やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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かつての夢 それは専業主夫

 当初は治安を改善するという話だったはずが、いつの間にか街の再開発と経済政策にまで規模が拡大してしまった。それに関しては不本意ではあったが、とりあえず華琳へのプレゼンは成功だ。

 

 まあ、今日出来る事は全部やったし、先の事は明日の俺が何とかするだろう。冬蘭もいるし。任せたぞ、明日の俺と冬蘭。

 

 それより今問題なのは、この場から速やかに立ち去る事だ。華琳を人質にした時の話をしてやる約束を夏蘭としてしまっているのだが、俺は絶対話したくない。あの時、華琳達へ怒鳴った内容を自分の口から話すなんて耐えられない。だから夏蘭が約束を思い出す前に立ち去る必要がある。

 

 

「具体的に動くのは明日からだな。それじゃあな」

 

 

 口早にそう言うと俺はすぐ華琳の部屋から出ようとする。そんな俺に背後から華琳が声をかけて来た。

 

 

「今回の案、なかなか面白かったわ。確かに聞く価値のあるものだったわ。成功したら相応の褒美をあげるから、貴方の方でも何か欲しい物を考えておきなさい。それとも、もう欲しい物が決まっているのかしら?」

 

 

 不意の言葉に俺は華琳へと振り返ってしまう。俺の示した案は思いのほか好評だったようだ。お褒めの言葉だけでなく、成功が条件とはいえ褒美まで約束してくれるとは驚きである。しかし、華琳の顔を見ても本気で言っているのが分かる。

 

 欲しいものか。急に言われても困る。こういう場合、やっぱり金や名品の(たぐい)が普通なのだろうか。俺にとっては、こんなにストレートに褒められるだけでも珍しいのに褒美とか……どうするよ。

 

 華琳の蒼い目が答えはまだか、とこちらを見ている。三国志なのに金髪で蒼い目ってどうなんだろう。それにしても綺麗な蒼だなって、そうじゃなくて。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくりゃっ」

 

 

 噛んじまったよ。恥ずかしい。ヤバい動揺しまくってる。

 

 待て待て落ち着け。慣れない事だからって、この位で浮かれるな。今回の仕事は相当規模がデカいんだ。これを成功させたら相当な功績だ。そう成功したら、だ。あくまで成功報酬なんだ。

 

 それに口で褒めるだけならタダだ。この位で喜んでいたら安く使われるぞ。って、既に浮かれてるじゃねーか。社畜になりかかってるよ。ここは初志を思い出すんだ。そう俺の目標は────────────

 

 

「専業主夫になり……あっ!」

 

「せんぎょうしゅふ、それは何かしら。秋蘭は分かる?」

 

「いえ、初耳です」

 

 

 動揺してかつて言っていた本気半分、冗談半分な目標を口走ってしまった。

 

 華琳の疑問に秋蘭は首を傾げている。2人の視線は夏蘭へと向くが、夏蘭も首を横に振っている。そして、華琳達の視線が俺へと集まり、華琳が口を開く。

 

 

「せんぎょうしゅふが欲しい物で良いのね。それで【せんぎょうしゅふ】というのは天の言葉だと思うのだけれど、どんな物なの?」

 

 

 やっべ、どうしよう。俺がどう言い繕えば良いのか悩んでいると秋蘭が横から華琳へ話しかける。

 

 

「華琳さま、お待ちを。先程八幡は【せんぎょうしゅふ】になりたいと言おうとしたのでは?」

 

 

 お、おう。作り話をするにしろ、少し条件が狭まってしまったぞ。再度、俺に視線が集まる。もういっそ正直に話して冗談にしようか、華琳も機嫌直ってるしな。下手な嘘は後々、自分の首を絞める事になるかもしれん。

 

 

「あー……専業主夫というのはだな。妻に養ってもらって、自分は家の事へ専念する夫の事だ」

 

「あら、それならもう叶っているじゃない」

 

「えっ?」

 

 

 俺の説明に対する華琳の言葉で驚いて、アホみたいな声を出してしまった。それにしてもどういう事だ。

 

 疑問に思っている俺へ華琳が微笑む。

 

 

「貴方が住んでいる場所は何処かしら?」

 

「華琳の屋敷」

 

 

 俺の返事に良く出来ましたとばかりに、華琳が頷く。それからまだ華琳の質問は続く。

 

 

「貴方の食事は誰が用意しているのは?」

 

「華琳ノヤシキノリョウリニン、ソレトタマニ華琳ジシン」

 

「貴方の普段使っているお金を渡しているのは?」

 

「華琳サンデス」

 

「貴方を養っているのは?」

 

「カリンサマデス」

 

 

 いや、何か違うから。専業主婦とは違うって。養われるってこういう事じゃないから絶対。

 

 

「ちょっと待て。華琳は妻じゃないし、今の俺は養われているわけでもないだろ。今の俺の状態はどっちかと言うと住み込みの仕事じゃねーか」

 

「そうね。でも、それなら貴方は仕事もせずに衣食住を与えてくれる妻が欲しいと言っているの?」

 

 

 その言い方ではまるで、かつての俺がクズみたいじゃないか。断固として抗議する。

 

 

「待ってくれ。別に何もせずに養って貰う訳ではないぞ。さっきも言ったが家の事に専念するのが」

 

「必要無いわよ」

 

 

 俺がまだ説明途中だったのに華琳はバッサリと斬る。

 

 

「屋敷の管理は使用人がいるでしょ」

 

 

 華琳サマの仰る通りでございます。かつての俺は使用人になりたかった訳でもないし、今の世界で使用人を雇えない位の経済力だと将来に不安が付きまとう。社会福祉どころか、社会基盤そのものが揺らいでいるんだから。

 

 ぐうの音も出ない俺へ華琳は言葉を続ける。

 

 

「貴方がもし絶世の美少女で、目が腐ってなくて頭が良くなければ愛玩動物として飼ってあげなくもないけれど、ねえ?」

 

 

 条件厳し過ぎやしませんかね。

 

 

「貴方に向いている職なら他にあるわ。貴方のその頭脳と目が活かせる良い職がね。私の軍師として励みなさい。私が偉くなれば必然的にその軍師である貴方も偉くなるわ。そうすれば妻の1人や2人すぐ手に入るわよ」

 

「お、おう」

 

 

 なんか逆に俺が妻を養う事へ変わっているんだが。それと何故か凄く真面目に励まされているし、なんでこんな話になったんだろうな。いや、俺がアホな事を言ったのが原因だけどな。

 

 なんだろう。専業主夫なんて昔言っていた馬鹿な事を話していたせいか、それとも華琳とのやり取りが切っ掛けなのか、ふと昔を思い出す。

 

 ある高校のある部室を、暖かく眩しい既に無くした光景を─────────俺が捻くれた事を言って、雪ノ下が毒舌で返す。そこに由比ヶ浜が抜けた事を言ったり、ちょっと引いていたりしていた。そんな過去が脳裏をかすめる。

 

 俺は改めて華琳達を見る。ここは華琳を中心に強い結束と勢いがある。かつて俺がいた、そして失ったあの場所とは似ているとは思えない。しかし、それなら今俺が感じている郷愁のようなものはなんなんだ。

 

 俺はあの場所の代わりをこの場所に求めているのだろうか。いくら考えても答えは出ない。

 

 

 

 

 ただ一つ確かなのは、あの時の様にこの場所を失いたくない。その想いは本物だ。

 

 

 

 

 そろそろ部屋を出よう。感傷的になり過ぎている。このままだとまた変な事を言ってしまいそうだ。

 

 

「それじゃあ邪魔したな。俺は戻るぞ。欲しい物はまた考えておく」

 

 

 話を突然切り上げ、足早に部屋から出て行く俺は不自然だったと思う。しかし、好都合にもそんな俺を引き止める者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

============================================

 

 

「ねえ、失いたくないって八幡は言ったのよね?」

 

「はい。あの時の様に、と言ったのも聞こえました。かなり小さな声でしたが」

 

 

 華琳の疑問を秋蘭が肯定する。八幡は気付かなかったが、知らない間に想いが口から漏れていた。部屋から出て行く八幡を誰も呼び止めなかったのは、彼の口から漏れ出たそれに気を取られていたからだった。

 

 

「過去に何かあったんでしょうか。そうでなければ、あんな目にもならないでしょうし」

 

 

 夏蘭が腕を組みながら自分で言った内容に納得しているのか頷いている。

 

 華琳と秋蘭も夏蘭の考えに概ね賛成なのか反論はしない。華琳達も八幡の過去をほとんど知らないとはいえ、八幡が華琳を人質にした後の口論で本音の一端を聞いている。それも合わせて考えれば、八幡の過去に辛い思い出があるのは察せられる。

 

 神妙な空気が流れる。

 

 華琳は本人のいない所でこの件をいくら話し合っても、何の解決にもならないと分かっていた。それに勝手な解釈で古傷へ触れられては八幡も不快だろうし、それは自分の流儀でもない。そのうち本人に聞くか、八幡の方から語ってくれたら、その時に力になろう。そう思いつつ、八幡ならそんな手助けなどなくても自分で乗り越えてしまうのではないかとも思っていた。

 

 だから、神妙な空気を振り払うように華琳は話を変える。

 

 

「それにしても、あれ程の計画を提言してきた軍師なのにね。最初に言った欲しいものが養ってくれる妻だなんて、ふふっ。どうかしているわ」

 

「「確かに」」

 

 

 笑いを堪え切れない華琳へ秋蘭と夏蘭も同意する。

 

 華琳には八幡が本気なのかは分からない。しかし、自分を感心させる程の案を出せる者の要望としては完全に想定外であった。それは秋蘭達も同様なのか、思い出して笑っていた。

 

 

「褒美に財や地位などを求める者は多いですが……ふっ」

 

「雑兵の中には戦いの後に捕虜の女を欲しがる下卑た奴もいるらしいが、自分を養ってくれる妻が欲しいなどと言う人間は初めて見ました」

 

 

 秋蘭が八幡と華琳のやり取りを思い出したのか、小さく微笑む。夏蘭は呆れ半分といったところだ。

 

 華琳は功績にはそれに見合った報酬があってしかるべきだと考えている。そして、今回八幡の提言した計画が成功すれば妻の一人くらい用意するのも(やぶさ)かではない。

 

 優秀な部下を当主の縁戚の誰かと婚礼を挙げさせて、完全な身内にして陣営強化するというのは珍しくも無い。しかし、それで働かなくなったら本末転倒である。

 

 それに華琳自身、そういう手を使いたいとは思わなかったし、八幡も好まないだろうと感じていた。結局、八幡への褒美についてはうやむやとなってしまったが、八幡が改めて何を欲しがるのかは興味があった。

 

 華琳がそんな思索をしている横で秋蘭と夏蘭の会話は、また真面目な方向に戻っていた。

 

 

「夏蘭、良いか。もう分かっていると思うが、八幡はこれからさらに重要な存在となるだろう。八幡はどうも自分を軽く見ている向きがあるうえ、本人に武の心得が無い……何が言いたいか分かるな?」

 

「もちろん、我々姉妹とその部下達が守ってみせましょう」

 

 

 八幡自身は自分を軍師の見習いと考えていたが、既に華琳の陣営で押しも押されぬ軍師の地位を得ていた。




読んでいただきありがとうございます。


二週間に一回は更新したい。難しいけど。


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