Chaos;an onion HEAD   作:変わり身

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第5章  好々爺

―――ディソード。

 

 

ギガロマニアックスがギガロマニアックスたる所以、健常な精神を持つ者には見る事も触れる事すらも適わない、妄想で出来た剣。

それは単なる誇大妄想狂が―――メガロマニアックス達が、ギガロマニアックスへと覚醒するための鍵みたいな存在だ。

 

普段はリアルブートと呼ばれる、妄想を現実化させる力を行使しない限りは同じギガロマニアックスでも触れる事は出来なくて、どんな物体も素通りしてしまう単なる見掛け倒しでアイタタタ系の妄想に過ぎない。

けど、一旦現実にリアルブートしてしまえば全てを切り裂く最強の殺戮兵器に早代わり。

燃える様に真紅の光を放つ刀身で、人体だろうがコンクリだろうがどんな物体も豆腐より簡単に両断できる物騒な代物となってしまう。

 

……その切れ味は、凄まじい一言に尽きるよ。

切る、と言うよりは、圧倒的な熱を持って焼き切る、と言う表現の方が相応しい気もするけどね。

 

ポーターと呼ばれるノアⅡの使いっ走りが背負っていた金属製の大きな端末や、そこそこ厚かった筈のベースの扉も一太刀で真っ二つ。

僕に至っては野呂瀬からの攻撃で胸部を肋骨ごと纏めてざっくり裁断された事もあるし、その攻撃力の高さは身を持って知ってる。

たぶん、物理的に存在する物で切れないものなんて無いんじゃないかな。

 

……多分。

 

 

で、そんな感じでまるでどこぞの厨二武器みたいに圧倒的な武器性能を誇っているディソードだけど―――本当はそんなチャンバラとかの暴力的な事に使うべきものじゃないらしい。

 

本来はディラックの海って言う反粒子の溜まり場に干渉し、リアルブートみたいなギガロマニアックスの力を補助するって事がメインの役割なんだ。

話によるとリアルブートのほかにも、思考盗撮や妄想攻撃、妄想シンクロといった力もディソードの有無でその威力や効果が大きく変わってくるそうだ。

 

僕はこれがなくてもディラックの海に干渉し、妄想をリアルブートする事ができていたけど―――それは多分、野呂瀬曰く「世界最強のギガロマニアックス」である「彼」の力を継いでいるからなんだろう。

……ひょっとすると。僕が妄想から生まれた人間である、という事も少しは関係してたかもしれない。

 

僕が妄想からリアルブートされたって事は、ディラックの海から【西條拓巳】の体を構成する部品を取り出したって事になる。

だったら、僕の身体―――細胞の一つ一つがディラックの海と何らかの繋がりを保持、若しくは高い親和性を有していて、そこに干渉し易くなっていた可能性も全く無いとは言い切れないはずだ。

もしかしたら、僕はある意味ディソードに近い性質を持っていた存在だったのかもしれない―――なんて。まぁ、妄想だけどさ。

 

……話が逸れた。

 

ともかく、ディソードという存在は分かりやすく言えば、ゲームにおけるショートカットキーみたいなもの。

格ゲー的に表現すると→↓←↑→↓←↑→HSとかの面倒なコマンド技を【L2】HSで出せるようになる。そんな感じだ。……逆に分かり難いって? 違うね、それはおまいらの錬度が足りんのだ。

まぁ、僕の知ってるギガロマニアックスの連中は、そんな事お構い無しにぶんぶか振り回していた訳だけど。

 

主にセナとこずぴぃのDQNメルヘンコンビな。

僕にその事を教えてくれたのは彼女達だった筈なのに、どうもあいつらにはその辺の意識が足りて無かった気がするよ。

 

セナは街中でもお構いなくディソードを構えて闊歩し、夜な夜なポーター狩りを行ってた通り魔。僕は人違い(とも言えないけど)で殺されかけた事もあった。

こずぴぃは一見無害な小動物系に見えるけど、その実気に入らない奴がいれば躊躇無く【ドカバキグシャーッ】に踏み切る危険思想の持ち主でもある。

 

彼女達にも色々と事情があったって事は思考盗撮で把握しているけれど、それでも二人から殺されかけたり殺害宣告を受けてる僕としては、お前が言うなよと言わざるを得ない訳で。

……はいはい、初めてディソード引き抜いた途端に俺tueeeeeeee的行為へと及んだキモオタが立てた本日のお前が言うなスレはここでございますとも。

 

とにかく、ディソードとは剣の形をしたまったく別のものであって、決して剣の役割を担った武器ではない。

それはあくまで副次的な能力であって、本来は前述の通りギガロマニアックスとしての力を補助するための端末なんだ。

……だったら何で剣の形をして、実際に武器として使えるのか。何でディソードなんていかにもな名前なのか。

僕も、そこら辺の事が矛盾していると常々思ってる。補助端末だって言うんなら戦う機能なんていらないし、もっとそれに相応しい別の姿があった筈なんじゃないか……とかね。

 

 

―――でもその一方で、ディソードを手に入れる条件を考えるとディソードが剣の形で、且つ戦うための力を有しているのは当然の事なんじゃないかとも思う。

 

 

ディソードを手に入れる条件―――それは、想像を絶する程の肉体的、精神的苦痛に耐え抜く事。

身体と心と……外側と内側の両方を痛めつけて、追い詰めて。そうして壊れる寸前にまで至って、やっとディソードが視認できるようになるんだ。

 

それはつまり、ギガロマニアックスに覚醒した人間の周囲には何かしら……自分を傷つける【敵】がいるって言う事で。

……だから、ディソードがそんな力を有しているのは、そいつらから身を守るために人の心が生み出した自衛の手段なのかもしれない。

だからこそ、剣の形と戦うための力を有しているのかも知れない。……腐るほどあった時間の中で考えるうち、僕はそう思うようになったよ。

 

その所為かどうかは知らないけど、ディソードの姿もギガロマニアックスで共通という事はなく、その人の傷つき歪んだ心を表すかのように、個人でそれぞれ違う特徴的な姿をもってる。

……そりゃそうだよね、全く同じ妄想をする人間なんて同時に存在する訳無いし。

 

 

梨深のディソードは鳥の翼のように展開する特殊な形状となっていて、また中央から分離させる事もできる、僕の知るギガロマニアックスの中で唯一の二刀流が可能な剣だ。……ぱっと見、弓に近い形だったと思う。

展開する前は円盤状の形をしていて、展開した後も剣と聞かれると首を傾げざるを得ない。まぁ、有る意味梨深らしいディソードと言えるんじゃないかな、変人的な意味で。

 

セナのディソードは二股に別れた刀身が特徴の大型の剣で、おそらく僕が一番見た回数の多いディソードだ。

あんなに大きな剣が彼女の細腕で軽々と振り回される姿はまさに圧巻で、リアルブートされる度に女性の悲鳴のような甲高い音を立てていたことが印象に残ってるよ。

 

優愛のディソードは持ち手に金色の装飾が付いている細身の剣。リアルブートされた時に花びらみたいな光が舞っていて、飾りとあわせてバラの花を連想させたよ。

……まぁ、彼女も僕と同じくニュージェネ中にギガロマニアックスに覚醒した口で、しかも僕の居ない場所での覚醒だったため思考盗撮でしかその活躍を見たことがない。それにそれ以降使用された事も無かったから、形以外にどんな特徴を持っていたのかは分からないんだけど。

 

こずぴぃのディソードは……大きくて、薄くて、平べったくて。剣というよりむしろ板に近い物だったね。ロリ体型の彼女がびくびくした顔で、身の丈ほども有る武器を両手で抱えつつ街中を歩く姿はとてもシュールだったよ。

今考えるとセナとこずぴぃは良いコンビだったのかもね、凶暴具合と剣のでかさ的な意味で。

…………ところで前々から気になってたんだけど、DQNパズルの被害者をフルボッコにしたのは彼女だったのかな、それとも僕だったのかな。

 

あやせのディソードは直線的な部分の無い、刀身から柄の部分まで内側の部分がぐねぐねと曲がった流線型の剣。

彼女の性格と、トンネル内でディソードの話を聞いた時にスク水姿の分身を僕に見せてくれた事を考えると、妄想攻撃に特化した性能を持っているのかもしれない。僕の推測だけどさ。

 

七海のディソードは―――……正直、情報が少なすぎてどんな物なのか全く分からない。最後に思考盗撮で見たときにあいつが持っていたものは、刀身だけでなく柄にまで刃や棘が並んだ禍々しい十字架型の剣だったけど……。

……でも、どんな物であれ、七海が覚醒した経緯を考えれば……あんまり歓迎できる能力は持ってないと思う。

 

野呂瀬のディソードは、僕や彼女たちのディソードとは全く違う―――重機と生き物が融合したような物だった。

人を一人張り付けに出来るほどに巨大な剣……その中央には黄色い目玉がぎょろりと蠢いてて、大鋏へと変形する際の機械的なギミックと合わせてとても不気味な雰囲気を持っていたよ。

 

将軍のディソードに関しては、七海以上に全く分からない。

……僕の中にある彼の記憶は【過去の西條拓巳】の記憶と【妄想の西條拓巳】の設定が混ぜ合わさっているものだから、【ギガロマニアックスの西條拓巳】の記憶は持っていないんだ。

だから、彼のディソードがどんな形状でどんな機能を持っていたのか……僕はそれを知り得る事は無かったし、これからも知る事は永遠に無いだろうね。

 

……もしかしたら、彼が【西條拓巳】である以上、僕のディソードと似た―――いや、僕の剣の元になった形をしている可能性も無くは無いかもしれないけど。

 

で、僕のディソード。

 

信じられない程に真っ直ぐな一切の無駄を廃した細く直線的なフォルムが特徴で、柄の部分には炎の形をした意匠が刻まれている。

余計な曲線も、装飾も、突起も無い、鍔さえも存在しない直線。特徴的な姿をした梨深達のディソードとは対照的だけど、決して地味って訳でもなく。自分で言うのもなんだけど中々スタイリッシュなデザインをしていたはずだったと思う。

……何? 萌えや劣等感や妄想で混沌とした心から、どうやったらこんなヲサレな剣が生まれるんだって? うっせばーか。

 

 

―――まぁでも、そんなカッコいいディソードも今となっては気味の悪い変容をきたしてしまった訳だけど。

 

 

僕がこのディソードを初めて使用したのは、サードメルトが起こった後。ノアⅡと一緒に吹き飛ぶまでの半日にも満たない時間だけだった。

……七海が人質に取られ、それを助けに行った時にもディソードを使用するチャンスはあったけど―――まぁ、黒歴史だ。うん。

 

―――でも、僕ははっきりと覚えてる。

 

あの時、梨深の事を助けたいと思って掴み取った金属に似た感触を。

まるで重さは感じなかったけど、掌に確かに感じたあの手応えを。

ポーターや星来、野呂瀬と戦った時に振るわれた、ギガロマニアックスの力の脈動を。

 

それらは全て変わらずに、最後まで僕の手の中にあった。

 

……だから。だから、決して。

 

 

―――僕のディソードには―――茨なんて、絶対に巻き付いていなかったはずんだ。

 

 

(…………)

 

 

……それは、表面から覗く葉脈のような半透明のガラス部分を脈動させ、赤い明滅を繰り返し。

 

金属のようにも、有機物の様にも見える繊細さと。

 

思わず息を呑んで見惚れてしまうほどの美しさを持ち合わせていて。

 

……なのにそれを見ていると、僕はどうしようもない苛立ちと不安感に襲われる。

 

 

―――もう一度言うけど、ディソードは妄想の剣だ。

その姿はギガロマニアックスで共通という事はなくて、その人の傷つき歪んだ心を表すかのように、個人でそれぞれ違う特徴的な姿をもってる。

 

 

―――だから、その姿が変わった時。

 

 

それは、持ち主の心や精神に何らかの変化、若しくは異常が起こってしまった。という事じゃ――――――?

 

……僕は、将軍やセナみたいにギガロマニアックスについて深い知識がある訳じゃない。今まで語ってきたディソードについての事だって、全部その二人と野呂瀬からの受け売りだ。

だけど、それでも。今の僕のディソードがまともな状態じゃない事くらいは僕にだって分かるよ。

 

 

―――嫌だ。

 

 

柄から、刀身から。上から下まで余すところ無く茨でびっしりと埋め尽くされ、隙間なんて殆ど無い。

そのシルエットや僅かに覗く青色から、辛うじて原型は留めているんだろうって事が分かるだけだ。

 

どうして茨なんてものが巻き付いているのか、僕が【ネギ】になっている事と何か関係があるのか。それとも、この茨の部分が【ネギ】としての【僕】なのか?

……核心の部分は、何も分からない。

 

 

―――嫌だ。

 

 

茨に隠れている部分がどうなっているのか……触れて確かめられれば良いんだろうけど、そんな勇気なんてとてもじゃないけど起きない。

確かに形を見る限り一見大きな変化は無さそうに見えるよ。でも、細かい部分がどうなっているのかは分からないじゃないか。

 

 

―――嫌だ……!

 

 

……もし。

 

もしも、その茨の下が―――自分の知らない形に変容していたとしたら?

その時、僕は僕のままでいられるの? 【西條拓巳】のままでいられるの?

 

 

―――嫌だ!!

 

 

僕の主観では、僕は僕のままで居る筈だ。

 

でも、それは単に自覚が無いだけだったとしたら?

 

自覚の無いままに僕じゃなくなっているのだとしたら?

 

僕の心が、知らないうちに別のものへと変化しているのだとしたら―――?

 

 

その疑念が、たまらなく怖くて。

その猜疑が、たまらなく不快で。

 

―――だから僕は、ディソードから目を背け続けるんだ。

 

これ以上、僕の心が変わらないように。

決してそれを受け入れないようにして、僕が僕であり続けられるために。

僕が僕でなくなっているかもしれないという事に気づかないよう、自覚しないように―――。

 

 

……ディソードの姿が変わっている時点で、もう手遅れなのかもしれないんだけど、ね。

 

 

 

***********************

 

 

 

「……これはまた、派手にやりおってからに……」

 

 

 

……そんな、溜息交じりの声で目が覚めた。

その声は年老いた老人のもので、吐き出された溜息からは酒の臭いが漂ってきた。

 

 

「……う……ぐ……?」

 

 

……誰だろう?

声の主を疑問に思って、意識を自覚した瞬間――――――僕の身体に重圧がかかっている事に気がついた。

 

そして、唐突に覚える息苦しさ。

何か重いものが圧し掛かっている感覚と、口と鼻を何かで塞がれているかのような感覚。

しかも身体を動かそうとしても上手く動かせない。

 

……どうやら僕は、何か幅の広い布のようなもので包まれるように縛られているようだ。

相当無理な体勢で縛られているのか、肩の方に回された左腕と背中に折り曲げられた右足とがギチギチと悲鳴を上げてる。

 

―――……いて、いてててて。痛い、痛いな。窒息しちゃうって……。

 

 

「んん……ぅー……」

 

 

何なの、七海? 七海の悪戯かなんか?

 

……ほんと、やめてよこういうの。 僕今ちょっとそういうのに付き合ってる余裕無いんだ。

僕のディソードが何か、変な感じになってて。

 

苛々してて、ベットに倒れこんで、震えながらやっと眠れたんだから。もうちょっと、眠らせて欲しいんだよ。

だってほらぁ……僕、三歳だから。体力とか、足りてない……………

 

 

なぁー………………………………………ねぇー…………………………………

 

………………………ぅぁー…………………………………

 

……………………………

 

……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!? っぎぃ……!?」

 

 

一気に目が覚めた。七海なんて居る訳ない!!

 

 

僕はいきなり訪れた理不尽な状況にうろたえて、冷静な思考を奪われて。

拘束から逃れようと、蓑虫状態のまま必死にじたばたと手足を振って暴れまわる。

 

手足の筋が引っ張られ鈍い痛みが体中に走って、その度に身体がビクビクと痙攣する。

くやしぃ……っ! でも(ビクンビクン!

 

 

「んぐぅ……! うぅんぐッ!?」

 

 

痛みと混乱から目尻に涙が浮かんで、流れ落ちる。

 

何!? どういう事!? 何で僕縛られてるの!?

希の残党か!? それとも神光!? いや優愛かッ!? 全部嫌だ!!

 

 

―――だれかー! 誰か助けてー……ッ!!

 

 

心と声、両方で助けを求める叫び声を上げながら身体をねじり、よじり、ひねり。

その度に身体を突き抜ける筋肉が引きつる痛みにびったんびったん跳ね回りながら、どうにかして身体の自由を手に入れようと抵抗を続けて―――……。

 

 

「……何しとるんじゃ、お前さんは」

 

「―――えっ」

 

 

さっきも聞いた老人の声が耳朶を打って、巻きついていた布のようなものが取り払われて。それにより毛布によって引っ張られていた手足がベットに投げ出され、ぽふんと気の抜けた音を立てる。

咄嗟に頭を上げて、声のした方向を見上げると―――そこには。

 

 

「毛布に包まって、随分と楽しそうじゃの」

 

 

―――僕のベットの横に立ち、毛布を片手にニヤニヤとした笑みを浮かべた老人―――スタンが居て。

 

 

ぱらり、と。

彼が投げ捨てた毛布が僕の身体にかかり、端の部分がベットのシーツの上に広がった。

 

……どうやら僕の事を拘束していたのは、この毛布だったらしい。寝ているうち、いつのまにか僕の身体にきつく巻きついてしまっていたみたいだった。

毛布は結構厚みがあって、三歳の筋力の無い身体だったから、僕には重く感じられるんだ。

 

 

「…………………」

 

 

僕は呆然、後、赤面。

 

端から見れば馬鹿みたいな行動を糞真面目に取っていた事に思い当たり、羞恥心が胸元を駆け巡る。

スタンはそんな僕を意地の悪い目つきで見つめて。

 

 

「……こらまた、随分と愉快な寝相をしとるんじゃのぅ」

 

「………………」

 

 

僕とスタンの間に、何とも言えない雰囲気が充満する。

 

 

「………………………」

 

「………………」

 

「……………………ぷひょっ」

 

 

 

 

―――そして、ゲラゲラと笑う声が狭い部屋の中に響いた。

 

 

僕が、自身のディソードから逃げる勢いで毛布に入った3時間後。午前9時30分。

僕の記憶にまた1ページ、新たな黒歴史が刻まれたのだった。

 

……欝だ。

 

 

 

***************************

 

 

 

「ひ、ひっひ……! い、いや何、ネカネに扉を直してやってくれと頼まれてのぅ? 」

 

 

何でいるんだ、との僕の問いかけに、彼は笑いながらそう答えた。

つばの広いとんがり帽子に味わい深い色合いの木製パイプ、そして口に蓄えた豊かな髭と、口調で示すあざとい程の老人アピール。

まるで絵に描いたような、いかにも魔法使いと言った風情のこの老人。

 

―――彼の名はスタンの爺さん。

 

昼間からお酒を飲んだくれていたり、口より先に手が出たり……何かにつけて説教を垂れれば、「昔は良かった」としか言わない典型的な懐古厨。

話を聞く限り、僕の【父親】の面倒も良く見てくれていたらしく、その縁か【父親】の忘れ形見である僕やネカネの面倒を良く見てくれる、所謂保護者の立ち位置に居る爺さんだ。

 

 

「もうそろそろ冬も終わりとはいえまだ寒いからの、速い方が良かれと思うて来たのじゃが―――ワシの判断は正しかったようじゃの? あのままだったらぼーず、窒息してお陀仏じゃったぞ? ひっひっひ」

 

「……っざぁ…………!」

 

 

……端から見ればタチの悪いDQN老人にしか見えないんだけど、面倒見は結構良くて、僕の一人暮らし生活の手助けをしてくれている。

偶に食料を持ってきてくれたり、今回みたいに家具が壊れてしまった際に修理しに来てくれたり……。

 

あと僕が他の村の住人から必要以上の干渉を受けないのだって、スタンが周りに睨みを利かせているからだそうだ。

昔、僕に暴力とかを振るう奴等や、無理矢理外に引きずり出そうとする奴らが居たらしいんだけど、そいつらは皆スタンからの鉄拳説教コースを受ける羽目になったって話だ。

その事があってから、村のDQN連中は僕に良くない感情を向けることはあっても具体的な行動には出て来ない……というか、出てこれないって事みたいだ。もしかしたら、同じ老人体でも「彼」より元気かも知れないね。

 

そう説明してくれたアーニャは恩着せがましく「だからちょっとは感謝して、ちゃんとおじいちゃんって呼んだげなさいよ!」なんて言ってたけど、僕は彼のことをそう呼ぶつもりはない。

だってそうでしょ? 僕みたいなねっとりしたキモオタが「おじいちゃん(はぁと」とかさ…………これは僕きんもー☆と言わざるを得ない。

 

そしてやっぱりと言うべきか、その性格に反して魔法使いとしての腕は確かだそうで、村の自警団の団長みたいなものを務めているって話を聞いた事がある。

 

……何ていうか、お約束だよね。「普段はだらしの無いヘンクツ爺さんが、実は相当な実力者だった」っていうキャラ設定。

もしステータスを確認できたら、きっとスタンの特殊技能には「おもいだす」のコマンドがあるね。三万までなら賭けてもいい。

 

……さて、色々と言ったけど―――まぁネカネに比べれば、僕はスタンの事は苦手じゃなかったりする。

 

理由は簡単だ。

いくら彼が僕の保護者的な立場に居るといっても、やっぱり「赤の他人」というカテゴリからは抜け出せないからね。

 

―――【血の繋がった知らない人】よりも、【赤の他人の知らない人】の方が自然だし、当然のことだって安心も出来るでしょ? ……つまりは、そういう事だよ。

 

 

「おおそうじゃ、何なら今度からワシが添い寝でもしてやろうか? また今回のような事が起きたら困るしのぅ? ひょっひょっひょ」

 

「……っい、いい加減、しつっこいよ……!」

 

 

……まぁ、実際はネカネよりも馴れ馴れしいんだけどね。このDQN爺。

 

説教とか締めるところは締めてるんだけど、それ以外の事には極端に大らかになるんだ。さっきから笑うたびに漏れ出てくる酒臭い吐息がその証拠。

僕は外国の文化にはあまり明るくないけど、朝っぱらから息が酒臭くなるほどアルコールを摂取するのが一般的なわけが無い。

 

……と、一通り笑った後、彼は嫌らしい笑みを浮かべたまま懐から銀色の水筒を取り出して口元に当てた。

美味そうに飲むその中身は、言わなくたって明確だ。思った傍からこの所業、僕に喧嘩売ってんのかこの爺。

 

 

「……こ、この……ふ、不良老人……が」

 

「引き篭りには言われとうないわ、蓑虫ぼーず」

 

 

僕のそんな悪口なんて気にもせず、こちらの羞恥心を的確に抉る言葉を吐き捨てて水筒を呷り続ける。

だめだこいつ……早く何とか―――あ、手遅れですかそうですか。

 

 

「ふ、ふひひ……! せ、せいぜい肝臓癌にでもなって、にょ、尿管結石で苦しめばいいさ」

 

「ふん、ワシには魔法があるから苦しくないもん。石ころなんざ杖の一振りで木っ端微塵じゃて」

 

「……………………」

 

 

もう膀胱ごと爆散すれば良いよ。

 

 

「…………もう、いい。さ、さっさと直して、帰ってよ……」

 

 

とりあえず、酔っ払いには何言っても無駄だってことが分かった。

僕はベッドの上から降りて、のろのろとPC前の椅子に向かって歩き出す。

 

足元にはアーニャが壊した扉の残骸が散らばっており、細かい木片が広範囲に渡ってばら撒かれてて、割と酷い有様だ。

一見何も落ちてない場所に見えても、靴を一歩踏み出す度に木の欠片が砕け散る音が響くあたり、その拡散具合が分かるだろう。

 

 

「あー待て待て、破片を踏み荒らすでない。 直しにくくなるじゃろうが」

 

 

するとスタンが慌てて水筒から口を離し、今度は袖口から30センチほどの棒を取り出して、一振り。

小さな声で何某か呟き、僕にその先っぽを向けて―――

 

 

「ほいっとな」

 

「っ、うわ……!!」

 

 

―――杖の先から、何か風をイメージさせる緑色の光が走り、僕の身体を空中へと持ち上げる。

そうして彼の持つ杖の動きに合わせて宙を進んで、机に置かれたPCの前へ―――クッションの敷かれた椅子の上へと降ろされた。股の間が、ひゅっとしたよ。

 

 

「わーったわい。お望み通りすーぐ直してやるからに、ちょっとそこで大人しくしとれ」

 

「……っよ、よこ、予告もなしに、これ、やめ、止めてくれよぉ……!」

 

「ひょっひょっひょ」

 

 

スタンは悪びれもせずそう笑って、蓋をした水筒を僕の方へと投げ捨てた。

いきなり飛んできたそれを、僕は驚きつつも何とかキャッチ。

 

突然何するんだよ、って。抗議を籠めた視線をじっとりと向けてやるけど、その時には既にスタンはこちらに背を向けてなにやら呪文を唱え始めていたところだった。

 

 

「~~~、~~~、~~~~……」

 

「……に、日本語で、おk」

 

 

……多分、扉を直すための……ま……魔法を使おうとしてるんだと思うけど、正直何を言っているのかさっぱり分からない。

 

最初に韻の踏んだ英語っぽい言葉を言ってるのはかろうじて聞き取れるんだけど、それ以降は全然ダメだ。

発音がネイティブ過ぎるのかとも思ったけど、それなら【ネギ】の記憶を持つ僕が聞き取れないのはおかしいし……別の言語なのかな、ううむ。

 

……まぁ別に、そんなに興味があるわけじゃないから別にいいんだけど、何か引っかかる。

どこかで聞いた事のあるような言葉な気がするんだけどなぁ……。

 

……と、そんなことを悩んでいると、呪文みたいなのの詠唱が終わったのか、さっきと同じ緑色の光がスタンのいる方角から部屋の中に広がっていく。

そして部屋中に散らばった扉の破片を緑の帯が包み込み、スタンが拾っておいたらしい出入り口に立てかけてある扉に向かって収束。

折れ曲がった木枠や、ひび割れ等が発光し、見る見るうちに修復されていくよ。

 

 

「……………」

 

 

……僕は、その光景から静かに目を背けた。

今回のほかに、偶にネカネやアーニャが使ってるのを見たことがあるけど……やっぱりダメだ。

 

こういう派手派手なエフェクトを見るたび、【魔法】が如何に非現実的なものであるのか思い知らされる。

 

現実感が、薄れていく錯覚を受けるんだ。

 

 

「……ふむ、こんなもんじゃろ」

 

「……………………」

 

 

……そんな事を思う内に、どうやら修復が終わったみたいだ。

 

一息ついたスタンの声に背けていた背けていた目を戻すと、そこにはドアが破壊される前と寸分変わらない姿で存在していた。

部屋の中にあった木片とか、木屑とかも全部跡形も無く消えていて、さっきまで散らかっていたとはとてもじゃないけど思えないよ。

 

―――本当、エフェクトの派手さを除けば起こる事象はリアルブートにそっくりだ。

 

 

「これで良いじゃろ? 蓑虫ぼーずよい」

 

 

……ほんと、人をおちょくるのが好きだね。この爺さんは……!

 

椅子の背もたれに額をつけて憤っている僕を尻目に、スタンは最後の仕上げとばかりに開かれたままの扉を足で蹴り閉めて、こちらを振り向いて肩をすくめた。

そうして僕のベットに腰掛けて、掌を僕に向かって差し出して来る。

 

……何を求めているのか察した僕は、知らずに握り締めていた水筒をスタンに向かって力を込めてぶん投げた。

 

 

「っとっと……なんじゃい、せっかく直してやったんじゃから、もーちっと労わったらどうじゃ」

 

「……こ、こわしたの、アーニャ……だし、っぼ、僕は、何もしてない。……労わったり、礼を言う、義理なんて、な、無いね」

 

 

……本当は僕が押し倒した事による影響も少なからずあるんだろうけど、いちいち言わない。

アーニャがこの扉を壊したのは紛れもない事実だし、それにいっつもウザい程お姉さんぶってるんだからその責は全て背負ってもらおうじゃないか。ふひひ。

 

 

「……ホントかのぅ? 何やらネカネに聞いておった状況よか、幾分酷かった気がするんじゃがの?」

 

「あ、あんたの方が耄碌してただけだろ? さ、酒とか、タバコとか、やりすぎでさ、ああ、あ、頭、スッカスカになってんじゃね? ふひひっ、白痴乙」

 

「―――ひょっひょっひょ、言うようになったのう? こんの糞ぼーずが」

 

「んふひひひ、ふひひっ、ふひ、ひ―――ギッ!!」

 

 

良い拳骨を貰ったけど、反省も後悔もしていない。

 

 

「ったく、少しは他のガキどもみたいに外で遊んでこんか、引き篭もりめ。ワシがぼーず位の頃は、そりゃあ元気に外で遊んどったもんで―――」

 

「……ぐ、ぐくっ。そ、で、結果出来上がった惨状が、このド糞(ドキュソ)爺でございます、ふひっ」

 

 

拳骨の音がもう一回、僕の部屋の中に響いた。

 

 

「が……かかか……っぐ……」

 

「ふん……じゃがのうぼーず、真面目な話、いい加減外に出た方がええぞい」

 

 

ズキズキと痛む頭頂部をさすりながら視線を上げると、拳骨を下した手を振りながらこっちを見下ろす目が二つ。

生え放題の眉毛に隠れたスタンの瞳が何時ものだらしの無い姿からは想像も出来ないような鋭い光を湛え、僕を見ていた。

 

その真っ直ぐ見つめる瞳から逃げるように、僕は彼から目を逸らす。

 

 

「ぼーず、アーニャが帰ってきたときしか外出せんじゃろ? それまでの一月近くは村に降りてこんかったしの」

 

「………………」

 

「食いもんの補充やら洗濯やら……ぜーんぶ時折来るワシや他の老人達にまかせっきりと言う話じゃろ?」

 

「………………」

 

「……別に毎日村の方に来い、とは言わんさ。じゃがの? せめて週に一度はワシの所に―――酒場にでも顔を出してくれんかと…………」

 

 

クドクドと説教が続く。

 

……また始まった、スタン印の説教地獄。

この老人、いつもは「面倒じゃ、面倒じゃ」とか言いながらしょっちゅう人の精神を逆なでするような言動をしてるのに、こと説教となると趣味なんじゃないかって疑うレベルで長話を始めるんだ。

 

普段ネカネやアーニャに何を言われても受け流している僕だけど、この状態のスタンから受ける説教は無下にすることは出来ない。

文句をつけようにも、言葉の端々に心配するようなニュアンスが伺えるから、口が挟みにくいんだ。卑怯なことこの上ないね。

 

年寄りはこれだから嫌なんだ。拳骨だけで終わらせろよ、と舌打ち一つ。

 

 

「………………」

 

「ホレ、良く見たらぼーずのコート。何か分からんがベッタベタに汚れとるじゃないか。少しは綺麗に使うようにしてじゃなぁ…………」

 

「………………」

 

「確かに村の連中の中にはぼーずに辛く当たる輩も居るのは確かじゃわい。じゃが、それでも心配しておる者も居って…………」

 

「………………」

 

「ネカネやアーニャは元より、ウェストやエルザ、コンのとこの娘っ子もぼーずの事を心配しとるようじゃぞ? それにワシも…………」

 

「…………誰だよ」

 

 

やっぱり痴呆でも始まっているのか、所々僕とは面識の無い「筈」の人物の名前を挙げながら、したりげな雰囲気で説教を続けるスタン。

僕は頭の中を走り抜ける頭痛をこめかみに指を当てて抑えつつ、睡眠が足りなかったかと溜息をつく。

 

―――説教、長くなりそうだなぁ

 

まぁ、おかげでディソードの事から意識を逸らせるのはありがたいけどね。

とりあえず僕はそう妥協する事にして、何時眠ってもいいように椅子の背もたれに頭をくっつける。

 

……なんだかんだ言っても三時間しか寝ていないんだ、説教を子守唄にして意識が落ちても不思議じゃない。

 

 

「本来ならば三歳児にする説教ではないのかも知れんが、ぼーずは中々聡いようじゃし別に構わんじゃろ? その聡明さを別の部分に振り分けてくれればワシらもちっとは…………」

 

「……………」

 

 

―――徐々に視界が空ろになって行き、頭に霞がかかって行く中―――僕はふと自分が着ているコートの端に目が行った。

ネカネの作ってくれたサンドイッチ、その中身のソースがべったりとこびり付いた、そのコートの裾の部分にかかれた刺繍――【ネギ】

 

 

「……………………」

 

 

僕は何故、これを抵抗無く着られているんだろう?

そう、思って。混濁しそうになる意識の中で、もう少し深く思考しようとして―――

 

 

「こりゃ、聞いとるんかバカタレ」

 

「ごが……っ!」

 

 

――脳天に落とされた拳骨で、疑問が拡散していった。

……説教は、まだ続くみたいだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 




■ ■ ■

じわじわ進んでいく感じ。

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