「…んで!どれがいいと思う?」
俺の目の前に所狭いしと並べられたのは色鮮やかな個性を持った写真たち。
それが旅行先での綺麗な建物だったり、有名なお祭りでごったがえした人々だったり、のどかな田舎町の田園風景だったらどんなに良かっただろうか。
でも、そんな俺の期待を真っ向から裏切るように並んでいたのは、女子なら誰でも頬を緩ませ喜ぶであろう可愛く着飾った洋菓子であった。
季節は冬。
そろそろ学年末の試験に向け気合を入れようと思うこの時期。
中学の試験なんか赤点取らなければ高校進学出来ると考える輩が増え始める二年次。
真面目に勉学に励んでいるのは図書館に籠るか塾に通うか即帰宅する(例外もある)奴らくらいだろう。
自分でいうのもなんだが真面目部類に含まれる俺たちに反し、世の多くの愚者どもは違う意味で気合が入っていた。
暦は如月。チョコレート業界の陰謀が起こした奇跡の日。
そう、バレンタインデーだ。
「は?」
「だから、どの店がお前的には好みかなと!」
まずこの質問を妹か彼女にされるならまだいい。
しかし、楽しげに俺に自慢のお菓子写真集を見せているのはただの幼馴染という間柄にして生物学上では同性でもある奴だ。
そして俺が試験勉強に全神経を向けていると知ってのこの愚行。加えて俺が甘いものを苦手と理解しているのでこれはもはや嫌がらせに相違ないだろう。
コイツ、全教科赤点にしてやるか。生徒会長の職権を乱用してみるいい機会だ。
「誠。勝手に人の部屋に上がり込んだ上、嫌がらせの如く教科書の上に洋菓子の写真集を広げて俺の作業を妨害した行為。どうやって償う気だ?」
「相変わらず、お堅いな~神無月!」
「堅実な生き方は己が身を守る術なんだがな」
「はいはい、そういうのは置いといて!答えてくださいな、会長様!」
人のベッドに我が物顔で座る幼馴染ー藍田誠(アイダマコト)は音楽を聴いているのか足をリズミカルに動かしてくるので尚腹立たしい。
これは文句を言うより、さっさと答えて帰ってもらった方が先決だろう。
そう考え、写真に目をやったが思いの他に数が多い。
それにしてもひとつひとつのデザートに関してきちんと見た目や味、さらには使われている皿やセットの紅茶についてまでの感想が書いてある。
なかなか見せない(別に見たいとも思わないが)と思っていたがかなりの徹底ぶりだ。もはや、通の域といえるな。
何故この努力を勉学に向けないのか甚だ疑問で仕方がない。
自分の休息と思いパラパラとページをめくっていると一軒のエレガントな外観のお店が目に留まる。
そこには『pierre precieuse ^ピエール・プレシューズ^』と店名らしい文字が書かれてあった。
「あ、そこ、良かったよ!お菓子も可愛いものが多くてさ!」
「そうなのか。確かに、エクレアにマカロンやダックワーズ…これフランスだな」
「そうそう、フランス洋菓子専門の喫茶店!なんかアフタヌーンティーって感じで!」
「それはイギリスだ」
雑学としての知識があるのでそこの辺りはきちんと訂正しておいても問題ないだろう。海外の方の名誉のためにも。
そして、店の名前もフランス語であろう。pierre^ピエール^は「石」、precieuse^プレシューズ^は確か「かけがえのない」という意味だったはずだ。
「かけがえのない石」=宝石という意味だろうか。
母親が帰国子女で長らくフランスに滞在していたのもあり、英語よりフランス語の方が馴染み深い。
「んじゃ、この店で決定な!」
「は?」
「それじゃ、詳しいことはLINEすっから!んじゃ、さらば!」
そういうと、誠は部屋の窓から颯爽と去っていった。
アイツは忍者か。掛け時計は既に午後11時を回っている。
ここは一軒家の二階なのだが、ベランダ伝いで我が家に帰るのにも誠は慣れてしまったようだ。
そう、誠は典型的な幼馴染且つお隣さんだ。
それにしても、一体なんだったのだ。結局、聞いた意味があったのかすら疑わしい。
しかしアイツのことだ、何か面倒なことに俺を巻き込もうとしているに違いない。
そうだな、この話は聞かなかったことにするか。
LINEも既読無視だ、…詳細を知る権利ぐらいあるだろう。
そうと決め込み、目の前の試験勉強に意識を切り替える。
「ふぅ…」
溜息か。
これは、集中切れだな。
あと数ページで切が良いところだが、今夜はここでやめておこう。
まだ試験まで逆算しても時間はある。計画を崩されたのは想定外…いや、想定内か。
また誠が乱入することを踏まえて計画を練り直すことにするか。
それとも、乱入を未然に防ぐ術を考えるべきか?
如何せん幼馴染相手だと分析しやすいようでしにくいな。
すっかり気が削がれた俺は部屋の電気と暖房を切り、ベッドに頭ごと潜り込む。
今夜は一段と冷える。
そういえば、冬場なのに窓の鍵を閉め忘れるなど気が抜けている証拠だな。
冬は滅法嫌いなのにな、まったく。