絶対零度のお嬢様が往く   作:みか

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第15話 絶対零度

ジュリウスの薦めもあったので、ここ何日かの間は軽い偵察・哨戒任務のみを行うだけにして、余った時間は激しい動きを伴わない訓練(バレットの調節やアラガミの行動パターンの確認、最低限の体力トレーニングなど)を黙々とこなしていたら、足首の痛みは嘘のように消え去っていた。

 

 

重々承知していたつもりだったが、改めてゴッドイーターのハイスペックさ加減を認識する。

 

医務室の先生いわく完治はしていないらしいが……

 

 

それでも充分、人間を辞めているレベルだ。

 

自分自身のタフさ加減にドン引きです。

 

 

さて、そんな事はどうでもいい。

 

 

今日はナナの部屋で快復祝いにと、おでんパンをご馳走になっていたのだが、グレム局長から『刀が完成した、第2訓練室まで来られたし アキ』というメールが転送されてきたので、一旦のお開きとなった。

 

 

 

「ちょっと行ってくるね」

 

 

「いってらっしゃ~い」

 

 

ナナに手を振り、部屋を後にする。

 

それにしても、

 

アキさん、本当に5日で仕上げてくれたんだ。

 

 

刀身パーツを外した神機を持って来てくれとの事だったので、神機保管庫に立ち寄り、今まで使用していたクロガネ装備一式を外してもらう。

 

 

カスタムパーツが1つも付いていない状態の神機は、何だかひどく滑稽に見えた。

 

 

 

 

「みゅー」

 

「みゅー」

 

 

武装を取り上げられた私の神機は、心細げな鳴き声(のようなもの)をしきりに上げているけれど、整備班の方が言うには問題ないらしい。

 

 

流石は、生きた兵器、まさか鳴き声を上げられるとは……

 

 

「大丈夫だよ」

 

神機をポンポンと軽く撫でてやると

 

「みゅごごご!」みたいな音を出した。

 

どうやら嬉しいらしい。

 

…意外とかわいい?

 

 

~~

 

 

「失礼します」

 

指定された訓練室に入ると

 

 

「おお、待ってたぜ。こっちだこっち」

 

 

部屋の中央に、こちらに向かって手を振るアキさんが見えた。

 

 

 

 

「こいつだ」

 

目の下に隈を作ったアキさんが私に一振りの刀身パーツ……いや、柄があるし、そう呼ぶのは間違っているか。

 

 

一振りの美しい刀を差し出した。

 

 

受け取り、眺めてみる。

 

 

 

 

「綺麗……」

 

 

まるで重さを感じさせないその刀は、吸い込まれそうな青に淡い刃紋をたたえていた。

 

 

手を伸ばし刀身に触れてみると、芯まで凍り付くような冷気が伝わってくる。

 

 

まるで氷で作られた芸術作品を前にしているかのような気分。

 

 

美しい、という言葉以外に、この刀を表現出来るものは無い。そう言ってしまえそうなほど、目の前の刀は蠱惑的だった。

 

 

 

「俺の全身全霊を込めて創った最高の一振りだ」

 

 

「銘はまだ付けて無いが、こいつはそうだな……絶対零度とでも呼ぶべき代物(シロモン)だな」

 

 

「そいつでこれを斬ってみろ」

 

腰に付けたポーチからアキさんが取り出したのは、七色に輝く金属の塊。

 

 

「頑丈なヒヒイロカネだが、問題は無い筈だ。力を入れないで、自然に振り抜いてみな」

 

 

「わかりました」

 

 

 

アキさんは私の返事を聞くと小さく笑みを浮かべ、ヒヒイロカネの塊を片手で軽く投げ上げた。

 

 

狙いを定め、刀を振るう。

 

 

横薙ぎの一閃

 

 

「え……?」

 

確かに命中した筈なのだが、何故か刀は七色に光り輝く金属を通り抜け、

 

 

ヒヒイロカネはそのまま床に落ちる。

 

 

 

『パキンッ』

 

 

床に落ちたヒヒイロカネは、小さな断末魔を上げ、粉微塵に砕け散った。

 

 

「…………」

 

しゃがみ込んでよく床を観察してみる。

 

 

欠片すら残っていない。完全に消滅したか、跡形も残らない程細かく砕けてしまったかのどちらかだ。

 

 

「この刀で斬られたものは一瞬にして全ての熱を奪われ、即座に砕け散る。その様は……まさに絶対零度」

 

 

 

「すごい……」

 

 

思わずそう呟き、吸い込まれそうな青に再度目をやる。

 

 

私に『これ』が扱えるのか?

 

 

 

 

「そいつの鞘だ」

 

 

茫然としていた私の前へ無造作に突き出されたのは、刀身の優美な姿を更に引き立てるような、シミ一つ無い白色をした細身の鞘だった。

 

 

「鞘がある神機なんて聞いた事ありません」

 

 

「こいつ(刀身)が抜き身のままじゃ、色々と不便だろうと思ってな。ま、この鞘も、いざって時は武器に使える結構な物(モン)だぜ」

 

 

試しに刃を納めようとしてみるも、手が小刻みに震え、上手く入らない。

 

刃の差し入れ口を確認するため、顔を少し近付ける。

 

「……」

 

差し入れ口を確認するだけの筈が、誘うように妖しく輝く刀身に目を奪われていた。

 

 

鞘と刀身。

 

穢れを知らぬ純白と透き通る青は、互いの美しさを高めあうかのように眩く光り輝いている。

 

ああ……なんて美しいんだろう。このままずっと見ていたい……

 

 

 

「呑まれるなよ……あくまでも主(あるじ)はお前だ。そいつじゃない」

 

アキさんの低い声

 

 

「っ……はぁはぁ……」

 

 

息をする事も忘れて見入ってしまっていたらしい。

慌てて肺に空気を送り込む。

 

 

完全に刀に呑まれていた。

 

 

アキさんめ……なんて物を創ってくれやがったんだ。

 

 

「妖刀ってのは恐ろしいもんでな、何人もの人間が呑まれて死んだ。過ぎたる力は何とやら…ってな」

 

「これが…妖刀」

 

 

 

 

その美しさで持つものを魅了し、呑もうとした愚か者を逆に呑み込む、妖しく恐ろしい刀。

 

 

「俺の刀は特別製でな、刀身パーツってよりは神機そのものに近いか」

 

アキさんが寄越せ、というジェスチャーをした。

 

 

慎重に刀を渡す。

 

「強力な反面、ちーっとばかし、じゃじゃ馬になっちまうから、持ち主には乗りこなすだけの力量が要る訳だ」

 

 

アキさんはどこかから小型のハンマーや木製のピンセット(のようなもの)を取り出し、慣れた手付きで刀身と柄(つか)を分離していく。

 

「神機を」

 

 

惚れ惚れするような腕前で、あっという間に刀身を露わにしたアキさんは、続いて神機をこちらに向けるように言った。

 

 

言われた通り神機を差し出すと、アキさんは鼻歌でも歌い出しそうなほど、ヒョイヒョイと軽やかに刀身を取り付け始める。

 

 

「まだ接続するんじゃねえぞ」

 

「…はい」

 

 

速い。手がぶれて見える程の速度で、みるみるうちに作業が進行していく。

 

 

 

「よし、これでいい」

 

 

わずか50秒足らず。

 

 

たったそれだけの時間でアキさんは全ての作業を終了させ、手を止めた。

 

「もう繋げてもいいぜ」

 

 

アキさんが目を細める。

 

 

「ただ、一応言っとくが、下手したら死ぬからな」

 

 

 

 

「はい」

 

薄々、そうじゃないかとは思っておりました。

 

 

何がちーっとばかしだ。

 

 

目の前の刀からは、適合試験の際にも感じた濃厚な死の香りが漂っている。

 

 

アキさんの言葉が本当なら、私は2度目の適合試験に挑んでいるようなものだ。

 

 

1度目の時は危うく三途の川を渡りかける所であったというのに……

 

 

性懲りもなく2度目に挑むなんて、命知らずにも程がある。

 

 

まあそれでも、やるしか無いか。

 

 

「さあ、俺の前で、そいつを御(ぎょ)して見せてくれ。俺の全身全霊を受け止めてみせてくれよ、神を喰らう者(ゴッドイーター)」

 

覚悟を決め、神機の柄に手を伸ばす私を見て、アキさんが笑みを浮かべる。

 

 

先程までの人懐っこいものでは無く、もっと野性的な笑みを

 

 

完全に楽しんでますね、この人。

 

 

「舐めないで下さい。妖刀ごとき……御せずして何が神喰らいですか」

 

 

そう。私は…神をも喰らう者、ゴッドイーターだ。

 

 

そして、ゴッドイーターに撤退は無い。

 

 

柄を握り締め、神機(刀身)と接続を試みる。

 

「ぐ……」

 

 

 

一瞬で腕輪が灼熱した。

 

「っ……」

 

 

刀の冷たさに抗うように、まるで燃え盛る炎のような高熱を発している。

 

 

「あっ……ぐ」

 

 

熱い、痛い。

 

思わず神機を投げ出してしまいたくなる。

 

 

 

ゴッドイーターになる適合試験の時とは違って、今は何も強制されてはいない。

 

 

この苦しさを受け入れるも、捨て去るも私の意志次第と言うわけだ。

 

 

 

「っぅ……」

 

悲鳴を噛み殺し、神機を握る手に力を込める。

 

 

無様を晒してはいけない。主は私なのだ、この美しき妖刀では無く、支配するのは、この私、天王寺夏姫だ!

 

「このっ……言うことを……聞けぇっ!!」

 

 

刀身のオラクル細胞を必死に押さえ込もうとしている私を、まるで神機を解放している時のような高揚感が襲ってきた。

 

 

 

私の中をナニカが慌ただしく動き回っている感覚。

 

 

この感触は……

 

体内のオラクル細胞が刀身のオラクル細胞と反発を起こしている?

 

ひょっとすると宿主を守ろうとする防衛本能なのかもしれないが、今は邪魔なだけだ。

 

 

 

 

「私の中のアラガミ、お前も……邪魔を……するなぁああああ!!」

 

 

思わず、そう叫ぶ。

 

 

私の意志に応えるかのように身体から紅いオーラのようなものが立ちのぼってきた。

 

 

身体の奥底から力が渾々(こんこん)と湧いてくるのを感じる。

 

これは、まるであの時の……

 

 

「血の力ってやつか」

 

 

アキさんがぼそりと呟いた。

 

 

ラケル博士の言っていた、私の中に眠っているという血の力。

 

それが目覚めようとしている?

 

 

 

……古来から人間は強大な敵と対峙し、常にそれを退けてきた

 

鋭い牙も、強靭な爪も持たない人類がなぜ勝利したのか

 

 

共闘し、連携し、助け合う戦略と戦術、人という群れを1つにする強い意志の力

 

 

意志こそが、俺達人間に与えられた最大の武器なんだ

 

 

それを忘れるな……

 

 

 

あの時のジュリウスの言葉が頭に響く。

 

 

 

 

……強い意志の力。

 

 

「私は負けない……負けるもんかぁぁああ!!」

 

 

溢れ出す血の奔流が私の声に応えるかのように更に勢いを増していく。

 

 

密度を高めた血のような紅のオーラが腕輪を、そして神機全体を包み込んだ。

 

まばたきの間ほどの僅かな時間でしか無かったが、

 

 

私は確かに、白い閃光が腕輪と神機、そして刀身を繋ぐかのように優しく瞬くのを見た。

 

 

「…っ」

 

 

突然の虚脱感に見舞われ、思わず膝を突きそうになる。

 

 

「はあっ……はあっ……」

 

 

何とかこらえ、気力だけで立ち続ける。

 

まだ、終わってない。

 

 

 

『 』

 

 

息も絶え絶えで、立つのがやっとという私の耳に、形容し難い、不思議な音が聞こえてきた。

 

例えるなら、水面にひとしずくの血がしたたり落ちたような……

 

静かな音だった。

 

 

 

その音を聴くと同時に、今まであれほど私の腕を焼いていた熱が、嘘のように引いていく。

 

 

 

「…………」

 

 

血の力とおぼしき紅いオーラもいつの間にか消え失せて、

 

 

広い訓練室に残ったのは、ただひたすらの静寂と、美しい一振りの刀のみ。

 

 

 

 

「…綺麗」

 

控えめな光を放つその刃は、今までの作り物めいた冷たさとはどこか違う

 

 

上手くは言えないが……暖かみのようなものが感じられる気がした。

 

 

「見事だ」

 

アキさんが満足げに、

 

 

本当に嬉しそうに笑う。

 

 

「その刀はもうお前さんの物(もん)だ」

 

 

刀を大きく持ち上げてみる。

 

 

軽い。まるで神機が身体の一部にでもなったかのように、今までよりも自然に馴染んでいるのを感じる。

 

 

困難を乗り越えて、神機との結びつきが強まったのかもしれない。

 

 

 

「良い気分だな、全身全霊を受け止められるってのは」

 

 

アキさんは左手で自身の頭を押さえると、

 

 

「今夜は…酒が……美味そうだぜ……」

 

 

前のめりに倒れ込んだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

神機を投げ出す。

 

 

慌てて抱き起こし、胸に耳を当ててみる。

 

 

息は…しているみたいだけど

 

 

「やれやれ、疲労が限界に達したようだな」

 

 

「局長!」

 

 

いつから居たのか、背後からグレム局長が姿を現した。

 

 

アキさんの顔を覗き込む。

 

 

「この5日間、不眠不休で動き続けていたようだからな、こうなるのも仕方あるまい」

 

 

「そんな……」

 

私のせいで、

 

 

「そんな顔をするな、こいつはやりがいのある仕事に挑む時は、いつもこうなる」

 

 

「え?」

 

 

「この馬鹿はな……」

 

 

グレム局長が語った事によると、アキさんはやりがいを感じる仕事を見つけると、それに熱中するあまり周りが完全に見えなくなる、一種のトランス状態に陥るらしい。

 

そうなると、その事が終わるまで疲れも感じず、ずーっと働き続ける。

 

 

グレム局長は、ある意味こいつも人間を辞めているな、と言って笑った。

 

 

 

「全く、嬉しそうな顔しおって」

 

「まあ、医務室にでも寝かせておけばそのうち目を覚ますだろう」

 

 

「おい、誰か」

 

 

グレム局長が手を叩くと、数人の男性が部屋に入ってきた。

 

 

その内のひとりは担架を手にしている。

 

 

彼らは慣れた手つきでアキさんを担架に乗せると、こちらに一礼し歩み去っていった。

 

 

彼らは一体?

 

 

「医療班の連中だ」

 

 

私の疑問に答えるかのようにグレム局長が言葉を発する。

 

 

「あの馬鹿の事はあいつらに任せておけばいい」

 

「でも……」

 

 

「安心しろ、あいつは殺しても死なんほど頑丈な男だ。それより、」

 

 

「……無事で何よりだった」

 

 

グレム局長はそう言って軽く笑い、私の肩に一度ポンと手を乗せると部屋を出て行った。

 

 

 

閉じていく扉と局長の後ろ姿をしばし見送った後、ゆっくりと振り返る。

 

 

床には刀身パーツが取り付けられた私の神機、少し離れた所には鞘が転がっている。

 

 

歩み寄り、片膝をついて刀を拾うと、鞘に納める。

 

 

相変わらず綺麗な刀だが、もうこの刀に呑まれる事は無いだろう。

 

 

 

絶対零度…私の新しい力。

 

 

この力で一体どれ程の事が出来るのかは分からないけれど、

 

 

 

願わくば、誰かを護るためにこの力を使えますように

 

 

 

そこかしこに掃いて捨てる程居る神様にでは無く、居るかも分からない神様に祈りを捧げて、

 

私は部屋を後にした。

 




氷刀 絶対零度

切断290
氷 250

持つ者の心を鎮めるという美しき一振りの刀。主の眼前に立ちふさがる物は全て凍てつかせ、砕く。

スキル
覚悟
奉仕の心
整息
妖刀憑依『絶対零度』


誰かの寝言「ま、今はこんなもんか」

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