機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-53「頂上決戦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラクス、アスラン、そしてデュランダル

 

 3人のみが存在しているメサイア中央指令室は、外の喧騒など、まるで何もないかのような静寂を保ち続けている。

 

 ラクスと、そしてデュランダル。

 

 この大戦における最大の宿敵とも言える2人が、ついに直接対峙する場に立っていた。

 

「こうして会うのは初めてだね。しかし不思議な物だ。君とは何だか、初対面ではないような気がしてならない」

「光栄ですわ。わたくしも議長とは、昔からの知り合いであるように思えます」

 

 双方、皮肉が入っていない訳ではないが、初めての会話は、そのように当たり障りのないところから入った。

 

 そこでふと、デュランダルはラクスの手元に目をやり、彼女が手錠に繋がれている事に気付くと、次いで、ラクスの傍らに立つアスランに目をやった。

 

「すまないがアスラン、彼女の手錠を外してやってくれないか」

「議長・・・・・・・・・・・・」

 

 何かを言おうとして、しかしアスランはそれ以上言葉が続かない。自分のした事が議長の意にそぐわないであろう事は自覚している。その自分が、こうしてデュランダルの前に立っている事が憚られる気がした。

 

 そんなアスランを見て、議長は「何も言わなくて良い」というように、頷いて見せる。

 

 明確に裏切ったわけではないようだが、それでもアスランの中でデュランダルに対する不信と疑念が大きな割合を占めるに至ってしまったのは見てわかる。

 

 こうなると、恐らくもう駄目だろう。アスランの忠義は正義の上にこそ成立し、最大限の力を発揮する。欺瞞と疑惑の塊と化した今のデュランダルに、アスランがついて来る事は、残念だがもう無いだろう。

 

 やはり、彼は紅の騎士。正義無くして、彼を飼い馴らす事などできはしなかったか。

 

 諦念と共に、デュランダルは自嘲気味に笑う。思えば、こうなる事は初めから判っていた気がする。

 

 それでも尚、デュランダルはアスランと言う駒を手元に置きたかった。それはある意味、かつて同じように「挫折」を経験したが故の共感であったのかもしれない。

 

 アスランが手錠を外すと、ラクスは真っ直ぐにデュランダルに向き直った。

 

「さて、これで落ち着いて話ができるかな」

「そうですわね」

 

 改めて向かい合う2人。

 

 その視線が、火花となって交錯し、視界の中でぶつかり合うのが見える気がした。

 

「だが・・・・・・・・・・・・」

 

 切り出したのは、デュランダルの方が先だった。

 

「本来であるなら、このような場を持つ事の意味も、あまり無かったと私は思うのだがね」

「それは、なぜでしょうか?」

 

 対してラクスは、まだ自分の意見は主張せず、デュランダルの主張に聞き入る。

 

「君達が私の意見に賛同し、無意味な抵抗をしなければ、今日の犠牲の多くは、回避する事もできた筈だ」

 

 デュランダルは断言するように言う。

 

 傲慢とも言える主張だが、彼は自らの内に信念を持って言った。

 

 世界は、自分の決定に従い、平和への道を邁進するべきだと。そしてそれに従わない者は、この世界の平和を乱す「悪」であると。

 

「世界はもう、変わるべき時に来ている。それは君にも判っているはずだ」

 

 議長の主張は、アスランが先にラクスにぶつけた物と同様だった。

 

「戦争が続き、多くの尊い命が無為に失われている。それは全て、現状の世界が生み出した犠牲者と言って良いだろう」

 

 ロゴスが作り出した、争いの絶えない世界。

 

 一部の特権者のみが利益を貪り、彼等の懐を温めるだけに戦場で儚く散っていく多くの若き兵士達。そして戦火によって意味も無く蹂躙される、何の罪も無い民間人。

 

 そんな狂った世界が正しいと思える人間など、この世では少数であるはずだ。

 

「彼等のような悲劇は、もうあってはならない。だからこそ、変革は急がなくてはならないのだよ」

「議長の御意見はもっともであると、わたくしも思います」

 

 デュランダルの言葉に対して、初めてラクスが反応を見せた。

 

 その可憐な瞳は、真っ直ぐに、しかし同時に斬り裂くような鋭さを持ってデュランダルに注がれている。

 

「変革を急ぐべき、とのお考えには共感できるものがあります」

 

 かつて、デュランダルはラクスを暗殺すべく、部隊を送り込んだことがある。

 

 勿論、事の真相についてラクスには確証がある訳ではないが、それでもラクスは、自分を殺そうとした人物が、目の前の玉座に泰然と座っている男であると確信している。

 

 しかし、それらを飲み込んでラクスは続ける。

 

「わたくしも、先の大戦、そして今回の戦いでも前線を駆け、多くの人々の死を目の当たりにしてきました。だからこそ、彼等の犠牲を無駄にしてはならないと言う気持ちは、常に持っているつもりです」

「ならば、君も私に賛同すべきだ。私のプランこそが、この世界から争いを無くす、唯一の手段なのだから」

 

 鷹揚に告げるデュランダルに対し、

 

「いいえ」

 

 ラクスはきっぱりと、首を横に振った。

 

「わたくしは、そうは思いません」

「・・・・・・なぜかね?」

 

 デュランダルは慎重に言葉を絞るようにして先を促す。

 

 どうやらラクスが、自らの主張をする事を感じ取ったようだ。それを受けて、反論を組み立てる準備をするのだ。

 

「大きな変革は必ず大きな犠牲を生み、それがまた別の争いを生む事になります。だからこそ変革とは慎重に行い、少しずつ、犠牲が出ないように進めていくべきなのです」

 

 アスランに語った物と同じ論法を展開するラクス。

 

 変革を行う事自体には反対はしないが、それをやるにしても慎重に事を進めるべきだというのが、彼女の考えの骨子である。

 

 ラクスの主張を聞き終えて、デュランダルは「成程」と言うように、肯いてから口を開いた。

 

「君の考えは分かった。だが、言うまでもなく、君のやり方は時間が掛かるだろう」

 

 そう言って、デュランダルは反論に出る。

 

「人類が地球という大地に生命を得てから、既に星霜とも言える月日が流れてきたが、その間、争いが絶える事はなかったのは事実だ。そしてこれから先、今のような事を続けていたら、更に星霜の時を費やしたとしても平和は訪れないかもしれない。その間にまた多くの命が失われる事となる。それを食い止め、恒久的な平和を勝ち取る為に、今こそ変革は必要なのだよ」

「それで、より大きな犠牲を出したのでは、何の意味もありません」

 

 デュランダルの主張に対し、ラクスは真っ向から否定の意見を述べた。

 

 

 

 

 

 そんな2人のやり取りの様子を、物陰から見つめる2対の目があった。

 

 ザフト軍と地球軍のパイロットスーツを着た2人の男女。アリスとラキヤである。

 

 アリスの治療を終えて脱出しようとしていた2人だが、中央指令室の方に向かうアスランとラクスの姿を見つけて、ここまで追いかけてきたのだ。

 

「ラクス様・・・・・・・・・・・・」

「あれがラクス・クライン・・・・・・そしてデュランダル議長、か。何か、すごい事になってるね」

 

 世界のこれからの在り方について、激しく舌戦を交わす2人。

 

 ラクスとデュランダル。

 

 今や「時の人」とも言うべき2大巨頭の直接対決の場に出くわし、2人は思わず固唾をのんで見入っている。

 

 歴史上、相争う2つの軍の総大将同士が、戦場で直接刃を交えたという例は、実は少ない。

 

 プラント代表であるデュランダルと、ある意味でオーブ軍の象徴とも言うべきラクス。

 

 この砲火の飛ばない戦場において、この2人の対決こそが、ある意味「決戦」であるとも言えるだろう。

 

 正直、ただの兵士にすぎないアリスやラキヤには、考えもつかないような事ではあるが、それでも、この瞬間、歴史は分岐点に立っているのだという事は理解できた。

 

 ラクスが目指す未来と、デュランダルが説く未来。

 

 どちらを選ぶかによって、世界の今後が大きく変わる事になる。

 

「失礼ながら議長は、デスティニープランがもたらした平和が、長く続くとお思いですか?」

 

 一同が見守る中で、ラクスは更に言葉を続ける。

 

「わたくしには、そうは思えません」

「・・・・・・ほう、それはなぜかね?」

 

 デュランダルは、先を促すように笑みを浮かべる。

 

「先ほど議長がおっしゃったように、人類は長い間争い続けてきました。たとえ一時、平和を甘受する事が出来たとしても、すぐにまた別の戦争が起こる。これまでの世界がその繰り返しだったのは確かです」

 

 それは、先の大戦が終わってから、僅か2年で再び大きな戦いが始まった事からも言えるだろう。

 

 人が人である限り、争う運命からは逃れられない。

 

 大昔の人間が言った言葉が、まるで真実であるかのようだ。

 

「人類の歴史が始まってから今日に至るまで、恒久的な平和が実現した事はただの一度もありません」

 

 ラクスは、眦を上げて言う。

 

「だからわたくしも、『恒久的な平和』を目指すつもりはありません」

「なッ!?」

「えッ!?」

「ふうん・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ラクスの言葉に対し、アスラン、アリス、ラキヤは三様の反応を示す。

 

 1人、デュランダルだけは無言のまま、ラクスを見つめていた。

 

「ですが、戦争が終わった後、50年程度なら、争いの無い平和が続いた時期は幾度もありました。わたくしは平和を目指す者として、恒久的な平和ではなく、この『50年間の争いの無い時代』を目指したいと考えています。

 

 50年と言えば半世紀。こう言ってしまえば短いと感じられるかもしれない。

 

 しかし、人の一生が約100年前後と換算すれば、半世紀はその半分に相当する。更に、人間1人が世に貢献できる時間が40年から50年であると計算すれば、戦争が起こっている期間は、ほんの僅か、上手くすれば、ほとんど戦争の無い時代を過ごす世代も出てくるだろう。

 

 そう考えれば50年という時間は、決して短くはなかった。

 

「面白い考え方だ」

 

 デュランダルは、笑みを浮かべながら言った。

 

「しかし、結局その考え方は敗北ではないのかな? 平和を目指す戦いに対する」

「いいえ」

 

 ラクスもまた、毅然と言葉を返す。

 

「50年の時間を平和に過ごし、更に次の時代へと引き継ぐ。そうして、引き継いだ人達が、また次の50年を平和の内に過ごす。平和とは、そうやって時代時代の人々が、積み重ねていくべきものだと考えます」

 

 言うまでもない事だが、人の命は有限だ。それは、デュランダルやラクスであったとしても例外ではない。

 

 今ここで、デュランダルがデスティニープランを実行したとしても、あるいは彼が生きているうちはまだ良いかもしれない。しかし、デュランダルがいなくなった後は、必ずエラーが起こる。プランを利用として特権を得ようとする者、あるいは自分の利益の為にプランを歪めてしまう者が必ず現れるだろう。

 

 そうなると、再び争いは起こってしまうのは必定だった。

 

「しかし、それでは君が目指す世界でも、一緒ではないのかね? いや、もっと犠牲が増える可能性すらある。それを君は、どうしようというのかね?」

 

 ラクスのやり方でも、平和が来るとは限らない。

 

 ならば、ここでデスティニープランを導入するのと、変わらないのではないか、とデュランダルは言う。

 

 対して、

 

「覚悟はあります」

 

 ラクスは言い放つ。

 

「わたくしは、もう逃げも隠れもしません」

 

 その視線は、射抜くような鋭さでデュランダルへ注がれている。

 

「これから起こる、全ての悲しみも、非難も、汚名も、わたくし1人が受け止め、この命がある限り戦い続けます」

 

 この2年間、ラクスは何もして来なかった。その結果が、今日を招く一助となっているというなら、ラクスは今度こそ最後まで戦い抜くつもりである。

 

 デュランダルがやるように、一気に改革を推し進めて傷を深くするよりも、あくまで現状を維持したまま、対話と融和によって短期間の平和を実現する。そうして勝ちとった平和を、また次の世代に継承し、今度は彼らが彼等なりのやり方で平和を模索していく。

 

 それが、ラクスの考えだった。

 

 その為ならば、如何なる汚名を蒙る事も恐れない。

 

 ラクスの答えに、デュランダルは穏やかな笑みを浮かべた。

 

 彼女の言っている事は夢想だ。それで平和が来るという保証はどこにもない。

 

 しかし、

 

 デュランダルの主張もまた、夢想の域を出ない事は自覚せざるを得なかった。

 

 結局のところ、どう言い繕っても変革とは夢想の積み重ねにすぎないのかもしれない。ただ、その夢想を現実にする力があるかどうかは、別の話なのだ。

 

 笑みが、自嘲の色を刻む。

 

 この事が、敗北だとはデュランダルは思わない。自分が目指している物は紛れもなく平和への道であるし、それが間違っていたとは思っていない。

 

 しかし、後悔はある。

 

 それは、もっと早く、ラクスとこうして会談の場を持つべきだったかもしれない、という事だ。

 

 彼はラクスの力を恐れ、その存在を危険に思い排除しようとした。

 

 しかし、それだけはある意味、間違いだったかもしれない。彼女とは敵対ではなく、融和によって、共に歩んでいくべきであったかもしれない。

 

「・・・・・・・・・・・・成程」

 

 デュランダルは、満足そうに顔を上げて言った。

 

「・・・・・・これが・・・・・・ラクス・クライン・・・・・・か」

 

 言った瞬間、

 

 デュランダルの体から力が抜け、ゆっくりと、玉座から滑り落ちるようにして床に倒れた。

 

「議長!!」

「デュランダル議長!!」

 

 声を上げるラクスとアスラン。

 

 慌てて駆け寄る。

 

 そこへ、

 

「デュランダル議長!!」

 

 背後から突然発せられ声に、振り返るアスラン。

 

 その視線の先には、見覚えのある少女が走ってくるのが見えた。

 

「アリス、お前!?」

 

 突然のアリスの登場に、アスランは声を上げて驚く。まさか、自分達以外に、会話を聞いていた人間がいたとは思わなかったのだ。

 

 彼女の背後からはもう1人、地球軍のパイロットが歩いてくるのが見える。

 

 一瞬アスランは、銃を向けようとしたが、すぐにやめた。その地球軍のパイロットがアリスと行動を共にしているように見えたし、何より、彼女に危害を加えるようには見えなかったのだ。

 

 ラクスに抱き起こされるデュランダル。その腹部には、深々とした裂傷ができていた。

 

 致命傷である。

 

 照明がほとんど落ちている状態だったため気付かなかったが、出血もかなりひどい。

 

 恐らく、艦砲射撃の影響で指令室が崩壊した時の余波だろう。

 

 デュランダルはこのような状態で、今までラクスと膝詰めの舌戦を行っていたのだ。それも、周囲の人間はおろか、当のラクスにすら負傷の事を気付かせないまま。

 

 恐るべき、精神力の強さである。

 

「・・・・・・どうやら、好むと好まざるとにかかわらず、私の運命はここまでのようだな」

「議長ッ」

 

 命の灯が消えようとしているデュランダルに対し、ラクスはその手を握り締める。

 

 対してデュランダルは、自身の好敵手である少女に、強い眼差しを向ける。

 

「これから・・・君には、数々の困難が降り注ぐだろう・・・・・・君を恨み、君を排除しようとする輩は、多く現れるはずだ、私のように」

「・・・・・・・・・・・・」

「だが・・・・・・それらに負けず、歩み続けるのだ、ラクス・・・クライン・・・・・・」

「・・・・・・はい」

 

 決して、相入れる事は出来ない。

 

 しかし、同じ時代に、同じように平和への理想を抱き、そして別の道を歩む事を選んだ者として、ラクスもデュランダルも、互いに対する敬意を忘れる事はなかった。

 

 デュランダルは、続いてアスランを見る。

 

「アスラン・・・・・・彼女を、支えてやってくれ・・・・・・彼女と、それから、アスハ代表には、君のような強い味方が、必要だ・・・・・・」

「・・・・・・分かりました」

 

 紅の騎士は、真摯な眼差しを、自分達の「王」に向けて肯く。

 

 この人は道を間違えたのではない。ただ、道を急ぎすぎたのだ。彼をそうまでして急かした物が何であったかは、アスランには最早分からない。ただ、理想を追い、最後まで理想を曲げず走り続けたデュランダルの姿勢は、尊敬するのに十分であると思った。

 

 デュランダルはさらに、アリスへと目を向けた。

 

「・・・・・・すまなかったね、アリス」

「・・・・・・え?」

 

 突然の謝罪の言葉に、アリスは戸惑いを禁じ得なかった。

 

「私は、ずっと・・・・・・君を利用し、続けてきたのだよ」

 

 遺伝子解析によってアリスの才能をいち早く見抜いていたデュランダルは、彼女に最新鋭の機体を与え、英雄に仕立て、優遇を続けてきたのだ。

 

 そして、彼女はそれに、実によく答えてくれた。

 

 アリスはデュランダルにとって、最良の「駒」に他ならなかった。

 

「・・・・・・すまなかった。そして、ありがとう」

「そんな、議長!!」

 

 自分の最大の支援者に対して、アリスも声を上げて泣く。

 

 その時だった。

 

「ギルバート・・・・・・」

 

 背後から、途切れるような声が聞こえて、一同は振り返る。

 

 そこには、傷を追ってボロボロになりながら歩いてくる、パイロットスーツを着た女性の姿があった。

 

 その姿を見て、デュランダルは顔を綻ばせる。

 

「やあ・・・・・・イレーナ、君も来てくれたのか」

 

 自分の忠臣が来てくれた事が、デュランダルにはとても嬉しく思えた。

 

 そんなデュランダルに対し、イレーナはすぐ傍らまで歩み寄って座り込む。

 

「・・・・・・ごめんなさい、ギルバート」

 

 変わり果てた愛する人の姿を見て、イレーナは落ちる涙を止められなかった。

 

 結局、守れなかった。

 

 彼が目指そうとした世界も、そして彼自身も。

 

 そんなイレーナに対して、デュランダルは優しく、それでいて最後の力を振り絞って笑いかける。

 

「今まで、本当にありがとう・・・・・・イレーナ」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を上げるイレーナの目に、デュランダルの笑顔が映る。

 

「君がいてくれたから・・・・・・私はここまで来れた・・・・・・私が今までやって来れたのは、全部、君の、おかげだよ・・・・・・・・・・・・」

「ギルバート・・・・・・・・・・・・」

 

 そうしている内にもデュランダルの目はゆっくりと閉じられ、声は掠れながら小さくなっていく。

 

「・・・・・・そうだ・・・・・・以前、君と、タリアと、3人でよく行ったクラブ・・・・・・あれは、何と言ったかな・・・・・・」

 

 うわ言のように囁かれる声は、もはや殆ど聞き取る事も出来ない。

 

「・・・・・・また、行きたいね・・・・・・今度は・・・・・・君と・・・・・・2人、で・・・・・・・・・・・・」

 

 その言葉を最後に、デュランダルの目は永久に閉じられた。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役の後、プラントの自治権獲得を成し、今次大戦においては常に世界をリードし続けた一代の英傑が、今、敵と味方、異なる陣営の者達に見守られながら他界した。

 

 沈黙が、指令室を満たす。ただ、遠くで行われている戦いの音だけが、弔鐘のように鳴り響いていた。

 

 誰もが、偉大なる巨星の存在に対し、哀悼の意を示さずにはいられないでいる。

 

 どれくらい、そうしていただろう。

 

 やがて、イレーナは涙を拭って顔を上げると、一同をぐるりと見回した。

 

「・・・・・・もう、ここも長くありません」

 

 静かに告げるイレーナ。

 

 そう言っている内にも、室内は大きな振動に見舞われ続けている。

 

 オーブ軍の艦砲射撃は、ますます熾烈になってきている。メサイアが崩壊するのは、時間の問題のように思えた。

 

 イレーナは、一同を見回して言う。

 

「後は、私が引き受けますから、あなた達は早く脱出を」

「それは良いが、あなたはどうするんだ?」

 

 尋ねるアスランに対し、イレーナは答えない。ただ、柔らかく笑みを浮かべるだけである。

 

 対して、アスランも何も答えようとはしなかった。その表情だけで、イレーナが何を考えているのか察したのだ。

 

「アリス、行こう」

 

 まず先に踵を返したのはラキヤである。彼は立ち尽くしている恋人の肩を叩いて歩き出す。

 

 促されるとアリスは、一度だけデュランダルの亡骸に目を向け、やがてラキヤに支えられるようにして歩き出した。

 

 次いでアスランもまた、デュランダルの亡骸に敬礼すると、ラクスを伴ったその場を立ち去ろうとする。

 

「タリアに会ったら、伝えてください」

 

 そのアスランに、背後からイレーナが声をかけた。

 

「あなたといられて、とても楽しかった、と。そして、家族を大事に、とも」

「・・・・・・判りました」

 

 頷いて、去っていくアスランとラクス。

 

 それを見送ると、中央指令室には、デュランダルとイレーナだけが残された。

 

 デュランダルの顔を、愛おしげに撫でるイレーナ。

 

 タリアには悪いと思う。

 

 彼女とデュランダルが、未だに想いを通わせているのは知っていたから。

 

 しかし、

 

「この人の魂は、私が連れて行く。その役目だけは、誰にも譲らない」

 

 そう言って、デュランダルの体を優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリスとラキヤが港口に戻ると、奇跡的にまだ、砲火は及んでいなかった。

 

 しかしそれも、予断が許される状態ではない。

 

 振動はますます大きくなり、砲火は無視しえないレベルになりつつある。いつ、炎がここに襲ってくるかわからなかった。脱出を急ぐ必要がある。

 

 もっとも、大破したストームはもはや起動もままならないと思われるので、放棄せざるを得ない。そこで、デスティニーに2人で乗り込む事になったのだが、

 

「あぐッ!?」

 

 操縦桿を握ろうとして、アリスは右腕に走った激痛に顔をしかめた。

 

 無理も無い、彼女の右腕はベイルに撃たれて、適当に縫合しただけの状態なのだ。本来なら軍医に見せて、本格的に治療をしてもらわなくてはならないレベルである。

 

「アリス、その腕じゃ操縦は無理だ」

「でも・・・・・・・・・・・・」

 

 モビルスーツ操縦には両腕を使うので、腕が片方しか使えないのでは、機動性は殆ど望むべくもない。ましてか、戦闘などもっての外である。できてせいぜい、真っ直ぐ飛ばすのが関の山だろう。

 

 ラキヤはしばらく考えてから言った。

 

「よし、じゃあ、こうしよう」

「え?」

 

 ラキヤはヒョイッとアリスの体を持ち上げると、代わって自分がシートに座り、アリスは自分の膝の上に座らせてしまった。

 

「せ、先輩!?」

 

 突然の事に、アリスは焦って声を上げる。

 

「こ、この格好、ちょっと恥ずかしいんですけど・・・・・・」

 

 何だか小さい子が親の膝に乗せられているみたいだった。

 

 そんなアリスの様子に、ラキヤは何となく可笑しくて微笑を浮かべる。

 

「まあまあ、贅沢言わない」

 

 そう言うと、さっさと2人分の体をベルトで固定してしまった。

 

 OSを起動し、システムを次々と立ち上げる。

 

 地球軍の操縦系統とはだいぶ違うが、まあ問題は無いだろう。元々、ラキヤはザフトの軍人であり、ジンやゲイツの操縦経験はある。それらとも系統は違うが、似ている部分も多かった。

 

 ラキヤとアリスを乗せて、背中から滑り出すように、港の外に出るデスティニー。

 

 最後に一度だけ、ラキヤは擱座している愛機、ストームに視線を向けた後、翼を広げてその場から飛び去った。

 

 

 

 

 

 ザフト軍の主力隊がアシハラから戻った事で、戦況は再びザフト軍有利に傾き始めていた。

 

 既にオーブ軍の大半の部隊が損傷や消耗の為にまともな戦力は少なく、頼みのフリューゲル・ヴィントも、特機以外の戦力は消耗が激しかった。

 

 しかし、ザフト軍主力隊の帰還も、いささか遅きに失した感がある。

 

 既にメサイアは崩壊寸前の状態であり、防衛部隊も、先のネオジェネシス照射とそれに伴う大量戦線離脱により、壊滅状態に陥っていた。

 

 それでも、ザフト軍の消耗はオーブ軍に比べると皆無に近い。

 

 無人のステーションを囮にして、まんまと一杯食わされたお返しとばかりに、容赦なくオーブ軍に砲火を叩き付けていく。

 

 それに対してオーブ軍も、果敢に抵抗する。

 

 生き残っている部隊が隊列を作って砲撃を集中し、武装の大半を失った機体はサーベルを手に斬り込んで行く。

 

 それら、決死の抵抗を続ける中にあって、キラとエストはストライクフリーダムを駆って前線を駆けまわっていた。

 

 サーベルを手に突撃するフリーダム。

 

 対してザフト軍は砲撃を集中しようとするが、その全てを、フリーダムは難なく回避していく。

 

 すれ違いざまに奔る閃光。

 

 その次の瞬間には、狙われた機体は全てカメラや武装を切り飛ばされて戦闘不能に陥っている。

 

 更に14門の砲門を駆使して、押し寄せようとする敵を一気に殲滅する。

 

 退勢になりかけているオーブ軍の中にあって、フリーダムはただ1機、気を吐き続けていると言って良い。

 

「エスト、次は!?」

「次、は・・・・・・マーク20、チャーリーに、敵部隊!!」

 

 息は荒いながらも、はっきりした口調でオペレートするエスト。

 

 それに対して、キラはもう何も言わない。ただ、相棒である少女を信じて戦い続けるのみである。

 

 接近しようとするザフト軍部隊を、14連装フルバーストを用いで吹き飛ばす。

 

 更にドラグーンを先行させるようにして飛ばすと、陣形が乱れているジンやザクの戦闘力を奪っていくフリーダム。

 

 疲労して尚、圧倒的な戦闘力を見せ付けるフリーダム。

 

 その存在がザフト軍には恐怖を与え、オーブ軍の士気を大いに高める。

 

 その時だった。

 

「下方・・・敵、接近!!」

「ッ!?」

 

 駆け抜ける閃光が、視線の先を掠める。

 

 エストの警告、

 

 キラの反応、

 

 そのどちらもが、一瞬の遅延を来した。

 

 次の瞬間、フリーダムは右足を吹き飛ばされる。

 

「クッ!?」

 

 足を吹き飛ばされ、一瞬、失速するようにバランスを失うフリーダム。

 

 瞬時にバランスを補正して、キラは機体を反転させる。

 

 その視界には、オレンジ色の翼を煌めかせて飛翔してくる機体があった。

 

「出遅れちまったからな。ここから挽回させてもらうぜ!!」

 

 レヴォリューションを操りながら、ハイネは悔恨を滲ませて呟く。

 

 自分が戻れないでいた数時間の間に、ザフト軍の戦況がここまで悪化しているとは思わなかった。

 

 ならばせめて、ここから巻き返しを図る必要があった。

 

 アロンダイトを構え、斬り込んで行くレヴォリューション。

 

 対抗するように、フリーダムもビームサーベルを構えて迎え撃つ。

 

「エスト、掩護お願い!!」

「はい、キラ」

 

 相手は新型。しかも、奇襲を食らったせいでフリーダムも損傷している。まともにやったのでは勝ち目は薄い。

 

 それでも、キラも、エストも、文字通り最後の力を振り絞って挑みかかっていった。

 

 

 

 

 

 メサイアの陽電子リフレクターを破壊した後、フェイトは専ら、要塞の近辺で戦っていた。

 

 事態はザフト軍主力隊の来援により、再び混戦模様を呈し始めている。

 

 要塞救援を急ごうとするザフト軍と、決死の抵抗を続けるオーブ軍。

 

 どちらも、勝利が見えないままに泥沼の戦闘を続けていた。

 

 そんな中でシンは、尚もマユの的確なオペレートを信じて戦い続けていた。

 

 2本のミストルティンが旋回する度に、ザフト軍は確実に戦力を減らしていく。

 

 遠距離から砲撃を行おうとする部隊には、容赦無くフルバーストを浴びせて撃ち落しとす。

 

 数を大幅に減らしたオーブ軍が、未だに戦線崩壊に至っていない理由は、フェイト、フリーダム、アカツキと言った参戦特機の大半が未だに戦線に留まっている事も大きかった。

 

 彼等が戦線に留まって支えている内に、残存する部隊が次々と戦線復帰を果たしているのだ。

 

 大剣を振り回すフェイト。

 

 その一撃が、隊長機と思われるグフの右腕を斬り飛ばして戦闘不能にした。

 

 これで、この方面の敵部隊は指揮系統が混乱して、一時的に戦線が混乱するはず。その間に、味方は体勢を立て直す事ができるはず。

 

「マユ、次は!?」

「次は・・・・・・」

 

 シンに促されて、マユが索敵を行った時だった。

 

 センサーが、接近する機体がある事を告げる。

 

「敵機接近、速いよ!!」

「ッ!?」

 

 シンが向ける視線の先、そこには、

 

 赤い翼を広げて飛翔してくる、赤、青、灰のトリコロール色の機体があった。

 

「あれは、デスティニー・・・・・・アリスか!?」

 

 向き直るシン。

 

 デスティニーの方でも、フェイトの存在に気付いて機体を停止した。

 

《シン・・・・・・》

 

 ラキヤの膝の上に座ったアリスが、通信機越しに好敵手の名を呼ぶ。

 

「まだ、生きてたんだな」

《うん・・・・・・・・・・・・》

 

 感慨深げに言うシンに対し、アリスも、どこか回顧を滲ませたように頷きを返す。

 

 そして。そんな2人のやり取りを、実際にデスティニーの操縦桿を握っているラキヤが見つめている。

 

 思えば、奇妙な縁もあったものである。

 

 アーモリーワンを襲撃したラキヤ。

 

 その襲撃を迎え撃ったアリス。

 

 そして、偶然その場に居合わせたシン。

 

 あの時の当事者が、この最果ての戦場において一同に顔を合わせていた。

 

 既に局面は終局。

 

 しかし、終わる事の無い戦いの中にあって、互いに今だ、剣を引く事ができない。

 

「これで、最後だ」

 

 静かに呟き、ミストルティンを構える宿命の戦天使。

 

《そうだね》

 

 応じて、アロンダイトを掲げる、運命の堕天使。

 

 お互いがお互いの信じ、守るべき物の為に、最後の戦いの時を迎える。

 

 フェイトとデスティニーは、自らの持てる全てを賭けて激突した。

 

 

 

 

 

PHASE-53「頂上決戦」      終わり

 

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