機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-38「王者の帰還」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降り注ぐミサイルが、雨霰とばかりに着弾する。

 

 狙った全ての目標が、狂いなく破壊されていく。既に事前の偵察情報で、主要な施設の位置を正確に割り出していたザフト軍の攻撃に隙は無かった。

 

 先制の一撃で、オノゴロ沿岸部の軍事施設や、セイラン家所有の邸宅がいくつも直撃弾を食らった。

 

 直撃を受けた施設の中には、セイラン家の本宅も含まれていた。

 

 ミサイルの直撃を受け、贅の尽くした豪華な邸宅は破壊され、炎上していく。

 

 ウナトの妻や使用人、警備兵達が惨めな調子で焼け出されてくるのが見えた。

 

 かつては一時期、カガリも監禁されていた邸宅が音を立てて崩れていく。それはセイランが一代で築いた栄華が崩れ去るさまを、正に象徴していた。

 

 圧倒的な暴力を前にして、彼等はあまりにも無力だった。

 

 ザフト軍によるオーブ侵攻作戦「オペレーション・フューリー」。

 

 振り下ろされた憤怒の鉄槌は、その元凶たるセイランの肥大した権勢の象徴を、一撃の元に粉砕した。

 

 しかし無論、これで終わりではない。

 

 本命はセイランではなく、あくまでも、この国のどこかに潜んでいるロード・ジブリールの身柄だ。

 

 「青き清浄なる世界」の名のもとに、数々の非道や虐殺を平然と行ってきたジブリールを捕えるまで、ザフト軍は進撃を止める気は無かった。

 

 作戦は、ここからが本番である。

 

 艦砲射撃に続いて、ザフト軍の得意戦術とも言うべきモビルスーツ部隊の進行が始まった。

 

 次々とオノゴロに迫るザフト軍。

 

 しかしそれに対するオーブ軍、特に、オノゴロやヤラファスなど主要島を実効支配しているセイラン軍の動きは、あまりに鈍かった。

 

 それもその筈。彼等の元へは、未だに軍本部からも行政府からも出撃命令が届いていなかったのだ。

 

 内戦により大半の戦力を消耗したセイラン軍だが、未だある程度の戦力は保持している。

 

 港では護衛艦が機関に灯を入れて出航準備を整え、滑走路に並ぶムラサメでは、パイロットが搭乗機のコックピットにて待機している。

 

 しかし、絶対に必要な出撃命令は、いつまで待っても降りてこなかった。

 

 その頃行政府では、問答無用で始まったザフト軍の攻撃の前に、首長達はパニックに陥っていた。彼等の中には、ザフト軍がこのような強硬手段に出て来ると予想できた者は1人もいなかったのだ。

 

「どういう事ですか、ウナト・エマ!?」

「奴らは侵攻を始めたぞッ いったい、これからどうするつもりです!?」

「ああ言えば侵攻は無いと、あなたは言ったではないか!!」

「このような事態になった責任は、一体どのようになさるおつもりですか!?」

 

 彼等は必然的に、自分達のトップであるウナトに詰め寄る結果となった。居並ぶ首長達は誰1人として、本当に自分達がどうすれば良いのか判らないのだ。

 

 この中に、先の大戦で防衛戦闘の指揮を取った事のある者は1人もいない。ウズミと共に戦った首長達の多くは、自爆したマスドライバー・カグヤと運命を共にし、生き残ったホムラ以下少数の首長も、国防に失敗した責任を取る形で辞任している。

 

 ここにいるは皆、先の大戦以後、成り上がるセイランの顔色を伺い、そこに同調する事で地位を上げてきた者達ばかりだ。当然、危急の際に取るべき手段を持ち合わせている者など1人もいなかった。

 

 唯一の例外は、代表首長であるカガリだった。彼女は先のオーブ防衛戦の折には最高司令官として軍を指揮し、その後はパイロットとして前線を駆け抜けている。しかし、今ここに彼女はいない。そして、カガリが出ていく原因を作ったのもまた、彼等自身であった。

 

 詰め寄られたウナトもまた、慌てふためいた調子で言葉に詰まっている。彼もまた、この事態を予想していなかった1人である。

 

 とかくこれまで、万事事無かれ主義や問題の先送り、事態の有耶無耶化によって、のらりくらりと相手の矛先をかわし、お茶を濁す事で事態を適当に収めてきたウナトである。この事態に取るべき手段を持たないと言う意味では、他の首長と同じである。

 

「と、とにかく、シェルターの対策本部へ!! 国防本部はユウナにやらせる!!」

 

 そう言うと、ウナトは先頭切って行政府を足早に出ていく。

 

 それにゾロゾロと続く首長達。

 

 彼等は逃げ出した。軍への防衛戦闘命令も、それどころか国民への警告すら一切出さず、果たすべき責任の全てを放棄し、ただ己の身のみを案じて。

 

 

 

 

 

 その頃、国防本部では、ホウジ・マカベ一佐が、なかなか下りない出動命令に苛立ちを覚えていた。

 

 戦艦信濃艦長としてスエズ派遣軍に参加したマカベだが、結果として部隊は壊滅、惨めな思いで帰国する羽目になった。

 

 クレタ沖海戦で大破した信濃もドッグ入りとなった為、マカベは国防本部付幕僚に転任し、今は最高司令官であるユウナの補佐を行っている。

 

 とは言え、既にザフト軍の攻撃は開始されていると言うのに、肝心のユウナはいつまで経っても姿を現さず、行政府からも何の連絡も無かった。

 

 マカベが勝手に出動命令を出せれば事は簡単なのだが、残念ながらマカベにその権限は無い。

 

 仮にもオーブは法治国家であり、政治は軍の上に位置している。行政府からの命令無しに勝手に軍を動かす事は、反逆と取られるだろう。

 

 それ故に、マカベはジリジリとした焦燥感に苛まれていた。

 

 居並ぶ幕僚や司令部要員達が、マカベを見る視線が痛い。

 

 生粋のセイラン派軍人であり、この内戦では終始、ユウナの幕僚を務めたマカベへの風当たりは日に日に強くなっている。誰もが敗戦の原因を作ったセイランに、そしてそこに積極的に与した軍人を白眼視しているのだ。

 

 彼等の中にはアスハを見限ってセイランに付いた者も多く存在するはずなのだが、そんな彼等も、この内戦におけるセイランの杜撰な指揮ぶりで敗戦を重ね、中には戦友を失った者も少なくない。兵士達の心がセイランから離れていくのは、至極自然の流れであろう。

 

 未だサボタージュの動きが無いのは救いだが、完全にセイラン軍の士気は地に堕ちていた。

 

 その時、

 

「あああッ もうッ 何でこうなるんだよ!?」

 

 苛立った声と共に、マカベが待ち望んだ人物が司令部に入ってきた。

 

 ユウナは特徴的な紫がかった髪を掻き毟りながら、乱暴に司令官席に腰掛ける。

 

「そんな人間はいないと回答したのに、どうしてザフトは撃ってくるの!?」

 

 ユウナの思考では、あのように発表すれば、ザフト軍は諦めて引き下がると思っていたのだ。かつて、ウズミがアークエンジェルを匿った時と同じように。

 

 だが、現実にザフト軍の攻撃が開始された「理不尽」への苛立ちを、ユウナは隠そうともしていない。

 

 自らの「主」のあまりにも無責任な発言に、マカベは唖然とするが、兎にも角にもするべき事をする必要があった。

 

「そ、それはともかくとしまして、ユウナ様、防衛戦闘の御指示を、このままでは我が軍は・・・・・・」

 

 控えめに進言するマカベ。

 

 それに対して、ユウナは癇癪を爆発させて喚き散らす。

 

「ええいもうッ!! うるさいッ!! ほら、こっちも防衛体勢を取るんだよ!!」

 

 両腕を振り回して怒鳴り散らすユウナ。

 

 そんなユウナの様子を、マカベ以外の軍人達は呆れる事も出来ず、ただ冷ややかな目を向けている。

 

「グズグズしないッ!! 何ボーっとしてるの!? 護衛艦群出動!! 迎撃開始!! モビルスーツ隊発進!! 奴らの侵攻を許すな!!」

 

 今まであらゆる指示を滞らせていたのはユウナやウナト等だと言うのに、その事を一切斟酌せず、まるで怠慢なのはこちらであるかのような物言いに、兵士達は完全に白けきった目を向ける。

 

 だが、とにかくこれで、防衛の為に出動する事もできる。

 

 しかしこれでは、兵士達も何の為に戦って、何の為に死んでいくのか、それすらも判らないと言う事になりそうな予感がする。

 

 その事に対し、マカベは暗澹となる気持ちを抑える事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アカツキ島の最下層へは、特別な許可を得た者以外は踏み込む事は許されていない。

 

 それは、その最奥部に眠る物が、オーブと言う国にとって最高機密に属する物であるからに他ならなかった。

 

 その最奥部へと続く道を、パイロットスーツを着たカガリは1人、ゆっくりと歩いている。

 

 状況は最悪の、更に上を行こうとしている。

 

 開始されたザフト軍の侵攻。

 

 それに対してセイラン軍は、ろくな抵抗はおろか、国民への避難命令すら出していないと言う。

 

 怒りを通り越して、殺意すら覚えるレベルだ。いったい、セイランはどういうつもりなのか? 

 

 進む道こそ違えど、根底にある思いは彼等と同じだと思っていた。ただ、国民を守らんが為により良い道を進もうと。その結果として、カガリはあくまで中立の道を選び、彼等は大西洋連邦と同盟を結ぶ道を選んだのだと。

 

 だが、セイランは自分達の最低限の義務すら投げ出してしまった。国民の命を危険に晒したばかりか、保身のみを優先して逃げた。

 

 事この段に至っては、もはや是非も無かった。セイランが頼りにならないのなら、自分達がやるしかないだろう。

 

 巨大な扉の前で、カガリは足を止める。

 

『この扉が開かれる日が来ぬ事を、切に願う』

 

 そう書かれた扉。

 

 厳重に封印されしその扉が、今、開かれる。

 

 途端に、カガリの目には、まばゆいばかりの黄金が飛び込んできた。

 

 見た者の目を射潰す太陽神の如く佇む、黄金色の神像。

 

 否、それは、戦う為に生み出された金色の鉄騎、モビルスーツだ。

 

《カガリよ》

 

 扉と連動して、自動で再生するように仕掛けられた音声が流れる。

 

 それはカガリにとっては忘れる事の出来ない、懐かしき父、ウズミ・ナラ・アスハの声だ。

 

《もしお前が力を欲する日、来たれば、その希求に応えて、私はこれを送ろう》

 

 ウズミは他界する2年前には既に、これあるを予期して、この機体の建造を進めていたのだ。

 

 かつて《オーブの獅子》と言う異名で呼ばれた偉大なる政治家、その慧眼、恐るべしと言えるだろう。

 

《教えられなかったことは多くある。が、お前が学ぼうとしさえすれば、それは必ずや、お前を愛し、支えてくれる人々から受け取る事ができるだろう》

 

 確かにその通りだ、とカガリは思う。

 

 自分はいつも、自分を愛してくれる人達に守られ、支えられ、そして教えられている。だからこそ今まで、カガリは政府軍の指導者として戦い続けてこれたのだ。

 

 かつて厳しく、そして果てしなく優しかった父、ウズミ。

 

 そんなウズミを受け入れる事ができず、反発したこともあった。だが、結局、ウズミは正しく、自分はそんな父に守られていると言う事を実感させられた。

 

《故に、私はただ一つ、これのみを送る。力はただ力。多くを望むのも愚かなれど、無暗と厭うのもまた、愚か。護る為の剣、今必要ならば、これを取れ。道のまま、お前が成すべき事を成す為ならば》

 

 カガリの道。

 

 それは取りも直さず、オーブと言う国を守り、そこに住む人達を守る事にある。それを置いて、自分が進むべき道は無いと信じている。

 

 そして、その為に、剣は必要だった。

 

 そんなカガリに、死して尚、背中を押してくれるウズミ。

 

 だがそれでも、言葉は優しく語りかけられる。

 

《が、真に願うは、この扉が開く日の来ぬ事だ。今、この扉を開けしお前には届かぬ願いかもしれぬが、幸せに生きよ、カガリ》

 

 声は、そこで止まった。

 

「お父様・・・・・・・・・・・・」

 

 父の愛の籠った言葉に、カガリは涙が零れるのを禁じ得なかった。

 

 厳しかった父、優しかった父、偉大だった父。

 

 それら全てが、カガリを温かく包み込んでいる。

 

『そなたの父で、幸せであったよ』

 

 かつて最後の瞬間、ウズミはそう言ってカガリに微笑みかけた。

 

 だからこそ今、カガリは胸を張ってこう返す。

 

「わたしも、お父様の娘で、幸せでした」

 

 決意と共に、黄金の機体へ乗り込むカガリ。

 

 状況は、既に予断を許されなくなりつつある。

 

 大軍で押し寄せたザフト軍に対し、セイラン軍はどうにか防衛戦闘を開始したものの、その戦線は各所で破綻をきたしているらしい。国民も遅ればせながら危機的状況に気づいたらしく、自主的な避難を始めているが、軍や行政府がそんな状態である為、避難状況は遅々と進んでいない。

 

 また、政府軍の状態も万全とは言い難い。現状、キラ、ラクス、エスト、バルトフェルドと言ったエースパイロット達は殆ど出払っている。アークエンジェルの損傷修理も今しばらくかかる見込みとの事であるし、シンとマユも、まだ出撃できる状態ではない。

 

 だからこそ、今、カガリが行かねばならなかった。

 

 今のオーブに必要なのは、将ではなく、兵士だ。

 

 システムを立ち上げ、機体を起動する。

 

 この機体の建造は、先の大戦の折には既に始まっていたそうだが、その後、敗戦の混乱により一時建造は中断、更に新規技術の取り込みも行ったため、完成は予定よりも大幅に遅れてしまった。

 

 しかし、その甲斐あって、この機体は地球圏でも屈指の性能を持つに至っている。

 

 天井のハッチが開き、発進準備が整う。

 

 さあ行こう、国を取り戻すために。

 

「カガリ・ユラ・アスハ、アカツキ、発進する!!」

 

 コールと共に、天空へ飛翔する黄金の翼。

 

 ORB-01「アカツキ」

 

 オーブを守護する最強の剣にして、最硬の盾が、今、暗闇の封印から解き放たれて飛び立った。

 

 

 

 

 

 アカツキが天に舞うと同時に、政府軍に所属するムラサメ隊が続行するように取り囲む。その中には黄色と、青紫色に塗装されたライキリの姿もあった。

 

 それらはかつて、バルトフェルドとエストが搭乗した機体だが、今はキサカとライアがそれぞれ乗り込んで、飛翔するアカツキに従っている。

 

 2人はカガリ出陣に際し、部隊指揮官として参陣していた。

 

「全軍、私に続け!!」

 

 指示すると同時に、空戦用のオオワシパックを装備したアカツキが、蒼穹を斬り裂いて飛翔する。

 

 それに、2機のライキリを先頭にしてムラサメ隊も次々と従った。

 

 しばらく飛行すると、オノゴロ近海での戦闘状況をモニターで捉えられるようになった。

 

 遅ればせながら出撃したセイラン軍だが、内戦の傷跡は深く、また出遅れた痛手はあまりに大きいらしい。各所で防衛線が破綻している。

 

 海上では魚雷攻撃を受けた護衛艦が炎を上げて沈没し、海岸線に布陣して対空戦闘を行っていたM1が、ミサイルの嵐を食らって吹き飛ばされる。上空に目を転じれば、ムラサメが必死の防衛戦闘を行っているのが見える。

 

 このままでは突破され、全軍壊走するのも時間の問題だろう。そうなると、国民に被害が出る事も免れない。

 

「まずは国防本部を掌握し、戦線を立て直す。ムラサメ1個小隊、私と来い!! 残りは防衛線へ!!」

《ハッ!!》

 

 カガリの指示に、3機のムラサメが続き、他の機体はキサカとライアが率いて、それぞれの防衛線へと散って行った。

 

 

 

 

 

 その頃、国防本部司令部には、各戦線からもたらされる悲鳴じみた連絡が次々と舞い込んでくる。

 

 出撃したのは良いが、防衛位置に取り付く前にザフト軍の襲撃を受け、他部隊との連携も取れないままに確固撃破される部隊が続出しているのだ。

 

 これによりセイラン軍は、もともとか細かった戦力が、更にすり減らされていく。

 

「本島防衛線は総崩れです!! 立て直さなければ全滅します!!」

 

 必死に指示を求めるマカベ。このままでは前線の兵士達がまた無為に失われてしまうと思うと、マカベも焦燥を感じずにはいられなかった。

 

 しかし、司令官席にふんぞり返る若者は、まるで他人事のように言い放った。

 

「だったらやってよ!! ほら、いいからもう!!」

「で、ですから、ユウナ様、その御命令を・・・・・・」

 

 この期に及んでも尚、マカベはセイランへの忠誠は捨てきれていない。だからこそ、その命令には従うし、顔を立てる事も忘れない。

 

 だが、生憎だが彼の忠誠心は、相応の対価でもって報われる事は無かった。

 

「そんなこと言って、また負けたらお前のせいだからなッ!!」

 

 せせら笑うユウナ。

 

 その様子を見て、マカベはいよいよ絶望的な気分に陥り始めた。

 

 今、この瞬間にも前線では多くの兵士が必死に防衛線を展開し、命を落として行っていると言うのに、ユウナの頭の中には、責任を誰に押し付けるか、と言う事しかないらしい。

 

 責任がある。と言われれば、マカベには反論する気はない。確かに、長引く内戦の敗北や、スエズ派遣軍の壊滅など、マカベには多くの敗北に対する責任がある。全てが終わった後にその責任を取れと言われれば、如何なる軍法会議にでも出廷しよう。

 

 だが、今、現実に戦っている時に、そのような事を持ち出してくるとは。

 

 ダメかもしれない・・・・・・・・・・・・

 

 マカベの中で、そのような考えが浮かんできた。

 

 セイランの未来を信じ、その発展の為に力を尽くしてきたつもりだったが、それもこれも皆、全てが無駄となりつつある。

 

 否、もしかしたら、セイランがこの国を牛耳るようになった時点で、既に終わっていたのかもしれない。

 

 その時だった。

 

「沖合上空に、新たな友軍部隊、出現!!」

 

 オペレーターの報告に、思わず顔を上げるマカベ。

 

 既に可能な限りの戦力は出撃している。この上、どこから援軍が来ると言うのか?

 

 そう考えた時、オペレーターがさらに報告を入れてきた。

 

「この識別コードは、政府軍の物です!!」

 

 その報告と同時に、司令部の中は湧きかえった。

 

 政府軍が、カガリが助けに来てくれた。この危急の時に当たって、彼等の本来の主が駆けつけてくれたのだ。

 

 やがて、接近する機体の光学映像が出る。

 

 そこに映された機影を見て、誰もが唖然とした。

 

「何だ、あれは!?」

 

 数機のムラサメを従えて飛翔してくるのは、まばゆいばかりの黄金の機体だった。

 

 まるで太陽その物を削り出して形作ったかのような機体に、誰もが声を奪われている中で、接近中の機体から通信が入った。

 

《私は、オーブ連合首長国代表首長、カガリ・ユラ・アスハ!! 国防本部、聞こえるか!?》

 

 それは、懐かしさすら感じる、国家元首の声だった。同時に、メインスクリーンにはパイロットスーツを着たカガリが大写しになる。

 

「・・・・・・カガリ・・・・・・様?」

 

 マカベですら、その気高い姿の機体から発せられた声に、呆然と聞き入っている。

 

《突然の事で驚いただろうが、指揮官と話したい。どうか、繋いでくれないだろうか?》

 

 カガリがそう言った時だった。

 

「カガリぃ~!!」

 

 電光石火の速さ、とでも言うべきだろうか? 最前まで司令官席に座っていた筈のユウナが、いつの間にかオペレーターの場所に移動して通信マイクをひったくっていた。

 

「カガリぃ~ 来てくれたんだねマイハニー!! ありがとう、僕の女神!! 指揮官は僕、僕だよ~!!」

「ゆ、ユウナ様・・・・・・」

 

 そのあまりな態度の変貌ぶりに、傍らのマカベは絶句してしまった。

 

 かつてユウナは、結婚式の会場においてカガリに殴り飛ばされ、あまつさえ公衆の面前で婚約破棄までされたと言うのに、その事を綺麗サッパリ忘れたような、能天気な態度だった。

 

 ユウナの中では、「今まで敵対していたカガリが、『自分』のピンチ颯爽と駆けつけてくれた」とでも、都合よく脳内解釈されているようだった。

 

 そんなユウナに対して、モニターの中のカガリはいっそ不自然なほど、にこやかな笑みを見せる。

 

《ユウナ、私をこの国の代表と、国家元首であると認めてくれるか?》

「もちろんさ、君以外の誰が代表だって言うんだい? だからもう、帰っておいでよ、僕の元へ」

 

 有頂天のユウナ。

 

 それに対し、カガリはユウナの能弁には付き合わず、表情を引き締めて言った。

 

《では、その権限において命ずる。将兵達よ、ただちにユウナ・ロマ・セイランを国家反逆罪で、逮捕、拘束せよ!!》

 

 彼女の言葉に、うんうんと上機嫌で頷いていたユウナ。しかし、言葉の意味を理解すると同時に目を剥いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよカガリっ どういう事だいそれは!? 僕が、そんな・・・・・・」

 

 彼は言い終える事ができなかった。

 

 その前に、立ち上がったオペレーター達が、一斉に銃口を向けてきたのだ。

 

「な、何だ、お前達は!?」

「代表の命令により、拘束させていただきます」

 

 中の1人が、冷静に言い放った。

 

 叛旗が翻る。それを止めようとする者は、この中にはいなかった。先日までセイラン派だった軍人達は皆、自分達を真に総べる者が誰か、明確に認識したのだ。

 

「ば、馬鹿なッ な、何を言ってるんだ!? 僕はユウナ・ロマ・セイランだぞ!! オーブ軍の最高司令官だぞ!! その僕にこんな事して、ただで済むと思っているのか!?」

 

 静まり返った司令部の中で、1人喚きつづけるユウナ。

 

「おい、誰か、こいつらを拘束しろ!! 反逆罪で逮捕するんだ!!」

 

 この期に及んでも尚ユウナは、兵士達が自分に忠誠を誓っていると思っていた。

 

 やがて、連絡を受けてやって来る警備兵。

 

 だが、彼等が拘束したのはオペレーターではなく、命令を下すユウナ自身だった。

 

「な、何やってるんだッ 僕じゃない!! こいつらだ!! こいつらを捕まえるんだ!!」

 

 屈強な兵士に両脇を抑えられ、身動き取れなくなるユウナ。

 

 しかし、それでも尚、暴れつづける。

 

「お前等、タダじゃおかないからな!! 僕はッ 僕は!!」

「おやめください!!」

 

 一喝で制する声に、誰もが動きを止めてそちらを見る。

 

 見れば、拘束されたユウナの前には、体を強張らせて立ち尽くすマカベの姿があった。

 

 怒鳴った後、直後にマカベは床に這いつくばり、ユウナに向かって平伏する。

 

「今日の事態を招くことになった事、責めの全てはユウナ様を補佐しきれなかった、このマカベにあります。その事に対しては、もはやお詫びのしようもございません。しかしながら、事ここに至ったなら、せめて、首長家の人間として潔くなさってください」

 

 マカベは顔を上げ、涙に濡れた顔をユウナに向ける。

 

「無能者ながら、不肖このマカベ、ユウナ様の地獄への道行きに、お供させていただきます」

 

 マカベがそう告げると同時に、警備兵達はユウナを連行していく。

 

 ユウナは尚も喚きつづけていたが、屈強な兵士達に取り押さえられては、軍人としての訓練を受けていないユウナなど抵抗できるはずも無く、やがて、耳障りな声も聞こえなくなっていった。

 

 最後に、マカベもモニターの中のカガリに見事な敬礼をすると、踵を返してユウナの後を追って行った。

 

 それを見届けてから、カガリは改めて命令を下した。

 

《ユウナからジブリールの居場所を聞き出せ! ウナトは行政府だな? 回線を繋げ!!》

 

 カガリは矢継ぎ早に命令を下していく。

 

《オーブ全軍、これより私の指揮下に入る。良いか!?》

『ハッ!!』

 

 居並ぶ全員が、一斉にカガリに向かって敬礼する。

 

 真の王者は帰った。

 

 2つに分断され、望まぬ戦いを強いられてきたオーブが、今、1つになったのだ。

 

《残存のアストレイ隊はタカミツガタに集結させろ!! ムラサメ2個小隊を、その上空掩護に!! 国土を守るんだ、みんな、どうか私に力を!!》

 

 天も割らんばかりに士気を突き上げるオーブ軍。

 

 ここからが、反撃開始だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇襲をかけた事もあり、戦闘は一方的な推移を見せていた。

 

 オペレーション・フューリー開始と同時に、オーブ侵攻を開始したザフト軍。

 

 しかし、侵攻は地上だけではなかった。

 

 ザフト軍は地上からの侵攻と同時に、宇宙からも降下揚陸隊を増援として送るべく、1個艦隊をオーブ上空へと差し向けていた。

 

 この作戦が成功すれば、地上に加えて宇宙からも攻撃を食らったオーブ軍の戦線はひとたまりも無く壊滅するはず。

 

 戦闘を早期に集結させるための、最善の近道である。

 

 しかし、その最善の道には、思わぬ罠が待ち構えていた。

 

 今まさに降下部隊が出撃しようとした矢先、突如、横合いから襲撃を受け、ザフト艦隊は壊乱状態に陥ったのだ。

 

 青い8枚の羽根が虚空に舞うとき、確実にザフト軍はその陣容を減らしていく。

 

 護衛部隊に所属するザクやグフが反撃しようと、武装を振り上げるが、次の瞬間には武装や頭部を破壊されて戦闘不能になる機体が続出する。

 

「敵第2陣、撃破。引き続き、攻撃を続行してください」

「了解」

 

 オペレーターの的確な戦況判断を頼もしく思いつつ、更に深くザフト軍の陣営へと斬り込んでいく。

 

 キラとエストの駆るストライクフリーダムは、オーブ宇宙軍の先頭を切って斬り込み、ザフト軍の陣営に大損害を与えている。

 

 ザフト軍がオノゴロを包囲した時点で、降下部隊の増援があると予想した宇宙軍は、司令長官ソガ一佐の指示により、オーブの空を守るべく艦隊を派遣していたのだ。

 

 その中には、先日、軌道上でザフト軍と激しい戦闘を繰り広げた淡紅色の戦艦、エターナルの姿もあった。あの戦闘の後、ファクトリーを脱出した部隊と合流したエターナルは、キラの導きによりアシハラに入港していたのである。

 

 今回の軌道上における戦闘、制宙権の確保以外にもう1つ、重要な意味があるのだ。

 

「敵機接近、数、4、攻撃開始まで8秒」

「やらせないよ!!」

 

 エストのオペレートに従い、フリーダムを加速させるキラ。

 

 同時に腰からビームサーベルを抜き放つと、すれ違いざまに2機のグフの頭部を斬り飛ばす。

 

 更に、振り向きざまに両手にグリップしたビームライフルを斉射。武装を持ったザクの右腕を吹き飛ばして戦闘力を奪ってしまった。

 

 だが、そこでキラは止まらない。

 

 フリーダムを飛ばして降下軌道へ向かいつつあるザフト艦隊に接近すると、ビームライフル、レールガン、パラエーナ、ドラグーンを展開、フルバースト射撃を敢行する。

 

 解き放たれた圧倒的な火力。

 

 その攻撃を前にして、ザフト艦は武装やスラスターを吹き飛ばされ、戦闘、航行不能となる艦が続出した。

 

「ザフト艦隊沈黙。残存抵抗勢力5パーセント以下。脅威レベルEと判断します」

「よし」

 

 エストの報告に、キラは頷きを返す。制宙権は確保した。これで、ザフト軍は宇宙からは増援を送れなくなった事になる。あとは、作戦を第2段階へ移すだけである。

 

「キラよりエターナルへ。進路クリア、いつでもどうぞ!!」

《了解しました。ご苦労様です、キラ、エスト》

 

 通信機から聞こえてきたのは、涼やかなラクスの声であった。

 

 彼女はこれから、自ら地球に降りる事になる。それに伴い、キラとエストも彼女の護衛として降下する予定だった。

 

 艦隊から外れ、降下軌道へと向かうエターナル。

 

 その時だった。

 

《敵機、急速接近!!》

 

 警告が発せられた瞬間だった。

 

 突如、艦隊外縁を守っていたムラサメ数機が、一斉に爆炎に代わる。

 

「何っ!?」

 

 驚愕の声を上げながら、機体を反転させるキラ。

 

 その間に、更に1機のムラサメが撃破される。

 

「敵機、向かってきます・・・・・・これはッ!?」

「エスト?」

 

 驚いたような声を上げるエスト。

 

 少女は驚愕を顔に張り付けたまま、叫ぶように言った。

 

「この反応は、ジャスティスです!!」

「ッ!?」

 

 馴染のあるその名称に、キラも思わず息を呑む。

 

 そうしている内に、接近する敵の全貌が見えてきた。

 

 深紅の装甲、引き絞られた四肢、背中に負ったリフター。

 

 見間違えようも無い。それは間違いなく、かつての親友が愛機として駆ったジャスティスに他ならなかった。

 

 ZGMF-X19A「インフィニット・ジャスティス」

 

 かつてのジャスティスの設計をベースにしつつ、更に接近戦能力を高めた機体である。

 

 数機のムラサメが、取り囲むようにしてジャスティスに攻撃を浴びせる。

 

 しかし、ジャスティスはそれらの攻撃を難なく回避すると、2本のビームサーベルを巧みに駆使して、自身を包囲していたムラサメをあっという間に斬り捨ててしまった。

 

「クッ みんな下がれ!! そいつの相手は僕達がする!!」

 

 キラは叩き付けるように叫ぶと、フリーダムを前へ出す。

 

 あの動き、あの機体をあれだけ操る事の出来る技量。

 

 キラの予感が正しければ、一般兵士にあれの相手をさせるのは危険だった。

 

 ジャスティスの方でも、フリーダムの接近に気付いて砲撃を浴びせてくる。

 

「正面、砲撃、回避して下方から接近を!!」

 

 エストのオペレートに従い、キラはジャスティスの砲撃を下降して回避、同時にビームサーベルを抜き放って斬り上げる。

 

 フリーダムの剣が、ジャスティスへと迫る。

 

 その一撃を、ジャスティスはシールドを掲げ受け止めた。

 

 激しいスパークが視界を焼き、互いに一旦離れるフリーダムとジャスティス。

 

 そのジャスティスの動きを見ながら、キラは自分の中に生じた確信を強めていた。

 

「そこのジャスティス!!」

 

 通信回線をオープンにして、相手に呼びかける。

 

「聞こえるか、ジャスティス!! パイロットは、アスラン・ザラか!?」

《何っ!?》

 

 通信機からは、あからさまに驚いたような声が帰って来た。

 

 突然の通信にも驚いたが、その相手の声にも同時に驚いている。そんな感じである。

 

《お前、まさか・・・・・・キラ、なのか?》

 

 ジャスティスのパイロット、アスラン・ザラは呆然として呟いた。

 

 無理も無い。今の今まで死んだと思っていた旧友から通信が入ったのだから。当のアスランからすれば、亡霊が湧いて出たように思える事だろう。

 

 北海沿岸の戦いで負傷したアスランは、その後一旦プラント本国へ後送され、そこで傷を癒した後、再び軍務復帰を命じられ、同時に最新鋭機であるインフィニットジャスティスのパイロットに任命されたのだ。

 

 元々、アスランはレジェンドを受領する予定であったが、彼の機体は現在、レイが乗っている。そこで、急きょ新たに用意されたのが、このインフィニットジャスティスである。もっとも、元々、旧ジャスティスを操縦していたアスランにとっては、レジェンドよりも、こちらの方が性に合っていたので、むしろ、この機種変更は幸いなくらいであった。

 

 そして、オペレーションフューリーの開始と同時に降下揚陸部隊の支援の為に駆け付けたのだが、一足遅く、艦隊はキラ達によって壊滅させられていた。

 

 そのキラが操るフリーダムと、アスランのジャスティスが、軌道上で対峙していた。

 

《お前・・・・・・生きていたのか?》

「お陰様でね」

 

 驚いて声を絞り出すアスランに対して、少しおどけたように言ってから、キラは表情を引き締めて返す。

 

「そういう君は、今はまた、ザフト軍なんだ?」

《・・・・・・ああ》

 

 キラの問いかけに対して、やや緊張したようなアスランの声。

 

 生きていた経緯はともかく、オーブ軍人としてこの場にいるキラと、ザフト軍人のアスラン。互いの立場は、再び敵味方に分かれてしまっている。

 

 それは即ち、この場での戦闘が既に不可避である事を意味していた。

 

「なら僕は、君をここから先に行かせるわけにはいかない」

《俺も、「はいそうですか」と退くわけにはいかない》

 

 両手にライフルを構えるフリーダム。

 

 同じく、ビームサーベルを構えるジャスティス。

 

 次の瞬間、両者は互いに機体を加速させて激突した。

 

 

 

 

 

 いきなり太陽の下へと連れ出され、ネオ・ロアノークは困惑の極致にあった。

 

 オーブで戦闘が開始され、周りの連中も何やら慌ただしく動き回っているのは知っている。

 

 言われるままに手錠を外され、この場所に連れてこられたと思ったら、目の前には青と白の戦闘機が鎮座している。ネオの記憶が確かなら、あれは先の大戦中に開発されたスカイグラスパーと言う戦闘機だったはず。単体での機動力もさる事ながら、各種ストライカーパックを装備する事で性能を向上させる事ができるのが特徴だったはずだ。

 

 地球連合軍の次期主力戦闘機とも目されたが、その後、ストライクダガーやシルフィードダガーと言ったモビルスーツの量産に成功した為、少数生産に終わった機体のはずである。

 

「何だよ、こんなの見せて。俺、かっぱらって逃げちゃうぜ?」

 

 冗談めかして言うネオ。彼の傍らには、ここまで連れてきたマリューの姿があった。

 

 マリューは悲しそうにネオを見ながら言った。

 

「どうぞ」

「ハァ?」

 

 驚いて振り返るネオに、マリューは柔らかく笑って言う。

 

「もう怪我は治ったんでしょ? ここにいると、また怪我するわよ」

 

 マリューは、自分の背後にあるスカイグラスパーを見ながら言う。

 

「スカイグラスパー、戦闘機だけど、用意したから・・・・・・どうぞ、行って」

 

 つまり、マリューは戦闘に巻き込まれる前に、ネオに逃げろと言っているのだ。

 

 ますます困惑する。

 

 拘留はされていたが、テレビや艦内放送は普通に聞く事ができたので、ネオも状況は全て把握している。現在、ネオの上官だったロード・ジブリールはオーブにいて、それを理由にザフトがオーブを攻めている事も。

 

 恐らくこの後、アークエンジェルも戦いに参加するのだろう。

 

 マリューをじっと、見つめるネオ。

 

 また、あの焦燥感にも似た感覚が、胸の中から湧き上がってくる。

 

 いったい何なのか、この感覚は? まるで、自分がこの女性を知っているかのような、そんなとろ火で焼かれるような感覚。

 

 何か、大事な事を思い出せそうで思い出せない苛立ちが、ネオの中で加速度的に募る。

 

 潤んだ瞳を隠すように、マリューはネオから目を背けた。

 

「あなたはムウじゃない・・・・・・」

 

 押し殺した声が、マリューの口から洩れる。

 

「ムウじゃないんでしょッ」

 

 最後に堪えきれなくなって嗚咽を漏らすと、マリューは足早に地下へと去って行った。

 

 その後を追う事を、ネオはできない。

 

 ムウじゃない。確かに、そう言われてしまえばその通りだった。

 

 自分はムウ・ラ・フラガではない。彼女の心の中にいる男ではない。

 

 しかしならば、この胸の内にある焦燥感はいったい何なのか?

 

「クッ」

 

 舌打ちする。

 

 これからどうすれば良いのか、ネオには判らなかった。

 

 目を閉じれば、かつての部下達の顔が浮かんでくる。

 

 サングラスに覆われたラキヤの優しげな顔。責任感が強そうなスティングの顔。生意気にも斜に構えた感じのアウルの顔。そして、無邪気に笑うステラの顔。

 

 彼等は、生きているのだろうか? 今のネオには、それすらわからない。

 

 最後にもう一度、マリューの顔を思い浮かべる。

 

 彼女の泣き顔、寂しそうに笑う顔。いろんな表情が去来しては、ネオに何かを訴えかけてくる。

 

 今の自分。

 

 この空っぽの自分にできる事があるとすればどうするのか、今のネオには分かっている。

 

 後は、決断するだけだった。

 

 

 

 

 

 メインゲートが開かれると、アークエンジェルはゆっくりと水中を進んでいく。

 

 既に北海沿岸で負った損傷はきれいに修復され、吹き飛ばされたエンジンも据え付けが完了している。押し寄せるザフト軍を迎え撃つのに不足は無かった。

 

 その艦長席に座ったまま、マリューは先ほど別れてきた男の事を思い出していた。

 

 彼はムウじゃない。

 

 彼自身に言った言葉は、マリューの本心だった。

 

 自分が愛したムウ・ラ・フラガは2年前のヤキン・ドゥーエ攻防戦でマリュー達を守って死んだ。あの場所にいる彼は、別の人間だ。

 

 どこか別の場所で、別の生活がある、別の人間なのだ。

 

 自分の我儘で引き留めていい人ではない。

 

 だから、これで良かったのだ。マリューは自分にそう言い聞かせる。

 

 やがて、水路を抜けたアークエンジェルは、海面へと浮上する。

 

 ふと目を向ければ、あの海岸には、まだ白い戦闘機が停まっており、その傍らには人影が立っているような気がした。

 

 だが、もう良い。

 

 ほんの短い間だったが、良い夢を見る事ができた。もう見る事も叶わないと思っていた夢を。

 

 あとはこの世界のどこかで、ムウが生きていてくれる。そう思えるだけで、マリューは幸せだった。

 

 やがて、水しぶきを上げてアークエンジェルは離水する。

 

 涙をぬぐい、真っ直ぐに前を見据えて声を張った。

 

「進路20!! これより、オノゴロ島沖のオーブ軍支援の為に出撃する!! アークエンジェル全速前進!!」

 

 

 

 

 

 一方その頃、オーブ沖を目指して全速航行するグレーの戦艦があった。

 

 ミネルバである。

 

 ヘブンズベース戦の後、ジブラルタルに寄港していたミネルバだが、そこでジブリールがオーブに潜伏していると言う情報を受け取った。

 

 そこで、デュランダル議長直々の命令を受けて、ミネルバはオーブ戦に参加すべく駆け付けたのだ。

 

 正直、艦長のタリアとしては面白くない話である。

 

 増援が必要ならカーペンタリアから送れば良い。何も遥か遠く、地球を半周したジブラルタルからミネルバを送る必要はないはずだ。

 

 議長からの直接オーダーと言う事で、見ようによっては信頼されていると取れなくもないが、実際に赴く事になる身としては便利使いされているように思えてならなかった。

 

 とは言え、これが正式な命令である以上、行かない訳にはいかない。

 

 そこで、ほぼ不眠不休で全速航行を続け、どうにか戦闘に間に合わせたのである。

 

 そのパイロット待機所では、既に出撃準備を終えたアリス、レイ、ルナマリアの3人が、出撃命令を待っていた。

 

「状況はどうなっているの?」

 

 アリスはレイに尋ねる。先日、同時にフェイスの認定を受けたアリスとレイだが、立場的にはレイが隊長である。必要な情報はレイが持っている。

 

「ジブリールはまだ見つかっていないようだ。なかなか、頑固に抵抗されているらしい」

 

 流石のオーブ軍と言ったところか。いかにザフトの精鋭でも、簡単には突破できないらしい。

 

 何より、あそこには彼女がいる。

 

 カガリ・・・・・・

 

 アリスは心の中で、そっと呟いた。

 

 あの、オーブを出国する際に交わした掌の温もりは、今でも覚えている。そしてシン同様、敵味方に分かれた今となっても、彼女に対するアリスの友情は変わっていない。

 

 もう間もなく、アリスはあの国へ赴く事になる。今度は、あの国を滅ぼすために。

 

 そんなアリスの様子を見て、レイはヘルメットを持って立ち上がる。

 

「初手から3機出る事も無いだろう。初めは俺が出る」

 

 そう言って出ていこうとするレイ。

 

 だが、

 

「レイ、ボクが行くよ」

 

 そう言ったアリスに、ルナマリアとレイは気遣うように視線を向けてきた。

 

「ちょっとアリス、無理しない方が・・・・・・」

「ああ、やめておけ」

 

 2人とも、アリスがカガリに個人的な友情を持っている事を知っている。それだけに、気遣っているのだ。

 

 そんな2人に、アリスは微笑んで見せた。

 

「2人とも、ありがとう。けど、大丈夫だから」

 

 レイとルナマリアにそう言って、アリスは格納庫へと向かう。

 

 そう、議長が目指す世界を構築する為に、これは逃げてはいけない戦いなのだ。

 

 だからこそ、自分が行かねばならないと思った。

 

「オーブを討つなら、ボクが討つ」

 

 悲壮な覚悟と決意を胸に秘め、アリスは誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 

 

 

 

PHASE-38「王者の帰還」      終わり

 

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