1
コズミック・イラ70年
プラント所属のコロニー・ユニウスセブンに対する核攻撃「血のバレンタイン」に端を発する、地球、プラント間の戦争は、当初は物量において勝る地球連合軍が圧倒的な戦力差で持って勝利すると思われていた。
しかし、プラント防衛軍ザフトが実戦投入した新型兵器モビルスーツが目覚ましい活躍を示し、戦線は泥沼化したまま、1年半の長きに渡り続けられる事になった。
やがて、両軍はヤキン・ドゥーエにおける最終決戦を機に停戦に至り、そして悲劇の始まりとなったユニウスセブンにて和平条約を結び、戦争は名実ともに終結を迎えた。
それから2年。
各国は戦火の爪跡から脱し、それぞれ復興の道を歩んでいた。
それは戦争の片方の当事国であるプラントも同様である。
ヤキン・ドゥーエ戦役後、地球の宗主国から正式に独立を果たし主権を持つ一国家として歩み始めたプラントは、その目覚ましい技術力を持って、戦争前の生活水準を保っていた。
そしてそれは、軍備においても同様である。
ユニウス条約によって保有兵器数には制限を加えられたものの、その枠内においてザフトは戦力の増強につとめている。特に主力となるモビルスーツの開発、配備は目覚ましく、大戦期に主力であった機体は、既に殆どが新型に更新されているくらいである。
勿論、モビルスーツだけでなく、軍艦もまた新造艦が着々と竣工している。
L4コロニー群
地球とプラント、双方のコロニーが存在するこの一角に、プラント所有の工業用コロニー「アーモリーワン」が存在している。
プラントが戦後になって完成させた軍用のプラントである。
ここでもまた、ザフト軍の新造戦艦が進水式を間近に控え、パレードの様相を呈していた。
アーモリーワンのシャトル発着ゲート。
VIP専用の通路を係員に誘導されて歩く、1人の少女である。
輝く金髪に、濃い紫色の上下を着込んだ少女は、若干18歳ながら、一国の重責を担う存在でもある。
少女の名はカガリ・ユラ・アスハ。中立国であるオーブ連合首長国の代表首長である。
オーブは先の大戦において一度、大西洋連邦軍の総攻撃を受けて陥落している。
戦後になって国土は返還されていたが、現在はまだ復興途上の状態であった。
今回カガリは、プラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダル氏と極秘裏に会談する為、このアーモリーワンを訪れていた。
会談の場所にアーモリーワンを指定して来たのは、デュランダルの方である。
プラント本国ではなく、わざわざ中立地帯の軍用プラントを会談場所とした事に、カガリとしてはデュランダルの腹の内を計らずにはいられなかった。恐らくはデモンストレーションと、「極秘」と言うニュアンスに対する配慮であろう。
現在、ザフトは新造戦艦の進水式を間近に控えている。そのような時に、オーブとプラントの代表が大ぴらに会談の場を持つ事は、大西洋連邦を始めとした潜在的な反プラント国家を刺激する結果を生みかねない。
ならばいっそ、その渦中のプラントを会談の場とする事で、却ってそうした国家の目をくらませるかもしれないと、デュランダルは考えているのだろう。
そんな事を頭の中で考えながら、カガリは足を止めずに歩いて行く。
そのカガリに半歩下がって、随員である少年が付き従っている。
癖のある黒髪に、意思の強そうな赤い瞳。カガリよりも若干年下に見えるが、隙の無い身のこなしから軍経験者である事が覗えた。
彼の名はシン・アスカ。
オーブ宇宙軍に所属する三尉であり、今回はカガリのたっての要望により、彼女のボディガードとしてアーモリーワン行きに随行していた。
「なあ」
シンは前を歩くカガリに顔を寄せ、小声で話しかける。
「服、それで良いのか? 一応、ドレスっぽい奴とかもマーナさんから預かっているけど?」
カガリの服装が、シンには微妙に地味過ぎるように思えたのだ。着飾るべきとは思わないが、もう少し見栄えを気にしても良いように思えた。
対してカガリは、僅かに振り返って応じる。
「今は良いよ。演出が必要になるのはこの後だからな。その時に用意してくれ」
言ってからカガリは、今度はあからさまにジト目になってシンを睨む。
「ッて言うか、こんな所でドレスなんか着れるか。どんな羞恥プレイだよ?」
「それは、まあ・・・・・・」
言われてから確かに、と思い、改めて周囲を見回す。
アーモリーワンは現在、進水式を見物する客でごった返している。このシャトル発着ゲートも同様で、プラント本国は元より、世界中から客が来ている。
そんな中でドレスなど着ていれば、「浮いて」しまう事は受け合いだった。そう言う事はカガリでは無く、どちらかと言えばラクスの領分だった。
今度は、カガリの方からシンに声を掛けた。
「そう緊張するなって。会談をするのは私であって、お前じゃないだろ」
「それは、そうだけどさ・・・・・・」
代表首長の随員なんて今までやった事が無い為、シンとしては不必要な緊張感に晒されている事は否めなかった。正直、モビルスーツの操縦桿を握っている方がずっと楽である。
「だいたい、何で俺を指名したんだよ? アンタには専用のSPがいるだろ」
シンはオーブの正規軍人である。本来であるなら代表首長のボディーガードをするような立場では無い。にも拘らず、カガリはわざわざ自分専用のSPではなく、シンを指名して来た所がずっと不思議だったのだ。
シンの質問に対して、カガリは肩を竦めて答える。
「SPには『連中』の息が掛かっている奴等もいるから安心できない。それよりも、腐れ縁のお前の方がまだしも信頼できるしな」
「腐れ縁・・・・・・」
喜んで良いのかどうなのか、悩む表現である。
カガリとは2年来の付き合いであり、色々と便宜を図ってくれて感謝もしている。「腐れ縁」と言う表現は間違いではないのだが。
とは言え、カガリがぼやくように言った言葉の意味を理解し、シンは肩を竦めた。
「何にしても、大変だよな。政治家ってのも」
「まったくだ。モビルスーツにでも乗っていた方が、まだ楽ってもんだ」
さっき自分が思った事と同じ事をカガリが言った事で、シンは可笑しさのあまりクスッと笑った。
と、カガリは少しいたずらっ子のような笑みを、シンに向ける。
「ああ、そうだ。二人っきりでいるからって変な期待はするなよ。私としても、マユやリリアに蹴られたくないからな」
「何だよ、変な事ってッ? ていうか、マユはともかく、何でそこでリリアが出て来るんだ?」
キョトンとした顔をするシンに、カガリは深く溜息をつく。
とは言え、一国の代表と、その随行員の会話としては、相当レベルが低い事だけは確かだった。
アリス・リアノンは泣きそうになりながら、人込みを縫うようにして走っていた。
同年代の男の子からは比較的人気のある可憐な顔も、今は必死の形相に歪められている。
何がいけなかったのだろう?
多分、昨夜、遅くまでゲームに明け暮れていたのがいけなかったんだと思う。
アラームは確かにセットした筈だ。にも拘らず、起きられなかったという事は、その音にも気付かない程爆睡していた事になる。
一応、幼馴染にモーニングコールの依頼をしていたが、それすら鳴った記憶が無い。
「ああ、もうッ 何でこうなっちゃうかな~ッ!!」
本能的に頭を掻き毟りたくなるが、今はその時間すら惜しい。
端的に言えばアリスは現在、遅刻寸前の状態で、軍港へと続く道を爆走していた。
ちょうどその時、携帯電話が着信を告げる。
液晶に浮かんだ名前を確認すると同時に、叩きつけるように通話ボタンを押して耳に押し付ける。
「もしもしッ!!」
開口一番に怒鳴りつける。
相手は、モーニングコールを頼んでおいた幼馴染だ。
《あ、やっと起きた》
溜息交じりの声が聞こえて来る。
対してアリスは、走りながら声を上げる。
「『やっと起きた』じゃないよ~ どうして起こしてくれなかったの!?」
《起こしたよォ けど、何回鳴らしても留守電になっちゃうし。マナーモードにでもしてたんじゃないの?》
そう言えば、思い当たる節がある。確か、昨夜はマナーモードにしたまま、上着のポケットに携帯電話を入れて、そのまま・・・・・・
《どうせ、またゲームでもしてたんでしょ》
「う・・・・・・・・・・・・」
図星である為、言い返す事もできない。
《ああ、もう艦長来ちゃうよ。それじゃあ、遅刻しないようにね。じゃ》
「あ、こらッ」
呼び止めようとするも、
プチッ ツー ツー ツー
回線が切られ、虚しく切断音がするのみである。
「あ い つ~~~」
薄情な幼馴染に(理不尽な)怒りを向けるアリス。
後でお仕置として、たっぷりとほっぺを抓ってやろう。
とは言え、彼女に目に物を見せてやるのは、また後の話だ。今は急がないと、流石にやばい。
アリスは駆ける足を速めて、軍港へと急いだ。
その横を、3人の男女が並んで歩いて行く。
1人は背が高く、目付きが鋭い少年。その少年の右側には中性的で少女のような顔立ちをした少年。そして、もう1人、茫洋として、どこか浮世離れした雰囲気のある少女である。
背の高い少年はスティング・オークレー、中性的な少年はアウル・ニーダ、少女の名前はステラ・ルーシェと言った。
年齢的には3人ともアリスと同年代だが、外見も雰囲気もバラバラである。ただ、それを除けば、3人は仲良く談笑しながら町を練り歩く兄妹達のようにも見える。
どうやらスティング達3人は観光客か何かのようだ。先述した通り、アーモリーワンは進水式の為に多くの客を受け入れている。それは何もVIPだけでなく、一般客も含まれていた。
と、何を思ったのか、ステラが1人足を止めると、暫くショーウィンドウに映った自分の姿を見詰め、その場でクルクルと回り始めた。
スカートが回転に伴いふわりと浮きあがり、美しい金髪も風を孕む。
少女は心の底から嬉しそうに、笑いながら踊っていた。
そこで、少し先に行ったところで、少年達は少女がついて来ていない事に気付いて振り返った。
「何やってんだ、あれ?」
アウルが、呆れた顔で少女を見ながら言う。
前から少女の行動には訳が判らない事が多かったが、今回のあれは極め付けだった。
対して、スティングは苦笑する。
「『浮かれた馬鹿の演出』だろ」
それは、出発前に指示された事だ。なるべく周囲に溶け込めるように、旅行客を装うようにしろ、と。
「お前も、馬鹿をやれよ」
言いながら、先を歩いて行くスティング。
そんな2人を見ながら、アウルは呆れたように肩を竦めていた。
2
執務室に入ると、ゆったりとした髪を持つ長身の男性が振り返った。
穏やかな雰囲気ながら、鋭い眼差しを持つ男性は、カガリの姿を見て微笑みを向けて来た。
「やあ、これは姫。遠路お越しいただき、申し訳ありません」
「いや、議長にもご多忙のところを、お時間をいただきありがたく思う」
そう言ってカガリは、差し出された手を握り返す。
この男が、パトリック・ザラ、アイリーン・カナーバの後を継いでプラント最高評議会議長の座についた、ギルバート・デュランダルである。
デュランダルの微笑を見詰め返しながら、カガリは気付かれないようにそっと目を細める。
デュランダルは、かつてのカナーバやシーゲル・クライン等と同じく、穏健派の流れを汲む政治家である。
かつて、大戦中のプラントで見られたような狂信的な強硬路線は避け、国内には信頼を、国外には宥和の手を積極的に伸ばし、その辣腕ぶりを内外にアピールしている。
しかし一方で、今回の新造戦艦建造に見られるように急速な軍拡も推し進める二面性を示している。
要するに、食えない男なのだ。
今回の極秘会談にしても、その会談場所からして、何か意図があっての事と考えざるを得ない所である。
勧められたソファーに腰を下ろすと、随行員のシンはガードするようにカガリの背後に立って直立不動の姿勢を取る。
対面に座ったデュランダルの背後にも、長身の女性が佇んでいる。恐らく彼の秘書か何かなのだろう。鋭い目つきをした、怜悧な容貌の女性である。
「お国の方は如何です? 姫が代表となられてからは、実に多くの問題も解決されて、私も盟友としてたいへん嬉しく、また羨ましく思っておりますが」
「ありがとう。しかし、私はまだまだ至らぬ事が多くてな。大臣達の手を借りて、ようやくやってこれている」
デュランダルの言葉に対し、カガリは苦笑しながら返す。
実際の話、オーブはまだまだ多くの問題を抱えている。
表面上は、確かに復興を遂げているが、一度、完全に滅んだ国である。元の姿を取り戻すには、人も、物も足りないのが現状である。
ましてか最近、カガリにとってはその他にも頭痛の種が浮上している有様である。
まだまだ、オーブの前途は多難な状態であった。
「で? この情勢下、代表がお忍びで、それも火急な御用件とは、いったいどうした事でしょうか? 我が方の大使が伝えるところでは、だいぶ複雑な案件の御相談、との事ですが?」
滑らかな口調で尋ねて来るデュランダルだが、勿論、彼はカガリが来訪した理由を知っている。知った上で、外交上のテクニックとして惚けて見せているのだ。
自然、カガリも少し強い口調で返してしまう。
「私にはそう複雑な問題とも思えないのだが、しかし未だに、この案件に対する明確な返答が得られないと言う事は、やはり複雑な問題なのかもしれないな」
それが相手の手練であると判っていても、つい乗ってしまう。その辺りに、デュランダルとカガリの格の差があるのかもしれない。
後ろで見ているシンなどは、ハラハラとしてしまうのである。
と、シンの目が一瞬、デュランダルの背後に立つ秘書の女性と合った。
一瞬の交錯。
対して相手の女性は、怜悧な容貌にフッと笑みを浮かべて来たのを、シンは見逃さなかった。
ムッとした調子で睨み返す。
何やら、自分達が小馬鹿にされているようで面白くなかった。
そんなシンの想いを無視して、会談は進んで行く。
「我が国は再三再四、オーブ戦の折に流出した、我が国の技術と人的資源の軍事利用をやめていただきたい、と申している」
言いながらも、カガリの中では苦い物が込み上げて来る。
地球軍のオーブ侵攻に伴い、多くの国民が国外に居場所を求めてオーブを離れていった。そして、その中にはプラントを新たな居場所とした者達も少なくない。
それは仕方ない事であり、カガリが騒いだところでどうしようもない事だったが、問題なのはプラントを始め、多くの国々が未だに軍拡の道を辿り続けている事である。そしてその中には、オーブから流出した技術も使用されて開発された兵器も存在しているのだった。
言い募るカガリに対して、デュランダルは微笑みを湛えたまま見詰めている。
やはり、一筋縄ではいかない。カガリとしても、そう判断せざるを得なかった。
勿論、簡単にはいかない事も初めから想定済み。その為にカガリは、いくつかの腹案を用意してアーモリーワンに来たのだ。
と、何を思ったのか、デュランダルは突然ソファーから立ちあがった。
「どうです姫、少し歩きませんか? 宜しかったら、工廠の中を御案内いたしますが?」
「・・・・・・どう言うつもりだ?」
デュランダルの意図を計りかね、カガリは訝るように尋ねる。
対してデュランダルは、微笑を浮かべたまま言う。
「少し、見ていただきたい物がありますので。今回の会談にも、きっと役立つ事でしょう」
そう言われてしまっては、無碍に断る事もできない。
カガリは背後のシンに目くばせすると、頷いてソファーから立ちあがった。
デュランダルに先導されるようにして歩きながら、カガリとシンは工場を見て回っている。
デュランダル自身が政策として軍備拡張を取り入れているだけあり、工廠内は活気に満ち溢れている。
働いている人々の顔にも、充実感が見て取れる。
見回せば、モビルスーツも何機か見る事ができる。
ジンやシグーは大戦中からあまり大きく変わってはいない様子だが、ゲイツは腰部のアンカーが取り外され、代わりにレールガンが取り付けられ、更に左腕の複合防盾も簡略化され、一般兵士にも扱いやすくなった感がある。
その他にも、ザウートの後継機に当たるガズウートも鎮座している。こちらはザウートよりも火力が強化されてビーム兵器主体となり、更に前タイプのネックであった機動性を改善した機体である。
「姫は先の大戦でも、自らモビルスーツに乗って戦われた勇敢なお方だ。また、最後まで圧力に屈せず、自国の理念を貫かれた『オーブの獅子』、ウズミ様の後継者でもいらっしゃる」
前を歩きながら、デュランダルは話し続ける。
「ならば今、この世界情勢の中で、我々がどうあるべきかは、よくお判りの事と思いますが?」
「我等は自国の理念を守り抜く。それだけだ」
デュランダルの言葉に、カガリは自身の信念でもある言葉を返す。
それはオーブにとって大前提であり、曲げる事ができない、絶対の掟と言える。
「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない?」
「そうだ」
頷くカガリに、デュランダルは柔らかい笑みを向ける。まるで子供をあやしているかのような雰囲気だ。
「それは無論、我々も同じです。そうであったら一番良い。だが、力無くば、それも叶わない」
デュランダルがそう言った時、濃緑色の機体が、佇んでいるのが見えた。
恐らく新型。ジンの流れを汲む機体だ。重厚なボディが、いかにも強そうなイメージを見る者に与えている。
「ZGMF-1000、ザク。これはザクウォーリアと呼ばれるタイプですな。ニューミレニアムシリーズとしてロールアウトした、我が軍の新型機です」
デュランダルの随員の1人が、誇らしげにそう説明する。
ニューミレニアムシリーズとは、保有する兵器数に制限を課したユニウス条約の枠内において、質的充実を図るべく推し進めているザフトの兵器開発計画である。
このザクはその中において主力に位置し、量産を大前提に開発された機体である。
「それは姫とて・・・いや、姫の方がよくお判りでしょう? だからこそ、オーブも軍備を整えていらっしゃる」
「議長」
デュランダルの言葉を遮るように、カガリは口を開いた。
「すまないが、その『姫』と言うのはやめてもらえないだろうか?」
デュランダルは虚を突かれたような顔をした後、少し笑みを浮かべて謝罪する。
「これは失礼しました。アスハ代表」
「いや、こちらこそ、不躾で済まない。何しろ『姫』などと言われた日には・・・」
言いながら、カガリも微笑を浮かべる。
「つい、鏡を見たくなってしまう。『私はその呼称に見合う程、女らしいのだろうか?』とな」
カガリの言葉に、デュランダルは一瞬戸惑うような顔をした後、今度こそ笑みを見せた。
「いやいや、御謙遜を。姫・・・あ、いや、アスハ代表は充分に可憐でいらっしゃる。もっと自信を持たれても良いと思いますよ」
「ありがとう、議長」
微笑を返しながら、カガリは続ける。
「確かに、議長の言われる事はもっともだ。本来であるなら、我等も一国家として毅然たる態度を示したい所ではあるのだが、現実は難しくてな」
ここが、話の核心でもあり、カガリを始めオーブ政府が憂慮している事でもある。
そして、それは当のデュランダルも察している事である。
「つまり、大西洋連邦の圧力ですかな? オーブが我々に条約違反の軍事協力をしている、と」
ここが、カガリがわざわざ極秘会談を申し込んだ理由でもある。
大西洋連邦は、かつて言いがかりその物の理由でオーブを占領した。主権を回復した現在でも、かつてのように不可侵の立場を保持していられる訳ではない。大西洋連邦は何かに付けてオーブに圧力をかけ、時には内政干渉に近い要求までしてくる始末である。
それを回避する為にも、大西洋連邦に付けいる隙を与える訳にはいかないのだった。
オーブの事情を察したように、デュランダルは語り続ける。
「そんな事実は無論、無い。かつてオーブ防衛線の折、難民となったオーブの同胞たちを、我等が暖かく迎え入れた事はありましたが、その彼等がここで暮らす為に、持てる技術を生かそうとするのは、仕方の無い事では無いですか?」
デュランダルの言葉は、一分の隙も無い正論である。折角生き延びた彼等が、新天地で己の技術を活かして生きていくのは当然の事である。
むしろ、カガリが言っている事の方が言いがかりに近い。
「だが、強過ぎる力は、また戦いを呼ぶ」
それでも、カガリは静かに言い募る。
かつて最前線で武器を取った身としては、ジェネシス等の大量破壊兵器は言うに及ばず、モビルスーツと言った兵器の開発が平然と行われている現状を、見過ごす事はできない。
しかし対して、デュランダルは、あくまで静かに続ける。
「いいえ、姫。争いが無くならぬから、力が必要なのです」
そのやり取りを、シンは気が気で無い調子で見詰めている。
政治的な知識は皆無なシンだが、事舌戦に関する限り、どう見てもカガリが劣勢のように思えるのだった。
無理も無い。相手は実力でプラント最高評議会議長の座を勝ち取った人物であるのに対し、カガリは「ウズミの娘」と言う肩書きと、前大戦の活躍を喧伝された結果、代表の座に押し上げられたような物である。
カガリも頑張っているが、この場にあってはデュランダルの方が上手であると認めざるを得なかった。
と、何を思ったのか、カガリは突然、口元に笑みを見せた。
「成程、議長の言いたい事は判った。確かにこの案件、複雑すぎるようだな」
「御理解いただけたようで、助かります」
「こちらとしても、もう少し熟慮を重ねた方が良いようだ。ただし、」
カガリは、更に続ける。
カードを切るなら、ここだと考えたのだ。
「言うまでも無く、私も子供の使いでは無い。そこで、今回の件に関して代替案を提示したい」
「それは・・・・・・どのような?」
ここで初めて、デュランダルの顔に余裕が消えた。カガリがどのようなカードを切るのか、警戒している風にも見える。
「まず、そちらが使用する技術に対して使用料を払っていただきたい。更に、使用した技術がどれくらいの値打ちに値するか査定を行うための、調査団を派遣する事を許可してもらいたい。どうだろう?」
これが、カガリの用意してきたカードだった。
技術を勝手に使わせるのではなく、対価を求める。こうしておけば、オーブにとって、決して悪い話では無いし、更に「関税」という名目でプラントの経済に負担を与える事もできれば、兵器開発に歯止めをかける事も期待できる。
大西洋連邦に対しては「プラントとの正当な取引」と言う事で発表しておく。無論、それで納得する筈も無いだろうが、少なくとも表向きは押さえる事ができるし、時間も稼げるだろう。
とにかくカガリとしては、大西洋連邦を黙らせるまでの間の時間を稼ぎたい、と言うのが最低限の本音であった。
カガリの提案に対して、デュランダルは面白そうに笑みを浮かべた。
「成程、興味深い意見です。こちらとしても俄かに即答はできませんが、そう言う事であるなら、議題にあげる事も検討させて頂きます」
「宜しくお願いする」
どうやら、完璧では無いにしても、双方合意に至りそうな空気である。
その様子に、シンはホッと息をついた。
その時だった。
出し抜けに、頭上を閃光が走った。
と、思った瞬間、区画の離れた倉庫が爆発炎上する。
「クッ!?」
一瞬にして我に返ったシンが、カガリを抱え込むようにして押し倒し爆風から守る。
「い、一体、何なんだ!?」
巻き起こる砂塵に目を奪われながら、シンは悪態に似た叫びを発する。
見れば、デュランダルも随員達に庇われているのが見えた。
「あれは・・・・・・」
例の秘書の女性を助け起こしながら、デュランダルは驚愕に目を見開いている。
その視界の先には、破壊された倉庫の中から出て来たと思われる、3機の機体が佇んでいる。
ジンや、先程見た、ザクとも系統の違う機体。
緑、青、黒をそれぞれ基調とした3機は、明らかに特機と思しき特徴を、それぞれ備えている。
「カオス・・・アビス・・・ガイア・・・・・・」
随行員の1人が、呆然と呟くのが聞こえる。
カオス、アビス、ガイア。恐らく、あの3機の名前なのだろう。
その姿は、かつてシンが乗っていたストライク・ヴァイオレットとも特徴的に一致する物があった。
3
カオスにはスティング、アビスにはアウル、そしてガイアにはステラが乗り込み、それぞれ機体を起動させていた。
彼等の任務は、これらザフト軍が開発した新型モビルスーツを奪取して持ち帰る事にある。
成程、これらの機体は想像以上のスペックだ。スティング達が今まで乗ってきたどんな機体よりも高い性能を誇っている。
これなら、お偉いさん達が欲しがるのも無理無かった。
事前の情報で機体が格納されている場所に潜入した3人は、居合わせた作業員たちを皆殺しにして、予定通り機体を奪取していた。
後はここから速やかに退去するだけだが、自分達が安全に逃げるまでには、どうしてもやっておく事があった。
「まずはハンガーを潰す。モビルスーツが出て来るぞ!!」
リーダー格のスティングが、他の2人に指示を出す。
追撃を断つ為には、ここを徹底的に破壊しておく必要があった。
飛び出したステラのガイアが、そのまま四足獣形態へと移行して大地を駆ける。
前大戦時、地上戦闘で猛威を振るったバクゥの後継機に当たる機体だ。人型としての汎用性と、獣型として地上における機動性考慮した機体である。
ガイアは背部のビーム砲を放ちながら、片っぱしから格納庫を砲撃し、駐機してあるモビルスーツを爆砕していく。
続いて、アウルのアビスも、両肩に備えた武装ユニットを展開して一斉砲撃を仕掛ける。
アビスは水中用に開発された機体ではあるが、同時にこの中で最も砲撃力に優れている。そのアビスの攻撃を前にしては、未だに奇襲から立ち直っていないザフト軍は次々と薙ぎ払われて行った。
スティングも動く。
カオスの両肩に備えられた武装ポットを開き、ファイアフライ誘導ミサイルを一斉発射する。
更に手にしたビームライフルを容赦なく発射し、周囲に並ぶ式典用のジンを片っ端からなぎ倒していった。
その頃になって、ようやく一部のザフト軍が、慌てふためいて反撃を開始する。
タンク形態で走行してきたガズウートが、二足歩行形態に変形して、全砲門を向けて来る。
しかし、その前に駆け抜けたガイアが、背中のビームブレードを一閃、ガズウートの機体を真っ二つにしてしまう。
スティング達の圧倒的な攻撃力を前に、ザフト軍は成す術が無かった。
「姫をシェルターへ!!」
衝撃から立ち直ったデュランダルが、素早く指示を出しているのが見える。
「何としても抑えるんだッ ミネルバにも応援を頼め!!」
ミネルバ、と言うのは件の新鋭戦艦である。
まだ稼働状態に無い戦艦にまで助けを求めなくてはならない程、状況は切迫していた。
「何て事だ・・・・・・」
カガリが呻き声を発する。
既に周囲は火の海である。
奪取されたと思しき3機の新型モビルスーツが暴れまわり、今も周囲に破壊を巻き散らしている。
「カガリ、ここにいちゃマズイぞ!!」
シンがカガリの手を取って、その場から離れようとする。
その時、緑色の機体、カオスが手にしたビームサーベルを、ジンにつき刺すのが見えた。
シンはとっさに、カガリを庇うように立つ。
貫かれたジンは、閃光と共に爆発する。
まるで、あの時の再現だな。
カガリはその光景を見ながら、2年半前の事を思い出す。
かつて、オーブの資源衛星ヘリオポリスで新型モビルスーツの開発を行っていた地球連合軍は、ザフト軍の襲撃を受けて6機の機体の内、4機を奪取される事態に陥った。
その状況が、目の前の状況と重なる物があった。
「カガリ、こっちだ!!」
カガリを誘導して駆けだすシン。
とにかく、今は少しでも安全な場所へと逃げる必要があった。
だが、そんな2人の進路を遮るように、四足獣型の黒い機体、ガイアが立ちふさがる。
ガイアは立ち尽くす2人に気付いていないかのように、周囲を駆け回りながら、手当たり次第に砲撃を行って行く。
その頃になって、ようやく迎撃に現われたザフト軍のディンが2機が攻撃を開始する。
しかし、前大戦初期には画期的な航空兵器として地球の空を支配したディンも、今では完全に旧式機である。
ガイアは飛び上がると同時に、ビームブレードを一閃し、ディンを真っ二つにして叩き落としてしまった。
落下したディンが倉庫に墜落し、衝撃と爆風が吹き荒れる。
「シンッ!!」
自分を庇ってくれる年下の少年を気遣い、カガリが声を上げる。
「俺は大丈夫だッ」
対してシンも、力強い声で答える。今の衝撃で破片を食らわなかっただけでも幸いだった。
とは言え、状況は最悪と言って良い。
既にデュランダルともはぐれてしまい、ここがどこなのかさえ分からない。おまけに未だに戦闘中。いつ、攻撃に巻き込まれたり、破壊されたがれきの下敷きになるか判った物では無い。
この状況でシェルターを探してさまようのは、自殺行為である。
どうする?
思案するシン。
その時、視界の彼方に、先程、デュランダルに紹介された濃緑色の機体が倒れている。確か、ザクと言ったか?
一瞬で判断すると、シンはカガリの手を引っ張った。
「こっちだ!!」
「あ、おいッ!?」
突然の事に、戸惑って声を上げるカガリ。
それに構わず機体に駆け寄ると、幸運にも開いていたコックピットにカガリの体を押し上げる。
「乗れ、早く!!」
カガリが乗り込んだのを確認すると、自分も素早く潜り込む。
このような状況だ。生身で歩きまわるよりも、モビルスーツのコックピットの方が安全である。
シートに座り、OSを起動する。
シンがいつも乗っているムラサメと比べると大分操縦パターンが違うが、そこはそれ、細かい所は勘で何とかするしか無かった。
あと問題があるとすれば、ザフトの最高機密である新型機を勝手に拝借する事への外交的問題だが、そう言った政治的な事はカガリに何とかしてもらおう。
などと他力本願な事を考えている内にシステムが起動し、モニターに灯が入る。
「こんな所で、あんたを死なせる訳にはいかないからな!!」
咆哮を上げて立ち上がるザク。
それに気付いたガイアが振り返り、砲門を向けようとする。
だが、その前にシンは動いた。
「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」
ザクのスラスターを噴射。一気に加速しつつ、肩を突き出すようにしてタックルを掛ける。
その動きに、ガイアを操るステラも対応が追い付かなかった。
凄まじい衝撃と共に、ガイアが吹き飛ばされる。
その光景に、操縦しているシンは思わず唸った。
何と言う出力とパワーだ。接近戦能力ならムラサメを上回るかもしれない。
だが、ガイアの方も新型である。この程度で参る筈も無かった。
すぐにモビルスーツに変形し、ビームサーベルを構えるのが見える。
対抗するようにシンもまた、ザクのシールド内に装備したビームトマホークを取り出して構える。
次の瞬間、ザクとガイアは互いに刃を振り翳して斬りかかった。
その頃、港でも動きがあった。
停泊中のグレーの戦艦は、これまでのザフト艦とは一線を画するデザインであり、どちらかと言えば宇宙艦と言うより水上艦に近いフォルムを持っている。艦首部分から左右に向けて大きく翼が張り出し、上から見るとまるで引き絞った弓矢のようだ。
ザフト軍艦ミネルバ。
様々な新技術を盛り込んで完成した、ザフト軍期待の最新鋭戦艦である。
《インパルス発進スタンバイ。パイロットは、コアスプレンダーへ》
そのミネルバの艦内に、艦載機発進を告げるオペレーターの声が響いている。
謎の敵による襲撃の報を受け、ミネルバにも艦載機による迎撃が命じられていた。
とは言え、現在稼働可能な艦載機動兵器は1機のみ。他はまだ搬入途中であり、最悪な事に、そのうち3機が敵に奪われていた。
とは言え、議長からの直接のオーダーである。受けない訳にはいかないし、現状を放っておく事もできなかった。
ミネルバの3基あるカタパルトに灯が入り、その内、中央のメインカタパルトで小型の戦闘機が発進準備を整えている。
ハッキリ言って、その姿は拍子抜けするほど貧弱である。モビルスーツとは比べるべくもないし、同じ戦闘機でも、地球軍のスカイグラスパーなどと比べても、頼りない事この上ない。
これがザフトの新兵器である。多少の語弊はあるが、そう言って間違いではない。
だが、この戦闘機の真価は、それ単体で測れる物ではない程に大きかった。
《モジュールはソードを選択。シルエットハンガー2号を解放します。シルエットフライヤー、射出スタンバイ》
コアスプレンダーと呼ばれる戦闘機のコックピットに座したパイロットは、状況に戸惑いつつも、怒りを感じていた。
つい2年前に戦争が終わったばかりだと言うのに、その記憶も薄れないうちにこの事態。
正直、うんざりしていた。
やるなら、どこか余所でやってほしい。
だが、現実に戦火が上がってしまっている以上、現状を嘆いても仕方が無かった。
《ハッチ解放、射出システムのエンゲージを確認。カタパルト推力正常。進路クリア、コアスプレンダー、発進、どうぞ!!》
オペレーターをしている幼馴染の声と共に、ペダルを踏み込む。
同時に感じる、爽快なまでの加速感が、小型戦闘機をコロニーの空へと打ち上げる。
何度味わっても飽きる事にない浮遊感と、視界が螺旋を描く旋回。
それらに身を委ねながら、素早く周囲の状況を確認する。
暴れ回っている、カオス、アビス、ガイアの3機。
よく見れば1機だけ、奮戦しているザクの姿も見える。あの状況で生き残っているのだから、あの機体のパイロットは相当な腕だろう。
そこへ、後方から接近する機影をセンサーが捉えた。
待ってましたとばかりに、それらと相対速度を合わせシステムを起動する。
同時に、変化が起こった。
コアスプレンダーの機首と翼が折り畳まれ、後から来た2機と接近していく。
ドッキングすると同時に両足が伸び、更に腕が解放され、頭部が現れる。
最後に来た1機が投下したモジュールが、引き寄せられるように背中のコネクタに接続されると同時に、それまで無機質な鉄灰色だった機体が鮮やかに色づく。
全体的に白を基調としたカラーで、上半身が赤。
背中には巨大な2本の剣を背負い、頭部には2つの目と4本のアンテナブレードが備わっている。
一目で、カオス、アビス、ガイアと同系統の機体である事が判る。
ZGMF-X56Sインパルス
合体、分離システムを組み込んだ、ザフト期待の次世代型機動兵器である。
インパルスは背中に装備した対艦刀エクスカリバーを抜き放ち、柄尻を連結させてアンビテクストラスフォームにすると、頭上でクルリと回転させて構える。
「・・・・・・ふーん、また戦争がしたいって訳だ。君達は」
そのインパルスのコックピットの中で、
「良いよ、来な。ボクが相手になってあげる」
アリス・リアノンは、挑発的なセリフと共に不敵な笑みを見せた。
PHASE-01「衝撃の瞳」 終わり