ピクニック隊長と血みどろ特殊部隊   作:ウンバボ族の強襲

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phase05 来る、きっと来る (中編)

突然だけど、フライアは広いしデカい。

『移動式支部』と銘打ってはいるものの、個人的にはフェンリルの支部というよりも。

 

「ひとつの研究所か大学が動いてるみたい……」

 

「あ~、なるほど~」

 

「分かる分かる。オレにもそう思っていた時期がありました」

 

 実際にはどれ程の人間が居るのかは分からないが、フライアにはかなりの人が住んでいる。そしてかなりの金がかかっている。まず、試験的な部隊の(今のところ)ゴッドイーター4名の為だけに訓練室を幾つも用意している時点で、その金銭感覚の狂いっぷりは想像できることだろう。

 現在私たちは、研究区画から居住区画へと移動中だった。

 フライアに詰める大量の研究員や技術者、学者に事務員に衣食住が保障されていない…などという、アホなことはない。

 私たちブラッド隊員やラケル博士は色々な理由から、寝泊りは研究区画の一室をあてがわれているものの特に不自由は感じないし、むしろ実家の自室よりも広々としておりさながらホテルの部屋みたいに超快適。窓が無いため外の景色を眺めることはできないが別に呼吸困難に陥るわけではないし気分転換に綺麗な景色が見たくなったらいつもの『庭園』にでもいけばいい。と、いうのがちょっとだけ特殊な私たちの話だ。

 ここで普通の研究職員達は、この先の居住区画に住んでいることになっている。

 

「ま、確かに冗談みたいな話だよな。オレも来たばっかの頃は、もの珍しすぎて男一人でビバ探索。そんで、迷ってしょっちゅうジュリウスにレッカーされてたなー」

「何してんのロミオ先輩」

「あいつスゲーの、このフライアの地図全部頭に入ってんの。流石隊長って感じじゃね?」

「先輩にもそのくらいの甲斐性が欲しいですね~」

 

 さっくり辛辣なナナちゃんが同意を求めてきたが、悪いけどスルーする。

 

「でも、この乗り物もかなりキてますよねぇ……」

「え? そう? オレは結構こうゆうの好きだけど」

「マジですか……」

 

 私たちが乗っているコレは。何なのかと問われれば、一応昇降機……といえそうな気がする。だがすごいところはこの昇降機、縦だけではなく横にも移動が可能ということだ。あえて言うならば、上下左右全方向対応型の次世代型。観覧車の座席を思わせるような座席着き。正面や下はわざわざ強化ガラスの窓が嵌っていて、進行方向や下を見渡せるようになっている。

 それ自体は凄い、と思う。

 

「なんで、わざわざ神機兵のカタチをしているんでしょうかね……」

 

 そう、コレ大変素晴らしい移動手段なのだが、ちょっと突っ込みたいところはこの全方向対応式昇降機。

 

 神機兵なのである。

 傍から見たら、神機兵の腰から上、上半身のパーツが縦横無尽にフライアを行きかっているような、実に妙な光景を創造してしまっている。

 

「まー、いいんじゃないの? ここ兵器の開発局だし?」

「えーっと……何というのでしょうか……」

「ん~、言われてみたらロミオ先輩の言ってることが正しいような気がするけれど?」

 

 あんたら順応力すげえな……。

何となく、私は落ち着かないような……ちょっとワクワクするような微妙な感情が入り混じっているのだがそれはさておき。

 

「はい、お嬢様方ご注目~! ここからがフライアの誇る居住スペースでーす」

「おー……これはまた……」

「わぁ、すっごいねーっ!」

 

 景色が一気に変わる。

 それまでは、何となく機械機械機械とした灰色の鉄筋にコンクリート打ちっぱなしの壁と、色々な用途で点した赤や青、緑の照明。白やこげ茶色のタイルを並べた床に白衣の人間や制服を纏った事務員、軍服めいた服装の警備員たちが点在している光景の連続だったが、それらすべての情景が一気に変異する。

 

 まず、空が見える。

かなり高い場所から本物と思しき日光と青い空……が、あれば良かったのだが生憎本日の天気は曇り、鉛色の雲とくすんだ淡い光が差し込んでいる。

 6階ほどに仕切られた建物にはたくさんの人々が行きかっていた。どうやら徒歩だけでは広い施設内を移動することが困難らしく路面を走る小型電車まで走っている。人々の歩いた後の床や、汚れのついた壁は円盤型の掃除機械が塵やゴミを吸い取っていた……アレは知っているぞ、確かテレビで見たことがある。フェンリルンバだ。

 道の中央にはどうやって設置したのか、巨大な花壇に多分本物の街路樹木。照明用の街灯はかなりお洒落なデザイン。そこを行き交う人々は、白衣や事務員の制服も居るが、音楽を聴きながら運動着でジョギングをする男性から、私服で腕を組んで歩いている若い男女の姿まである。

 

「……前言撤回。これは動く町ですね……」

「んー、その見解は間違ってないな」

「あの子! あの子、クレープ食べてるっー!」

 

 ナナちゃんが指を指した先には十代後半から二十歳と思しき、濃い金髪を肩口で切りそろえた女性の姿があった。フェンリルの事務服を着ているから多分職員なのだろう。休憩時間の息抜き、と言った風情で、設置された長椅子の上でクリームと果物で飾られたクレープをほおばっている。

 

「は? クレープ!? なんでそんなモノが!?」

「それは何故人がクレープを食べるのかって質問かな、神威さん」

 

 ナナちゃんは、真顔だった。

 

「ロミオ解説員が説明しまーす! 何か知らねーけど、チェーン展開してる食品企業が乗せてくれーって、頼み込んだらしいよ?喫茶店スターワックスとか軽食屋とかその他菓子屋、ちょっとした雑貨屋、超万能自販機で買えない品物なんかを扱ってるらしーな。んまぁ、将来ブラッド隊員とか有人神機兵とかで増員されれば、総人口が増えんじゃん? そこでちょっとした市場かなんか作ろうと思ったんじゃないの?」

「……はぁ……」

 

 ダメだ、話がデカすぎてちょっと私着いていけない。商人という存在はいつの時代だって逞しい。

 

「まー、そのお陰で並以上には健康でかつ文化的な生活を営なまさせて貰ってんだから特に文句なしっ! あとはリサイクル品とか多いんだ、あの走ってる路面車あるだろ? アレは外に出撃しまくってお亡くなりになった装甲車を軽く治したモノだし、その辺のフェンリルンバには無人神機兵の使えなくなって破棄されるハズだった可哀想なセンサーを再利用してるし……まぁ、アレだ、頭の良い奴多いとすげーよなぁ!」

「……まじでか」

 

 職人の意地、いや執念すら感じる。便利な生活の為ならばと知能と労力を惜しげもなく注ぎ込んだ結果がコレだよ。やっぱ人間ってのは欲張ってナンボのものなんだね。

 

「ロミオ先輩先輩っ! クレープの他には!? ドーナッツとか売ってる!?」

「焦るでないぞ、ナナ=コウヅキよ。我らには隊長の女神より賜りし、使命があったハズじゃろう」

「えーえーえー、ちょっと位食べ……見て回ってもいいじゃないですか聖ロミオ大パイセン!」

「何でもかんでもくっつけりゃいいってもんじゃねーぞ」

 

 でも今日はお休みじゃないですかーっ、とごねるナナちゃん。

 

「うぐっ……ご、ごめんなさい、私のせいで……」

「本当だよ! ユイユイがグレム局長の股間を殺さなければ良かったんだよ!」

「待て、殺したのはレア先…博士だろ。それに半分はオレの所為だったり所為じゃなかったり」

 

 ロミオ先輩よ、あんたは本当に悪いと思ってるのか……私も人のことは言えないけど

 

「責任……取ってくださいよ先輩!」

「取ってるじゃん!? 責任取ってんじゃんオレ!?」

「ユイユイ、その言い方は青少年の精神衛生に良くないよ」

「は? 何言ってんだよナナ?」

 

 ナナちゃんはやたらと下ネタに辛辣な気がする。に、対してロミオ先輩は若干鈍いような気がする。考えてみたらロミオ先輩は隊長と一年ほど付き合ってたわけで、ドキッ!男二人の特殊部隊! だったわけで……相手があの隊長なら下ネタ耐性はつかないことでしょう。なぜなら彼はラケル博士一直線なのですから。

 きゃいきゃい言ってると昇降機の泊まり場についたようだ……ってかコレはもう、昇降機なのだろうか。

 

「到着ー!」

 

 元気よく言い放ったロミオ先輩が真っ先に降りていく。後から続くナナちゃん、最後に私が降りる。意外なことにロミオ先輩はドアを抑えていてくれた。

 

「何気紳士ですね、先輩っ♪」

「何言ってんだよ、当たり前じゃん?」

「おーぅ、マジもんの紳士だ見直しましたよ先輩っ!」

「み、見直し……?」

 

 何故か唖然としているロミオ先輩は放置しておく。すると向こう側から歩いてきた白衣を着た二十代中ごろほどの研究員数名がロミオ先輩の存在に気づき、笑顔で手を振ってくる。

 

「ヴォーノ! ロミオ君この間はサンプル採取ありがとさん」

 

 ロミオ先輩も手を振り、それほどでもありますよーと大声で返す。

 

「ふーん、これまた意外ですね……」

「だねー。ロミロミ先輩のコミュ力は高かったのだー」

「お前らなぁ……」

 

 そこで一息、彼は溜め込む。

 

「あのな、博士はラケル先生だけじゃねーの。研究員さんにだってお世話になるし、事務員さんだって警備員さんだって居なくちゃ、フライアは成り立たねーの。確かに俺らはかなーり試験的な部隊だよ? だけど何も実験動物扱いされてる訳じゃないだろ?」

「は、はぁ……」

「だから、個人的な頼みごとをしたり、されたりするんだよ。そうやって『支えあって』生きているのが此処の流儀なんだよ。人間一人じゃ生きていけないだろー?」

「……ごもっともです」

 

 ロミオ先輩は、割としっかりしていらっしゃった。

当たり前のことを言っているだけなのだが、実際理解するのは難しい。

 

「ん、ちょっと言い方偉そうだったか……? えー、なんかそうゆう訳だから、まー、皆で仲良くやってこーぜ! 的なことを言いたかったりして。なんだかんだで結構助けられる場面も多いからなー、特にオレみたいにドジでマヌケだとな!」

「自覚があるんですか~?」

「自覚症状があっても改善できるとは一言も申し上げておりませんが何か」

「正当化するとかタチ悪いよ~ロミオ先輩~~」

「うるせーよ!」

 

 ナナちゃんと先輩はいつも非常に楽しそうだ。なんだかんだでこの二人『波長が合ってる』気がする。私が隊長を借りっぱなしなせいでもあるが、二人で居る時間も長いように思えるし、同じマグノリア=コンパス出身者同士色々分かる話もあるのだろう。二人ともかなり人懐っこく明るい思考を持っている(と思う)から簡単に打ち解けあうことができる……何故かそう思う。

 

 ソレに比べて。

 

 私のほうはどうだろう。

隊長はいい人だと思う。だけど、私は今、隊長に見捨てられたくない、という思いしか抱けない。隊長が何を思っているのか、何を考えているのかまったく分からない。

 

 当たり前だ。

そんな余裕が無いから。だから……

 

「んじゃ、行きますか! グレム局長にお詫びの品を買いに!」

「あいあいさー! ほーら、行くよー!」

「ちょ、待って待って」

 

 二人の歩く速度はとてもはやかった。

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 結論だけ言う。

あの後私たちはお詫び品を買いに行った。その先々の店店で

 

「あ、はじめましてですよね。インターンの学生さんか何かですか……? え、ブラッド!?」

「いらっしゃい、ロミオちゃん。あら……? 今日はモテモテねぇ……お姉さん、寂しいなぁ?」

「イラッシャイマセ……ピーピー! 警告! 警告! ロミオ隊員ガ女ノ子ヲ連レテイル! コレハ 終末捕食ノマエブレ! ヒトノ時代終了ノオ知ラセ!」

 

 という反応ばかりをされた。フライアの皆様も中々の粒ぞろい。

 ともあれ、散々回り道をした挙句やっと見つけた『バナナの詰め合わせ』というバナナ6種類の詰まった、何とも圧巻な箱を丁寧に梱包し詫び状まで手書きで書いた。こんなもので局長が許してくれるとはあまり思えない……正直、手の込んだ嫌がらせにしか思えない。その後ナナちゃんがしきりに菓子類を要求していた為、ロミオ先輩が付き添うことになり、私だけが先にこちらの研究棟へと帰ってきたのだ。

その時の、「先輩なんだからな!今日はおごってやるぞ!」と言った彼の眩しい笑顔が目に焼きついて離れない。

 ロミオ先輩はナナちゃんのブラックホールのような胃袋を甘く見ている。まぁ、軽くなったお財布と後悔の痛みと共に学習してもらうとしよう。

 

 

 で、戻った私はというと。

何故か部屋に帰る気にはならないし、今日はもうくたくたで訓練室や資料室には入りたくない。だが、ロビーに戻るのもあの惨劇を思い出すからどうにも気が引けてしまう……というので消去法的に最上フロアの『庭園』に来ていた。

 時間は夕暮れ時。空はいつの間にか晴れており、綺麗な薄い紅色が広がっている。

 

「……なんで、晴れてるんだろ……」

 

 天気に文句を言っても仕方が無い。

現象的に考えると、フライアが移動しているから。天候の変化に加えフライアの移動も加わればあっという間に天気は変わっていく。至極真っ当な話。

 でも、変わって欲しくなかった。

 天気にまで置いていかれた気分だ。

 

 

 

 初めから分かっていた。本当は全部私が悪い。

 きっと私には覚悟なんて上等なモノはない。

 

自分で選んだ人生をしっかり生きたい、仲間には見放されたくない。けど、失敗はしたくない……どこまでも自分勝手な『ない』ものばかり。

 こんな気持ちを誰も受け入れてくれる訳ない。『自分のこと』だけで精一杯な感情なんか誰も受け入れてはくれないし……誰も、受け入れられない。

 

 そう、『神機』ですら。

 

「人間ひとりじゃ生きていないのにね……」

 

 ロミオ先輩の言うとおりだ。

 人間どころか、私たちゴッドイーターは神機……アラガミとさえ一心同体にならなければ、戦えない。

 

「怖い……怖いな……けど、自分しか、自分にしか、できないことなんだよね……」

 

『結局、自分のことは自分にしか決められないんだ』

 隊長はそう言っていた。少しだけ、理解できる気がする。

 

 

 結局は、誰も、助けてなどくれないのだ。

 

 自分のことは、自分でしか救えない。

 

 

 本当は気づいていた、けど、認めたくは無かった。分かっていたけど、必死に見えない振りをしてきた。誰かが助けてくれれば自分の心は救われるという、夢物語を信じてみたかったのだ。結局はただ、甘えていた、それだけ。誰にも心を救われず誰の心も救えないならば……この世界は寂しすぎる。

 

「怖いな……」

 

 

 

 

 そのとき。

 

 何処からか美しい声のようなものが聞こえてきた。耳をよく澄ましてみて、理解する。

 綺麗な歌だった。

 誰かが歌っている、すごく綺麗な歌。

 

「歌……?」

 

 あまり聞き覚えの無い女性の声。

透き通るように美しく、羽ばたくように気高い。聴いているこちらの心を掻き毟るような歌だった。

寂しさや切なさ、すぐそこに居るのに触れられないもどかしさ。人の心の隙間を埋めて、すこしだけ傷付けるような歌声。せせらぎのような癒しと激しい感情が同じ場所にある……とすら錯覚させるほどの不思議な魅力。

歌声は、ゆっくりと伸びていきやがて薄く延ばした茜色の空に広がって、霧散していった。びっくりすることに無くなったはずなのに、しっとりとまだ胸に残っている感覚がある。

 

「あら……また聞かれちゃったな」

「す、すみませんっ! 勝手に聞くつもりじゃ……」

 

 余韻にぼーっとしていた私の意識が現実世界に戻る。脊髄反射で頭を下げたその瞬間、一瞬歌の主が見える。

忘れもしない、ミルクに紅茶を落とし込んだような淡い髪と優しげな美貌。彼女の持つ柔らかな雰囲気と夕暮れ時がきれいに溶け合い、純白のワンピースだけが控えめに存在を主張する。

……じゃなくって

 

「さ、先ほどは失礼をいたしましたぁああああああっ!」

 

 そうだよ。

この人さっき私がやらかしちゃったお方じゃないですか。 

 

「ごっ、ごめんなさいごめんなさい、事故とはいえセクハラやらかしたり勝手に歌聞いちゃったり……!」

 

 その女は一瞬、きょとん、と目を丸くしたが、少しだけ時間をおいて鈴を転がす声で軽やかに笑った。

 

「あははははははっ!」

「うぅ……」

「あはははっ……ごめ、ごめんなさい……何か、ちょっと前のことを思い出しちゃって……おんなじゴッドイーターでも『彼』とはだいぶ違うんだなぁ、って思って」

「……はぁ」

 

 誰だか知らないけど私と同じことをやらかした野郎が居るらしい。歌のほうかラッキースケベなほうか知らないけど幸運な男もいたものですね、ケッ。

 

「改めて自己紹介させてもらいます。葦原ユノ、と申します」

「えっと……フライア所属ブラッドの候補生神威唯です……ってえぇえええ!?」

 

 彼女が出した名前は、フェンリル広報活動でも有名な、すっかり世界の歌姫様の名前だった。そういえば股間がバーストした局長とかいう中年オヤジも言っていた気がする。世界的な歌手、と。

 ということは、私はそのグローバルな歌姫様の……

 

「あ、あのっ、私のことは訴訟しても、フライアのことは訴えないくださいっ! すみませんごめんなさい許してやってくださいぃ……!」

「もういいよ、気にしてないです。アレは事故だったってことでいいじゃない」

「ほ、本当に……?」

「それよりも、歌をタダ聴きされちゃったコトの方が問題だなぁ~」

「……おいくらですか?」

 

 考えてみたら、彼女は世界的な歌手。例えば、コンサート一つ開いたとする。するとそこで聴衆となれる権利を持つのはフェンリルの上層部や世界的企業のトップ、有力者のどれかだろう。私ごとき三下ゴッドイーターの更に見習いが聴けるようなお方ではない。事実を確認すればするほど、胃が痛くなってくる話だ。

 泣きそうな顔で歌姫様のご尊顔を拝見し奉ると

 

 その瞬間、彼女は吹き出した。

 

「ぷっ、あはははははっ! やだもう……冗談冗談。貴女おもしろすぎ……」

「じょ、冗談ですか? ひ、酷いですっ……」

 

 ユノ様は可愛らしく体を二つに折り曲げん勢いでお笑いになられているが、こちらは全く笑えない。正直冗談まで理解できる余裕なんかない。流石人生の修羅場を踏んできた場数が違う。彼女にとっては私などきっと玩具に等しいのでしょうね、ケッ。

 

「本当はね、此処で和んでいたら、な~んか落ち込んでそうなブラッド隊員の女の子が居るな~って思って、ちょっと慰める心算で一曲やらせていただきました……ってちょっとお節介だった?」

「いえ、もう……私なんかにはもったいなくて」

 

 心臓に悪いお節介だ。

けど、確かにちょっと勇気をもらったような元気になったような気がしないでもない。気の利いたセリフのひとつでも言えればいいのだけど、生憎そんなセンスは持ち合わせていない。けど、ここで黙るほど空気が読めないわけでもない。

 

「まるで……胸に、染み込んでくるような……素敵な歌でした」

 

 仕方ないのでそのまま本音を言ってみた。

すると、歌姫様はさっきとは別種の驚きを瞳に浮かべる。

 

「……あ、あの……」

 

 やばい、また何か粗相をしてしまったのだろうか? もう此処に来てから私は粗相しまくっている。常習犯だからこれ以上罪は重ねたくない。祈るような気持ちで何か謝罪の言葉を探っていると

 

「あ、ごめんね。……前にも、同じことを……全く同じことを、言ってくれた人が居たから」

「は……はぁ」

 

 何だよかったわ間一髪セェーッフ。

 ユノさんには悪いけれど、やはりこの会話は精神に来る。私のノミのような心臓には負担がデカすぎる。もし、ここで私の急性心不全による変死体が上がったらそれはストレス性ショック死ということにして貰おう。

 

「だって、そんな感想しか出てこないんです。……うまく言うことはできないですけど……本当にきれいな歌だから」

 

 実を言うと綺麗だな、と思ったのは歌声だけではない。

歌っている姿勢、手の振りや表情、その他全身を使った表現方法。生来の美貌に加えて、『魅せ方』に特化した研鑽を積んできた証。景色も彼女もそして歌も全てを含めて美しいと思ったのだ。

 

「……努力、なさってきたんですね」

「あら? 分かる?」

 

 ほとんど独り言のように漏らした呟きに少しだけ後悔する。

 

「なんとなく、ですけど」

「ふふふっ、じゃあ私もまだまだってことかぁ」

 

 ユノさんは私の傍らにそっと腰を下ろしてくる。多少の汚れを気にしないという姿勢から、案外剛毅なのかもしれない性格が垣間見えた。

 

「私ね、『自然』に聴いてもらおうって思ってるんだ。これが今のところの目標。大仰な演出もステキだけど、なんだかそれじゃあ肩が凝ってしまうでしょう? そうじゃなくて、私は、誰かを応援できる…重荷にならない程度に背中を押してあげられる。そんな歌を、目指しているんだ」

「……」

 

「何ていうんだろ、努力じゃなくって、結果で勝負したいんだ。何かそれだど『私こんなに頑張ってきたんですよ、さぁ褒めろ』って言ってるように思えて。そうじゃなくて、あくまで主役は聴いてくれてる方の人たち。評価されれば嬉しいし認められたら気分良くなるけど、それは私個人の話でしかない」

 

 ユノさんの声はやっぱり優しかった。

諭すつもりなんてないだろうが、私にとってはかなり耳の痛い説教となる。

 

「本当に目指すところは誰かに喜んでもらうこと。……歌に限った話、なんだけどね」

 

 そこで彼女は照れ隠しのように微笑んだ。

 

「ユノさんは……すごいですね」

「えっ?」

「……私なんかと比べたら失礼だろうけど、年齢も私と大して変わらないのに……すごく立派な考えを持ってて」

「そんなこと……」

「ううん。すごく、カッコいいです。しっかりした考えを持ってて、自分の力を存分に発揮していて……私なんかとは」

 

 私なんかとは全然違う。

でも、言葉が詰まって言えなかった。その代わりに目頭から熱いモノがこみ上げてくる。情けなくて、そんな自分が腹立たしくて、穴があったら飛び込んで埋もれて母なる大地に返ってしまいたい衝動に駆られる。ユノさんのことをカッコいいとは思うし、スゴイなぁ、とも思っている。

 だけど、それと同時に、羨ましいと妬んでいる自分が居る。

 すごく、子供っぽくて幼くて、未熟で自分勝手な……自分でも嫌になるような醜い私。

 

 やっぱり、そうだ。隊長やユノさんのような『輝き』を持っている人間のそばにいると、如何に自分がダメな人間かが嫌というほどに分かってきてしまう。

 それはすごく、苦くて、痛い。後悔と嫉妬と自己嫌悪が延々と渦巻いている。

 

 

 

「ねぇ、さっきからどうして『私なんか』って言うの?」

 

「え……?」

 

 

 少しだけ涙交じりになって、上ずった私の声は、ユノさんの少し怒ったような表情に跳ね返された。

 

「厳しいことを言うけれど、それってすごく贅沢なことだよ? だって貴女は『ゴッドイーター』それも最新鋭の神機に適合した人間なんだよ」

「……でも」

 

 でも、全然ダメなんです。結果が出せないし、神機の制御ひとつマトモにできないんです。

と、言い訳が喉の奥までこみあげてくる。だが、ユノさんは反論を許してはくれなかった。

 

「誰だって好きに生きれるわけじゃない、なりたいモノになれる世界じゃない。もしかしたら、貴女も無理やり連れてこられて、嫌々訓練を課せられているのかもしれない……でも、その上でも言うよ。『貴女』になりたい人はこの世界に沢山いるんだよ」

「……」

 

 そんなこと、言われなくたって分かっている。神機は適合しなければ容赦なく人を喰い尽す非情な武器だ。アラガミを倒したいと願ってもそれを成せない人間は大勢居るんだろう、と想像もつく。そうゆう人間から見れば、私は特権の上で胡坐をかいて、さらに辛い苦しいと駄々をこねる存在。

 だが、それでも苦しいものは苦しい。

 

「だから、『私なんか』って言って、誤魔化しちゃダメ。それは結局逃げてるんだと思う。……私も、そうだったから……」

 

 ユノさんの目が少しだけ翳る。思い出したくない過去を見つめる。

 

「昔からね、よく言われてきたんだ。『お前には何もできない』って。だから、ずっと自分に自信が持てなくって、苦しくて悲しくて、寂しくて……何をするのにもおっかなびっくりで。今思うとかなりダメな子だったなぁ」

「あなたが……?」

 

 にわかには信じがたい話だ。いまの生き生きとしてるユノさんからは、ちょっと想像もつかない姿の話。だけど、確かにそんな過去があったと確信ができる。

 

「ずっとずっと、自分には何も見えない、何も成せないって思い込んでた。思い込み過ぎて、一人で勝手に殻に閉じこもってた。けど、そんな私を殻から引きずり出してくれた人たちが居た。光の中へ引っ張り出してくれた人たちが……たくさん、居たんだ」

 

「……」

 

「だから、もう決めた。自分から逃げるのはやめよう、って。自分自身に嘘をついてひとりで殻に閉じこもっていれば、それはそれで凄くラクなんだよね。誰にも裏切られないし挫折もしない。けど、それって結局は嘘で自分を誤魔化しているんじゃない? そんなの、生きることから逃げてるってことと同じ」

 

 そこで、はっとさせられる。

 

 私の心そのものを言い当てられたような感覚。

 

 変な作り笑いで誤魔化すしかない。空元気でうそをつくしかない。

 

 自分自身の心さえ、誤魔化してしまうしかない。

 

 つまり、それは……

 

「何か説教くさくなっちゃって、ごめんね。でも私はただ、逃げるみたいに『私なんか』って言ってほしくないだけ。……だって貴女は良いものを沢山持っているんだもん」

 

「……はぁ、そうですか」

 

 世界的な歌姫であり、人を陶酔させるような美声と柔和だが芯の通った美貌。そして正しくて清廉な志まで持っているユノさんに羨ましがられるものなんて一つもないような気がする。

 けど、強いて言うならば、ちょっと強がって張り合ってみるならば

 

「そう、ですね。私には、仲間が居ます」

 

 頼りがいのある隊長、なんだかんだで世話焼きのロミオ先輩。明るくて前向きなナナちゃん。そして、ラケル先生が居る。まだまだ知らない人だらけだけど、私たちを支えてくれているフライアの人たちが居る。何もないダメな私が唯一誇れるとしたら……きっと、それだけだ。

 

「そうだよ。いいなぁ、ジュリウスさんとずっと一緒に居られるんだから」

「えへへ、まぁーずっと一緒ってわけでもないんですけど……って、えぇ? なんで隊長のコト……!?」

「私はフェンリル本部広報協力者だよ~? フライアの情報だって入ってきますよ?」

 

 恐るべし歌姫。いや、どちらかと言うと隊長の方か? 世界的な有名人にまで面識があるとか、いよいよ私の上司は雲上人なのではないかと疑える。

 

「っていうのはウソで、実はね、ちょっと昔、此処フライアでばったり会ったことがあったって話」

「な、なんでかは聞かないでおきましょう……」

「ふふっ、丁度この場所」

 

 なんか懐かしいなぁ、などとのたまいやがる歌姫様を差し置き、私の悪癖、独自思考が展開される。

そういえば、さっき言ってたよね? この人言ってたよね? 同じゴッドイーターなのに彼とは違う、だとか。

その『彼』って……

 

「うっそ……」

「なんだかゴッドイーターさんたちの素顔って、ちょっと面白いね。貴女にしても、ジュリウスさんにしても」

「ちょ……からかわないで下さいよ!」

 

 ユノさんはやっぱり無邪気に軽やかに笑うだけだった。仕方ないから私もつられて苦笑い。

 

 

 それでも、今日は、うまく笑えていたと思う。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

『ブラッドー03、本日の訓練を開始する』

「はいっ!」

 

 いつもより心なしか、しっかり返答が出来たような気がする。

心の中にあった黒い感情は消えてはいない、無駄に肥大したわだかまりはそう簡単には解けてはくれない。

 でも、確かに前に進んでいる……と、個人的には信じたい。そうゆう方向性でいこう。

 

『分かってはいると思うがブラッド-04、香月隊員は既にフェイズ3課程を修了した。従ってブラッド-03が此処で及第点を取らなければ、部隊全体の足を引っ張っていることになる』

「……はい」

 

 いかん、すでに心がミシミシいってきている。けど、頑張って耐える。

これはただの事実。見たくない現実だけど、もう逃げることはできない。

 

『……ので、今回は個人訓練ではなく、複数人による連携訓練を行うことにする。対応者は――』

「……え?」

 

 ちょっと待って聞いてないんですが!? 

 自分の見えないところで勝手に決められて勝手に物事が動いていくことほど嫌なものはない……かと言って知っていたとしても何も変えられない事象は確かに存在するのだけど。

 訓練室の重そうなドアが自動で開き、神機を携えたその人物が入ってくる。

 

「……って、え?」

「ジュリウス・ヴィスコンティが担当する」

 

 ジュリウス隊長がはっきりそう言った。

 

「はい!? ちょ、ど、どうゆうことですコレ!?」

「短く言うと、今日は俺も一緒に訓練することになったから宜しく」

「え、えっと? えっと?」

 

 だって今スピーカーから隊長の声したじゃん!? 

何故!? ここに来て浮上したまさかのジュリウス隊長双子疑惑。もしくは声がそっくりな兄弟が存在する可能性? まさか分身の術をやってのけたなどとアホな話はあるまい。だってニンジャは平安時代あたりにハラキリの儀を行って歴史の闇に消えたハズなのだもん。

 

『ってな訳でー本日の担当教官は、ロミオ・レオーニです! ジュリウスの声は録音でしたぁー』

『同じく香月ナナでーす! ロミオ先輩に着いてきちゃいました~』

「うわぁ……なにこの授業参観……」

「ブラッド大集合だな」

 

 何でちょっと嬉しそうなんですかね、この隊長さんは。

 

「じゃない、隊長どうして……?」

 

 気にするところ間違えた。

 

 そう言えば隊長言ってた様な気がする。もう、私に甘い顔ばかりしてやらない、と

 と、いうことは

 

「これは直々に死刑宣告を下しにいらしたんですか!? 私死ぬんですか!? 嫌です何でもするから命だけはっ!」

『何その逞しい妄想力……なんでそこまで現実を悲観できるんだお前』

『わけがわからないよ』

「何でもする、と言ったな?」

 

 隊長だけが変なところ喰いついてきた。

そしてやけに真摯な瞳で食い入るように見つめてくる。いろんな意味で上昇せし我が心臓の鼓動。

 

「なら、やってくれ……訓練を」

「ですよねー」

 

 そらそうだわ。

 

 

「時間だ、始めよう」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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