王都を出ても、幸いなことに、なかなか戦いは始まりませんでした。大きな馬車で移動したことがよかったのでしょう。
この馬車は、王都にあるお屋敷から頼まれた荷物を、北の街レーベまで運ぶものです。私たちは、レーベまで乗せてもらう代わりに、この馬車を護衛することになりました。
お屋敷のご主人は、とてもきさくで親切な方でした。アギレさんだけでなく、ここにはいないイオリさんたちのことまでご存知なようです。後から聞いた話ですが、この二年間、イオリさんたちのお仕事のお得意様だったそうです。
この二年、私は教会で家事に徹することで置いていただいていましたが、皆さんは、きちんと働いていらしたのです。
「おや、そちらのお嬢さんは新顔だね」
お嬢さん、なんて呼ばれて、少しだけ私はどきどきしました。孤児にはずいぶん贅沢な呼称でしたから。
「ああ、僧侶のリゼットだ」
濃紺の僧服を着た私を見た主は、納得したように微笑みました。
この方は、とてもよい方でしたが、少々変わっておられました。それを確信したのは、最初に通った広間よりも遥かに豪華な地下室を見た時でした。
お金持ちのことなど、私にはわかりませんが、普通、広間と地下室なら、豪華なのは広間ではないでしょうか?それとも、こういうのが「粋」なのでしょうか。
大きなシャンデリアに照らされ、それは見事な調度品が綺麗に並んでありました。どれも、埃一つかぶっていません。美しい彫刻が施された武器や、一目で魔力が宿っていることがわかる装飾品など、素人の私でも、価値があることはよくわかりました。
「私は珍品コレクターでね」
綺麗に揃えたひげをなでながら、その方は自慢げに胸を逸らしました。
「中でも最も気に入っているのはこれなんだ」
そう言って、重々しいアルバムを出してくれました。金でできているのか、それは固く、キラキラ輝いていました。中央には大きな宝石がはめ込まれ、アルバムだけでも、一財産になりそうです。
だからでしょうか、いざアルバムを開けて見せてもらった時、私は首を傾げました。そこに、丁寧に収められていたのは、小さなコインでした。金色で綺麗なコインでしたが、このアルバム以上に価値があるようには見えません。
「よく見てごらん、綺麗な彫刻があるだろう」
言われるがままに見ると、中央には星の形が、その周りには、目を凝らしてもなかなかわからないほど微細で緻密な彫刻が施されていました。もしかしたら文字かもしれませんが、私が知る物ではないので、なんと書かれているかはわかりません。
「スゴイ鋳造技術だろう?今の時代では、造るのは到底不可能だ」
「それはすごいですね」
そこまで言って、何だか妙だと思いました。
「おかしくはないですか?今の時代に作ることが不可能ならば、どうしてこれはここにあるのでしょう?」
「そこが不思議だ。だから私は魅かれるんだ」
彼はそう言って、次のコインを指しました。
「これも同じものだ。どれも全く同じもので見分けがつかない。つまり、これを造ったのは同じ人物か。少なくとも、同じ技術を持った者だと思われる。これが、ここアリアハンで五枚も見つかったのだ」
よく見ると、それぞれのコインには横に小さく日付と地名、そして人名が書かれていました。
「これは最近の日付ですね。場所はアリアハン王都周辺で、アギレさん……?」
「それを見つけてきたのはアギレ君なんだよ。実を言うとね、最初の一枚以外はみんなアギレ君たちが持ってきてくれたものなんだ」
彼はそう言って、にこにことアギレさんたちに笑いかけました。まるで、親しい友人に向けるような笑みでした。
「君たちはこれから世界中を周るのだろう?その時、もしこれと同じものを見つけたら、ぜひ持ってきてくれないか。それ相応の返礼はしよう」
この時代の技術では、造ることが不可能なコイン(彼はメダルと呼んでいました)。この時は、私も、アギレさんたちも知らなかったのですが、これは本当に、世界中にありました。そして、世界中だけではなかったのです。
ともかくも、館主の依頼で私たちは、北の街レーベまで馬車を使わせていただくことができました。
魔物に襲われたのは二日目です。ちょうど森の中に入ったところでした。そこは、昔からある林道でした。その時は、アデルさんとシアンさんが、早々と倒してくださいました。けれど、ここで少しいさかいがありました。
襲ってきたのは、大ガラスと一角兎、そしてスライムです。そう恐ろしい魔物ではないので(私には恐ろしいですが)アデルさんもシアンさんも、それほど手こずることもないようでした。
アギレさんは荷物のそばにいたまま動きません。お二人に任せるつもりのようでした。私もお手伝いするべきだったのかもしれませんが、恐ろしくて動けなかったのです。それに、言い訳にもなりませんが、私が出て行ったところで、足手まといになるだけでした。
お二人はともに鋼の剣を振っておられました。どちらもお父上から譲り受けたものらしく、かなり年季の入ったものでした。
お二人とも革の鎧を身に着けてらっしゃいます。本当は鉄製の鎧を用意するはずだったのですが、例の旅の扉の事件から、鉄が高騰してしまい、用意できなかったのです。今までアリアハンの鉄製品のほとんどが、ロマリアからの輸入に頼っていました。それらの多くは、旅の扉を通して持ってきてくれる商人さんから買っていたのです。
代わりに、アリアハンは革製品に力を入れていました。牧畜が盛んなアリアハンなら、当然のことでしょう。そのために、お二人は革の鎧を、アギレさんは素早さ重視のためか、最低限守るために革の鎧を胸当てに改良したものを身に着けていました。今回は、その防具もほとんど頼ることなく終了しましたが。
お二人があまりに強いとわかったのか、ここで大ガラスが一羽、飛び立とうとしました。逃げるつもりのようです。アデルさんはそれを確認し、剣を下ろしました。
「アデル!」
一角兎を仕留めたシアンさんが血相を変えて、アデルさんが見逃した大ガラスを一刀のもとに斬り伏せ、キッと睨みつけました。
「今見逃そうとしただろう。何でだ」
「こいつには、もう戦う意思はなかった」
それだけ言い、アデルさんは懐から取り出した布で剣についた血を拭いました。スライムの血……体液というのでしょうか?妙な色の液体でした。
「それは俺たちが強かったからだ。次に襲われる人間が弱かったら、こいつらは人間を襲って食べるんだぞ」
「ここは人間のテリトリーじゃない。こいつらのテリトリーだ」
つまり、彼らの領域に、無防備に入り込んでしまった人間は、彼らに食べられても、文句は言えないということでしょう。それは、山育ちの私にはとても理解できました。山はいつだって厳しいものです。親からは、不用意に山に入ってしまえば、山のルールに従うほかないと、いつも言われていましたから。
アデルさんは「それに」と続けました。
「必要以上にこいつらを殺すと、後々困ることになる。元々こいつらはアリアハン固有の生物だ。バラモスの影響で人を襲うようになったが、本来おとなしい生き物だ。こいつらを絶滅させたら、アリアハンが困る」
これは本当でした。確かに人を殺すほどの力を持っている魔物ですが、一角兎からは良質の肉も、毛皮もとれます。角は楽器や武器、はては薬にまで使われています。大ガラスの羽根は矢羽や布団などにも使われます。これらを扱う商人がどれほどいるでしょう。そして、その恩恵に預からない人間は、アリアハンにはいないでしょう。
「もういいだろう。こんなとこにいるとまた魔物が来るぞ。二人とも、そっちの一角兎は持って行くぞ。大ガラスもな」
その時でした。アデルさんがすたすたと森の奥へ歩いていきました。
「アデルさん?」
私が思わず追うと、すぐにアデルさんは止まりました。その前には、一本の白樺の木がありました。
「どうかしましたか?」
私が尋ねるより先に、アデルさんはその木の傍に落ちている鳥の巣を持ち上げました。どうやら、先ほどの戦闘の衝撃で、落ちてしまっていたようです。中には大きな卵が二つ入ってありました。大ガラスは普通のカラスより遥かに大きく、オオワシくらいありましたので、卵も幾分大きいようです。
「もしかして、さっきの大ガラスの。ではあの大ガラスは、卵を守るために……」
私が言うと、シアンさんはばつが悪そうに顔を背けました。確かに襲ってきたのはあちらからですが、彼らの住居へ、無断で侵入したのは、私たちだったのです。
私は、先ほどのお二人の会話を考えていました。
シアンさんの言い分も、アデルさんの言い分も、どちらも正しいと、私は思うのです。でも、お二人の意見は相容れぬものです。
「さあ、もう行くぞ。その卵もそこに置いていても、他の動物の餌になっちまうだろ。持って行くか?もう少し行ったら林道を抜ける。そこで昼飯にするか」
卵料理と言われて、お腹が空いてくる私は何とも現金な人間です。けれど、レーベまではあと二、三日かかるので、ここで食糧が調達できたのは幸いでした。保存食を持ってきてはいましたが、やはり、味気ない上にあまりお腹がいっぱいにはなりませんでしたから。
森を抜けると、今度は草原が見えてきました。
戦闘で役に立てなかった私は、進んでお昼を作りました。実を言うと、お三方はそれほど料理が得意ではないのです。旅をするうえで最低限できるだけなのですが、せっかくの新鮮な食材ですからね。
私が兎を捌いていると、アデルさんが手伝いに来てくれました。
「では卵を割ってもらえますか?」
持ってきた数少ない調味料を出しながら言うと、アデルさんは快く頷いて卵に手を伸ばしました。
「……あ」
それは、珍しいアデルさんの、驚く声でした。
「どうかしました?」
私は、卵がもうすでに割れてて食べられそうもないのかと思っていました。残念だなと思いつつ振り向くと、そこには二羽の、鳥の雛を抱き上げたアデルさんがいました。アデルさんの表情はあまり変わっていないようでしたが、後になってわかりました。あれは、相当に困惑した顔だったのだと。
鳥は、卵の殻を破って最初に見た者を親と信じ、ついていく習性があるそうです。今、目の前で行われているのがまさにそれでした。
二羽の雛鳥は、アデルさんの傍を離れません。置いていくことも考えましたが、この生まれたばかりの雛鳥たちが、親もないのに、自然界で生き延びることはまず無理でしょう。家もなくなってしまったわけですし。
このままだと、他の魔物か、動物に食べられてしまうことでしょう。それはそれで自然なことだとは思いますが、こうもアデルさんを慕ってついて回る二羽がそうなると思ったら、口を挟める立場ではないとはいえ、少し辛いものがありました。
けれど、意外な人物が(こう言ってしまったら失礼ですが)二羽をレーベまで連れて行こうと言い出したのです。
「いいんじゃないか?そううるさく鳴いてるわけでもないし。いざとなったら食糧にもなるかもしれんぞ」
とんでもないことを言う方です。けれど、確かに雛鳥のお肉は柔らかいとも言います。いえ、私は食べる気はありませんが。
シアンさんはいい顔をしませんでしたが、私はちょっとだけうきうきしていました。まだ目も空いていない雛鳥は小さく弱々しく、とてもあの巨大で恐ろしい大ガラスとは思えません。鳴き声は、とてもかわいらしいものでした。
とりあえず、私はこの二羽を、本来名付けするべきはアデルさんだとは思うのですが、いつまでも名付けようとされないようでしたので、便宜上私がつけることになりました。「ソート」と「メモリー」です。レーベまでとはいえ、私はこの二羽が大層気に入ったのです。
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小さなメダルはオーパーツみたいなもので。