やはり俺の真・恋姫†無双はまちがっているฺฺ   作:丸城成年

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決戦(笑)はやはり(笑)だった

 文醜によって前進を止められた春蘭部隊。このままでは部隊の損害が大きくなってしまう。それを避ける為、俺は待機している部隊の投入を進言した。すると華琳が揶揄い混じりに俺が戦いに参加したがっている(てい)で話し始めて俺は慌てることになった。だがそこに待ったをかける者がいた。

 

「はい、華琳様っ! 私に案があります」

 

 俺の窮地を救ったのは俺をライバル視していたはずの荀彧だった。

 ありがとう荀彧。強敵(とも)よ、お前は最高に(都合が)良い奴だよ。

 

「比企谷を右翼側から進撃させましょう」

 

 よくもだましたああああ。よくもおれをだましたあああ。期待させておいてこの仕打ち。俺の心の絶対許さない奴ノートに殿堂入りだぞ、てめええ。

 

「その際に比企谷の旗を目立つように掲げさせれば、この膠着は容易く崩れます。比企谷には曹純と呂布が付いているので、そちらの旗も並べれば確実なものとなりましょう」

「そうね、それで良いわ」

 

 華琳は即決で荀彧の案を認めてしまった。

 完全に話が決まってしまう前に俺はなんとか割って入る。

 

「待て待て、俺の旗なんて無いから」

「ありますよ」

 

 当然とばかりに冬蘭が大してあるわけでも無い胸を張る。俺の旗なんて本人である俺知らないし、自分の名前が入った旗とか恥ずかしいから止めて。何故そんな酷いことするの。

 

「なんであるんだよ」

「ちゃんと作ってあるに決まっているじゃないですかぁ。名を売るには重要ですよ」

 

 冬蘭のドヤ顔が憎たらしい。言葉にしなくてもあの顔が雄弁に語っている。優秀な部下を持てて幸せでしょうと。

 冬蘭の用意周到さが無駄に発揮されて俺の発言は潰されてしまった。俺の名なんて売らなくて良いから、ホント。俺が売るのはやりたくない仕事を前に油を売るくらいだから。名前なんか売れてしまったら無駄に標的にされる未来しか見えない。

 俺と冬蘭の茶番を呆れた目で見ていた荀彧が溜息を一つ聞こえるように吐いて、話の流れを戻す。

 

「……いい? アンタは余計な事をせず、敵本陣を狙う姿勢を見せるだけで良いの」

 

 どういうことだってばよ。と何処ぞの忍者みたいに頭にクエスチョンマークを浮かべる俺。華琳はすぐに荀彧の意図を察したようだが俺には良く分からない。そんな俺の様子を見て荀彧は愉悦の表情になる。俺のウィンウィンのジェスチャーを見た時は、ゲロ吐きそうな顔色だったのに顔色も良くなっている。忙しい奴だな。

 華琳の方は意外そうに小さく首を傾げている。

 

「ここまで情報があって分からないなんてどうしたの?」

 

 心配されてしまった。変な過大評価をされるのは面倒だが、これはこれで頭の心配をされているようで何か嫌だ。

 

「主力同士がぶつかり膠着状態になっている今、こちらが強力な別動隊が本陣を攻めようとすればあちらは対応に苦慮するでしょう。戦闘中の主力の一部を分けて本陣を守ろうとすれば膠着状態が崩れて劣勢に陥るし、本陣もしくは袁紹とその護衛だけ安全な場所まで後退させれば主力部隊は取り残されることになるでしょう」

「いや、それは別動隊が相手本陣より強いことが前提だろ」

「正確には相手がそう判断すれば良いということよ」

「じゃあ俺より適任がいるんじゃないか。俺より強そうな奴なんていくらでもいるだろ」

 

 何故か俺の言葉に全員微妙な表情で溜息を吐く。

 

「八幡、貴方に関する噂は色々流れているし、最近また増えているから心配しなくても大丈夫よ」

 

 別の心配事が今まさに生まれてたんですが。色々って何だよ。また頭のおかしい感じの悪い噂が流れているのか。小学生の時から比企谷菌とか言われていた事を考えると悪い噂を流されるのは、もはや俺の宿命と化している気がする。もしかして俺の運命呪われすぎ? 今度お祓いにでも行こうかな。

 冬蘭がにやにやと意味ありげに視線をこちらに飛ばしてきた。

 

「なんでもぉ黒の御使いの比企谷様って人は、天下無双の将軍呂布を屈服させて部下にしたらしいですよ」

 

 大きくは間違ってはいないが屈服なんて言うとまるで叩きのめして服従させたみたいじゃないか。実際は工夫と取引でなんとかしただけなんだが。

 

「それと董卓は黒の御使いの怒りを買ったせいで炎によって苦しんで死ぬことになったらしいです」

「何その天罰みたいな表現。董卓は自ら火を放って自殺したことになっているから、誰だよそんなこと言っているの」

「噂ですよ。う、わ、さ。黒の御使い比企谷の前ではいかなる悪も炎によって灰燼と帰すって話です。まあ私が流しているんですが」

「お前かよ! 何してくれちゃってるの。俺がヤバい奴だと思われるだろ」

「今更ですね。それに悪名は無名に勝るんです。多少盛ったくらいが丁度良いんです」

 

 冬蘭、全部お前のせいだし 自分で悪名って言っちゃってるし。それに盛り方が多少じゃない。チョモランマ並に超特盛りじゃないすか! やだー。ホントは盛っているんじゃなくて作り話じゃないかと言いたいところだが、董卓の焼身自殺偽装は俺の発案だから無関係と言えないのがつらみ。

 

「今回の荀彧さんの策だって名が通っているからこそ通用するものでしょう?」

「評判まで気にして手を回しておくなんて、良い部下を持ったわね」

 

 これには華琳もにっこり。でも俺はげっそり。

 評判上がるどころか下がってませんかね。これゲームの種類次第ではカルマ値が上がり過ぎて、カオスルートまっしぐらだぞ。こいつら俺を魔王にでもしたいの? 魔王なら華琳の方が似合って……。

 

「何か言いたいことがあるのかしら?」

「ないです」

 

 気付いたら華琳が俺の顔を覗き込むくらい近付いていた。びくっとしてしまった俺には目を逸らす間すらなかった。青い瞳が近づき続ける。吸い込まれそうな錯覚を感じたが長くは続かず、すぐ少しだけ横にずれる。

 華琳は俺の耳元に顔を寄せて。

 

「それじゃあ朗報を期待しているわね」

「……余計な事はするなって話だから、やるのは攻めるフリだけだろ」

「素直にそれで終わらすの?」

 

 華琳は荀彧には聞こえないよう囁く。悪魔が欲深い者を唆す時にするように甘く、心に深く刺さるような囁きだ。

 うん、でも俺は素直に荀彧が言う通り余計な事はしない。そういうのは春蘭みたいな戦意マックスな奴向けだろ。俺には意味ない。俺のことどういうヤツだと思っているんだよ。もし春蘭と同類だと思っているって言われたらショックだわ。

 さあ、荀彧の作戦の意図と俺の仕事内容が分かったのでさっさと出発しよう。もたもたしていると春蘭隊の被害が増えるし、このままここに居続けるのは何だか面倒事が増えそうな予感がしてしょうがない。周りは味方しかいないはずなのに、前線より危ない気がする。

 荀彧は俺が華琳の近くにいるのが気にくわないようで、グルルッと猛犬のように唸っているし。そのグルルッ言うのやめなさい! あなたも軍師なんだから馬鹿みたいな真似してちゃダメでしょ。ホント犬みたいに唸っている奴と仕事が無いと分かって「よしっ」とガッツポーズしちゃう奴の二人しか軍師がいない軍とか大丈夫?

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「猪々子さんはいつまで手間取っていますの!」

 

 袁紹は主力部隊を率いて戦っている部下の文醜が、未だ戦勝報告を届けないことに苛立っていた。現在、戦勝どころか勝敗はどちらに転んでもおかしくない状況なのだが袁紹の頭の中では勝ちは決定事項なのだ。

 

「相手は武名の高い夏侯惇さんだから簡単にはいきませんよぉ」

 

 主人の勘気に顔良は困りながらも宥めようとする。だが我慢や冷静という言葉は袁紹の辞書には存在しない。

 

「夏侯惇なんて華琳さんのとこの力だけが自慢の馬鹿でしょう?」

 

 顔良は猪々子(文醜)も知力に関しては夏侯惇と似たようなものだと内心思ったが、それを言っても何の解決にもならないので沈黙した。

 

「だいたい数で勝っているのだから、がつんとぶつかってそのまま蹴散らしてしまえば――――」

 

 袁紹の言うだけは易しの見本のような独演会を、顔良は時々相槌を打ちつつ文醜へ本陣から増援を送るべきか考えていた。袁紹と付き合いの長い顔良にとってみれば、彼女の無茶な話くらいいつものことなので上手くやり過ごせる。

 だが状況が二人の予想しない形で変化の兆しを見せる。

 袁紹軍本陣の最前列辺りの兵達が騒めいている。その騒めきの波は瞬く間に本陣全体へと広がっていく。すぐに慌てた様子の伝令が袁紹達のもとへ飛び込んで来た。

 

「ご報告ッ、敵別動隊が前衛同士の戦いを迂回してこちらを直接狙う構えッッ!!」

 

 顔良はもちろんのこと、能天気な袁紹にも緊張が走る。

 顔良がすぐに問う。

 

「数は」

「およそ五百から六百」

 

 伝令の答えに緊張は一気に緩む。袁紹本陣にはその十倍は兵がいる。

 袁紹は鼻で笑い、軽く手でしっしと払う仕草をする。

 

「その程度で一々報告なんていらなくてよ。蠅ごときさっさと追い払いなさい」

「そ、そ、それが相手が」

 

 しかし伝令の様子がおかしい。顔は血の気を失い、体は小刻みに震えて続けている。

 

「なにをそんなに……」

「旗が、敵の旗は三種ッ! 呂、曹、そして中央にひと際大きな黒地の旗に比の文字です」

 

 訝しむ袁紹をよそに伝令は振り絞るように続ける。

 

「黒の御使いが呂布を率いてこちらへ向かっていますッッ!!!」

 

 最後は悲鳴になった伝令の報告を聞き、袁紹と顔良は押し黙る。

 顔良は報告内容を反芻する。曹操傘下の呂と言えば伝令の言う通り最強の武人である呂布だろう。董卓討伐の際、曹操の軍師である比企谷という男に勧誘されたらしい。その話を聞いた時には、まさかと驚いた記憶がある。董卓陣営の最有力武将が戦いの最中にあっさり鞍替えをするとは思いもよらなかったのだ。なによりその比企谷が御使いの一人で、黒の御使いと呼ばれる男だと後で知って驚くことになった。

 曹の旗は恐らく曹操本人ではなく縁者である曹仁か曹純だろう。曹操本人であるなら旗は中央に掲げるであろうし、率いる兵数がいくらなんでも少なすぎる。

 そして比という旗が比企谷の物だろう。あの呂布や曹家の者より大きな旗であることが高い立場の者であるのを示している。多分黒地なのは黒の御使いであることを表しているのではないか。曹操軍において該当する人物は他にいない。

 

「私が御使いを見てみたいと言った時には、華琳さんはいないと言ったのに! 嘘でしたのッ!!」

 

 董卓討伐の為に連合を組んだ際、主だった者達で自己紹介した。その時に袁紹は曹操の下にいると噂されていた御使いに会ってみたかったと言ったが、曹操はいないと告げたのだ。

 袁紹が嘘を吐かれたと立腹しているが、顔良はその時のことを思い返してはたと気づく。

 

「麗羽さま思い出してください。あの時麗羽さまが会ってみたいとおっしゃったのは、その呪われた目で見られたら寿命が縮んで、口からは炎を吐く御使いです。それに対して曹操さんはそんな面白い生き物は飼っていないわと答えたんです」

「……どういうことですの?」

「御使いがいないと言ったのではなく、寿命を縮めたり炎を吐くような生き物は飼っていないという意味だったんですよ」

 

 顔良がゆっくり言い聞かせるとやっと理解したのか袁紹は地団太を踏んで怒りを露にした。

 

「詭弁ですわ。あの娘らしいこまっしゃくれた言い方ッ! 今度こそどちらが上なのか思い知らせてやりますわ。まあ私の靴を舐めて【お助けください麗羽さまぅ】くらい言えば命だけは許して差し上げてもよろしくてよ。お~ほっほっほ」

 

 顔良は途中から妄想を爆発させ始めた主にドン引きしていた。知り合いに靴を舐めさせて何が楽しいのだろうか。自分だったら絶対遠慮したいと顔良は思った。それにそんなことを言っている場合ではない。

 

「麗羽さま、勝った後のことより今ですよ、今。どうするんですか!?」

 

 顔良の訴えかけに袁紹は「はて何の事かしら」と首を傾げるも何も思いつかない。

 顔良はもう泣きたくなってきていたが、そんな暇すらない。

 

「そもそも敵がこっちに来てるって報告だったじゃないですか!?」

「あら、そんなこと。斗詩さんがやっつけてくれば良いことですわ」

「ええ……む、無理ですよぉ」

「たかだか五百かそこらの相手に情けない」

 

 袁紹軍の本陣には六千以上の兵がいる。数の上では十倍以上。通常なら問題にならない状況なのだが敵将の顔ぶれに顔良は不安を感じずにはいられない。しかしそんなことは袁紹には関係なかった。

 

「さあさあ斗詩さん、栄えある私の軍を率いる将の一人なのだから赤子の手を捻るようにやっちゃいなさい」

 

 むしろ自分の方が呂布にそうされそうな気がしてならない顔良だった。しかしこのまま放っておいても状況は良くなる可能性はない。しぶしぶ兵を連れ迎撃に向かおうと顔良は動き始めたのだが遅すぎた。顔良は自分とは違ってノリと勢いを重視し、深く考えずに行動する人間が自軍にいることを忘れていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 袁紹軍前衛の将・文醜は自らの主と嫁(仮)のいる本陣へ向かう敵部隊に嫌な予感がした。夏侯惇と直接切り結んでいた文醜だったがそこに側近の一人が件の敵部隊の詳細を伝えた。伝えるといっても悠長に話していられるような状況ではない。側近は要点だけを自らも剣を振るいながら叫んだ。

 

「本陣を攻撃しようとしている部隊は少数ッ、しかし旗には比、曹、呂の字がッ!」

「呂ってまさか呂布か!?」

 

 文醜はここまで夏侯惇という強者相手に一歩も引かぬ奮戦を見せていたが、この本陣へ向かう敵部隊に呂の旗があると知るとすぐに夏侯惇と距離を取ってそのまま本陣救援の為方向転換を強行する。

 

「麗羽さまと斗詩じゃあ呂布の相手は荷が重い」

 

 その判断は間違ってはいない。しかし行動は正解とは言えない。曹操軍、袁紹軍共に半分以上の兵を投入した前衛同士のぶつかり合いの最中である。そんな時に片方がいきなり自軍の本陣に向けて下がりだしたらどうなるか?

 

 片や歴史的な大勝、片や見るも無残な敗戦。

 

 自陣へ戻ろうとする文醜部隊を夏侯惇が見逃すはずもなく、その背を攻めに攻めた。勝機と見た曹操は自らも兵を率いて前進、袁紹本陣へ総攻撃を試みる。

 袁紹本陣に辿り着く頃には文醜の部隊は既に多くは討たれ、また散り散りに逃げる者も多数おり、文醜に付き従うのは僅かな者だけだった。そして文醜と袁紹は合流こそ叶ったものの、追撃してきた夏侯惇隊の突撃をモロに受けることになってしまった。

 夏侯惇とその兵達からすれば文醜のソレは、敗走にしか見えなかった。勢い込んだ彼女達の闘志は止まる所を知らない。特に夏侯惇は細かい戦術を駆使する事は苦手だが、ことこういった勢いが物を言う突撃は得手としている。袁紹が有効な迎撃策を取れなかった時点で結果は火を見るよりも明らかだった。

 圧倒的な勝利と言える曹操陣営だったが全てが思い通りとはいかなかった。曹操は出来ればこの場で全滅もしくは敗残兵を投降させたかったのだが、袁紹の兵達が我先にとバラバラに逃げ出す方が早かった。それは夏侯惇隊の突撃の効果があまりにも大きく、袁紹軍の壊乱が早すぎたことが原因だった。無秩序に逃げるその多くは、ただの的や獲物でしかなく容易く討ち取られていったのだが、その混乱のせいで袁紹、文醜、顔良の三人の死亡を確認出来なかった。原型を留めていない死体も多く、死んでいるとも生きているとも断言出来ない状況となってしまった。




読んでいただきありがとうございます。

今年中にもう一回更新したなあ。

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