機動戦士ガンダムSEED Fate   作:ファルクラム

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PHASE-05「温度差が奏でる不協和音」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浮遊するデブリの中に、不気味な影が浮遊している。

 

 遠望すれば巨大なクラゲのように見えるそれは、同時に悲劇の象徴でもあり、かつ、悲劇が終焉した地でもある。

 

 ユニウスセブン。

 

 かつてはプラント所有の農業用コロニーであり、「血のバレンタイン事件」において、地球軍の手によって核ミサイルを撃ち込まれ壊滅した場所である。

 

 この血のバレンタイン事件を奇禍として、地球とプラントは際限ない戦争へと転がり落ちていった。

 

 しかしだからこそ、地球連合とプラントは、この地を和平条約の締結場所として選び、悲劇を終わらせる象徴としたのだった。

 

 そのユニウスセブンが今、不気味な鳴動をしている事に気付いている者は、まだ誰もいなかった。

 

《太陽風速度変わらず。フレアレベルS3、到達まで予測30秒》

 

 待っていた報告に頷きながら、サトーは作業をしている部下達に指示を飛ばす。

 

「急げよ、9号機はどうか!?」

《ハッ 間もなく!!》

 

 返される声もまたサトー同様にキビキビし、彼等が一定の軍事教練を受けている事が窺える。

 

 報告を聞きながらサトーは眼下の大地に視線を向ける。

 

 白く輝く大地。

 

 そこは彼の恋人の墓標でもある。

 

 あの悲劇を、あの悲しみを、サトーは決して忘れる事はできないだろう。

 

《放出粒子到達確認。フレアモーター、受動レベルまでカウントダウン、スタート》

 

 そうしている内にも、彼の部下によって作業は進められていく。

 

 彼等の乗っている機体は形状的にはジンと同じであるが、機体は全機黒に染められ、腰には日本刀のような装備がある。スラスターも強化されており、通常型よりもかなり機動力の向上が図られているのが判る。

 

 これはジン・ハイマニューバ2型と呼ばれる機体であり、ザフトでは少数生産に留まった機体である。

 

《粒子到達、フレアモーター作動》

 

 サトーの見ている目の前で、ユニウスセブンに取り付けた巨大な装置に次々とシステムに点灯していく。

 

 太陽にはコロナに蓄えられたエネルギーが一時的に爆発し、周辺の宇宙空間に放出される「太陽風」と言う現象がある。フレアモーターは、その太陽風を集めて、通常では動かせないような巨大な物体を動かすための装置である。

 

 フレアモーターの完全点灯によって、無機的だったユニウスセブンの外観は電飾で飾られたように美しく彩られる。

 

 その光景に、サトーは状況も忘れて見入ってしまう。

 

 ここで眠るサトーの恋人と、戦死した友人には、最高の贈り物の筈だ。だが同時に、これが悲劇の始まりでもある。

 

「アラン・・・・・・クリスティン・・・・・・」

 

 サトーはコックピットの脇に飾った写真を愛おしそうに眺めて言う。

 

 ザフトの軍服を着た青年と、サトーと寄り添う若い女性。彼のかけがえの無い友人と、恋人の写真である。

 

「これでようやく、俺もお前達に会える」

 

 ユニウスセブンは、その巨体をゆっくりと動き出す。

 

 眼下に広がる、美しい青い星に向かって。

 

 偽りに彩られた世界を破壊し、真にコーディネイターが目指すべき未来を実現する為に。

 

「さあ、行け、我等の墓標よ!!」

 

 自分たちこそが正義であり、自分達こそが真にコーディネイターの未来を憂う者なのだ。

 

 だからやる。

 

 たとえ、世界中の全てを敵に回す事になったとしても。あらゆる人類が死に絶えても、成さねばならない信念があるのだから。

 

「嘆きの声を忘れ、真実に目をつぶり、またも欺瞞に満ち溢れるこの世界を、今度こそ正すのだ!!」

 

 吼え叫ぶサトー。

 

 その瞳には、制御された狂気の炎が宿っていた。

 

 

 

 

 

 やってしまった事を後悔すべきか、それとも、こうなってしまった自分を非難すべきか。

 

 ベッドの上で裸身をシーツにくるみながら、タリアはそんな事を考える。

 

 傍らにはバスローブに身を包んだ、デュランダルの姿がある。

 

 「タリア・グラディスは色仕掛けで艦長の座を手に入れた」などと言っている者達がこの光景を見れば、手を叩き、嬉しそうな顔で自分を非難する事は目に見えている。

 

「気にする事は無いよ、タリア」

 

 優しげに語りかけて来るデュランダル。

 

 それに対してタリアは、寝返りを打って相手に背中を向ける。

 

「失敗を慰めて欲しくて、部屋に入れた訳ではありませんわ」

「ほう?」

 

 頷きながら、デュランダルは公文書を映すチェックボードに目を通している。こんな時でも仕事の事を忘れない。このマメさは相変わらずのようだ。

 

 もっとも、だからと言って、このような事をしている自分に嫌悪感を抱いているかと言えば、そう言う訳でもない。

 

 タリアにとってデュランダルは、自分の想いを捧げても良いと思える男性だった。

 

「私は構いませんから、灯をお付けになったら? 目を悪くされるわよ」

「うむ」

 

 タリアの言葉に、デュランダルは生返事を返す。

 

 どうやら、完全に集中モードに入っているらしい。タリアの言葉も耳に入っていない様子だ。

 

 仕方なく彼の事は放っておいて、眠りに落ちようとベッドに身を横たえる。

 

 無粋な電子音が鳴り響いたのは、その時だった。

 

《お休み中すいません。艦長、デュランダル議長に最高評議会からチャンネルワンです》

 

 チャンネルワン、と言うのは緊急の場合に用いられる最優先のホットラインだ。余程の事で無い限り使われる事は無い。

 

 顔を上げると、デュランダルも眉を怪訝そうに潜めているのが見える。

 

 どうやら、あまりよくない事態が起こっているらしい、と言う事は理解できた。

 

 

 

 

 

 呼び出しを受けて出向いたカガリに突きつけられた事実は、衝撃を通り越して絶望を誘うような物であった。

 

「ユニウスセブンが、動いてるって、一体なぜ!?」

 

 彼女の目の前では、硬い表情のデュランダルとタリアが立っており、カガリに対し事情説明をしていた。

 

 先程のチャンネルワンの内容がそれだった。

 

 報告によると、ユニウスセブンが地球に向けて動き始めている。との事だった。

 

「判りません。だが動いているのです。それもかなりの速度で、最も危険な軌道を」

 

 沈痛な表情のデュランダル。

 

 その言葉と、そしてカガリが呼ばれた理由から表す事は即ち、動きだしたユニウスセブンは地球への落下コースを辿っている事を意味する。

 

「既に本艦でも確認しました」

 

 タリアが伝えて来る。

 

 調べた結果、報告の通り間違いなく、ユニウスセブンが動き始めているのは確からしい。

 

「しかし、なぜこんな事に!? あれは100年単位で安定軌道にあると言われていた筈・・・・・・」

 

 デブリ帯の中にあるユニウスセブンは、絶対に安全な存在として発表が成されている。それが急に動き出した事が、カガリには不思議でならなかった。

 

「隕石の衝突か、あるいは他の要因か・・・・・・」

 

 デュランダルが首を振りながら答える。

 

「ともかく、動いているのですよ。今この時も、地球に向かってね」

 

 聞いている内に、カガリは首筋が寒くなるのを感じた。

 

 プラントは1基の半径が10キロにも及ぶ。それが地球に落下した時の損害など、想像すらしたくない。

 

「落ちたら、どうなるんだ? オーブ・・・・・・いや、地球は!?」

「あれだけの質量です。申し上げずとも、それは姫にもお判りでしょう」

 

 デュランダルは努めて淡々と言う。

 

 カガリは為政者としてまだ若い。いや、この際若さなど関係ない。どんな経験を積んだ老齢な政治家でも、自分が住んでいる土地の上に巨大な隕石が落ちて来ると知れば、動揺せずにはいられないだろう。

 

 故にこそ、デュランダルはあくまでも冷静に、事に臨もうとしているのだと思う。

 

 だが、それが却ってカガリには、奇異のようにも映った。

 

 この事態、究極的に言えばプラントに住むコーディネイターにとっては対岸の火事でしか無い。別にユニウスセブンが地球に落ちたとしても、彼等の生命が脅かされるのではないのだから。

 

 考えてから一瞬の後、カガリは自分の中で恥じいった。

 

 そんな事、ある筈がない。今度の件はデュランダルにとっても決して無関係では無い筈だ。

 

「またもアクシデントで、姫には申し訳ないが、私は間もなく終わる修理を待って、このミネルバにもユニウスセブンに向かう命令を出しました」

 

 ハッとして、カガリは顔を上げる。

 

 つまりデュランダルは、自ら直接現場に赴いて作業の監督に当たると言っているのだ。

 

 この一事からしても、彼が決してこの事態を軽くは見ていない証拠ではないか。

 

「幸い、位置も近いので。姫にも、どうかそれを了承いただきたい」

「無論だ。これは私達にとっても、いや、むしろ私達にとってこそ、重大な事だと思う」

 

 答ながら、カガリは自分が成すべき事、今の自分にできる事を模索する。

 

 この状況で国元を離れ、指揮すべき軍も、1機の機体すら手元にない自分。

 

 そんな自分にできる事、それは・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 持ち主の趣味の良さが窺える、落ち着いた雰囲気の邸宅の中では、身なりの良い格好をした男達が集まっていた。

 

 何かの園遊会でも開かれていたのか、男達は思い思いの事をしてくつろいでいるのが見える。

 

 集まった者達の殆どが高齢な中、その男は中でひときわ若いように見える。

 

 痩身に短く刈った髪。鋭い眼光はある種の野心と自信を映している。

 

 男の名はロード・ジブリール。

 

 先の大戦時、地球連合軍を裏から牛耳り、際限無い殺戮へと導いた組織があった。

 

 その組織はナチュラル至上を掲げると同時に、コーディネイターは自然に逆らった許されざる存在であると断じ、徹底的な排斥を訴える事で地球連合軍の意思を一つにまとめ上げていった。

 

 組織の名はブルーコスモス。

 

 ジブリールは、そのブルーコスモスの現盟主に当たる。

 

 前盟主がヤキン・ドゥーエ攻防戦で戦死した時点で一度大きく退行したブルーコスモスだったが、ジブリールが盟主の座に着く事で、再びかつての栄光を取り戻していた。

 

「さてと、とんでもない事態じゃ」

 

 中でも一番年配な男が、面倒な事だとばかりに口を開いた。

 

 議題は、今まさに、現在進行形で彼等の頭上に降って来ようとしているユニウスセブンについてだった。

 

「まさに、未曾有の危機、地球滅亡のシナリオですな」

「フンッ 書いた物がいるのかね?」

「それはファントム・ペインに調査を命じました。一応」

 

 ジブリールはそう言って、薄く笑う。

 

 自信たっぷりに言うジブリールに対し、1人の男が不審そうに眼を向けて尋ねる。

 

「今更、何ぞの役に立つのか? そんな物調べて」

「それを調べるんですよ」

「しかし、この招集は何だジブリール? まあ、各国政府が、よもやアレをあのまま落とすは思っておらんが・・・・・・一応、避難や対策に忙しいのだぞ、皆」

 

 忙しい、と言っている割には随分とのんびりした口調である。彼等ほどの身分ともなれば「対策」は全部下の者がやるだろうし、残る問題は「自分の避難」をどうするかと言う事くらいなのだろう。

 

 それで「忙しい」と言うセリフが言えるのだから、なかなか良い御身分である。

 

 彼等を前にして、ジブリールは芝居がかった口調で話し始める。

 

「このたびの事は正直に申し上げて、私も大変ショックでしてね。ユニウスセブンが? まさかそんな、いったいなぜ? まず思ったのはそんな事ばかりでした」

 

 言うまでも無い事だが、言っている本人以外誰も感動を呼び起こさない。

 

 居並ぶお歴々も、白けきった目を「自称主演男優」に向けている。

 

「前置きは良いよ、ジブリール」

「いいえ、ここが肝心なのです」

 

 ジブリールの言葉を制そうとする男に、更に言葉をかぶせて黙らせる。

 

「やがてこの世界中の誰もがそう思う事でしょう。ならば我々はそれに「答え」を与えてやらなくてはならない」

 

 ジブリールがそう言うと、居並ぶ老人達の間でざわめきが起き始める。どうやらようやく、彼の言葉に耳を傾ける価値を見出したらしい。

 

「プラントのデュランダルは、既に地球各国に警告を発し、回避、対応に自分達も全力を上げると言って来ている」

「早い対応だったな。奴等も慌てていた」

「ならばこれは、本当に自然現象と言う事かの? だが、それでは・・・・・・」

「そんな事、もうどうでも良いのですよ」

 

 のらりくらりとした老人達の会話を、ジブリールはぴしゃりと遮る。

 

「重要なのはこの災難の後『なぜこんな事に?』と嘆く民衆に、我等が与えてやる答えでしょう」

 

 ジブリールの言葉に、一同の間から苦笑が漏れる。

 

 無論、ジブリールが言っている事は彼等も考えている事ではあるが、

 

「やれやれ、もうそんな先の算段かね?」

「むろん」

 

 ジブリールは自信たっぷりに胸を逸らす。

 

「原因が何であれ、あの『無様で馬鹿な塊』が間もなく我等の頭上に落ちて来る事だけは確かなんです!! どう言う事ですこれは!? あんなモノの為に!! この私達までもが逃げ回らねばならないのとは!?」

 

 徐々に熱を帯びるジブリールの声は、殆ど信者を煽る教祖のような物だ。勿論、居並ぶ面々は彼の信徒では無い為、感動では無く、彼の言葉にどれほどの価値があるのかでしか測っていないが。

 

「この屈辱はどうあっても晴らさねばなりますまい。誰に? 当然、あんな物をドカドカと宇宙に造ったコーディネイター共にです!! 違いますか!?」

 

 怒りに熱くなるジブリールに対し、老人達は却って冷めた調子で話を聞いている。

 

 要するにジブリールは、今回の災害を最大限利用して、再び世界に戦争の火を巻くべきだと主張しているのだ。

 

「ふむ・・・・・・それは構わんがの」

「だがこれでは・・・・・・被る被害によっては、戦争をするだけの体力は残らんぞ?」

 

 最悪、明日には地球が終わっているかもしれないのだ。それを考えれば戦争どころではなくなるだろう。

 

 だが、ジブリールは自信たっぷりな態度を崩そうとしない。

 

「だから今日、皆さんのお集まりいただいたんです」

 

 ようやく本題に入った、とばかりにジブリールは言い募る。

 

「避難も脱出も宜しいですが、その後我々は一気に討って出ます、例のプランで。その事だけは、皆さまにもご承知いただきたくてね」

「成程、強気だねえ」

 

 ジブリールの熱さを揶揄するように、1人が言う。

 

「コーディネイター憎しで、却って力が湧きますかな、民衆も」

「残っていればね」

「残りを纏めるんでしょう。憎しみと言う名の愛で」

 

 一同の話を聞いていた最初の1人が重々しく頷くと、ジブリールに向き直った。

 

「皆、プランに異存はないようじゃの、ジブリール」

 

 対してジブリールも、かしこまったように頭を下げる。

 

「では、次は事態の後じゃな。君はそれまでに詳細な具体案を」

「ハッ」

 

 それが事実上の閉会宣言となった。

 

 その後、肩を並べて出て行く老人達は、避難場所の相談などをしながら部屋を出ていく。

 

 ジブリールは顔を上げると、

 

 老人達を憎々しげに睨みつけた。

 

 全く持って、度し難い程の能天気さだ。無理も無い。連中の頭にあるのは、この事態がどう自分達の利益に繋がるかだけなのだから。

 

 今まさに、人類が脅威に晒されていると言う事に、1人も気付いている者はいない。コーディネイターと言う、生きることさえ許されない、度し難い程のバケモノ共の脅威に。

 

 だから変える。

 

 自分が変える。

 

 世界を作るのは連中のような老人や、実験動物に過ぎないコーディネイターなどでは無い。

 

 このロード・ジブリールなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修理を終えたミネルバは、全速力でユニウスセブンを追うコースをひた走っていた。

 

 宇宙はザフトにとって庭と言っても良いが、それでも広大な地球圏全体に艦が散らばっている訳ではない。

 

 デブリ帯の近くにいて、尚且つ作業用の装備を有している部隊となれば、ほんのわずかでしか無かった。

 

「ボルテールとルソー、それにマクスウェルがメテオブレイカーを持って既に先行しています」

「ああ、こちらも急ごう」

 

 タリアの説明に対しデュランダルは頷きながら、彼女の後ろの席に腰掛ける。

 

 そのデュランダルに、アーサーが控えめに尋ねた。

 

「地球軍側には、何か動きは無いのですか?」

「何をしているのか、まだ連絡は受けていないが、だが月からでは船を出しても間に合わないか・・・・・・」

 

 地球軍の宇宙戦力は、大半が月周辺に集中している。どんな足の速い艦。それこそ、有名なアークエンジェル級戦艦を彼等が新たに保有していたとしても、タイムリミットには間にあわないであろう。

 

「あとは地球からミサイルでの撃破を狙うしかないだろうが・・・・・・だがそれでは、地表を焼くばかりで、さしたる効果は上げられないだろうな」

 

 デュランダルの言葉にタリアは頷く。やはり被害を極限する為には、ユニウスセブンが宇宙にあるうちに細かく砕くしか無かった。

 

 その時、ブリッジの扉が開く。

 

 振り返ると、カガリと、そしてシンがブリッジに入って来るところだった。

 

 その姿に、タリアは僅かに顔を顰める。

 

 ここはミネルバの中枢である。他国の人間にそうそうほいほい入って来て欲しくない。と言うのがタリアの本音であった。

 

「話中済まない。グラディス艦長。一つ、頼みたい事があるのだが」

「何でしょうか?」

 

 とは言え、仮にも相手は一国の元首。しかもこの間の戦闘では、彼女の的確な判断に助けられている。自然、口調も慇懃なものとならざるを得なかった。

 

 そんなタリアに対し、カガリは1枚のメモ書きを手渡した。

 

「これは?」

「オーブ軍で、私だけが使える秘匿の暗号通信だ。それを、その座標に向けて打電してもらいたい」

 

 思わずタリアは、カガリの顔をまじまじと見た。

 

 見れば、デュランダルも少し驚いたような顔をしている。

 

 代表首長専用の暗号通信。当然、オーブでも最高の国家機密の一つだろう。それを他国の戦艦から打電すると言う事がどれだけ危険であるか。

 

 後でログを解析すれば、オーブの機密情報を筒抜けにする事もできるかもしれないのだ。

 

 だが、そんなタリア達の思惑を察したようにカガリは続ける。

 

「デュランダル議長は、できる事をしようとしている。だから私も、自分にできる事をしようと思う」

 

 そう言えば聞いた事がある。オーブは戦後、デブリ帯の中に宇宙軍の軍事拠点を完成させたらしいと言う事を。

 

 もしかしたらカガリは、代表首長権限で宇宙艦隊の出動を命じたのかもしれなかった。

 

「私も地球に住む者だ。このまま手を拱いている事はできない」

「・・・・・・判りました」

 

 状況が状況だ。ここは彼女の決断を尊重すべきだろう。

 

 そこで、カガリの後ろに控えていたシンが前に出た。

 

「あのッ」

 

 その声に、前を向こうとしていたタリアとデュランダルは再び振り返る。

 

 シンはその赤い瞳に固い決意を宿らせて、タリアの真っ直ぐな視線を向けている。

 

「何かしら?」

「難しいのは判っています。でも、それを承知でお願いします」

 

 そしてシンは、カガリですら驚く事を口にした。

 

「俺に、モビルスーツを1機貸してください」

「シン、お前・・・・・・」

 

 驚愕に目を開くカガリ。彼女も、まさかシンがこのような事を言うとは思ってもみなかったようだ。

 

 シンの言葉に対して、タリアは殊更に冷たい目をして言う。

 

「確かに、あなたの言うとおり難しいわね。もう少し、アスハ代表や自分自身の立場をわきまえなさい」

「判ってるッ」

 

 タリアの咎めるような言葉に押しかぶせ、シンは言い募る。

 

「けど、俺だって地球の住んでるんだ。あそこには、俺の妹や、友達もたくさんいる。それを黙って見ている事なんかできない!!」

 

 叫ぶように言うと、シンは勢い良く頭を下げる。

 

「お願いします。俺にも、何かやらせて下さいッ」

 

 その姿を見て、

 

「グラディス艦長」

 

 カガリもまた、揃って頭を下げる。

 

「こいつの腕は私が保障するし、決して迷惑は掛けさせない。だから、私からもお願いする」

 

 その様子に、タリアは困惑顔になる。

 

 確かに、ミネルバには使える機体が1機残っている。他ならぬ彼ら自身が、この艦に乗りつける時に使っていたザクだ。既に損傷した腕の修理も完了している。出そうと思えば出せるのだが。

 

 しかしやはり、軍人として他国の人間を軽々しく機体に乗せる事は躊躇われた。

 

 その時、

 

「良いだろう」

 

 それまで黙って聞いていたデュランダルが口を開いた。

 

「議長ッ!?」

「私が許可しよう。議長権限の特例として」

 

 そう言うと、デュランダルはシンに向けて笑顔を向ける。

 

「期待しているよ、アスカ三尉」

「はいっ」

 

 元気よく答えるシンを前にしながら、タリアは複雑な気持ちになる。

 

 正直、自分を飛び越えて事態が決定される事が面白くなかった。とは言え、これが議長命令である以上、無碍にもできない。

 

 こうなった以上、シンがせめて一般兵士以上の働きをする事を期待するしか無かった。

 

 

 

 

 

 その頃、デブリ帯の中を航行する1隻の戦艦があった。

 

 かなり巨大な船である。ミネルバなどと比べても、確実に一回りは大きい。

 

 その巨体を覆う装甲がいかに強靭であるかは想像に難くなく、また突き出した幾多の砲塔が、いかにも戦う為の船である事を如実に表している。

 

 だが何より目を引き、そして見た者を圧倒する物は、艦首部分に備えつけられていた。

 

 その戦艦のブリッジに座す人物は、艦長としてはまだ若く、恐らく20代後半ほどのように思える。

 

「艦長、アスハ代表より緊急通信です」

「御苦労さま」

 

 電文を受け取った艦長は、一読するなり、その柔和な顔付きに緊張を走らせる。

 

《ユニウスセブンが地球に向けて接近中。ザフト軍は落下阻止の為、破砕作業を実行すべく行動を開始。貴艦も直ちに現場に急行、ザフト軍を支援せよ》

 

 電文にはそうあった。

 

 ユニウスセブン落下。

 

 現在地球に住まう物にとって、恐らく起こりうる最悪の厄災だ。

 

 誰もが一度は想像したであろう悪夢が、まさか現実の者として去来する事になろうとは。

 

 それにしても、

 

「電文はザフト軍の戦艦からの打電、か」

 

 艦長は苦笑する。

 

「カガリも相変わらず、こっちの意表を突いた行動するね」

 

 とは言え、状況が状況だ。今は一秒でも惜しい。

 

「艦載機部隊の状況はどうなっている?」

「間もなく、ハーネット隊、並びにカリヤ一尉が帰還します」

 

 この艦は現在、訓練の為に本拠地である宇宙ステーション アシハラを離れて航行中であった。その事がある意味、功を奏したとも言える。

 

「急いで呼び戻せ。ハーネット隊の帰還を待って本艦は出港、ユニウスセブン破砕作業に従事するザフト軍を支援する」

 

 艦長の言葉を受けて、慌ただしく動き出すクルー達。

 

 その様子を見ながら、艦長はシートに腰掛ける。

 

 ある意味、本艦が近くにいた事は幸いだったかもしれない。何しろ「この手の作業」にうってつけの艦は、地球圏には他にいないだろうから。

 

 だが、ユニウスセブンが突然動きだした事態に、艦長は不穏な物を感じずにはいられなかった。

 

 これは一筋縄ではいかない事態になるのではないか。

 

 そう思わずには、どうしてもいられなかった。

 

 

 

 

 

 ミネルバクルー達にも既に、ユニウスセブンが動きだした事。そして自分達がその破砕作業に赴く事は伝えられていた。

 

 あまりに急な事態に、誰もが状況を飲み込めずにいた。

 

 レクルームに集まったクルー達も同様で、騒然としたまま、仮説を交えた話し合いが成されていた。

 

「隕石でも当たったのか、それとも何かの影響で?」

 

 自身の仮説を口にしたのは、整備班のヨウラン・ケントである。浅黒い肌が目を引く少年で、例やルナマリアの同期に当たる。

 

 更にその横にいる、同じ整備班のヴィーノ・デュプレが口を開いた。こっちは対照的に、随分と色白の少年だ。

 

「地球への衝突コースだって、本当なのか?」

 

 尋ねられたメイリンが、深刻な表情でコクリと頷く。彼女自身、あまりの事態に戸惑いを隠せない様子だ。

 

「アーモリーワンの強奪騒ぎに続いて、今度はユニウスセブンか・・・・・・ほんと、どうなっちゃってんだろ?」

 

 アリスは机に座ったまま、頭を抱えたい心境になった。

 

 何だか、立て続けに悪い事が重なっている。偶然だとは思うが、誰かが作為的にやっていると説明されたら、それを鵜呑みにしてしまいそうだった。

 

「あんなモノ、どうすんのよ?」

「砕くしかないだろうな」

 

 途方に暮れた調子のルナマリアに、冷静な声で言ったのは壁に寄り掛って一同を見守っていたレイだ。

 

 皆が視線を集中させる中、レイは淡々と説明する。

 

「あの質量で既に地球の引力に引かれているなら、軌道変更はもはや不可能だ。ならば、衝突を回避したいのなら、砕くしかない」

 

 勿論、例え可能な限り砕いたとしても、この段階ではもはや地球への被害をゼロにはできない。しかしそれでも、あの質量がそのまま地表に激突するよりは万倍もマシと言う物だ。

 

「砕くって言っても・・・・・・」

「デカイぜ、あれ。ほぼ半分に割れてるって言っても、最長部は8キロくらい・・・・・・」

 

 呆れたように、ヨウランとヴィーノが言う。

 

「だが、衝突すれば地球は壊滅する」

 

 例の声がレイ国に響き渡り、一同の間に緊張が走る。

 

 地球が終わる。何も残らない。

 

 多くの人が死に絶え、絶望に暮れる。

 

 そんな世界が一同の脳裏によぎり、誰もが二の句を告げられない。そんな未来は、地獄以外の何物でもなかった。

 

「地球、めつぼー?」

「だな」

 

 ヨウランはもっともらしく肩を竦め、冗談めかして言う。

 

「ん・・・・・・でもまあ、それもしょうがないっちゃ、しょうがないんじゃないかなぁ? 不可抗力だろ?」

 

 その言葉に、アリスは思わず顔を上げた。正直、この場で言う冗談にしては、不謹慎すぎる気がしたのだ。

 

 だがヨウランとしても、落ち込みかけた空気を立て直したかったのか、更に言葉を続ける。

 

「変なゴタゴタも綺麗に無くなって、案外ラクかもな。俺達プラントにとってはさ」

 

 更にヨウランが言い募ろうとした時だった。

 

「良くそんな事が言えるな、お前達は!!」

 

 鋭い怒声が、ヨウランの言葉を遮る。

 

 びくりと肩を震わせて一同が視線を向ける中、肩を怒らせたカガリがレクルームの中に入って来る所であった。

 

「『しょうがない』だと!? 『案外ラク』だと!? これがどんな事態か、地球がどうなるか、どれほどの人間が死ぬ事になるか、本当に判っているのか、お前達は!?」

 

 激昂したカガリが怒鳴りつける。

 

 後ろで見ているシンなども、オロオロとしている調子だ。

 

「か、カガリ・・・・・・」

 

 もっともシンとしては、カガリが先に激発してくれてよかった。と思っている。そうでなかったら、間違いなくシンの方が激発していただろう。しかもシンの場合、彼等に対して問答無用で殴りかかっていた可能性すらある。

 

 そう思えば、カガリの激情に初めて感謝したい気分だった。

 

 一方の叱責を受けているヨウラン達は、うんざりした雰囲気で佇んでいる。カガリの言う事が正しいのは判っているのだろうが、それだけに説教をされているような気分になっているのだ。

 

「・・・・・・すいません」

 

 おざなりな謝罪を口にするヨウラン。

 

 話は聞いているが、正直ヨウラン自身、面白くないと思っていた。他国の、部外者の人間になぜ説教されなくてはならないのか。場の空気も読まずに叱責されて、面白い筈も無かった。

 

 その様子を見詰め、カガリは更に言い募る。

 

「あれだけの戦争をして、あれだけの思いをして、デュランダル議長の施政の下で、お前達ザフトは変わったんじゃないのか!? なのに何だ、この体たらくは!?」

 

 カガリの口調が激する度に、クルー達の態度は冷めていく。

 

 彼女の言い分は全く持って正しいのだが、それをいちいち指摘されれば、逆に反発心も芽生えて来ると言う物だ。

 

「何、そんなに熱くなってるんですか?」

 

 それに対して、ついアリスは口を出してしまった。

 

「何ッ!?」

 

 睨みつけるカガリに対して、アリスも真っ向から立ち上がって視線を受け止め睨み返す。

 

「別に、こんなのただの冗談じゃないですか。ヨウランだって本気で言った訳じゃないですし。そのくらいの事は判って欲しいんですけど?」

 

 挑発的に言うアリス。

 

 正直、アリスとしても先程のヨウランの言葉は言い過ぎだと思っていた。彼としては空気を変えたかったのだろうが、その空気自体を彼は全く読めていなかった。

 

 だがそれにしても、その冗談に対して、ここまで「過剰に」反応するカガリに反発心を覚えていた。

 

 それに対して、カガリが更に何か言い募ろうとした時、

 

「・・・・・・お前、それ本気で言っているのかよ?」

 

 静かな声が、カガリの背後から発せられた。

 

 振り返る一同の視線が集中する中で、赤い瞳の少年がカガリを押しのけるようにして前に出た。

 

「・・・・・・シン?」

「冗談だから何言っても良いって、冗談だから空気も読まなくて良いって、本気でそう思ってるのか?」

 

 静かな声が却って、少年が本気で怒っている事を物語っていた。

 

 実際、シンは怒っていた。先程のアリスの発言に。

 

 先日での触れ合い以来、少し良い奴と思っていた。友達になれそうだ、とも。

 

 だからこそ、そのアリスが先程のような発言をしたのがショックだったし、余計に許せなかったのだ。

 

 その時、

 

「そこまでです」

 

 いっそ静かな声が、入口の方から発せられた。

 

 一同が再び視線を向けると、そこには議長秘書のイレーナ・マーシアが立っていた。

 

 イレーナは居並ぶ面々を鋭い視線で見回すと、素早い足取りでアリスへと歩み寄った。

 

 そして、

 

 パァンッ

 

 少女の頬を、容赦なく平手打ちにした。

 

 呆気に取られ、声も出せない一同。

 

 そんな中で、アリスも信じられない物を見るような目でイレーナを見る。

 

 対してイレーナは、容赦無い口調で言った。

 

「『軍人は武器を持った外交官』だと言う事を自覚しなさい。あなた達の不用意な発言が、多くの人の命を奪うことだってあります。それが判らないと言うのなら、今すぐその軍服を脱ぎなさい。そのような人間に、ザフトの軍人でいる資格はありません」

「ッ!?」

 

 厳しい叱責に、アリスは叩かれて赤くなった頬を押さえ、目には涙を浮かべている。

 

 そんなアリスを無視して向き直ると、イレーナはカガリに対して深々と頭を下げた。

 

「申し訳ありませんアスハ代表。我が軍の兵士が不快な思いをさせた事、深くお詫びいたします」

「い、いや、こちらこそ済まない。頭ごなしに怒鳴りつけてしまって」

 

 カガリの方も、却って恐縮したように返事を返す。

 

 そんな中アリスは、浮かんだ涙を袖で拭い、足早に駆け去っていく。

 

「あ、ちょっと、アリス!!」

 

 その後を追おうとするメイリン。

 

 しかし、

 

「放っておきなさい。彼女には少し、頭を冷やす時間が必要です」

 

 イレーナにピシャリと言われ、メイリンも委縮したまま、アリスが出ていった扉を黙って見守る事しかできなかった。初めに問題発言したヨウランなども、完全にバツが悪そうに委縮してしまっている。同年代の他国代表に言われるならともかく、自国の議長秘書、それも年上の相手に言われたのでは、彼等としても黙らざるを得ない所であった。

 

 結局アリスは、その後自室に籠ってしまい、ルームメイトのメイリンが話しかけても不貞腐れてそっぽを向き、何も答えようとはしなかった。

 

 

 

 

 

「お見事です」

 

 そんな声を掛けられたのは、イレーナがレクルームを後にした直後だった。

 

 振り返ると、壁に寄りかかる形でこちらを向いているアスランの姿があった。

 

 その姿に、イレーナは怜悧な容貌を僅かに歪ませる。

 

「・・・・・・本来ならあの役目をこなすのは、あなたの仕事だと思うのですが、ザラ隊長?」

 

 見ていたなら、何で自分でやらなかったのか、とイレーナは言外にアスランを責めていた。

 

 それに対してアスランは、苦笑して肩を竦める。

 

「俺はアスハ代表やアスカ三尉とは個人的な付き合いがありますからね。彼等を擁護したら身贔屓と取られてしまうかもしれない」

 

 それは、確かにそうだろう。

 

 もしあの場でアスランが介入していたら、カガリやシンの肩を持ったとして、他のクルー達から不信感を持たれていた事は間違いないだろう。

 

 モビルスーツ隊隊長としては、部下の士気に影響するようなことはしたくなかったのだろうが、

 

 それにしても、厄介事を押し付けられたような気がして、イレーナとしては納得がいかなかった。

 

「・・・・・・アスハ代表はあちらにいらっしゃいます。声を掛けてあげたら如何ですか?」

「ええ、そうします」

 

 そう言うとアスランは、イレーナの脇をすり抜けて去っていく。

 

 その背中を見詰め、イレーナはやれやれとばかりに溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

PHASE-05「温度差が奏でる不協和音」      終わり

 

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