やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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第52話

 穏やかな日差し、頬に感じるそよ風。馬上で空をゆっくりと流れる雲を眺める俺。こう言うと優雅でハイソな響きだが、実は俺の頭の中にはさながらあのドナドナの陰鬱なBGMが流れているような気分だ。

 何故かって? 今回の戦いから精鋭騎兵部隊・虎豹騎に付いて行かなければならないのだ。はい、ムリー。馬に乗るのがやっと慣れてきただけの俺が、虎豹騎の戦闘に付いていくなんて自殺行為である。

 テンションだだ下がりの俺に気を使ったのか、冬蘭が自身の乗る馬をこちらへ寄せてきた。

 

「気負わなくても、普通にしてれば大丈夫ですよー」

「お前の普通と俺の普通は絶対違う」

 

 マジでドラゴンとスライムくらい差があるからね。俺達。

 取り付く島もない俺に冬蘭は肩をすくめる。

 

「基本さえ守っていれば、周りは精鋭揃いだから危険は少ないですよ……多分」

 

 多分って聞こえてるぞ。命にかかわるのに多分で安心出来るか。

 胡散臭いものを見る目で冬蘭を見ていると、別のやつが近づいてきた。青鹿毛(あおかげ)の馬に乗った夏蘭が冬蘭に茶化すように声を掛ける。

 

「あまり無茶させるなよ。八幡は私達と違って貧弱なんだから」

「そうだ。俺は繊細に出来ているから大事に扱ってくれ」

 

 女に貧弱呼ばわりされて悔しくないのか。そう思うやつもいるだろう。しかし俺は自分自身を客観的に見ることが出来るんです。あなたと違うんです。

 冬蘭があきれ顔である。

 

「なんで反論するどころか同意してるんですか。しかもちょっと偉そうに」

「俺は自分の弱さを認められる人間を目指しているからな」

「自分の弱いところを認めるのは良いですけど、後でちゃんと努力して成長するんですか?」

 

 うーん、冬蘭鋭い。弱くても良いじゃない、にんげんだもの。はちまん。

 俺が心中で情けないアレンジをした名言を思い浮かべているとは露知らず、冬蘭は意外にもそれ以上追及をしてこなかった。その代わりに少し呆れ混じりの顔で冬蘭が言う。

 

「まあ八幡さんなら何だかんだ言いながら、何とかするんでしょうけど」

「えー」

「へー意外と信頼されているんだな」

 

 簡単に何とかするなんて言われても困る。あと夏蘭、意外とってなんだ。一応俺仕事はちゃんとやってるから、信頼されていても不思議じゃないだろ。むしろこれで全く信頼されていなかったらショックだわ。これは精神的苦痛を受けたって訴えて、でも聞き入れられずに孤立して引きこもりになっちゃうわ。

 

「出来なければ死んじゃうじゃないですか。八幡さんはそんな簡単に死にませんよー」

「高すぎる信頼度が俺を追いつめる!?」

 

 冬蘭の不穏な言葉に、俺は悲鳴を上げる。妙な信頼が俺をピンチへ突き落そうとしている。縋るような思いで夏蘭を見る。

 気づいた夏蘭が数秒間目を瞑り思案する。そして夏蘭は目を開き俺を見て言った。

 

「まあ大丈夫だろ。多分」

「こ、この姉妹は」

「んーアレだ。助言するなら戦場では止まるなってこと位か」

「言われなくてもそれくらいッ!?」

 

 テキトーな夏蘭に抗議しようとしたがそれを中断してしまうほど夏蘭は真剣な表情だった。

 

「騎兵の強みは機動力と突破力だ。馬の足を止めてしまえば、ただの的になるからな」

「強みってのは分かるが、的は言い過ぎだろ」

「敵の近くで止まると、敵が群がって来ますよ」

 

 夏蘭に反論した俺へ、冬蘭が甘い考えですねーと笑った。

 普通の歩兵からしたら脅威である騎兵に、わざわざ群がってくるというのはイメージしにくいのだが、何か特別な理由でもあるのだろうか。

 

「納得できないって顔ですね」

「まあな」

「良いですか、騎兵と歩兵では価値が違うんですよ。戦力として、何より打ち取った時の手柄が段違いです」

「歩兵は基本徴兵された民が多い。でも騎兵は違う。一般の歩兵として手柄を立てたか、自分で軍馬を用意出来る家柄の者や名の通った者達だ。当然それを率いる人間もそれ相応の地位だったり格のある者が多い」

 

 冬蘭の言う事がイマイチ分からず首を捻っていると、夏蘭が詳しい説明をしてくれた。

 

「ここまで言えばもう分かるな。手の届く所に敵騎兵が止まっていれば、木の蜜に群がる虫のように……」

「俺は蜜かよ。苦い思いばっかりしてきたから、俺の大部分は苦い何かで出来てるぞ」

「まあ蜜ってのは違ったな」

「食べたらお腹壊しそうです」

 

 俺はノロウイルスか大腸菌か? そういや小学校の頃クラスメイトがやってたなー「ハイ、タッチー!」「バリア」「比企谷菌にバリアは効きません~」とか。なんだよ、そのチート級の感染力。

 

「まあ、とにかく突破出来ないくらい分厚い敵隊列や障害物の多い場所へ無暗に突っ込むな。死ぬぞ」

 

 ちぃ、覚えた。つーか知らずに実戦へ向かってたのが怖すぎる。とりあえずやってみるの精神で戦なんてしてたら、命が何個あっても足んねーよ。

 

「冬蘭も先にこういう事をもっと教えてくれよ」

「えっ、こんなことも知らなかったんですか?」

 

 なんで知っていると思ったの? もうヤダ。チュートリアルが欲しい。不親切過ぎるだろ現実。やっぱリアルはクソゲーだわ。難易度も設定間違ってるし。

 何か疲れがどっと出てきた。戦う前から俺の心はボロボロだ。

 そんなうな垂れた俺に気付かず、夏蘭は思い出したように言った。

 

「そういえば華琳様が後で話があるそうだ」

「俺に?」

「ああ」

「後っていつだよ。そろそろ戦いになってもおかしくないぞ」

「急ぎの用ではないそうだから、戦いの後でだろう」

 

 この戦いが終わったら話があるって、それなんてフラグ? ただでさえ今ナイーブになってるから止めてくれ。

 夏蘭の告げた内容に縁起の悪さを感じた俺は、その話とやらをさっさと済ませることにした。

 

「まだ敵は見えてないし、今から話してくる」

 

 

◇◇◇

 

「あらら、慌てて行っちゃいましたね」

「……八幡にあまり無理をさせるなよ」

 

 夏蘭姉さんが先程と同じ忠告を、先程より真剣な調子で念押ししてきた。

 それにしても華琳姉様の話は急ぎではないとのことなのに、八幡さんは随分急いでいましたね。これはやはり……八幡さんをしっかり鍛え上げなければいけませんね。それに無理と言われるほど厳しいつもりはないんですけど。

 

「そんなに無茶させているように見えますかー?」

「八幡は軍師だ。前線に連れ出すのは十分無茶と言える」

「軍師として後方にいるだけでは得られないけれど、知っておくべき経験があるでしょう?」

 

 私の反論に夏蘭姉さんは腕組みをして考え込む。

 八幡さんにはもっと成長してもらわなければならない。それには知識や想像だけではなく、実地での経験が必要なのだ。

 

「それにしても、だ」

「いえいえ、華琳姉様の隣に立つにはこのくらい」

「ん? 隣? なんの話だ」

 

 おっと危ない危ない。八幡さんを華琳姉様のお相手に相応しくなるように鍛えているのは内緒である。春蘭姉様や荀彧さんに知られると大変なので。夏蘭姉さんの場合、口外するつもりがなくてもポロっと言っちゃいそうだから教えられません。

 

「私がついているから心配しなくても問題ありませんよ」

「むしろ八幡が冬蘭の水準に付いていけるかが問題なんだがな」

 

 夏蘭姉さんが溜息を吐く。

 心外ですね。その辺りの調整ぐらいちゃんとします。

 

 

◇◇◇

 

 

 俺は手綱を操り馬を速歩(はやあし)で進める。華琳は隊列の中央におり、すぐに見つかった。華琳も馬に乗っていて、俺はそこに並走するように馬を寄せた。

 

「そんなに急いでどうしたの?」

「夏蘭に聞いた。話があるんだろ」

「そこまで急いでいた訳ではないのだけれど」

 

 急ぎでないのは聞いていたが、この戦いの後で話があるなんて、そんなフラグっぽいのは即潰す。これがアニメなら実は戦いの後に告白するつもりだったのに、どちらかが死ぬパターンだ。

 華琳に限って告白なんて楽しいイベントはないだろう。しかしそうなると死亡フラグだけが残り、俺と華琳どっちが死にそうかと考えれば9割5分俺だろ。ただでさえ今回から危険な立ち位置になってしまったのに、そんなフラグ早々にへし折ってやる。曹操だけに。

 トン、と肩に軽い衝撃を感じた。華琳による肩パンだった。力を抜いていたようで全く痛くなかった。

 

「何故かしら、無性に殴りたくなったわ」

「理不尽だ。謝罪と休暇を要求する。で、話って?」

「こんな所でする話ではないのだけれど……」

 

 華琳が周囲を見回して言った。華琳の近くにいるのは春蘭や桂花のような主要なメンツだが、行軍中で周囲には兵が多数いる。

 どうやら華琳の話はあまり他の人に聞かせられない内容のようだった。

 俺が周囲の兵に距離を開けさせようかと考えていると、華琳は別の手段をとった。並走する互いの馬の距離をさらに近づけ、上半身をこちらへ乗り出すように寄せた。至近距離で小さな声で話せば、周囲の兵に聞かれる心配はない。

 

「先刻の軍議の件よ」

「お、おう、何か問題があったか?」

「麗羽の兵力を削ぐには良い手だったわ。でも同時に麗羽へ功を得る機会を与え、私達が功を得る機会を失ったとも言えるでしょう?」

 

 袁紹がアホなのは疑いの余地がないが、その戦力的に汜水関の戦力相手に負ける事はないだろう。つまり袁紹は今回功を上げるわけだ。袁紹の兵数は減らせても名声面で差を付けられるのは好ましくないというのが、華琳の不満なのだろう。しかしそれについても俺には考えがある

 

「何の為に張三姉妹達のような旅芸人を支援していると思っているんだ」

「そう言えば彼女達の活動は順調のようね」

「ああ、あいつらに今回の戦いについての噂を流させる」

「……そういうことね」

 

 俺の意図は華琳に伝わったようだ。

 

「そう、流す噂は俺達の活躍についてだけだ。知られなければ無いも同然だろ」

 

 ついでに軍議で袁紹が我儘言いまくってたのも流してやろうかと思ったが、華琳はそういうのは好きではなさそうなので予定には入れていない。

 袁紹達も自分の活躍を喧伝する可能性があるが、より大きな、多くの声でこちらの活躍を触れ回れば相対的に効果を減少させられる。人気者の張三姉妹の口から出る噂話、それは瞬く間に広がるはずだ。

 華琳は納得して乗り出した上半身を戻した。そしてとても良い笑顔を浮かべた。

 

「とてもいやらしい手ね。良いわ、そのまま進めてちょうだい」

 

 満足げな華琳に俺は頷く。

 その時、強烈な殺気を感じて振り返ると───────────

 

「ぐぬぬ」

「ぐぬぬ」

 

 血の涙を流さんばかりの鬼気迫る表情の春蘭と桂花がいた。いつの間にか俺と華琳の話が聞こえる距離まで近づいて来ていたのだ。

 

「とてもいやらしい手だと~!?」

「そのまま進めて~!?」

「そういう意味じゃねーから!!!」

 

 敵と戦う前に味方から刺されそうな危機だった。

 吸引力の変わらないただ一人のヘイト集め役、それがこの俺比企谷八幡。いや駄目だろ、それ。こっちに来てからヘイトはなるべく集めないようにしているのに、味方からヘイト集めてどうすんだよ。

 その後、二人は華琳が簡単に宥めてしまった。

 ありがてえ、あり……そもそも華琳の紛らわしい言動が原因じゃねーか。

 




おまけ

八幡「袁紹、てめーらの手柄話は流してやんねー!!! くそしてねろ!!!!」
華琳「まさに王道(大嘘)」


読んでいただきありがとうございます。

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