機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-52「2人の道」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に機関は破壊され、艦は完全に停止している。艦内の動力のみは辛うじて予備電源で賄っているが、それが尽きるのも時間の問題であると思われる。

 

 周囲に味方の姿は無く、付き従った僚艦は全て撃沈された物と思われた。

 

 地球連合軍艦隊旗艦ガーティ・ルーの命運は旦夕に迫っている。

 

 装甲のあちこちには着弾の痕が生々しく、大きな裂け目がいくつも出来ている。

 

 主砲をはじめとした主要な火器は殆ど沈黙し、いくつかのイーゲルシュテルンが、向かってくるザフト機に対してか細い抵抗を示しているのみである。

 

 艦内には爆炎が踊り、死傷者が溢れかえっている。それらを収容しようと言う人員すら、既に払底していた。

 

 もはや、撃沈は時間の問題である。

 

 ただ、燃え尽きるまでの僅かな時間を甘受しているに過ぎない。

 

 そんな中にあって、艦橋だけは未だ奇跡的に無傷を保ち続けていた。もっとも、既に大半のセンサーを破壊され回路も断線している為、艦の頭脳としての機能は完全に喪失していたが。

 

 しかしザフト軍は、そんな状態になって尚、ガーティ・ルーへの攻撃をやめようとしない。まるでアーモリーワンでの借りを全て返そうとするかのように、執拗に攻撃を繰り返していた。

 

 そんな中にあって艦橋では、クラークがサバサバとした調子で周囲を見回して言った。

 

「・・・・・・・・・・・・どうやら、これまでのようだね」

「遺憾ですが」

 

 クラークの言葉に、イアンは短く応じる。

 

 イアンの態度は、普段と変わらず事務的。であるが故に、状況が絶望的である事も確定的だった。

 

 艦は既に大破、航行不能に陥っている。武装も残り少ない現状、もはや離脱する事も抵抗する事も不可能だった。

 

 だが悔いはない。自分達は兎にも角にもここまで来た。世界を掌握しようとしているデュランダル議長に対して果敢に挑み、一矢なりとも報いる事ができた。結果を残せなかったのは残念だが、それは初めから度外視しての出撃である。

 

 やるべき事はすべてやったと言う達成感が、彼等の胸の中にはあった。

 

 クラークは胸ポケットから小さな瓶を取り出すと、中に入っていた琥珀色の液体を煽るようにして飲む。

 

 中身は中央ユーラシア産の逸品物のブランデーである。全てが終わったら楽しもうと思っていたのだが、まあ、こんな形で飲むのも悪くないだろう。

 

「飲むかい?」

「ハッ いただきます」

 

 イアンは差し出された小瓶を受け取り口を付けると、程よい香気と共に、舌の上に溶けるような甘さを持った液体が流れ込んできた。

 

「これは、いけますな」

「そうだろう」

 

 イアンの反応に、クラークは満足そうに頷く。

 

 謹厳実直で、くそ真面目を絵に描いたようなイアンも、珍しい事に顔を綻ばせているのが見える。

 

 もはや思い残す事は何もない。全ての仕事をやり終えた、男の顔だった。

 

 見れば、生き残っていた艦橋のスタッフたちも、示し合わせたように2人の周りに集っていた。

 

 それらを見回して、クラークは笑顔を浮かべる。

 

「みんな、よくやってくれた。本当に、ありがとう」

 

 クラークがそう言った瞬間、

 

 ザフト艦からの砲撃が、ガーティ・ルーの艦橋を直撃し、そこにいた全員を閃光の中へと飲み込んで行った。

 

 

 

 

 

 ガーティ・ルーの撃沈とほぼ時を同じくして、スティングもまた最後の時を迎えようとしていた。

 

 当初は圧倒的な戦闘力を見せ付けて他のエクステンデット達を圧倒したスティングだったが、しかし数の差を覆すには、ついに至らなかった。

 

 既に2基の兵装ポッドは破壊され、カオスの本体も傷ついている。右手と右足を吹き飛ばされ、激しくスパークを起こしている。放っておいても、動力が停止するのは時間の問題のように思えた。

 

 そして、

 

「へへ・・・・・・これまで、かよ・・・・・・」

 

 コックピットの中で、スティングは力無く笑う。

 

 コックピット内部の機器からは、絶え間なく火花が飛び散り、モニターはエラー表示によって埋め尽くされている。

 

 そして、スティング自身も無傷ではない。着弾の際に飛び散った破片が腹部に深々と刺さり、内臓にまで達していた。致命傷である。

 

 それでも、当初15機いたウィンダムは3機にまで数を減らしている。スティングが大いに奮戦した事は間違いなかった。

 

 しかし、もはやカオスは全ての武装を失っている。そして、スティングの命の火も、間も無く消えようとしていた。

 

「だがな!!」

 

 消え去ろうとする己が運命に対し、その襟首を掴んで引き戻すが如く、スティングは文字通り血を吐き出しながら叫ぶ。

 

「絶対に、タダじゃ終わらねえからな!!」

 

 スティングが言い放つと同時に、残ったスラスターを全開にして突撃するカオス。

 

 それだけ加速する間にも強烈なGが掛かり、中にいるスティングの体を容赦無く破壊していく。

 

 だが、それはもう、どうでも良い。

 

 ただ、己に残された全てを賭けるだけ。

 

 そのカオスに向けて、残っていた3機のウィンダムがサーベルを手に一斉に斬り掛かる。

 

 振るわれた光刃が、緑色の機体に一斉に突き刺さる。

 

 半壊したカオスにとっても、それは致命的であった。

 

 それを見て、

 

 スティングはニヤリと笑い、最後のコードを打ち込んだ。

 

 次の瞬間、内側から弾けるように、カオスの機体が閃光に包まれる。

 

 自爆。

 

 全ての武装を失い、自身も助からないと悟ったスティングは、最後の手段に打って出たのだ。

 

 閃光に巻き込まれ、ウィンダム3機は成す術も無く火球へと変じる。

 

 全ての視界が白色に染まっていく中で、スティングは1人だけ残っている友に思いを馳せた。

 

「・・・・・・そんじゃラキヤ、悪ぃけど、俺は一足先に行くぜ。お前は、なるべくゆっくり来いよな」

 

 そう呟いた瞬間だった。

 

『・・・・・・スティング』

 

 不意に、名前を呼ばれた気がして、スティングは顔を上げる。

 

 ひどく、懐かしさを感じるその声。

 

 振り返る視線の先には、見覚えのある少年と少女が、スティングに向かって笑いかけているのが見えた。

 

「ステラ!? アウル!? お前等、どうして!?」

 

 驚いて声を掛けると、2人が駆け寄ってくるのが見えた。

 

『迎えに、来た!!』

 

 ステラが嬉しそうに言う。

 

『感謝しろよな。スティング1人じゃ、何か頼りないじゃん。道とか迷いそうだし』

 

 冗談めかして言うアウル。

 

 それに対して、スティングは苦笑しながらも、2人を愛おしそうに見つめる。

 

「ハッ 馬鹿言うなよ。お前等じゃあるまいし」

 

 まったく、こいつらと来たら。暫く会わなかったが、相変わらず危なっかしくて見ていられなかった。

 

 仕方がない。

 

 こいつらの面倒を見てやれる奴なんか、俺以外にはいないんだから。

 

「さあ、行こうぜ」

 

 2人の肩を抱いて歩き出すスティング。

 

 その意識はやがて、ゆっくりと光の中へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルに向かって放たれる砲火。

 

 それらは全て、張り巡らされた防御フィールドによって防がれ、船体に届く事は無い。

 

 その間にもムウは、アカツキを駆って大天使の周囲を飛び回り、取り付こうとする敵を片っ端から撃墜していく。

 

 鉄壁とも言える防衛線を展開するアカツキ。

 

 だが、その中でふと、ムウは不意に、途轍もない喪失感に苛まれて動きを止めた。

 

 何か、自分が大切に思っていた物が、たった今失われてしまったかのような、そんな感覚。

 

「・・・・・・・・・・・・クラーク提督・・・・・・・・・・・・スティング」

 

 確証があったわけではない。

 

 だが、なぜか、その2人の事が無性に頭の中に浮かんできていた。

 

 視線を向ける先には、ただ飛び交う閃光があるだけで、ムウが望んだ物は何も見えない。

 

 だが、確かにムウは、自分がまたも、掛け替えのない物を失ったと感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 陽電子リフレクターと言う強固な守りを失った要塞に対し、オーブ軍は果敢に攻め込み、砲撃を浴びせていく。

 

 それに対し、ザフト軍は当初の優位を完全に失っていた。

 

 アシハラ攻略に向かった主力隊は未だに戻らず、更には、先のネオジェネシスの照射強行により、一部の部隊に離反を招いている。

 

 その為、当初はオーブ軍や地球連合軍の攻勢を堅固に防ぎ止めていた防衛ラインには目に見えて綻びが生じ始めていた。

 

 そのような中にあって、質量数100万トンもあろうかという物体が、メサイアめがけて突撃を開始していた。

 

「メインエンジン全開!! ロケットエンジン点火!!」

「艦首、PS装甲起動!!」

「目標、ネオジェネシス照射用ユニット!!」

「艦首超大型回転衝角、コンジットオンライン!!」

 

 矢継ぎ早に入ってくる報告が、攻撃準備が整いつつある事を告げる。

 

 戦艦武蔵は今、メサイアに向けて艦首を向け、全速力で突撃しようとしていた。

 

 それらを受けて、ユウキは立ち上がる。

 

 戦況はオーブ軍有利に傾きかけてはいるが、それはまだ勝機の糸口を掴んだに過ぎない。だからこそ、その勝利を確実な物に少しでも近付ける必要がある。

 

「艦首、超大型回転衝角始動!! 武蔵、全速前進、突撃開始!!」

 

 ユウキが手を水平に鋭く振るった瞬間、

 

 PS装甲を起動して金色に輝く武蔵の艦首は、唸りを上げて回転を始める。

 

 同時に武蔵は、全動力を全開まで駆使して突撃を開始した。

 

 かつて、落下していくユニウスセブンを破砕した超大型の衝角が、その圧倒的な威力と共にメサイアへ突っ込んで行く。

 

 しかし当然、ザフト軍の方でも武蔵の動きに気付いて、その行動を阻止すべく攻撃を仕掛けてくる。

 

 要塞砲が一斉に火を噴いて武蔵を次々と直撃し、追いついてきたモビルスーツ隊が砲撃を浴びせる。

 

 だが、オーブ軍もやられっぱなしではない。

 

 後方に展開した大和、信濃、スサノオ、ツクヨミが、突撃する武蔵を掩護すべく、メサイアに艦砲射撃を浴びせる。

 

 更に、数が減った防空隊も奮戦し、ザフト軍のモビルスーツ隊を撃ち落としていく。

 

 要塞からの砲撃が、武蔵の前部甲板を直撃する。

 

「第2砲塔大破!! 使用不能!!」

「構わない!!」

 

 オペレーターからの報告に、ユウキは叩き付けるように返す。

 

 事この段に至ったのなら、既に主砲と言えど武蔵にとっては補助用の武装であるに過ぎない。

 

 武蔵最大の武装は、艦首で回転を続けている巨大な衝角である。

 

 ユウキ達との視界の中で、ネオジェネシスの巨大な砲門が見えてくる。要塞内に埋め込まれていると言う違いはあるが、2年前に1度は地球を滅亡の縁に追い込んだ悪魔の兵器である事は間違いない。

 

 こんな物があってはいけない。

 

 あの悪夢を、再び世に出してはいけない。

 

 その想いを乗せて、武蔵は虚空を突き進む。

 

「行けェ!!」

 

 ユウキの声とともに、更に加速する武蔵。

 

 その先端部分が、ついにネオジェネシスと接触した。

 

 本来であるならば、そこで掘削を開始し、一気に内部への侵入を図るところであるが、今回はそうはいかない。

 

 ネオジェネシスの表面もPS装甲である為、物理攻撃に対して極めて高い耐性を持っている。この為、あらゆる物を粉砕するはずの衝角と言えど、突破は容易ではない。

 

 回転を続ける衝角と、ネオジェネシスとの間で、凄まじい火花が生じる。

 

 振動が武蔵を襲う。

 

 文字どおり武蔵そのものをシェーカーにかけたような大震動に、艦内にいるクルー達は、誰もが立っている事ができない程だ。

 

「オーバーブーストの使用を許可!! 一点突破だ!! 艦首がめり込めば、それで良い!!」

 

 ユウキの命令が飛び、艦内のあらゆる動力が衝角へと注がれる。

 

 だが、それを座して見ているザフト軍ではなかった。

 

 いち早く戦線を突破した機体が、武蔵の上空へと迫る。

 

 インパルスだ。

 

「それ以上、やらせるか!!」

 

 ルナマリアの声とともに、武蔵の艦橋に向けてビームライフルを向けるインパルス。頭さえ潰せば終わるはず。

 

 放たれる閃光。

 

 次の瞬間、

 

「ダメェェェェェェェェェェェェ!!」

 

 ライアの絶叫と共に、ライキリ改が射線上に割り込む。

 

 貫かれる機体。

 

「ライア!!」

 

 撃墜されるライキリ改の様子を見ていたユウキが、思わず声を上げる。

 

 力を失ったライキリ改は、そのまま頭から突っ込むように武蔵に激突、破壊された第2主砲塔脇にぶつかる形で停止した。

 

「とんだ邪魔が入ったわね、でもこれで!!」

 

 ライキリ改を排除したルナマリアは、今度こそトドメを刺すべく、再度、ライフルを構える。

 

 だが、それに対してユウキが動いた。

 

「前部副砲、目標インパルス、撃ち方始め!!」

 

 ユウキの命令を受けて、生き残っていた前部副砲がインパルスに向けて緊急発射する。

 

 放たれる3発の砲弾。

 

 レールガンになっている副砲から放たれた砲弾は、インパルスに向けて飛翔する。

 

「クッ!?」

 

 対して、とっさに機体を傾けて回避するルナマリア。

 

 流石に、戦艦の大砲で狙い撃ちされるほど、ルナマリアは間抜けではない。

 

 しかし、再度攻撃位置に着こうとした瞬間、飛来した閃光がインパルスの頭部を吹き飛ばした。

 

 見れば、武蔵の甲板に寝そべった状態のライキリ改が、右腕だけを持ち上げてライフルを構えている。

 

 この時コックピットの中では、ライアが朦朧としながらも、退避しようとしているインパルスにライフルを向けている所だった。

 

「ユウキは・・・・・・やらせない・・・・・・絶対に・・・・・・」

 

 血を吐くようにしながら呟くライア。

 

 だが、そこまでだった。

 

 暗転する意識、その中で、

 

「ユウキ・・・・・・・・・・・・」

 

 最後に愛しい男の名前を呼び、ライアの意識は急速に闇の中へと落ちて行った。

 

 そして、

 

 それとほぼ同時に、変化も起こった。

 

 武蔵の衝角とぶつかりあっているネオジェネシスの表面に、放射状の亀裂が入り始めたのだ。

 

 亀裂は一気に広がり、ネオジェネシス表面へと広がっていく。

 

 確かにPS装甲は、物理攻撃に対して圧倒的な防御力を発揮するが、それも限度がある。度重なる回転の圧力を前に、ついに耐え切れなくなったのだ。

 

 いちど亀裂が入れば、あとは脆い物である。

 

 あっという間に崩れ始め、同時に破片が周囲にまき散らされ始める。

 

 ザフト軍機は慌てて武蔵に砲撃を集中させてくるが、もうお遅い。

 

 武蔵は機関出力を全開まで振り絞り、一気に押し込んでいく。

 

 やがて、武蔵の衝角が根元付近までネオジェネシスの表面にめり込んだ時、特徴的なパラボラアンテナは、見るも無残に破砕した姿をさらけ出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい、意識を失っていただろう?

 

 コックピットのエラー表示がアラーム代わりとなり、イレーナは目を覚ました。

 

「・・・・・・ここは?」

 

 朦朧とした意識の中で、状況を確認しようとする。

 

 自分は確か、フリーダムと戦っていたはず。

 

 そして、最後の一撃を食らい、圧倒的な攻撃の前に敗北、その後の記憶が途切れている。恐らくそこで、気を失ったのだろう。

 

 既に、周囲にフリーダムの姿は見えない。恐らく、他のオーブ軍を掩護しに行ったのだろう。

 

 生き残っているコンソールを操り、ジャッジメントの状況を確認する。

 

 言うまでも無く機体は大破している。武装は全て喪失し、頭部、両腕、右足を欠損、メインスラスターも稼働不能になり、VPS装甲も落ちている。

 

「・・・・・・・・・・・・クッ」

 

 呻き声を漏らす。

 

 負けた。

 

 圧倒的、完膚なきまでの敗北である。やはり、キラ・ヒビキ、最高のコーディネイターには敵わなかった。

 

 議長の秘書を始めた時から、彼を守り、彼の行く道を切り開き、彼の目指す未来を共に見たいと思い、今まで戦ってきた。

 

 たとえ、彼が自分を愛してくれずとも、

 

 彼の心が、未だに親友に向けられていようとも、イレーナには構わなかった。ただ、彼の為に戦い、彼の為に勝利を捧げる事ができればそれで良かった。

 

 だと言うのに、最も大事な戦いで、自分は敗北してしまったのだ。

 

「・・・・・・ごめん・・・・・・ごめんなさい、ギルバート」

 

 嗚咽と共に、言葉を漏らす。

 

 自分は無能者だ。肝心な時に、彼の役に立てなかった。

 

 途方もない無力感と絶望感が、イレーナを包み込む。

 

 いっそ、このまま消えてしまいたい。

 

 そんな事を考えた時だった。

 

 ふと、顔を上げる。

 

 その視線の先には、砲火に包まれているメサイアの姿が映った。

 

 既に陽電子リフレクターは失われ、オーブ軍の砲撃は要塞本体にまで及び始めている。

 

 涙で濡れた瞳で、その様子を見詰めるイレーナ。

 

 だが、やがて何かに突き動かされるように、機体を操作し、生き残っているスラスターに火を入れると方向転換させる。

 

 行かなきゃ。

 

 イレーナは、茫洋とした目で、しかし、手つきは明確な意思を持って、既に殆ど動けなくなったジャッジメントを要塞へと向ける。

 

 戻らなくては。

 

 ある種の妄執のように心の中で呟きながら、イレーナは要塞を目指す。

 

 たとえ無能者であっても、最後の最後まで戦い、議長を守り続ける。

 

 ただ、それだけを存在意義とした女性は、這うように要塞への道を戻っていった。

 

 

 

 

 

 振動が、徐々に大きくなっており、オーブ軍の攻撃が激しさを増しているのが分かる。

 

 陽電子リフレクターの守りを失った要塞は脆い物である。

 

 既に被害はメサイアの内部にも及び始めており、艦砲射撃の余波による振動は強まりつつあった。

 

 そんな中、ラキヤはアリスを支えるようにしてさ迷い歩き、ようやくの思いで医務室を探し当てていた。

 

 中は無人だったが、医薬品や治療用の器材等は残されていた。

 

 これは幸いだったかもしれない。他のザフト兵士に見咎められでもしたら、ラキヤ自身の身が危ないし、それが無かったとしても、医薬品等がどこか別の場所に運び出されていたりしたら、アリスの治療もままならないところだった。

 

 軍医はどこか別の区画の応援に行っているのか、それとも既に、要塞自体が放棄せざるを得ない状態となっているのか。

 

 いずれにしても、僥倖であるのは確かだった。

 

 早速アリスをベッドに座らせると、医薬品や道具の陳列されている棚から、一通りの物を揃えてアリスの元へと戻った。

 

 その間にアリスは、パイロットスーツの上を肌蹴てTシャツ1枚になると、撃たれた右腕を露出させた。

 

 弾丸は右腕の上腕骨外側を抉り、肉を削ぎ取るような形になって通過していた。重傷と言う程ではないかもしれないが、それでもかなり深い傷である。

 

 ラキヤは無針注射を使って抗生物質を打ち込むと、消毒薬を染み込ませた脱脂綿を傷口に当てる。

 

「いい? 少し沁みるよ」

「は、はい」

 

 傷口にガーゼを当てると、アリスは「ウッ」と呻き声を漏らした。

 

 その後、軽く縫合を施す。これもかなり痛みを伴うはずだが、アリスは悲鳴を上げずに堪えた。

 

 最後に包帯を巻いて、どうにか即席の治療を終えた。

 

「これで、ひとまずは安心かな。あとで、ちゃんと診てもらった方が良いだろうけど」

「ありがとうございます」

 

 パイロットスーツを着こみながら、アリスは微笑みを浮かべる。

 

 そんなアリスを見詰めて、ラキヤも微笑を見せる。

 

 どちらからともなく、唇を重ねる2人。

 

 外はひどい喧騒にあると言うのに、2人がいるこの空間だけは、何だか外界から切り離された静寂の中にいるようである。

 

「・・・・・・ねえ、先輩」

 

 キスを終えてから、アリスは真剣な眼差しをラキヤに向けて尋ねた。

 

「先輩は、デスティニープランについて、どう考えてますか?」

 

 僥倖とも言える機会を得たので、アリスは、かねてから思っていた事をラキヤにぶつけてみた。

 

 あの議長の宣言は、ラキヤも知っているはず。知っているからこそ、この決戦の場に現れたのだ。

 

 ならば、この年上の恋人が、デスティニープランに対してどのような考えを持っているのか、アリスは知りたかった。

 

 そんなアリスに対して、

 

「僕は、反対かな」

 

 ラキヤは、どこか苦笑するような、それでいてはっきりとした口調で答えた。

 

 やっぱり、と思う反面、どこかホッとしたような思いが、アリスの脳裏に浮かぶ。何となく、ラキヤならこういうだろうと言う思いが、アリスの中ではあったのだ。

 

 アリスは、更に続けて尋ねてみた。

 

「それは、ナチュラルとして、地球連合軍として、ですか?」

「それもあるよ」

 

 答えてから、ラキヤは続ける。

 

「僕は地球軍の軍人として、地球に住むみんなの為に、デスティニープランに反対する。そう言う思いもあるのは確かだね」

「じゃあ、他にも何か?」

 

 そう尋ねるアリスの頬を、ラキヤは優しく撫でる。

 

 うっとりとした眼つきでラキヤを見るアリスに、ラキヤは言った。

 

「あのエーゲ海に面した街で僕はアリスと再会して、そして恋人になる事ができた。これを僕は、『運命』なんて言う軽い言葉で片付けてほしくない。あれは僕と、そしてアリスが苦難の末に勝ち取った『未来』であり『現実』なんだ。仮にもし、これが初めから定められていた『運命』だったんだとしても、人から与えられた運命なんか、僕はいらない。運命は、僕達がやったように、苦難の末に勝ち取って前へ進むべきなんだ」

 

 その言葉に、アリスは頬が熱くなると同時に、今まで自分の中で蟠っていた迷いが、一気に氷解したかのようだった。

 

 運命は人から与えられるものではなく、勝ち取って前へ進むもの。上から目線に、まるで物を与えられる運命なんかに価値は無い。

 

 運命は、自分で掴んでこそ、初めて価値がある。だからこそ、人は日々歯を食いしばって前へと進まなくてはならないのだとラキヤは言っているのだ。

 

 顔を上げるアリス。

 

 そこには、満面の笑顔が浮かべられている。この少女が本来持つ、心に太陽をともしたような、果てしなく明るい笑顔だった。

 

「ボクも・・・・・・」

 

 胸いっぱいに広がる想いを、アリスは言葉に紡ぐ。

 

「ボクも、先輩と一緒に、勝ち取った運命を歩んで行きたい。そう思っています」

「うん」

 

 頷くラキヤ。

 

 自分達の今この瞬間は、運命によって与えられた物ではない。自分達が自分達の手で勝ち取った物なのだ。

 

 今、アリスは己の中にある全ての迷いと決別し、ラキヤと共に歩いて行く事を決断したのだ。

 

 しかし、それは事実上、アリスがデスティニープランと、そしてデュランダル議長との決別を意味する宣言でもあった。

 

 決して平坦な道ではないだろう。途中で、投げ出したいと思う事も有るかもしれない。

 

 しかしそれでも、2人でなら、一緒に歩んで行けると思った。

 

 2人は互いの想いを確認し合うように、もう一度、優しく唇を重ねた。

 

 とは言え、和んでいられる時間はそれほど長くは無い。

 

 振動はいよいよ激しくなり、要塞陥落は時間の問題であるかのように思われた。

 

「アリス、あまり時間が無いみたいだ。立てる?」

「あ、はい、大丈夫です」

 

 そう言って元気に答えるアリス。

 

 しかし、やはり即席の手術の後である。一応、ふらつかないように、横からラキヤが支える形で医務室を後にする。

 

 脱出に関しては、一応のプランはある。どうにか機体のある港口まで戻る事ができれば、デスティニーで脱出できるはずだった。

 

 だが、歩きはじめようとした時だった。

 

「・・・・・・あれ?」

 

 ふと、廊下の向こうを見て、アリスは足を止める。

 

「どうしたの?」

「あれ、は・・・・・・・・・・・・」

 

 ラキヤが呆然とするアリスの視線を追ってみると、そこには黒髪のザフト兵士が廊下を歩いているのが見えた。

 

 見覚えがある。確か、ポートタルキウスでアリスと一緒にいた隊長だったはずだ。

 

 だが、彼の他にもう1人、明らかにザフトの軍人ではない人物も一緒に歩いているのが見えたのだ。

 

 豊かなピンク色の髪に、柔らかそうな表情は、ラキヤでなくても見覚えがあって当然だろう。なぜならある意味、デュランダル以上に世間を騒がせている人物なのだから。

 

「・・・・・・・・・・・・ラクス様?」

 

 アリスは、その少女の名前を呆然と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストライクフリーダムは、8枚の翼を一斉に射出、向かってくるグフの、ザクの、ゲイツの武装を的確に吹き飛ばし、戦闘能力を奪い取っていく。

 

 展開される14連装フルバーストは、圧倒的な火力を見せつけて、押し寄せようとする敵を薙ぎ払っていく。

 

 既に戦闘開始から10時間近く経過している。その間、若干の小休止を挟みつつも、フリーダムは縦横に戦線を駆け巡り続けている。

 

 無限の動力を持つモビルスーツが、無限に戦い続ける事ができるか?

 

 答えは否である。

 

 機体が無限に動けても、操縦しているパイロットはそうはいかない。いかにスーパーコーディネイターやプロトエクステンデットであっても、限界は必ず来る。

 

 殆ど間断無く戦い続けてきたエスト、そしてキラも、疲労の色は濃い。普通の兵士ならば、とっくに過労で倒れているレベルだ。

 

 しかし、それでも2人とも、残る力の全てを注ぎ込むように戦い続けている。

 

 朦朧とする意識。

 

 それでも尚、照準は精密、操縦は苛烈にして精緻。

 

 ただの1機すら大破させる事無く、戦闘力のみを奪い続けて戦うフリーダムの姿は、もはや鬼神もかくやと言うべき代物である。

 

「エスト、大丈夫!?」

「・・・・・・・・・・・・は・・・・・・はい!!」

 

 尋ねるキラに、エストは息も耐えがちに答える。

 

 疲労の極になって尚、エストのオペレートにブレは無い。精密機械よりも精密にキラをサポートし続けている。

 

 そんなエストの方に、キラはちらっと視線を向けると、僅かに目を細める。

 

 エストはもう限界だ。これ以上、戦わせるのは危険である。

 

 キラは、コンソールの端にあるキーに手を伸ばそうとする。それはデュアルリンクシステムをカットオフする為の物である。その操作を行えば、前席から強制的にデュアルリンクシステムをオフラインにすることができる。

 

 そうするべきだ。これ以上、エストを戦わせないために。

 

 キラがそう考えて、キーに触れる。

 

 その時だった

 

「やめてください!!」

 

 この上ないくらい強い口調で、エストがキラを制した。

 

 動きを止めて振り返るキラ。

 

 対してエストは、荒い息のままキラを睨んでくる。

 

「エスト?」

「私は・・・・・・あなたのパートナーです・・・・・・」

 

 苦しげに、しかしそれでも強い口調で、エストは言う。

 

「もう、置いてけぼりは嫌です」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 2年前、キラと共に戦う事ができなかったエスト。

 

 だからこそ、無限とも思える後悔の末に、エストは死んでもキラから離れないと誓ったのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・判った」

 

 そんなエストに対し、キラは諦めたように頷きを返す。

 

 もう、何も言うまい。ただ、自分の背中を守ってくれる最高の相棒であり、最愛の少女を信じて戦い抜くのみだった。

 

 その時、

 

「キラ、あれを見てください」

 

 エストの警告に従い、視線を巡らせる。

 

 そこで、

 

「あれはッ!?」

 

 キラは目を剥いた。

 

 デブリ帯の中から滲み出るように、多数のモビルスーツが飛び出してくるのが見える。

 

 ザクに、グフに、ゲイツが、飛び出すと同時に、進路を変えてこちらへと向かってくる。

 

 アシハラに行っていたザフト軍の主力隊が、ついに戻ってきたのだ。

 

 キラは内心で臍を噛む。

 

 まずい事になった。まだオーブ軍は要塞を陥落させるには至っていない。更に少数での連戦である為、皆が皆、疲労の色も濃い。もはや、まともな戦闘力を残している部隊は皆無に近いだろう。この上、敵の主力まで相手にするとなると敗北は必至だった。

 

 もはや、ザフトの大軍を相手にできるだけの力はオーブ軍にはない。

 

「・・・・・・・・・・・・ごめん、エスト」

「別にかまいません」

 

 静かに告げるキラの言葉に対して、エストは何も聞かずに返事を返す。

 

 自分のパートナーなら、必ずそう決断する事は判っていたし、それに自分が従うのは、当然の事だった。

 

 振り返り、微笑を浮かべるキラ。

 

 対してエストも、笑顔を返す。

 

「愛してるよ、エスト」

「私もです、キラ」

 

 頷き合う2人。

 

 同時に蒼翼の熾天使は、その8枚の翼を広げてザフト軍の中へと斬り込んで行った。

 

 

 

 

 

「手は、大丈夫か?」

 

 先を歩くラクスに対して、アスランは気遣うように尋ねた。

 

 崩壊が始まったメサイアの中を、アスランはラクスを先に歩かせる形で、議長のいる中央指令室を目指していた。

 

 ラクスの手には手錠が嵌めてある。一応、誰か味方に見咎められたときに、「連行中」と言う言い訳をする為である。

 

 勿論、良い訳として苦しい事はアスランにも判っている。連行するにしたら、独房に連れて行くはずだし、それ以前に警備兵に引き渡すのが常識だ。フェイスのモビルスーツ隊隊長が自ら連行するなど聞いた事も無い。

 

 だが、それでも念のため、用心に越しておくことは無かった。

 

「ええ、大丈夫ですわ。お気遣い、ありがとうございます」

 

 そう言って、ラクスは微笑む。

 

 一応、手錠は緩くかけておいたので負担にはならないと思うが、それでも変に怪我をさせないか心配だった。

 

 メサイアの中は、既にオーブ軍の攻撃でかなり破壊が進んでいる。

 

 一応、中央指令室の周辺は、まだそれほどでもないようだが、それでもいつまで保つか判らないのが現状である。

 

 進んでいく中で、人影もほとんど見えない。どうやら既に、要塞の放棄が始まっているらしい。

 

 そんな中で、2人は目指す中央指令室へとたどり着いた。

 

 指令室の中も無人である。既に全員が退避したらしく、中には1人の兵士もいなかった。

 

 ただ1人、

 

「やあ、よく来たね」

 

 この世界の王とでも呼ぶべき人物は、常の余裕を称えたまま、玉座に腰掛けて2人が来るのを待っていた。

 

 

 

 

 

PHASE-52「2人の道」      終わり

 

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