機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

40 / 59
PHASE-37「黄昏のオーブ」

 

 

 

 

 

 

 

 困った、と言うほどの物でもないのだが、キラとしては、湧き上がる苦笑を止める事ができないでいた。

 

 原因は、エストにある。

 

 戻ってきて以来、彼女は暇さえあればキラの腕にへばりついて離れようとしなかった。

 

 今も、移動するキラの右腕に自分の腕を絡めて離そうとしない。

 

 まるで、そうしていなければ、キラがどこかに飛んで行ってしまうとでも思っているかのようだ。

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 まあ、否定できる立場ではないが。

 

 これで年頃の女の子らしく満面の笑顔でも浮かべていたら、恋人同士のデートのような雰囲気も出せるのだろうが、エストの顔には相変わらずの無表情が張り付けられている為、傍から見れば、キラが等身大の人形をぶら下げて歩いているようにも見えた。

 

「ねえ、エスト」

「何でしょうか?」

 

 苦笑交じりに声をかけるキラに対して、エストは無表情のまま返事を返す。

 

「ちょっと、歩きにくいんだけど?」

「私は問題ありません」

 

 即答されてしまった。

 

「いや、問題があるのは僕の方であってね・・・・・・」

「私は問題ありません」

 

 二度言われてしまった。

 

 肩を竦めるキラ。これはどうやら、当分はこのまま我慢するしかなさそうだった。

 

 そこでふと、キラはエストを見ながら思い出したように言った。

 

「そう言えばエスト、その服だけど」

「これですか?」

 

 エストは自分が着ているメイド服を摘まみながらキラに向き直る。

 

 地上からずっと着ている服で、エスト自身、色々な面で気に入っている服でもある。因みに、ラクスもエストのメイド姿を気に入っており、いくつかバリエーションのメイド服を作っては、毎日のようにエストを着せ替えて遊んだりしている。

 

 そんなエストに、キラは微笑みながら言った。

 

「とっても似合ってる。可愛いよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 聞いた瞬間、

 

 ボッと言う音が出そうな勢いで、エストの顔は真っ赤に染めあがった。

 

「な、ななな何を言っているのですか? 馬鹿なのですか? こ、こ、この服は機能性を重視しているだけであり、が、外見など考慮の外で選んだわけであって・・・・・・」

 

 相変わらず平坦な口調で言っているのだが、ドモリまくっている辺り、動揺しているのはバレバレだった。

 

 更にダメ押しとばかりに、トドメを刺すキラ。

 

「そんな事無い。とっても可愛いよ」

「・・・・・・・・・・・・う~」

 

 最早、ぐうの音も出ないエスト。

 

 恥ずかしさで顔を真っ赤にし、そのまま俯いてしまう。まさか、キラにここまでストレートに言われるとは思わなかったのだ。

 

 そんなエストを、キラもやさしく見守る。

 

 その時、

 

「あら、キラ、エスト、こちらでしたか」

 

 廊下の陰から、ラクスが顔を出して声をかけてきた。

 

「ちょうど、お茶が入ったところです。一息入れませんか?」

 

 その申し出に、エストは助かったとばかりに、内心でため息を付く。

 

 もしこのまま、キラと2人っきりでいたら、とてもではないがキラの顔をまともに見れそうになかった。

 

 

 

 

 

 用意されたお茶と、ラクスが焼いたお菓子をつまみながら、キラ、エスト、ラクス、バルトフェルドの4人はテーブルを囲んでいる。もっとも、バルトフェルドだけは紅茶ではなく、自家製のコーヒーを飲んでいるが。

 

 因みにエストは当然と言わんばかりにキラの隣に座り、ピッタリと張り付いている。

 

「それにしてもキラ、お前さん、この2年間、何処で何やってたんだ?」

 

 コーヒーカップ片手に投げかけられたバルトフェルドの質問は、ラクスとエストにも共通する事である。

 

 この空白の2年間、キラは何をしていたのか。そしてなぜ、今になって帰って来たのか。正直、ちゃんと説明してもらわないと納得できなかった。

 

 それに対してキラも、この段になって黙っている気は無いらしい。

 

 カップを置くと話し始めた。

 

「僕が目を覚ましたのは、あの戦いが終わってから1か月くらい経った頃でした」

 

 状況を思い出しながら、キラは説明していく。

 

 気が付いた時いた場所は、プラントの片隅にある小さな病院のベッドの上だった。

 

 フリーダムに乗っていたキラだが、ヤキン・ドゥーエの自爆に巻き込まれて吹き飛ばされ機体は損傷、キラ自身も重傷を負って気を失ったまま漂流していたところを、救助隊によって回収されたらしい。

 

 医者から聞いた話では、本来ならキラの命はそのまま絶たれる事だっただろうが、フリーダムの生命維持装置が生きていた為、どうにか生き延びる事ができたそうだ。また、回収してくれたのが民間の救助船であったことも幸いした。もしこれが、ザフト軍か地球軍だったら、話は全く違っていたはずだ。

 

「目を覚ましたのなら、なぜすぐに帰って来なかったのですか?」

 

 怪訝な顔でラクスは尋ねる。温厚な少女にしては珍しく、その目には若干の非難の色が見て取れる。

 

 なぜ2年間もほっつき歩いていたのか、と言いたいようだ。

 

「それも、考えなくは無かったんだけどね」

 

 キラは苦笑しながら言う。

 

 勿論、キラとしてもすぐに帰る事を考えなかったわけではない。エストや仲間達の事も気になっていたし、オーブがどうなったかも心配だった。

 

 だが、キラ自身の立場が、それを難しくしていた。

 

 キラ自身の中に染み込んだ、忌まわしき過去が、キラの足がオーブに向くのを躊躇わせたのだ。

 

 かつて大西洋連邦、ひいては地球連合を震撼させた1人の凶悪テロリストが存在した。

 

 関わったテロ事件は二桁に上り、犠牲者は三桁では済まないとさえ言われているそのテロリスト。

 

 そのあまりの残虐性、狡猾さから「最凶最悪のテロリスト」「狡猾なる暗殺者」「姿無き殺人鬼」「大量殺戮の使徒」「連邦に仇成す者」など、数々の異名で呼ばれ恐れられた。

 

 あまりに非道、あまりに残忍。連邦当局が送った討伐部隊を、1人で全滅させた事もあったくらいだ。

 

 データも殆ど無い中で唯一、数少ない目撃証言から判明していた、その特徴的な紫の瞳により、ついた通り名は「ヴァイオレット・フォックス」。正に、狐の如く狡猾で、獰猛なテロリストである。地球連合軍の中では、ヴァイオレット・フォックスの名前を知らない者はいないとさえ言われていた。

 

 そして、そのヴァイオレット・フォックスこそが実は、今まさに、目の前でのほほんと茶を飲んでいるキラ・ヒビキなのだ。

 

「戦争は終わったけど、連邦当局が僕を探している事は予想できたからね。だから、みんなに接触するのは危険だと思ったんだ」

 

 だから、キラは戦争の混乱を利用して姿を隠す事にした。

 

 幸い、ゲリラ時代に世界中を回った経験から、世界中に伝手は多い。それらを頼りにキラは、南米、アフリカ、中東、東アジアを転々とし、いくつかの地域紛争にも参加した。

 

 だが、そうもしていられない事情が、間も無くキラの身に生じた。

 

「南米を出た頃からだったかな、僕の命を狙って襲ってくる人達が現れたんだ」

 

 勿論、並みの刺客程度では、ヴァイオレット・フォックスの相手にはならない。

 

 襲ってくる全てを返り討ちにしたキラは、当初、刺客は大西洋連邦から送られてきていると考えていた。

 

 その考えに行きつくのは自然な流れだろう。ヴァイオレット・フォックスである自分を抹殺する為に、と考えれば、当初のキラの考えは間違っていなかったことになる。

 

 だが、何度目かの襲撃を撃退した時に、相手がナチュラルではなくコーディネイターである事にキラは気付いた。

 

「暗殺されそうになったのですか? 犯人は、プラント?」

「そう考えた僕は、逃げながら情報を集めていったんだ」

 

 エストの質問に、キラは頷きながら説明を続ける。

 

 いったい相手が何者で、なぜ自分を狙うのか? それが分からなければ、キラとしては戦いようが無かった。

 

 だが、その作業は意外なほど困難を伴う事になった。襲撃犯の殆どが、身分を証明するような物も無く、また顔写真から照会しようにも、データが抹消されているらしく、辿る事ができなかった。恐らく襲撃に際し、首謀者は自分の足が付かないように、入念な工作を行ったのだろう。

 

 だが、それでも気が遠くなるような戦いと調査を続け、やがて、1人の人物を可能性として割り出す事に成功した。

 

「その人物こそ、現プラント代表のデュランダル議長だったんだ」

 

 その言葉を聞いた途端、ラクス、エスト、バルトフェルドの間に驚きが走った。

 

 今まさに、自分達と対峙しているデュランダルの名前が、キラの口から出て来るとは思わなかったのだ。

 

「しかし、なぜ議長はキラの命を狙ったのでしょう?」

「それは僕にもわからない。けど、断片的な情報をつなぎ合わせていくと、どうしてもデュランダル議長にたどり着いてしまったんだ」

 

 実際の話、キラ個人としてはデュランダルと面識は無い。コーディネイターの穏健派で通っていたデュランダルと、キラがいた組織が敵対していた事実も無い。必然的に、命を狙われる理由にも心当たりは無かった。

 

「奴は、例のメンデルの研究所に所属していた時期もある。その関係で、お前さんを狙ったってことは無いか?」

「あるいは、以前、ラクスを暗殺しようとした時と同様、邪魔な人間を排除しようとしたのかもしれません」

 

 バルトフェルドとエストの疑問は、双方ともに正鵠を射ているような気もするが、やはり証拠と言う点で心許なかった。

 

「いずれにしても、彼が暗殺の首謀者だとすれば、もしかしたらみんなの身も危ないんじゃないかと思ったんだ。それで、オーブに戻る事にした」

 

 オーブに戻りアスハ邸に密かに赴いた時、カガリは当然驚いた。死んだと思っていたキラが、突然舞い戻ったのだから当然だろう。

 

 次いで、問答無用で1発ぶん殴られた。これもある意味、当然だった。

 

 落ち着いたカガリに、キラは事情を説明して協力を求めた。相手が一国家元首であるならキラの手に余るし、何より、デュランダル議長がキラの命を狙った理由が、カガリやラクスと無関係には思えなかったのだ。

 

 話を聞いて当然の如く快諾してくれたカガリだったが、問題はまだあった。

 

 キラ・ヒビキが生きて、しかもオーブにいると知られると、大西洋連邦にもプラントに対しても都合が悪い。何しろキラは、世界中で手配されているお尋ね者である。その存在自体が、オーブにとっての重荷になる事も充分に考えられた。

 

 そこで「キョウ・カリヤ」と言う偽名と、架空の軍籍を作ったと言うわけである。

 

「この事を知っているのは、僕とカガリ以外では、キサカさん、宇宙軍のミナカミ二佐とライアだけだ」

「事情は分かりました」

 

 話を聞き終えたラクスは、カップを置いて頷いた。

 

「わたくし達は、ようやくデュランダル議長が目指す物が何であるか、見え始めている所です。ですが、一連の事情を鑑みる限り、それはわたくし達にとって受け入れがたい物であると考えられます」

 

 ラクスは、真っ直ぐにキラを見る。

 

「だからわたくし達は、戦おうと思います、彼と。キラも、その為に力を貸してください」

「勿論だよ」

 

 そう言ってキラも、ラクスに笑い返した。

 

 

 

 

 

 お茶会を終えて部屋に戻ろうとしたキラ。

 

 だが、そこでふと、自分の背後に人の気配がある事に気付いて振り返った。

 

 そこには、

 

「エスト?」

 

 メイド服の少女が、いつもの無表情をキラに向けてじっと見つめていた。

 

 怪訝な面持ちになるキラに対し、エストはゆっくりと歩み寄った。

 

「あなたにはあなたの事情があった事は判りました」

「・・・・・・・・・・・・」

「姿を消していたのも、あなたらしい考えだと思います」

 

 そう、キラは自分達の事を思ったからこそ、1人で姿を消していたのだ。

 

 共に戦った仲間達に背を向け、1人世界を彷徨う事がどれだけ辛かったか、エストには想像する事も出来ない。

 

 だが、それでも、納得がいかない事はある。

 

「・・・・・・どうして、私には教えてくれなかったのですか?」

 

 非難の籠った目で、エストはキラを睨みつける。

 

 生きているなら生きていると、言って欲しかった。その結果、自分の身にどんな困難が降りかかったとしても、エストはキラとなら乗り越えていけたはず、と考えている。

 

 そんなエストを、キラは愛おしげに眺める。手は、少女の頬を優しく撫でた。

 

「ごめんね。僕は馬鹿だから、君をそんな風に悲しませていたって事にすら、気づく事ができなかった」

「・・・・・・本当ですよ」

 

 エストはポフっとキラに、身をゆだねると、華奢な両腕をキラの腰に回す。

 

「・・・・・・お願い・・・・・・もう、一人にしないで」

「エスト・・・・・・・・・・・・」

 

 キラもまた、少女の小さな体を抱きしめる。

 

 2年の時を経て、ようやく取り戻す事ができた互いの温もり。

 

 キラとエストは、それを心の底から感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 「緊張するな」と言われれば、アリスは即座に「無理」と返すだろう。今はそんな状況だった。

 

 周囲には多数の将官が並び、目の前にはデュランダルが普段通りの穏やかな笑顔を見せている。

 

 そして、アリスの胸には、金色の勲章が輝いていた。

 

「ヘブンズベース戦での功績を称え、アリス・リアノンにネビュラ勲章を授与する」

 

 ネビュラ勲章。ザフト軍において功績大と認められた者に送られる、名誉ある勲章である。アリスが貰うのはオーブ沖での戦闘によるものと合わせて、これで2つ目となる。

 

 アリスの背後にはレイとルナマリアが控え、彼らの胸にも同じ勲章が光っている。ヘブンズベース戦において最も目覚ましい活躍を示し、劣性の状況から逆転する事に成功した3人に、最高の栄誉は送られる事になった。

 

 勲章の授与が終わると、デュランダルが前へ進み出る。

 

「それから、これをアリス・リアノンとレイ・ザ・バレルに」

 

 そう言って差し出された物を見て、アリスは目を見開いた。

 

 白い羽が折り重なったような意匠のバッジ。それはフェイスの徽章だ。人格、実力、双方を認められた者にのみ送られる特務隊の証である。

 

 これを授与されると言う事は、事実上ザフト軍の代表的なパイロットである事を認められたに等しかった。

 

「不服かね?」

「い、いえ、そんな事、ないです!!」

 

 問いかけるデュランダルに、アリスは勢いよく首を振る。

 

 フェイスの徽章はタリアやハイネ、アスランなどの隊長クラスが持っていたものだが、これでアリスも、彼等と同等であると認められた事になるのだ。尊敬すべき先輩達と同じく見られて、嬉しくないはずが無かった。

 

「これは、我々が君達の力を頼みとしている、と言う事の証だ。どうかそれを誇りとし、今この瞬間に弛む事なく、今後もその力を尽くしてほしいと思ってね」

 

 そう言ってほほ笑みかけるデュランダルに対し、レイは冷静に、アリスは気負って敬礼を返す。

 

「光栄です。ベストを尽くします」

「ボク・・・じゃなくて、自分も、頑張ります!!」

 

 若きフェイスの誕生に、居並ぶ将官達からは惜しみない拍手が送られる。

 

 しかし、その中で1人、アリスとレイの直接の上官であるタリアだけは、複雑な表情で授与式の様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

「正直、最近のあの人のやり方は、少し強引すぎる気がするわね」

 

 式典が終わった日の夜、タリアは久しぶりに、議長秘書であり旧友でもあるイレーナ・マーシアと酒杯を共にしていた。

 

 タリアとイレーナは、2人が学生時代からの付き合いであり士官学校でも、ともに良きライバル、良き友人として過ごしてきた。

 

 先の大戦以後、片方は軍に留まり、もう片方は政治家秘書に転身を遂げたが、今もって互いの友情は色褪せる事は無い。

 

 そして、何かと軍内部でやっかみを買う事が多いタリアにとって、イレーナは気兼ねなく愚痴を吐ける数少ない友人でもあった。

 

 2人とも酒が入っている事もあり、普段と比べるとかなり口元が軽くなっている。

 

「確かに、アリスもレイも、表彰されるだけの活躍はしている。それは認めざるを得ないでしょう」

 

 特にアリスなどは、最近は何かに取り憑かれているのではないかと思えるほど、凄まじい活躍をしている。クレタではアビスを撃墜した上にオーブ艦多数を撃沈、北海沿岸では、名実ともに最強と言われたイリュージョンを撃墜し、ベルリンでは新型機デスティニーを駆って、猛威を振るった地球軍の巨大機動兵器を撃破している。そして、今回のヘブンズベース戦である。

 

 その急速な成長ぶりは、空恐ろしくすらあった。

 

「けど、アリスもレイも、まだ年齢的には子供と言ってもいいわ。正直、私には、あの2人のフェイス就任は時期尚早のように思えるわね」

「確かにね。普段から近くにいる私にも、議長が何を考えているのか判らなくなる時があるわ」

 

 何を考えているのか、判らなくなる。それはタリアにも良く判る事である。今のデュランダルには、確かに底知れない何かがあるように思えてならなかった。

 

「いつから、こんな事になっちゃったのかしらね」

 

 自嘲とも苦笑ともつかない口調でタリアは言う。

 

 ふと、馳せる思いの先にあるのは、学生時代の頃の自分だ。

 

 あの頃のタリアは、常にデュランダルと共にあった。

 

 学生時代、デュランダルと恋人関係にあったタリアは、彼からよく、人類の理想について聞かされたのを、今でも覚えている。

 

 人種や偏見、妬みや貧富。それらを超え、戦争の無い平和で理想的な世界を創る事。それが、かつてデュランダルがタリアに語った夢であった。

 

 あの頃のデュランダルは頭も良かったが、同時に少年のように情熱的で、何でも自慢げに語ってくれたものである。

 

 もしかしたらデュランダルは、あの頃の夢を今でも見続けていて、そしてそれを実現する為の方法を見付けたのではないだろうか? そんな風に思えるのだった。

 

「タリア、後悔していない、あの人と別れた事?」

 

 イレーナの問いかけに対し、タリアは少し複雑な表情をした。

 

 タリアとデュランダルは、既に別れて久しい。しかしその理由は、単なる破局ではなく、ある意味で仕方のない事だった。

 

 2人の仲を引き裂いた理由は、2人がどれほど努力したとしても、決して及ばない領域にあったのだ。

 

 コーディネイターは遺伝子調整を行った結果、ナチュラルと比べてあらゆる面で優れた能力を持つに至っている。しかし、その代償はあまりにも大きかった。コーディネイター同士が自然な男女の営みの中で子供ができる可能性は、ナチュラルに比べるとかなり低い物となってしまったのだ。

 

 その為、プラントでは最先端医療と科学の力でもって問題解決に当たると同時に、婚姻統制が敷かれて、出生率を上げる上で相性の良い者同士が結ばれるようなシステムが作り出されていた。

 

 タリアとデュランダルの相性は、残念な事にあまり良くなかった。検査の結果、2人の間に子供ができる可能性は殆ど無いと言われてしまったのだ。

 

 デュランダルはそれでも一緒にいる事を望んだが、しかし、タリアはどうしても子供が欲しかった。その結果、2人は破局を迎えざるを得なかったのだ。

 

 愛していた。決して嫌っていた訳ではない。別れたかったわけでもない。ただ、あの結果が必然的に、2人の間に訪れただけだった。

 

「判らないわ」

 

 タリアは自嘲気味に、口を開く。

 

「けど、あの時は、ああする以外に方法は無かったって、今でも思っている事は確かよ」

 

 あの頃は、まだタリアもデュランダルも若かった。彼と共に、熱い青春時代を過ごせた事に後悔は無かった。

 

 あるいはだからこそ、2人は別れざるを得なかったのかもしれない。

 

 ふと、タリアはイレーナに目を向ける。

 

 学生時代からの付き合いであるから、イレーナもデュランダルとは当時から面識があった。学生の頃はよく、3人で連れだって遊びに出かけたものである。

 

 そのイレーナが先の大戦のあと、軍を抜けてデュランダルの秘書を始めた時は驚いたものだが、あれはまさか・・・・・・・・・・・・

 

 そこまで考えて、タリアは考えるのをやめる。これ以上は無粋だと思ったのだ。

 

 タリアはデュランダルを捨てて自分自身を取った。その自分に、今さらイレーナの在り方を追求する資格は無いと思ったのだ。

 

 イレーナがカウンターの上に置いておいた携帯電話が着信を告げたのは、その時だった。

 

「ちょっとごめんね」

 

 急いで電話に出るイレーナ。しかし、二言三言交わすうちに、その顔には険しさが増していく。

 

 何か良くない報せでも届いたのだろうか、とタリアが見つめていると、やがて電話を切りイレーナは向き直った。

 

「どうかしたの?」

「大変よタリア。今、情報部から報告があって・・・・・・」

 

 緊張の面持ちで、電話の内容を告げるイレーナ。

 

 それは、タリアをも驚愕させるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルが、ほぼ地球を1周する旅路を終えてオーブへ帰還したのは、軌道上でザフト軍によるエターナル追撃戦が行われた翌日の事だった。

 

 ただちにドック入りしたアークエンジェルは、大破した部分の修理作業が始められ、同時に重傷者の搬出も行われている。

 

 カガリはアークエンジェルの帰還を聞くと、直ちに自ら艦に赴いてマリュー達を労った。

 

 出撃時には新造艦と思えるほどに輝いていた白亜の巨艦も、度重なる戦闘でボロボロに成り果てている。その事が、くぐってきた激戦のすさまじさを物語っていた。

 

 カガリの乗艦を聞くと、主だったクルーはブリッジへ集められる。その中には、未だに包帯姿が痛々しい、シンやマユの姿もあった。

 

「皆、本当によくやってくれた、礼を言う」

 

 そう言って頭を下げるカガリに、マリュー等は却って恐縮してしまう。

 

「そんなカガリさん。結局私達は任務を達成できなかったのに・・・・・・」

 

 アークエンジェルが派遣された本来の目的は、セイラン軍の「無力化」であった。しかし、意に反してセイラン軍は「壊滅」。結果的にオーブの戦力は大きく退行する事となってしまった。

 

 マリューは、その事に責任を感じずにはいれらなかったが、カガリとしては、取りあえずアークエンジェルだけでも無事に帰ってきてくれた事に満足を覚えていた。

 

 カガリは次いで、最大の功労者ともいうべきアスカ兄妹に向き直る。

 

「シン、マユ、お前達も、本当によくやってくれた」

「いや・・・・・・」

「あ、ありがとうございます」

 

 2人とも、俯いて返事を返す。

 

 2人がいなかったら、アークエンジェルはあそこまで戦う事は出来なかっただろう。それを考えれば、2人の功績は計り知れない物がある。

 

 それでも最終的には敗れて機体を失ったという事実が、2人の気持ちを重くしているようだった。

 

 だが、こうして帰って来てくれたからには、まだまだ、これからいくらでも戦いようがある。その為の準備を完璧に整えるが、カガリの仕事だった。

 

 既に大破したイリュージョンの残骸は運び出して工廠に持ち込んでいる。この後、データの吸い出し作業が行われる事になっていた。

 

 イリュージョンは失われたが、長きに渡る戦歴で培われたデータは活かされ続ける事になるのだろう。

 

「私達は戦力が整った後、ヤラファス、オノゴロを始めとした主要地区の奪還作戦を開始する。その作戦には皆にも参加してもらう事になると思っていてくれ」

 

 カガリがそう言って締めくくろうとした時だった。

 

「すいません」

 

 通信席に座ったロメロが、カガリの方に振り返って報告した。

 

「司令本部のキサカ一佐から、通信が入っています」

「キサカから? 分かった、回してくれ」

 

 何事だろう? とカガリは訝る。

 

 確かにキサカにはアークエンジェルに行く事を伝えてあったが、わざわざ艦の方に通信を入れてくるという事は、何かよほどの事があったのでは、と思われた。

 

 程なく、メインスクリーンにキサカの顔が映る。

 

 だが、普段は厳ついながらも冷静沈着さを感じさせる顔には、珍しく焦りの色が見られた。

 

《カガリ、まずい事になったぞ》

「どうかしたのか?」

 

 キサカの様子は、事態は容易ならざるものであると語っている。

 

 一同が固唾を飲む中、キサカは緊張した口調で言った。

 

《行政府に潜入している工作員から連絡があった。セイランがロード・ジブリールを匿っているらしい》

「なッ!?」

 

 その言葉に、一同は絶句する。

 

 なぜジブリールがオーブにいる? そしてなぜ、セイランはよりにもよってあの男を匿う必要がある?

 

 そんな疑問が次々と湧き上がり、渦巻いていくが、更にキサカから告げられた内容は、より以上に深刻な物であった。

 

《しかも悪い事に、この情報は既にザフトに漏れているらしい。プラント政府からデュランダル議長の名で引き渡し要求と、艦隊の出動通告があったそうだ》

 

 一同は呆然と立ち尽くす。

 

 考えられる限り、状況は最悪だった。

 

 このままでは、再びオーブに戦火が呼びこまれる事になる。この内戦の期間中、カガリ達政府軍は、積極的な攻勢を控える事で国民や主街区に対する被害を極限してきたが、ザフト軍はそのような事情は考慮してはくれないだろう。

 

 この問題は、あまりに危険な要素を内包しすぎている。下手に動けば却って事態を悪化させる可能性すらあった。

 

 カガリの額にも、嫌な汗が滲む。

 

 とにかく、何とかしなければならなかった。事態が、本当に取り返しがつかなくなる前に。

 

 

 

 

 

 その頃、問題の渦中となっているセイラン家では、当主たるウナトが心底困り切っていた。

 

 彼の目の前では、今や「国際指名手配犯」と言っても過言でない人物が、己の身分など知らぬげに、優雅な仕草で寛いでいるのだ。

 

「ま、ちょっと物の分かる人間ならね」

 

 冷や汗をダラダラと流しているウナトとは対照的に、ジブリールは愛猫の背を撫でながら、余裕を感じさせる手つきでティ―カップを持ち上げる。

 

「すぐに分かるはずだ。あんな、デュランダルの欺瞞は」

「は、はあ・・・・・・」

 

 答えながらも、ウナトは内心で臍を噛む。

 

 内戦の開始以来、彼にとっては誤算の連続と言って良かった。

 

 当初は圧倒的に優勢と思われた内戦も、蓋を開けてみれば敗北に次ぐ敗北。大西洋連邦の要請で部隊を派遣すれば、ほぼ全滅の損害をくらって敗走してくる始末。隠し持っていた宇宙戦力も壊滅させられ、ついには先日の戦いで、主力軍をほぼ一掃されてしまった。

 

 それでも、残った戦力をかき集めて再編成し、政府軍の侵攻に備えようとしていた矢先での、まさかのジブリール亡命であった。

 

 連合についておけば間違いないと思い、強引に締結した同盟条約は、その全てが見事に裏目に出ていた。

 

 それでも、ウナトにはまだ希望があった。

 

 何と言っても地球連合の戦力は強大である。彼らがザフト軍を打倒して、その後、こちらに増援を送ってくれれば、寡兵にすぎない政府軍など簡単に殲滅できる。ようは、それまでの間持ち堪えれば良いのだ、と。

 

 ロゴスの事をデュランダルが暴露した時には焦ったが、それでも連合が負けるとは考えていなかった。

 

 しかし、意に反して連合はヘブンズベースでアッサリと敗北。セイランが懇意にしていた大西洋連邦の議員が、軒並み辞任に追い込まれるに至り、セイランは世界の中で完全に孤立してしまった感がある。今や状況はセイランにとって最悪と言っても過言ではない。

 

 そもそも、ジブリールがなぜ、セイランを頼ってオーブにやってきたのか、ウナトには皆目判らなかった。ウナトとジブリールは、これまでロゴスの会合で何度か顔を合わせた事がある程度だったはず。そのジブリールが何故? という疑問は、ウナトの頭から離れなかった。

 

 聞けば、大西洋連邦の大統領コープランドは、暴徒を避けて身を隠しているらしい。オーブでも、暴動が起こるのは時間の問題だと思われていた。

 

「まあ、そう心配せずとも、我等はすぐに反撃に出る」

 

 優雅に茶を啜りながら、ジブリールはゆったりとウナトに告げる。

 

「奴が宇宙に戻り、私が宇宙に上がり、鎮魂歌(レクイエム)が流れれば、全てが終わるのだ」

「レクイエム?」

 

 聞き慣れない単語に、ウナトは訝る。

 

 だが、告げるジブリールの態度には、何か余裕のような物を感じる事が出来た。

 

 そのおかげか、ウナトの方も徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

「その時勝ち残っていたければ、今どうすべきか、聡明なあなたにはよくお判りだろう、ウナト・エマ?」

「・・・・・・・・・・・・はい」

 

 緊張した面持ちで、ウナトは頷きを返す。

 

 どの道、最早、走り出した列車を降りる事は出来ない。大西洋連邦と組むと決めた時点でジブリールとは一蓮托生だったのだ。

 

 ならば共に突き進む以外に、セイランに道は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュランダルの意を受けたザフト艦隊がオノゴロ沖に展開を終えると、ほぼ時を同じくして、セイランから要求に対する回答が発表される事となった。

 

 その様子を、カガリ達もスピーカーに齧りついて聞き入っている。

 

 何しろこの回答如何で、オーブの命運が決すると言っても過言ではない。無関心ではいられなかった。

 

 やがて刻限になると、スピーカーからは聞き覚えのある、甘ったるい声が聞こえてきた。

 

《オーブ政府を代表して、通告に対し回答する》

 

 ユウナ・ロマ・セイランの声だ。

 

 クレタ沖会戦で派遣艦隊が壊滅して以降、公式の場には殆ど姿を現さなかったユウナだが、この状況で再び穴蔵から姿を現したらしい。

 

 彼は宰相であるウナトの息子で、セイランのナンバー2でもある。ある意味で確かに、こうした役割には適任である。

 

 果たして、セイランはどのように回答するのか。一同が聞き入る中、ユウナは勿体ぶった口調で語り始めた。

 

《貴艦等が引き渡しを要求する人物は、我がオーブには存在しない》

 

 思わず耳を疑った。

 

 ユウナは、いったい何を言っているのか?

 

《また、このような武力を持っての恫喝は、一主権国家としての我が国の尊厳を著しく侵害する行為として、大変遺憾に思う。よって、ただちに軍を退かれる事を要求する》

 

 通告はそれだけだった。

 

 誰もが唖然とする。それほどまでに、発表の内容は予想の斜め上を行き過ぎたのだ。

 

「こんな・・・・・・これが正式な回答だと言うのか!? こんな馬鹿げた物が!?」

 

 カガリは怒りのあまり、身体が激しく震えるのを抑えられなかった。

 

 あまりに無知で、あまりにも軽薄な回答だ。これでいったい、誰がどう納得すると言うのだ?

 

 ユウナの発表は先の大戦の中盤、オーブ領海付近の戦闘で損傷し、航行もままならなくなったアークエンジェルを密かに迎え入れた時のやり方と同じである。確かにあの時は、今回と同じように回答する事でザフト軍を撤退させる事ができた。

 

 しかし、あの時は政戦両略に長けた老練な政治家ウズミがいたし、何よりオーブは中立を保っていた。更には充分な戦力もあった。それゆえに、アークエンジェルを追撃してきたザラ隊は、無理な力攻めが出来ず、領海の外で網を張って待ち伏せるしかなかったのだ。

 

 だが今は違う。

 

 オーブは分裂し戦力の多くを失い、立場的にもプラントとは交戦状態にある。そして、かつてのウズミのような強力な政治家は、今のオーブにはいないのだ。

 

「こんな状況で、そんな言葉が、彼等に届くと思っているのか、セイランは!?」

 

 ユウナは、まるで状況が分かっていない。相手は子供の使いではない。既に充分な数の砲門を向けている大艦隊なのだ。

 

 あるいはこの回答が真実であったとしよう、その為、ジブリールを引き渡したくても、それができなかったとしよう。

 

 しかしそれにしても、他にやりようがいくらでもあった筈だ。交渉次第では攻撃を遅らせる事も、軍を引かせる事もできた。しかし、その努力もせずに、こんな安直で不誠実な回答でお茶を濁そうとするとは。

 

 カガリは決断を下す。

 

 事ここに至り、賽の目は最悪を出した。もはや、戦火を避ける事はできないだろう。

 

 ならば、強引にでも振り直しを要求するしかない。

 

「オーブ政府軍、全部隊に出動待機を命じろ!!」

 

 若き獅子は、奮い立つが如く咆哮する。

 

 もはや、セイランにオーブを委ねる事は出来ない。全ての禍根を、ここで根こそぎにしなくてはならなかった。

 

「これより、我が軍は、本島、ならびにオノゴロ奪還、防衛の為に出撃する!!」

「ハッ!!」

 

 カガリの命令を受けて、幕僚達が動き出す。

 

 事態は既に寸暇すら猶予は無い。何としても、大きな被害が出る前に行政府を掌握し、ザフトの侵攻を阻止する必要があった。

 

 カガリは更に、もう1つの命令を並行して下した。

 

「工廠にいるエリカ・シモンズに連絡しろ。地下格納庫にあるORB-01、並びにX34Aの起動準備をしろ」

 

 この未曽有の国難に際し、カガリももはや、後方でじっとしている事は出来ない。

 

 ならば、するべき事は決まっていた。

 

 

 

 

 

「最早、どうにもならんようだな」

 

 セイランの回答を聞き、デュランダルは鼻で笑いながら呟いた。

 

 国際犯罪者であるジブリールの、正式な引き渡しを要求したプラント政府。

 

 しかし、それに対するセイラン側からの回答は、不誠実極まるものであった。

 

 回答を発表したユウナ・ロマ・セイランは「一主権国家としての我が国の尊厳を著しく侵害」などとのたまったが、その一主権国家であるプラントからの正式な要求をないがしろにしたのは、他ならぬ向こうである。

 

 故に、これから起こる全ての悲劇の責任は、全て向こうにある。

 

「この期に及んで、こんな茶番に付き合えるはずもない。我等の思いに、このような虚偽を持って応じると言うなら、私は正義と、平和への切なる願いを持って、断固これに立ち向かう!!」

 

 デュランダルは普段の温厚な態度からは、想像もできないような苛烈さで言い放った。

 

「ロード・ジブリールを、オーブから引きずり出せ!!」

 

 デュランダルの命令は、ただちにオノゴロ沖に展開するザフト艦隊へも伝えられた。

 

 進撃を開始するザフト艦隊。

 

 甲板からはディンやバビが飛び立ち、水中用モビルスーツが次々と解き放たれて行く。

 

 作戦名称は「オペレーション・フューリー」

 

 「憤怒」の名が示す通り、不誠実な態度でプラントの尊厳を踏みにじったオーブに対し、鉄槌を下す為の作戦だった。

 

 尚、作戦遂行に当たり、攻撃は軍本部、行政府、セイラン関連の施設に絞り、市街地への被害「極力」避けるように厳命がなされている。

 

 しかしそれでも、流れ弾による被害が出る事は避けられないだろう。

 

 一斉に攻撃を開始するザフト艦隊。

 

 今、2年前の悲劇が、再び繰り返されようとしていた。

 

 

 

 

 

PHASE-37「黄昏のオーブ」      終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。