1
最終的な損害を集計すると、背筋が寒くなる想いだった。
出撃した機動兵器のうち、実に8割が損傷を負ったのだから。今やザフト最強を名実ともに謳われるミネルバ隊としては、過去最大規模の損害である。「壊滅」と称しても過言ではない。
機動兵器の損害は、インパルス大破(コアスプレンダーは小破)、グフ大破、ザクファントム中破、ザクウォーリア大破。
まもとも稼働できるのは、セイバー1機のみと言う寒々しさだった。
旗艦ミネルバも中破の損傷を受け、現在、戦場となったクレタ島から程遠からぬ小島に身を寄せ、応急修理を行っていた。
幸いな事に、甲板の装甲や武装、センサー系には被害が出たが内部の損傷はそれほどでもなく、機関も無傷である為、微速での航行なら支障はない。
その為、最寄りの基地から派遣される工作艦と合流できれば、充分な修理が可能であった。
既に整備長のマッドに指揮されて、クルー達が補修の為に駆けずり回っていた。
戦闘自体は、ザフト軍の勝利と言って良かった。
地球軍とセイラン軍は、機動兵器多数を喪失。その中には主力となる特機も含まれていた。更にセイラン軍は、空母タヂカラオをはじめ、多数の艦を喪失し壊滅している。
これで地中海における地球軍勢力は、大きく後退する事になるであろう事は疑いなかった。
だが同時に、幾人かのミネルバクルー達には、消せない心の傷を残したのは間違いなかった。
彼女も、その1人である。
甲板の手すりに寄り掛かり、アリスは補修作業の様子を眺めていた。
所属パイロットも、今回は無傷とはいかなかった。
アリスとレイは軽傷で済んだが、ルナマリアとハイネは重傷を負ってしまった。
特にハイネについては、戦闘後、大破したグフと共に回収されたが、収容後も意識が未だ戻らず、輸送機でジブラルタルへ後送される事が決まっていた。
ルナマリアの方は収容された時は意識がなかったが、つい先ほど回復し、今は医務室で精密検査を受けている。
吹き上がる海風が、アリスの髪を揺らす。
その脳裏には、戦場でまさかの再会を果たしたラキヤの事が思い浮かべられていた。
「先輩・・・・・・・・・・・・」
意識を失ったステラを抱き、アリスの前に立ったラキヤ。
そのラキヤは、自身が地球軍の士官であると名乗った。
サングラス越しにアリスに投げかけられた冷たい視線は、今でもアリスの心に突き刺さっている。
「先輩が・・・・・・地球軍の士官だなんて・・・・・・ボク達の敵だなんて・・・・・・」
以前、ポートタルキウスで会った時に語った話。あれが嘘だった事は、今さら言うまでもないだろう。おそらくラキヤは戦後、何らかのルートで地球連合軍に入隊したのだ。自主的にか他意によるものかは、アリスに知りようもないが。
では、ラキヤはあの時、何の為にあの場に姿を現したのか? と言う疑問が湧いてくる。
「・・・・・・・・・・・・もしかして、スパイ?」
暗澹たる気持ちを抱え、アリスはつぶやいた。
単純に考えれば、そうなるだろう。
ラキヤはザフト軍の詳細な情報を得るために、自分に近づき、何食わぬ顔で一緒に遊びながら情報収集をしていた。そう考えれば辻褄が合う。
だが、その認識を否定するいくつかの状況証拠もある。
あの時、ラキヤはザフト軍の動向に関する事は殆ど聞いてこなかった。ザフト軍の行動計画やミネルバの情報。アリスの今の役職についてすら、一切。
アリスは自分がザフトにいる事は伝えてあるのだから、その上で恰好な情報源(この場合アリス)を見落としていたとしたら、スパイとして間抜けの極みと言えるだろう。
それに、ステラの存在もある。
アリスがラキヤと再会したのは、海で溺れたステラをアリスが助けたのが縁である。あの出来事は全くの偶然だったはずだ。つまり、そこから考えれば、ラキヤとアリスの出会いも偶然と見る事が出来る。
何より、アリスやルナマリアを見た時、ラキヤはひどく動揺していた。つまり、あの再会はラキヤにとっても予想外だったと言う事だ。
「・・・・・・・・・・・・」
額を手すりに押し付けるアリス。
判らない。
なぜ、ラキヤは地球軍に行ってしまったのか? そしてなぜ、自分達と会ってしまったのか?
考えれば考えるほどに判らなかった。
「ここにいたのか」
背後から声をかけられた為、アリスの思考はそこで停止した。
振り返ると、アスランがこちらに歩いて来るのが見える。
黄昏に染まる空の色に照らし出され、その横顔が赤く染まっている。
アスランは戦闘後半、セイバーを駆って壊滅した地球軍艦隊を追撃したが、敵の攻撃隊その物は壊滅したが直掩隊は無傷で残っていた為、単独での攻撃を断念して引き返してきたのだ。
「随分と、やられてしまったな。艦長から聞いたが、ミネルバはもう暫く動けないそうだ」
無理もない。ミネルバの損害は全体的に見れば中破だが、武装はほぼ全滅に近く、被害は内部にも及んでいる。地球軍は撃退したが、別働隊に襲われる可能性がある事を考慮すれば、下手に動く事は出来なかった。
「君は、怪我は良いのか?」
「うん・・・・・・ボクは、大した事なかったから」
せいぜい、コアスプレンダーで不時着した時に足を軽くひねった程度だ。1~2日安静にしていたら治るだろう。
アスランはアリスの横に寄り掛かった。
「何か悩み事か?」
「・・・・・・・・・・・・」
図星を突かれ、アリスは一瞬目を逸らす。何でもお見通しと言いたげなアスランの態度が、何だか悔しかった。
道に迷う後輩を導くように、アスランは優しく語りかける。
「俺で良かったら、聞かせてみないか?」
「それは・・・・・・・・・・・・」
言い淀むアリス。
地球軍の士官と知り合いで、一度ならず会っているという事実を話す事には躊躇いを覚える。下手をすると、アリス自身がスパイ罪に問われるだろう。そこまでいかなくても、情報漏洩罪と見られても仕方がなかった。
だがしかし、
アリスはアスランを見る。
アスランは今まで、色々な面でアリスを導いてくれた。道を違えそうになった時は、強く諌めてくれもした。
誠実で意志が強く、頼りになる先輩。
同じモビルスーツパイロットと言う事もあり、アリスはアスランを実の兄のように思っている。
そのアスランになら、相談しても良いと思った。
「実は・・・・・・」
アリスはアスランに、今までの事を説明した。
ラキヤの事、彼がザフトに入り、ボアズでMIAになるまでの経緯、先日のポートタルキウスでの一件、ステラの事、彼女のデータがロドニアで接収したファイルの中にあった事。
そして今日、戦場となったクレタでラキヤと再会した事。
「・・・・・・・・・・・・そうか」
すべてを聞き終えて、アスランは静かにうなずいた。
「つらいな。親しい人が敵にいると言うのは」
アリスの気持ちは、アスランにも痛いほど判る。彼もかつて、親友であるキラ・ヒビキと敵味方に分かれて死闘を演じた事があるから尚更である。
そのことを踏まえた上で、アスランは改めてアリスに尋ねた。
「それでアリス、君はどうしたいんだ?」
「・・・・・・判らない」
アスランの問いかけに対して、アリスは俯いたまま答える。
正直、今のアリスは様々な事が同時に起こりすぎて、混乱を来している状態だった。
自分が何をしたいのか、何を目指すべきなのか?
ただ、胸の中にある想いだけは、漠然とだが浮かんできた。
「・・・・・・先輩は、強くて、頭も良くて、そしてすごく優しい人だった。それなのに、ただナチュラルってだけで周りから苛められて、だんだん居場所がなくなって、最後にはボク達を守る為に、自分にとって唯一の居場所からも去らなければならなかった」
顔を上げるアリス。
その目は、まっすぐにアスランに向けられる。
「けど、そんな事は間違っていると思う。あっちゃいけないんだと思う」
元を正せば、今日の事態が起こったのは全て、過去にラキヤやアリス達に降りかかった事が起因している。
だからこそアリスは、あのような悲劇を無くしたいと強く願っていた。
アスランは、暫く黙ったままアリスを見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「・・・・・・これはまだ非公式で、詳しい事は俺の口からは言えないんだが、実は今、デュランダル議長はある大きなプランを計画している」
「議長が?」
デュランダル議長が何か大きなことを計画している。
それはアリスも、漠然とだが以前から感じていた。あのディオキアの夜、デュランダルは世界の戦争を裏からコントロールする「ロゴス」について、語って聞かせてくれた。
もしかしたら、あの時には既に、アリスの中で何かを感じていたのかもしれない。
「ああ。まだ色々と問題の多いプランだが、もし成功すれば、アリスが望むような世界を創る事ができるかもしれない」
アスランは、まっすぐにアリスを見据える。
「一緒に、協力しないか? 俺は議長の目指す世界を見てみたいと思っている。たんにザフトの軍人であるとか、引き立ててもらった恩義とかだけじゃない、俺は俺の意志として、議長を支えていきたいと考えている」
「アスラン・・・・・・」
「君にも、俺と一緒に議長を支える役割を担ってほしい。勿論、強制するような事じゃない」
決めるのは、君の意思だ。
アスランはそう言って、アリスから視線を外す。
アスランが何を言っているのか。議長が目指す未来が何なのか。詳しい事はアリスには分からない。
だが本当に、自分が望む世界が創れるなら、
ラキヤのような存在が泣かなくてもいい世が来るのなら、
デュランダル議長の目指す理想に、掛けてみてもいいと思った。
2
クレタ沖海戦を終えた後、アークエンジェルは人目を避けてスカンジナビアへと戻っていた。
クレタ沖海戦の結果は、オーブ政府軍にとって必ずしも納得のいく結果として終わったわけではない。
戦術的に見れば機体にも艦にも損傷らしい損傷はない為、完勝に近い印象がある。おまけにインパルスやネオのウィンダムも撃墜していることから、大勝利と言っていいかもしれない。
しかし、セイラン軍が全滅に近い損害を受けたのは失敗だった。
今でこそ、政府軍とセイラン軍に分かれて内戦状態にあるが、元をたどれば、2つは同じオーブ軍である。セイラン軍が大損害を受ける事は、オーブの力その物を相対的に弱める事につながる。
カガリはその事を憂慮したからこそ、派遣する戦力を少数精鋭に留めたのだ。
戦術的には大勝。しかし、戦略的にはむしろ大敗に近かった。
意に反してセイラン軍は大損害を受けてしまった。この事が、いずれはオーブにとって大きな痛手になるであろうことは想像に難くない。
だが差し当たり、彼等を戦慄させているのは、そんな未来の話ではなかった。
医務室のベッドの上で、豊かな金髪を持つ精悍な顔つきの男性が横になって目を閉じていた。
ネオ・ロアノークである。
イリュージョンに撃墜された彼は、その後リリアのライキリに回収され、捕虜としてアークエンジェルに収容されたのだ。
その姿を眺めながら、一同は戸惑いを隠せないでいた。
その人物の顔を、彼らは良く知っている。
しかし同時に、この場にいるはずがない事も知っていた。
「・・・・・・手当ての時に、一度目を開けて、その時に名乗ったそうよ。自分は連合軍第81独立機動群所属、ネオ・ロアノーク大佐だって」
説明するマリューの声にも、戸惑いと懐かしさと、そして僅かな喜びのような色が混じっている。
医務室には今、彼女の他に、回収に当たったリリアと、マードックが立っていた。
「でも、検査で出た生体データと、この艦のデータベースにあった物は100パーセント一致したわ。この人は、ムウ・ラ・フラガよ・・・・・・言わば、肉体的には」
最後の言葉を、マリューは悲しげに言う。
それほどまでに、彼女の中にある悲しみとショックは大きかった。
ムウ・ラ・フラガ
かつて地球連合軍において「エンデュミオンの鷹」と言う異名で呼ばれたエースパイロット。アークエンジェルに乗り組んでからは一貫して機動兵器部隊隊長を務め、その卓越した操縦技術と指揮能力、何より人心掌握に長けた飄然とした態度により、全てのクルー達から信頼されていた。
そして、マリューにとってはかつての恋人でもある。
しかし、先の大戦末期、ムウはアークエンジェルを守る為に戦死した。
誰もがそう思っており、マリューですら今の今までその事実を疑いはしなかった。何しろ彼女は、ムウの乗ったストライクが爆散する光景を目の前で見ていたのだから。
だが、ムウは生きていた。そして、現実に目の前に存在している。
その事が、大きな衝撃となってマリューを包んでいた。
「つまり、少佐は生きてたって事か?」
「でも師匠。ムウさんは前の戦いのときに・・・・・・」
マードックの言葉を、リリアは消極的に否定する。
リリア自身、ムウとの縁はそれなりに深い。元が崩壊したヘリオポリスの学生だった彼女は、そこでムウと出会い、以来、色々な面で便宜を図ってもらったり、相談を持ちかけた事もあった。
だが、彼の最後の状況を聞く限り、とても生きていたとは思えないのだ。
ちょうどその時、様子を見にシンとマユが入ってくるのが見えた。
「どうですか、様子は?」
「ああ、相変わらずだよ、少佐は」
シンの質問に、マードックが答えた時だった。
「やれやれ、いつ少佐になったんだよ、俺は?」
ベッドから発せられた声に、一同は思わず振り向く。
そこでは、目を覚ました「ムウ」が身を起こしているところだった。
「大佐だって言ったろ、さっき。捕虜になったからって、勝手に降格するなよ」
声音、口調、飄々とした態度。
その全てが、記憶にある「ムウ・ラ・フラガ」と同一である。
マリューは、内から込みあげる感情に、抗う事ができない。
ムウが生きていた。2年前に失ったと思っていた最愛の人が、今、生きて目の前にいる。
マリューの目に、涙が浮かぶ。
だが、
「何だよ?」
そんなマリューを見て、ネオは軽口のような口調で揶揄する。
「一目惚れでもした、美人さん?」
からかうような口調は、ますます持って、かつてのムウを想起せずにはいられない。
しかし、同時にその言葉が、どうしようもないくらいに、目の前の「ネオ」と「ムウ」は違うのだと言う事を物語っていた。
嗚咽をこらえて、そのまま医務室から飛び出していく。
「あ、マリューさん、待って!!」
その背後から、マユが慌てて追いかけて飛び出していく。
一方リリアは、堪えられない苛立ちを視線に込めて、ネオを睨みつけた。
「ちょっと、ムウさん!! 今のはひどいですよ!!」
同じ女であるところから、マリューの苦悩はリリアにも理解できる。それ故に、ネオの態度は許せないものがあった。
しかし、当のネオはと言えばうんざりしたように顔をしかめる。
「何だよ、『ムウ』って?」
「ッ!?」
その態度に言葉を詰まらせるリリア。
ネオの態度には、とぼけているような印象はない。まるで完全に、おかしなことを言っているのはこちらであるかのように振る舞っている。
マリューが言った通り、肉体的には目の前の人物は間違いなくムウである。しかし、心と記憶は「ネオ・ロアノーク」と言う別の人物であった。
やり切れない思いに、自身も医務室を飛び出していくリリア。
その様子を見て、マードックはシンを促して廊下に出た。
「どういう事なんだ、あれは?」
「さあ、ちょっと俺にも、何が何だか・・・・・・」
シン自身、ムウとは深い付き合いがあったわけではない。ただ何度か話したことがある程度だが、それでもあの気さくな性格や飄々とした態度は、シンの中に深く印象付けられている。
そしてあのネオと名乗る人物と、かつてのムウが似過ぎる以上に似ている事は否定しようのない事実だった。
「記憶が無い・・・・・・て言うか、記憶が違うのかな、うまく説明できないけど」
そもそも連合を見限り、同盟軍に身を投じたムウが、今になって連合軍に戻っている事自体、信じられない事であった。
「だが、記憶が無いんじゃ、却って艦長には酷かもな」
マードックの意見に、シンも賛成である。
かつての恋人が目の前にいる。にもかかわらず、その恋人がまるで別人であるかのように振る舞っている。そのもどかしさは、身を焦がすほどの辛さを伴っているだろう。
やがて、マードックも機体の整備があるから、と格納庫の方へ向かった。
1人、艦内を歩くシンは、意識をネオから先の戦闘の事へと切り替えた。
クレタ沖海戦の終盤で、シンが戦った機体はインパルス。シン自身にとっても、かつて一度は肩を並べて戦い、また友人であるアリスが乗るという意味で因縁深い機体である。
イリュージョンに乗るようになってから今まで、シンは常に圧倒的な勝利を演出してきている。ザフト軍、地球軍、セイラン軍、様々な陣営の敵を相手にしてきたが、シンの操縦とマユのサポートの前に敵し得る者はいなかった。
だが、あの時のアリスは、そんなシンすら一時的にせよ圧倒するほどの技量を見せた。
あの時のインパルスの動きを思い出すと、シンですら背筋が寒くなる思いがある。
アリスは着実に成長している。それも、予想を遥かに超えるスピードで。
「もし、次に戦ったら・・・・・・」
あるいは、自分ですら危ないかもしれない。
そんな考えが浮かんでしまうほど、シンはアリスが恐ろしいと感じるようになっていた。
その時、
「シン」
背後から声を掛けられ、シンは立ち止まって振り返る。
そこには、こちらに向かって歩いてくるリリアの姿があった。
「どうだ、艦長の様子は?」
「うん、少し落ち着いたみたい。今はマユちゃんがついてくれているから」
「そっか・・・・・・」
並んで歩きだす2人。
ふとシンは、最近、リリアとこうして2人で話す機会があまり無かったのを思い出した。
すると、
「そう言えば、こうやって2人っきりになるの、久しぶりだね」
タイミングよく、リリアの方から同じような事を言ってきた。
その事が妙に可笑しくて、シンは笑みを浮かべる。
「そうだよな。何か、出航してからずっと、慌ただしかったから」
シンとリリアは、先の大戦中、オーブ防衛戦争の時に出会った。
両親を戦闘に巻き込まれて失ったシンは、逆上し、1機のM1を奪って戦場へと飛び出した。それが、たまたま出撃待機中だったリリアの機体だったのである。
それ以来、リリアはマユの面倒を献身的に見てくれていた。シンが出撃していない時などは、自分の家に引き取ってくれたこともある。
シンにとっても、リリアはマユ同様、掛け替えのない大切な人だった。
と、何を思ったのか、リリアは足を止めてシンに向き直ると、頭の上に掌をかざした。
「な、何だよ?」
戸惑うシンに、リリアは感心したようにニッコリ微笑んだ。
「うん、やっぱり」
「だから、何がだよ?」
リリアが一体何をしたいのか判らず、シンは首をかしげる。
「シン、私より背、高くなったね」
「はあ?」
今度こそ、シンは呆れてしまった。
確かに、出会った頃、シンはリリアより背が低かったが、そんな事を今さら言われるとは思っていなかったのだ。
「あのなあ、そんなのもう、だいぶ前に抜いているよ」
「だってシン、宇宙軍の所属になってから、あんまり家に帰ってこなくなったじゃない。だから、今まで気づかなかったの」
口を尖らせたリリアの指摘に、シンは確かに、と心の中で呟いた。
宇宙軍の本部は命令伝達の関係からオノゴロ島にあるが、艦隊司令部はデブリ帯のアシハラにある。その為、シンは何か月も家を空ける事が多かった。
その間のマユの面倒は、前述の通りリリアが見てくれていたのだが、相対的にシンが地上にいる時間が短くなってしまっていたのも事実である。
「ほんと、みんな成長していくよね。シンも、マユちゃんもさ」
シミジミと言うリリア。
それに対し、シンは呆れた顔を作ると、
「リリア、何かそのセリフ、婆臭いぞ」
失礼極まりない事を口にした。
ガスッ
つま先でシンの向う脛を思いっきり蹴りつけるリリア。その顔は羞恥と怒りで、真っ赤に染まっている。
足に走る激痛に、シンは思わずその場でうずくまった。
「あのね、シン。あんたはもう少しデリカシー持ちなさいよねッ」
「だ、だからって、蹴る事ないだろ」
激痛を堪えて、涙目になりながら抗議するシン。
そんなシンを見て、リリアはクスッと笑う。
こうしてみると、まだまだ子供っぽいところが多いシン。
だが、戦闘中の頼もしさや、それ以外の時でも時々見せる男らしい仕草は、やはり2年前から比べて成長していると思う。
かつては守ってやる側だったリリアも、今では守られる側になっている。
それほどまでに、シンと言う存在は大きく、そして不可欠になりつつあったのだ。
3
その姿に、出撃時の堂々とした印象はない。
文字通り、戦いに敗れて落ち延びてきた敗残兵の群れだった。
スエズに辛うじて帰り着いた地球軍の各艦艇からは、負傷者が担架に乗せられて次々と降りてくる。
彼等の中には、一生、体に障害を負ってしまった者も少なくはない。
しかし、こうして帰ってこれた事は幸いであろう。出撃した兵士の中には、二度と母国の土を踏む事も叶わない者も少なくないのだから。
地球連合軍はクレタ沖にて、ザフト軍、並びにオーブ政府軍と激突し、そして壊滅的な打撃を蒙って敗退したのだ。
出撃した機動兵器のうち、実に8割を喪失。さらに同盟軍として出撃したセイラン軍も、モビルスーツ隊全滅、艦艇も空母タヂカラオをはじめ多数を喪失。スエズに戻ってこれたのは旗艦信濃をはじめ、僅か3隻と言うありさまだった。正に、大敗と言って良かった。
人的被害もばかにはならない。
指揮官であるネオ・ロアノークはMIA認定とされ、アビスパイロットであるアウル・ニーダは戦死している。こちらは複数の目撃証言から、ほぼ間違いないとされた。
そして今、見守るラキヤ達の目の前で、金髪の少女が担架に乗せられて運び出されていた。
その担架に歩み寄ると、ラキヤは少女の髪をそっと撫で、優しく微笑みかける。
「ラキヤ・・・・・・」
担架の上で横たわっているステラは、弱々しい声で呟く。
クレタ沖海戦でハイネのグフに撃墜された彼女は、これから戦線離脱して後方のエクステンデット用の設備が整った軍病院に移送されることになる。
不安そうにするステラ。
そんなステラの手を優しく握り、ラキヤは語りかける。
「今まで頑張ってくれてありがとう。ステラは、ゆっくり休んで、体を治してね」
「でも・・・・・・」
「そんな心配そうな顔すんなって。あとは俺達に任せておけよ」
そう言ったのはスティングである。
出撃直前のトラブルでクレタ沖海戦には参加できなかったスティングだが、その後の調整で、どうにか回復していた。
「ラキヤ、スティング・・・・・・・・・・・・ネオは?」
「ッ!?」
少女がたどたどしい声で尋ねた名前に、ラキヤとスティングは僅かに顔をしかめた。
「・・・・・・アウルは?」
ステラにとってネオは父親とも慕っていた存在であり、アウルは大切な友達だった。
だが、その2人はもういない。
そして、この哀れな少女に、その事を説明する事も出来ない。
「・・・・・・大丈夫だよ」
ステラの頭を撫でてやりながら、ラキヤは優しく言う。
「2人は、今ちょっと忙しくて来れないんだ。けど、ステラがちゃんとお休みして、体を治して帰ってくるころには、きっと2人も帰ってきているよ」
湧き上がる自己嫌悪感を、ラキヤは必死に飲み込む。
この無垢な少女を騙し、偽りの現実を突きつける事に、いっそ己を殺してしまいたい程の衝動に駆られる。
どんなに待っても、もうネオもアウルも戻る事はない。
だが、その事実をステラに伝える事は、どうしてもラキヤには出来なかった。
「・・・・・・うん」
柔らかい笑みと共に、頷くステラ。
やがて、少女は迎えに来た輸送機に乗せられて後送されていった。
「・・・・・・実際、情けねえよ、俺も」
ステラを見送ってから、スティングはポツリと漏らした。
「あいつらが大変な時に、何にもしてやれなかったんだからな」
「スティングが悪いんじゃないよ」
落ち込む友を慰めるように、ラキヤは優しく言った。
実際、クレタで出撃できなかったのは、スティングのせいではない。彼に無用な暴力を振るい、ブロックワードまで使ったベイルが悪いのだ。
おまけに、戦闘中の混乱にかこつけて、ラキヤの暗殺未遂まで企てる始末である。加担したガーリアン隊の3人のうち、ジャック・ランベルトはラキヤが返り討ちにして撃墜している。
生き残ったベイル、そしてラーナはスエズ基地にも合流地点にも姿を見せず、行方を晦ませたままだ。
あの後で撃墜されたとも思えないので、恐らく雲隠れしたのだと思われた。流石に「味方撃ち」までしておいて、原隊に復帰するのは躊躇われたらしい。
できれば、このままどこかに隠れて、一生自分たちの前に現れないでほしい。そう願わずにはいられないラキヤだが、しかし、去り際にベイルが吐いていった捨て台詞を聞く限り、必ずまたベイルが自分の目の前に現われるであろう事は疑いなかった。
それにしても、
ラキヤは改めて現状を思い起こし、ため息をつく。
ファントムペイン最強と謳われたロアノーク隊が、今やラキヤとスティングの2人だけである。
ラキヤでなくても、この寒々とした状況を憂えずにはいられなかった。
受話器を耳に当て、デュランダルはまとまった報告を聞いている。
「・・・・・・成程、よくわかった。ご苦労だったね」
報告を聞き終えたデュランダルは、満足げに頷き、電話を切った。
クレタ沖海戦の結果報告である。
戦闘の結果、地中海方面の地球軍は壊滅的な被害を蒙り、勢力を大きく衰退させた。これにより地中海における制海権はザフトの物となり、東欧から中東方面への支援体制を確立する事ができた事になる。
現在、東欧地方では、地球連合を見限りプラント寄りの政策を進めようとしている地方や都市が急速に増えている。ブレイク・ザ・ワールド以降、地球連合の支配体制に疑問を抱く者が、それだけ増えていると言う事だ。
それに伴い、デュランダルもそれらの地域の切り崩し、取り込みを進めているところだった。
これがうまくいけば、地球連合の勢力は大きく後退し、ユーラシア連邦を東西に分断する事もできるだろう。そうなるとプラントは地球上に大きな友好的勢力を作ると同時に、地球連合に対し、無視しえない打撃を与える事が出来る。
今回の勝利により、その道筋が立ったとも言えた。
欧州における地球軍の脅威レベルは低下した。
「さて、残るは・・・・・・・・・・・・」
低くつぶやくデュランダル。
その脳裏には、白亜の巨艦と、その基幹戦力として最強の地位に君臨する幻想の戦天使の姿があった。
アークエンジェル、そしてイリュージョン。地球軍の脅威を廃した今、彼等を討伐する下準備が整ったと言える。
折良くと言うべきか、怪我の功名と言うべきか、あの《白の女王》ラクス・クラインは、あの艦から離れている。討つならば今だった。
その時、扉が開き、秘書を務めるイレーナ・マーシアが、書類を手に執務室に入ってきた。
「失礼します、議長。作戦要綱の書類をお持ちしました」
「ありがとう」
イレーナの持ってきた書類を受け取り、読み進めていくデュランダル。
その様子を見ながら、イレーナが話しかける。
「宜しいのですか、議長? ミネルバは先日の戦闘で損傷を負ったばかりですが?」
クレタ沖での戦闘結果は、イレーナも知っている。
ミネルバが大損害を負ったと聞いた時は、イレーナも気が気ではなかったが、親友のタリアが無事である事を知ると、ホッとした。
イレーナの質問に対し、デュランダルは顔を上げずに事も無げに言う。
「なに、最悪、動けるだけの修理が完了すればそれでいい。相手はこちらが思っている以上に神出鬼没だ。あまり時間を与えるべきではない」
それはそうかもしれないが。
書類を読むデュランダルを見ながら、イレーナは思う。
しかし、親友が艦長を務める戦艦が、便利屋のように酷使されるのは、イレーナとしても容易には受け入れがたいものがあるのは事実である。
勿論、今のイレーナはデュランダル付きの秘書である。その決定に異を唱えるつもりはないが。
一通りの書類を読み終え、デュランダルは顔を上げた。
「不備はないようだね」
イレーナを見て、デュランダルは冷たい笑みを浮かべる。
「欧州方面軍のウィラード隊長に連絡をしてくれ。『大天使を堕とせ』とね」
「ハッ」
恭しく、頭を下げるイレーナ。
彼女の脳裏には、既に炎を上げて爆沈するアークエンジェルの姿が、克明に映しだされていた。
PHASE-29「戦場の残滓」 終わり