ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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phase42 極東の洗礼

 

 

 薄暗い電灯、刃物や鈍器がつりさげられた壁。

 全体的にタイル張りになっている床。

 ぴちょん、ぴちょん、と断続的に聞こえてくる水音。それは何かがこぼれる音だと気づく。

 磨き上げられた錆び一つないステンレスの蛇口が、冷たい光を反射していた。

 

 

 

 ……という場所に。

 

 ある意味密室に。

 

 

 

 

「副隊長……シエルを助けに行った件……なんで、あんな無茶した?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルさんと二人っきりにされたこの恐怖が分かってもらえるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! な、なななな何でもしますから命だけは……い、命だけはぁ!」

「あんまり独断で無茶はするな……万が一があった場合、残された奴は一生、お前の命を背負い続けるんだ……」

 

 ギルさんの声色には何故か深い悔恨や僅かな苛立ち、何かどうしようもない程の苦悩……がにじみ出ているような気がした。

 ……が。

 

 

 この時の私は恐慌状態であり、そんなものに気づく余裕が心に存在しなかった。

 

 薄暗い部屋の中で喋るギルさんを見て改めて思い知らされる。

 デカくてゴツくて声の低い奴は……本能的に怖いのだという、生物的な恐怖を。

 

 

「お前の……後ろを向きながら後退してるから結果的に前に進んでいるところは……嫌いじゃない。だが、『自分だけは大丈夫』とは思わない方がいい」

「そ、そそそそんなこと思ってるわけないじゃないですか……」

 

 この状況でこの台詞……そう、コレは……死刑宣告……!

 

 

「説教臭くてすまなかった。言いたいことはそれだけ……どうした副隊長? 顔色が悪いぞ?」

「だ、だってギルさんが怒ってるから……お、怒ってますよね……? や、やっぱり怒ってるんですかギルさん……? ですよね……この前から散々な目にあってますからね……え、えっと何から謝れbbbb」

 

 拳クラッシュ。

 無断家宅捜索。

 拘束眼前強制料理。

 脳改造……駄目だ、キリがない。

 

「……いや、怒ってる訳じゃないぞ?」

 

 わたし、しってるよ。

 

 怒ってる人は、みんな、そう言うんだ。

 

 だが、この神威唯、ただでは死なぬ。

 せめて一人でも二人でも道連れにしてくれるんだから……!

 

 

「ごめんなさいぃいい! でも半分はナナちゃんの所為ですよぉおお! 私だけが悪いんじゃない!! い、痛くしないで下さいギルさん!! せ、せめてヒト思いに……! ひと思いにっ!!」

 

「……は?」

 

「だって……だ、だってだってギルさん絶対怒ってるでしょ……!? あ、謝りますから許して下さい……! く、靴でも何でもナメますから!! だからソレだけは辞めて……! お願いだから許して……! そ、ソレだけは……ソレだけは……!」

 

「お、おい大丈夫か……? さっきから変だぞ副隊長……?」

 

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……何でもするから……」

 

 

 人を逃げられない状況に追い込んでの言葉攻めでも楽しんでいるのだろうか、とつい邪推したくなったけど、その方がよほどタチが良いものの様にも思えた。

 もうとっくに、部屋の隅で膝を抱えて命乞いしている。

 濡れる視界でギルさんを確認すると、本気で心配してくれているような顔。

 

 ……あ、コレもしかしたら行ける? 助かる!? 生還できたりする……!?

 

 

 ほぼ縋るように見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か? ひょっとして…………腹、 減 っ て る の か ? 」

 

 

 

「やだぁぁぁああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 やっぱ怒ってるじゃないですか……。ギルさん……。

 

 そんなものを笑顔で進めてくるなんて、きっとこの人はどっか人間として大切なものが欠落しているんだ、とうっかり思っちゃいそうだった。

 

 そう、ここは調理室。

 

 何故か薄暗い調理室で私は……今、目の前の男が暗黒術を行使し、小麦粉や水やバターを生贄に異世界から『何か』を召喚する様を……見せつけられていたのだ。

 制止する暇さえも、与えられなかった。恐怖で喉がつまり、声を発することさえもできなかった。

 

 そしてギルさんは……その召喚したばかりの、できたてほやほやの皿を、突き出した。

 

 

「何だよ……さっきから様子が変だと思ってたらそんなコトか。心配しただろ……? じゃ、じゃあコレ食うか?

……少し焦げたからあんまり旨くないと思うが……」

 

「い、いやっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいやだやだやだやだやだそんなのやだぁあああああ! 助けて……誰か……誰かぁ……! 助けてシエルちゃん……ナナちゃん……ロミオ先輩……! ……隊長……たい、ちょお……! 嫌、嫌嫌……いやぁああああああっっ!!」

 

 

 それは常識という境界の外側。

 悪夢からの使者というしかない、地獄の窯の底を覗いたかのような嫌悪感に満ちていた。とうの昔に呼吸を辞めたハズの魚介生物が青白くぬるりとした頭部を晒しており、何も映さない白く濁った眼窩はただ星空を見上げるかの如く天に向かって突き出している。だが彼らが泳いでいるのは青い海ではなく、小麦粉とバターで作り出された……まっ黒な炭だった。

 その冒涜的なまでの黒さは、人間の原始的で底知れない恐怖を刺激し、挑発し、狂乱の世界と何処までも苦いであろう想像を絶する味覚への暴力を蠱惑的に囁いていた。

 

 という、形容しがたい恐怖にとらわれた。 

 

 

 

「あ……あ……ああああ……っ……!?」

 

 

「遠慮すんなよ。

 

 ……まだ沢山あるんだからな?」

 

 

 

「うわぁああああああああああっ!! あぁぁぁあああああああああああああああああああ!!」

 

 

 目を閉じても、直視したくない現実があるだけだった。

 受け入れたくない、もう何も見たくない……そうやって考える事を放棄した。

 

 ……そうするしか、なかった。

 

 

 じゃないと、心が壊れそうだった。

 

 今私が口にしているのは一体何なんだろう。今、口の中で爆ぜてる……この気が狂いそうになるモノは何なんだろう……。苦くて甘くて痛いくて……生臭い……のは……何なのだろう……。

 

 

 ……もう、何も。

 

 

 ………………考えた……く……な……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ▼▽▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すごい……」

「マジでか……」

 

 

 研究室で、男二人は驚愕していた。

 

 遺留品神機、MIA神機、もしくは『片割れ』『持ち手ナシ』などと言われるが、一応神機使いの心情を考慮して、一番使われている呼び方はコレだった。

 ――――遺された神機。

 

 ちなみに、人によっては適当にのこじん、と呼んでいる剛の者も居たりする。

 しかも結構多数派で。

 

 

「ヤバいですよコレ……!」

「あ、あぁそうッスね……ヤバい……ヤバすぎるぜのこじん……!」

「何というか……キレてます。キレッキレです!!」

「センスが光っている……としか言いようがない!」

 

 驚愕に目を見開く彼らの眼前には一振りの神機が乗せられた台があった。

 その神機――のこじん、は。と言うと。

 

 

 

 

 

 

 神雷槍パンタレイ 極  

 アサルト銃身 クリシュナ

 

 

 

 

 

 残念ながら装甲は戦っている最中にでも剥がれ落ちてしまったのだろう、回収することはできなかった。

 ……が、ぶっちゃけこのゲテモノ装備に合う盾は一体何使ってたんだ、と彼らはまだその存在を知らない。

 

 それはともかく。

 

 

「スゲぇ……スゲェよ……美しい……神々しい……神機!ビバ神機!ぼくこの世にうまれてきてよかった!」

「一体誰だこんなモノ使いこなしてた英雄は…………あぁ、人類は……惜しい神機使いを失った」

「今更ですが彼、もしくは彼女の生前の姿が今コレほどまでに知りたくなるとは思いませんでした」

「パンタレイとクリシュナを一緒に使うとは……何者だったんだ……」

 

 

 見た目の神々しさに加えて、この武器に持つ特性は神と雷。コレじゃクリティカルが出にくい。にも関わらず複合属性がこともあろうに『剣の達人』。

 弱点部位を殴ればダメージ加算になる、が、そもそも神と雷属性では(お察し)であるためにただの緑エフェクト乱舞になる。

 

 

 そのただでさえ、使いにくそうな槍を更に使いにくくするのは――銃身クリシュナ。

 

 

 

 近接用スキル『剣の達人』を……この世から抹消するためだけに天に嘉されたとしか思えないスキルだった。

 

 

 のこじん大好き研究員が暫し俯いて考えていたが……やがて何かを思いつくかのようにはっとした。

 

 

「そうだ……ドレッドパイクとナイトホロウ……」

「……っ! そ、そうか……! このスキルなら……その2体に対しては……バリバリの戦果を発揮する!!」

「間違えない! きっと……きっとこの神機を使ってたツワモノは……! 小型種をちくちくするのが得意だったんだ!!」

「それだ!」

 

 

 そんな訳ねーだろ。

 

 という、ツッコミを行えるものは残念ながらこの場に存在しなかった。

 なぜなら今現在フライアはとても忙しく、やはり忙しく、殆どの研究員や事務員たちは仕事に精を出していたからである。

 研究員たちは端末を死んだ目で眺めており、事務員は体力増強剤を飲み干し高笑いし、また別の事務員は何もない空間に向かって楽しそうに話しかけていた。

 すると後方で爆発が起き、有人型神機兵からテストパイロットがまた一人運び出されていく。

 医療班が待機していて幸いだった。なぜなら、現在ブラッド隊員は全員任務に出ているからだ。何ということはない小型種の討伐任務だが、それでも神機になって1年のキャリアもない隊員が半数を占めている為、生傷が絶えず、任務終了と同時に駆け込んでくる戦闘員たちのケアに当たらなくてはならない。

 

 

 という訳で今日もフライアは笑顔の絶えないアットホームな楽しい職場だった。

 

 

 そんな平和な光景に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として、警報が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だ!?」

「何が……?」

「緊急●●速報?」

「ち、違うぞ……コレは……!」

 

 

 のこじん分析をしていた青年が、おでんパンを噛み砕く。

 隣の同僚を見ると、その緑を帯びた鮮やかな空色の目が、すっと細まっていた。

 

 やがて誰もが理解する。

 

 それを見計らったかの様なタイミングで、艦内放送が流れだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

『フライア外部装甲壁が突破! 繰り返す、フライアの装甲壁がアラガミに突破された!! 至急警備班は迎撃に当たるように!』

 

 

『詳細は不明! 600秒後A~Dブロックに隔壁を下ろします! A~Dの非戦闘員はすぐに避難を! 600秒後です急いで下さい早く!!』

 

 

 

『ア、アラガミ……F区画入ってきました! 近くに居る人はすぐに退避を!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……フライアに……!?」

「アラガミが……!?」

「嘘だろ? 装甲壁は常時アップデートしていたハズじゃ……」

「F区画ってすぐそこ……!?」

「……」

 

 フライア始まって以来の非常事態に誰もが慌てふためいていた。

 事実、まだ装甲壁の完成度が温かった頃には、このような事態は度々あった。

 

 ……だが。

 常にそのような状況でも対処できる神機使いが必ず居た。

 

 今までは。

 

 ブラッド隊がまた『隊』として殆ど機能していなかった為、戦闘となると外部から戦力を補っていた頃には必ず神機使いを一名残していたのだ。

 だが、今は人員が揃いブラッドを『隊』として運用させていくために全員出撃させた結果。

 

 ……現在フライアにはアラガミと戦闘可能な神機使いが居ない状況だった。

 

 

 既に隔壁が落ちているらしい、何かを地面に叩き付けるような鈍い音が響く。

 

 そのことが、最早一刻の猶予もないことを示していた。

 焦りや驚愕に彩られていたハズの彼らに、やがてひとつの決意が灯る。

 

 

 

「スタグレあるだけ出してくれ!!」

「確か……アサルトライフルはこの辺に……」

「視界剤でも何でもいい! 使えそうなモン全部持ってこい!!」

「」

 

 工具箱や棚、もしくは机の下から数人が装備を出す所だった。

 ある者は慣れない銃器をブツブツとマニュアル操作を繰り返しながらも何とか扱い、またある者は障害になりそうなものを集めて即席バリケードを作っていた。

 一応この様なことがあった時の為に訓練は積んである。

 

 ただ、日頃研究員として生きている自分たちのソレが一体どこまで通用するのか。

 誰も確かなことは分からなかった。

 

 それでも、誰も隔壁の場所まで走ろうとはしなかった。

 

 既に隔壁は降りている。

 恐らくは、次締まる壁よりも……もうすぐ傍まで来ている、アラガミの方が近い。

 

 今この瞬間でさえ、何かを噛み砕くような音がどこからか響いてくる。

 

 

「絶対行かせるな!! この先には行かせちゃだめだ!!」

「こ……こんなの……アラガミに効くかどうか……」

「……それでもやるしかないだろ……」

 

 全員の胸にはよぎる思いがあった。

 ここで自分たちは全員死ぬかもしれない。

 何の意味もなく、恐らく――アラガミに一矢報いることすら敵わずに。

 生きながらにして五体を八つ裂きにされるという最悪の死に方をするかもしれない。

 

 だが、それでも、守り抜くべきものがある、と。

 

 皆分かっているその心情の中。

 

 誰かがソレを口にする。

 

 

 

 

 

「いいから守れ! 神機兵を守れ!!」

 

 

 

 

 

 

 その誰かの決意を皮切りにしたかのように――

 

 

 

 アラガミたちが雪崩れ込んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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