やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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第59話

 董卓との交渉に向けて華琳と桂花、それに董卓の仲間だった恋と陳宮、張遼を加えて打ち合わせを行った。まず前提条件として俺達以外の董卓討伐連合軍にバレない、かつ本隊が都に到着する前に交渉する必要がある。そのうえあまりに重大な案件なので直接会って話さなければならない。斥候まがいの人間に、手を組む条件を記した書状を持たせて送っただけで成立するレベルの話ではない。

 この前提条件については、すぐにクリア出来る目途が立った。俺を董卓の所までは連れていく位なら簡単だと恋が請け負ったからだ。流石に俺を恋と二人だけで行かせるのは如何なものかと、桂花が冬蘭と夏蘭、それから少数の虎豹騎を付けることを提案して採用された。

 次に董卓に出せる条件の擦り合わせした。これは難航しそうな話だと思ったが、意外に早く終わった。董卓に対してこちらは圧倒的有利な立場なのできつい要求はしてこない、というより出来ない。よって華琳からは俺の判断に任せると言われた。陣営の運営に致命的な支障をきたさないのなら、俺の裁量で決めて良いそうだ。ややこしく無くて良いが、後で文句言わないでくれよ。

 

 

 

 俺達は戦闘を避ける為に目立たない服装をし、友軍からは偵察部隊にしか見えないよう気を付けて先行した。俺だけは手荷物の中に董卓との交渉時に着る用にいつもの制服と豹柄の外套が入っている。普通の偵察部隊の人間が着るような恰好で交渉するわけにはいかないので持ってきたが、制服に豹柄の外套ってやっぱ組み合わせとしておかしい。出来れば別の服が良いが、外套を用意してくれた冬蘭の手前そんなことは言えないし、制服の方もこれ以上董卓から見て特別感のある服は他に無いので変えがたいのだ。結局人間は見た目で判断する部分が大きい。この時代の人間が見たことが無い生地とデザインの制服を着ていれば、見た目で侮られる可能性が少しは減るだろう。なにせこれから会うのは一大勢力のトップが相手なのだから、小さな事かもしれないがやれる事はやっておくべきだ。

 と、いうことでやって参りました。都、都ですよ。城壁でけえ。見上げる位高い城壁が街を囲んでいる。まあ、今は夜なので月明りだけでは視界が狭く、近寄ってしまうと街の規模がデカ過ぎて囲んでいる全体像は見えないのだが。重機なんてないこの時代に、こんなものを作ってしまう人間の底力に驚いてしまう。

 

「それで恋、董卓への取り次ぎはどの位時間が掛かるんだ?」

 

 俺の質問に恋は不思議そうな顔をした。

 

「とりつぎ? このまま会いに行く」

「「えっ」」

 

 俺を含めて恋以外の全員の声が揃った。

 恋は散歩にでも行く位の調子で言ったが、いくらなんでも無理がある。会いに来ましたよー、と国の実質的なトップに直で会いに行けるもんなのか。いややはり無理だ。打ち合わせの時、恋があまりにも簡単そうに董卓の所へ連れて行くと言うので詳しいことを聞いていなかったのを後悔する。元々董卓側の人間だから、董卓の側近なんかにも顔が利くはず、その繋がりを使えば割とトントン拍子に交渉の場を用意してもらえるんじゃいかと思っていた。

 

「い、一応先に話を通さないと会えない……というか城壁内にすら入らせてもらえないだろ。敵対しているんだぞ」

「大丈夫、ここから入る」

「「えっ」」

 

 また俺を含めて恋以外の全員の声が揃った。

 恋は高くそびえ立つ城壁を指差している。これを登って忍び込もうだなんて考えもしなかった。

 さすが恋! 俺達には想像すら出来ない事を平然とやろうとするッそこにシビれる。あこがれ……ねえよ。それは拙いだろ。

 

「忍び込むのか!? こういうのはちゃんと手続きを踏んで、だな、やらないと拗れるから」

「八幡、時間が無いと言っていた」

 

 確かに時間について打ち合わせの時に言ったけどな。今回の交渉はとにかく時間との勝負だ。時間が掛かれば掛かるほど選択肢は少なくなる。董卓討伐連合軍が都に攻め入ってしまえば、小細工で何とかする余地が無くなってしまう。それに恋が行けると言うなら普通に行けそうな気がするのも確かだ。というか行けるだろう、恋を止められるレベルの奴はいないって話だから。しかし敵対している相手が夜中に忍び込んで来て「董卓ー交渉しようぜ」というノリが通用するのだろうか。それも呂布という戦力付き。完全に恫喝です。ありがとうございます。

 

「時間はおしいが忍び込むにせよ、力ずくで押し入るにせよ、交渉に悪影響が出るんじゃないか? いやこの場合効果的なのか?」

 

 想定外の展開に俺は戸惑いつつ、恋の案に疑問を呈した。このままでは話し合いで何とかするつもりだったのに、口ではなく武器を使った方法へ変更しそうだ。

 俺の疑問を聞き、恋はきょとんとした後、首を横に振った。俺の言った交渉に悪影響があるんじゃないか、という心配など思いつきもしなかったようだ。

 

「月なら話聞いてくれる」

 

 月というのは董卓の真名だろう。最低でも真名を呼べるくらいの信頼関係があるということだ。恋の言葉にも董卓の人柄に対しての確信が感じられる。董卓ってそんなに心が広いのか、意外だ。

 こうなると非常に悩ましい。直接会いに忍び込む場合、時間の短縮以外にもメリットがある。今回の件について人間がより少なくて済むという点だ。俺と董卓の交渉は裏工作だ。知る人間は少なければ少ない方が良い。都には董卓と非友好的な勢力だってあるし、董卓の下にいる連中も一枚岩とは限らない。横槍を入れられるのは勘弁だ。

 考えれば考えるほど良い案のような気がしてきた。出来るだけ内密にかつ、迅速に董卓との交渉に臨めるならそれにこしたことはない。だが大きな問題が立ちはだかっている。俺は城壁を指差す。

 

「これどうやって登るんだよ」

「簡単」

 

 事も無げに言う恋に俺の方がおかしいのかと他の連中へ視線を送る。虎豹騎達は流石に無理だと首を横に振る。普通これは道具も無しに登れないよな。冬蘭に至っては視線を合わせない。

 

「さて馬をここに放置する訳にはいかないので、ここに来る途中にあった小川辺りで私達は待機していますね」

「おい、なに自然に自分はやらない流れに持っていこうとしているんだ」

「だって私、こういうのは無理ですよ。それに実際馬を放置するわけにはいかないでしょう?」

 

 チッ冬蘭め、上手く切り抜けやがって。姉の夏蘭の方をどうだと見る。夏蘭は城壁に近づき手で触れて状態を確かめている。

 

「うーん、まあ大丈夫だろう」

「お前や恋は大丈夫でも俺は登れないぞ」

 

 俺が「無理だからな」と念を押すと恋が俺に背を向けて屈んだ。

 

「まさかと思うが……乗れってことか?」

 

 恋がこちらへ顔だけ向けて頷く。この歳で怪我をしているわけでもないのに女に背負われるのは抵抗がある。

 そんな困惑している俺を見て冬蘭はニヤニヤしている。

 

「折角の申し出なんですから、断ったりしませんよねえ」

 

 こいつホントに良い性格しているよ。夏蘭なんとかしてくれ、お前の妹だろ。

 俺の視線に気付いた夏蘭が首を横に振った。

 

「私では八幡を背負ってこの城壁は登るのは難しい」

 

 そうじゃねえよ。あと、まだ忍び込むかどうかは決めていないだろ。なんで決定済みみたいな流れにしているんだ。恋に至ってはずっと屈んだまま「乗らないの?」と無邪気な瞳で俺を見詰めている。止めろ、そんな目で俺を見るんじゃない。断りづらいじゃねえか。

 俺はやれやれと頭をかく。いつまでも悩んでいても時間の無駄だ。そして悲しい事に俺はノーと言えない日本人だった。

 

「分かった、ホントに大丈夫なんだよな?」

 

 恋は無言で頷いた。

 俺は恐る恐る恋の背に乗る。チート級の強さを誇る恋だが意外にも体は柔らかかった。なんか良い匂いするし……いや、やらしい意味ではない。ただ事実をあるがままに、ダメだ。何か別の事を考えよう。素数を、素数か数えよう。ん、0って素数だったっけ? スタートからつまづいて話にならない。

 真顔を保ちつつも内心では大混乱中の俺をよそに、恋が動き出す。いきなり剣を抜いて城壁に向かって投げた。目にも留まらぬスピードで投げつけられた剣は城壁のかなり上辺りに深々と突き刺さった。

 

「なにを」

 

 俺が恋に声を掛けようとして、しかしそれは激しい振動で出来なかった。恋は俺を背負っているとは思えない速さで地を駆ける。これ馬より速いんじゃないか。慌てて俺は恋にしがみつく。ヤバいこれ酔う。頭ががっくんがっくんしている。城壁が眼前に迫る。恋が速度落とさず飛び上がる。今すぐオリンピックで金メダルが獲れるジャンプ力だ。そのうえ二段ジャンプみたいに城壁を蹴ってさらに高さを稼ぎ、突き刺さった剣の柄を掴む。剣がミシミシいっているが、天下無双の将が持っている剣だけあって頑丈だ。二人分の体重でも折れたりはしない。折れたりはしないはず。お願いします、耐えて。

 剣の刺さっている高さから城壁の上までは一メートル位ある。恋は剣をしならせ反動をつけて城壁の天辺に飛びつくべく手を放す。それ届くか!?

 落下するかもしれない恐怖に体が縮こまる。しかし落ちていく感覚はない。上を見ると恋の左手、その人差し指と中指が届いていた。恋は指二本で重力を感じさせない余裕さで体を引き上げ城壁の上に到着した。

 

 こ、こええええ。ちびるかと思った。なんで城壁越えなんかを良い考えだと思ったんだ俺は。数分前の俺はアホだ。それにしても恋凄すぎるだろ。呂布には飛将なんていう渾名もあるようだが、これからは飛翔にした方が良いじゃないか。

 恐る恐る恋に掴まっていた手を放し、自分の足で立つ。まだ体が揺れているような感覚が収まらない。

 あまりの恐ろしさに混乱状態だった俺だったが、なにやらザクザクという突き刺す様な音が城壁の下から聞こえてきたのでそちらへ意識が向いた。そこには短剣を両手に逆手で持った夏蘭がいた。夏蘭は右、左、右、左と交互に短剣を刺しながら城壁を登ってきている。こいつら本当に人間止めているわ。

 夏蘭もあっと言う間に登りきってしまった。こんな簡単(錯乱)に忍び込めるなんて都の警備は大丈夫なのだろうか? 周囲を確認すれば城壁の上には所々かがり火があり、そこには見張りがいるようだ。しかし、かがり火とかがり火の間隔が広過ぎてザル状態である。これでは万全の警備体制からは程遠い。国の中心であり、もう少しすれば大きな戦闘が行われるであろう場所とは思えない状態だ。いや、むしろだからこうなのだろうか。汜水関、虎牢関の陥落、名だたる将も失い士気が落ちるところまで落ちてしまったのかもしれない。それなら交渉もしやすいぞ。

 一人ほくそ笑む俺の肩に夏蘭が手を置く。

 

「さあ行くか。時間を節約したいんだろ」

「はあ? 何言って……」

 

 夏蘭が恋に耳打ちし、何かの指示を与えると恋は城壁の街側へひらりと飛び下りた。この高さを何の躊躇も無く飛び下りるとは、流石としか言えない。で、なんで夏蘭は俺の肩に手を回し、もう片方の手で太もも辺りを抱えようとしているのだろうか。このままでは所謂お姫様抱っこ状態になってしまうのだが。

 

「おい放せ、何のつもりだ」

「城壁から一人で降りられないだろう?」

 

 嘘だよな。まさか。

 

「か、階段があるだろ」

「よく見ろ、階段には敵兵がいる」

 

 いや見えねえし。この暗がりで良く見えるな。

 

「ここから飛び下りるつもりかっ!?」

「まさか、人一人を抱えたまま飛び下りたら足が折れる」

 

 夏蘭は何を馬鹿な事を言っているんだとばかりに笑う。この高さなら人を抱えていなくても折れると思うんだが、どうにも話が噛み合わない。

 

「一旦しゃべるのは止めた方が良い。舌を噛む」

「ちょっ、待」

 

 夏蘭が俺を抱えて左右に振り勢いをつける。まるで重い物を投げる為の予備動作のようだ。そして夏蘭の手が離れる。一瞬の浮遊感。

 

「あっ」

 

 すぐに落下が始まった。頭の中が真っ白になる。高さ的に落下は瞬く間で終わるはずだったが感覚的には十秒位に感じ、それは唐突に終わる。俺は地面に叩きつけられることなく、恋の腕の中に納まった。

 

「はあー」

 

 恋の腕の中で大きな溜息を吐き出す。なんだろう何の感情も湧いてこない。俺の心は今、波一つない海のように静かである。人は許容範囲を超えたストレスを受けた時、感じる事そのものを拒否してしまうのかもしれない。今の俺ならどんな辛い状況に陥っても顔色一つ変えずに済みそうだ。

 さあ董卓の所へ急ごうか。この交渉は絶対に完遂する。絶対にだ。何が何でも、どんな手を使ってもだ。酷い目にあった恨みなんて関係ない。関係ない。

 俺に遅れる事数秒、夏蘭が城壁の上から飛び降りて来た。

 

「八幡は抱えられたまま真顔で何を呟いているんだ? 怖いぞ」

「怖いのはお前だよ。説明も無しに投げ落としやがって色々漏れたらどうすんだ」

 

 董卓も女なんだよな。粗相したまま董卓の所へ行けってか。そんな状態で夜に忍び込むなんてどんな変態だ。今でも黒の御使い関連で人聞きの悪い噂が流れているのに、そんな愉快なエピソードが追加されたら肩身が狭くなってしまう。ん、よくよく今までの人生を思い返してみれば肩身が狭くない事の方が少なかったわ。鬱だ。




読んでいただきありがとうございます。

八幡、お前夜中に女の子の所へ忍び込むような奴になっちまったのか……。

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