Chaos;an onion HEAD   作:変わり身

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エピローグ  ある少年の休日

 

 

 

【将軍(人物)】

 

――――――――――――――――

 

将軍(しょうぐん)は、日本のフィギュア原型師。年齢、性別、出身地共に非公開。

 

『ブラッドチューン The ANIMATION』の第一話放送直後、星来オルジェルの1/8スケールフィギュアを製作元である5pbに送付。

そのオリジナルとは思えない程の圧倒的な完成度の高さに製作スタッフが痛く感動し、公式ブログ内にて紹介された事から広く認知されるようになる[1]。

 

アニメのワンシーンを基にした、しかし実際には描かれていない構図や表情を造り出す事に定評があり、まるでファンの妄想を形にしたかの様な出来からアニメスタッフの間からは『妄想将軍』『分かってる将軍』の愛称で親しまれていた[2]。

先述の経緯からか後に正式にフィギュア原型師として採用され、星来オルジェル、エリンフレイ・オルジェル、セドナ三名のフィギュアが将軍名義で発売されている。

 

極端に露出が少なく、将軍というペンネームと熱狂的なブラッドチューンのファンという情報以外は一切不明であり、5pb側も情報を公開していないため謎の多い人物である[3]。

 

 

【代表作】

 

――――――――――――――――

 

・星来オルジェル(Nitroplus限定通販)

・星来オルジェル.覚醒後ver.アナザー(Nitroplus限定通販)

・エリンフレイ・オルジェル(Nitroplus限定通販)

・セドナ(Nitroplus限定通販)

・キラリ&ピンクうーぱ(Nitroplus限定通販)

・すーぱーそに子・サムライ☆コンデンサ装備ver.(Nitroplus限定通販)

・疾風迅雷のナイトハルト(個人製作)[4]

・大和天使リーゼロッテ(個人製作)[5]

 

 

【脚注】

 

――――――――――――――――

 

1.^ ファンブックのインタビューによると一話に付き一体が毎週欠かさず送付され、その数は話数と同じ全26体にも及んだとの事。そのため週刊将軍と呼んでスタッフ達も楽しみにしていた。

 

2.^ 現在では『俺たちの将軍』と呼ばれている。

 

3.^ 5pb/Nitroplusによるラジオ企画で広報担当者がゲストとして参加した際、将軍を「彼」「食べちゃいたいくらいイケメン」という発言をしていた事から男性である事が伺えるが、詳細は不明。

 

4.5.^ 元は大規模MMORPG『エンスパイア・スウィーパー・オンライン』の超有名プレイヤーの一人。本人達の発言では、立体化の許可は出しているとの事。将軍との関係は不明。

 

 

【関係リンク】

 

――――――――――――――――

 

・木島――――……

…………………………

………………

……

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

――――何か、情けない夢を見た。様な気がした。

 

 

「……ふぁ、ふ……」

 

窓の外からちゅんちゅんとスズメの鳴き声が響く早朝。

ベッドに身体を縛り付けんとする睡魔を振り解いて上半身を起こした僕は、顎が外れるくらいに大きな欠伸を漏らしたよ。

 

時計を見れば、朝の七時。

何時もと同じ起床時間だったけど、今日は休日だしもう一時間位寝ていても良かったかな。何だか少し勿体無い気分になった。

……布団の暖かさが、穏やかな魔力を発している錯覚を受ける。

 

 

「……いや、やめよ」

 

 

このまま二度寝をしてしまいたい欲望に駆られたけど、それをしたら大幅に寝過ごしてしまう事になるだろう。

今日は友人達と出かける予定が入っているし、それは余り良くない。起きてしまったものは仕方が無いと諦め、大人しく起きる事にする。

 

 

「……ふんっ」

 

 

眠気を吹き飛ばすように、気合を一発。

被っていた布団を小さく跳ね上げ、まだぼんやりとしている重い頭を引き摺ってベッドから降りて、伸び。

喉の奥から呻き声に似た声が漏れ、幾らか思考がはっきりとした。

 

そうして、ひたひたと裸足の足音を立てて部屋の隅にあるクローゼットへ向かう。

乱雑に放り込まれた衣類の中から長袖のシャツとスラックスを取り出し、パジャマを脱ぎ捨て身に着けて。そして最後に冬の間愛用していた半纏を被り、部屋のドアを開けて廊下に出た。

暦上は既に春とはいえ、まだ少し肌寒いからね。僕は肉も薄いし、これくらいの厚着で丁度良いんだよ。

 

 

「……あ、おはよ。お兄ちゃん」

 

「うん、おはよう」

 

 

リビングに着くと、既に妹がソファに寝転がり寛いでいた。

背の中程まである長髪をそのままに、長袖のトレーナーとスウェット姿の彼女。

その目線の先にあるテレビには何か野菜のようなキャラクターが体液を撒き散らしながら暴れまわるアニメが映っていて、挨拶の時もそこから目線を外さなかったよ。

……この春から高校生二年生になるというのに、まったく色気の無い姿である。

 

 

「お父さんとお母さんは?」

 

「んー、お母さんは何か町内会の当番で出かけて、お父さんは仕事行ったー」

 

「仕事? 休みなのにこんな早く……」

 

「昨日の夜に言ってたじゃん」

 

 

何を? と聞きかけて、夕食の時の事を思い出す。

……そういえば、部下がヘマをしたとか何とかで愚痴ってた気がするね。

 

僕は得心を一つし、妹から意識を外し台所に向かう。

そしてお茶碗を取り出し、ご飯をよそり。戸棚から取り出したお茶漬けの素を振りかけリビングにとんぼ返り。朝食の準備だ。

 

 

「お母さん待たないの?」

 

「うん、今日はほら、友達と早くに出かける予定だから」

 

 

これまでも何度か同じ事があったけれど、母が帰ってくるのは決まって8時か9時位だったからね。それを待っていては友達との集合に遅れてしまうよ。

妹の疑問にそう返しつつポットからお湯を注ぎ、テーブルに着いてお茶碗を傾ける。

緑茶の香りの混じる熱い即席スープが舌先を潤し、後から梅の風味を纏った白米が僕の口内に流れ込んだ。

 

 

「え、お兄ちゃん、今日出かけるの? どこ? 109とか行く?」

 

「う、うん? まぁ、行くんじゃないかな。多分」

 

 

突然食いついてきた妹に面食らって、少しどもりつつも肯定する。

今日出かけるメンバー。僕と、幼馴染の少女と、あともう一人。三人で一緒に出かける時は、高い確率でそこに行くからね。だから今日もきっと――――

 

――……ん?

 

 

「……109?」

 

「ねえ、それナナも付いていって良い? ねぇねぇ」

 

 

何か違和感を覚え、首を捻る僕を他所に妹はそう提案してきた。

……提案、とは言ったけれど、彼女の目には活発な光が宿っていて、拒否は許さないと雰囲気が語っている。

 

 

「……まぁ、大丈夫じゃないかな。一緒に行くのも何時もの二人だし」

 

「やった! ナナもちょっと買い物したかったんだぁ」

 

 

そう言って、彼女はにっこりと笑った。

……買い物がしたいんなら一人で行けば良いんじゃないかな。

そう思ったけど、そこはきっと女の子ならではの彼是があるんだろう。と思考停止。

 

まぁ妹も二人とは仲が良いし、連れて行けば皆喜ぶだろう。悪い事なんて何も無い。そう結論付けた

 

 

「分かったよ。じゃあ遅れないように準備をしておいてね」

 

「えーっと、何時出発?」

 

「とりあえず九時……いや、八時半には出るかな。散歩がてらに歩きで」

 

「八時半か……じゃあまだまだ大丈夫だね」

 

 

妹は部屋の壁にかけられている時計を確認し、テレビへと向き直った。

そうやってのんびりするから、何時も出かける直前になってからバタバタするんだよ。

……なんて本音はおくびにも出さず、お茶漬けを啜りながら同じく番組に目を向ける。

 

画面の中では、主人公(どうやら侍らしい)がUFOみたいな変態機動を駆使して敵をボコボコにしていた。

基本アニメを見ない、しかもかわいい物好きな妹の趣味には合わなそうな番組だけど、彼女の視線はその雄姿に釘付けだ。

 

 

「……『ねぎぼうずのあさたろう』……? これ、面白いの?」

 

「んー、ナナも初めて見たからお話は良く分かんないけど、グリグリ動いて面白いよ。それに敵の侍さんも何か可愛いし、ゲロカエルんみたい」

 

「……そうかなぁ……?」

 

 

どう見てもちょっと気持ち悪い見た目で、加えて主人公に殴られまくっているのだけれど。相変わらず彼女の趣味は謎である。

何となく引っかかる物を感じながら、僕は静かに食事を続ける。

 

 

「……わー……」

 

「…………」

 

 

そうして、後は特に会話はなく。

結局、僕と妹は番組が終わるまで席を立つことは無かった。

 

 

*************

 

――東京都、渋谷区。

 

 

まだ冬の残り香が僅かに漂う肌寒いビル街の中を、僕達は歩いていた。

幾多のビルが立ち並び、あちらこちらで電光が輝く賑やかな道。

もうそろそろ花の咲き誇る季節になったにも拘らず、立ち並ぶ街路樹の先端で膨らんでいる花の蕾は、未だ咲く気配を見せず硬いまま。寒さを一層引き立てていた。

木の種類がそういう物なのかもしれないけれど、何となく寂しく思って。早く咲かないかなと待ち遠しい気分になる。

 

そうして周りに響くのは、多くの人々の雑踏。

休日の所為か、お昼時に近くなってきた所為か。家を出た頃にはまだ疎らだった人込みが密度を増し、それなりにくっ付いていなければ直ぐに離れ離れになってしまいそうだった。

目的地の近くにあるスクランブル交差点に近づくにつれ、それが顕著になっていたよ。

 

 

「……あ、FESだ」

 

「え!? ……って、んだよ掲示板かよ」

 

 

僕の隣をくっ付いて歩く妹が、無意識と言った風情で上げた声に、僕の友人――同じクラスの男子生徒が驚愕と共に反応し、そしてあからさまにがっかりした。

少し後ろを歩く彼の姿は見えなかったけれど、肩を落としているのが手に取るように分かったよ。

 

FESと言うのは、最近メジャーデビューした人気ゴシックバンド『ファンタズム』のボーカルの名前だ。

その圧倒的な歌唱力を誇る彼女はマイナー時代から相当な人気を誇っていて、彼はその時代からのファンなんだ。

……彼女の歌に惹かれているのか、それとも容姿に惹かれているのか。さて、どっちだろうね。

僕は立ち並ぶビルの一角に映る、容姿端麗な美少女が歌っている姿を眺めながら苦笑した。

 

 

「たはは、本当にFESの事好きだよね。この前もライブ行ってたし」

 

「ん、ああ。まぁ歌もそうだけどあんだけ美人だしな、俺がチェックを欠かす訳ねぇじゃんよ?」

 

「うーん……何だろう……何か上から目線な様な……」

 

 

そして、彼の隣を歩いていた僕の幼馴染の少女はその返事に呆れたように半眼。少量の軽蔑の混じった視線を向けた。

幼馴染は『そういう事』に対してはそれなりに硬い方だからね。可愛い女の子を見ればすぐさま目を付ける彼の姿勢に不満があるのだろう。

 

しかし彼はそんな事を気にも留めずに朗らかに笑い続けるだけで、後ろめたさを感じさせず。清清しい程のナンパ男ぶり。

白い歯輝く無駄なイケメンフェイス。丁度すれ違った双子の姉妹のうち、眼鏡をかけた方が目を奪われていたのに気付いて何となくイラっと来たよ。

 

 

「あ、勿論ナナちゃんもチェック対象の一人だぜ? どうよ、今度二人きりで遊ばね?」

 

「いやちょっとちょっと、実の兄の前で妹を口説かないでくれないかな」

 

「……ん? 私は?」

 

 

自分の名を呼ばれなかった幼馴染が首を傾げるのを横目に、僕は妹の間に身を乗り出して首を突っ込んできた彼を押し返し、犬を追い払うときのように手を顔の前で振った。

背が高い、格好良い、優しい。そんな三拍子揃っている彼だけれど、こと女性に関してはすこぶるだらしが無いのだ。

妹を任せるには少々の不安が残るため、兄としての権限で友人以上としての接触は禁じさせてもらいたい。

 

 

「まぁどうしてもと言うなら、その爛れきった女性関係を清算してから来てよ。そうすれば考えてあげない事も無いからさ」

 

「うわひっでぇ。それがダチに言うことかよオイ」

 

「んー……ナナもちょっと遠慮したいかな。先輩と仲良くしてると何か刺されそうだし」

 

「ねー、私はー?」

 

 

妹もそんな彼の事を良く分かっているため、満更でもないような様子を見せつつも困った顔で辞退した。

そうして「割かしマジなんだけどなぁ……」と呟きながら押し黙る彼を放置し、何となくFESの映る電光掲示板へと目を向けて――――

 

 

「……?」

 

 

何となく、既視感。今も画面の中で歌っている彼女に、何か懐かしいものを感じた。

それは以前彼女をテレビで見たとかそういう物じゃない、もっと身近で現実感を伴ったもの。

一度も会った事なんて無い筈なのに、彼女の一挙手一投足が僕の記憶を――あるはずの無いその扉を叩いて、鳴らし。こめかみに頭痛が迸る。

 

……そういえば、今日見た夢に彼女に似た人物が出てきたような気が――

 

 

「? どうかした?」

 

「……いや、何でもないよ」

 

 

……『四・五人の女性の地雷を踏み抜き、寄って集って殴られる』と言う情けない夢を思い出した僕は、無理やり目線を掲示板から離し前を向く。

そうして背後から僕を覗き込む幼馴染の不思議そうな視線に気付かない振りをして、勤めて平静を装った。

 

……のだ、が。

 

 

「……ははぁん? 分かった、お前も俺と同じでFESの事を……」

 

「…………んー?」

 

「いやいやいやいやいやいやいや」

 

 

スケコマシの頓珍漢な言葉を受けて、幼馴染からの視線の色が変わっていく事をひしひしと感じ、僕は物凄い勢いで首を振る。

別に幼馴染が怒っても、説教を受けるくらいで大きな被害は無い。無いのだけれど……何となく、彼女にそう言った誤解を受けるのは嫌な感じがして。

 

その様子に妹がくすくすと笑い声を上げるのを恨めしい気分で聞きながら、僕は必死になって幼馴染に言い訳を始めた。

――こめかみの痛みは、何時の間にやら消えていたんだ。

 

 

 

 

 

スクランブル交差点。

 

そこは様々な人々の思念が混じり合い、一瞬の混沌を作り出して。数多の人間が交差し、通り過ぎ、縁とも言えない様な薄い糸を摩り合わせる場所だ。

信号待ちをしている今でも、歩道で塞き止められている人を見れば、どれだけ多くの人数が集っているのかが簡単に分かったよ。

 

そうして人に囲まれて立っているまま少し視線を上げれば、僕達の目に飛び込んでくるのは周りの建物に切り取られるようにして一際目立っているビルと、それに書かれた109の文字。

今日の目的地。友人と妹が行きたがっていた巨大ファッションビルだ。

 

天高く聳え立つその建物の内部には、幾つもの服屋や雑貨屋。お洒落なカフェやレストランなど若年層に人気の店が詰めこまれており、渋谷を代表するスポットの一つになっている。

そのため『今時の女の子』をやっている妹や幼馴染、女の子と遊びたいが為に自分を磨いている友人は事ある毎にここに来たがるんだ。

 

……僕としてはファッションには余り興味を惹かれないんだけど、仲の良い友人達と一緒に店を見て回ったり、幼馴染や妹の艶姿を見るのは楽しく思う。

時々妙な衣服を進められる事もあるけれど、それもまた一興。僕は彼女達とここに来る事を毎回楽しみにしていた。

 

 

「…………」

 

 

……けれど、今日は何だか違和感がある。

それが一体何なのか。特にはっきりとした点を指せる訳じゃないけれど、何か前と違う気がして。

良く分からない疼きが胸奥を焦がし、何となく落ち着かない。

 

 

「……お兄ちゃん、調子でも悪いの?」

 

「え? ああ、何でもないよ。ただくしゃみが出そうだっただけ」

 

 

『109』の文字を見つめている僕を不審に感じたのか、妹が少し心配そうな顔でそう尋ねてきて。思わず間抜けな弁解をしてしまった。

……言ってしまった以上、くしゃみの演技の一つでもすべきだろうか。

 

鼻をひくひくさせながらそんな事を思っていると、肩に肘を置かれた感覚。

振り返ってみれば、友人が僕にもたれかかってニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。好みの女の子を見つけた顔である。

 

 

「なぁ、見てみろよあの子。すっげー美少女」

 

 

そう言って彼が指差した先を見てみると、妹らしい小さな女の子と手を繋いだ黒髪の女性と、その隣を歩くツインテールの女の子の姿があった。

三人とも美少女といって差し支えない容姿をしていて、仲睦まじく談笑していたよ。

 

彼はそんな彼女達に声を掛けようか掛けまいか迷っているようだった。怪しい光を瞳に灯しながら、ブツブツと何かを呟いている。

 

 

「あの人は知ってるけど……隣の娘は始めて見るな、何処の学校だ?」

 

「もー、またそうやってナンパみたいな事するんだから。ビシィ!」

 

 

そしてやはり琴線に触れたらしい。幼馴染が最早癖となっている擬音を言いながら、チョップをぽこぽこと叩きつけて来た。

……彼と、彼が寄りかかる僕に向かって。理不尽であると言わざるを得ない。

 

 

「いやちょっ、何で僕まで、あたっ」

 

「はっはっはっは、まぁそう嫉妬すんなよ。いてっ、お前もあと少しで及第点に届……いてぇっ!」

 

「ビシ! ビシ! ビシィ!!」

 

 

止めとけば良いのに、無駄に彼女を煽る友人の所為でチョップの力が5割増くらいに上がった。とんだとばっちりだよ。

腕で頭をガードしつつ、他の通行人に被害を与えないよう最小限の動きで逃げ惑う。

 

 

「――あ、青になったよ」

 

 

そうして我関せずと一歩離れた位置で見守っていた妹の声を皮切りに、僕と友人は交差点へと飛び出した。

信号が変わり、次々と横断歩道に踏み出してくる通行人よりも一歩先に、チョップの嵐から逃れ早く対岸の歩道へと辿り着くべく全力で走る。

……勿論、向かいから歩いてくる人が近くなったら元に戻すつもりだけど。ぶつかったら危ないしね。

 

 

「……よっし、せっかくだから声かけてくるわ!」

 

「ええ!? ちょっと待っ」

 

 

どうやら決心がついたようだ。僕の少し前を走っていた友人がそんな事を宣言し、先程見かけた女の子の方に方向転換。スキップでもするかのような身軽さで走り去っていった。

……やはり彼には妹は任せられないね。今改めて確信したよ、まったくもう。

 

そして追いかけてきている筈の幼馴染の方を見てみると、突然明後日の方向に走り出した彼に一瞬驚いたようで。

しかしその意図が分かったのか、後ろを付いてくる妹に何某かを告げた後猛ダッシュで彼の背中を追いかけて行ったよ。

 

……どうやら僕に関しての危機は去ったようだ。彼の命運を祈る。

 

 

「はぁ……、あ」

 

 

後ろからのんびり歩いてくる妹の姿を眺めつつ、安堵を乗せた溜息を一つ吐き。

そして、自分が交差点を渡る集団から一人突出していた事に気がついた。

 

……………………。

 

……恥ずかしい。

交差点の中心付近に一人だけと言うこの状況。今更ながらに子供の様な事をしてしまったと羞恥心が湧き上がる。

 

 

「……うあああ」

 

 

何だか周りの人々が僕を注視しているような気がして、妙な呻き声を上げた。

僕は赤くなった顔を手の甲で隠しつつ小走り。早く対面に渡ってしまおうと109の方角に振り返って――――

 

 

 

 

 

 

――――彼らの姿に気付いたのは、その時だった。

 

 

 

 

 

 

「……ん……?」

 

 

ふと、周囲に感じる違和感が大きくなった。

特に何かが変わったという訳じゃない。前に見える通行人も、後ろを歩く妹たちも。何一つとして変わっていない筈なのに。何故か僕はどうしようもない『ズレ』を感じていて。

 

それはまるで、立ち入りを禁止された聖域に足を踏み入れてしまったかのような、罪悪感を伴った居心地の悪さ。

僕はここに居てはいけない、それに気づいてはいけない。そんな気分になったんだ。

 

 

――そうして、そんな歪な空間の中。彼らは、交差点の中心を歩いていた。

 

 

人数は二人。長身の男性と、外国人の小柄な少女だ。

年は多分、僕と同じ位だろうか。男性のほうはフードを目深に被っていたから顔は分からなかったけれど、少女のほうは遠目に見てもはっきりと分かるくらいに可愛らしい顔立ちをしていたよ。

 

少し険の入った釣り目勝ちの瞳には紅色の綺麗な光が宿り、西洋人特有の白い肌とすっと通った鼻筋。赤の色素が混じった髪の毛はツインテールに纏められ、小柄な身長と相まってまるで人形のようだ。

僕の友人たるスケコマシが居たら、間違いなく声をかけていただろうね。

 

少女は隣を歩く男性の腕に抱きついていて、白い頬をうっすらと赤く染めていた。表情は恥ずかし気に歪んでいて、まるでお化け屋敷の中を歩くカップルを連想させたよ。

その様子から彼らは恋人か若しくは仲のいい友人同士にある事が察せられたけれど――その姿に感じられるはずの甘い雰囲気が少ない事が、少しだけ気になった。

 

……例えるならば、共依存。だろうか。互いに互いを拠り所にしているような、そんな不安定な印象を受けたんだ。

まぁ、妄想なんだろうけど。

 

 

「…………」

 

 

二人はゆっくりと、しかし真っ直ぐに僕に向かって近づいてくる。

勿論、彼らが僕に用があるなんて思ってはいないよ。お互い逆の方向に進んでいくうちに、僅かな一瞬だけ袖が触れ合うだけだ。

 

そうは分かっているんだけれど、彼らが――特に男性の方が。僕を見つめているような気がして、場の空気もあり非常に落ち着かない。

フードで視線は隠されてるのに、自意識過剰も良いところだよ。

さっきまで忘れていた気恥ずかしさを思い出し、僕は進む速度を速めた

 

 

「……?」

 

 

そうして彼らとの距離が縮まるにつれ、男性のズボンのポケットから人形のような物が覗いている事に気がついた。

 

それはどうも美少女フィギュアのようだった。

肩から下はポケットで隠れていたけれど、きっとあざといポーズをとっているんだろう。黒いズボンの布地が歪な形に歪んでいたよ。

 

……なんでそんなの持ち歩いているんだろう? 気にはなったけど、初対面の人にそれを尋ねる理由もなく。

僕は彼の横を擦れ違おうと、一歩左に踏み出して――――

 

 

 

 

 

「――――――――」

 

 

 

 

 

 

――――擦れ違う寸前、何か声を掛けられた気がした。

 

 

 

「……え?」

 

 

 

怨嗟。

悲しみ。

羨望。

悔恨。

 

様々な負の感情を乗せた一言が、僕の耳朶を妖しく揺らし。

 

 

「え、あの、今――、ぁ?」

 

 

そして、慌てて振り返って確認しようとしたけれど――――そこにはもう、誰も居なかった。

 

先ほど擦れ違った男性も、彼に抱きついていた少女も。

確かに存在した筈の彼らが、まるで煙のように消え去っていて。

必死になって首を振り目を動かしても、見えるのは他の通行人だけ。彼らの痕跡すら見つける事が出来なかったよ。

 

 

「……な……えぇ?」

 

 

幽霊? それとも白昼夢?

僕は突然起きた非常識な事態に混乱し、立ち止まってうろたえた。恐怖や怯えという負の感情ではなく、純粋に驚愕していたから。

 

――そうして気付けば、辺りを包んでいた違和感も跡形も無くなっていて。いつもの見慣れた景色、見慣れた空気に戻っていたんだ。

 

 

「…………」

 

 

……一体、何だったんだ? 何が起こったんだ?

疑問と驚愕でうまく働かない頭のまま、ぼんやりと視線を戻し。何時もと変わらない『107』の文字を眺めて――――そして、僕の体は雑踏に飲み込まれていった。

 

どうやら、驚いている内に追いつかれたようだ。

周りを通り過ぎていく通行人に混じって、妹が僕に近づいてきた。

そうして立ち尽くしていた僕の服を引っ張って、一緒に歩き出す。

 

 

「何やってんの? こんな所で立ち止まってないで早く渡っちゃおうよ」

 

「え? いや……今、ここに居た二人は……?」

 

「? 誰も居なかったじゃん。お兄ちゃんが一人で何かわたわたやってただけだよ」

 

 

……嘘をついている様子の無い妹のその言葉に、僕はそれ以上何も言えなくなったよ。

 

彼らの姿も、かけられた声も、その感情も。僕ははっきりと覚えているのに。

状況が、妹が。彼らが最初から居ないと言っているんだ。

……本当に、訳が分からなかった。

 

 

「……ねぇ、それ……」

 

「え?」

 

 

そうして頭を抱えていると、妹が僕の手を指差して何とも微妙な表情をしている。

何だろう。そう思ってその視線を辿ってみれば――――

 

 

「……え? は!?」

 

 

僕の右手。何も持っていなかった筈のその掌の中に、一体の美少女フィギュアが握られていた。

それは、先ほど見た彼が持っていた物。

面積の少ない黒っぽい衣装を身に付け、片手には折れた武器らしき物を持ち。そして何故か全身に細かい傷が付いているその少女は、彼のポケットに入っていたそれと同じ物だったはずだ。

触った事も、見た事も無い。けれど見ていると何故か懐かしさを感じるような、不思議な雰囲気を持つ精巧な美少女。

 

――――それが何で、いつの間に僕の手に?

 

彼らから盗った覚えも、握らされた覚えも無いのに。どうして僕はこれをしっかりと握っていて、しかもその事に気付いてなかったんだろう?

まるでスリの逆バージョン。本当に、何が起こったと言うんだ。

消えた二人の事も含め分からない事が多すぎて、何か逆に冷静になってきた気さえもして――――

 

 

「………………………………………、ん?」

 

 

はた。と。

唐突に我に返り、今の状況に気が付いた。

 

――往来の最中。露出の激しい少女の人形むき出しのまま持って、歩きながらもそれをじっと眺めている僕。

 

……あれ、これはちょっと。まるで僕が『場を弁えない困った奴』のような……。

先程とは別種の混乱と焦りにだらだらと脂汗を流しながら、先ほどから無言の妹へ油の切れたブリキ人形の如く、ゆっくりと顔を向けた。

 

 

「……うひゃー……」

 

「え、いやあの」

 

 

予想通り、彼女はそんな僕を冷たい視線で射抜いていたよ。

じっとりと淀んだ視線が僕を嬲り、胃がきりきりとした痛みを訴え始めた。

 

そして摘んでいた服をそっと離し、スススと音も立てずに距離をとり始め。さっさと交差点を渡り切るべく足取りを速めて僕を置いて行ってしまった。

……心なしか、通り過ぎる通行人の方々も冷たい目をしているような気が。

僕は思わず焦り、取り乱し。必死の思いで彼女に追い縋った。縋らずを得なかった。

 

 

「いや、その、違うんだよ。これはそういうアレじゃなくて」 

 

「お兄ちゃん……ううん、そうだったのは良いんだけど、わざわざ外まで持って来るのは……」

 

「そうだったのって何がどう『そう』だったの!? いやもうほんとに違うんだってば……!」

 

 

しどろもどろ。右手にフィギュアを持ったまま、回らない舌で弁解をしようとするも上手く伝えられない。

 

そもそも一体、どう伝えればいいのだろうか。

幽霊の二人組みに会って、美少女フィギュアが出現しました? 白昼夢が正夢になりました? どっちも意味が分からないよ。

僕自身何がどうしてこうなっているのか原因からして分からないのに、気の利いた言い訳なんて出来る訳がないんだ。

 

……後から思えば、道の途中で拾った事にして道路の縁石の上にでも置きに行こう。とか言えば良かったのかも知れないけど、そんな事は欠片も思い浮かばなかった。

焦っていた事もある。余裕が無かったって事もある。しかし、それよりも。

 

――このフィギュアは、『もう』手放してはいけない。

 

そんな良く分からない執着心が僕の心を犯していて、捨てると言う選択肢を消し去っていたんだ。

 

 

「あの、あのさ、何ていうか、そう、よく知らないけど、きっと、何か、大切な――」

 

「そんな大切な物だったら、外で見ないでよ! 良いから早くしまって!」

 

「え? ――うわぁ!?」

 

 

彼女の言葉に僕は未だフィギュアを握り締めたままだった事を思い出し、慌ててショルダーバックの中に突っ込んで――――そして、過ちに気付く。

……仕舞えと言われて迷いなくバッグに入れてしまった以上、最早言い逃れは出来ない……!

 

 

「……うーん。これはちょっと報告、かなぁ」

 

「ほ、報告? え、誰に? ねぇちょっと」

 

 

パニックになり涙すらも滲んできた僕は、何やら物騒な発言をする妹にそれは止めてと縋り付き。

そうして、先程の名も知らぬ男性に囁かれた言葉が脳裏をよぎる

 

 

 

 

 

――――――――リア充、爆発しろ。(これは、きみがもってろよ)

 

 

 

 

 

全く意味の分からないその一言がグルグルと耳の中を残響して。

僕は友人達と合流するまでにどう妹の誤解を解くべきか、必死に脳を回転させた。

 

 

――――世界のどこかで、陰鬱な笑い声が響いた気がした。

 

 

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