朝早く、春の陽光の中、荷台を厚い布に覆われた一台の戦車運搬車もどきが租界の高速道路を走っていた。
全高は7、8メートル程に届きそうなそれは租界外縁部の“ゲットー地区”、ブリタニア軍の所有する訓練地域へ向かっている。
〘目的地、近いぞ〙
運転席から荷台に声を飛ばしたのは、老年に差し掛かった男性。
声を掛けられた方はいまだに機体のチェックを続けている。
〘小僧、儂の整備が信用出来んのか〙
言われた男は運転席に返す。
〘そんなつもりは無いさ、あんたの整備は常に素晴らしいよ、
整備士、
〘おだてても出る物は無いぞ〙
そう言って、運転に戻った。
研究職に就く者は総じて不摂生な者が多いらしいが、少なくとも有澤 隆文はそれに当てはまらない人物である。
彼は休日であっても生活のサイクルに狂いは無い。
整備と研究に使う彼の一日が始まる。
……筈だったんだけど。どうしてこうなったんだろうか
彼の扱うISACは標準で10メートル、従ってVFA及びCF,indに帰属する物資が積み込まれている第八に向かった。
第八は人気の無さでは学園随一、格納庫をほぼ全てを零冶と隆文の二人が占有している。
これが何を示すか、答えは、
〚僕の機体は何処にあるんだ……?〛
格納庫のほぼ全域にVACやら、ISACのパーツ、セットで構築されている機体などが所狭しと並んでいる、
個人の傭兵が所有出来るパーツ数の限度を軽く超しているだろう。
更には、零冶が後に回していたのだろうか、それらのパーツ群、機体群は規則性を忘れて、バラバラに置かれている。
正にカオス……。
有澤 隆文の一日は整備から整理になった。
破壊の後をそのまま残した市街地の一角、申し訳程度の広さを持った倉庫に一機のVACが作戦開始を待って待機している。
いつもの四脚に搭乗した零冶はコックピットの画面に映るレンチを模したエンブレムの向こう側、大坤と通信を交わしていた。
〘蔣、ISACのジェネ――〙
『だめだ』
〘まだ全部言って無いだろ〙
『どうせまたパーツの注文だろうが、それもオーダーメイドと言っても差支えぬNEXTフレームだぁ? 寝言は寝て言え』
〘金なら前の依頼が成功したろう、あれをあてれば〙
“そらきた”とばかりに鼻を鳴らす大坤、
『あの依頼の分はなぁ、その依頼の時にお前が例の“KAMIKAZE”で消滅させたVACの分と、なんだか分からんお前の“研究”とやらの分と、今お前の肩に装備している兵装の分で、全てがパァだ!』
〘俺は、傭兵向きでは無いな、戦闘中に金勘定するのは苦手だ。
……すまん。全く耳の痛い内容だな〙
『はぁ……ともかく、この仕事をミスってみろ、即だぞ、即破産の宣言をせねばならなくなるんだぞ。解っているんだろうな?』
言った所で通信が入る。レンチは“また後でな”と言い残して画面から消える。
入れ替わりに映るのは、ブリタニアの軍服を着た女性。
『模擬戦データ、反映終りました。
――御久し振りですね、グラズノフさん』
[面倒を掛けてすまない、Ms,クルーミー]
この日行われる軍事演習に仮想敵機役として参加する事がヴィクトルの受諾した依頼、
特派がそのサポートとしてデータの処理を行う手筈になっている。
『そう思うなら、兵装のデータ量をもう少し圧縮して下さい。
予定時刻ギリギリになってしまったんですからね』
……あの量のデータを通常と同じ時間で終わらせるとは、流石と言うべきか
『弾道力学と終末弾道学を並列させてあるデータなんて初めて見ました、どれだけテストしたんですか……。
私達にもそんな設備があればなぁ』
[データから導き出した変数は戦場に広がる可能性よりは少ない。
反映はどれ程出来ますか?]
『実弾と比べるなら、およそ84%です、
各パーツの損傷は即時反映出来ますが、弾道力学による威力の減衰は変数が多く、即時の反映が出来ないので距離減衰のみをダメージに換算します』
[了解]
即ち、通常より威力減衰に関わる変数が減るため、実戦時よりデータ上での火力が増す。
[Ms,クルーミー、そう言えばランスロットの出撃予定は――]
『残念でしたぁ、ランスロットの出撃予定は無いんですよ』
ロイド・アスプルンド伯爵が画面の横から顔を出す。
『それより……良いんですか? あの量のデータ、“使ってください”って言うような物になっちゃってますけど?』
[Mr,アスプルンド、貴方はそんな事のためにあのデータは使わないでしょう?]
『あら、やっぱり分かります? 少なくとも、周りに流す気はありませんよ』
――あんな面白い
『そろそろ訓練開始時刻です、ほらロイドさんも準備して――』
人二人分の作業の音が聞こえる第八に訪問者が一人、長い金の髪をした少女は小さな、しかし彼女にとっては大きな覚悟を決めてその扉を開いた。
……確か、ここが格納庫だった筈
正直に言うと、この手を使う事に乗り気では無い、自分のプライドを投げ捨てるような行いなのだから。
〚ごめんください〛
明らかにISの物ではない物々しいパーツ群に少々驚きつつも言った、しかしこの部屋にいる筈の人間は聞こえていないのか反応が無い。
〚誰かいらっしゃいませんの!?〛
今度は少し大きめに声を出す。すると、
〚お客さん? こんな所に珍しいね〛
ひょこ、と奥の方から一人、整備士が着るつなぎを身に纏った男がやって来る。
〚簪さんに用があるなら二つ隣の――〛
〚いえ、貴方に用があるんですの、有澤さん?〛
〚君が敢えて僕を、それも名指しで? ――という事は例の模擬戦の事だね?〛
飲み込みが早くて非常に助かる。
〚えぇ、お時間よろしくて?〛
〚じゃあ、聞こうか?〛
第八内部の休憩スペース、適当に座った有澤が聞く。
〚お話は勿論、先のクラス代表決定戦についてですわ……〛
こちらが言い難い事を察してか、彼は黙してこちらを待っている。
〚わたくしはこの事が決まってから、勝利のために最善を尽くしています〛
全て人に頼らず行動した、自分の力によってのみでここまで歩んで来た事に絶対的自信とプライドがある。
〚しかし、わたくし一人の“限界”も理解していますわ〛
高貴なる者の責務については答えが見つからない、
それにあの時、“首輪付き”に指摘されていた挙動の穴もそう易々とは埋まらない。
〚だから〛
だから、
〚貴方の力を貸して頂きたいんですの〛
例え、己を保ってきたプライドを捨ててでも、わたくしは、
〚わたくしは、負ける訳にはいきませんの、
いえ、どうしても、勝ちたいのですわ〛
己の誇りに懸けて、勝ちたい。
隆文は、自分に頭を下げるセシリアを見る。
……浅い意地に薄いプライド、若者が良く持つ物だ。しかし、その意気に答えない訳にはいかないな
そして、答える。
〚それは、無理な相談だな〛
〚…………〛
〚僕は、曲がりなりにも企業の人間、報酬を対価に仕事をする者の一員なんだ。
それが無償で仕事をしたとなると、僕の企業の人間としての信用に関わるし、その影響は父の有澤重工に対する信用に関わり兼ねない。
僕はそんな危険な橋を渡る事は出来ない〛
報酬を受け取らずに仕事をすると言う事はその仕事の責任を、ひいては自分の仕事に責任を取れない事を示すような物だ。
……まぁ、報酬だけ示されても、この依頼は受けなかっただろうけど
隆文は“でも”と続けて、
〚僕は今、光学兵装に“興味”があってね、そのデータを契約のテーブルで取引する気があるんだ〛
〚? それは……。全く、貴方はお人好し過ぎですわね〛
“はぁ”と一つ溜息をついてセシリアは言った。
〚では、有澤 隆文、セシリア・オルコットが貴方に依頼いたしますわ。
クラス代表決定戦までわたくしに各種支援をして頂きたいんですの、
報酬はBT及び各兵装のデータ、受けて頂けますの?〛
〚勿論、喜んで〛
契約は成立した。
[――A-1指揮官よりG-1、アルファ、クリア]
『G-1了解、周囲の威力偵察に移行せよ』
[A-1了解]
今日行われている模擬戦は通常と異なっていた。
敵戦力の規模、種別が不明の実戦的な内容の訓練である。更に
この奇妙なオーダーにG-1ベース、指揮用陸戦艇に搭乗した上級指揮官達の策は、
小規模KMF部隊、及び機動戦闘車隊による威力偵察を展開
敵戦力を発見し次第ナイトメアVTOL-T4、空輸機でKMFを投下、強襲
いたってベーシックな機甲
ゲリラ戦を行われる事を予測したそれは、制圧戦に於いては単純にして王道だ
――相手がゲリラ程度の戦力で済むならば。
『リコンユニット、敵KNF部隊を検知しました』
[ECM、展開]
VACの双肩に付いたECM MAKERが起動し自機を隠す。
リコンは即応体制を維持して進むナイトメアの一群を検知している。
ナイトメアは五機、この倉庫が面している大通りをこちらから見て、左方向から進んでいる。
……後はタイミング、一機が※ファクトスフィアを起動する瞬間まで待て
※KMFの持つ機能、情報収集用のカメラ
じりじりとナイトメアが進む、即応態勢を保った今不用意に出れば数の暴力に叩き潰されるだろう。
先頭を行く機体が直線距離にして三十メートルまで近づく、ECMの有効時間が迫って来ている……。
[警戒を怠るな、他の隊で上がっていない、――恐らく近いぞ]
[一番、クリアです]
[二番、クリア]
[三番、クリア、オールクリア]
[レーダー、反応有りません]
A-3、威力偵察部隊は前方に三機、後方にレーダーを担当する一機、その間に指揮官機が待機する布陣、残りの偵察隊が全て敵機を発見していないため警戒を最高まで引き上げている。
[よし、前進]
[一番、クリアです]
[二番、クリア。……?]
左翼を担当する二番機の騎士は右方に一瞬だけ光の反射を見た。
……気のせいか?
[どうした?]
[いえ、なんでもありません]
しかし、他の騎士は多少の間、“左”に意識を向けた。
[……!? レーダーに反――]
瞬間、大通り右側から壁を突き破って彼らの前方に一機のVACが轟音を伴い飛び出した。
右背面の火砲らしき兵装はその銃口から光を漏らしてる。
[マズイッ! 退避――]
もう遅い、
火砲はプラズマを射出した。
プラズマの弾丸は至近距離で正面の一番機を飲み込んで、更に指揮官機の左腕部に“破壊”の判定を与えた。
元の世界での種別は“REILGUN”、“WB24RG-LADON2”と言う兵器である――。
[A-3威力偵察部隊が壊滅判定……二分足らずでか]
『はい、後方で待機
[それ以上と考えた方が賢明だな。
他の部隊の到着まではどれ位かかる]
『機甲空挺部隊の第二陣、及び他の威力偵察部隊の到着は六十秒後です』
……六十秒で包囲、我々の勝利、か
目算した結果ほ先ず先ず、それよりか
……一分で倒す……!
こちらを取りたい。
『間もなく作戦領域です』
[ぬかるなよ]
『イエス・マイ・ロード』
二機空輸機から一機ずつ※サザーランドが投下される。
※ナイトメアフレーム、神聖ブリタニア帝国第五世代標準機
ジェット機独特の排気音が接近してきた。
KNFを空輸する発想とその戦略的機動性の高さに感心していても敵はやって来る、
先の戦闘で敵の装甲と兵装が読めている、レールガンの一撃、これを使わない手は無い。
〈さあ、見せてくれ。KMFの限界を……〉
使用するのは先と同一の手、双肩部のECMを起動し自機を電子的に
[降下予測地点を]
『マーカー、表示します』
直線にしておよそ50m先のエリア、あとは
敵機着地の三秒前、レールガンのチャージを開始する。
二秒前、瓦礫を吹き飛ばす様にしてマーカーとの遮蔽物が無いエリアに出る。
一秒前、敵機を二機捕捉、二次ロックまでは待てない、半分を手動によって操作し、近い方へサイティング。
発射――。
VACは精密機械兵器として優秀ではない。
設計思想から、かなり早い段階で照準精度、運動制御などの“精密性”に関する性能は捨てたに等しいコンセプトで開発されている。
理由として、第一にVACの高い運動性能によって、接近戦での戦闘力が通常兵器と比べ圧倒的に高い事。
故に長距離で
第二に戦力、機能伝々の以前にVACは兵器であってF1カーではない。
性能がいくら良かろうと、コストや堅牢性を無視していれば兵器として失敗だ。
精密にすればするほど整備に手間がかかり、何より金が掛かる。
VACはあらゆる場で安定した戦力を供給出来るように徹底した堅牢性と耐久性の向上を求めた簡略化の結果、さらには戦術的な特性から他の特殊兵器と比較して精密性に欠ける。
要は、
[ちぃっ、腕が……]
レールガンはサザーランドの左腕を奪った。
VACの照準精度やナイトメア操縦者の反射的な判断などの要因があるが、とにかく撃破には至らなかった。
[ジェレミア卿!]
[大丈夫だ、まだいける……!]
……
ヴィクトルは改めて“個人依存兵器”に対する脅威を感じた。
同一の機体でも搭乗者によって戦力に差がある、“数値化出来ない”戦力は戦略を組み建てる際に非常に厄介な存在になる。
四脚は即座にビルの合間に姿を隠す。
[なるほど、二分で壊滅したのも頷ける]
いまや片腕の騎士となったジェレミアは冷静に相手を評価した。
……だが
[ヴィレッタ、敵は一機と考えて良い。一分耐えきれば我等の勝利だ]
[はい!]
二機は建物に隠れられる様に位置取り、それぞれ逆の方を向く。
ジェレミアがECM濃度の上昇に気付いた。
[! ケイオス爆雷を、50m先だ!]
腰に当たる位置から手榴弾のような兵器を取り出し、通りに両側に投げ込む。
数瞬して破損のないナイトメアの方にVACが出て来た。
〈っ! なん――〉
爆雷が起動、中から大量の弾丸が四方八方に発射される。
[データの墓穴を掘ったな、VAC]
50mと言う距離はKMFの持つアサルトライフルが最高の威力を保つ距離。
それ以上の距離でも十分な威力があるが、ヴィクトルが操縦するVACの装甲の場合は50mの時点で兆弾が起き、それ以降の距離からの射撃戦はVACの一方的な攻撃になる。
ジェレミアはその裏をかいた。
ヴィクトルは全くの不意な被弾に動揺を隠せない、
……馬鹿な、私が読まれただと……!
――あの頃、
彼がリンクスでありレイヴンであった頃はこの程度では怯みさえしなかったろうし、もしかすると、そもそも読まれる事も無かったかも知れない。
“こちら側”に来てから、少し微温湯に浸かり過ぎた。
機体性能だけで勝てるこちらの戦闘に
ヴィクトルの錆ついた脳が更なる判断を下す。
……遠距離が使えないならっ!
右背面のレールガンをパージ、両手の銃を構えて突撃をかける。
機体の装甲にものを言わせた突撃は、
[愚かな……]
愚かだ。
VACは右腕のライフル、左腕のアサルトライフルを乱射しながら通りを真っ直ぐ進む。
対するKMF二機はカバーポジションを保って迎撃する。
大量の弾丸を浴びてもヴィクトルは怯まない、四脚の安定性を持って更に速度を上げる。
[ちっ、化け物か、あの
ナイトメアはカバーポジションにいるものの、大量配備を念頭に置かれた兵器であるがために、その装甲の薄さが
[くっ、退避します!]
無傷であった方、ヴィレッタのナイトメアの緊急脱出装置が作動する。
VACとKMFの距離はもう無い。
サザーランドはアサルトライフルを前方へ投げた。
……好機!
ヴィクトルは迷いなく前へ、
〈!!〉
投げられたアサルトライフルを遮蔽物としたスラッシュハーケンがVACのライフルを穿った。
ヴィクトルはアサルトライフルを突き出す、近接戦に対応されているそれは銃の先をブレードと表現しても差支えない。
ジェレミアは既にスタントンファを展開していた、ただ直線的に進むブレードを防ぐのは容易い。
器用にトンファを横向きでブレードの間の銃口に当てる、アサルトライフルは完全に止まった――。
『動くな!』
私が引き金を引こうとしていた時、模擬戦は終了していた。
周囲には無数のKMF、10000をとっくに切っているAPでは勝ち目がない。
アサルトライフルを下げる。
恐らく目の前のナイトメアからだろう、通信が入った。
『私は、ジェレミア・ゴットバルト辺境伯である』
[…………エンブレムで失礼する。ヴィクトル……グラズノフだ]
『先の戦闘、御苦労であった。だが――』
しかし、
『錆びたか? 貴公、手練れの戦術であったのに、瓦解が早く気圧も感じなかった』
〈……!〉
『まるで図星をような反応だな、貴公の勘が戻れば私などはすぐに倒されるのであろうな』
その後、ヴィクトルは言葉を発する事無くトウキョウ租界を後にした。
ヴィクトルの初の完全な負けイベントですね、後でセシルさんに謝らねば。
始めは勝つ話で進めていたのですが、途中で真逆に方向転換したために時間が掛かってしまった……。
皆大好きオレンジ卿の登場です、
勿論、私も好きですよ、オレンジ。