機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-31「決意の翼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジブラルタルに入港したミネルバから、1台のストレッチャーが下された。

 

 その上に横たわる人物は、居並ぶクルー達に見送られる形で退艦していく。

 

 先のエンジェルダウン作戦において、オーブ政府軍のイリュージョンと交戦し、撃墜されたアスランは、救助されたものの重傷を負い、このジブラルタルで艦を下りる事となったのだ。

 

「アスラン・・・・・・」

 

 そんなアスランに、アリスが歩み寄った。

 

 先の戦いではアスランと共闘し、宿敵であるイリュージョンを見事に討ち果たしたアリスだが、その心は晴れない。

 

 尊敬すべき先輩であるアスランが、艦を下りざるを得なくなったと言う事が、彼女の心を暗くしていた。

 

 アスランは身を起こす事も出来ず、全身に包帯を巻いた痛々しい姿をしている。

 

 だがアリスの顔を見ると、優しげな笑みを向けてきた。

 

「よくやった」

「え?」

 

 アスランの言葉に、アリス顔を上げる。

 

 アスランの顔に憂いはない。

 

 アーモリーワンを出航して以来、隊長として、あるいは戦士として部隊の先頭に立ち続けてきたアスラン。

 

 そのアスランが今、艦を下りるに当たり、自身の後継者として相応しく成長を遂げたアリスの姿を、満足そうに見つめていた。

 

「イリュージョンを倒す事ができたのは、君の力だ。本当に、よくやってくれた」

「アスラン・・・・・・・・・・・・」

 

 嬉しかった。

 

 伝説の英雄とまで言われた尊敬すべき先輩に、認められ褒められた事が、アリスにはこの上なく嬉しかった。

 

 次いでアスランは、アリスの横に立っているタリアに目をやる。

 

「後の事は、よろしくお願いします」

「判ったわ。あなたも、しっかりと体を治しなさい」

 

 運ばれていくアスラン。

 

 それを受けて、居並ぶミネルバクルー達は一斉に敬礼する。

 

 アリスやタリアだけではない。レイが、ルナマリアが、メイリンが、アーサーが、その他全てののクルー達が、アスランに敬礼を送る。

 

 尊敬に値するモビルスーツ隊隊長へ送る、それは最大限の敬意の現れであった。

 

 アスランの存在は大きかった。

 

 彼がいたからこそ、ミネルバはこれまで戦ってこれたのだ。

 

「幸い、重傷ではあるけど、治療は十分に可能だそうよ」

 

 アスランを乗せた車が見えなくなると、タリアはアリスに言った。

 

「傷が治れば、アスランも軍務に復帰できるでしょう。それまでは、あなた達がしっかりしなくちゃね」

「はい」

 

 タリアの言葉に、アリスは頷きを返す。

 

 その通りだ、と思った。

 

 アスランが帰ってくるまで、ミネルバの仲間達は自分達で守っていく。

 

 アリスは、その気概を新たにするのだった。

 

 スーツ姿の男性が、アリスに近づいてきたのはその時だった。

 

「失礼、アリス・リアノン」

「はい?」

 

 振り返るアリス。

 

 対してスーツ姿の男は、事務的に用件を伝えた。

 

「デュランダル議長が、あなたに是非お会いしたいと申しております。ラボの方へご足労願います」

「議長が・・・ボクに?」

 

 訝るアリス。

 

 デュランダルが、このジブラルタルにいる事すら知らなかったアリスには、その議長がどんな用件で自分を呼んでいるのか判らなかった。

 

 しかも司令部ではなくラボに来るように、と言うのが、ますます判らない。

 

 とは言え最高評議会議長直々の呼び出しである。行かない訳にもいかない。

 

「あの艦長、そういうわけなんで」

「判ったわ。私達は先に艦に戻っているから、あなたは行ってきなさい」

 

 タリアとしても、デュランダルが何を考えているのか判りかねるが、ここのところのアリスの戦果は目覚ましい物がある。その事を踏まえて話がしたいのだろうと考える事にした。

 

 

 

 

 

 話は、少し時間を遡る。

 

 北海海底に息を潜めるように、1隻の巨艦が鎮座していた。

 

 アークエンジェルである。

 

 先のエンジェルダウン作戦ではザフト軍の猛攻を受け、最後には陽電子砲の直撃を受けたアークエンジェルだったが、どうにか脱出する事に成功していた。

 

 ミネルバが放った陽電子砲タンホイザーは、アークエンジェルの右舷艦体を抉るように着弾し、これによりアークエンジェルは右舷を大きく損傷して、エンジンも1基失っている。

 

 しかしマリューはとっさに、損傷したエンジンをパージして爆破し爆沈を偽装すると同時に、破壊された区画一帯を閉鎖した為、撃沈と言う最悪の事態は免れていた。

 

 海上ではザフト軍の捜索隊が行き来している。恐らく、アークエンジェルやイリュージョンの撃破を確認しているのだろう。

 

 海上には爆発したイリュージョンの破片が散らばっているが、より巨大なアークエンジェルの破片は少ないはず。ザフト軍がアークエンジェルの生存を知るのは時間の問題だろう。

 

 しかし、こうして潜航する事に成功した以上、すぐに追撃を受けると言う事はないはず。数日でも時間を稼げれば、その間に索敵線をすり抜ける事は充分に可能なはずだった。

 

 そのイリュージョンだが、

 

「ライキリ、帰還します!!」

 

 報告を聞き、マリューはモニターに目をやる。

 

 そこには、カタパルトデッキに侵入する、リリアのライキリの姿があった。その腕には、下半身と左腕、背中の翼が千切れ飛ぶような形で喪失したイリュージョンの無惨な残骸が抱えられていた。

 

 戦闘終了直後、リリアはライキリを駆って強引に出撃し、撃墜されたイリュージョンの回収に向かったのだ。

 

 コックピット周辺は無事であるらしいことが映像から見て取れる。

 

 マリューはホッとした。

 

 どうやらシンかマユ、どちらかが撃墜直前に原子炉閉鎖の作業を行ったらしい。そうでなかったら今頃、イリュージョンは自身の核爆発によって原子レベルにまで分解され、塵も残っていなかったはずだ。

 

 ほどなく、格納庫のマードックから通信が入った。

 

《艦長、坊主と嬢ちゃんは無事でさあッ 意識は失ってるみたいですが、命に別状はないみてぇです!!》

 

 報告を聞いて、マリューはホッとした。

 

《なーに、こいつらの事だ。殺したって死にゃしませんよ!!》

《ちょっと師匠!! それはひどいですよ!!》

 

 おどけた調子で言うマードックの横合いから、リリアの抗議する声がきこえてくる。

 

 その様子が妙に可笑しくて、マリューは僅かに微笑した。

 

 しかし、

 

 マリューはイリュージョンをも圧倒したインパルスの猛攻を思い出して、背筋に寒い物を感じた。

 

 シンとマユはこれまで、全ての戦いに勝利してきた。その為、マリュー達が彼らに寄せる信頼は、かつてのキラやエストに対するそれに勝るとも劣らない程だ。

 

 しかし、そんな2人に対する信頼すら揺るがせるほど、あのインパルスの猛攻は凄まじかった。

 

 とにかく、シンとマユが無事だったのは幸いだ。

 

 今は一刻も早く、2人を連れてオーブへ戻る事を考えるべきだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猛吹雪が視界を塞ぐ中、複数の機影が徐々に高度を落としていく。

 

 その光景を見ながら、ベイル・ガーリアン大尉は舌打ち交じりに呟いた。

 

「胸糞の悪い天候だな。ったくよう・・・・・・」

 

 彼としても、このような場所とは無縁でありたかったのだが、これも命令である以上、仕方のない事であった。

 

 先のクレタ沖海戦において、目標となったミネルバを仕留める事ができなかった彼は、いよいよもって、組織内で立場を失いつつある。

 

 何度も失敗を繰り返す彼に対して、盟主たるジブリールが与えた次の任務は、対ザフト戦線からはかけ離れたものであった。

 

 現在、西ユーラシアでは政変が起こりつつある。地球連合の支配体制から脱し、プラント寄りの政策を打ち出す都市が加速度的に増え始めているのだ。

 

 ベイルが与えられた任務は、先ごろ完成した新型機動兵器を用い、それらの都市に対して攻撃を仕掛けよ、との事だった。

 

 任務その物には不満は無い。「人間」である事の誇りを捨て、モルモット共にすり寄ろうとするような輩は、まとめて死んでくれた方が地球の為である。いや、むしろ積極的に死ぬべきなのだ。

 

 そういった連中を一掃する任務は、むしろベイルの望むところであった。

 

 だがしかし、その任務は、ジブリールがベイルへ「無能者」の烙印と共によこした物である。まるで、野良犬に残飯を投げ与えるように。

 

 怒りで腸が煮えくり返りそうである。

 

 他者から蔑まれる、と言う事はベイルにとって最大限の屈辱である。それがたとえ、自分が所属する組織のトップであっても、許せるものではなかった。

 

「クソッ 今に見てやがれ!!」

 

 その時、吹雪の向こう側に巨大な艦影が見えてきた。全長で300メートルあり、中央には椀を伏せたようなドームがある。

 

 地球連合軍所属の地上空母ボナパルトである。あの艦と合流し、搭載されている機動兵器を受領するのが目的である。

 

 彼の乗機であるオーガカラミティの後方では、ラーナ・シルス中尉のドレイクレイダーが従い、更にその後方から1機の輸送機が続いていた。

 

「こちら第81独立機動群ベイル・ガーリアン大尉だ。ボナパルト、聞こえるか? 識別コードを送る。着艦許可を」

 

 ほどなく、着艦許可のサインが下りたため、カラミティとレイダー、そして輸送機がボナパルトの飛行甲板へと滑り込んでいく。

 

 コックピットから降りると、容赦なく寒風が身を叩いて来る。

 

「まったく、ずいぶんと辺鄙なところじゃないのさ」

 

 レイダーから降りてきたラーナも、白一色の周囲を見回しながら吐き捨てる。

 

 それについては、ベイルも同感である。いかに新兵器をザフトの目から隠す為とはいえ、このような場所で会合しなくてはならないとは。

 

 だが、それもここまでの話だ。

 

 出撃すれば、モルモットにおもねようとする連中は、灰も残らないレベルで根こそぎ一掃してやるのだ。

 

 その為に必要な「部品」も、既に確保してある。

 

 ベイルは輸送機から降ろされてくるガラスケースを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 その中では、病院衣を着た金髪の少女が苦しそうに息を吐きながら横たわっている。

 

 彼女は生体CPUと呼ばれ、これからベイル達が使う機動兵器に必要不可欠な「部品」だった。

 

 

 

 

 

 指示されたラボに着くと、アリスは1人で奥へと進んでいった。

 

 この先で、デュランダルは待っているらしい。

 

 いったい、何の用件だろう? ただ話を聞きたいだけなら、司令部の執務室ですれば良いのに、こんな格納庫で話とは。

 

 奥へと進みながら、アリスは首をかしげる。

 

 それに先日、アスランから言われた事もあった。

 

 議長は、この世界を変えるために何か大きな計画を実行しようとしている。アリスにも、その計画実現の為に手助けしてほしい、と。

 

 正直、アリスの中では、まだ答えを見いだせたとは言い難い。

 

 そもそも、その「計画」とやらが如何なるものなのか、アリスにはまだ判らないのだ。

 

 そこら辺の事も含めて、議長と話してみたかった。

 

 ラボの廊下は、尚も続いている。いったいどこまで続いているのか? もうだいぶ、奥まで来たはずである。

 

 その時、

 

「来ましたね、こっちですよ」

 

 不意に声を掛けられ、足を止めて振り返るアリス。そこには、見覚えのある女性が、アリスを待ち構えるようにして佇んでいた。

 

「あなたは・・・・・・マーシアさん」

 

 デュランダルの秘書を務めるイレーナ・マーシアを見て、アリスは気づかれない程度に、僅かな身じろぎをする。

 

 アリスは以前、彼女から叱責を受け、頬を引っ叩かれた身である。嫌いと言うわけではないが、少々の苦手意識を感じずにはいられなかった。

 

 対してイレーナはと言うと、そんなアリスの態度には斟酌せずに微笑みかけると、先導するように歩き出した。

 

 仕方なく、後からついていくアリス。

 

 しばらく進むと、キャットウォーク状になっている場所で、デュランダルがアリスを待っていた。

 

「やあ、よく来てくれたね」

 

 いつものように、穏やかな調子で笑いかけるデュランダル。

 

 対してアリスは、踵を揃えて最高評議会議長に敬礼する。

 

「ミネルバ隊、アリス・リアノン、お招きにより参上しました」

 

 そんなアリスの態度に、苦笑するデュランダル。

 

「そう畏まらなくて良いよ。もっとリラックスしてくれないと、私としても話しにくいからね」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 戸惑いながら、デュランダルに歩み寄るアリス。

 

 案内してきたイレーナは、デュランダルがさっと手を振ると下がっていく。その為、この場にはアリスとデュランダルの2人だけになってしまった。

 

 なんだか急に、緊張と心細さが湧いてくる。

 

 今までデュランダルには何度か会っているが、こうして2人だけで対峙するのは初めての事だった。

 

 いったい何の用で呼び出されたのか、先ほどの疑問が再び湧き起ってくる。

 

「活躍は聞いているよ。最近の君の戦果には、私としても驚くばかりだ」

「ありがとうございます」

 

 緊張しながらも頭を下げるアリス。こうして議長から褒められて、悪い気がするはずがなかった。

 

 そんなアリスを見ながら、デュランダルは先を続ける。

 

「君のような若い力がどんどん育って行ってくれる事は、今後の世界にとっても大変好ましい事だよ。君達若い世代に未来の世界を引き継ぐ為に、我々のような大人が頑張らなくてはいけないと思うと、ますます身が引き締まる思いだ」

 

 デュランダルのその言葉を聞きながら、アリスは真剣な眼差しを向ける。

 

 未来の世界、とデュランダルは言った。それはつまり、議長が進めていると言う計画に関係があるのかもしれなかった。

 

「あの、議長。お聞きしたい事があります」

「うん?」

 

 突然話しかけてきたアリスに対して、デュランダルは訝るような表情をしながらも先を促す。

 

「アスランから聞きました。議長が、今のこの世界を変える為に、何か大きな計画を実行しようとしてるって」

「ほう・・・・・・」

 

 デュランダルは感心したように呟く。

 

 彼としても予想していなかった展開に驚くと同時に、どこか面白がっているような雰囲気が感じられる。

 

「アスランは、他にも何か言っていたかね?」

 

 先を促すデュランダル。彼としては、アスランがどんな意図をもって、目の前の少女に話を持ちかけたのか知りたかったのだ。

 

「その・・・・・・できれば、ボクにも協力してほしいって」

「成程、彼らしい言い方だ」

 

 デュランダルは薄く笑うと、アリスに向き直って続ける。

 

「アスランも詳しい事は言わなかったようだが、確かにその通りだ。私は、今後の世界をより良い物にしたいと思い、あるプランを計画している」

「それは・・・・・・どんな?」

 

 身を乗り出すアリス。

 

 その脳裏には、ラキヤの事が思い浮かべられている。

 

 かつて、優秀であったが故に、居場所を無くしてしまったラキヤ。

 

 だがもし、デュランダルが創ろうとする世界が、本当にラキヤを救える世界になるなら、自分の全てを賭けても良いと思った。

 

「詳細はまだ言えない。だが、そうだな・・・・・・」

 

 デュランダルは少し考えてから、話し始めた。

 

「ある場所に、とても優秀な人間がいたとしよう。優秀で、誠実、誰からも愛されるような人間だ。だが彼はある事情から周囲の人間に疎まれ、自分に相応しい役割を与えられずにいたとしたら、どうする?」

「えっと・・・・・・」

 

 デュランダルが言った事を、アリスは考えてみる。

 

 それはまさに、かつてのラキヤに当てはまる事であるように思えたのだ。

 

「・・・・・・それは、とても可哀そうだと思います。そんな事は、あっちゃいけないと」

「その通り」

 

 アリスの答えに満足したように笑みを浮かべ、デュランダルは続ける。

 

「では、その人物が初めから、相応しい役割を持てるとしたら? それが可能になるような制度が存在するとしたら?」

「それは・・・・・・」

 

 デュランダルの話を聞き、アリスは目を輝かせる。

 

 それはまさに、アリスが望む未来でもあるからだ。

 

「素晴らしいと思います。もし、本当にそんな世界ができるなら、せんぱ・・・苦しんでいる多くの人達が救われると思います」

「私もそう思う。そういう世界を創りたいと思い、今頑張っているところなんだよ」

 

 言ってから、デュランダルは「だが」と続ける。

 

「私の計画には、必ずや邪魔しようとする者達が現れるだろう。そう、たとえば、以前君にも話した・・・・・・」

「ロゴス・・・ですか?」

 

 アリスの言葉に、デュランダルは無言のまま頷いた。

 

 かつて、ディオキアで会った時に、デュランダルから聞かされた、戦争を裏から操る者達の事。

 

 自分達の利益の為に民衆を煽り、敵を作り、人々を操り、武器を持たせ、戦争をさせる死の商人達。

 

 もし、議長の言うような世界が創られるとするなら、ロゴスが必ずや立ち塞がるであろう事は予想できた。

 

「そして、その為にこそアリス。君に協力してほしいのだよ。もしアスランが誘わなかったとしても、きっと私の方から声をかけていただろう」

 

 言いながらデュランダルは、アリスから視線を外してキャットウォークの奥の暗がりに目をやった。

 

「その為に、今日ここに来てもらったんだ。君に新しい翼を与える為にね」

 

 デュランダルがそう言った瞬間、突如、暗がりに明かりが灯る。

 

 次の瞬間、アリスは目を見張った。

 

 明かりがついたスペースに、1機のモビルスーツが鎮座している。

 

 主を待ちわびて眠りについているかのような鉄騎の姿は、全身が鉄灰色に覆われ、PS装甲装備である事が伺える。

 

 基本のフレームは、インパルスをはじめとしたセカンドステージシリーズと似通っている。頭部のツインアイや2本のアンテナブレードは、殆どそのままである。

 

 背部には1対の翼を持ち、更に固定武装なのか、背中には大剣と大型砲を備え、肩にはブーメランと思しき武装もある。

 

「ZGMF-X42S『デスティニー』。セカンドステージの技術を利用し、火力、速力、防御力、全てにおいて高いレベルを実現した最強の機体だ」

「デスティニー・・・・・・」

 

 デスティニーの姿を、アリスは食い入るように見つめる。

 

 そのアリスの姿に満足したように、デュランダルは続ける。

 

「デスティニーは、来る戦いにおいてザフト軍の旗機となるべく建造された機体だが、これは特に、君の戦闘データを基にして開発されたのだよ」

「ボクの!?」

 

 驚いて声を上げるアリス。

 

 つまり議長は、初めからこの機体をアリスに任せる心算だったと言う事か。

 

 もう一度、デスティニーを見つめるアリス。

 

 その機体の形状、武装の配置、全体としての姿。

 

 それらはアリスに、ある機体を連想させる。

 

「これって・・・・・・・・・・・・」

「気づいたかね。この機体は基礎となるフレームに、あのイリュージョンのデータを使っているのだよ」

 

 確かに、その姿はイリュージョンに通じるところがある。細部はかなり違っているが、大まかなディテールは似通っている部分がある。言わば準同型機と言うべきだった。

 

「敵だった機体と同じでは、嫌かね?」

「い、いえ、そんな事ないです」

 

 剣を交えたとはいえ、イリュージョンや、それを操っていたシンに対して恨みのような物は持っていない。むしろ倒した今でも、強敵に対する畏敬と、それを見事に操ったシンに対する友情はアリスの中で健在だった。

 

 勿論、イリュージョンは北海で撃墜したのはアリス自身である。あの機体にも、そしてシンにももう会う事は無いだろうと、苦い思いを噛みしめている。

 

「多くの人が幸せになれる世界を創るために、私も戦っていくつもりだ。だから、どうか君にも私と一緒に戦ってほしい。この、デスティニーで」

 

 諭すように告げるデュランダル。

 

 それに対してアリスは、戸惑いを隠せない瞳で、デスティニーを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敗残処理を進めるラキヤとスティングの元へ、レイモンド・クラーク少将が訪れたのは、北海沿岸でザフト軍とオーブ政府軍が激突してから数日後の事だった。

 

 宇宙軍の重鎮であるクラークの来訪にはラキヤも驚いたが、相手は少将であるし、ラキヤとも顔見知りである。

 

 何よりラキヤは、個人的にクラークの事はネオと同様に信頼できる人物であると考えていた。

 

 優れた戦略家と言う事もあるが、クラークはブルーコスモスでありながら穏健派に所属し、強硬派がやるような過激なコーディネイター排斥に走る事もない。

 

 純然たるナチュラルでありながら、かつてはザフト軍に所属していたラキヤにとっては、ひじょうに好感を持てる人物だった。

 

「クレタでは大変だったね」

 

 執務室に入ると、クラークは開口一番そう言った。

 

 ネオとも昵懇の仲にあったクラークとしては、クレタでの大敗、ロアノーク隊壊滅という事態には胸を痛めていたのだ。

 

「隊長をはじめ、多くの仲間を死なせてしまい、僕1人が生き恥を晒している状態です」

「よしなよ。生きている、それだけでも大したもんさ」

 

 自分を卑下するようなラキヤの言葉に対し、クラークは慰めるように言葉を掛ける。

 

 実際の話、クラークもラキヤと思いは同じであった。

 

 ネオ・ロアノークほどの男が命をかけてなお、勝利をする事ができなかった事態に、何もしてやる事ができなかった事を恥じているのだ。

 

 死者には何もしてやる事は出来ない。

 

 だからせめて、その遺言だけは守らねばならないと思って、今日やってきたのだ。

 

「君とスティング・オークレー、それに収容されたステラ・ルーシェの3人は、今後、私の指揮下に入ってもらう。既に必要な手続きはこっちで済ませたから、事後処理が終わり次第、行動を開始してくれ」

「お世話になります」

 

 そう言って、ラキヤは頭を下げる。

 

 彼としても、ネオと言う後ろ盾がいなくなった今、クラークのような信頼できる人物の指揮下に入れるのはありがたい話だった。

 

「それで提督、僕達は・・・・・・」

 

 ラキヤがそう言いかけた時だった。

 

 クラークの持っている電話が鳴り響いた。

 

「失礼・・・・・・」

 

 クラークはそう言うと、電話に出る。

 

「私だけど・・・・・・・・・・・・ああ・・・・・・何だって? ・・・・・・ああ、分かった」

 

 険しい表情で電話を切るクラーク。その顔は先ほどまでと違い、何か納得がいかないような難しい表情をしているように思えた。

 

「どうか、したんですか?」

「ああ・・・・・・うん・・・・・・」

 

 一瞬言い淀むクラーク。

 

 だが、すぐに顔を上げて口を開いた。

 

「実は、ユーラシアの工廠で開発されたX1が持ち出されたらしいんだ」

「それが、何か問題でもあるんですか?」

 

 ラキヤはクラークの言葉に、訝りながら訪ねる。

 

 X1と言うのが、地球軍が開発中の新型機動兵器だと言う事はラキヤも知っていたが、それが持ち出される事が何か問題なのだろうか? 単純に考えれば、ユーラシア領での反抗に使う為に出撃したと考えるのが妥当だが。

 

 訳が分からない調子のラキヤに、クラークは説明する。

 

「いや、持ち出すのは別にいいんだが、あれは簡単には使う事ができない代物でね」

「と、言うと?」

「パイロットは特殊な処理を施した、エクステンデットじゃないといけないのさ。何しろ、前代未聞の兵器だからね。操縦やら火器管制やら、色々と複雑な操作が必要だから、一般の兵士には操縦できないんだ」

 

 つまり、そのX1を使うと言う事は、パイロットとなるエクステンデットの確保ができたと言う事を意味する。

 

 だが、そこら辺に転がっているわけでもなし、いったいどこから連れてきたと言うのか?

 

「エクステンデット・・・・・・X1・・・・・・特殊な処理・・・・・・パイロット・・・・・・」

 

 単語を一つ一つ、丁寧に反芻するラキヤ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 嫌な予感が、した。

 

 何か、座して待てば、大切な物を失うような、そんな胸騒ぎ。

 

「まさかッ!?」

 

 大音声の叫びと共に、立ち上がるラキヤ。

 

 そのまま執務室を駆けだして行く。

 

 背後からクラークが呼び止める声が聞こえるが、立ち止まっている暇はない。

 

 とにかく、急ぐ必要があった。

 

 ラキヤは駆ける。己の内にある胸騒ぎが、杞憂である事を祈りながら。

 

 

 

 

 

 だが、ラキヤの祈りは天に届かなかった。

 

 吹雪の中を進軍するガーリアン隊は、作戦開始予定地点へと到達していた。

 

 いよいよだ。

 

 愛機のコックピットに座し、ベイルは舌なめずりをする。

 

 何だかんだ言っても、今回の任務はベイルにとってうってつけである事に変わりはない。

 

 無抵抗な者達への一方的な殲滅戦。

 

 こんな面白い任務は他にないだろう。

 

 そして、それを可能にする最高のオモチャも、彼は手に入れていた。

 

 ボナパルトのドームが開き、中から艦載機がせり出してくる。

 

 その姿はもはや、従来のモビルスーツやモビルアーマーの常識を超越した存在である。

 

 ベイルのカラミティと比べても、全高で倍以上、質量は5倍以上の差がある。威容にすれば10倍以上あるだろう。

 

 モビルアーマー主流の地球軍にあって、その究極とも言える機体である。

 

 GFAS-X1「デストロイ」

 

 戦略装脚兵装要塞を意味している名が示す通り、移動要塞と言うべき威容を誇っている。

 

 戦艦を遥かに超える火力を有し、ザムザザーやゲルズゲーにも使われていた陽電子リフレクターを装備し、鉄壁の防御力を誇っている。

 

 まさに地球軍には勝利を、それ以外の者達には破壊と絶望を与える存在である。

 

 そしてそのコックピットに座するのは、あまりにも禍々しい機体の印象とは裏腹な、1人の可憐な少女だった。

 

 ステラ・ルーシェである。

 

 クレタ沖海戦で負傷し後送されたはずのステラだったが、収容先の病院からベイルが強引に連れ出し、再調整を施してデストロイのパイロットに仕立てたのだ。

 

 今のステラには、かつてネオやラキヤ、スティング、アウル達と共に過ごした時の記憶はない。それらは全て消去され、ただベイルの命令に従うように調整されていた。

 

「さあ、行けデストロイ!! 我らに逆らい、人間以下の共に媚を売る屑共を皆殺しにするのだ!!」

 

 ベイルの命令に従い、デストロイは進撃を開始した。

 

 ベイルやラーナ以下、他の機動兵器部隊はデストロイの左右に展開して付き従う。

 

 無人の野を、圧して進撃するデストロイ。

 

 やがてその行く手から、いくつもの機影が接近してくるのが見える。

 

 地上を走行するバクゥに、高空を高速で接近するディンとバビ、グゥルに乗ったジンの姿もある。更に後方にはレセップス級戦艦も進軍してくる。近隣都市に駐留していたザフト軍部隊が地球軍接近の報を受けて、これを迎撃すべく出撃してきたのだ。

 

 だが、彼等が見た物は、恐るべき威容を誇る巨大な悪魔の姿だった。

 

 恐慌に駆られたように、一斉攻撃を行うザフト軍。

 

 レセップス級の主砲が火を噴き、モビルスーツ隊も砲門を開く。

 

 しかし放たれるビームも、飛んできたミサイルも全て、デストロイのリフレクターに阻まれて用を成さない。

 

 代わりに、デストロイは、上部の円盤部分から突き出した巨大な4連装砲アウフプラール・ドライツェーンを発射した。

 

 一撃。

 

 見ている者達には、大地その物が爆ぜかえったように見えた。

 

 一瞬にして爆炎が全てをのみ込み、その射線上にいたレセップス級戦艦は一撃の元に叩き潰される。

 

 更に、全火力を開放して、接近するザフト軍機を片っ端から叩き落とす。

 

 まさに、一方的な戦いだった。

 

 ザフト軍は成す術もなく、次々と叩き落されていく。

 

「ハ~ハッハッハッハッハッハッ!! 思い知ったかモルモット共!! これが人間様の真の力だ!!」

 

 ザフト軍が全滅した戦場に、ベイルの哄笑が木霊する。

 

 地球軍側の損害は、文字通り無し。正に鎧袖一触だった。

 

「さあ行けデストロイ!! 我らの勝利と、栄光の為に!!」

 

 ベイルの命令を受けて、デストロイは進撃を再開する。

 

 その行く手には、無防備なままの、西ユーラシアの大地が広がっていた。

 

 

 

 

 

 息せき切って走ってきたイレーナの報告に、デュランダルも、そしてアリスも愕然となった。

 

 ユーラシア西部にて突如、侵攻を開始した地球軍。

 

 圧倒的な戦力で進軍する地球軍は、既にアムステルダムを含む3つの都市を駐留ザフト軍と共に壊滅させ、尚も足を止める気配はない。

 

 その矛先は、大都市ベルリンへ向けられようとしていた。

 

 既にこの時点で、死者、行方不明者数の慨算は軍民合わせて数万にも達している。ここでベルリンが攻撃を受けると、その値が更に跳ね上がる事になるだろう。

 

「こんな・・・・・・こんな事が・・・・・・」

 

 司令部のモニターに映し出された映像を見て、アリスは口に手を当てて嗚咽を漏らす。

 

 恐怖と怒りの為に、体が震えている。

 

 破壊され、瓦礫と化した都市。

 

 真っ赤な壁の如く、視界全てを塞ぐ火柱。吹き上がる黒煙は、天を真っ黒に染め上げていた。

 

 音声こそ無いが、まるで画面からは人々の悲鳴が聞こえて来そうなほどの生々しさがある。

 

 すべてを灰燼に帰する、圧倒的かつ徹底的な破壊。

 

 不必要としか思えない、殲滅。

 

 壊滅した都市も、完全に寝耳に水だっただろう。

 

 これは最早、戦争ではない。こんなのはただの虐殺である。

 

 そして、

 

 この地獄を現出した巨大な悪魔の姿が、映像いっぱいに映し出された。

 

 なぜ、こんな事をするの!?

 

 どうして、こんな事ができるの!?

 

 涙を滲ませて、アリスは心の中で叫ぶ。

 

 こんなことは、とてもではないが人間にできる所業だとは思えなかった。

 

「何と言う事だ・・・・・・」

 

 傍らのデュランダルも、怒りの為に震えた声を発している。

 

「直ちに近隣都市に駐留する全部隊に出動を命じるんだ。これ以上の被害の拡大を防ぐとともに、生存者の早急な救出を!!」

「ハッ!!」

 

 命令を受けて、兵士が走っていく。

 

 それを見送ると、デュランダルは考え込んだ。

 

「どうにか、こちらからも援軍を送りたいところなのだが、どうしたものかな?」

「しかし、現状、ジブラルタルには投入可能な戦力は・・・・・・」

 

 尋ねられたイレーナも、難しい顔で思案する。

 

 敵はベルリン東部の都市を壊滅させながら進軍している。ジブラルタルからは距離が離れている為、援軍を送ろうにも時間がかかるのだ。

 

 ミネルバの速度ならば間に合うかもしれないが、ミネルバは連戦における損傷の為、全力を発揮できる状態ではない。仮に行ったとしても、返り討ちにあうであろう事は容易に想像できた。

 

 アリスは、ゆっくりと顔を上げる。

 

 その双眸には、固い決意の色が輝いていた。

 

「あの・・・・・・議長」

 

 振り返るデュランダルを、アリスは真っ直ぐに見据えて尋ねた。

 

「デスティニーは、もう使う事ができるんですか?」

「ああ、調整は済ませてある。あとは君自身のデータを入力するだけだから、それくらいなら、すぐに・・・・・・」

 

 言い掛けて、デュランダルは言葉を止める。

 

 目の前に敢然と立つ少女。

 

 彼女が何を決意し、何をしようとしているのか察したのだ。

 

「・・・・・・行ってくれるかね?」

「ボクにできる事なら」

 

 尋ねるデュランダルに、アリスははっきりした口調で頷いた。

 

 

 

 

 

 リフトアップするデスティニー。

 

 そのコックピットに座し、アリスは慣れた手つきで機体を立ち上げていく。

 

 基本はインパルスと変わらない。その武装も、一言でいうならインパルスのソード、フォース、ブラストの3武装を1機に纏めたような感じだ。

 

 まさに、アリスの為に作られたような機体である。

 

 事は一刻を争う。

 

 彼女の華奢な双肩には、何万もの人間の命がかかっているのだ。

 

《準備は良いかね、アリス?》

 

 司令部から、通信が入った。

 

 サブモニターを見れば、デュランダルの顔が映っていた。

 

《頼む。我々の希望、全て君に託す》

「はいッ」

 

 頷くアリス。

 

 同時に、発進準備が整った。

 

 VPS装甲に火が入る。

 

 機体が灰、青、赤に染め上げられた。

 

 眦を上げるアリス。

 

「アリス・リアノン、デスティニー行きます!!」

 

 飛び上がると同時に、翼を広げる。

 

 赤い噴射炎が吹き出し、デスティニーを加速させる。

 

 闇夜を切り裂いて、飛翔する閃光の翼。

 

 運命の剣を携えて、少女は飛ぶ。

 

 遥かなる戦場へ、絶望の未来を阻止する為に。

 

 

 

 

 

PHASE-31「決意の翼」      終わり

 

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