負傷者の手当てや襲われていた村の状況確認など、事後処理をしていると日が傾き始めていた。兵達の疲労も考えて今日はもう野営の準備をして休むことになった。
秋蘭達の危機だったので最低限の休憩しかとらずにここまで行軍し、さらに戦いまでこなしたのだ。特に歩兵連中の疲労はかなりのものだった。
ちなみに何故村が目の前にあるのに野営かというと、楽進達の村は規模が小さく、兵達を収容することが出来なかったのである。そこで戦いの後の慌ただしい村の中にあえて泊まるより、野営が選択された。
今は食事の準備がなされている。食材の一部は村から助けた礼として提供された物である。兵士達にはもう戦いの余韻もないのか、調理担当以外の者達の様子は和気藹々としたものだ。
そんな彼らを見つめながら俺は、先程の春蘭とのやり取りを思い返す。
策で弱らせた敵を相手に勝つのは当たり前だ。
そんなことを繰り返しても強くなれるわけがない。
いつも策を張り巡らせ、準備万端で戦えるわけではない。
厳しい実戦を経ていない兵は、大事なところで脆いぞ。
春蘭の言った内容は、一部の極端な部分を除けば俺も無視出来ないものだった。
「だが味方の被害を少なく出来る策があるかもしれないのに、あえて正面からぶつかるなんてのはなぁ……」
気が進まないどころではない。長い目で見れば必要な事かもしれんが、簡単に割り切れるものでもない。少なくともこうやって兵達の姿を見ていると、そんな判断を下すことなど考えられない。
気分が沈んでいく。そんな俺へ背後から足音が近付いて来る。
「春蘭姉様が言っていた事を気にしているんですか?」
掛けられた声の方へ振り返ると冬蘭が立っていた。俺の独り言に対して、まるで話し掛けるきっかけを待っていたかのようなタイミングである。
「まあ……な。戦いに犠牲は付き物なのは分かっちゃいるが、だからと言って簡単に割り切れるもんじゃねえよ。それに戦いを通して兵士が強くするなんてこと、俺は考えもしなかった」
「春蘭姉様の言う事を一々取り合っていたらキリが無いです。あまり気にし過ぎても良いこと無いですよ」
「いや、そうは言ってもなあ……つーか様付けで呼んでるのに、春蘭姉様の扱いヒデェな」
冬蘭のあんまりな言い草に、ついツッコミを入れてしまう。人が真剣に悩んでいるって時に茶化すなよ。
そんな俺の非難じみた視線を感じたのか、冬蘭は口を開く。
「あのですね。春蘭姉様の言っていた事も間違ってはいませんよ。間違ってはいないんですが、唯一の正解というわけでも無いです」
「どういうことだ?」
「確かに楽な戦いしか経験していない兵士をいきなり厳しい戦いへ放り込んでも、あまり使いものにはならないでしょう。でも厳しい戦いでは死傷者が増えますよ。折角育てた精鋭の兵士が死傷してしまうと、また新しい兵士を育てないといけなくなるじゃないですか。元々いた精鋭の代わりに部隊へ新しい兵士を入れると、一時的に戦力が下がりますし、部隊は強くなるどころか弱くなるかもしれません」
冬蘭の説明はとても分かり易かった。部隊に死傷者が出れば戦力低下は免れない。新しい兵を補充したとしても精鋭揃いの冬蘭部下と同じ様になるには時間が掛かる。そして、兵が死傷して部隊から離脱するペースが、補充の兵が育つペースより早くなれば、部隊はどんどん弱体化していくだろう。
冬蘭の考えを咀嚼しながら頷く俺に、彼女は言葉を続けた。
「厳しい戦いの中でしか得られないものが存在するのは確かです。ただし、毎回毎回激戦では部隊を維持出来なくなりますよ」
「結局どうすりゃ良いんだ……その辺りの兼ね合いは俺には難しいぞ」
「はあ、何の為に私がいるんですか? 元々、剣も矛も使えない八幡さんに兵の練度関係では期待していませんよ。心配しなくても私がビシバシ鍛え上げますし」
ビシバシってのは何の音なんでしょうね。近くで食事の用意をしていた兵士達の一部が身を
「出来る人間に任せて置けば良いんですよ。貴方はそういう立場ですから」
「そういうもんか。しかし、こういう事で悩んでいるようでは先が思いやられるな」
「むしろ私は八幡さんのそういう所、結構気に入っていますよ」
「えっ?」
こうもハッキリと言われると反応に困る。でも冬蘭さん、それってからかっているのか、もしくはお世辞でしょ。私騙されないから。照れ隠しに面倒くさい女っぽく否定してみる。もちろん心の中だけで。
「将はともかく兵に関しては、簡単に代えがきくと思っている人が多いですよね。私、そういう考え方嫌いなんです。人を育てるには時間と労力がかかりますし、連携なんかを合わせるのも大変じゃないですか? 何より、手塩にかけて育てた人を簡単に手放したりしたくないです。まあ、損失を恐れて務めを果たせないようでは論外ですが」
そら死傷者が出るのを怖がって戦えないってなると本末転倒だからな。それにしても俺は冬蘭のことを少し誤解していたのかもしれない。普段はニコニコ、物腰も柔らかだが本質はもっとドライなのかと思っていた。以前見た、賊から情報を引き出す為に拷問していた冬蘭の表情は情の欠片すら感じなかった。実はそれこそが彼女の本質ではないかと俺は勘ぐっていた。しかし、もしかしたら部下を大事にする彼女も、賊を拷問する彼女も等しく【冬蘭】なのかもしれない。
人は一言で表せるほど単純ではない。そんなことすら意識しないと忘れてしまい、相手に勝手なイメージを押し付けてしまう。
俺が軽い自己嫌悪を覚えているとは思いもしていないだろう冬蘭。
「それに優秀な部下は大事にすればちゃんと結果で答えてくれるものです。ねえ?」
冬蘭の最後の問いかけは俺ではなく、俺の隣へ向けられていた。
こわっ、いつの間に近付いていたんだよ。いや、普通に怖いから。あれ? このおっさん見覚えがあるぞ。って、さっき黄巾賊に追いかけられた時、最後に一人で八人を倒した化け物みたいなおっさんじゃねえか。
「まあ、そうですな。優秀な上官がこちらを信頼し、そのうえ大切に扱ってくれるとなったら身を粉にして働かねばなりませんな」
冬蘭の問いかけに、おっさんは頷きながらそう言った。しかし、待って欲しい。優秀で部下を大事にする上官って、それ誰のことだよ。あまり期待値が高すぎても、俺はそれに答える自信が無い。
「優秀な上官なんて言われてもなー。評価してくれるのは有り難いが、期待され過ぎるのもしんどいぞ」
「……くくっ、はははは」
いや、なんでこのおっさんは笑い始めたんだ。訳が分からん。面白いことなんて何も言ってないつもりなんだが。
「冗談も一流とは恐れ入りますな。聞きましたぞ。曹操様自ら、この度の戦いでは囮を務めた我々が第一功だと仰られたとか」
「ああ、確かにそう言っていたな」
俺達は村を攻めている敵を、これ以上村に被害が出ないように根こそぎ誘き出すという面倒な仕事を完璧にこなした。それに直接敵を殲滅するというメインの役割を果たした春蘭は、同時に失態も犯した。その結果、俺達が一番の功績を上げた形になったわけだ。
おっさんがにやりと笑う。
「今回、うちの部隊から死人は出とらんのに第一功っ! これで優秀でないなら、優秀な上官とはどんな化け物なんでしょうかな?」
「あー……」
結果としてはおっさんの言う通りなんだが。俺のさっき戦いの感想は【やったぜ。俺天才】という感じではなく、【はあ……ヤバかった。もうダメかと思った】である。戦いの最中の俺は綱渡りをしているかのような心地だった。もちろん命綱無しの。
歯切れの悪い俺の肩をおっさんが叩く。
「儂等は金や名声を求めて命を懸けとるんですわ。大きな功を上げさせてくれる上官で、そのうえ儂等の命まで大事にしてくれる、これで文句を言う奴なんておりませんぞ。もっと胸を張ってくだされ」
「お、おう」
こういうノリは慣れてないから、どう反応して良いものか戸惑ってしまう。何かさっきから「おう」とか「あー」とかまともな受け答えが出来ていない。だが、冬蘭やおっさんとの会話で沈んだ気分もいくらかマシになった。
話している間に食事の準備は終わっていた。他の部下達が食事を持ってくる。最初に野菜の入った汁物を渡される。口の中を火傷しないよう慎重に一口飲むと、温かいものが体中に染み渡るようだ。秋蘭達の救出の為、ここのところ強行軍が続いていた。のんびりとした食事が久々だからか、代わり映えのしない料理の味も格別に感じる。
あー、これで後は風呂にでも入れれば最高なんだが。その後風呂上りの良く冷えた一杯、そう俺のソウルドリンクMA●コーヒーが飲めれば言う事ない。
読んでいただきありがとうございます。
マックスコー●ーを登場させましたが、コーヒーはブラック派です。ただし、ミルクティーはゲロ甘なのが好きです。午後茶や紅茶花伝を牛乳で割ったり、時には生クリームを入れます。