やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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第60話

 城壁を越える事に成功した俺達は町の中を宮廷を目指して進む。この時代では城壁が町ごと宮廷を囲んでいる。その為外周である城壁を越えた先がすぐ皇帝の居住区画というわけではない。当然のごとく皇帝の座する宮廷に近い区画程、地位の高い者や名家の屋敷がある。

 ここ洛陽の夜は都とはいえ現代日本に生まれ育った俺にとって見れば正直暗い。一部、松明と思われる灯りはちらほら見えるが、身を潜めながら進むのに必要な暗闇はいくらでもあった。出歩く人間に会うこともなく、静かな夜道に俺達の足音と呼吸音だけがかすかに聞こえる。小走りで進んでいるが、なかなか目的地に着かない。

 洛陽が広過ぎなんだよ。よくもまあ、こんな広い所をあんな高い城壁で囲んだものだ。

 都の規模に感心半分、呆れ半分ながら歩みを進める。

 突然道沿いの民家から、コトッという音が聞こえた。すぐに俺達は足を止めて息を潜める。しかし高まった緊張はほどなく解ける。

 

「ミャ~」

「猫かよ、驚かせるなよ。よしよし」

「ゴロゴロ」

 

 猫が民家の(のき)から飛び下りて来る。俺の近くに来たので撫でてやると、猫は嬉しそうに喉を鳴らす。こんな事をしている場合ではないのだが、荒んだ心が癒される。名残惜しいがこんな所で油を売っているわけにはいかない。すぐ歩き始めれば夏蘭と恋も続く。

 

「慣れたものだったな」

「猫を飼っていた事もあったからな」

「恋の所にも、いる」

「へえ、どんなのだ?」

「これくらいの」

 

 恋が手をいっぱいいっぱいに広げて言った。

 そのサイズ、虎ですよね。まさかとは思うけど放し飼いにはしてませんよね。いやマジで怖いんだけど。じゃれつかれたら死ねる。

 和やかなのか剣呑なのか分からない潜入作戦は順調に進み、山場を迎える。

 塀と呼ぶには高すぎる壁が俺達の前に立ちはだかる。ついに宮廷に辿り着いたのだ。先程、恋と夏蘭のコンビプレイで越えた城壁に比べれば低いものの、俺の独力では越えられそうにない高さだ。しかし、だ。ちょっと待って欲しい。夏蘭、俺の肩に手を置くな。

 

「何をするつもりだ」

「さっきと同じことだが?」

「この高さなら抱えられなくても手助けだけで行ける……と思う」

 

 最後だけ聞き取れないような小声で付け足す。もうさっきみたいな越え方は遠慮したい。これ以上のダメージは、この後の交渉に響きかねない。だからお願い手を放して。

 

「先に恋を登らせておいて、夏蘭は壁に手をついて俺に背を向ける。そして俺が夏蘭の背中をよじ登って肩を踏み台にすれば、恋の手が届く高さまでいけるだろ。後は恋に引き上げてもらえば良い。この高さならこれで問題ない」

 

 途中からだんだん早口になっていた。必死過ぎだ。それも仕方ないだろう。あんな恐ろしい事は一回で十分だからな。

 そんな俺の様子に夏蘭はやれやれと溜息を吐く。

 

「女に踏み台になれと、いやはや良い趣味している」

 

 人聞きの悪い言い方止めてください。あなたの妹の耳に入ってしまうと、ニッコニコで弄ってくるから、ホント勘弁してくれ。いっそ悪意からの罵倒だったら大して気にならないんだが、ああいう美少女といっても問題ない相手からじゃれつかれるような弄られ方をすると戸惑ってしまう。いや、まあ表面上は無表情で通すけどな。

 しぶしぶながら夏蘭は俺の言う通り壁に手を付く。後は特に問題無く塀を越えることに成功した。

 

「ここからは慎重に行かないとな」

「八幡は気配が薄いからそのままで大丈夫」

「お、おう」

「……プッ」

 

 夏蘭が堪え切れずに小さく噴き出す。

 恋の言葉に他意は無いだろう。俺も不快に感じたりしない。むしろ生前から面倒事に巻き込まれたくなくて、出来るだけ空気であるように心がけていたから、恋のような超人にも効くのかと自分に感心するまである。全然気にしてなんかないんだからね。

 

 

 

 

 

 

 宮廷の一室、相国董卓とその側近である賈駆は憂いに満ちた表情で話し合っていた。この国の中枢である二人だが、その様子に威厳や自信のようなものは全く感じられない。

 

「まさか汜水関と虎牢関がこんなに早く陥落するなんて」

「詠ちゃん、残っている戦力で都の防衛は無理だよね?」

「……拠点としての防衛力はそこそこだけど、将の質と軍の士気が壊滅状態」

 

 これではどうにもならないと、詠こと賈駆は首を横に振る。

 洛陽は都の名に恥じない城壁や兵糧の貯蔵などの備えがある。しかし拠点として優れていても、それを守る軍が弱ければ意味が無い。それに純粋な軍事施設である汜水関や虎牢関に比べ、洛陽には防衛の足かせになる要素がある。それは大量の民を抱え、その住居や店などが存在することだ。

 平時ならともかく非常時に訓練をしていない民達は統制しきれないし、籠城するなら彼ら分の兵糧も供出しなければならない。当然、住居などは防衛の足しにはならない。それどころか戦いの余波で火が付いたりしたら大混乱に陥るだろう。

 苦しい状況を再確認した二人は顔をしかめる。

 

「もう手詰まりなのかな」

「何か、何か手があるはずよ」

「うん、ある」

 

 董卓と賈駆の会話に突然聞き慣れた、しかしここで聞こえるはずのない人間の声が加わり、二人はぎょっとして声のする方へ顔を向けた。

 部屋の扉がいつの間にか開かれ、そこには元味方の将であり、今は敵である曹操に寝返った呂布が立っていた。

 

「恋ッ!? 貴方寝返ったはずじゃッ」

「元気そうで良かったです」

「うん、(ゆえ)達も元気」

「ちょっと二人して何和んでいるのよ!」

 

 呂布が曹操側に寝返ったという情報は、すでに董卓達の耳に入っている。というか呂布と張遼の裏切りこそが、現在董卓陣営が苦境に立たされている主原因である。

 実力のある将がいないのも、士気がどん底まで下がっているのも二人の離脱が痛かった。そもそも呂布と張遼がいれば彼女達に軍を任せられるし、名だたる二人ならば兵達もまだ勝機があると信じられただろう。しかし現実は真逆なのである。その二人が敵になって攻めてくるのだから、堪ったものではない。

 

「なんで恋がここにいるの。警備は何してるのよ!」

「寝てもらった」

「あんたねえ……」

「詠ちゃん、待って」

 

 苛立つ賈駆を董卓が落ち着かせ、改めて呂布に向き直る。

 

「さっき言った手があるというのは本当なの?」

 

 呂布は頷き、部屋の外の暗い廊下に向く。

 出番を待っていたのか、廊下から二人組の男女が部屋へと入って来た。

 目を引くのは男の方だった。この多種多様な人間が集まった都ですら見たことのない意匠の黒い服を着て、その上から見事な豹の毛皮を羽織っている。趣味の良し悪しはともかく、それなりの地位にある者だろう。何故か疲れた様子だが、暗く濁った目で董卓と賈駆を値踏みしていて、油断ならない相手だと董卓達は感じ取った。

 

「恋、あんたどこの誰を連れて来たのよ」

「俺は曹操の軍師をやっている比企谷だ」

 

 賈駆の問いに答えたのは呂布ではなく、男の方だった。その男の名乗りを聞いて部屋の空気が変わる。

 

「噂で聞いたことがあるわ。曹操の所には黒の御使いという男がいると」

(でも詠ちゃん、あんな噂本当だとは思えないよ。魂を抜き取るとか、暴れる黄巾党をことごとく焼き殺したとか)

(ええ、でも見て月。賊なんて平気で丸焼きにしそうな顔じゃない?)

 

 本人を前にして言うのは躊躇(ためら)われる内容なので、董卓と賈駆は途中から声を潜めて話す。

 敵の情報を集めるのは基本中の基本である。もちろん董卓の軍師たる賈駆も董卓討伐連合の主だった者の情報を集めて、重要なものは董卓に報告してある。その中でも特に賈駆が注目したのが、連合の発起人であり連合内最大兵数を誇る袁紹と黄巾の乱で呂布を除けば最も名を上げた曹操だった。

 勢力としては大きいものの袁紹とその側近恐るるに足らず、文武共に自分達の方が上だと賈駆は分析していた。それに比べ曹操の優秀さは元々中央にいる自分の耳にも入っていた。さらに信頼のおける有能な縁戚にも恵まれ強固な結束を持っているらしい。そのうえ最近天の御使いを名乗る者が曹操に協力し、勢力を急成長させているとのことだ。

 天の御使いという名乗りは不遜極まりない。だが漢王朝の威光が薄れ人心が乱れる昨今、天の代弁者や仙人、占い師などと名乗って人や金を集める詐欺師まがいの人間はいくら処罰しても後を絶たない。そんな詐欺師まがいの中で曹操に協力しているという天の御使いは、多くの実績を重ねたことで“本物”ではないかと噂されている。

 ある時は荒廃した街を活気ある街へと作り変える知恵者。

 ある時は炎と魂を操る術を使い、罪人を焼死体や廃人に変える断罪者。

 曹操が治める土地の民達は、この天の御使いを畏怖の念から黒の御使いと呼んでいるとか、いないとか。

 これらの情報から賈駆は曹操と黒の御使いに対し強い警戒心を持っていた。そして懸念通り、いやそれ以上の打撃を、董卓陣営において一、二を争う将を二人共奪われるという痛恨の一撃を曹操達から与えられることとなった。

 

(あまり目を合わせない方が良いわ。あの濁った目には何か妖しい力があるかもしれないから)

(考え過ぎじゃないかな)

(月は甘いわ。情報収集させていた部下があの男に壊滅させられた盗賊の残党から話を聞けたの)

(その人が噂は事実だったと?)

(いいえ、何も聞けなかったらしいわ。あの男のことを聞いた途端泣きながら震えてまともに話が出来なくなったそうよ)

 

 董卓には言えないが、全く話を聞けなかったわけではない。その盗賊は震えながら「熱した鉄」「肉の焼ける匂いが」など良く分からない事を言った後は「助けてくれ」「嘘じゃない」とブツブツ言い続けるだけになってしまったそうだ。当初酷い拷問でも受けたのかと、話を聞いていた部下は思ったそうだ。しかし、その盗賊の体にはそのような跡は一切見られなかったとのこと。

 あやふやな噂ならともかく、当事者から聞いたにしてはあまりに不可解かつ気味が悪い情報なので賈駆は、詳しい内容まで董卓に教えることはなかった。




あとがき

恋 「この作戦が終わったら、うちの猫紹介する」
八幡(それ死亡フラグ。作戦が失敗するのか、それとも猫(虎)にかじられるのか)




八幡「潜入ということで秘密兵器を用意したぞ」
   段ボール+本(エロ)
というメタルギアネタをやろうかと思ったが、流石に段ボールは通用しないだろうと泣く泣く断念。そもそもメタルギアシリーズは一作しかプレイしていないし。


読んでいただきありがとうございます。

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