Chaos;an onion HEAD   作:変わり身

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右の瞼が震えるの 編

――この世には、絶対なる「美」という物が存在する。

 

 

宝石の如く輝く瞳。獣の如くしなやかな身体。華の如く綺羅びやかな笑顔。

地球上のありとあらゆる「美」の部分を掻き集め、人の形に当て嵌めたそれは正しく美麗美貌の体現者。

 

人類史上において空前絶後に容姿端麗であると同時に純情可憐で才色兼備かつ解語之花、沈魚落雁であり天香国色が明眸皓歯で傾城傾国才子佳人面向不背六六六六、ああもう何が何やら。

とにかく異性のみならず、同性にも支持される圧倒的美しさを誇る者。電子の海にて舞い降りた、この世ならざる純白の天使。

 

さぁ皆の者、五体倒地し復唱せよ! その美しき者の名は――――!!

 

 

 

「――――やっはろーーーー! 今日もちうはキュートにょろーーーーん!!」

 

 

 

……誰だ。今「うわっ」とか言った奴。怒らないから前に出ろ。さぁ。

 

 

 

 

私には、決して人に言えない類の趣味がある。

まぁあれだ、所謂「ネットアイドル」と呼ばれる活動である。

 

普段は余りしない化粧をして、高い服を着飾って。そうして用意したセットと共に撮った写真をちょいちょい加工し、ホームページに掲載する。

言葉にするとシンプルではあるが、不特定多数のネットユーザーを対象にする以上、動く数字はとても大きなものだ。当然人気になるには相応以上の努力も必要な訳で、片手間に出来る事じゃない。

 

容姿の良さは元より写真技術、衣装やセットの組み合わせ、構図やテーマの考案と凝り出したらキリなんてものは無く、そこは正しく魔境と表現すべき界隈だ。

……大げさだって? どっこいそうじゃないんだな、これが。まぁ情弱には分からんだろうがよ。ヘッ。

 

さて、そんな中において、私は「ちう」というハンドルネームを用いて一定の地位を築いている。

いや、一定どころじゃない。頂点だ。そう、私はネットアイドル界のNo1の座に君臨しているのだ。

 

アクセス数は軽ーく1000万超、有志によるネットアイドルランキングでもぶっちぎりの第一位だ。これを頂点と言わず何と言う。

ホームページに訪れてくれている奴らもほれ、この通り。

 

 

キジョー  > やっぱちうタンはカワイイなぁ!

 

ゴンベー  > 今日もちうタンは最高だぜ、可愛すぎてハゲそう。

 

ブラック百 > 俺なんて歯も抜けそう。

 

風     > じゃあ俺は魂だ!

 

 

「皆ありがとー! 何時もカワイイって言ってくれて嬉しいぴょーん!!」

 

うっひょーこれだから堪んねぇ。

多くの人が私の美貌を讃え、ひれ伏し、そして――私を認めて、共感してくれる。最高の気分だ。

 

「…………ふふ」

 

結局の所、それがネットアイドルを始めた一番の理由なのだろう。

周りに自分を理解してくれる奴が居なかった。だからネットを介した遠くの奴らに理解者を求め、そいつらを集めるために自分を磨く。そしてその結果、私にはNo1になれるだけの素養があった。そういう事だ。

 

……そんな事をしても信者しか集まらない? 大いに結構。これまでが――今でさえも周りは皆アホだらけだ。だったらネットの中で位、私に都合のいい奴を侍らせてもバチは当たらんだろう。

 

確かに、日々私が主張する「普通」とは少し外れるかもしれない。しかし考えてもみろ、ネットアイドルという存在に「異常」と言える要素なんてあると思うか?

もし数多居るネットアイドルの中に「東京タワーと同じくらい高い巨木」が混じっていたら是非ッとも教えて欲しいもんである。私は自らを「異常」であると宣言し、淫らな事でも何でもしてやろうじゃないか。

 

(ま、ぜってーあり得ないだろうけどな)

 

つまり私はまだ「普通」って訳さ。口内で呟き、マウスをカチリと押し込んだ。

最早作品とも言うべき私の美貌が電子の海へとアップロードされ、全世界に晒される。快感をも伴った一瞬だ。癖になるね、全く。

 

私は心なし頬を上気させつつ、早くもホームページの掲示板につき始めたコメントを流し読み、無意識の内に口角を釣り上げる。腹底で生まれた笑いが横隔膜を震わせ、鼻息が自然と荒くなった。

 

「はっは、やっぱ私は女王様よなぁ! ホーッホッホッホ!」

 

フッフッフ、新作写真もまた大盛況。私を讃美する声がズラリと並び、壮観な事この上なし。いやーん、ちうタンモテすぎて困っちゃ~う!

 

今回は何時ものファンシーな雰囲気とは違い、ゴスロリのコスチュームにSF感のある衣装を散りばめた冒険作だ。色々と不安はあったが、高評価で持って受け入れられたようで何よりである。

普段のストレスや最近のアンナ関連のアレやソレやが浄化されていくよう。気道の奥に絡まる何かが綺麗に解け、哄笑と共に溢れ出す。

 

「……と、いらっしゃーい」

 

……しかしまぁ当然ともいうべきか、その中には称賛とは真逆のコメント――所謂アンチや変態のコメントも少なくは無い。

「ぶりっ子乙」「カマトト女が、氏ね」「肉壷わっしょい」その他多数。中には「今夜●●の詰まったゴムを送るよ」なんて下品極まりないセクハラコメントも有り、中々にジャンル豊かだ。

 

通常それらは私のファンに寄って通報処理され、予め組んでおいた削除プログラムによって抹消される運命にある。一種の自浄作用と言ってもいいだろう。

いやはや。当初は私も結構傷ついたもんだったが、幾度と無く繰り返され対策する内にもう慣れ切った。今やどんなに酷いコメントでも微笑ましい気分で見られるね。

 

まぁファンの方もあんまりほっとくと炎上の元となるので、良いタイミングでの管理が必要な訳だが――――

 

「……ん」

 

ぴくり、と。流し読むコメントの中の一つに目が止まり、右の瞼が震えた。

 

それはアンチでもセクハラでもない、極普通のファンが残したコメントだ。

癖も面白みもない言葉だが、シンプルであるが故に私にとっての大きな原動力となる言葉。即ち――――「何時も見ています、これからも頑張ってください」

 

「…………」

 

ゆっくりと、背後を振り向く。

当然そこには誰も居らず、先ほど撮影に使ったセットとチューリップの鉢植えが有るだけだ。部屋には私一人、他に気配がある筈も無い。

 

何も、何も、何も――居ない。

 

「……考えすぎ、なんだよな。きっと」

 

小さくそう呟いて、掲示板の鑑賞へと戻る。

応援、馬鹿丸出しの暴言、ウィットに富んだ小粋なジョーク。様々なコメントを上機嫌に読み込み、気に入った物の幾つかに反応を返す。こういうこまめな返信が人気を持続させるコツなのだ。

 

ああ、自尊心の満たされる至福の時間。私は間違っていないと再確認でき、ささくれた心が癒やされる。

 

「…………」

 

「何時も見ています」「毎日拝見して頂いています」「いつも見てるぜ!」「毎日見ても飽きないなぁ」「何度だって見ちゃう!」「何時も」「いつも」「何時も」――――

 

……私は努めてその文言を意識から外し、くるくるとマウスホイールを回し続けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「あ、そういやそろそろ期末試験の時期だねー」

 

……そんな言葉が聞こえてきたのは、春の入り口。

冬の寒い日々を越え、太陽が暖かさを取り戻し始めた時期だった。

 

「うーわ嫌な事思い出させないでよー、せっかく忘れてたのに」

 

「えー? 大丈夫でしょ、適当にやってれば過ぎるんだからさ」

 

「…………」

 

暖房が徐々に効き始めた教室の中、PCから顔を上げその脳天気な声の主をチラリと見る。

柿崎、釘宮、椎名。いつも三人でつるんでいるクラスメイトだ。確か部活の他にチアリーディング活動をしていたんだったか、運動部の大会によく駆り出されているのを覚えていた。

 

彼女達はすぐそこまで迫った期末試験に憂鬱な様子だったが、特に勉強をする気は無いらしい。グダグダと愚痴を漏らしながら、気楽に笑い合っている。

 

(……お気楽な奴らだな、全く)

 

とは言っても、この件に関しては私も人の事は言えなかったりする。

成績としてはあいつらと同等……もしくは少し上程度であり、同じくやる気なんてものも存在しない。五十歩百歩も良いところだ。

 

何故ならば、別にどんなに悪い成績を取ろうがペナルティなんて無いからだ。赤点も無ければ留年なんてものも無し。あいつらの言う通り適当にやってれば過ぎていく。

特にこのクラスは私含めそんな考えの奴が多く、一年からずっとこちらクラス全体での校内順位は最下位をぶっちぎっている有り様だ。

 

個人個人を見れば学年トップクラスに頭の良い奴は何人か居るのだが、それ以上に数の多いバカが足を引っ張っている構図である。せちがらいね。

 

「そう言えば、例の噂聞いた?」

 

「噂って――ああ、あれ? 今度のテストで最下位のクラスは解散して小学生からやり直し、ってやつ」

 

「そーそ、それそれ。いやーマジなんかねぇ、それだとあたしらもヤバイんじゃ――」

 

……余りにも下らなすぎる話だったので、それ以上は聞く価値なしと判断しPCへと視線を戻した。

 

期末テストか。まぁいつも通りならそこそこの点数は取れるだろうし、特に頑張る必要もないよな。

私はあっさりとそう決めると、テストの件を忘れ趣味の事へと思いを馳せる。さて、次はどんなテーマのどんな衣装を用意しようか。考えるだけで胸が踊る。

 

そうしてネットで良さそうな資料や服を漁っていると――いつの間にか結構な時間が過ぎていたようだ。キーンコーンと始業のベルが鳴り響き、クラスメイト達が慌てて席につく。

私もPCを机に仕舞い込み、SHRに備えた。……のだが。

 

「……?」

 

改めて教室を見回してみると、席に歯抜けが目立つ。

その数は全部で6つ。私の隣席の綾瀬も居らず、風邪で休むには少し多いように思える。

 

……インフルエンザでも流行したか? 時期的には最盛期を越えたとはいえ、あり得ない話ではない。

おいおい止めてくれよ、テスト週間に登校禁止とかさ。流石に後日再試験は面倒くさすぎるぞ。

 

「――やぁ、皆おはよう」

 

帰りがけに消毒スプレーでも買って行こうかと思案していると、教室の扉が開き高畑先生が姿を見せた。何時も何時も出張ばかりしている彼にしては珍しい事だ。

しかし今回は代わりにネカネ先生の姿が見えず、待てども待てども教室内に入ってこない。

 

「あれ、今日は高畑先生だけですか? ネカネ先生は?」

 

「ああうん、今日はちょっとSHRを始める前にその事で連絡があってね。ネカネ君と今日休んでる子達にも関係する事なんだけど」

 

真っ先に質問した朝倉に答えつつ、高畑先生はチラリと視線をどこかに移した。

……宮崎と早乙女、か? 一瞬なのでよく分からなかったが、二人の様子を伺ってみると何やら気まずそうに肩を竦めているし、多分間違いないだろう。何かやったのだろうか。

 

「えー、ネカネ君の事なんだが、実は今居ない子達……神楽坂君達に特別勉強合宿をする事になったそうだ。突然の事で申し訳ないけどね」

 

「合宿ぅ!? ずるーい、何で明日菜達だけ――――あっ」

 

高畑先生の知らせに裕奈が抗議の声を上げたが――途中で何かを察したのか、慌てて口を噤んだ。

 

うん。あれだ。今居ない奴らは概ねそういう連中な訳だ。クラスでも有数のバで始まってカで終わる類の奴。

他の生徒達も大体理解したらしく、「バカレンジャー……」「バカだから……」「ああ、あの五人だもんね……」と口々に好き勝手言っている。暗喩にした意味ねーじゃねーか。

 

まぁ確かにあいつらのいっそ致命的な学力ならば、特別に勉強合宿が組まれてもおかしくはない。「納得」の二文字がクラスメイト全員の頭上に浮かぶ光景を幻視した。

 

「とにかくそういう事だから。しばらくネカネ君は来ないだろうけど、君達も勉強頑張ること」

 

高畑先生は最後にそう締めくくると、続けて通常のSHRに入る。

ここ最近でネカネ先生に慣れ切った所為か、男の声で出席を取られる事に違和感を感じる。短期間でそれ程までに馴染んだという事だろうか。

 

(けど……特別合宿だぁ? 神楽坂達の成績が悪すぎたのか、それとも……)

 

……2-Aの試験結果連続最下位の件が問題視されて、その対策とか?

 

ありえない、とは言い切れん。端から見れば私達は質の悪い落ちこぼれだ。流石に見かねた教師連中が何らかの手を回しても当然と言える。情けない事極まりないが。

もしそうであるならば、今の状況って結構ヤバかったりするのだろうか。テコ入れが必要なくらい切羽詰まってる?

 

 

――そう言えば、例の噂聞いた?

 

――噂って――ああ、あれ? 今度のテストで最下位のクラスは解散して小学生からやり直し、ってやつ。

 

――そーそ、それそれ。いやーマジなんかねぇ、それだとあたしらもヤバイんじゃ――

 

 

「……いやいや、まさかまさか」

 

唐突に先ほど聞いた会話が思い出され、思わず呟き首を振る。

ねーわ。流石にねーわ。それが本当ならば今の教育制度に全力で喧嘩売ってる。まともな学校なら絶対にそんな事は――――

 

(……でも、ここって麻帆良なんだぜ……?)

 

ウッソだろオメー。無いって確信できねーとかエヴィンだろオメー。私はぐったりと頭を抱え、項垂れる。

 

……どれだけの効果があるか分からんが、一応私もそれなりに勉強頑張った方が良いのか?

ああ畜生、もしダメだったとしても私だけは情状酌量されますように。切なる願いを心に湛えながら、高畑先生の点呼にのっそりと手を上げたのだった。






裏で原作イベント進行中。
遅くなってごめんね。でもこれからも俺は謝りつづける事になると思うよ、ゴメンネ!

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