「着いたわね……地上に……」
穴を抜けるとサンサンと降り注ぐ光の奔流が私を包み込む。まるで私の薄汚れた心を浄化してくれているかのようだった。
目的地は魔法の森。そこに住んでいる魔法使いの家を訪ねるのだ。魔法使い──アリス・マーガトロイドは私の数少ない友人であった。
「ごめんください」
薄暗い森を抜けると、一軒の家が見つかった。
可愛らしい家のドアをトントン叩く。暫くすると中から、はぁいという声が聞こえてきた。
ガチャりとドアが開く。
「あらパルスィじゃない。えーと、あんまり綺麗じゃないけど中に入る?」
「お言葉に甘えて」
中から出てきたのは可愛らしい少女。白い肌に私と同じ金色の髪を首元辺りで揃えている。ヘアバンドをつけておりとてもおじゃれな雰囲気を醸し出していた。
私は言われるままに中に入る。綺麗じゃないと言いつつも、私にはとても整頓されているように見えた。
これが綺麗じゃないんだったら勇儀の家はなんと言えばいいのか。頭が少々痛くなった。
「紅茶いれるわね。なにか要望はある?」
「そうねあまり詳しくはないけれど、私の性格ぐらい苦くて深い味のものでお願い」
「……いきなり自虐ネタ?」
アリスはわかったわというと紅茶を入れに家の奥へといってしまった。
私はなにか面白いものはないかとあたりを見渡す。
「魔理沙人形……かしら」
小さい魔理沙、大きい魔理沙、可愛い魔理沙、かっこいい魔理沙。
部屋の中には様々な魔理沙の人形が置いてあった。その一つ一つの側には、アリスのような人形がセットで置かれていた。
「これは……妬むとかそういう次元じゃないわね。普通に引くわ」
私がアリスに引いていると、本人が戻ってきた。両手で盆を持っており。その上に置いてあるおしゃれなカップからは香ばしい匂いと湯気が立ち上っていた。
「はい、お待ち遠さま。ご要望通り、あなたの性格ぐらい苦くて深みのある紅茶よ」
カップの取っ手を摘み、一口飲む。暖かさとほろ苦さが口の中に充満した。
うん。苦い。
「それで、なにか用? あなたがここに来るなんて珍しいわよね。普段は穴の中でこもってるのに」
穴とは失礼である。地下世界はそれはそれは広い場所なのだから。
しかし、私はアリスの失礼な言葉を許す。普段なら、穴ではなくこの青空の下に広がる大地で暮らすアリスを妬んでいただろう。
でも、今の私はとても上機嫌だった。
溢れ出ようとする笑みを抑え、アリスに告げる。
「私、勇儀に愛してるって言われたわ」
──ガタン
アリスがテーブルに勢いよく両手を付ける。下を向いていて表情は伺うことはできなかったが、その体はワナワナと震えており、彼女がどのような感情を抱いているかはなんとなく想像できた。
突然顔を上げると、
「妬ましいわ!」
私の専売特許をマジのトーンで言い放った。
そんな彼女に対して、私は勝ち誇った笑みを浮かべる。
私は妬みを操る妖怪。私ばかり妬んでいるのもおかしな話だった。
「あなたの方は上手くいってるのかしら。霧雨魔理沙……だったわよね。あなたが恋心を抱いているのは。まあ、この部屋を見れば大体予想がつくけど」
そう言って私は部屋中に置いてある魔理沙とアリスの人形に視線を向ける。
アリスは顔を赤らめた。
彼女は私と似ている。それは恋の対象が男勝りな女だということ。そんなわけで、共通の話をして盛り上がったのがアリスと仲良くなったきっかけだった。
「なによ、私を笑いに来たの? だったらもう出て『手伝ってあげてもいいわよ』え?」
アリスは口をポカンと開ける。その可愛らしい顔がとても間抜けに見えた。
「私ってそんなに性格の悪い女に思われていたのかしら」
「多分たくさんの人がそう思ってるわよ」
「……そう」
私は嫉妬を操る妖怪。そう思われてもしょうがないか。
……勇儀さえ私のことを知ってくれてればそれでもいいけど。
「手伝ってくれるって、具体的にはどうするの?」
「決まってるじゃない」
私はこれ以上ない笑顔を見せつける。
「私は嫉妬を操る妖怪よ」
*
「よおアリス。遊びに来た……ぜ?」
突然ドアを開けて入ってきたのは白黒の恰好をした魔法使い。箒を片手に太陽のような満面の笑みを浮かべている。
私の……片思いの人である。
「ノックぐらいしなさいよ。パルスィはちゃんとしたわよ。ねえ?」
私は隣で綺麗な姿勢で座っている女、パルスィに話しかける。
彼女はその綺麗な顔をこちらに向けると、優しく微笑んできた。そのまま顔を近づけてきて囁いた。
「こんなガサツな女なんてほっといて、私とお人形作りの続きしましょう」
私の胸に手を置いてきて、その深い緑の瞳をまっすぐと私に向けてくる。
それは
よく見れば見るほどに美しい女性である。心も同じぐらい綺麗ならば完璧なのだが。
そんな私たちの空気に一つの小さな影が割り込んでくる。
「ア、アリス。お前人形作ってるのか? 俺にも教えてくれよ」
普段なら気にもしない人形作りの話に食いついてきた魔理沙。
悔しいけどパルスィの作戦もあながち間違っていないのかもしれない。
そうこれは、私とパルスィがイチャイチャして魔理沙に妬ませようという作戦なのだ。
「霧雨魔理沙……よね。私のアリスがいつもお世話になっているようで。お礼を言わせてちょうだい」
「いやいや。お礼を言われるようなことはしてねえよ……少なくともお前には」
二人の間で見えない火花が散った。魔理沙のまっすぐな目と、パルスィの透き通るような目が睨み合っている。
「ほらほら二人とも、人形を作るんでしょ。だったら仲良くやりましょ」
私は内心うきうき気分になりながらも、二人の仲裁に入った。
もてる女は辛いのよ。
「それもそうだな。じゃあ俺にはかっこいい人形の作り方教えてくれよ」
「じゃあ私には可愛い人形の作り方を教えてくれるかしら。アリスぐらい可愛いのを」
再び彼女たちはにらみ合ってしまった。
……いや、よく見ると魔理沙から向けられる敵意の視線をパルスィがひょうひょうとした態度で受け流している。
これが嫉妬を操る妖怪の余裕か。
これほどまでに彼女が心強く思えたことがあっただろうか、いやない。
人形作りを進めること幾ばくか。日が暮れかけたところで、喜びの声が上がった。
「よしできたぜ。魔理沙人形マークツーだぜ」
彼女の手には全身武装をした魔理沙の姿をした人形の姿があった。
あんまり抱いても気持ち良くなさそうだ。
本当に男の子みたいな女である。
「私もできたわ」
パルスィが作業の手を止める。そこには二体の小さな人形があった。
私とパルスィだ。
「あらすごい。あなたって器用だったのね」
人形師である私が素直に褒めてしまうぐらいには完成度の高い作品だった。
パルスィと私が抱き合っているという構図なのが少し気になるけど。
引きはがしてみようとしたがピクリとも動かない。完全にこれで固定されているようだった。
私がパルスィの人形をいじっていると魔理沙が悔しそうな顔をしているのに気付いた。
人形師としての本能が無意識に出てしまっていたようだ。パルスィの作品をその場に置くと、魔理沙の人形へと話題を移そうとした。
「魔理沙の人形もすごいわよ。えと……戦闘力とか」
「無理して褒めてくれなくていいんだぜ。俺の趣味とアリスの趣味は合わないみたいだし。パルスィのほうがアリスにはお似合いだぜ」
そう言うと彼女は勢いよく立ちあがり、飛び出して行ってしまった。
箒は置きっぱなしで、そうとう頭に血が上っているようだった。
去り際の彼女の眼には、気のせいか光るものがちらりと見えた気がした。
「ちょっとパルスィ! どうしてくれるのよ。これで魔理沙に嫌われちゃったら私……」
私はパルスィに向かって怒気を向ける。別に彼女が悪くないっていうのはわかっている。
彼女の案に乗ったのは私だ。そして彼女も善意で手伝ってくれたんだと……おもう。
知り合ってまだ短いけど、彼女は悪い妖怪ではないというのはわかっている。あの鬼に好かれるような女だ、多少性格が歪んでいるとしてもいい奴なのだ。
でも、もし魔理沙に嫌われてしまったらと思うと胸が締め付けられる思いだった。
目から熱い思いがこみ上げてくるのを感じた。
「今がチャンスよ」
パルスィが小さく呟く。
私はゆっくりと顔を上げた。
「魔理沙の妬み度は今が最高潮。あなたの思いをぶつけるのは今しかないわ」
彼女の言葉には力がこもっていた。妬み妖怪にここまで断言されれば、迷うことはなかった。
「私行ってくる。もしダメだったら……その時は責任取りなさいよ!」
私の心は決まった。
この冷たい顔の下にある熱い思い。魔理沙に思い切りぶつけてやるんだから!
魔理沙の箒をつかんで、家を飛び出す。
彼女はまだ遠くには行っていないはずだ。
家から出るとき、後ろから妬ましそうな声が聞こえた気がした。