「あっはははははははっ!」
「鶏……鶏っておい!! 何だよそれ!!」
病室では大爆笑が巻き起こっていた。
どうしてこんなことになったのか、私には分かりません。ただ、フライアに帰投して凄い臭いだったからシャワー借りてナナちゃんとロミオ先輩を探してたら案の定病室に入り浸っていた、というわけだ。
そこで嗅覚が鋭敏なナナちゃんに問われた質問に素直に答えたその結果がこの爆笑。
人を笑わせることは難しい、だが笑われることは容易い。
「鶏にゴッドイーターが負けちゃダメじゃん~」
「オウガテイルよっか鶏の方が強いのかお前!」
「だ、だって仕方ないじゃないですか!」
半ばパニクってた私は渾身の良い訳を叩き出す。
「フェンリルの戦術教本に……対鶏戦は載っていないんですよ!!」
当たり前だけど本当だ。
そして予想通りの反応が返ってきた。
「もう駄目……! お、お腹苦しくなっちゃう……! あっははははははははは!!」
ナナちゃんが健康そうなお腹を抱えて大笑い。というかもう防護服着ていないのね。
「新説、鶏、人類の敵だった」
「ロミオ先輩やめてー! 真顔で言わないでーー!!」
「いやいや分かんないぜー? もしかしたらソイツきっとニワトリ型のアラガミだったのかもしんないじゃん?」
「ない! それはない!!」
「分かんないよーアラガミは『喰ったものの形質を取り入れる』ことができるからな~」
知ってる。
アラガミは取り入れたものの性質を取り入れることができる……それまでの進化論を一切否定するようなメッチャクチャな細胞、オラクル細胞で構成されているのだから。そしてタチの悪いことに奴らは生きるために食べているのではなく、食べるために生きているのだ。もし、ソクラテスが聞いたら唖然とするかもしれない。
「よって、鶏のアラガミが現れない可能性を否定できはしないのだ! 我がブラッドの新鋭隊員によって発見された新種アラガミっ! それは人間の家畜に交じって人を喰らっていくタチ悪いアラガミ! だが神威隊員のお蔭でその危機は回避されたのであった……!」
「ま、まさかの救世主……! 嗚呼救世主様! 新説、唯ちゃん救世主説浮上」
「……他人事だと思って馬鹿にしてません?」
こいつらも一回あの怪物に襲われてみればいいと思います。
「いいや、唯。いいんだよ。お前のお蔭で、オレ達は明日もチキンを食えるんだから」
「そうだよ、世界のチキンを救ったんだよ唯ちゃんは!」
「もういいでしょう!!」
このまま行くと私はチキン界の神となる! 位言わねば収拾がつかない事態に陥りそう。そうなる前にさっさと切り上げないと。ひとしきり笑ったあと、もうこのネタには飽きてくれたのか、ロミオ先輩が突然の話題転換。
「ハイハイー、んじゃー、今日は行くぜ? オレ達の誇る『船』を健太に見せてやるよ!」
「え、ちょ……先輩、それいいんですか?」
健太君は……ずっと暇だったのか、すごくワクワクした表情を浮かべている。が、やっぱり心配。
黒蛛病がどんな病なのかはよく分からないが、そんなオイソレと出歩いて良いものなのだろうか。
「と、心配性なうえに悲観的な思考傾向を持つ世にも類まれなる不運女に絶対何か言われると思ったデキる先輩は既にお医者先生から診断書をもぎ取ってきたのでした。冴えてない? なぁ、オレ冴えてない?」
「普通さー、自分で言うかな~……でも冴えてるよ! ロミオ先輩!」
「おっ、ナナ。もっと誉めてくれてもいいんだぜー?」
この二人、実にノリノリである。
一体いつの間にこんなに掛け合いがうまくなったのでしょうか。油断も隙もありゃしねえ。
「まぁ、歩かせる訳にはいかねーから、一応ラケル先生に車椅子借りることになってるけど……無理は絶対するんじゃないぞ? いいな? したら兄ちゃん怒るからな」
「分かってるよーぅ! 先輩さぁん!」
「せ、先輩……! 健太お前……!」
オレ、頼りにされてる! と感極まっちゃう缶バッジ先輩。
……と、ニコニコ顔の健太君。この子処世術とは何たるかを心得ている、最近の子は中々強かだ。何だか地味に世代の格差を感じる。
「ふふふっ……まぁ、すっかり打ち解けあって……」
「ラケル先生!」
何故かすごく久しぶりな気がするラケル先生!
相変わらず流れるような金髪と深い青の瞳を持つ年齢不詳の美貌。どこか神秘的な人形めいたような雰囲気を持つ彼女だが……今日は少々、印象が異なった。
きっと椅子のせいだろう。
「……と、ジュリウス隊長……?」
「……」
「……」
「……」
あたまが 現実を うけいれることを 拒否した。
「何をなさってらっしゃるのですか……!?」
お、おもわず過剰敬語になってしまった。
隊長はいつもの鋼色の瞳でまっすぐに……私たちを見上げる。そう『見上げる』。わーい、隊長の貴重な上目づかいだぞカッコいいー。
……その頬が少々、朱に染まっておられる様はこの際認めたくないから無視する。
「少し落ち着け」
「逆にどうして貴方はそんなに落ち着いているんですか!?」
そこで、はっと我に返ったナナちゃんが見ちゃダメ、とおでんパンで健太君の目をふさぐ。少年はうわぁぁぁぁ、とまるで……じゃない、正真正銘悲鳴のような声を上げた。とりあえず……少し遅かったかもだけど、ナナちゃんぐっじょぶ。
だって、こんなの絶対精神衛生によろしくない。
こんな……
こんな成人男性の上に妙齢の淑女が腰かけていらっしゃるお姿なんて。
「車椅子を貸し」
「うわぁぁぁぁ!! 喋ったぁぁぁぁぁ!?」
「言わせろ、車椅子を貸し出すにあたりラケル先生の移動が極めて不便になる、それは理解できるだろう? だから俺が……先生のっ……い、椅子を……っ! ……ふぅ……務めさせて頂いてるに過ぎない、ただ、それだけのことだが? 何か」
「……」
こいつハァハァ言ってるんですけど……? その息づかいを即刻やめて頂きたい。辞めてほしい。
本当マジで心から。
手と膝を床に着けているイケメンとその背に優雅に横座りする貴婦人の図。うわっぷ
「だから気にせずに使うといい」
「……ジュリウス、お前今輝いてる……スッゲー輝いてるよ……」
ロミオ先輩の目はもはや濁った沼の底と化していた。
「ジュリウス……」
ラケル先生が……そう、女神が。
慈母の如く優しく労わるように、そして愛しい気だけどホタルのように儚い感じで……何か喘いでるブラッド隊長へと呼びかける。
「はい先生!」
「私の可愛いジュリウス……貴女の申し出、大変悦ばしく思うわ……」
「過分なお言葉です! 先生! あぁ先生!」
ですが、とラケル先生はたおやかに言葉を続けていく。
「一度言霊として口に出した以上、最後まで全うすることこそが……新たなる時代、そして新たなる世界を切り拓く『先導者』にして、あまねく神機使いたちを統べる『教導者』としてのあるべき姿」
「はい先生……!」
流れるように、歌うように言葉は紡がれ続ける。
「ならばジュリウス……嗚呼、私のジュリウス……? 真に貴方が私の『信奉者』たると言うのならば……」
いつまで続くのかしら、コレ。
「成るべき時に、成るべきものに、成りきらねばならない貴方が……今、誰の『許し』を得て……勝手に人語を紡ぐと言うのです?」
「……っ!!」
「す、すごい! 隊長が黙ったよ!」
「無駄に熱くてキモい吐息まで止まった!?」
そう、ジュリウス・ヴィスコンティ大尉の目には……認めたくないけど、強い『意志』の力が見て取れた。
何と引き換えてでも使命を果たすという決意。今にもいろんな意味で暴走しかかっている己の気持ちを理性の力だけで制御……『統制』し続けるという鋼の意志の力を感じた。
何が何でもラケル先生の椅子と化すこと、その一点に……今、奴のすべてが集約されている……!
……本当、本当にもう……何かもう……。
「さぁ……どうぞ存分にお使いなさい。この人類の叡智の結晶たる箱舟……『フライア』を、心の赴くままに探索するも良いでしょう。もっとも……私にできることなど、この位しかありませんが」
「……いえ、ありがとうございますラケル先生」
「じゅ、十分ですラケル先生」
ラケル先生はいつも通りに柔らかく微笑み……そして椅子と化しているジュリウスさんの肩甲骨(?)あたりを細い指先で優しく撫でた。
「さぁ……ジュリウス? 研究室へと戻りましょう……? 今の貴方は私の椅子、そう移動のできる車椅子。ジュリウスならぬジュリ椅子としての……役割を、存分に、全うなさい……」
「仰せのままに! はい先生! ラケル先生!! 時間だ、行きましょうあぁラケル先生! まるでクアドリガのように!!」
そのままクアドリガのような四足歩行で、ジュリイスさんとラケル先生は去って行った。
あまりにもアレなアレすぎる光景に取り残されてしまった私たちはただ呆然として立ちつくす。
一体何をしに来たのでしょうね、彼女らは。
「……ま、まぁ……車椅子……そう、車椅子だよ!車椅子!! つ、使えるからさ……ほら……」
「そ、そそ、そうだよ~。元気出してこー! オデンぱん食べてー嫌なことも怖いことも忘れよー」
「そ、そうそう! フライアにはね、すっっっっごいものが沢山あるんだよ!」
おでんパン目隠しを取り払われた健太少年はこくこく、とほぼ自動的に頷いていた。防護服を身に着けた看護師さんズの手により細心の注意で車椅子に乗せられていく。
その時、少年は呟きを漏らした。
「綺麗な女の人だったな……」
「あ、あぁ、先生のことだよね? ……たしかに美人だよね……」
否定はしないよ。
確かにラケル先生は美人。ちょっと神秘的で不思議な人だけど綺麗な人であることには違いない。
「うん……女神様みたいな人だった」
「!?」
空気……感染……!?(パンデミック)
▼▼▼
もっと他に行くべき場所があったんじゃないかと思う。
「第一次フライア探索隊IN神機保管庫!」
「すごくわかりやすい説明をありがとうございます」
……やっぱそうだろう。もっと他の場所があったんじゃないか。
車椅子少年に聞こえないようにそっと先輩に耳打ちする。
「あの先輩? 神機の保管庫何かに来ていいんですか?」
ロミオ先輩の翡翠の目はどことなく醒めた色を浮かべていた。
「分かってない。女の子ってホント分かってない。こうゆうのがいいんだよ!」
「そうなんですかねェ……」
「私だったら美味しいものがいっぱいある場所に連れてきてほしいと思うけどな」
それだよ、ナナちゃん。
子供は男女関係なく美味しいものが好きだと思うんだわ。そうゆうものがゴッソリおいてある場所にはずれはないと思う。
「いやオレもそうしよっかなー、とか考えましたよ? ……でもアイツ今そんな食えないだろ? だったら辞めたほうが良くない? という、人にやさしい消去法」
「……あ」
そっか。そうだった。
全然頭がまわっていなかった。
「でも、正解っぽいかも~」
「だよな! オレも此処初めて来たときぶわーっとなったもん」
「た、確かに……」
無論、私だってここをサゲズんでいるわけじゃない。むしろ
「すごい!! ここスゴイ!!!! デカい!!!!」
「分かるよ!! 分かる!! 壮観だよね!!」
病気の子供と同程度にはしゃぎたかったりする。
神機保管庫、と言ってる癖に……まぁ半分はきっと機能しているんだと思うけど。
現在、フライア所属のゴッドイーター部隊『ブラッド隊』は4名しか在籍していない。隊長、ロミオ先輩、ナナちゃんと私こと神威 唯。第三世代型神機、と言われるのはそのたった4機のみ。それじゃ倉庫も寂しすぎる……なんてことは、なかった。
意味ありげに厳重保存されている重々しいのは今は無視して。
ここには大量の神機が整然と並べてある。系統区分されており第一世代型、第二世代型、第零世代型すら存在していたり。
更にそれらが性能検証だとか言って研究員さんたちの手でバラされていたり、整備されていたり、人工筋肉?と何かの骨格を継ぎ合せた『腕』っぽいので変形実験していたり、色々と忙しない。
「すっげぇ……!」
神機なんか滅多に見ることのなかっただろう少年は目をキラキラとさせている。
「コレ、今までジュリウスが拾ってきたんだぜ?」
「すごいですね!!」
「近接槌型少ないなぁー……ちょっと残念」
真ん中のちょっと離れた場所ではデカい……本当にデカい神機があった。目算で大きさ4メートルはありそう……誰が使うんだこんなもん。巨人ですか、そうですか。
健太君はキョロキョロと好奇心半分、真剣さ半分な表情で神機を見まわしている。
「んー……あと男子が見てテンション上がるのはなぁ……アレかな。アレだな。フライア防衛用の主砲」
「しゅ……主砲?」
「詳しい情報は企業秘密割愛だけど、主砲。スゲエデカいの。アレが見えるのってどこだっけなー……」
と、ロミオ先輩が缶バッチニットに手を当てて何か思い出そうとした時だった。
研究員の1人、と思しき男性が、こちらゴッドイーター3人を発見して接近してくる。
「おぉっと、ロミオさん! 丁度いいところに現れた!」
「え……? 何っすか? ほ、報告書ならちゃんと出しました……けど……」
後ろ暗いところでもあるのか、先輩。
「違う違う。そっちの修正箇所は貴方の部屋の固定端末に直接送って置きましたから、後で再提出して下さいね」
「……はい」
「じゃなくってですね。この間……『遺された神機』略して『のこじん』を拾って来られましたよねぇーロミオさん?」
「……っすね」
「そういえば言ってたねー、拾ったって言ってたよね~」
あの『初陣』のドサクサ紛れになんかそんな通信があった気がする。
遺された神機。端的に言うならば、遺品。
『殉職』した神機使いたちの遺した神機。幸い、まだお目にかかったことは無いけど……時たま、元持ち主さんの一部付き、だったりするらしい。全く想像もしたくないお話だが。
「はぁ……『のこじん』はいいですよ。神機はナンダカンダで高級品だから。だから貴女達も、できたらで良いんで、積極的に回収してくださーい」
「はーいっ! 機会があったら善処しまーーす! それと~お近づきの印に……どーぞコレ!」
「うぉっ……何ですかコレ……!? え? おでん? パン……? どっちだ……!?」
……とは、言っても……。
神機だけならともかく、そんなかつて人間だった物が付着している物体はできるだけ触りたくない。
そ、その……自分もケガとかしてたら、感染症とか怖いし……? 断じて気持ち悪いからとかグロいからとかそういった感じの個人的な理由ではない。
「ちゃんと拾ってくれば特別手当が支給されるんだけれど」
「やります、いえ、やらせて下さい!」
「わー唯ちゃん、変わり身早いね~。物欲センサーに忠実なのかな?」
いや、だってまぁ……ね?
それにしても特別手当まで出しているとは。かなり本気で探さなくては。たとえ元人間の残骸が引っ付いていたとしても。
「まぁ、マジレスすると神機が残ってりゃ誰か他の人に適合することもあるもんなんでー。そうすればまた、罪も無いワカモノを一人生贄にして戦場に叩き込むことができますしねー、あっはははは」
「オブラート! オブラート!!」
ロミオ先輩が歯にデンプン質由来の衣着せることを強要なさっている。品種改良トウモロコシのデンプンから作れそうだからこの美しき崖っぷち世界でも安上がりに作れそうだ。
けど、言っていることは当たっている。
MIA(任務中行方不明)と化したゴッドイーターが居る場合。数日中にもすぐに捜索班が組織されて派遣がされる。
しかし、彼らの任務は行方不明者の捜索、救援ではない。
運がよければ隙を突いて遺体でも持って帰ってきてくれるらしいが……状況と照らし合わせ、生存が絶望的でかつ、偏食因子の投与限界を超えていた場合は……確実に死亡しているだろうと判断され、基本放置か神への供物。
だが、神機は回収されるのだ。
理由としては、神機は高価だし、引継ぎができる。仮に引き継げないにしろ、余ったパーツを引っぺがして他の神機使いの神機の強化や修正に充てる。ゴッドイーター本人とりも武器に方が大事に扱われるとは泣けてくる。
人のほうが消耗品なのは紀元前から変わらない、人類不変の原則らしい。
「で、その『のこじん』だけど。貴方ががのこのこ引っ張ってきた神機は。大事な『本体』の方が無いわけなんです」
「……いや、ソレ最初っから言ったじゃないですかオレ……」
「本体なきゃ意味がないんだって! 何の罪も無いワカモノを即席ソルジャーにして人類の壁に出来ないんですよ!」
「神機使いの目の前で言うことですか!?」
「日ごろ私たちがどんな目で見られているのかよく分かるよ~」
「……」
健太君ドン引き。大人の汚さを見ちまったようだ。
「まぁ、正直言うと回収してきて欲しかったですよ。むしろ盾や銃、近接武器なんかのパーツよか『本体』の方の回収優先でお願いしますね。正直言うと指令細胞群かなぁ。アレあればどうにかなる」
「どうにか?」
「あー……あんまり言いたくないけどー。万が一『神機使い』がアラガミ化、なんてことになってたらもうどうしようもありません。通常の攻撃は効きにくくなってますし……最悪、『始まったら』本人以外の神機での介錯は難しいとまで言われちゃってます」
「……そうゆう時はどうするんですか?」
割と他人ごとではない。
「そうですねー。言われてるところだと……基本的には直前に部隊長による介錯。間に合わなかった場合は一時撤退後、以降同型適合者による討伐。もしくは『近い』波長の神機……我々の間だと『姉妹神機』とか『親子神機』なんて言うんですけど……あぁ、余談ですが実はブラッドの皆さんの神機は全員姉妹機だったりして。いいですよねぇ姉妹系、ロミオさんとジュリウス隊長の補食形態の下顎のラインが似ててやっぱり姉妹なんだなぁーと、ジュリウス隊長の単独出撃した時なんかお姉さんの方が不機嫌になっちゃって……ゴホンゴホン……ま、まぁ、そうゆう系の攻撃であれば効果があるようです。最近じゃあ本部の方でどうにも部隊を派遣するらしいんですが眉唾モンですねぇ。最悪にして過去一番多く取られた処置は、『野放し』です」
「……え」
「野放しですよ、何もしない。元人間と言いつつもアラガミですから、放っておけば神様同士喰い合います。……そうやって死んでいった元人間たちも居るでしょうね」
「……」
「ただ……自我も失いながらもまだアラガミを喰い続ける、そんな呪われた死に方を誰だってしたくないし、させたくはない。……だから、回収してほしいんです。絶対に」
「……」
「まー、そーゆーことなんでお願いします。ってか何ですかこのパンは……! 美味しくないのに……美味しくないのに辞められないんですが!?」
「ナナちゃん特製のお母さん直伝おでんパンです~。よろしかったら、どうぞどうぞ! まだまだ沢山ありますよ~?」
「え……え……? い、いいですよもうお腹いっぱいですよ……な、なのになぜ体が勝手に!? い、要らない……もう俺は要らないんだ……! 嫌だ、食べたくない! 食べたくないのに何で!?」
「上の口は素直じゃないねー。いいんだよ! もっと欲望に忠実に生きたって罰は当たらないって! ねー?」
「ナナ……? おい、ナナ……? お前何を……!?」
「嫌だぁぁあああ! やめ、離してくれ! 食べたくない……やめ、やめろ! そんなもんを口の中に突っ込むなぁ! 外れる顎が外れちゃうわぁぁああっ!」
「な、ナナ! それやばいってナナ!! やめたげて! やめたげて!!」
本体、か。
介錯だとかアラガミ化だとか穏やかじゃない話が沢山聞こえる。正直、怖い。
だが、その怖さはどこか現実離れしたものだった。
多分、私なんかそうなる前にアラガミ様の餌だよね。もしくは、謎の事故死を遂げるよね。
きっとそうだろう。そうなるだろう、と思考を放棄。それに、私たちの隊長ならば、そんなことになる前にきっと何か手を打ってくれる……ような気もする。
………………多分。
何故かフラッシュバックするジュリ椅子さんは放置。放棄。遠い宇宙の彼方へ飛ばす。
「い、医療班ーー! 医療班さんこっちです! 負傷者一名ーーーー!!」
「おでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんおでんでででででででで」
「や、やべぇ急性おでんパン中毒だ! しっかりしろ! 傷は浅いぞぉ!」
「先輩さん! この人痙攣してるよ! ……おれ知ってる……こうなると色々末期なんだ……!」
「こうして、世界にまた一人おでんパンのファンが増えたのでしたー! やったねお母さん! 信者が増えたよ!」
どこからか白衣をまとった緊急救命士が現れて、担架を組み立てていく。
どこかで見たことある人たちだなー、って思っていたら、「これ何本に見えますか!?」「……7.5本」と言ったやり取りをやっているのを見て思い出した。……そうだ、適合試験の時にお世話になった人たちだ。
ぺこり、と会釈しておく。
「何をやっとるか貴様ら……!」
「っっ!?」
「え? ダレダレー?」
「……おっさんだ……! おっさんが現れた……!」
健太君のドン引き声が一番正しく状況を把握しているかもしれない。
現れたのは、おっさん。
詳しく言うと、よく通るデカイ声を発することのできる声帯を持ち、高級そうな軍服を纏いしやたらと恰幅の良い体型の中年オッサン。
「グ、グレムスロワ局長……!」
通称、グレム局長。正式名称グレゴリー・ド・グレムスロワ氏。
「おい、こんなところで何をやっている? こんな所にいるヒマがあったらアラガミの1体でも狩ってこい」
「えー……えっとこれはですね……! そのですね……!」
脳内計算機がカチカチカチと謎の計算を始める音がする。多分あまり役に立たない計算だろうけど。
「あのですね……コレはですね……!」
「ん? おいそっちのは何だ? ……どうゆうことだ?」
「あー……局長実はー……こっちの子がそのー」
ロミオ先輩がどことなく歯切れ悪く何か言う。
「なんだと……」
「うわぁああぁ! ち、違うんですよ局長!! こ、これは……! そ、そうこの騒ぎは新型の……そう、第二世代おでんパンの臨床試食実験を行っててですね!!」
「失敬な。さっきの人はちゃんと適合したじゃない」
「アレ適合って言うの……? なぁナナさん……アレ適合って言えるの……?」
どう見ても過剰反応起こしてた気がするのだが、ナナちゃんにはアレが適合しているように見えていたのかもしれない。すごく都合の良い網膜だ。
「貴様らぁあ!」
「ひぃ!?」
当然、こんな下らない言い訳が通じる相手ではなかった。
「馬鹿にしおってこの……! 何をやっとるか!!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!! 何でもしますからぁ! 偏食因子の投与停止処分だけは勘弁してください!!」
「それは嫌だねー」
「お、おい……ナナ、他人事じゃないんだぞ。ってか唯も、そこまで酷くないと思うぞ……」
偏食因子の投与さえあればあとは万事どうとでもなる!
「こいつは!! 黒蛛病の患者だろうが!!!! こんな所に連れてくるなど正気か!?」
「え、え……ですが……」
「車椅子なんぞで連れまわす等正気かと聞いているんだがなぁ!?!?」
「す、すんません! 正気ですゴメンナサイ!! 車椅子はラケル先生から借りましたぁ!! 代わりは隊長がやってます!!」
「……は?」
「ジュリウス隊長がラケル先生の車椅子なんです!!!!」
「」
「部隊内秘密あっさり漏洩しちゃった……」
「……ごめん、ジュリウス……ごめんな、本当ごめんな」
テンパりすぎてしまって、ロクでもないこと口走った気がする。
けど、この際そこはスルーしないとやってられない。
「椅子、椅子だと……ふむ……。ではない!! 此処は神機の保存倉庫だぞ!? そんな場所に何を連れてきているんだと言ってる!!」
「す、すみませんもうしません! 良かれと思ったんです……それだけです……!」
「何がどう良かれだと思ったんだろうな、よほどおめでたい様だな貴様の頭はな!!」
「はい局長、人の事言えねーけど、今の一連の会話からオレも全く同じ感想を抱いています」
「レオーニ貴様も同罪だ!」
「やっぱね、でも最初っからロミオ先輩一人で話してた方が色々被害は少なかったように思えるんだけどね、私は」
やだ、ナナちゃんごく自然にロミオ先輩の肩持ってる……。
「貴様らは馬鹿か、馬鹿なのか。そもそも何故隔離しているのか理解しているのか?」
「……いやマジすんませんけどそこはその」
「第一、このような場所に病人を連れてくること自体が間違いだろう」
「はい……はい……?」
ん? アレ?
「神機の休眠状態を保つ為に神機保存倉庫はオラクルの濃度を通常よりも上げ、更に特殊……えーっと何だったか、まぁ、特殊な機械により偏食なんちゃらだの感何とか波を上げていることぐらい当然知っているんだろうな貴様らは」
「は、はい……」
「そうゆう物騒極まりない場所に病人を連れてくるんじゃない、馬鹿かね? 貴様らは馬鹿なのかね」
「…………」
畜生油断した。油断していた。
グレム局長……メチャクチャ良い人じゃないですか……!!
「こんな場所に居たら治るモノも治らんだろうが、少しは頭を使って考えるんだな」
「局長……」
「あー……余談だが、最上階に位置する『庭園』はオラクルをろ過する空気洗浄器を取り入れているから空気がいいらしいな」
「……そうなんですか」
ここに来てバンバン出てくる環境における新情報だ。
「当然だ、金もかかっているからな。……フン、貴族趣味だ成金趣味だなどと、懐古趣味を持った古い奴らの言う事だ言わせておけ」
「……そっスか」
「あーあーあー花もあるぞー。勿論本物の植物だぞー。光合成もするぞー」
「……そっスか」
「……」
そして、グレム局長は大声を張り上げた。
「ここまで言って分からんのか!?!? えぇい! さっさと行け! このウスラトンカチ共が!!!!」
「え……えぇえええ!? い、行けってことだったんですか!?」
そんな局長。突然庭園の自慢なんぞ始めたからビックリしていたのですよ、こちらは。
「気付けよ……」
「局長も素直じゃないねー」
「気づいてたの二人とも!? なら言ってよ!」
しかも、先輩と同僚は気づいていたのか。だったら……どうして助けてくれなかったんだ。
「いや……だってノリで気づくかな、と思って」
「無理ですよぉ! こ、こっちは怖いのなんのってもう……!」
「あっそ。もういいよ、さっさと行こうよ。これ以上会話しても何も得るものなんかないんだから」
「そうだな……じゃ、元気よく行こーー!」
「おーぅ!!」
すっかり車椅子の操縦になれた健太君はサクサク椅子を動かして行ってしまう。ナナちゃんとロミオ先輩も仲良く歩いていく。
そこで……色々ついていけない私は。
「ちょ、ちょっと待ってください行くんですか!? え、行っちゃうの!? 待って……ちょっとついていけないんだけど待って……!? って局長!? え、泣いてるの……泣いてるんですか!? い、意味深に顔を背けないでくださいよ!! は? 『いいから早く行け減給するぞ』ってやめてください!! ぁぁぁぁぁ……どうしようどうすれば――!!」
▼▼▼
「そんなところまで行くと思わなかったよ」
「……ですよねー」
「せいぜい居住区か庭園が関の山だと思っていたからね……そっちの方には話しておいたのだけど、まさか神機保管庫まで行くとはね……流石神機使いだよ」
「……で、ですよね…………」
褐色のフサフサ髪の白衣の男性が振り返る。色々と目立つ容姿の多いフライアに於いては逆に稀な、普通のどこにでも居るようなちょっと優しそうな人だ。ただし、デカい。言うなれば今では数が減ってしまった指定保護動物、熊のように柄がデカい。でも、不思議と怖くないのはきっと表情が柔らかいからだろう。スラブ系の顔立ちは、地顔なんだろうが何処か微笑んでいるように見える。
通称イワン先生、ここ『フライア』で一般人――端的に言うとゴッドイーター以外の、『普通』の体を持っている人類用の医師だ。私たちだってちょっとしたケガ位ならば診てもらうことも可。と言うのは何でもかつて発足したてのロシア支部の方に居たらしく……お約束と言っては何だが当時出来立てほやほやなロシア支部には、頼ってくる難民は流れてくるわ、壁はガンガン破られるわ、ゴッドイーターは負傷するわで日々血みどろだったらしい。人手不足もいいところで、色々あってゴッドイーター用の処置を『覚えて』いるとかいないとか。
「まぁ、今のところは小康状態を保ってはいるようだね」
「ですね」
探索帰りの少年はすやすやと眠りこけている。かなり痩せ気味ではあるものの、その顔は穏やかで、あどけない。ぶっちゃけ天使の様だ。すごく天使。
結局、あの後、ロミオ先輩は暗い顔で決意を固めながら部屋へと戻っていった。きっと今頃は……再提出をしているんだろう。ナナちゃんは律儀にも「第二世代のおでんパンの記録しなくちゃ!」とレシピの編纂に向かった。だから、今回は私がこうして話を聞いている。
「で、この子の黒蛛病って、いつ治るんですか?」
その質問は、個人的に気軽なものだった。
明日の昼飯はパンですかごはんですか、それともゼリーですか。位に。
イワン先生の顔が曇っていく。
「黒蛛病は……主に極東地域で流行しているから何とも言えないし、まだ分からないことの方が多いんだ。何しろ症例も集まっている情報も少なすぎるから」
「……」
だから、あまり暗くは考えてないで欲しい。
と、付け足した。
「赤い雨に濡れることにより発病するといわれる黒蛛病。その罹患した場合の死亡率は……」
一瞬、耳を疑った。
ついでに目は見開いた。
信じられなかった。
――信じたくなかった。
「100パーセントと言われている」