袁紹本人の死こそ確認出来なかったものの、決戦において勝利した俺達。
えっお前は何もしていないのに勝利者ヅラすんな? 本陣から少し出てウロウロしてただけで散歩みたいなもん?
ばっか、俺が危険も顧みず敵本陣を攻める姿勢を見せたから相手が総崩れになったんだ。近所の公園をお散歩するのとはわけが違うぞ。
例えば野球で九回裏一対一の同点ツーアウト満塁フルカウント、ここでボール球を見てサヨナラ押し出しを勝ち取ったバッターをニートと呼ぶのか。確かにサヨナラヒットやサヨナラホームランのような華々しい働きではない。フォアボールではヒーローインタビューもないだろう。しかし勝利を決めた仕事は最高の最低限と言える働きだ。つまり俺は仕事をした。というか不意打ちを喰らった危機を機転で挽回し決戦をお膳立てしただけで十分な功績のはずだ。だから俺の戦後処理の仕事は少なめで……。
「まだ昼よ。寝言を言うにはまだ早いわよ」
「例えが全く分からないわ。唯一の取柄である頭まで悪くなったんじゃないの?」
さらっと流す華琳と嫌味たらたらな荀彧を前に俺は項垂れる。俺は願望を独り言としてさりげなく周りへ聞こえるように垂れ流していたのだが、ここには優しさや働き方改革なんて概念を持っている人間はいないようだ。世知辛い世の中だ。今日も仕事の山と格闘するはめになるのは確定である。恐らく今の俺は死んだ魚みたいな目をしているだろう。あっ、そこは元からだった。
袁紹との決戦後、残党狩りも粗方終わって俺達は陳留に帰って来ていた。今は謁見の間で残った事後処理の為の会議中である。今回は陣営の主要な面子が勢ぞろいだ。これは特に重要な議題がある為だ。
一つ目は袁紹軍の残党狩りにおいて非凡な才を見せた者がいたのでこの集まり(主要な面子、幹部的なアレ)に彼女達を加えようという話。ええ、はい、また女性です。対象となったのは二人の女性、幹部級では唯一の男である俺としてはそろそろ男が増えて欲しい。俺の名誉の為に言っておくが肩身が狭いからであって性的な意味ではないことを強調して置く。だからチラチラこっち見てんじゃねえぞ、腐女子とホモガキども。
二つ目は元袁紹領への対応である。もちろん勝った俺達のものと言えばそうなのだが、色々問題があるのだ。勝手なことをしたら上からお叱りを受けるって? ないない、もう皇帝も官職もお飾りだから。この世は力こそパワーなビックリ時代で、なおかつ我らが曹操様率いる陣営はこの国の最大勢力である袁紹を撃退したのだ。誰が文句を言えよう。くっくっく、いい時代になったものだ。強者は心置きなく好きなものを手に入れる事が出来る。あっ完全にフラグだ、これ。
と、いうわけで華琳の愉快な仲間達に新たに加わるのがこいつらだ。
謁見の間の出入り口近くで待機している二人の女、ぱっと見は身長差があり凸凹コンビである。
華琳が一声かけると片方の女性が頭を下げた。
「郭嘉と申します。以後お見知りおきを」
「……ぐー」
眼鏡をかけたスタイルの良い知的な大人といった感じの女性が郭嘉と名乗った。その横に郭嘉と比べて頭一個分近く背の低い少女が並んでいる。少女の方は……立ったまま寝ているように見える。マジか。この場面で居眠りとかその度胸に痺れる憧れる!!
郭嘉が少女の肩を揺する。
「起きてください、第一印象からこれでは拙いですよ」
「……おぉ!?」
目を覚ました少女はゆっくり周囲を見回し華琳で視線を止めた。一応状況は分かったようだ。
「程昱と言います。これからよろしくですー」
まだ眠そうな表情で程昱と名乗った少女はちょこっとお辞儀をして見せる。その態度を荀彧と春蘭辺りは華琳への不敬だと感じているようで今にも小言の一つでも飛び出しそうな様子だ。しかし華琳が鷹揚と構え、問題にしていないので踏みとどまっている。
「郭嘉と程昱、此度の袁紹軍残党への処理、見事なものだったわ。散り散りに袁紹領を目指す大小さまざまな敗残の集団を周囲の砦と連携して処理。町や村にも被害を許さない手腕、まるで袁紹が侵攻して来る前から全て見通していたかのような采配ね」
「いえいえーそこまでのものじゃないです。たまたま用意していた計画が上手く利用出来ただけですよー」
「事前に袁紹軍の侵攻時、中央からの指示や援軍が間に合わない場合は遅滞戦術を取ろうと周囲の砦の責任者と打ち合わせをしていました。それを入って来る相手に使うか、出て行こうとする相手に使うかの違いだけです」
華琳の称賛に程昱はのんびり、郭嘉はクールな感じに応えた。と、思ったが郭嘉の方は何やら様子がおかしい。華琳への対応は途中から少し早口になっていたし、遠目にも顔が赤く息も乱れているような気がする。
華琳はそれに気づかずご機嫌である。
「謙遜することはないわ。事前の用意と状況に応じた対処は評価されてしかるべきものよ」
「いやー準備と言っても実際には完全に想定外の展開になっちゃいましたからねー。まさか突然の袁紹軍侵攻という状況から、日時と場所を設定しての決戦へと袁紹を唆すだなんて読めなかったですよ」
「口が上手い詐欺……軍師がいるのよ」
華琳、今詐欺師って言いかけたよね。はあー詐欺師がいるって、この陣営もしかして反社? 楽器箱に隠れて国外逃亡しないと俺まで捕まっちゃうかも。なんか皆俺のことを見てるし。
「黒の御使いと呼ばれている人ですよねー。軍師としては優秀だけど個性的な人らしいですねー」
「ええ、そして貴方達にもそこへ加わって欲しいと思っているわ」
ねえ知ってる? 学校の通知表に書かれている個性的って表現は【変】とか【おかしい】という言葉をオブラートに包んで言っているんだよ。華琳も肯定しちゃってるけど、俺から言わせるとここに個性的じゃない人間なんていないぞ。もちろん華……いやこれ以上はいけない。謎の寒気が背筋を伝う。
「いやー神算鬼謀、悪辣無比と名高い方と肩を並べるのは恐縮しちゃいますねー」
華琳の誘いに程昱は言葉上では謙遜しつつも、恐縮した様子など全くない。
それにしても先程から程昱ばかり喋っていて郭嘉が会話に参加しない。おかしいなあ、へんだなと彼女をよ~く見てみると血走って目で華琳を見詰めているんですよ。私ゾクッ~としちゃいましてね。あっ、こいつやべえ奴だなって。
俺が季節外れの脳内怪談を開いていると華琳達の話は進んでおり、大事な場面になっていた。
「では今日から程昱、貴方は私の軍師よ。私の真名である華琳を預けるわ」
「私のことは風とお呼びください」
華琳と程昱の真名交換も無事終わり、新たな軍師の加入が正式決定した。華琳は残った郭嘉へ声を掛ける。
「随分大人しいけれど貴方は軍師として私に仕える気はあるかしら?」
郭嘉の顔は真っ赤に染まり、心なしか体は震えているように見える。その様子を一言で表すならガンギマリ。相当不審ではあるが何か害のあることをしようとしても、ここにいる面子ならどうとでもなるので俺は何も言わず心の準備だけしておく。
郭嘉はおもむろに口を開く。
「も、もちろん、喜んブッーーーーハッ!!?」
郭嘉の鼻の穴から鮮血が噴き出した。
軽々と予想の斜め上を行きやがった。海老名さんでもここまで見事に鼻血の雨を降らさなかったぞ。もしかして海老名さんの先祖だったりする? まあそんな訳ないか。
本編に書きたかったけど書けなかった分。
荀彧「か゛り゛ん゛さ゛ま゛あ゛、どぼじで軍師増やずんでずがあ゛!!!」
荀彧「私でば不足なんでずがああああ!!!!」
八幡「自分の仕事減るし最高じゃないか」
八幡「むしろこっちから頭下げてでも軍師になって欲しいくらいだ」
華琳「頭を下げてまでって貴方それは流石に…誇りは無いの?」
八幡「頭下げたくらいで無くなるならそれは誇りじゃない、傲りだ」ドヤァ
全員「( ´_ゝ`)フーン」
華琳「で、それ自分で考えたのかしら?」
八幡「仕事でしくじってヤケ酒飲んだ親父が言ってた」
冬蘭「……頭いっぱい下げたんでしょうね」
華琳「子は親の背中を見て育つというのは本当みたいね」
八幡「俺人生はしくじっても仕事ではしくじらないから(震え声)」
年末投稿したかったけど特番と酒の誘惑には勝てなかったよ。
読んでいただきありがとうございます。今年もよろしくお願いします。