試験まであと残り3日。
カレンダーには生真面目にも赤丸を既に付けている。
しかし、母から貰い受けたこのカレンダー本体にはでかでかと大きく今日が記念日が如く数字に色が既に印刷されていた。
別に今日は休日でも祝日でもない、平日だ。
だが世にいう今日はバレンタイン。
ヒトと云うのは何でも直ぐに記念日を作りたがるが、これは世界も認める記念日だ。
仕方ない、年中行事と考えるべきか。
それと、あれから誠からのLINEは綺麗に既読無視している。
”コンコンッ”
「お兄ちゃん、いる?」
「あぁ」
「入るね」
俺の返答も聞かずに部屋に入ってきたのは、2つ下の妹の皐月だ。
小6には見えない少し大人びた顔つきは俺と同じ父譲りだが、この勝手自由さは母似だ。
両側をポニーテールに結った髪をゆらゆらさせながら、手には何やら箱を抱えている。
「何か用か?」
「うん!あのね…」
「…?」
「ハッピーバレンタイン、お兄ちゃん!」
満面笑顔の妹から差し出された箱を覗くと中には手作り風チョコレートタルトが少し不恰好に入っていた。
この不器用さが何とも妹らしくて少し頬が緩む。
昨日からリビングが甘ったるいと思っていたが、原因はやはりこれか。
「皐月が作ったのか?」
「うん!昨日、搭谷さんに手伝ってもらって作ったの!もちろん、ママの愛情分も含まれてるよ!」
塔谷さんとは我が家の家政婦…元は母の実家での使用人だ。
ちなみに我が家は一般中流家庭だ。
父と結婚して、専業主婦になった母(家事全般未経験)を心配してついてきたのが塔谷さんだ。
温和で優しい彼女は俺たちにとって既に家族の一員である。
「…そうか、ありがとう」
「へへ、どういたしまして!」
感謝を込めていつものように頭を撫でると、妹は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
純粋な好意は誰から貰っても悪い気はしない。特に、家族と云う特別な存在なら尚嬉しいものだ。
「あっ!」
「…?」
「誠くんがお兄ちゃんに用事があるって、訪ねてたことすっかり忘れてた!」
「………」
「皐月も今から用事あるから、いってきます!」
「…あぁ、いってこい」
「誠くん、リビングにいるから!」
「…あぁ…」
そう言いと、妹はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
アイツ…、兄妹のささやかな時間まで妨害するほど暇なのか。
あの女好きがこんな日にわざわざ男の俺の所に来る必要があるのか。
…ッチ、赤点を覚悟しておけ。
―――――――――
「…で、何呑気に寛いでんだ」
「おぉ!相変わらずの遅起きさんだな、お前は!」
「そんなことはどうでもいい。要件だけ言え」
人が親切にリビングまで降りてきたというのに、誠はソファに腰を下ろし寛いでいやがった。
誰がこいつの侵入を許したんだ一体。きっと間違いなく母だろう。あの人はこいつにも甘いから。
「この前言っただろ?例の喫茶店に来いって!つか、LINE既読してんなら理解してるだろ?」
「俺に行くメリットは無いが?」
「いいや、絶対行かせるからな!」
「っは、何を根拠に?」
こいつに口と頭で負けたことはない。まあ、滅多に言い争いはしないが。
「お前、皐月ちゃんが何処行くか知ってんのか?」
「…?妹は関係ないだろ」
「男の所だったらどうするよ?」
「…まだ子供だろ、アイツは」
「鈍いなー、お兄ちゃんは!女の子は俺らより一歩も二歩も大人なんだぜ?」
「それがどうした」
何が言いたい。確かに大人びた妹だが、まだ色恋を語るには早いだろう。
俺を兄だと慕う姿から他の男を想う妹が想像も付かない。
「幼馴染のよしみだから教えるけど、皐月ちゃん好きな子に会いに行くみたいだぜ?」
「…は?」
「だから、この前言った喫茶店でその子に会うんだと!」
「そこに信憑性は?」
「さっき本人が言ってた!有力過ぎるだろ?」
「…ッチ、それを早く言え!」
誠相手だと非常に癪だが今回は引き下がろう。
何せ妹の恋愛問題だ。これは兄としては死活問題にあたる。
こいつが女に対して”だけ”は聞き上手なことを失念していた。これは由々しき事態だ。くそ。
「場所は聞かなくても?」
「俺を馬鹿にしているのか?」
「そうでしたね、会長様」
奴を我が家に残すのは一物の不安があったが、それを振り除け一目散に恋人たちが集っているであろう喫茶店を目指した。
不覚にも奴の誘導に乗せられたようで腑に落ちないが、これは妹を餌にされた不可抗力だから無効としよう。
そうすることにしよう――
自己解決が済んだ俺はすっかり誠への意識を無くしていた。
だからだろう。
誠の奴が”してやったり”とほくそ笑んでいたことに、この俺が気付けなかったのは。