◇◆◇
目の前には小型の黒い通信端末が置かれていた。男はそれを何げなく手に取る。
端末の電源が勝手に入り、赤い色のLEDライトが点灯。これで通話が可能、という事実を示す。
『ご機嫌よう、咎人さん』
「……誰だ、あんた」
聞こえてきたのは低めの女声だった。
やけに芝居がかった男言葉――ではあったものの、青年の注意は別の場所へと向けられる。
「正式発音の
『失敬だな。こちらは生まれた時からこんな話し方なのだよ。別段気取る心算はないのだが、わざわざ矯正することもアホらしいとは思ってね』
要は通じさえすれば良い、と吐き捨てる女の声はどこまでも硬くまるで石のようだった。
温度も人肌も感じさせない灰色で無機質そのものの音声、時折入り込む緩急や苦笑や咳払いですら正確に計算されたもののようにさえ思われる。
「で? 貴族様? こんな独房入りするような不良神機使いに何の用があるってんだよ?」
『そう腐り込むな……とは言っても警戒するな、というの方が無理な話か。接触の仕方が怪しさ満点であったことは詫びるが話位は聞いてほしいものだ』
青年はコンクリートの壁と鉄筋むき出しの天井を眺めながら思う。
一体コレはなんの茶番だ? 更生プログラムだか危険度判定テストだかの一環なのか? もし、それに準ずる何かであるというのならば従順な振りでもしておく方が『得策』だろうと判断し、話位は聞いてみる演技をする。
「……」
『私は……そうだな、名乗る予定はないから適当に呼んでくれ給え。目的は単なる知的好奇心というヤツだ。少々前まで現場にいた神機使いの話を聞いてみたくて、な』
「……物好きだな」
『あぁ、大好きだよ。お前達神機使いは、データ化された数値や計算された力量の常に遥か上を行ってくれる』
「数値か……ってことは、心理学者か脳科学者、若しくは技術開発研究員の類か?」
返答はなかった。
答えるつもりはなということか、言う事が出来ないのか、あるいはその両方といったところだろう。いずれにせよ、自分には与えられることの無い情報だということだ。
『さぁ、物好きな貴族様に話してみたまえ。お前がどんな闇を抱えているのか、を』
◇◆◇
二足歩行で頭に鬼面をくっつけたような外見。
言うならばかつて地上を支配していた大型爬虫類の小型肉食種に似た様相を持つ『それ』は生物でありながらどこか非生物的な無機質な印象を受ける。どこまでもおぞましく、凶暴に見える癖に……美しく、優美にも見えるのだ。そんな二律背反で全く矛盾した存在こそ、こう呼称するのがふさわしいだろう。
―――荒ぶる神、と
「見ろ……アレが、人類を脅かす災い駆逐すべき天敵……オラクル細胞結束体、略してアラガミ」
「略してないですね」
アラガミの命名由来はどうやら極東地域で信仰されていた多神教、八百万の神のなかでも更に民間信仰で
その神様たちは横たわる神様をもっしゃもっしゃと食べていらっしゃった。白っぽいのが散々ホログラムでぶっ殺し奉ったオウガテイルで、死んでる方は……よくわからないが、多分ヴァジュラ、だったと思う。
「アレを貫き通し、切断し、粉砕し、木端微塵にして再起不能にし、喰らい尽くすのが我々に課せられた使命。奴らに一切の慈悲など……不要」
「アレって『生物』なんでしょうかね……?」
「……」
既に顔の青いナナちゃんの表情が、曇る。
「生物の条件、か……そうだな」
一般的な見解を述べると、と隊長の端正な横顔が告げた。その視線の先には神々がいらっしゃる。
「自己増殖能力、エネルギー変換能力あとは恒常性維持能力、自己と外界との明確な隔離……こんなところだろうが、アラガミに当てはめて考えてみると先の二つはこれ以上なく優秀だろうな」
「……さいですか」
「とりあえず、『オラクル細胞』っていうものが寄り集まってできている、わけだから生物でいいんじゃない?」
ナナちゃんが言ったことだが、正解なような気もする。
生物と無生物を見分けることなど、専門家の間ですら意見が割れる程非常に困難かつ繊細な話題……であるらしい。だから地球上で生物か否かを見分ける一番安易で手っ取り早い方法は、活動状態にある細胞で構成されている物か否か、で良いとのことだ。そうゆうことにしてしまおう。
だが、何処かひっかかるのだ。
アレは、『生きている』感じがしない、とでも言うようなほんの一抹の違和感を感じてしまう。もちろん根拠も理屈もないただの私の直感にすぎない。
もしくは、これから討伐する対象を『生命』だとは考えたくない私の自己防衛機能に過ぎないのかもしれない。
「もし生物と仮定するならば……最強の自己増殖とエネルギー変換能力を保持し、かつ絶え間なく変化、進化し続けることを可能にする。いかなる環境であろうとも適応し、順応し繁栄し、覆いつくそうとするのだから……」
そこで隊長は彼らしくもなく皮肉気に微笑った。
「生命の到達点、なのかもしれないな」
あたかもアラガミを賛辞するかのような発言にナナちゃんが更に顔をしかめた。いつも快活そうな少女の見たことがないほど険しい表情に一瞬だけどきりと心臓が大きく拍動を打つ。
「無論、奴らの存在を肯定するわけではない。この世界に人として生まれた以上、我々は『人間の側』にしか立つことができない」
「当然だよ」
「えー……なんか話が大きくなりすぎてちょっと……」
これ以上なく率直な感想を言っただけなのに隊長に鼻で笑われた。
それでいい、とでも言ってくれるような寛容と諦めの笑みに見えないこともないがやはり馬鹿にされている感が否めない。……まぁ、別にそれでもいいけど。
何しろ、隊長の出来の良すぎる頭と同列に扱われたらたまったものではないのだから。
「だが奴らの順応と進化の速度はまさに目を見張るものがある。驚異的な捕食能力と進化速度こそがアラガミの最大の武器であると考えていいだろう」
そうなんだよなぁ、の一言である。
どうもデータベースや座学で勉強した『アラガミ』にとって捕食行為というのは、エネルギー補給以上の意味を持つのだとか。食べたモノそれが有機物であれ無機物であれその物体の特性を取り込みつつ勝手に進化するという……何だかコピー機のスキャナー能力めいたモノを持っていると説明があった。実に迷惑極まりない。
だが、逆にそれを利用し不合理な進化を促す『強制進化』でアラガミを楽に仕留めよう、とする試みもかつて最前線でなされたらしい。……今のところ実用化されていないあたり結果はお察し。
隊長と一緒に見ていた白いオウガテイル、もとい神様たちは一心不乱に食事をなさっていたが、が、突然お体に変調をきたす。オウガテイル神の白いご神体が黒ずんでいき、つるりとすべらかだった外骨格部分に複雑な紋様が刻まれる。
その姿かたちはより雄雄しく、逞しく強そうにお成りあそばした。獣のごとく空に向かって神が吼えると、周囲に白い雷光が散る。
「……」
「……」
「……ヴァジュラテイルになっちゃった」
隊長曰く、神は捧げられし供物を喰らいて、その神格をまたひとつ上げたらしい。
『ジュリウス……失敗だ、失敗だよ』
通信回線から割り込みが入る。どうやら別任務で単独出撃していたロミオ先輩が帰艦したとのことだ。その声色は苦味に満ちていた。
『やっぱさっさと、ぶち殺すべきだったんだ。『緊張感和らげる為のお喋り』は良くなかった』
「ダメだったか……お前の初陣の時がカッチコチだったからこうしてみたのだが……それが仇になろうとは」
『昨日一緒に夜中まで考えたのにな……あいつらどんな話題なら食いつくんだろー、って考えたのにな……』
「ごめんロミオ……」
何やっていたのでしょうねこの先輩共は。いい年齢した男二人が夜遅くまでそんなこと話していたのかよ、と思うと年上なのに微笑ましいな畜生、という気持ちになる。
が、そうも言っていられないのがこの現状。
『ジュリウス隊長、お気持ちはお察しいたしますが、任務達成難易度の更新を報告します。如何いたしますか? 新人の実戦演習を兼ねておりますので一度帰艦なされますか? あとロミオさん任務終了したのならば手続きを願います』
「な、難易度上がってるんですか……!?」
「……悪くない、人生だった」
「ナナちゃん何を言ってるの!? 諦めたらそこで人生終了だよ!! 今にも終わりそうだけど!」
『帰って来いよ? お前らちゃんと帰って来いよ!? つか、ジュリウス隊長を信じろよ!! あ、フランさーんさっき遺された神機見つけたから積んでおいたわー』
「問題ない。任務続行だ!」
緊急事態だが仕方ないと開き直ったらしい。
「緊急事態は付き物、でなければ実戦訓練の意味が無い」
涼しい顔でそんなことをのたまいやがった。
「手段は問わない、完膚なきまでにアラガミを叩きのめせ、いいな?」
「了解しましたー! ちょっとばかし、荷が重いけどね!」
「アレは顔がついただけのおにぎり、顔がついただけのおにぎり……」
ロミオ先輩からの初戦に向けての心構えというか有益(?)な助言を思い出してみる。なんてことはない、おにぎりに顔がくっついているだけだと思えばいい。あと、私には閃光弾スタングレネードという何よりも強い味方が居る。
「ブラッドー01が先行! ヴァジュラテイルを引きはがす! 03,04は通常種オウガテイルを迎撃!」
「了解っ!」
「は、はい! 了解です!」
隊長が大きく踏み込み、そっから跳躍。……ってここ、高台だよね? という事実を全然気にしてないらしくさっさと走って行っちゃったが、銃形態に切り替えてからの突貫攻撃に移る。アサルト系特有の連続射撃弾を発射しつつあっという間にオウガテイルとヴァジュラテイルを分断していく。
「……すっご」
「分断を確認。私たちも行こう! 唯ちゃん!」
「あ、そうでしたぁ……!」
見てるだけじゃダメだった。
ナナちゃんの後を追いかけるように、高台から跳び降り、無事に着地……できず、お尻を強かに打った。尾骶骨に痛みが響き数秒間だけ悶絶する。あっという間に痛みが消えていくのはゴッドイーター特典のお蔭。
そんなことやっている間にもナナちゃんは桃色に塗装がされた槌型神機をおおいにぶん回していた。
「ナナちゃん……」
「03! 04を援護しろ!」
「は、はい! すいません……」
飛んでくる隊長の怒声。後衛と言えどもぼんやりとしている訳にはいかない。
神機を起こし銃形態であることを確認、指令細胞群が橙色ということは使用可能の証だ。左手で柄の上の持ち手を引っつかみ、腕輪のついている右手を引き金に添える。
「ナナちゃん、援護します!」
「りょーかい! お願いするよー!」
アラガミや仲間の位置情報、作戦区域の地図、簡略化生体情報モニターと、神機内のオラクルポイントが網膜上に投影される。銃器のシリンダーを回し、オウガテイルの弱点属性である燃焼、冷却、電磁のどれかを検索する。一番最初に出てきた燃焼系連射弾を選択。
更に、中央制御機構の右上ボタンを押し、銃口部分と視覚リンクさせる……これがいわゆる『エイムモード』。
ナナちゃんが後方に大きく跳び、オウガテイルから距離を取った。
その隙間に標準を定めて、狙い撃つ。
引き金を引くと、神機内でオラクル細胞が生成、記憶素子が細胞の形成方向を指示し、瞬時に弾丸が練り上げられていく。
そして、発射。高圧縮されたオラクル細胞が高速回転しながら飛んでいく。
衝撃と共にオウガテイルに着弾、と同時に炎が吹き上がり砕いた外骨格を焼き焦がす。
「やった……!」
数発続けて叩き込むと、流石のオウガテイル立ち上がることができなくなる。
顔面の装甲部位が割れて、中から……あまり想像したくないモノが飛び出て、しかも炎と余熱でじわじわと焼かれているのだ。そりゃ立てなくもなるでしょうね。
だが、そこは神様。大気中やら土中やらその辺からオラクル細胞をかき集めて再生しやがった。ぼこっ、という擬音語が相応しい治り方だ。何でも塞いでおけばいいだろう、と言わんばかりに肉腫が膨れ上がりケロイド状になる。
再生ミスとかして勝手に死んでくれないかなぁ……。
「そりゃあっ!」
ナナちゃんの桃色ハンマーが唸りを上げ、オウガテイルの頭部を粉砕。
骨が砕ける良い音と、血液その他液体とお肉が混ざり合う水音と共に、完膚無きまでにすり潰されたオウガテイルは良く言えば機能停止していた。悪く言うと……もう原型とどめてない。頭から上が挽肉になっている。
「お、お疲れ~ナナちゃん~、えっと……とどめ、さして貰っていいかな?」
言ってて歯がゆい。
今のところ、まともな神機制御ができない私では、アラガミに対しての決定打がない。
目の前の赤黒いお肉様は、こう見えてもまだ生きている。指令細胞という名前の核を神機で補食しなければ、そのうち再生してまた元気に走り回る姿を見れるという。一体どんな生命力だと突っ込みたいところだがそこは基本的に不死の神様だという方向性で行こう。
「はいはーい、任せてよー」
食べちゃうぞー、とあえて明るい調子でナナちゃんが神機を構え、捕食形態を出す。
全体的に黒っぽいむき出し筋肉の塊が伸びている光景に私はまだ慣れていない、のでやっぱりグロいようにしか見えない。
ともあれ、これでこちらの戦闘は終わったみたいだ。……と、気が抜けそうになった時。
「唯ちゃん! 隊長に合流するよ!」
「あぁ……やっぱりそうなりますか……」
ナナちゃんだってキツイだろうに、いちいち私ごときを気にかけてくれて感謝感激の極み……じゃない、自分がもっとしっかりしなければいけないんだ。幸い、スタミナと足の速さだけには自信がある。
「隊長!」
「あぁ……終わったのか、早いな。よくやった二人共」
「あの、大丈……ぶ、そうですね……」
「お疲れでーす」
隊長はヴァジュラテイルを全滅させた後だった。神々ご遺体は無駄なく、すっぱりと綺麗に切断されている。核の回収は今まさにやっていた所らしい。
流石は『隊長』だ。やはりこの人は、ラケル先生を崇め奉ったり、歌姫にストーキングされてノイローゼ気味になったりするだけのイケメンではなかったのだ。
「何か動いたからお腹減ってきちゃったよーえへへへへー」
「早いよナナちゃん……一体どんな胃袋してるの……」
彼女のブラックホール腹はぐぐ、ぐっぎゅぅごごぁああぁ……と地獄のような音を上げていた。
私は、時々ナナちゃんの腹の中IN荒ぶる神の存在を疑っている。
すると我らがジュリウス隊長は仕方ない奴らだな、とさながら幼稚園児を見守る保育士のような苦笑を顔面に張り付け、やたら貴族っぽい上着のポケットから何かを取り出して、私たちに授けた。
「駄菓子だ」
「ありがとうございまーすっ! 隊長ー」
「……あ、ありがとうございます……」
ビスケットと酵母を足して二で割ったような商品名の謎のお菓子。多分極東製。赤いパッケージに可愛らしい子供の笑顔がまぶしい図柄。……そして狙ったようなバナナペースト。
ちらっ、と裏返してみたら黄色の付箋紙が貼ってあった。
『頑張ってこいよ! by ロミオ』
やはりあんたの差し金か。
と、その時だった。
地面が裂け、どっからともなく神様が降臨……いや、湧き出してきた!
隊長の背後に。
「た、隊長! 後ろ……じゃない、上だ!」
「ん?」
「んんんぐー!」
咀嚼中のナナちゃんが近接銃を構えようとするが、間に合わない。
やべえ、死んだ! これ死んだ! とおもった矢先――
「……」
「「た、隊長ーーーー!?」」
「……」
そこには、元気な通常種オウガテイルに左腕をガシガシ噛まれている隊長の姿が。
「何かお前達に言わねばならないことがあったのだが……すまない、今ちょっと思い出せない」
「い、いやそんなことより大丈夫なんですか!? え、痛くないの!? 痛くないんですか!?」
「やはり駄目だ、このままではロミオとやった打ち合わせがすべて無意味に……」
「もしかして激痛で昨日の走馬灯でも見てる?」
「ナナちゃん縁起でもないこと言わないで!」
全然痛そうみは見えないけど、腕からは確かに鮮血が滴っている。勢いよくではないものの、真っ赤な濁流がドバドバ流れ落ち下に小さな血の水たまりを形成していた。その後、何かが砕けるようないい音が響き、同時にジュリウス隊長の顔に閃きが奔る。
「思い出した!」
彼が負傷した腕を振りぬくと、オウガテイルが……飛んで行った。
遥か後方、3メートルくらい、綺麗な弧を描いて、飛んで行った。
「隊長……貴方、何者だよ……」
「お前たちの隊長だが?」
「いや……ううん、何でもないです」
ナナちゃんの方をちらっと見る。猫耳のような髪型の少女は私の方を静かな目で見つめていた。そこに秘められた意思を読み解いてみるとこうなる――スルースキル位身に着けておきなよ、だ。
「古来から人間は強大な敵と対峙し……常にそれを退けてきた。生物として鋭い牙も、強靭な爪も持たない人類が何故勝利したのか、分かるか?」
「いや、その……」
「分かりませーん」
駄目だやっぱりきになる。
気になる。気になってしまう。
隊長の、左腕。
「共闘し、連係し、助け合う。長期的な視野での『戦略』と効果的な戦力運用である『戦術』……そして、人という群れをひとつにする、強い『意志』の力」
ぱっと見た限り、肉が裂けているように見える。そこから絶え間なく血があふれ出し、一向に止まる気配はない。次から次へと血液が流れだしていっている。……見てるこっちが痛くなってくる。
「『意志』こそが俺たち人間に与えられた最大の武器なんだ、それを忘れるな」
「………………はい」
歯切れが悪かった返事がお気に召さなかったらしい、ちょっと眉をひそめた隊長はいかにも不満そうだ。
だが、私の目線はもはや真っ赤になった隊長の左手に向けられていた。遠くからぱっと見た限りでは、真っ赤なグローブをはめているのかとさえ思えるほど染まり切った手から、目が離せなかった。
恐らくは顔面蒼白になっているのだろう、横からナナちゃんの蹴りが飛んできた。
「と、いい機会だからお前達が目覚めるべき血の力をここで実演する」
「えぇ!?」
「……どうした? 先ほどからおかしいぞブラッドー03」
「え? え? だ、だって……!」
見るからに重症ではないだろうか、その腕は。
しかし、隊長はふっ、と軽く微笑みを浮かべた。
「初の戦場で緊張するのも理解できる……だが、ロミオも言っていただろう? ブラッドは甘くないぞ。学ぶべきことは多くある、だからこそ一度の戦いでより多くを吸収するべきだ」
何勘違いしているんだ。
「勘違いも甚だしいですよ……その傷の度合いはあなたが一番ご存知なハズですよね……!?」
「あぁ、コレか」
隊長の気合いを入れる声と共に、左腕の筋肉が強張った。裂けていた傷口が強引に閉じ、そこから流れ出す血液が追尾して止まる。
思わず、絶句した。
「意志の力さえあれば、何の問題もない」
「……さいですかー」
「はいはい、次行こうね次」
そんな意志の力なんぞあってたまるかァ!
回復錠とは何だったのか、と世界に向けて問いたくなるような事実。気にしなければ痛みなどないも同然、とか軽く言ってのけるこの人の精神世界が謎すぎる、また遠くなった、隊長がまた遠くなってしまった。
色々あって育っていった絆とか仲間意識だとかそうゆう大事なものが今の一瞬で消失、霧散した。
もうやだついていけないよブラッド。
「と、言うわけで今から目標に対しブラッドアーツを放つ」
「ブラッド、アーツ?」
なにそれ? と私に聞いてくるナナちゃんの顔は純粋な疑問に彩られていた。
そっか、そういえば、彼女は知らないはずだ。
「ほら、あのー……かつて隊長が自室の端末をぶっ壊した時に発動したヤツなんだけど……」
「は?」
「……よ、よく、覚えていたな……」
隊長の声には僅かに動揺が含まれていた。
ん? アレ?
動揺……って。
「た、隊長! 傷が! 開いてます! 出ちゃってますよ! やっぱダメだったんだ!」
「忘れろ忘れるんだ今は任務中集中だ集中しろ俺……歌姫はいない歌姫なんかいないそう、此処に居るのは仲間と仲間とアラガミだけ……」
「うわ、古傷抉っちゃった……ご、ごめんなさい! 後で何でもしますからぁ! 今はブラッドアーツを! ブラッドアーツを!」
「……何があったかは大体察した」
まことに空気の読める香月ナナちゃんで良かったです。
そこから、自分の呼吸と動揺を何とか圧殺したジュリウス隊長が標的、というオウガテイル三体を前に長刀型の神機を構えた。さっきからなんでこいつら襲ってこないの? とか思っているとその答えは下半身脚部で判明。
どうやら投げられたオウガテイルの脚部が砕け、さらにその状態で他二体の足を下敷きにする、という奇跡が発生していたのだ。もうこんなミラクル向こう十年は起こらないね。
「少し離れていろ。今から……世界の不条理に対する憎悪だとか絶望だとか俺の中のありとあらゆる負の感情を載せて……こいつらにブラッドアーツをブチかます!」
彼の背中は気迫は鬼のようだった。
憎悪だとか絶望だとかありとあらゆる負の感情が高ぶり、黒い大剣に流れ込んでいくのがよく、本当によくわかった。
長い刀身を上段からの構え。一般的には『ゼロスタンス』と呼ばれている刀法。
戦術マニュアルで散々見たお手本のような動作だった。
の、直後
「ひゃぁ!?」
「うわぁ!?」
腹の底からなんか突き上がってくる謎の感覚……四肢に活力が漲り、各種感覚が鋭敏に研ぎ澄まされていく。気持ちいいような、気持ち悪いような、それでもってどこか温かいような妙な感触が湧き上がり、広がっていく。
「ちからが……みなぎる……んだけど……」
横からナナちゃんの目線が突き刺さる。
「な、なにこれっ! ……ひゃぅ……!」
さっきから、自分の意思とは反して高い変な声が沢山出てしまうだけだ。足がガクガクと勝手に震える、心拍数が勝手に上昇。足先や指先がじんじんと痺れる。多分過敏になっているせいだろう。
「ハァ……ハァ……一体何こ、うっわぁああっまた来たぁああ!」
「……ただの、バーストモードだよ~?」
ひぃひぃ言いながら自分の神機の橙色をした指令細胞を見る。と、橙色がキンキラキンの光を大いに放っていやがった。網膜上に今更ご丁寧にバースト、と表示される。もう遅ぇんだよ何もかも。
バーストモードとはいわゆる神機解放。基本的には捕食形態の大あごで捕食に成功したときに使える能力だ。もっとも、神機解放とはいうモノの、実際強化されるのは神機の方ではなく、私たち神機使いの身体なのだが。
詳しい説明は省くとして簡単に言ってしまえば、神機が取り込んだ『生きた』オラクル細胞を神機内で変換し、私たちの身体に流すことで強化する……っぽい。
実際この全身で羽虫だか回虫だかが蠢いているような感触が、オラクルが活性しているということ証なのだろう。
そう、オラクル吸収方法は『基本的』には直接捕食できるヤツにしか存在しない。
「何だどうした?」
「んぅっ……はぁっ……はぁっ……! い、生きてます……」
「あはは……ゆ、唯ちゃんは……バースト初めてなんだよね……」
「ぁ」
そうなんだよ。
バーストモードってのはな……捕食できるヤツしかできないんだよ!
「……そ、その…………はじめて、だったんで……」
「本当に突然でびっくりしたよ隊長!」
「すまなかった……」
心底申し訳なさそうな顔の隊長はゼロスタンス辞めてしまった。
「「えぇぇぇえええっ!?」」
このまさかの暴挙に新人女子一同大ブーイング。
「辞めないでくださいよ!」
「……いやだって、辛そうだったから?」
「何で疑問形!?」
「いいから……私たちのことはいいから! だから隊長はさっさとやっちゃって! 唯ちゃんは我慢して! 慣れればどうってことないんだから!」
ナナちゃんの仰せのとおりです。ことごとく足引っ張ってて本当ごめんなさい。
「……う、うん。私頑張ります……あの、隊長! 今から色々弱音を吐きますけど全部幻聴なので無視してください!」
「弱音は吐かない方向性で行きなさい」
「……善処します」
つまり「いいえ」です。
黒い大剣が掲げられて、第二回ゼロスタンス発動。と、ともに私たちの神機が活性化。
またしてもイヤーな痺れ具合が全身に広がり始める。今のところ、今までの人生でこれに一番似ている感覚は、正座しっぱなしで痺れきった足を無理に動かした時の感触だ。
「……き、気持ち悪……っっ」
もう血の力とかブラッドアーツとかどうでもいいから早く可及的速やかにできれば今すぐ終わらせて貰いたい。
すると刀身の周囲に何か風圧らしきものが纏われる。アレがこの世界への憎悪とか絶望とかその他負の感情の集合体なんだろうね。
踏み込みと同時に黒金が一閃。それに追随し纏っていた白刃が一気に弾け跳ぶ。
一つ一つの殺傷力の高いそれら刃が幾十にも飛翔し、アラガミを切り裂く。そしてそこから更に分離し最終的には幾百にもなって神の身体を刻んでいく。
「戦況を覆す大いなる力……戦いの中、何処までも進化する血の成せる業……つまり、ブラッドアーツだ」
「……」
攻撃回数はたった一回。
なのに、目の前のオウガテイル三体は元々なんだったのか分からないモノに姿を変えている。細切れなんてものじゃない。これはただの赤黒い変な液体に固形物が浮かんでいるだけの状態だろう、と。
隊長、貴方はその澄ました顔の下に一体どれほどの負の感情をため込んでおられたのですか。
「俺達ブラッドに与えられた『ブラッドアーツ』……これらをどう伸ばし、どう生かしていくかは全て、お前達の意志次第だ」
いいな? との念押しが入った。
こんなものを見せつけられた後では、流石の私もナナちゃんも神妙に頷く以外にない。バナナだのピクニックだのラケル先生だの普段は言っている人だがこの隊長は本当に強い。
その事実に安堵し、そして戦慄した。
何故か良く分からないが、その強さがとても怖かった。
いつもの私だったら、この人についていけば取りあえず即死は無さそう、位に開き直ってぶん投げてそうだが今は少し違う。確かにそういう気持ちもある。
けど、心の中に何かわだかまりがぼんやりと広がっている。
とにかく帰投の指定場所まで移動しようとした。その時だった。
耳元の通信機から切羽詰まったオペレーターの声が聞こえる。
『緊急事態発生! 想定外のアラガミがそちらに向かってきています!』
「え」
帰投までに、他のアラガミが出てきちゃった……?