やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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黄巾の乱 野営2

食事が終わった後、俺は自分に割り当てられた天幕へと向かう。

 

 

「あら、少しはマシな顔になったわね」

 

 

 突然かけられた声に驚き、其方へ振り返ると華琳が立っていた。俺と華琳の天幕は近い場所に設置されているので、偶然俺を見かけて声を掛けたのだろう。

 

 

「戦功を上げたと言うのに浮かない顔をしていたから、夏蘭辺りが気合を入れておきましょうか? なんて言っていたのだけれどその様子では必要なさそうね」

 

「は、ははっ……冬蘭の部下にももっと胸を張ってくれって言われたよ」

 

 

 華琳の言葉に俺は自分の頬が引きつるのを感じる。俺の腑抜け表情を周りの連中みんなに見られていたなんて思うと苦笑いするしかない。それに夏蘭の気合注入なんて身の危険しか感じない代物は、謹んで辞退させていただきます。うちの軍で春蘭と並ぶ超脳筋キャラだからな。気合の入れ方も確実に(物理)な感じだろ。命がいくつあっても足りないぞ。

 

 

「良い部下ね。でも部下にそんな事を言われているようでは先が思いやられるわよ」

 

「ああ、気を付ける」

 

 

 言葉自体は厳しいが、華琳にしては柔らかい口調での注意に俺は頷いた。

 俺なんかを頼りにしている者達がいる。彼、彼女達の前での自分の立ち居振る舞いがどういった意味を持つのか、それは俺も理解している。俺の態度一つ、言葉一つが士気に関わることもある。しかし、理解しているからと言って、【頼りになる軍師】でいつもいられるわけでもない。

 そんな俺とは違い、華琳は秋蘭達が黄巾賊に包囲されていると知り、急いで救援に向かっている時も決して動揺する姿を見せたりしなかった。

 

 この軍において秋蘭は要の一人であり、華琳の腹心である。あの時はその秋蘭が危機に陥って、俺も含めて軍全体が重い空気に包まれていた。春蘭に至っては冷静さの欠片も無い状態だった。そんな中、華琳という主柱が一切揺らがなかったことがどれ程大きな意味があったか。それを俺はこの目で目の当たりにした。あの時の華琳の振る舞いこそ、俺達が士気の高い状態で戦いに臨めた一番の理由だったと思う。

 

 何故、華琳はこうも冷静でいられるのか。英雄は自身の大切な者が危機に陥っていても、心を乱したりしないのか。それとも心中穏やかでなくとも、それを表に出さないようにしているのか。あの時の疑問を今なら聞けるのではないか、その想いが口からついて出る。

 

 

「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

 

「そう。こんな所で立ち話もなんだから、私の天幕へ付いて来なさい」

 

 

 俺の雰囲気から直ぐ済む内容ではなさそうだと華琳は判断したようだ。華琳の天幕も俺のそれと見た目は同じだった。中も大した違いは無い。違いと言えば細々とした物のセンスが良さそうな事くらいだ。華琳に促されて椅子に腰かけた。つーか椅子までわざわざ持って来ているのか。

 

 華琳も俺の正面の椅子に座り、こちらを見据えた。

 

 

「それで聞きたい事というのは何かしら?」

 

「なあ、さっき俺が浮かない顔をしていたって言っていたが、俺はそういうのが分かり易い方なのか?」

 

「いいえ、普段は分かり辛い方よ。ただ、さっきは夏蘭ですら分かる程度には沈んだ表情をしていたわ」

 

 

 本題に入ろうとする華琳だが、俺としては考えていることが表情に出易いのかを先に聞いて置きたかった。こうも周囲の人間に心配されるということは、もしかして俺は考えが顔に出やすいタイプなのだろうか。もしそうなら由々しき事態である。考えていることが筒抜けだなんてヤバ過ぎる。ちなみにラブとかエロとかそういう方面の話ではなく、軍師として立場的なアレだからな。

 

 

「そういうのが顔に出ちまうのは良くないよな」

 

「時と場合によるわ。私達の立場上、弱みを見せてはいけない場面は多いでしょう。でも、常に無表情で何を考えているのか分からない人間がいたとして、貴方はそいつを信用出来るかしら?」

 

「ああ……それは、まあ」

 

 

 俺の質問に対する華琳の答えは至極ありきたりなものだった。ただ、ありきたりだからこそ共感しやすくもあった。

 

 人の心の奥底を見通せれば苦労はしない。だが、その場その場でのちょっとした感情の動きくらいなら、注意していればある程度分かる。ハッキリとした言葉だけでなく、小さな表情の変化や言葉の抑揚などからも人は様々なものを読み取る。しかし、それが全く出来ない相手がいたらどうだろう。信用どころか不気味でしかない。それにちょっと人間味があった方が親しみやすいだろう。

 

─────────で時と場合による、の見せてはいけない場面の方で思い浮かぶのは直近のアレだろう。

 

 

「弱味を見せていはいけない場面というのは、例えば敵に包囲されている秋蘭達の救援に向かっていた時みたいな状況か」

 

「そう。あの時私が取り乱した姿を晒していれば、部隊の士気は酷いものになっていたでしょうね」

 

「俺からは華琳が冷静に見えた。それはそうする必要があったから、ああ振る舞ったのか? それとも秋蘭達なら危険は少ないと思っていたのか?」

 

「あの状況で秋蘭達に危険は無いだろうと本気で考えていた者がいたとすれば、その者の頭はどうかしているわ」

 

 

 私がそういう者に見える? と無言で華琳の目が問いかけてくる。それに俺も無言で首を横に振る。

 

 

「……ということは不安を抱えながらもそれを周囲にも見せず、冷静な判断力を保っていたってことか。すげえな。英雄って呼ばれるような人間はやっぱり元々の出来からして違うのかもな」

 

 

 歴史上の偉人と自分との違いに溜息しか出ない。俺より秋蘭と深い関係である華琳が、その秋蘭達の危機に不安を感じつつも必要だからとそれを表に一切出さない精神力。こうも差があると嫉妬や羨望なども感じない。それらを通り越して一種呆れにも似た感情が湧いて来る。

 

 しかし、俺の言葉に華琳の眉がぴくりと上がる。

 

 

「確かに私は生まれながらに傑出した人間よ」

 

「お、おう」

 

 

 躊躇いもなく自分が傑出した人間だと言い切る華琳。その姿はまさにその通りなんだろうな、としか言いようがない。

 

 

「だからといって最初から全てを兼ね備えていたわけではないわ。秋蘭達が危機に陥っている時でも冷静な対応が出来たのは、これまで積み重ねてきた彼女達への信頼と私自身の誇りによるものよ」

 

「信頼と……誇り?」

 

 

 華琳が言った信頼というのは、まあ分かる。しかし、誇りのお陰で冷静な対応が出来たのいうのは良く分からない。俺の訝し気に呟いた言葉を受けて華琳は一度頷いた。

 

 

「そう、誇りよ。秋蘭達は命を懸けて私に仕えているわ。当然末端の兵達も含めてね。私がこれまで積み重ねてきたもの、私が歩んできた道。それらを目にし、彼女達は私を仕えるに値する主と認めて忠誠を尽くしてくれている。それなのにその主が狼狽え、軍の統率を乱すという無様を晒すなど私の誇りが許さないわ。それは彼女達の忠誠を、私の積み重ねてきたものを汚すことに他ならない」

 

 

 今の華琳の言葉は俺にはキツかった。さっきの「確かに私は生まれながらに傑出した人間よ」という言葉の百倍は効いた。持って生まれた才能や出自で今の華琳があるのではない。彼女の言う通り、積み重ねてきたものが、覚悟が俺とは違い過ぎる。

 

 俺の知っている華琳という人間は文武両道である。ここまで高い水準で何でも出来る人間に俺は、華琳以外ではまだ出会ったことが無い。もちろんそれらの能力は降って湧いたように得たものではない。それらも彼女が言うところの『積み重ねてきたもの』の一部なんだろう。目指しているものに必要だからなのか、単なる向上心からなのかは分からないが、これまでどれだけのものを積み重ねてきたんだ。どれだけ高みにいるんだ。

 

 それに引き換え俺は───────

 

 

「俺は情けねえな」

 

「また腑抜けた顔をしているわよ」

 

 

 華琳の指摘にも俺は愚痴を止められない。

 

 

「俺はお前達とは違う。命のやり取りをする為に自分を鍛えた事なんてないし、華琳みたいに高みを目指して自分を磨いてきたわけでも無い。自信や誇りなんて……」

 

「これまで何もしてこなかったわけではないでしょう?」

 

 

 俯く俺に華琳が投げ掛けた声色は優しくも厳しくも無い、単なる事実確認のような響きだった。

 

 こちらに来てからは必死だった。与えられた役割も俺なりに果たせていると思う。むこうにいた頃の俺にも誇りはあったはずだ。むこうにいた頃はあまり人から称賛されるような事をやっていたわけではない。それでも俺なりにちっぽけなプライドを抱えて生きていた。だが華琳達と比べるとどうだ。ほとんど惰性となっていた勉強、大学に入ってからは運動をする機会も無くなった。人間関係など完全にリセットしてしまった。俺に何がある。

 

 

「俺が向こうでやってきたことなんて……誇れるようなもんじゃねえよ」

 

 

 苦いものを吐き出すように俺は言った。しかし、華琳がそれに納得した様子は無い。

 

 

「でも私の知っている貴方は幾つもの功績を上げたわ。あれは幻だったのかしら?」

 

「……」

 

「戦いにおける幾つかの作戦立案。街の治安回復と開発。あれらを赤子の頃の貴方が行う事が出来たと思う?」

 

「……無理に決まっているだろ」

 

「それなら貴方が誇れるものではないと言った日々も、糧になっているということよ」

 

 

 赤ん坊の頃に出来ず、今出来るというならそれまでの時間が糧だったと、そんな華琳の極論に俺はどう反応していいのか分からなかった。喜び? 驚き? 分からない。分からないが少しだけ自分の頬が緩むのを感じた。

 

 華琳の言葉は続く。

 

 

「それに貴方が誇るべきものが少なくとも一つはあるわ」

 

「なんだ?」

 

「この私の軍師を務めているということよ」

 

「くくっ、決まり過ぎだろ。ついうっかり惚れちまいそうだ。そして振られるまである」

 

 

 今度は頬が緩む程度では済まなかった。いや本当に恰好良すぎるだろう。今のは。笑いを堪えられなくなってきた俺に華琳の追撃は止まらない。俺は「振られる」という言葉にリアクションが来ると思ったが、華琳は斜め上に行く。

 

 

「あら、まだ惚れていなかったの?」

 

 

 素で言っている辺りやはり華琳は凄いとしか言いようがない。まあ、華琳の部下達は春蘭姉妹や荀彧を筆頭にみんな華琳が好き過ぎるからな。そういう発想になっても仕方がないのかもしれない。でも流石に彼女達と一緒にされても困る。




読んでいただきありがとうございます。


次回あたりから蜀陣営を出せたら……。

あと私はとっくの昔に華琳に惚れています。

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