どんなに憎悪の表情を浮かべても、唸ろうとも戦況は変わらず。
克義の断末魔が響いたのを合図に、戦いが終わった。
慶は殺したばかりの克義を咥え放り投げると、周囲を見渡した。
慶「まだあいつの女房と餓鬼が生き残ってたな。」
克義の仲間達はやめろと叫び続けても、慶の気持ちは変わらない。
そればかりか過去の復讐を膨れ上がらせ、彼の身体は心と同じタイミングで
跳ね上がり、菊達に襲い掛かろうとした。
小絹「やめてーっ!母さんを、皆を殺さないで!」
跳びかかる寸前の慶に泣き叫び訴える小絹。瞬間、慶の顔色が変わった。
途端に慶は荒かった息を静め、背を向けたのである。
慶「ちっ……餓鬼の声は虫唾が走る。」
小絹の叫びが、慶の忌々しい記憶を呼び起こした。
過去に慶は目前で両親を、兄弟を殺された。
その寸前叫んだ声が現在の小絹と重なったのであった。
山賊の一匹が慶に駆け寄る。慶のその顔は寸前の時とはまるで違い、
落ち込んだように沈んでいた。
慶「黙れ……おい、爺の女房と餓鬼、よく聞け。その一番小さいチビに免じて
生かしておいてやる。その代わり、ここを出ていけ。そのチビを置いてな。」
菊と信義、白菊は小絹を見詰め茫然とする。小絹は何のことだか分からずに座っていた。
義次「は、はぁ!?なんで!?」
舌打ちをして慶は義次に一度頭突きをする。それでも不思議な顔をした義次に
ため息を交じらせながら、口を開いた。
慶「……そのチビを見てると、思い出したんだよ。爺は殺したくて殺したが、女房や餓鬼は
殺したくなくなってきた。」
菊「嫌よ……なぜこの仔なの、この仔だけ……」
慶「一番小さいチビがお前みたいな奴について行っても飯にありつけねぇだろが。
お前らをまとめて置いておくと爺の仲間が意志団結しやがる。
……なんなら、餓鬼全員殺してお前だけ追放させることもできるんだぜ。」
菊の顔がますます苦痛に歪む。小絹は状況を理解したようで、再び泣き叫んだ。
小絹「お母さん、お姉ちゃんお兄ちゃん、みんなは……」
静寂の中で小絹の泣き叫ぶ声だけが響く。どうすることもできず、果てには
菊も涙を流しうつむいた。信義も白菊も状況を察し震えていた。
菊「ごめんなさいね、私が力不足で……私が、私がもっと強ければ……」
菊「小絹、強く生きるのよ。お父さん、お兄ちゃんの分まで……」
菊が踵を返し、群れに背を向け歩き始めると、つられて信義や白菊は菊を追った。
家族として、三匹は小絹を助けられない悲痛に、もう小絹に振り返り声をかけることは
できなかった。
小絹「母さん、みんな……いかないで、いかないでよーっ!」
三匹についていけないことを理解しつつも、それでも小絹には堪え難いものであった。
菊達の姿が見えなくなると、慶は急に怒鳴る様に声をあげた。
慶「おい、
大群の中でニ匹が慶の目前に駆け寄ってくる。彼らは山賊の中で特に屈強な肉体である。
待ってましたと言わんばかりにニ匹は揃って嬉しそうに吠えている。
俊則「へい、親分!」
慶「本当に群れを出たか見張れ。うろついてたら殺せ、いいな。」
命じられた山賊ニ匹は勇むように菊達の後を追った。
ニ匹の姿が点になるまで見守った後、慶は再び周囲を見渡した。
慶「いいかお前らぁーっ!今度からは俺がボスだ!これから来たる戦の為になんとしてでも
兵力を増やせなければならない!邪魔立てするならこの爺みたいに容赦しないぜーっ!」
克義のかつての仲間達が沈黙し、山賊達の遠吠えが響く中で小絹は一匹慶の傍で泣いていた。
父と兄を殺され、母と兄姉を群れから追い出したこの慶に、山賊達に反抗もできずに。