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ソラを埋め尽くすかのような大艦隊が、整然と隊列を組んで進んで行く。
その進路の行く手には、銀色に輝く巨大な砂時計の姿があった。
コズミックイラ73年11月
2年前のエルビス作戦の再現とも言うべき作戦が始まろうとしていた。
地球連合軍による、プラント総攻撃。
開戦と同時に月基地を発進した地球連合軍宇宙艦隊は、一路、プラントを目指して進撃を続けていた。
開戦。
そう、ついに大西洋連邦を始めとする地球連合各国は、プラントに対し宣戦布告したのだ。
開戦の理由は、「先のブレイク・ザ・ワールドにおけるテログループ引き渡し要求に対し、プラント政府が再三にわたって拒否した為、地球連合各国政府は、現プラント政権を重大な脅威とみなし、やむを得ず」となっている。
まったく持って事実無根の言いがかりに等しい。
そもそもテロリストが全員死亡したのは事実であり、それを引き渡す事は不可能な事なのだ。
しかし、地球連合側はプラント側の主張に一切聞く耳持たず、強引に宣戦布告を行ったのである。
要するに彼等にとって必要なのは「真実」ではなく、「自分達に都合のいい解釈」であると言う事である。
開戦に伴い派遣されたのは、第2、第4、第6、第7から成る4個軌道艦隊。総戦力は艦艇160隻。機動兵器1200機。
それに対しザフト軍も本国防衛軍に出動を命じ、正面から迎え撃つ構えを見せていた。
戦力比は3対1。
ザフト軍には、苦しい戦いが始まろうとしていた。
地球連合軍を率いるのは、第2軌道艦隊司令官のレイモンド・クラーク少将は、旗艦であるアガメムノン級戦艦カール・デーニッツの艦橋で、迫るザフト軍の様子をモニターで眺めながら、大きな欠伸をしていた。
「何にしてもさ、随分と面倒くさい事を始めてくれたもんだよ」
ぼやくような言葉は、背後に立つラキヤ・シュナイゼルの耳にも届いた。
「面倒くさい、ですか?」
尋ねるラキヤに対し、クラークは大仰に肩を竦めて見せる。
「だってそうじゃないか。ついこの間、戦争が終わったばかりだ。あれからまで2年しかたっていない。戦力的にも充分とは言えない状況で開戦したって、良い結果出せるとは思えないんだけどね」
「はあ・・・・・・」
クラークの言葉に対し、ラキヤは曖昧に返事を返す。
事がこの段階に入って言うようなセリフとは思えないのだが。
そんなラキヤに対し、クラークはやれやれとばかりに続ける。
「お前さんにも悪いね、こんな事に巻き込でしまって。ネオのお使いに来ただけなのに」
「いえ、気にしないでください」
そう言ってラキヤは、サングラス越しに柔らかく笑う。
本来ならラキヤはブレイク・ザ・ワールドの後、ネオ達と一緒に地球へと降りる予定であった。
だが、奪取したセカンドステージスリーズ3機のデータを月基地に送り届ける為、月面ダイダロス基地へ赴いたところ、そこで開戦となったのだ。
ラキヤはそこでクラークと会い、艦隊への同行を要請された訳である。
このクラークと言う提督。ぼさぼさの髪に、顔には不精髭を生やした30代後半のこの提督は、パッと見、うだつの上がらない中年オヤジにしか見えない。
しかし先の戦争でも1個分艦隊を率いてヤキン・ドゥーエ攻略戦に参加し、ジェネシスの照射やザフト軍による掃討戦を生き抜いた事からも、非凡な能力の持ち主である事は間違いなかった。
その時だった。
「ザフト艦隊接近。正面の空母を中心に、真っ直ぐこちらに向かって来ます!!」
オペレーターからの報告に、ブリッジ内に緊張が走る。
ザフトも全軍をプラント正面に展開し、一歩も引かない構えを見せていた。
それを見て、ラキヤは踵を返す。
「行くのかい?」
尋ねるクラークに対し、ラキヤは足を止めて答える。
「ええ、僕はパイロットですからね。ここにいるよりも、出て戦った方が提督の役に立つと思います」
「そうか、ま、気を付けて」
軽い調子でラキヤを送り出すと、クラークは前に向き直る」
既にモニターでは、ザフト艦隊を発したモビルスーツ部隊と思われる機影が、こちらに向けて接近してきているのが見える。
その様子を見詰め、クラークは大きく体を伸ばす。
「さて、それじゃあ始めるとしますか」
気負った様子も無く呟くと、手早く指示を下し始める。
「全艦、総力戦準備!!」
「全火器、使用自由!!」
「モビルスーツ隊、全機発進。迎撃開始せよ!!」
「目標、接近中のザフト艦隊。せいぜい派手に暴れて、敵の目を引き付けてくれ!!」
今回の作戦の骨子は、いかに本隊がザフト軍の目を引き付けるかにある。
そして敵の防衛線を引き付けるだけ引き付けた後、とどめとなる一撃を加えるのだ。
ザフト軍が司令本部を置く宇宙ステーションの影から、巨大な影が滑り出て来た。
軍艦、には違いないのだろう。
しかし、その大きさが異常だった。
全長1200メートル。地球圏最大の戦艦である大和型戦艦の、倍以上の大きさを誇っている。すぐ横を航行しているナスカ級戦艦やローラシア級戦闘母艦など、この艦に比べれば艀にしか見えない。
超大型空母ゴンドワナ。
100機以上のモビルスーツを搭載でき、内部で艦船の整備すら可能なこの艦は、もはや艦の枠に収まらず、移動要塞と称しても良いだろう。
ボアズ、ヤキン・ドゥーエの2大要塞を失ったザフトが、失った要塞の代わりとして、戦後になって完成させた艦である。
既にプラント本国では2番艦も就航間近に控えており、今後ますます、ザフト軍の移動要塞として期待されていた。
そのゴンドワナからもモビルスーツが続々と出撃していく。
ユニウスセブン破砕作業から戻ったジュール隊とエルスマン隊もまた、ゴンドワナから出撃していく。
ブレイク・ザ・ワールドにおけるジン隊との交戦で多大な損害を被った両隊は、軍本部に戻って戦力を再編中だったのだが、そこに来ての開戦と出撃命令である。補充要員の編成もままならないうちに出撃となった。
辛うじて損傷機の修復は終わっているが、ジュール隊もエルスマン隊も、万全の状態とは言い難い、定員割れでの出撃である。
しかしそれでも、本国が攻められている以上、出撃しない訳にはいかなかった。
《何か、できれば冗談だって言って欲しいんだけどね》
イザークの隣を飛ぶディアッカから、そんなぼやきが漏れて来る。
それに対して、イザークは何も答えない。彼も気持ちはディアッカと同じだからだ。
凄惨を極めた先の戦いから2年。僅か2年で、再び開戦になるなど、いったい誰が予想できただろうか?
だが、現実として地球軍は、既にプラントから指呼の間まで迫っていた。
「来るぞッ!!」
イザークの鋭い警告。
次の瞬間、彼方で閃光が瞬く。
一斉に迸る光が、闇の空間を切り裂いてザフト軍の戦列へと迫る。
地球連合軍が、先行するモビルスーツ隊を援護する為に艦砲による支援を開始したのだ。
迫って来る無数の閃光に対し、一斉に散開して対処するザフト軍。
この攻撃はマニュアル通りであり、ザフト軍としても想定の範囲内である為、事前の回避運動は予定調和であるとも言える。
しかし、全てが回避に成功した訳ではない。タイミングが遅れたジンやゲイツが、砲撃に巻き込まれて吹き飛ぶのが見える。
陣形を乱すザフト軍。
そこを見逃さず、地球軍のモビルスーツ隊が距離を詰めて来た。
たちまち、両軍のモビルスーツが入り乱れての混戦となる。
突っ込んで来たダガーLを、ザクがすれ違いざまに銃撃を浴びせて撃墜する。
かと思えば、突出したゲイツRを、地球軍の機体が押し包んで包囲し、四方からビームを浴びせて撃ち落とす。
基本、個人戦闘を重視するザフト軍に対し、地球軍は先の大戦以来、伝統となった集団戦術を堅持して、技量に勝るザフト軍パイロットと互角の戦いを演じていた。
また、両軍ともに目を引くのは、投入された新型機の存在だろう。
ザフトがザクを投入したのと同様に、地球軍も新型モビルスーツの実戦投入に成功していた。
ウィンダムと呼ばれる地球軍の新型機はダガーLの後継機に当たり、ストライクの流れを汲む機体である。背部にコネクタを備え、武装を換装できるのはザクと同じであるが、シルエットはザクに比べるとほっそりした印象がある。
ウィンダム隊もまた、同様に集団戦術を採用し、複数で1機のザフト機を包囲して討ち取っていく光景が見て取れる。
勿論、ザフト側も黙ってやられている訳ではない。
一騎当千の兵士を多数抱えるザフトは、次々と地球軍の包囲を破り、ウィンダムやダガーLを返り討ちにして行く。
元々、モビルスーツの戦線投入はザフトが先である。その運用においても、地球軍よりザフトの方に一日の長があった。
イザークのザクもまた、圧倒的な火力で攻めて来る地球軍の攻撃を押し渡り、その陣営の中へと斬り込んで行く。
「ウオォォォォォォ!!」
パーソナルカラーである青に塗装されたイザーク機は、手にしたビームアックスを一閃、ビームライフルを構えて撃とうとしていたウィンダムを一刀両断する。
たちまち、地球軍機はイザークを包囲し、四方八方から攻撃を浴びせようとする。
しかしイザークはまったく焦ることなく周囲を見回し、包囲網の薄い部分を見分けると、そこへ機体を斬り込ませる。
「甘いッ!!」
ザクの肩に装備したビームガトリングが斉射され、ダガーLがハチの巣になって爆散する。
更にイザーク機は、鋭く旋回してターンすると、すれ違いざまにウィンダムを一閃。ビームアックスを振るう。
それに対して地球軍の兵士は全く対応できない。
ビームアックスの一撃を胴体に食らい機体を真っ二つにされて爆散した。
ディアッカもまた、イザークに負けていない。
接近戦ではイザークに一歩譲るディアッカだが、その分砲撃では彼に勝る。
かつては砲撃戦用の機体を駆り、数多くの地球軍機を落としてきたディアッカの腕前は、今やザフト随一と言っても過言ではないだろう。
ナチュラルでは決して真似する事ができない高速で飛来したディアッカ機は、ビーム突撃銃を発射して、立ち尽くすだけしかできないでいるダガーLを撃墜する。
勿論、地球軍機も黙って撃たれている訳ではない。
ディアッカ機が強敵と見るや、得意の集団戦術を仕掛けて撃墜しようとしてくる。
しかし、歴戦のパイロットであるディアッカにとって、その程度の攻撃は児戯に等しい。
突撃銃とガトリングによる弾幕を浴びせられ、接近しようとしていた3機のウィンダムは、またたく間に火球へと変じた。
その時だった。
地球軍の前衛を務めていた戦艦が、エンジン部分から炎を上げ、やがて真っ二つに折れて沈んで行く光景が見えた。
その爆炎の中から、オレンジ色に塗装したザクファントムが姿を現わした。
戦場にあって、目立つオレンジと言う色を選択している辺り、そのザクのパイロットが、相当、パイロットとしての腕に自信がある事が窺える。
「ハイネ・ヴェステンフルスに先を越されたかッ」
ディアッカが称賛半分、悔しさ半分と言った口調で、先制ゴールを決めた味方機を絶賛する。
ハイネ・ヴェステンフルス。
彼もまたヤキン・ドゥーエ戦を生き抜いた歴戦のパイロットの1人である。パイロットの腕も絶大だが、同時に独自のカリスマ性を備えた好漢であり、ザフト軍内では、男女問わず彼を慕う信奉者が多い事も有名である。
そのハイネが、いち早く地球軍の隊列を抜けて、後方の艦隊に攻撃を開始したのだ。
勿論、エース級ばかりが活躍している訳ではない。
ザフト軍のルーキー達もまた、自分達の力を最大限に発揮して戦線を支えていた。
中で、ジュール隊に所属するルインとアキナのコンビは、隊長に遅れまいとして必死について行っていた。
「アキナ、あれやるよ!!」
《判った!!》
頷き合う2人。
同時に2機のゲイツは、スラスターの出力を上げて突撃する。
向かって来る4機のウィンダム。
対してアキナ機はビームライフルを素早く放ち、そのうち2機を撃墜する。
残った2機のウィンダムは、ルインとアキナを迎え撃とうと、ビームライフルを放ってくる。
だが、その弾幕の中に構わず突っ込むルイン。
「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」
突撃と同時に、シールドと一体になったビームソードを発振。すれ違いながら、2機のウィンダムを斬り捨ててしまった。
そんな2人を包囲しようと、地球軍の機体が続々と迫って来る。
流石に、数が寄り集まると、ルーキー2人には荷が重い物がある。
《ルインッ!!》
「判ってる、一旦下がろう!!」
言いながら、ライフルを放つルイン。
しかし、迫って来るウィンダムやダガーLの数はあまりにも多い。
攻撃を集中され、ついに支えきれなくなろうとした瞬間。
青いザクが、疾風の如く駆け付け、一閃の下にウィンダムを切り裂く。
《下がれ、2人とも!!》
イザークはビームアックスを旋回させ、更に2機のウィンダムを斬り捨てた。
そこへディアッカも駆け付け、残った地球軍機を叩き落として行く。
地球軍側でも、エース相手では分が悪いと思ったのだろう。ライフルで牽制しながら、早々に退いて行くのが見えた。
戦闘開始から、状況は一進一退のまま推移している。
全体的に、数で押し包もうとする地球軍に対し、ザフト側はエースを中心にして戦線を支えていると言った感じである。
このままずるずると消耗戦に引きずり込まれれば、数で劣るザフト軍の不利は否めなかった。
ザフト軍としては、とにかく倒しても倒しても、敵が湧いて来るのだから、精神的な疲労も馬鹿にならなかった。
「まずいな。何とかしないと」
イザークが、そう呟いた時だった。
《ウワァァァァァァ!?》
《な、何だこいつは!?》
味方機の悲鳴じみた声が、突如、スピーカーから聞こえて来た。
反射的に機体を振りかえらせるイザーク。
目を見開く先。
そこには、大剣を携えたトリコロール色の機体が、1機でザフト全軍を圧倒するように佇んでいた。
ラキヤのストームである。
出撃すると同時に最前線に立ったラキヤは、ただ1人で多数のザフト軍機を相手に、1歩も引かずに対峙していた。
ストームに向けて、ライフルを放ちながら向かって行くゲイツ。
数は2機。
ザフト兵は、相手がナチュラル。それも単独とあって、油断して接近している節がある。
だが、
次の瞬間、ストームはレーヴァテインをライフルモードにすると、素早く2射。ゲイツのコックピットを正確に撃ち抜いて撃墜する。
更にラキヤはストームの背中にあるXスラスターを全開まで吹かして加速、同時にレーヴァテインを対艦刀モードにすると、ザフトの陣内に斬り込んで来る。
そのあまりにナチュラル離れした速度に、ザフト兵も対応できない。
ザクが1機、袈裟掛けに斬り飛ばされて爆発。
ストームは更に、レーヴァテインを薙ぎ払うようにして振るい、ザク1機と、ゲイツ1機を一刀のもとに斬り捨てた。
強い。
ナチュラル離れしたストームの姿に、イザークも思わず息を飲む。
まるでかつて、前大戦時に対峙したシルフィードを彷彿とさせる戦いぶりだ。
「下がれッ そいつの相手は俺がする!!」
叫びながらイザークは、ザクのビームアックス構えて斬りかかっていく。
その姿は、ラキヤの方でも確認していた。
「速いッ 隊長機か!?」
ラキヤが言いながら、ライフルモードのレーヴァテインを放つ。
対してイザークは、ストームの攻撃をシールドで受けながら、そのままスピードを緩めずに突撃する。
「ッ!?」
息を飲むラキヤ。
その瞬間、イザーク機は肩からストームにタックルを食らわせた。
「グッ!?」
衝撃と共に、弾き飛ばされるストーム。
思わず、コックピットに座るラキヤの意識が飛びかける程の衝撃だった。
必死にバランスを回復しようとするストーム。
そこへ、追撃を駆けるべくイザーク機はビームガトリングで攻撃を仕掛ける。
「貰った!!」
迸る光弾が、ストームへと迫る。
だが、それよりも一瞬早くラキヤは前後不覚から回復して、朦朧とした意識のままストームを急上昇させる。
ザクから放たれた弾丸は、虚しくストームの足元を駆け抜けていく。
回避に成功したストームは、反撃を駆けるべくイザーク機に照準を合わせる。
振り仰ぐイザーク。
ストームはそこへ、ライフルモードのレーヴァテインを放った。
「クッ!?」
向かって来る閃光に対し、とっさに機体を翻して回避するイザーク。
どうにか回避には成功したものの、急な機動のせいで、一時的に機体はコントロールを失う。
その隙を、ラキヤは逃さない。
「これでッ!!」
対艦刀モードにしたレーヴァテインを振り翳すストーム。
だがイザークも、決して技量の低いパイロットでは無い。
すぐに体勢を立て直し、迎え撃つように、ビームアックスを構えるザク。
2機の鉄騎は、刃を翳してすれ違う。
月牙を描いて、漆黒の空間を薙ぐ二振りの光刃。
互いに直撃は無し。
刃は僅かに、双方の機体を逸れる形で駆け抜けた。
「「クッ!?」」
同時に振り返り、対峙するストームとザク。
ラキヤとイザークの視線が、カメラアイ越しに火花を散らす。
2機が更に斬り込もうとした時だった。
突然、イザーク機の後方から、数条のビームが撃ち放たれた。
「ッ!?」
とっさに、機体を後退させて回避するラキヤ。
そこには、イザークの援護に駆け付けた漆黒のザクの姿があった。
《イザーク、大丈夫か!?》
イザークの苦戦を見て、ディアッカが援護に駆け付けたのだ。
放たれるビーム突撃銃は、ストームを的確に捉えていく。
「クッ 流石に2機相手は!?」
イザーク1人にも苦戦しているのに、流石にもう1機も援護に加わると勝ち目は薄い。
そう判断したラキヤは、ディアッカ機の攻撃をストームのシールドで防ぎつつ、後退を掛ける。
どの道、もうそろそろ「時間」の筈だった。
2
「時間だね」
カール・デーニッツの艦橋に座乗するクラークは、腕に嵌めた時計を眺めると、一つ頷いた。
道は開いた。あとは、チェックメイトとなる一手を指すだけである。
「クルセイダースに連絡。『聖地に旗を立てよ』」
言いながら、随分と恥ずかしい暗号文だと思った。これを考えた人間は気取っているつもりなのだろうが、言わされるこっちの身にもなって欲しかった。
とは言え、これで全てが終わる。
「開戦第一撃にて、圧倒的火力を持って敵の殲滅。それができれば、戦争としては理想的というべきだが・・・・・・」
言いながら、コーディネイター達には若干の同情を示す。
クラーク自身は、特にコーディネイターに対して蟠りを持っている訳ではない。しかし、彼の所属する組織は、コーディネイターはその踏んだ地面まで灰燼と化し、最後には塩まで撒かないと気が済まない。と言う輩が多数を占めているのだ。
故にこの決定も、必然であるといえる。
「全ては、『青き清浄なる世界の為に』って事なんだろうね」
そう言ってから、地獄の業火に焼かれる事になるコーディネイターに同情し、そっと目を伏せた。
クラークの命令を受けて、今まで主力軍同士の戦闘を尻目に、ジッと闇の中で伏せていた地球軍の部隊が動きだした。
旗艦ネタニヤフを始め、数隻の艦艇から発したウィンダム部隊は、肩に巨大なミサイルポッドを背負っている。
それらには、1発でコロニー1基を完全破壊するだけの威力を秘めた大型ミサイルが収められている。
核である。
地球軍は主力軍で、ザフト軍の目を引き付ける一方で、切り札となる部隊を手薄となったプラントの前面に推し進めたのだ。
正に、エルビス作戦の再現である。
そして、その前提となる状況は、既に完成してしまっている。ザフト軍主力は、完全に地球連合の大軍に目を奪われ、死角となる場所から攻め込んで来た部隊に気付くのが、一手遅れてしまった。
「いかんッ あれを止めろ!!」
先頭切って反転するイザーク。
それに伴い、一部のザフト軍も戦線を放棄して反転する。
そこへ地球軍がここぞとばかりに攻撃を仕掛け、多数のザフト軍機が撃墜されるが、それに構っている暇は無い。
防衛線を維持しても、プラントが壊滅したら何の意味も無かった。
フルスピードで追いついたイザーク機は、ウィンダムに次々と突撃銃による攻撃を浴びせ、撃墜していく。
しかし、あまりにも数が多い。イザーク1人で敵を倒しきるのは不可能だった。
そして、最悪の状況が起こる。
射点に取り付いたウィンダムが、次々とミサイルを射出していく。
絶望が、イザークを覆い尽くしていく。
ゆっくりと流れていくミサイル群。
その先にある、無数のプラント。あそこでは尚も、自軍の勝利を信じ、恐怖に耐えているプラント国民達がいる。
だがもう、ダメだ。
かつての戦いで同じように核攻撃を受けた時は、フリーダム、ジャスティス、そしてイリュージョンが来てくれたおかげで最悪の事態は免れた。
だが今、あの3機はいない。最早、絶望を止める事は不可能だった。
「もう、どうにもならん・・・・・・」
悔しさと共に、イザークが言葉を絞り出した。
その時、
「その役目、僕が引き受けました」
いつか聞いた声。
戦場に似つかわしくない、あまりにも涼やかな声。
そこで気付いた。
破滅を乗せて飛ぶ、無数の核ミサイル。
その進路上前方に、破滅を押しとどめるようにして立ちはだかる1機の機体がいる事に。
「あれはッ!?」
声を上げるイザーク。
見覚えのある機体だった。確か、ユニウスセブン破砕作業の際、オーブ軍と一緒に現われた機体だった筈。
だが、背中の装備が違う。あの時は確か、翼とブースターを多数装備した高機動型の機体だった筈だが、今の装備は翼は無く、肩からはガトリング砲と思しき砲門が覗き、更に足と肩にも何かの武装が増設されている。
キョウは、飛んで来るミサイル群を、真っ直ぐに見据えて、機体に装備した全火器を起動する。
肩に装備した6銃身ビームガトリング、両肩の張り出しと、両足に装備した5連装ミサイル発射管、そして両手に構えたビームライフル。更に両腰からビーム砲がせり上がる。
ストライクAの砲撃戦形態。ストライク・ファランクスの姿である。
「行けッ」
短い声と共に、トリガーが引かれる。
次の瞬間、光弾が吐き出され、ミサイルが螺旋を描いて飛び、閃光が迸る。
ただ1機からなる、圧倒的な火力。
その嵐のような砲撃は、飛来したミサイルを片っ端から撃ち落とし、爆砕していく。
速度も遅く、ただ真っ直ぐ飛ぶ事しかできない核ミサイルは、その攻撃の前に成す術なく破壊されて行く。
誰もが唖然とする。
ただ1機。
たった1機の攻撃によって、地球軍が企図した勝利の為の決定的な一手が阻まれてしまったのだ。
ネタニヤフに座乗するクルセイダース指揮官は、焦ったように第2陣の出撃を命じる。
ここでプラントを潰さなければ自分達が危うくなる。そう考えれば、第2次攻撃は急務と言えた。
だがその時、3隻のナスカ級戦艦がクルセイダースに近付いて来るのが見えた。
「何だ、あれは? 何をしようと言うのだ?」
訝る指揮官を余所に、ナスカ級戦艦はゆっくりと近付いて来る。
たった3隻で何程の物でもないだろう。
そう思った時、中央の1隻が前に進み出た。
そのナスカ級戦艦は、奇妙な形をしていた。艦首部に外付けと思われる装備を持っている。何と言うか、レーダーアンテナを巨大化したような形をしている。
次の瞬間、そのアンテナ上の装備が光ったと思ったら、閃光が一気に迸った。
放たれた閃光は、そのままクルセイダースを包み込む。
次の瞬間、母艦に格納されていたミサイルが一斉に起爆し、クルセイダースの母艦を巻き込んで誘爆を繰り返す。
ニュートロン・スタンピーダーと呼ばれるこの装置は、核分裂を移乗加速させる事で、起爆を促進する事ができるのだ。
先の大戦の折、血のバレンタインで核攻撃を受け、更に、要塞ボアズを核で完全破壊され、プラント本国にまで核ミサイルを向けられたザフト軍が開発を進めている兵器である。
従来のように、放たれた核ミサイルを防ぐと言うパッシブ的な思考では無く、敵が保有している核兵器を強制的に起爆すると言うアクティブ的な思考から生まれた兵器である。
ただし、まだ実験段階の域であり、実用化には至っていない。今回使われたNスタンピーダーも、実地試験を予定していた物を急遽引っ張ってきたものである。その為、1発こっきりの使い捨て。アンテナも完全崩壊して、以後廃棄する以外に道は無かった。
だが、その虎の子の1発を消費しただけの甲斐はあった。
クルセイダースは全滅。プラントに向かったミサイルも全て叩き落とされ、地球軍の攻撃は空振りに終わった。
満を持した攻撃を防がれ、地球軍に動揺が走る。
その機を逃さず、ザフト軍は反撃を開始する。
後退を始めた地球軍を追って、砲撃を集中するザフト軍。
対して地球軍は、狼狽したまま戦線も構築できずに後退するしかない。
そんな中で1人、ラキヤだけは味方の殿軍に立って、撤退支援を行っていた。
「さがれ、ここは僕が引き受けるから、今のうちに後退するんだ!!」
味方のダガーにライフルを向けていたゲイツをレーヴァテインで斬り捨て、ラキヤは恐慌状態になっている味方を叱咤する。
ここぞとばかりに、傘に掛かって向かって来るザフト軍の機体を、片っぱしから斬り飛ばし、撃ち抜いて行くストーム。
その様子を、少し離れた場所から見詰めている目があった。
核ミサイル群を殲滅したキョウは、未だに戦線に留まり戦況を見守っていた。
その視線の先には、未だに戦いをやめようとしないストームの姿がある。あの機体が邪魔をしているせいで、ザフト軍に損害が増え始めていた。
ややあってキョウは、デブリの中で待機している母艦を呼び出した。
「カリヤより武蔵へ。ブレードストライカーをお願いします」
程なく、新しい装備を持った機体が飛来する。
コスモグラスパーと呼ばれる、地球連合軍で少数生産された宇宙用戦闘機である。この機体は、その単体における戦闘能力よりも、ストライク級機動兵器と組み合せた際、その武装を送り届ける為の機体としての価値が高かった。同様の機能を持つ大気圏内戦闘機として、スカイグラスパーがあるのは有名である。
ミネルバがインパルスの武装を届ける際に使う、無人航空機シルエットフライヤーの先駆けとも言える機体である。
キョウはストライクAの背中に装備した、ファランクスストライカーをパージ。代わって今度はコスモグラスパーが運んで来た装備を背中に接続する。
2本の中型対艦刀と、ビームブーメランを備えたその装備はブレードストライカーと言う近接戦用装備である。
ストライク・ブレードに換装を終えたキョウは、背中から9・1メートル対艦刀ムラマサを抜き放ち、ストームへと斬り込む。
対してラキヤも、ブレードの存在に気付いて、ストームのレーヴァテインを振り翳した。
「こいつはッ!?」
ブレードのムラマサと、ストームのレーヴァテインが交錯する。
だが、互いの剣は相手を捉える事無くすれ違う。
そこから一瞬早く、ブレードは旋回して再びストームに斬りかかった。
二刀から繰り出される間断ない攻撃に、思わずラキヤは後退して攻撃を回避する。
「速いッ!?」
思わず、ラキヤは舌を巻く。
回避が間にあったおかげでストームに損傷は無いが、あまりの攻撃速度に、ラキヤも反撃の期をつかめず後退を続けるしかない。
しかし、後退しようとするストームを、キョウは逃がそうとしない。ブレードは更に追って来て、二刀を振りかざす。
「逃がさないッ!!」
キョウはブレードのバックパックから、ビームブーメラン・マイダスメッサー2本を抜いて、ストームめがけて投げつける。
「クッ!?」
旋回して飛んで来るブーメラン。
それに対してストームは、レーヴァテインをライフルモードにして発射。2基のブーメランの内1基を撃ち落とし、もう1基は機体を旋回させて回避する。
しかし、体勢が崩れた所へ、ブレードがムラマサを翳して斬り込んで来る。
「ハァァァァァァ!!」
「チッ!? これじゃぁ!?」
その一撃を、シールドで防ぐストーム。しかし、鋭い一撃の前に、更に体勢を崩される。
「これでもッ!!」
そこへムラマサを翳し、切り込んでくるブレード。
対してストームは体勢が崩れた状態から、苦し紛れに左腕のビームガンを放つ。
だが、当たらない。
「そんな物ッ!!」
ブレードは、巧みに旋回して攻撃を回避する。
そのまま二刀を構え、斬り込んで来るブレード。
その刃が、いまだ体勢を立て直せていないストームへと迫る。
「クッ!?」
唇をかむラキヤ。
もう、回避はできない。
ブレードのあまりの猛攻に押され、完全にバランスを崩してしまっているストーム。
それでも、どうにか迎え撃とうとレーヴァテインを構えるが、動きが鈍く、とてもあの凄まじい猛攻を迎え撃つことはできないだろう。
やられる。
死ぬ。
自分は、ここで・・・・・・
その瞬間、
『信じています・・・・・・必ず帰ってくるって』
脳裏の浮かぶ、1人の少女。
それは、かつて少女と交わした絶対の約束。
自分にとって、侵してはならない誓い。
あの誓いを果たすまで、
「絶対に、死ねない!!」
叫ぶラキヤ。
次の瞬間、
ラキヤの中で、SEEDが発動した。
正に、ブレードの剣が迫った一瞬、ストームの手にあるレーヴァテインが一閃される。
その一撃が、ムラマサの1本を叩き折った。
「なッ!?」
驚愕に目を見開くキョウ。
今まさに、とどめの一撃を放とうとしていた瞬間であるだけに、その状況の変化には驚かざるを得なかった。
突然、劇的に動きが速くなったストーム。
その動きに、ブレードは対応しきれない。
「これはッ!?」
殆ど反射的にムラマサを繰り出して攻撃するも、ストームは圧倒的な機動力で持って回避してのける。
X型スラスターを限界まで吹かして斬り込んで行くストーム。
その姿はさながら、4枚の羽を広げているかのようだ。
それに対してブレードは、うって変わって防戦一方にならざるを得ない。
レーヴァテインを横薙ぎに一閃するストーム。
対して、後退して回避しようとするブレード。
だが、ストームが放ったその一撃が、残ったもう1本のムラマサをも両断してしまう。
「クッ!?」
キョウは舌打ちしながらも、機体を後退させる。まさかここまでの戦闘力を発揮するとは思わなかった。
両肘から対装甲実体剣を抜いて構えるブレード。だが、果たしてこれで、どこまで戦えるか。
迎え撃つブレード。
そこへ、更に斬り込もうとするストーム。
だが、その時だった。
後方にいる艦隊から、複数の照明弾が撃ち上げられるのが見えた。
撤退信号である。クルセイダースが全滅した事で、攻撃の意義を見失ったクラークが、全軍に撤退命令を下したのだ。
この時、カール・デーニッツの艦橋では、クラークが居並ぶ幕僚相手に肩をすくめていた。
誰もが、クラークの決定に不満があるようだ。
確かに核攻撃は失敗したが、兵力ではいまだに地球軍が勝っている。ここは多少強引にでも進撃を続行すべきではないかと思っているのだ。
「本当に、よろしいんですか?」
「ああ、構わない。全軍撤退だ」
幕僚の1人が言った質問に対し、クラークはにべもなく返事を返す。
クラークとしては、主作戦が失敗した時点で撤退するのが上策だと思っている。すでに地球軍の士気は地に落ちているし、当初の勢いも完全に失われている。これ以上作戦を強行しても収支が黒字になるとは思えなかった。
それにしても、
クラークは思う。
クルセイダースとは、またずいぶんと皮肉の利いた名前である。これを考えた人間は、相当な皮肉屋ではないだろうか?
クルセイダース。意味は「十字軍」だ。
旧世紀、かつてヨーロッパ地方に住んでいた者達が「神の御名のもとに聖地を奪還する」と称し、遠く東方にある中東地方に大遠征を行った。それが十字軍である。
しかし彼らは「聖地奪還」という大義のもとに、正当化された虐殺、略奪、暴行、無軌道な破壊を繰り返したという。旧世紀の人類が残した、数多くある汚点の一つである。
そして十字軍は合計9回行った遠征の内、成功したのは最初の1回だけで、残る8回は悉く失敗している。
まさに、今回の戦いと同様というわけだ。もし、命名者がこの事までも予見したとしたら、大した先見の明であろう。
とにかく、撤退するというクラークの意思に変わりはない。ぐずぐずしていると、意気上がるザフト軍に追撃されて壊滅してしまう可能性もある。
今は余力があるうちに撤退して、月軌道で防御を固めるべきだった。
撤退信号の光は、今まさにブレードと対峙していたストームでも確認できた。
「・・・・・・仕方が無いか」
その様子を見て、ラキヤは溜息交じりに呟く。
どの道、地球軍は作戦の成否を核攻撃にかけていたのだ。それが敗れた以上、これ以上の交戦は無意味だった。
「でも・・・・・・・・・・・・」
ラキヤは思う。
プラントが撃たれなくて良かった、と。
勿論こんな事は、他人はおろかネオ達にだって話せない事だが。
とにかく、命令である以上は仕方が無い。
ラキヤは尚も敵の追撃を警戒しつつ、ゆっくりと後退していった。
戦いは終わった。
核攻撃を企図した地球軍艦隊は、その攻撃が失敗した事で、利、我にあらずとして撤退。戦いはザフト軍の勝利に終わった。
しかし、両軍ともに主力軍は無傷に近い形で残っている為、これ以後は月を最前線として両軍が対峙する事になる。
更に、勝ったとはいえ、再び核が用いられたという事実は、プラント市民を恐怖に陥れるには充分だった。
今回は辛うじて防ぐ事ができたが、次もそうであるとは限らない。
こうした国民の声を重視したデュランダル議長、並びにプラント最高評議会は、限定的な攻勢も止む無しとし、「積極的自衛権の行使」を謳い、以後は積極的に打って出る事になる。
3
デブリを縫いながら飛行し、ストライクAは母艦を目指す。
今回は急過ぎる出撃であった上に、援護が期待できない苦しい戦いだったが、どうにか乗り越える事ができた。
そのそも、オーブ軍所属のキョウが、ザフト軍支援の為に現われたのは、カガリから直接命令を受けたからだった。
地球軍がプラント総攻撃に際し、核攻撃を行うと言う事を事前に察知したカガリは、宇宙軍に命じ、密かにこれを阻止するように命じたのだ。
密かに、と言う命令だった為、当然、オーブ軍の証拠が残るような真似はできない。
そこで、ムラサメやオオツキガタを使う事はできない。それ故に、キョウは単独でストライクA単独で出撃し、発射された核ミサイルを掃滅するという綱渡り的な任務をこなしたのだった。
やがて、母艦が見えて来る。
大型のデブリの影に身をかくしている戦艦は、艦首部にドリルを装備した武蔵である。
《お疲れ様、キョウ》
艦長のユウキから通信が入った。
流石にシャトルの速度では戦場に間に合わない為、武蔵を使ってここまで来たのだ。
勿論、公式には、武蔵はデブリ帯で訓練中と言う事になっている。この場にオーブ軍が存在したと言う事実が知られたら、後々、何かと面倒なのである。
「どうにか任務完了です。核ミサイルは全て落としました」
《御苦労さま。それにしても、君にしては随分と苦戦したみたいだね》
「ええ、まあ・・・・・・」
キョウは苦笑気味に、曖昧な返事を返す。
最後に戦ったあの機体。
あれほどの操縦技術を持つパイロットが、地球軍にいるとは思わなかった。
考えられるのはやはり、例のエクステンデットだ。コーディネイターに対抗する為に、地球軍が密かに研究、製造を行っている強化人間の最新型ならば、あれくらいの戦闘能力は発揮するかもしれない。
とは言え、今度もどうにか、プラントを救う事ができた。今はそれで、充分かもしれない。
そう考えながら、機体をゆっくりとフライトデッキへと進ませていった。
黄昏に暮れるモルゲンレーテの屋上に出る。
周囲を見回して誰もいない事を確認すると、ゆっくりと手すりの方へ歩み寄り、空を見上げた。
エミリア・ベルネスは、この場所が好きだった。
一日一回、仕事の終わりには必ず、この場所に来るようにしている。
ここから見上げれば、空を見る事ができる。
かつて「彼」と一緒に、自由に舞い、共に戦った空が。
「・・・・・・・・・・・・あれから、2年が経ちました」
エミリアはゆっくりと、抑揚の押さえられた声で話す。
「・・・・・・・・・・・・私も、あの時のあなたと同じ歳になりました」
その声は誰に聞かれる事も無く、黄昏の空へと吸い込まれて行く。
「・・・・・・・・・・・・世界は復興の道を歩み、オーブもかつての姿を取り戻しつつあります」
悲しみと寂しさが、入り混じった声。
「・・・・・・・・・・・・代わって行く世界、移りゆく景色の中で、あなたの姿だけがありません」
語る言葉は、この場にいない人物へと向けられる。
「あなたは今、何処にいるのですか? なぜ、私のもとへ帰って来てくれないのですか?」
そっと、キャップを取るエミリア。
その下から流れるような黒髪が現れ、そして風に吹かれて流される。
「・・・・・・・・・・・・キラ・・・・・・・・・・・・」
失われた、愛しきその名を呼び、その瞳からは一筋の雫がつたい落ちる。
エミリア・ベルネス。
本名は、エスト・リーランド。
彼女は、2年前に失った少年を、今なお、ただ1人待ち続けていた。
PHASE-10「想う人は遥か彼方」 終わり