Chaos;an onion HEAD   作:変わり身
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第2章  幼馴染

―――物心付いた時には、僕は既に【西條拓巳】だった。

 

 

あまりに自然すぎて、違和感なんて無くって。

特別な事なんて何も無く、本当にふと気づいた瞬間に【西條拓巳】は【ネギ・スプリングフィールド】として、其処に居た。

ネギという身体に僕が憑依したという訳でも、転生したって訳でもない。

 

そんなネット小説みたいな経験はした事なんて無いけれど、心の深い部分……それこそ魂と言って良いかもしれない場所が―――魂?何をバカな―――そう言っている。

……まるで浮かび上がるように、当然の事みたいに、僕は最初からネギとして存在していたんだ。って。

 

ノアⅡを破壊した瞬間の事も覚えてるし、爆発に巻き込まれたことも覚えてる。

僕の記憶に欠けは無く、でもネギが赤ん坊だった頃の記憶も【西條拓巳】の記憶としておぼろげながら覚えてる。

 

……上手く説明できないけれど、つまり僕は、最初から僕だったんだ。

 

それこそ、そういう【設定】で突然其処に現れたように。

僕が【西條拓巳】の記憶を過去として【設定】されて居たように。

 

僕は、【ネギ・スプリングフィールド】として、当然のように此処に居て。

 

 

―――そしてまた、自分に一体何が起こったのか。という疑問や不安も、当然のように抱いていた。

 

 

本当に訳が分からなかった。

どうして僕が……死んで消滅したはずの自分が、突然何の脈絡も無くこんな環境に居るのか。

 

どう考えてもおかしい。どう考えても異常な事態だ。

 

それなのに、どこかで僕はその事を「当然だ」とも思っていて。

逆にそれを認められない自分が居た。

 

イギリスで生まれたのだから、イギリスに居て当然。

西條拓巳は日本人のはずだから、それはおかしい

 

時代が1990年代で当然。

僕は2000年代を生きていたはずなんだ、それはおかしい。

 

両親が居ないのが当然。

実際に会った事は無いけど【西條拓巳】には両親が居た、だからそれはおかしい

 

イギリス人なんだから、イギリス語が喋れて当然。

違う、英語はそこそこ喋れたけれど、イギリスで使われてる癖のある物なんてよく分からなかったし、喋れなかった。

 

姉が居るのが当然。

……違う、僕に居るのは妹だけだ。

 

幼馴染が居るのが当然。

……違う……! そんなの居ない……!

 

―――魔法なんてものが存在しているのも、当然

 

―――違う! 魔法なんて知らない!! そんなファンタジーが存在していたなんて僕は知らなかった!!

 

確かにギガロマニアックスの力も、ディソードとか、リアルブートとか、もはや超能力とかそんな感じの分野だったよ。

けど、脳科学や心理学とかで大体の説明が出来る分、まだ現実的な範疇だろう?

 

それに比べて魔法とか、何? 精霊? 魔力? 気? 属性? 契約? 魔道具?

 

 

―――どこのゲームの話だよ!!

 

 

ここはリアルだ、三次元だ、むしろ惨事なんだぞ。そんなメルヘンな事象がそう簡単に存在してたまるか! それが許されるのは二次元とか、エンスーの中だけだろ!?

 

 

―――そんなの、妄想だけにしとけよ……っ!

 

 

【僕】と【ネギ】がズレている。

常識と常識、二つの設定がぶつかり合って……気が狂いそうになって、泣きそうになった。

ポルナレフの真似をする精神的余裕なんて欠片も無く、ただただ泣きたくなったんだ。

 

 

―――何で? どうしてこんな状況になってるんだよ……っ!

 

 

理不尽。

僕が、西條拓巳が必死になって梨深を助けて。拷問を受けてまで世界を救って。

 

それでその後待っていたのは、賞賛でも死後の世界でも無に還る事でも無く―――こんな、頭のおかしくなりそうな状況。

 

別に賞賛を受けて英雄になりたいとか思っていた訳でも、天国に行きたいとも思ってた訳じゃない。

ただ好きな人を助けて、消え去りたかっただけなんだ。

 

なのに、ご覧の有様だ。

 

 

ネカネっていう【従姉】が、僕のことを気に掛けてくれる。

 

スタンって爺さんが、僕の【父親】のやんちゃ話を聞かせてくれる。

 

村の皆が、しきりに【魔法】の良さを語り、僕にそれを教えようとしてくる。

 

 

―――その全てが、怖くて怖くて仕方ない。

 

 

みんなは当然みたいに僕の周りに集まってくるけど、僕にとってそれは当然じゃないんだ。

彼らと接すれば接するほどに【僕】と【ネギ】のズレは大きくなっていく。

 

その感覚はまるで、僕が「エスパー少年」として晒し上げを食らった時みたいだった。

あの時と違う事は、僕に押し付けられた物が「狼少年」若しくは「英雄」か、「ネギ」かの違いだけ。

 

どれだけ否定しても。どれだけ説得しても。どれだけ僕は西條拓巳だって言い張っても。

周りの人間はそれを笑って一蹴して、僕をネギとして見るのを止めない。止めてくれない。

 

これは現実? それとも、妄想?

 

―――どっちだって嫌だ、こんな環境……!

 

そうして精神が擦り切れそうになった僕は、極力誰にも合わないように引き篭った。

村に来る商人から廃棄処理される寸前のノートPCを手に入れて、ネカネを言いくるめてネット環境を手に入れて。

 

……ギガロマニアックスの力を使って、パソコンでも何でもリアルブートした方がいいとも思ったけど、それは出来なかった。

 

だって、もしも僕がまだ将軍と繋がっていたらどうなる?

僕が妄想をしたら、その影響でまた将軍の寿命が縮まってしまうかもしれない。

 

 

―――もしそうなったとしたら、僕は梨深に顔向けできないじゃないか。

 

 

この時代にはまだ将軍は居ないし、僕の身体は【西條拓巳】じゃない。考えすぎなのかもしれない。

……でも、その「もし」を考えると……「もし」が起きたら、と考えるとゾッとする。

 

だから、妄想も、リアルブートも、断腸の思いで星来たんと話すことすらも封印した。魔法ってやつも忌避した。

魔力だか精霊だか知らないけど……妄想によって起こる事象と魔法によって起こる事象が、僕にはそれほど違いが無いように感じたから。

 

食事と排泄、入浴の時以外はネット世界に入り浸る生活。

 

例え誰に心配されようとも、誰から説教をかまされようとも僕は部屋から最低限しか出ないようにした。

ネカネが魔法学校とか何とか言う宗教学校みたいなとこに通っていて、たまの休みにしか顔を合わさない事も運が良かった。

 

スタンからは説教され、ネカネは心配して、村の住人からは失望され白い目で見られる事になったけど、そんなの知った事じゃない。

 

ひたすらにネットの海を回遊し―――ひたすら将軍を探し続けた。

 

僕が今どうなっているのか。どんな状況に置かれているのか。

……将軍は、その全てに答えてくれそうだったから。

 

見つけられる可能性は限りなく低い、と理解していた。

無駄なことをしてる、とも理解していた。でも、諦めたらそこで壊れそうだったんだ。

 

……だから、僕は部屋に篭り続けた。篭り続けて将軍を探して、

 

―――いや、将軍だけじゃなかった。

 

探して、

 

―――梨深を。

 

探して、

 

―――七海を。

 

探して、

 

―――三住くんを。

 

探して、

 

―――あやせも。

 

探して、

 

―――こずぴぃも。

 

探して、

 

―――気は進まなかったけど、セナと優愛も。

 

探して、

 

―――判刑事も、高科先生も、百瀬も。

 

探して、

 

―――この際、諏訪でも葉月でも野呂瀬だって。

 

探して、

 

――――――【西條拓巳】を知っている人に会いたくて。感情のベクトルはさておき、僕を見てくれていた人に会いたくて。

 

 

探して、探し続けていたんだ。

 

@ちゃんはまだ無かった時代だったから、幾つもの小さな掲示板を梯子して、入り浸って、日本のページを探し回って、目に付くチャットを片っ端から覗いていったり。

だけど彼らの情報なんて、何も、何一つ見つからなかった。

希テクノロジーの情報も、天成神光会の情報も、シンコーの情報も、フリージアの情報も―――挙句の果てには三百人委員会の噂や、あやせが居た精神病院の痕跡すらも存在しなかった。

 

……もう、頭がどうにかなりそうだった。

そして、その末に僕の神経はますます衰弱していって……怖かったけど、自殺する事も視野に入れ始めて―――

 

 

――――――そんな時だった。

アーニャが引き篭もったまま出て来ない僕に業を煮やして、扉を無理矢理ぶち割って進入して来たのは。

 

 

彼女の第一声は、直接的な罵倒だった。

 

 

何を言っていたのかは、正直詳しくは覚えていない。

……ていうか、今考えてみれば罵倒じゃなかったかもしれない。

 

馬鹿とは言われた気もするけど、でも心配かけるな、悩みがあったら言え、とか心配してくれた様な言葉も聞いた気がする。

でも僕はその時結構参ってた状態―――具体的に言うなら、妄想だった七海が粒子化して消えちゃった時レベル―――だったから、それが分からなかったんだろう。

 

ともかく、その時の僕はアーニャからの言葉を酷い罵倒だと思って。

しかもその姿に七海の姿を幻視してしまい、更に頭に血が上って、訳が分からなくなって―――それはもう醜い口論になったんだ。

 

精神年齢17歳の僕と、3、4歳だったアーニャ。

 

……どちらが優勢だったか、なんて。

そんなの言わなくても分かるでしょ。

 

詳細は省くけど、その口論の内容はまさに僕の完封勝利という言葉が相応しかった。

 

メシウマ状態! マジプギャーでザマ見ろビッチwww首吊って市ねよヴォケwww……もう誇張無しでこんな感じだった。大人気無いにも程がある。

 

そしてアーニャはもう完全にボロボロになって大泣きしながら、言論を封じられた末の帰結。

すなわち、暴力に走った。

 

 

―――それからの事は、もう本当に何も覚えていない

 

 

気づいたら僕は全身余すところ無くフルボッコにされて床に倒れていて。仁王立ちで僕を見下ろすアーニャがぎゃんぎゃんと怒鳴り散らしていた場面だった。

 

……頭の出来では僕が勝っていたけど、身体の出来ではアーニャが勝っていたらしい。

つまり論戦では僕が圧倒的だったが、喧嘩ではアーニャが圧倒的だった訳だ。顔に出来た引っかき傷が凄い痛かった事を覚えてる。

 

そして、どうやら僕は殴り合いの最中色々な事をぶちまけていたらしい。

僕の名前とか、記憶の齟齬とか、この理不尽な状況に対する文句とか、梨深に逢いたいって言う叫びとか、色々な事を。

 

……多分、アーニャはその殆どの事を理解できなかった筈だ。

だから、その時の彼女が僕の事を泣きながら睨みつけていたのは、ただ単に意味が分からない事に対しての腹立たしさからだったのだろう。

 

 

―――だから、彼女の言葉はそのまんまの意味での「子供の戯言」だったんだ。

 

 

 

『そんなにネギが嫌なら、望み通り【タクミ】って呼んであげるわよっ―――!!』

 

 

 

中身も無ければ、深くも無いし、意味も無い。

勢いに任せただけの、考えなしの買い言葉だ。

 

この台詞を言った時の状況が、夕焼けを見ながらとか頬を赤く染めてとかだったら、まだ心に響いたんだろうさ。

でも現実は眉を吊り上げて鼻水と涙でベトベトの顔で、倒れた僕の身体を893キックでマッハふみふみしながらという状況だ。

 

そんな情緒もへったくれも無い状況でかけられたスッカスカの言葉で心が救われるほど、僕は単純じゃない。

もしこれで救われていたら、僕は今頃将軍なんて探していないしね。

 

 

―――でも、ちょっとだけ、楽にはなっちゃったのは確かで。

 

タクミって呼ばれた瞬間、僕が僕として―――西條拓巳として、認められたような錯覚を受けたんだ。

 

 

100ぐらいあった精神的負荷が、60くらいの負荷に目減りしただけだけど。

むやみやたらに知ってる人を探すのは止めたものの、将軍はまだ未練たらたらで探し回ってるけど。

居もしない【幼馴染】や【姉】の事なんて、受け入れられる訳なんかないけど。

 

 

―――まぁ、妥協くらいはしてやっても良いよ、うん。

 

 

……僕は、心の中でそう嘯いて――――――気が付けば、僕は彼女に向かって「ありがとう」と言っていた。

 

 

顔はぼこぼこに腫れていて酷い有様だったから、くぐもっていて聞こえないだろうなと思ってた。

……でも、その直後に見たアーニャのぽかんとした顔を見た限り、聞こえていたんだろうなぁ。

 

これは僕の黒歴史であると同時に―――非常に不本意ながら、僕にとって大切な日となったのだ。

この日があったからこそ、僕は……ほんのちょこっとだけだけど、意識を【僕】に固定する事が出来たのだから。

 

まぁ、その直後に騒ぎを聞きつけ飛んで来たスタンから、僕らは物凄い拳骨と説教を食らった訳だけど。

 

 

―――そうして、この日を境にアーニャが僕の部屋に度々突撃してくるようになって。

 

 

―――僕は、この【設定】に付き合ってやる程度の余裕を取り戻すことが出来た。

……出来て、しまったんだ。

 

 

 

******************

 

 

 

冬。

アーニャに無理矢理引きずり出された僕は、二週間ぶりに村の住宅街にやってきた。

 

雪こそ降っていないから氷点下までには達していないけれど、それでも山間部にある場所の為か結構な寒さだ。

その所為かどうかは知らないけど村の中は閑散としており、外を出歩いている人はそう多くない。

真っ黒なインナーと厚手のズボン。その上から申し訳程度に羽織ったフード付きのローブ一枚という着の身着のままの状態では、ちょっと辛いものがある。

 

……くそ、何で僕がこんな目に……。

 

カチカチ、と寒さから歯を鳴らしつつ心中でそう愚痴る。

声に出したい所ではあるけど、歯の根が合わないため上手く喋れなさそうだったから止めておいた。

まぁ、言ったら言ったでアーニャからの説教が待っているに決まってるからね。わざわざ面倒事を起こす必要は無いんだ。

 

……というか、僕が外に出る事自体が既に面倒事な訳だけど。

 

何故かって?

―――だって僕は、この村じゃ嫌われ者だから。

 

 

「…………」

 

 

そんな事を思っていると、ちっちゃい右手て僕の左手を掴んだまま早歩きで歩くアーニャが、ちらりと僕の様子を伺ってきた。

そうして、寒さに震える僕を一瞥した後。

 

 

「……さ、まちあわせまで時間がないわ! タクも急ぎなさいよ!」

 

「……あ……」

 

 

そっと、一度手を離し、自分の羽織っていたコートを僕に向かって投げつけてきた。

ぱさり、と僕の頭の上に掛かる真っ赤な刺繍でアーニャの名前の入った厚手のコート……この刺繍は確か、アーニャの母親がしてくれた物だったはずだ。

前、何時もみたいに僕の部屋へと突撃してきた彼女が、その事を得意げに話していた事を思い出した。

 

 

「……あ、の。これ……」

 

「あげないわよ。それ貸してあげるから、速くしてよね!」

 

 

戸惑いながら前方のアーニャに話しかけるけど、返ってきたのはツンツンと素っ気無い返事だけ。

はいはいツンデレツンデレ。でも残念ながら三次元の皆様方は僕の趣味じゃないんだ。惨事のおまいらには次元を一つ差っぴいてからのお越しをお待ちしておりま……

……いや、嫌がらせか? コートをくれたのは有難いんだけど、左手掴まれてるからコートが着られない……。

 

 

「…………」

 

 

とりあえず、肩に羽織ってから前の部分を胸の前で留める。

コートは僕の身体をすっぽりと覆い、アーニャと僕の体格差を如実に表していた。

別に悔しいとか、そういった感情は沸かなかった。沸かなかったけど……。

 

……これってどう見ても幼児用、なんだよなぁ……。

まるで人形用みたいに小さい服が、それも女の子用のを余裕を持って着られる、と言う事に改めて自分の状況を認識させられ気が沈む。

 

 

「……、……あ、り。がとぅ……」

 

 

色々と言いたい事はあったけど、それを言ったらまた口論になりそうな気がする。

だから口を噤んで、お礼だけに留めて置いた。

 

……アーニャに聞こえるかどうか分からない程小さい声量だったけど、しっかり聞こえていたようだ。

先程よりも幾分薄着になった彼女は小さく鼻を鳴らして、振り向くことなく歩くスピードをまた一段階引き上げた。

引き上げたとは言っても子供のコンパスじゃ歩くスピードなんてたかが知れてるけど、今は僕も同じ子供の体型だから、僕も結構影響を受ける。

いきなり上がったスピードに、僕は足をつんのめらせて転びかけた。

 

明らかに照れ隠しです、本当にありがとうございました。

 

 

「っちょ! ……もうちょっと、ゆっくり……!」

 

「は・や・く・い・く・の!!」

 

 

僕の意見は却下され。

……なのに、何となく。僕の胸の内側があったかくなって―――

 

 

―――……英雄の、息子の癖に……

 

 

(……っ、……)

 

 

今さっき擦れ違った村人の冷たい呟きが、僕の耳に入り。

コートの暖かさと共に感じていた、それとは別の温もりが何処かへと飛んでいってしまった。

 

 

「…………」

 

 

ちょっとだけ振り返ってみてみるけれど、既にその青年は僕に背を向け、心なしか歩くスピードを速めて去っていく。

それはまるで嫌な物を見た、といった雰囲気で。ずんずんと大股に足を運んでいく。

 

……僕は、コートを胸の前で握り締めて、俯いた。

 

 

―――まったく、何をしてるんだか……

 

―――ナギさんに申し訳ないと思わないのか

 

―――これじゃあ折角の才能も腐っていくだけだな……

 

 

……それからも、アーニャによって引っ張られながら村の街道を進む僕を、すれ違う人たちが失望した様な目を向けてくる。

中には微笑ましい物を見るような目の人もいるけど、前者の視線の方が僅かに多かった。

 

 

(……僕を、見るな)

 

 

……これはあれだ、エスパー少年と蔑まれていた時の事を思い出すね。

彼らの視線が非常に鬱陶しくて、居心地が悪いよ。

僕の前をのしのし歩くアーニャもその視線に居心地悪さを感じているのか、さっきからそわそわと落ち着きが無い。

 

―――どうして皆が僕をそんな目で見るのか……理由は分かっているんだ。

 

今から十数年前にあったらしい、魔法世界―――なんてのがあるらしいよ、よく知らんけど―――で起こった世界大戦。

僕の【父親】は、その対戦で活躍した【英雄】だったらしい。

 

……馬鹿らしいにも程がある。

何だよ【英雄】って、何だよ魔法世界(笑)って、何だよ世界大戦(笑)って。何その厨二設定。

その話を聞いたとき、思わず僕はそんな事を呟いたよ。

 

彼はアル……何とかという組織に所属していて、何人かの仲間と何か凄いことをやったらしい。僕はその事について良く知らないけど。

二つ名とか功績とか逸話とか、それなんてチート?と言いたくなる様な有様で、そのあまりの厨二加減にまともに聞いてられなかったんだ。

 

で、この村にはそんな父親に心から憧れてる儲達が数多く集まっているそうな。

おそらく彼らは、僕を【英雄の息子】として相応しい魔法使いを目指す事を期待していたんだろう。

実際、一部のヤバそうな奴らはマギ……何たらになれってしつこく迫ってきてたし。

 

だけど、それがどうだ。

蓋を開けてみれば、肝心の【英雄の息子】はキモオタの引き篭もり。しかも魔法に関しては、触れる事も学ぶ事も避けていると来たもんだ。

彼らにとっては期待はずれもいいとこだったのだろう。

 

僕としてはザマァって感じだけどな。ふひひひ。

 

……とにかく、僕は彼らにとって期待外れのダメ息子とでも認識されているんだろう。

もしかしたら、彼らの目の前で彼らにとっての【英雄】の事を貶すような呟きをしたのも悪かったのかもしれない。

 

僕の事をそんな目で見ないのは、ネカネとスタンとアーニャ。アーニャの両親と、僕の事を孫みたいに可愛がってくれている村のご老人達くらいなものだ。

他の比較的若い村人達は、その殆どが僕の事をゴミでも見るような目で見てくる。

 

あと、どうやら僕には魔法学校で校長を務めてる祖父が居るらしいけど、会った事が無いからどう思ってるのかどうかはシラネ。

魔法学校の校長って時点で地雷臭しかしないし。赤ちゃんくらいの頃には抱き上げられた事もあるんだろうけど、それは記憶に残って無いし。

 

まぁ簡単に言えば、僕は村人の一部からは爪弾き物として認識されているって事。

 

 

「……だから出たくないって言ったのに……」

 

「……う~……!」

 

 

流石のアーニャたんも今まですれ違ってきた人の視線に晒されて怯んでいるのか、歩く速度はそのままだけど良く見れば眉が微妙に八の字型に垂れ下がっている。

幾ら僕のお姉さんぶっていても、まだ5歳にも満たない小さな女の子だ。自身には直接関係が無いとは言え、人から向けられる悪意に耐性が無いんだろう。

 

……やっぱり、僕は外が嫌いだ。

 

ふらふらと足を動かしつつ、そっとため息を吐いた。

そして隈のできた眼球をアーニャに向けて口を開く。

 

 

「や、やっぱり僕、か、帰る、よ。……僕が居たら、きっとみんなも、楽しめない、だろうし……嫌な気分に、なる」

 

「タク……!」

 

 

アーニャは責めるような声音で僕を睨むけど、否定の言葉は出なかった。

 

 

村の大人からの反応がこんなだから、当然その大人の背を見て育つ子供も同じような感じな訳で。

何人かは気さくに話しかけてくる子もいるけれど、村にいる大多数のガキどもはあからさまに僕の事を見下してくるんだ。

 

今回アーニャが集めたっていう子達は前者が多いんだろうけど、アーニャの反応からして後者の奴らも混じってるんだろう。

僕を馬鹿にしない子たちも、もしかしたら帰った後にモンペから何か言われるかも分からないし。

そもそも僕は身体を動かす事が苦手なんだ。何をして遊ぶにしても、どうせみんなに気を遣わせたり不快にさせたりしてしまうに違いない。

 

アーニャの気持ちには感謝してあげない事も無いけれど……でも、彼女がやろうとしている事は双方に何の利益も齎す事はないんだ。

 

 

―――つまり、僕が外に出る! それだけで周囲に不幸が訪れる事になるんだよ!

 

 

Ω ΩΩ<な、なんだってー!

……下らない事を呟いて、言葉を続ける。

 

 

「……も、もう良い。っ君に引っ張られて……ここまで、で、出てきたこと、で。少しは運動に、なったし」

 

「……なる訳ないでしょ! ああもうっ! いいからあなたは黙って付いてくればいいの!!」

 

 

でも、アーニャは僕の言葉に益々意地固になってしまったようだ。

 

 

―――そうして、僕の手を更に強く引っつかんで。

周囲からの不快な視線を振り切る様に、歩くスピードを速めた。

 

 

「っちょ! あ、アーニャ……! は、はやっ! 馬鹿速い! 速いってば!? きけ、聞けよクソッ!!」

 

 

僕はつんのめる様にして彼女に続く。

何度もバランスを崩しかけて転びそうになって、思わず口から汚い言葉が飛び出てしまう。

 

……ふと、そんな僕の暴言を聞いたら更に村人から嫌われるんだろうな。と思った。

 

アーニャは村の人気者だ。

 

性格は素直で、容姿も端麗。リーダーシップもあるし、同年代の子供達のまとめ役みたいな存在だ。

ネカネと同じく学校に通っている所為で月に数度しか帰って来ないが、それでも彼女を可愛がる人は少なくない。

……そして、僕と関わる事を止めるように言う人も少なくない様だ。アーニャはそれを無視してるっぽいけどさ。

 

だからみんな、

 

『そんな可愛いアーニャが、わざわざお前みたいなキモオタを気遣ってくれているというのに……その態度は一体何なんだ!』

 

とか思うに違いないね、きっと。

は? 被害妄想乙? うっせばーか消えろ市ね。

 

 

―――僕はそんな嫌な考えから気を逸らし、アーニャと繋いでいる手に意識を向けた。

 

 

ぷにぷにと柔らかく体温の高い、子供特有の感触。

僕の方は大して力を込めていないにも関わらず、彼女の手はしっかりと僕のそれを掴んだまま離さなかった。

 

……三次元の子供は嫌いだ。

 

虹の幼女はレモンの良い匂いがするらしいのに、惨事の幼女は牛乳臭くて気持ち悪い。

それにぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー煩いし、自分の非を認めないで他人の所為にするし、何よりその目が気に食わない。

可愛さ、素直さ、性格の良さ……全てにおいて二次元の方が勝ってると言わざるを得ないね。

 

……今日のお前が言うなスレは何処だって? 知らんがな。

 

とにかく、僕はそんなガキには触れられたくないと思ってる。

だってそうだろう? 今上げたことの他に、子供って汚いこととか平気でするでしょ?

だからもしかしたら鼻くそをほじって、そのままの手だったりするかもしれないじゃないか。

 

一度くらいは見たことあるだろ? 鼻くそとかコオロギとか食べてる奴。

 

ありえない、ありえないよ。

だから子供は嫌なんだ。もしそんなのに触れられでもしたら、嫌悪感で吐くかもね。僕。

 

とにかく、それくらい嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌いなんだ。

 

……嫌なんだ、というのに。

 

 

「―――ほら、ちゃっちゃと走りなさいよ! 時間に間に合わなくなるじゃない!!」

 

 

―――アーニャに触れられている僕は、そんな嫌悪感なんて微塵も感じていなくて。

むしろ何か、安らいでるような感じがして。

 

……なんだか、梨深の姿が脳裏に浮かんで。手酷い敗北感が去来した。

 

 

「……はひ、は、はひっ、ま、って。待って、いい、い、いくよ、っちゃぁ、ちゃんと、行くから、まっでよぅ……!!」

 

 

ぜい、ぜいと自身の息が切れる音を聞きながら。

僕はアーニャに連れられて、村の中を走り抜ける。

 

 

―――分かったよ、付き合う。君の気が済むまで付き合ってやるよぅ!!

 

 

……半ばヤケクソの境地。

僕はそんなことを思いつつ、ふら付く足を無理矢理動かし続ける。

 

 

―――ぎゅっと、大切なものが飛ばされないよう、右手に力を込めた。

 

 

……結果。

鬼ごっこは鬼のHPが始まる前から0だったので、一人も捕まえらずに終わった。という事だけ言っておくよ。あー、情けない。

 






昔の俺、行間空けすぎ。

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