機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-55「どこまでも羽ばたく翼のように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユニウスセブン落下事件、所謂「ブレイク・ザ・ワールド」に端を発する一連の紛争は、要塞メサイアにおける、オーブ、プラント、地球連合の三つ巴の決戦を経て、終息に至る事になる。

 

 「ユニウス戦役」「アシハラ戦役」「メサイア戦役」あるいは中心となった人物の名前から取られ、「デュランダル戦役」などの名称で、後世呼ばれる事になる戦いは、最終的にはオーブ連合首長国とプラント政府との間で停戦、講和条約が締結され、全ての戦闘行為は集結する運びとなった。

 

 戦争は終わった。

 

 人々は戦火の恐怖に怯える事の無い、安寧の日々がもたらされたのだ。

 

 しかし、本当に大変なのは、寧ろこれからであると言える。

 

 オーブは一応の戦勝国になったとは言え、内戦による痛手と戦争終盤におけるザフト軍の侵攻によって多くの犠牲者が出た事から、戦前のレベルまで完全に復興するまでには、かなりの時間がかかる物と思われた。

 

 一方のプラントも、敗戦に加えて、終戦間際に行われたレクイエムによるプラント直接攻撃による被害は大きい。犠牲者の数はオーブを上回る事は確実である。加えて、それまで強力な指導者として辣腕を振るってきたデュランダルを失った事による混乱は避けられなかった。

 

 更に、戦争に敗れた大西洋連邦は、両国を尻目にいち早く体勢を立て直そうとしている。今大戦では大敗を喫したものの、元々豊富な国力を持つ大西洋連邦にとっては、一時の敗北も、大勢への影響は少ない。

 

 オーブとプラント。両国の政府が、戦後の混乱を脱して復興の道を歩み始めるまでには、数々の困難が待ち受けているであろう事は明白だった。

 

 それらを踏まえた上で、オーブ、プラント両政府は協議の結果、国交正常化の一環として、ラクス・クラインに対しプラント最高評議会議長に就任するよう要請を行った。

 

 未だに「プラントの歌姫」として根強い人気を誇るラクス。加えて、あのデュランダルが警戒するほど強力な政治力と組織力を持ち、そして、自身もパイロットとして前線を駆けた経験から、軍部に対する理解も深い。政戦両略における指導者としての能力、多くの民を惹きつけてやまないカリスマ性、その双方において申し分はない。

 

 何より今後、再び地球連合と対等に事を構える為には、オーブとプラントの連携は必須となる。そういう意味で親オーブ家であるラクスの議長就任は望ましい事であった。

 

 ラクスの方でもこの申し出を受け、後日、数年ぶりにプラントへの帰還を果たす事になる。

 

 これにより、オーブ・プラントの同盟関係はより強固な物となり、両国の絆は確かな物へとなっていったのだった。

 

 

 

 

 

「この度の戦いは、本当に悲しい事だったと思います」

 

 言葉は、粛々と紡がれる。

 

 多くの議員や、記者が回すカメラが注目する中、カガリは眦を真っ直ぐに向けている。

 

 今日、カガリは重大な決意を持って、この場に立っていた。

 

 これから始まる事は全て、オーブの命運を決める重大事である。しかし最早、足踏みをしている時間は、1秒たりともカガリには残されてはいない。

 

 故に今は、前に進む事のみが求められていた。

 

「犠牲になった人の数は計り知れず、そしてまた、我がオーブも多くの犠牲者を出す結果となりました。それは、とても悲しい事です」

 

 そう、オーブの傷は決して浅くは無い。

 

 内戦やザフト軍との戦闘により、兵士達の間には多くの犠牲者が出ているし、ザフト軍の侵攻の際には民間人にも犠牲者が出ている。

 

 多くの者達が悲しみに暮れる中、

 

 カガリは今日、彼らを率い、また導く者として、勇気ある初めの一歩を踏み出す決断をするのだ。

 

「しかし今、我々に求められるのは、過去を振り返って嘆く事ではなく、未来に向かって進み続ける事であると、私は考えます」

 

 過去は過去だ。決して疎かにして良い物ではないが、それに捕らわれて停滞するのは、正しく愚かであると言える。

 

 重要なのは過去を糧として、弛む事無く未来へ進み続ける事なのだ。

 

「この度の内戦、そして戦争を経て学んだ事、その全てを、オーブの未来を築くための礎にしたいと考えています」

 

 眦を上げるカガリ。

 

 これからする宣言は、あるいはカガリ自身の首を絞める事になるかもしれない。しかし、最早、歩みを止める事は許されない。

 

 だから進む。

 

 これから先に進むのは茨の道。そこを進むだけで傷つき、あるいは倒れそうになるかもしれない。

 

 だが、自分は1人ではない。多くの仲間達がいる。彼らと共にある限り、自分は最後まで諦めずに歩き続けられる。

 

「よって、私、カガリ・ユラ・アスハは、ここに宣言します」

 

 自分達が進むべき道は、前にしかないのだから。

 

「オーブはこの後、3年後を目指し、共和制への移行を行う事になります」

 

 フラッシュが一斉に焚かれ、カガリの視界は白色に染まった。

 

 その光を全身で浴びながら、カガリは眼差しも鋭く考える。

 

 これはまだ、一歩目だ。全てはここから始まる。

 

 今回の内戦でカガリが学んだ事は、既に一部の首長家の人間が権力を独占する時代は終わりにすべきだと言う事である。

 

 カガリが内戦を戦ったセイランとて、決して国を滅ぼしたかったわけではない。ただ一途に国を思うあまり、道を誤ってしまっただけなのだ。

 

 しかし、少数の人間が自分達の考えのみを恃みにして事を進めようとすると、セイランのように思考の迷宮に落ち込んでしまい、結局、多くの犠牲者を出してしまう事になる。それでは何の意味も無い。

 

 この悲劇を無くす為には、家柄や血筋を頼りにするのではなく、広く国民の意見を取り入れ、国民1人1人の意志で自分達の代表を選び、皆で国のあるべき姿を模索し、そしてオーブを守っていくべきなのだ。その為の共和制移行である。

 

 共和制に移行すれば首長家は持てる権限の大半を失い、他の一般市民達と同格の存在となるだろう。そしてそれはカガリ自身も例外ではない。最大首長家であるアスハもまた、全ての権限を失う事になる。恐らく首長家と言う名前その物が、過去の物として形骸化されてしまうだろう。

 

 だが、それで良いとカガリは思う。もう、一部の人間が恒久的に権力を握り続ける時代は終わったのだ。

 

 会見を終えると、カガリは足早に会場を後にする。

 

 この後も、仕事は目白押しである。

 

 何しろ、共和制への移行準備は既に始まっている。新部署の創設に新人事の発令、制度の整備など、寝る間も無いくらいである。

 

 加えて、軍備の再編も急ぐ必要があった。

 

 オーブにとって当面の仮想敵である大西洋連邦は、先の敗戦で戦力の多くを失い、政治機構もガタガタになったにも拘らず、未だに多くの戦力を保持している。オーブとプラントが戦火を交えている横で、戦力の回復に努めていたのだから当然である。彼等は再び、地球圏最大の戦力を持つ国家に躍り出ようとしている。

 

 紛争により多くの戦力を失ったオーブ軍は、現在、開戦前の3割近くにまで弱体化している。そしてそれは、プラントも同様だった。

 

 大西洋連邦は、確かに戦争には敗れた。しかし、他方の当事国であるプラントとオーブが弱体化した今、彼等は言わば「試合に負けて勝負に勝った」状態である。

 

 オーブもプラントも、同盟を強化すると同時に、大西洋連邦の動静に備える必要がある。その為にも、軍事力の再建は急務の一つであった。

 

 カガリは共和制移行準備、軍備再編に合わせて軍制改革も同時に推し進めている。1歩たりとも立ち止っている暇は無かった。

 

 と、

 

「カガリ様」

 

 傍らに立つキサカが、足早に近づいて声を掛けてくる。

 

 それに対して、カガリは若干、苛立ちの籠った視線をキサカに向ける。移動する時間すらもどかしいのだ。たいてい、簡単な報告はこうして歩きながらになる。

 

「何だ?」

「新任のプラント大使館付き武官が挨拶に来ています。今、ロビーの方に」

 

 普段はカガリに対して親密な口調で話すキサカも、公的な場ではこうして敬語で話している。

 

 しばらく考えてから、カガリは「ああ」と短く頷く。

 

 キサカに言われて、今日の予定の中にそんな話があったのを思い出した。確か、プラント大使館付き武官の先任者が、任期を終えて交代するのだった。

 

 そこで、交代で着任した者が、カガリに挨拶に来る予定だったのだ。

 

 実はこの話、カガリは一度、延期するように要請した。

 

 今日は多忙につき、相手に対して何かしら礼を失する可能性もある。だから、挨拶はまた後日、こちらの都合が良い時にと先方に言ったのだが、先方から、ほんの数分で良いと言われたので、ならばこの会場のロビーで、という話になったのだ。

 

 話を聞いた時は随分と強引な奴だ、という印象があったものである。

 

「あちらに」

 

 キサカに促され、振り返るカガリ。

 

 そこで、

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 息を飲んだ。

 

 そこにはザフト軍の隊長格である事を表す、白い軍服を着た青年が立っていたのだ。

 

 青年はカガリの前まで歩み寄ると、にこやかな笑みを浮かべて言った。

 

「この度、プラント大使館付き武官に就任しましたアスラン・ザラです。着任に際し、アスハ代表にご挨拶を申しあげます」

 

 淀み無い口調で名乗るアスラン。

 

 それに対してカガリは、自分が多忙である事も忘れて茫然と立ち尽くしている。

 

「アス・・・ラン・・・・・・」

 

 正直、プラントとオーブが戦争になった時は、もう会う事は出来ないと思っていた。

 

 カガリはオーブの代表、アスランはザフトの兵士。2人の立場は、あまりにも違いすぎている。

 

 それが運命だったのだと、受け入れようとした。

 

 だが、その運命を乗り越えて、2人は再び出会っていた。

 

 見つめ合う2人。

 

 そんな2人の様子を察して、キサカをはじめとした他の者達は、気を効かせて席を外す。

 

「どうぞ、よろしく」

 

 そう言って、優しく微笑むアスラン。

 

「あ、ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 それに対してカガリは、目に涙を浮かべて、愛しい男を見つめていた。

 

 

 

 

 

 カガリが行った演説はオーブ全土に放送され、広く国民に知らされていた。

 

 反応はマチマチである。新しい制度を歓迎する者、懐疑的な者、あるいは明確に反対の立場を取る者もいる。

 

 古くからオーブに住んでいる者の中には、今のオーブを愛し、そして変わってほしくないと思う者もいる。その一方で、カガリ同様に現在の首長制度が、現在の地球圏において既に古いと感じている者は、共和制導入に対して好意的な意見を示していた。

 

 反対派に対しては、粘り強い説得と交渉が必要になると思われた。

 

「ふーん、共和制ねぇ カガリも大胆な事始めたねぇ」

 

 携帯テレビでカガリの演説を視聴しながら、車椅子に座った少女は面白そうに呟いた。

 

 ライア・ハーネット退役オーブ軍三佐は、恋人であるユウキ・ミナカミ一佐に車椅子を押してもらい、暖かい日差しの中、病院の庭を散策している。

 

 穏やかな日の光を浴びてゆったりと微笑みを浮かべる、病院着を着た車椅子の少女の姿を見て、彼女の事をオーブ宇宙軍のモビルスーツ隊隊長だと思う者は誰もいないだろう。

 

 ライアは今、両足が全く動かなくなってしまっている。メサイア攻防戦で重傷を負ったライアは、その後、何とか一命を取り留めて意識も回復したものの、下半身が機能不全に陥ってしまったのだ。

 

治療とリハビリを続ければ、いずれは立って歩くくらいはできるだろうと言われているが、それには長い年月が必要であると判断された。

 

 事実上、パイロットとしては致命的である。

 

 これでは今後の軍務にも差しさわりがあると判断されたため、恋人であり上司でもあるユウキと計った上で、ライアは退役する事にしたのだ。

 

 そんな少女の様子を、ユウキは複雑な表情で見つめている。

 

 今でこそ、こうして穏やかな内に時を過ごしているように見えるライア。一見すると、自身に降りかかった運命を受け入れているようにも見えるだろう。

 

 だが、ユウキは知っている。

 

 退役を決めた日の夜、ライアが病室で1人、泣いていた事を。

 

 プラントに生まれ、ザフト軍、そしてオーブ軍でエースパイロットとして戦い続けてきたライアにとって、パイロットという仕事は彼女の全てであり、存在意義でもあった。

 

 そのパイロットとしての自分を失う事は、ライアにとって恐怖であり、半身を引き裂かれるような痛みを伴う事なのだ。

 

 だから、そんなライアの為に、ユウキも自分自身に対して、ある決断をしたのだった。

 

「ねえ、ライア」

「うん?」

 

 ユウキは車椅子を押す手を止めると、前に回り込んでライアの前にしゃがむ。

 

 少女と真っすぐに向かい合いながら、ユウキは優しく語りかけた。

 

「実は僕、今度、参謀本部付きの幕僚に転任する事になったんだ」

「え!?」

 

 ユウキの突然の言葉に、ライアは素っ頓狂な声を上げる。

 

 ライアが驚くのも無理はない。ユウキの転任の話を、彼女は全く聞いていなかったのだから。完全に、寝耳に水である。

 

「ど、どうして急に?」

 

 尋ねるライアに対して、ユウキはニッコリと微笑む。

 

「君と、一緒にいたいから」

 

 元々、ヤキン・ドゥーエ戦役が終了した時点ですでに、ユウキは転任願いを出すのに十分な実績を上げていた。しかし戦後、宇宙軍創設の為に奔走した為、転任のタイミングを逃し、さらにその後も艦隊勤務の居心地が良かった為、そのまま長々と前線に居続けたのである。

 

 だが今回、ライアが負傷により退役するに至り、彼女と共にいる時間を増やしたいと思ったユウキは、艦隊司令部に転任願いを出し、それを受理されたのである。

 

 地上勤務である参謀本部付き幕僚なら、何も無ければ規則的な時間割で行動できる。生活が不規則な艦隊勤務よりも、彼女と一緒にいられる時間が多く作れるはずだった。

 

「・・・・・・でも、本当に、良いの?」

 

 ライアは躊躇うようにして尋ねる。

 

 彼女も、ユウキが艦隊勤務に生き甲斐を感じていたのを知っている。そのユウキが自分の居場所を捨てる事がどれだけ辛かったか、想像に難くない。

 

 ましてか、それが自分のせいであると思えば、ライアにはやりきれない物が込み上げてきていた。

 

 そんなライアに対し、ユウキは優しく手を伸ばして頬を撫でてやる。

 

「良いんだ。僕にとっては、君の方がずっと大切だから」

「ユウキ・・・・・・」

 

 恋人の優しい手に、ライアもそっと、自分の手を重ねる。

 

 2人は空を飛ぶ翼を失った。

 

 しかし今は、この温もりがあるだけでも充分だと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルナマリアは呆れる思いだった。

 

 戦争が終了しザフト軍の再編が行われる中で、ミネルバ隊も解隊され、彼女は辞令を受けて新部署に着任していた。

 

 これまでのような前線勤務ではなく、どちらかと言えば後方勤務であり、命のやり取りは少ない。重要な役割である事は間違いないのだが、正直なところ、始める前は前線勤務に比べると暇な部署になるのでは、と高を括っていた。

 

 だが違った。

 

 ある意味、前線勤務以上に疲れる仕事である。

 

 なぜなら、

 

「次はあちらに行ってみましょう。その後で昼食をとりたいので、どこか近くに良いお店はありましたでしょうか?」

 

 「護衛対象」であるはずの少女は、その護衛を放っておいて、どんどん先に行ってしまうのだから堪った物ではない。

 

 最高評議会議長付き警護官。それがルナマリアの新しい任務だった。要するにSPだ。

 

 ラクスが最高評議会議長に就任するに当たり、新たに人事刷新が行われ、ルナマリアも最前線で戦ってきた実績を買われて任務に就いたのである。

 

 しかし、その肝心のラクスが、身が軽いと言うか地に足が付いていないと言うか、とにかくちょっと目を離すと、すぐ1人でどんどん行ってしまうため、護衛するルナマリア達は大変である。

 

 ふと、ルナマリアは傍らの同僚に目をやった。

 

「議長が動いた。行くぞ、ルナマリア」

 

 レイはそう言うと、ラクスを追って駆け出す。

 

 正直なところルナマリアは、レイがラクスの警護官の任務を引き受けたのは意外に思っていた。

 

 何と言ってもレイはデュランダル議長と縁が深かったし、そういう意味で言えばラクスはレイにとって議長の仇でもある。そんなレイが、ラクスの警護任務を引き受けるのは意外だった。

 

 その事を、本人に直接聞いてみた事がある。

 

「ギルがいなくなった世界で、彼女が何を成し、そしてどのような世界を作るのか見てみたくなった。あるいはそれが、俺にとって『明日』を目指す事に繋がるのかもしれない」

 

 それが、レイの答えだった。

 

 いったい、どういう心境の変化なのか、ルナマリアには推し量る事はできない。きっと何か、彼を変えるだけの大きな出来事があったのだろう。

 

 だが、一つの変化として、レイがこれまでよりも明るくなった、とルナマリアは思っていた。それだけでも、きっと良かったのだろうと思っている。

 

「レイさん、ルナマリアさん、こちらですわ!!」

 

 先に行ったラクスが、そう言って手を振っているのが見えた。

 

「いや、だからラクス様、私達を置いて先に行かないでください!!」

 

 慌てて追いかける、レイとルナマリア。

 

 だが、ラクスは構わず、どんどん先に歩いて行く。

 

「今日はミーアさんのファーストアルバムの発売日ですからね。何としても手に入れなくてはなりません」

 

 何やら、必要以上に張り切っているラクス。

 

 戦後、ミーアは再整形によって顔を元に戻し、芸能活動を再開していた。ラクスの顔のままでは色々と問題があるのだ。

 

 一時期、声が似ている事から彼女が「ラクス・クラインの偽物」である事が疑われたが、ミーア自身が芸能活動を精力的に続けている内に、徐々にそうした噂は収束していった。

 

 そして今日、ミーアは自身の初となるCDアルバムを発売する事になり、アプリリウスワンの販売会場ではサイン会も行われる事になっている。

 

 「ミーア・キャンベル私設ファンクラブ」会員第1号であるラクスは、1か月も前から今日を楽しみにしており、気合を入れていたのだ。おかげでルナマリアとレイは、この1カ月、ラクスに振り回されっぱなしだった。

 

 因みに2号がルナマリア、3号がレイ、4号がメイリンだったりする。全員、ラクスに強制的に加盟させられた。

 

 ラクスくらいの身分なら、CDくらい普通に特権を使って買えそうなものだが、何でも「お店で並んで買うのがファンとしての嗜み」なのだそうだ。よく判らんが。

 

 そんなラクスの様子を見て、ルナマリアは苦笑する。

 

 何にしても、あの可愛らしい「議長殿」と共にいる限り、しばらくは退屈せずに済みそうだった。

 

 

 

 

 

 軍服に乱れが無いか、鏡の前で自分の姿を見直す。

 

 今日が初日だから、不備が無いか入念にチェックする。物事は最初が肝心なのだ。

 

 特にザフト軍の兵士達は平均年齢が低いせいか、能力の高さに比して精神的に幼い者達が多い。そういった者達に舐められないように、それでいて嫌味にならない程度に身なりは整える必要がある。

 

 今までは部隊の先頭に立ち、「強い自分」を前面にアピールする必要があったが、これからはそれに加えて、傷付き易い内面を抱える子供達と接する「優しさ」も身につける必要があるだろう。

 

 カリキュラムに必要な教材と、担当する候補生達の名簿をチェックした時、入り口のドアがノックされた。

 

「どうぞ」

 

 促すとともに扉が開かれ、黒服を着た青年士官が入って来るなり直立不動で敬礼した。

 

「失礼します艦長・・・ではなく教官。候補生全員、教場に集合しました」

 

 相変わらずシャチホコばった仕草をする青年。

 

 その姿を見ると、敬礼を返しつつ、苦笑が漏れるのを止められなかった。

 

「あなたとも、随分と縁があるわね。こう言うのを『腐れ縁』と言うのかしら?」

「そりゃ無いですよ~」

 

 からかうように言うと、元戦艦ミネルバ艦長タリア・グラディスは、同じく元副長のアーサー・トラインに笑いかけた。

 

 戦後、タリアは異動願いを司令部に提出し、ザフト軍士官学校の教官職に転任していた。

 

 この決断をした背景には、アスランから聞いたイレーナの最後の言葉が大きかった。

 

 「家族を大事に」とタリアに言い残して、デュランダルと共に逝ったイレーナ。だから、より多く家族との時間を作れる、本国での教官職に転任したのだ。

 

 目を閉じれば学生時代、3人で遊びに行って時の事が思い出される。

 

 まだ若かった自分達。

 

 あの時の3人の中で、もう生きているのは自分だけになってしまった。

 

 だから、デュランダルとイレーナの意思は、自分が引き継ぐ。

 

 次代のザフト軍の兵士達を育て、将来のプラントを担う人材を世に送り出す。それが、タリアの選んだ道だった。

 

 もっとも、教官補佐としてミネルバ副長だったアーサーが赴任してきたのは驚いたが。何でも彼も、同時期に移動願を出していたらしい。まったく、とんだ偶然もあったものである。

 

 だが、タリアとしても、この人事はありがたい物がある。補佐役に慣れた人物がいてくれるのはタリアとしてもやり易い。

 

 何よりタリアは、自分が少々きつめの性格である事は自覚している。そこに来てアーサーのように、ある意味軍人らしからぬ、それでいて人間味溢れる優しい性格の者がいてくれれば、担当候補生達とのやり取りも、潤滑に行くかもしれなかった。

 

 かつて、前線を駆けていた時のように命のやり取りをしている訳ではない。長く前線にいたタリアからすれば、砲火の飛ばない環境に慣れるまで時間がかかるかもしれない。

 

 しかし前線を離れた事で、これまで以上に家族と暮らせる時間ができたのは、タリアとしてもありがたい。これからは、今まで以上に家族の為に働いていくという実感が出来ていた。

 

 それに、楽しみはそれだけではない。

 

 最近になっての事だが、タリアはオーブにいるフラガ夫妻とメールのやり取りを始めていた。

 

 あのメサイア攻防戦の後、交戦していたアークエンジェルと交信を行った時、タリアは心の底から驚いた。なんと、アークエンジェルの艦長であるマリュー・ラミアス一佐は、オーブのモルゲンレーテでミネルバを補修した際に便宜を図ってくれた、あのマリア・ベルネス女史だったのだ。

 

 あの時タリアは、マリアに対して他人とは思えないような感情を抱いたものだが、あの感情は勘違いではなかったのだ。

 

 マリュー、そして彼女の夫であるムウは、今やタリアにとって大切な友人となっている。今度、2人でプラントに遊びに来る事も計画しているとか。

 

 その時の事が、タリアにとっても楽しみで仕方がなかった。

 

 とは言え、それはまだ先の事である。今は、自分の成すべき事をするだけだった。

 

「さ、行くわよ、アーサー」

「はい!!」

 

 アーサーを従え、タリアは颯爽と教場へ向かう。

 

 その姿は、前線に立っていた頃と、何ら変わる物ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦争は終わった。しかし、全ての戦いが終わったわけではない。

 

 むしろ大きな戦争が終わった事で、それまでは軽視されていた小さな紛争が世界の各地で起こり、問題が起こっている。

 

 特に大西洋連邦を中心とした地球連合軍は、先の大戦における失地回復を図り、中立地域への強引な武装進駐を開始している。どうやら軍事的な空白地帯に進駐する事で、強引な既成事実を作りだし、自分達の勢力圏を拡大するつもりであるらしい。古くからある、領土拡大の手法である。

 

 そうした地球軍部隊と現地の武装勢力との間で、小規模な紛争は絶え間なく続いていた。

 

 ここ西ユーラシアは、その最たる場所であると言える。

 

 西ユーラシアは、大戦中から既に地球連合からの脱退を表明していた地域である。そこに来て更に、戦争中期におけるデストロイの侵攻による、ベルリンをはじめとした4都市壊滅が重なり、今や地球連合に対する住民感情は最悪と言っても過言ではないレベルにまで悪化している。

 

 独立の気勢を上げる西ユーラシアと、それを阻止しようと画策し、武力による牽制を行う地球連合軍との間で戦端が開かれるのは当然の流れと言えた。

 

 しかし西ユーラシアは当初は勢いで反乱の狼煙を上げた物の、やがて地球連合軍の圧倒的な戦力に押し返され始めているのが実情である。

 

 そんな戦場に今、一組の男女が佇んでいた。

 

「地球軍、攻撃を開始しました。前線は混乱中、間もなく、攻撃はこちらまで波及する物と思われます」

 

 エストの淡々とした報告を聞きながら、キラは彼女から高倍率双眼鏡を受け取って目に当てる。

 

 吹き付ける、熱の籠った風が、エストが着ているメイド服のスカートを大きくはためかせる。

 

 視界彼方に巻き起こった爆炎は、ここからでも確認することができた。立ち上る炎の規模からして、敵が大軍である事が分かる。

 

 対して味方は少数。加えて、一応、「軍」としての体裁は整えているものの、西ユーラシア軍は装備、練度において大西洋連邦やユーラシア連邦、オーブ、プラントと言った列強各国の軍隊に比べて大きく見劣りする。良く言って「寄せ集めのレジスタンス部隊」と言ったところだ。

 

 それゆえ正面からの戦闘では、まず間違いなく勝ち目はない。奇襲を受けて混乱した味方が、壊滅するのも時間の問題だった。

 

「だから、充分に警戒するように言ったんだけど、どうやら無駄だったみたいだね」

「仕方が無いと思います」

 

 ぼやくようなキラの言葉に、エストは淡々とした口調で返す。

 

 一応、司令部には奇襲に警戒し、正面からの戦闘は絶対に避けるように進言しておいたのだが、どうやら聞き入れてもらえなかったらしい。

 

 まあ、無理も無い。現在のキラとエストは立場的な事をを考えると、彼等に対して大きなことは言えないのだ。

 

 戦後、2人はオーブ軍を退役した。

 

 理由は、キラの正体である。

 

 一応、あらゆるデータは手分けして消去したが、キラが元テロリスト「ヴァイオレット・フォックス」である事は事実である。そのような人物がオーブにいると知られたら、それを、大西洋連邦をはじめとした地球連合各国に糾弾されるだろう。最悪、キラの存在自体が、新たな戦争の火種になる事も充分に考えられる。「ヴァイオレット・フォックス」の名前は、それほどまでに地球連合にとっては忌み嫌われているのだ。

 

 それにキラ自身が認めるのとそうでないのとに関わらず、彼の力が強大である事は変わりがない。どこか一陣営にいれば、必ず、その力を利用されるだろう。そうなると、望まない戦場に送り込まれる事も考えられる。

 

 それらの事を考えた結果、キラは軍を辞し、野に下る事にした。

 

 エストはと言えば、キラが軍を辞める事を伝えると、当然の如く、何も言わずについてきた。彼女からすれば、もはやキラと共にあるのは当然のことなのだ。

 

 そんなわけで、2人は今、再び戦場にいる。いずれの陣営にも属さない、傭兵という立場で。

 

 傭兵となれば、これまでのように組織的な後ろ盾は無いので、潤沢な支援体制を得る事ができない。機体一つ取っても、イリュージョンやストライクフリーダムのような一線級の物ではなく、手に入るのは型落ち品ばかりになる。

 

 だが、それで良いと、キラは思っている。

 

 傭兵と言う立場になれば、組織にいたのでは得られない、大きなアドバンテージを得る事ができる。それは、自分の戦場を自分で選べると言う事だ。

 

 キラ自身、好むと好まざるとにかかわらず、自分が戦う為に生きる「戦士」であると自覚せざるを得ない。ならばせめて、納得ができる戦場に立ちたいと思っていた。

 

 今まで軍にいたからこそできた事もあれば、今、軍を抜けたからこそできる事もある。

 

 自分の力は、力の無い人々を救う為に使う。それが、キラが導き出した答えだった。

 

 それに、

 

 キラは傍らに佇むメイド少女を見やる。

 

 自分は1人ではない。この世で最も信頼する、掛け替えのないパートナーがいる。

 

 彼女と共にあれば、どんな苦難でも乗り越えていける。キラは心から、そう信じていた。

 

「行こうエスト。まずは味方を救援するよ。負けるにしても、せめて何割かは逃がしたいからね」

「はい、キラ」

 

 頷き合うと、キラとエストは背後に駐機してある自分達の機体へと駆けて行った。

 

 

 

 

 

「リリア、これで良いか?」

「あ、ちょっと待って・・・・・・あ、ほら、ここ、曲がってるよ」

 

 言いながらリリアは、シンの軍服の胸にある階級章を直してやる。

 

 甲斐甲斐しく身なりを整えるリリアの姿には、初々しい新鮮さがある。

 

 一緒に暮らし始めて1か月。リリアの「新妻」振りも、何だか板についてきた感がある。と、シンは思っていた。

 

 勿論、正式に籍を入れるのはまだまだ先の事になるだろうが、それでも、こうして一緒に暮らしていると、ちょっとした新婚気分を感じ、心が浮き立ってくる。

 

 あの戦いの後、シンは宇宙軍から首都防空隊に転任し、オーブ本国の守りについていた。

 

 次の戦いは、地上が主となると予想されている。

 

 プラントとは国交が回復し、新たな同盟も結ばれた。そして地球連合宇宙軍は壊滅し、再建には当分の時間がかかると思われる。

 

 しかしそれでも尚、大西洋連邦は勢力拡大の野心を諦めていない。その状況を踏まえ、大西洋連邦がオーブに対し戦端を開くとすれば、地上戦がメインとなると思われた。

 

 シンは今や、名実ともにオーブの守護神である。最大の激戦区に投入されるのは当然の事だった。

 

 外に出ると、南国特有の強い日差しが降り注いできて、シンは一瞬、目を細める。

 

「でもシン、あれで本当によかったの?」

 

 後から出て来たリリアが、少し心配するように尋ねてきた。

 

「良かったって、何が?」

「マユちゃんの事。本当にあれで良かったの?」

 

 リリアの言葉を受けて、シンは「ああ」と頷く。

 

 戦いが終わった後、シンはマユを除隊させた。それは、マユにこれ以上、戦争にかかわってほしくないと言う想い故だったが、同時に、彼女の年齢を考慮した結果でもある。

 

 何と言っても、マユはまだ14歳である。まだ自分の人生を定めてしまうには早すぎるし、そのような幼い年齢で軍に関わってほしいとも思わなかった。

 

 シンがかつて、オーブ軍に入隊したのも14歳の時である。しかし、そうせざるを得なかったシンと違い、マユにはたくさんの可能性がある。せめてもう少し、自分が進むべき道をゆっくりと見定めてほしいと思った。

 

 今日はその、マユの進路希望を相談する父兄面談の日である。その為、シンは身なりを整えてマユの学校に行くところであった。

 

「でもマユちゃんが結局、将来はパイロットになる事を希望したらどうするの?」

「その時はその時だよ」

 

 シンはさばさばした口調で言った。

 

 もしマユが、再び軍に戻る事を望んだなら、その時は黙って後押ししてやろうとシンは考えていた。

 

「自分の運命は自分で決める。俺達はこれまでずっとそうして来たし、これからもそうやって生きていく。それが人間として当然の権利であり、義務なんだと俺は思うよ」

 

 そう、運命とは誰かから与えられるものではない。

 

 あくまでも、自分の力で勝ち取り、そして切り開いていくものなのだ。

 

 それができる自由を、自分達は勝ち取る事ができたのだから。

 

 そっと、リリアの肩を抱くシン。

 

 リリアもまた、シンに自分の身を預けて寄り添う。

 

 そんな2人を、爽やかに舞う風が、優しく吹き抜けて行った。

 

 

 

 

PHASE-55「どこまでも羽ばたく翼のように」     終わり

 

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