・・・車の走る音が聞こえる。時折感じる振動が心地良い・・。
車だ・・・自分は車に乗っているのだ・・・。
「・・・これはこれは。またお会いしましたな」
突然聞こえてきた聞き覚えがありすぎる声に目をそっと開ける・・・。
・・・目の前に広がるのは見覚えのある真っ青な空間と・・・。
「もはや聞き飽きたかもしれませんがあえて述べさせていただきます・・・」
「ようこそ、我がベルベットルームへ・・・」
見覚えのありすぎる鼻の長い男―――イゴールと・・・。
「お客様との早い再会に、私共々嬉しい誤算を感じせざるを得ませんわ」
金髪の女性―――マーガレットがソファーに座っていた。
「もっとも、我々がこうやって再会した事は、お客様ご自身にとっては良き事かは存じ上げませぬが・・・」
そういいながらイゴールは目の前のテーブルに手をかざす。
かざした手から光が灯し出たと同時に手品のようにタロットカードが現れる。
そのまま手をかざしたまま円を描くと更にタロットカードが規則正しく並んで現れる。
「あなた様はかの土地でありとあらゆる絆を結び、そして見事に人々の心を惑わす霧を払い真実をその手になされた。そして本来ならば私どもの役目もそこで終えるはずでした」
「しかし、我々がこうして再び相見えるという事は、お客様の行く道に何らかの障害があるということの証拠に他なりませんでしょう」
どこか憂いを含んだ表情でマーガレットは目の前のタロットを見つめる。
イゴールが軽く指を鳴らすと、触れてもいないのに真ん中のタロットがめくられる。いつも思うのだがどんな原理なんだろうか?
「ほう・・・これはこれは・・・」
いつもと変わらない血走った目で、めくられたタロットを納得したように数回頷きながら見つめる。
更に指を鳴らすと他のタロットがまた数枚めくられる。それを見てまた納得したように何度も頷く。
「・・・『犬も歩けば棒に当たる』そんな諺がございますが、お客様は今までのこのベルベットルームの中でも棒どころか・・・そうですな『運命』・・・とでも申し上げましょうか。とにかくさまざまな因子を引き付けるようですな・・・クックックック」
「主」
「おっ、これは失礼」
面白そうに笑うイゴールをマーガレットが嗜める。失礼といいながらも愉快そうな雰囲気は崩す事はない。
「こうして我々が出会ったのもまた何かのご縁。また貴方様に微力ながらご助力をいたしましょうか・・・」
「貴方との縁はまだまだ途切れる事はなさそうね・・・ふふふ・・・」
二人はあやしく笑っている。怖い。
「おや、そろそろ貴方様が目覚める様子でございますな・・・」
イゴールがそういうと同時に・・・・。
瞼が・・・重くなって・・・
「では、また会う日まで・・・」
俺の意識が・・・
「御機嫌よう・・・」
そのまま・・・途切れて・・・
・・・・
「ハッ!!」
目が覚めたと同時にガバッと身体を起こす。
その拍子に隣に置いてあった鞄がずり落ちてしまったが気にしない。周りの人が迷惑そうに見つめるのもそれも無視だ。
「・・・なんで、今更あんな夢を・・・もう見ることは無いかと思っていたのに・・・。」
誰にも聞こえる事がないくらいの小さな声で呟く。
寝ている間に乱れてしまった自分の身なりを簡単に整え、ずり落ちてしまった鞄を戻して乗っているバスの窓の外を眺める。
すっかり紅くなった周りの景色に彩られた外の世界には、見渡す限りに並び立つコンクリートの建物、ビル、ビル、店、家、ビル、ビルと見渡す限りに並んでいる。
その光景が、そうか、ここは都会なんだ。自分は都会にいるんだなと改めて再確認させられる。
(八十稲羽では見られない光景だな・・・)
そんな事を思うと不意にあの一年の出来事が頭の中に流れる。
寂れた商店街、田んぼだらけの住宅街、叔父の家、古めかしい学校、ジュネス、知り合いの旅館・・・つい先日の事なのにまるで昔のように感じられる。
ふと、これまで生きてきた人生の中で唯一仲間と呼べる彼らの顔が更に頭をよぎる。
側の座席においてあるかばんのポケットの中に手を伸ばし、そこから一枚の写真を取り出し眺める。
自分を囲うように7人の男女がいい笑顔でこちらを見つめている。
(あいつらは今何をやっているんだろうか・・・?)
春休みを満喫して遊んでいるのだろうか?それともバイトに精を出しているのだろうか?もしかしたら俺のことを考えてボーッとしているのかな?だとしたら少し照れくさいが嬉しい。
(・・・なんてな。何恥ずかしい事考えているんだろ)
そう思いつつも自然と口元に笑みが浮かぶ。
瞬間、ポケットに入れていた携帯に振動が奔る。1、2回震えた瞬間、振動は収まった。メールが来たらしい。
ズボンのポケットから携帯を取り出しメールの内容を確認する。
差出人 陽介
件名 オッス
よう!相棒!新しい住居にはもう着いたか?
なんだか別れの挨拶かました後でこういうのも変な感じなんだけどさ。
もしよかったら落ち着いたら後で話でもしないか?
噂をすれば影が差すとはよく言ったものだ。
あの町の仲間の一人、それもお互いに相棒と呼ぶほどの仲から、こんなに早くメールが来るとは。案外寂しがりやなのかな。
『ヨースケは寂しがりやクマねー。っていうか、ヨースケだけ抜け駆けはズルイクマ!クマもセンセーと話したいクマ!』と仲間の一人がこれを知ったらこう言ってそうだ。少し嬉しくもある自分も自分だが。
口元の笑みを更に深くしながら携帯を操作する。
『これから向かっている途中だ。家について一息ついたら電話する。待っててくれ相棒。』
「送信・・・と」
携帯を折りたたみ、時刻を確認する。16時10分、学校の方はもう放課後といったところだろう。
「都会・・・か」
沖奈市があったとはいえ、1年も田舎で暮していた自分にとってはいささか違和感が拭えないような気がする。それもあの町での出来事が忘れられず、心地よかったからなのだろう。そこから離れて行く事に関してまだ戸惑いと、これからの生活に不安があったのかもしれない。今の自分があの町を離れて新しい土地でうまくやっていけるのだろうか・・・?
「ここで・・・高校生活最後の1年・・・か」
あらゆる感情を頭の中で巡らせながら目を閉じる。その耳に次のバス停の到着を伝えるアナウンスが聞こえる。
「・・・まもなくー那岐宮1丁目ー・・・まもなくー那岐宮1丁目ー・・・お降りの方はー・・・」
一方、とある高校
バズコン!!
「うぼわぁ!?」
自分の後頭部を何かが直撃して、口から意味不明の奇声を発する。少し固めの何か柔らかくてー・・・・あれ、何か矛盾している?
「おーいボール外に出て行ったぞ、誰か取りに行ってくれー!」
自分のすぐ近くの体育館の外へつながる出入り口から声が聞こえる。というか地味に痛い。地面に目を下ろすと自分の後頭部を直撃したものの正体――バスケットボールが転がっていた。
「ったく、誰か取りに行けっつう・・・あれ?ハヤト先輩?」
体育館から愚痴をこぼしながら出てきた後輩――西郷克哉と目が合う。
「どうしたんすか?そんなところ・・・・ッ!?」
突如克哉が蒼白な表情をしたまま口を半開きにしたままこちらを見ている。
「・・・かー・つー・やー・・?」
普段の自分が出している声より低い声を無意識に出しながら目の前の後輩に詰め寄る。こちらが一歩歩むごとに克哉も恐れおののいた表情で一歩後退する。
「せせせせ先輩、なんでそんなにご機嫌斜め何すか!?一体何があったんすか!?ってかなんで俺に殺意向けているんですか!?」
「痛かった・・・すごく痛かったぞぉぉぉぉ!!」
「どこの宇宙の王ですかぁぁぁ!!!???」
それから30分、克哉と地獄の鬼ごっこが幕を開けたのであった。
ついでに鬼ごっこの最中、その側をよぎった後輩の一人、日比野絵美が猛ダッシュしている俺たちの気迫に腰を抜かしていたのは全く関係ない話。
「はぁ・・はぁ・・だからそれ俺は関係ないでしょう?」
「はぁ・・はぁ・・このやりきれない気持ちはどこかにぶつけないとやりきれないんだよ・・・」
お互いに息を切らしてどこかの野原に座り込む。まだ呼吸が落ち着かない。あんなに全力疾走で走り回ったのも久しぶりだな。
「だからって俺にぶつけないで下さい!付き合わされる身としてはたまったもんじゃないですから!」
「そこに克哉がいたからさ」
「先輩ヒデェ!!俺はあれですか!?サンドバックか何か!?」
冗談じゃない!という表情で両手を広げながら抗議する。すっかり呼吸は回復した様子だ。さすがに現役は違う。未だに息が上がっている自分とはえらい違いだ。随分身体がなまったものだと苦笑交じりで自嘲する。
「つーか、まだ息切れしてんすか?体鈍りました?」
「俺の心を読まないでくれ、今の俺は部活出来る立場じゃないし。そうでなくてもバイトや勉強が忙しくてさ・・・」
事情を察した克哉が罰の悪そうな顔をする。困らせるつもりで言ったのではないのだが、その表情を見て申し訳ない気持ちになる。
「スンマセン。俺、先輩の事を考えないで・・・」
「気にしてないって、それくらいで落ち込むなって」
「でも・・・」
「だからいいって!もう、女みたいにうじうじすんなって・・・ま、さっきの事は忘れてはいないがな・・・」
だから何回言わせるんですかぁー!!という慟哭を笑って流す。さっきまでの落ち込み具合が嘘のようだ。
「時に克哉、お前樋口綾に告白したんだって?」
「え!?ど、どどどどどどこでそんな事知ったんですか!?」
「元同級生の藤矢が教えてくれたんだよ。『オ、俺!綾先輩の事がずっと好きでした!!オ・オ・・俺と一緒のお墓に入ることをぜ・・ぜ前提で交際を・・・!』とか言ったんだって?」
瞬間、克哉の顔が茹蛸のように真っ赤に染まる。そのうち耳からやかんみたいに煙でも出てくるんじゃないか。あ、なんだかラーメン食べたくなってきた。
「な、なんでハヤト先輩がそんな事・・・」
だから藤矢が教えてくれたといっているだろうが。
「ま、樋口は顔も良ければ頭も性格も良くて、スタイルも抜群。お前じゃなくても男として生まれたなら彼女にしたいとは一度は思うよなぁ」
事実、彼女の下駄箱はほぼ毎日ラブレターでパンパンになったというし、克哉のように樋口に告白してきたという男子の話が後を絶たない。未だに成功したという話は聞いた事はないが。そこにいる克哉のように。
そういえば電話で藤矢が、『今度克哉を僕の愛刀『死散剣』の横胴で真っ二つにしてやる』といつもより低い声で言ってたっけ。超逃げろ克哉。捕まるぞ藤矢。
「ス、ス、ス、スタイルも抜群・・・・!?」
目を血走らせながら、鼻息荒く顔を近づける克哉。
「噂では、A○Bのメンバーが2倍近くになるくらいの・・・・」
「セ、センターに目がいっちゃうじゃないですか・・・!!」
息遣いも荒くなってくる。中学生かお前は。
「ようするに何が言いたいかというと、藤矢がお前を殺しに掛かるぞっていう話だ」
「し、しかも藤矢先輩が殺しに・・・って駄目じゃないですかそれ!俺ヤバイじゃないですか!!」
「お前の告白内容くらいにヤバイ」
「余計なお世話っスよ!つーか先輩そんなキャラでしたっけ!?」
いちいち慌てふためく後輩。ヤバイ、からかい甲斐があるなコイツ。
「つーか、そういうハヤト先輩だってそんなこといっていていいんですか!?」
「え?」
「ほら、最近ハヤト先輩って、最近付き合っている女性いるじゃないですか!!知っているんですよ俺!!綾先輩に劣らずかわいくて頭良くておしとやかでスタイルも良くてしかも外国の人!!確かクラ・・・なんとかさんって言いましたっけ!?」
・・・目ざとい奴だ。変な事ばかり詳しい奴だ。
「い、いや、お、俺とクラレットは・・・」
「クラレットって言った!今呼び捨てにしましたね!?そういう仲なんですね!?俺の目は誤魔化されませんよ!!どうせそんな涼しい顔しておきながら、こっそり手をつないで歩いたり、デートしたり・・・」
まるで某名探偵の孫が、事件の犯人を指摘する時のように人差し指をこちらに突きつけて、キラリと目を光らせる克哉。
うーん、こうなった時の克哉は非常に面倒くさい・・・絵美の奴も年頃の女子だからそういう話には敏感なのではぐらかすのに結構苦労したものだけれど、こいつの場合は別の意味で面倒くさいなぁ・・・。
少しばかりの呆れを押さえて返答しようと口を開こうとし・・・。
克哉の背後にある『モノ』を見てハッとなって立ち上がり・・・。
「・・・あんなことやそんな事してるんじゃないんですか・・・ってどうしたんですか?いきなり立ち上がったりして」
後を向いて猛ダッシュする!
「あ、ちょっと!いきなりどこに行くんですか先輩!!さては図星だったんで逃げるつもり何ですね!!そうは・・・」
行かない。という言葉の先は続く事が無かった。
「見ーつーけーたーぞぉー・・・!」
瞬間、周りの温度を5℃くらい下げそうな低音の声がその場に響いた。奴はその空気を敏感に悟るべきだったのだ。
俺に追い掛け回されていた時よりも更に顔を蒼白にしながら、錆付いた玩具のように首を回した克哉が最期に見たのは、『死散剣』と名づけられた木刀を握りつぶさんばかりに手にして、赤い眼光を禍々しく光らせた鬼の姿だった。すごい顔だな、ラムダさんだって逃げるぞあれは。
貞○でも見たようなすごい怯えた顔をしながら「アイェェェェェェ!!??センパイ!?センパイナンデェェェ!?」と叫びながら風よりも早く走って逃げる後輩を、遠くの安全地帯から俺は眺めていることしか出来なかった。さらば克哉、お前は立派に戦って散ったと故郷のみんなに伝えておこう。戦ってないけど。遠くで「慈悲ハナイ!!ハイクヲ詠メ!!!」と聞こえた気がしたけれども気のせいだろう。うん。
ふぅー・・・とため息をつきながら草むらに腰を下ろす。
藤矢の奴、綾に告白した奴を見つけては木刀で襲い掛かるとかどんだけだよ。おかげでどれだけの男達が全身打撲で(よくそんなんで済んだもんだ)入院するはめになったんだ?そのうち通り魔で捕まったりしなければいいけどな。
克哉の奴、しばらく部活に復帰できない体になっているかもな。・・・やっぱり通報したほうがいいのかも・・。
自然と苦笑がこぼれた時、ポケットからメロディーが流れ出す。
このメロディーはどうやらメールが届いたらしい。誰が出したのか予想がつくけれども、なんて思いながら内容を確認する。
その瞬間、またもや苦笑が零れた。
差出人 クラレット
件名 いまdこにいらるの
がくうまだかかりそdすかこちらいまいえつきた
おそなるよだだられんrください
めるよめますかいまだそうさなれなdす
「まだ操作に慣れてないのか。こういう機械にはめっきり弱いんだよなぁ・・・」
今度ちゃんとした操作教えてやろうと考えながら、すぐ帰ると送るためにメールの返信を打ち始める。