですが、私はここで抜けるわけにはいきませんでした。ロマリアからは、まだ何も言われていません。修道院に行き、院長から指示を仰ぐまでは、私はお姉さまの代役をなんとか務めなければならないのです。

 

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