絶対零度のお嬢様が往く 作:みか
このお話は、15話と16話の間にあった、いわばキャラクターエピソードです。
わけのわからないものに出会うと、人間の心は、ちょっといいようのない恐怖におそわれるものだ。
~
いきなりですまないが、あれは一体何なのだろう。
置物?
いや、あんなものをエントランスのど真ん中に置きはしないだろう。
おまけにぴょこぴょこ動いているし。
動物?
確かに、ある小動物を模して作られているような気がする。
……言い忘れていたが、今私はブラッド区画内のエレベーター前の、ちょっとしたスペースに居る。
ここからはエントランスが一望出来、手すりもついているので、ちょっと休憩したいが、部屋に1人っきりは寂しい、という時に足を運んでいたのだが、今日はそれが仇となった。
「お、夏姫じゃん。何見てんだ?」
「ロミオ先輩」
ちょうどいい所に来てくれた。
「『あれ』何だと思う?」
「ん? どれどれ」
ロミオ先輩も眼下のエントランスに目を向ける。
「……変なのが居るな」
「でしょう?」
昔読んだ動物図鑑に載っていた、ウサギという生き物を模していると考えられる『それ』はエントランスをぴょこぴょこ動き回っていた。
「不審者かな?」
「いや、ここをどこだと思ってんだ。天下のフライアだぜ?」
「ですよね」
不審者が簡単に紛れ込めるとは思えない。
という事は……
「職員さんが、ちょっと茶目っ気を出したのかな?」
「あー、そうかもな。それなら納得が……」
「神妙にしろ、そこの怪しい奴!」
「「いつの間にか取り囲まれていらっしゃる!」」
ロミオ先輩とセリフとリアクションが被った。
職員さんに取り囲まれている、そのウサギのような人? は、何かを伝えようとしているのか、両手をぶんぶんと大げさに振り回している。
「…………」
声を出さないものだから、怪しさしか感じない。
ついに職員さんがしびれを切らして実力行使に出るが
「……」
うさぎのような人はするりとかわして、尚も手を振り続けている。
「こいつは手強いぞ、全員で掛かれ!」
「「「うおおおお~!!」」」
「…………!」
うさぎのような人の動きは、文字通り脱兎のごとし。
俊敏に辺りを飛び跳ね回り、職員さんを全く寄せ付けない。おまけに合間のアピール(お手振り)も忘れない。まさにマスコットの鑑(かがみ)だった。
「2人して何を見てるんだ?」
「あ、ジュリウス」
エントランスで始まった大捕り物を見学していると、背後からジュリウスに声を掛けられた。
「いや、あそこに変な奴が居てさ。夏姫とあいつは何なのか話してたんだ」
「変な奴?」
ジュリウスもエントランスを覗き込む。
「HQ(本部)、HQ(本部)!」
『こちらHQ』
「不審者1名がエントランスで暴れている。至急応援頼む」
『増援は出せない。現状の戦力で対処せよ』
「くっ、了解」
「…………!?」
「地獄絵図だな」
うさぎの人は軽やかに動き回っているが、職員さん達はそうはいかない。
エントランスの机にぶつかったり、椅子を吹き飛ばしたり。
辺りにはずいぶん物が散らかってしまっていた。
「…………」
うさぎさんは逃げ回りながらも、地味に机を元に戻す、倒れた職員さんを抱き起こすなどの余裕を見せている始末。
かなりの手練れだ。
是非とも手合わせ願いたい。
「ちょっと手合わせ(おはなし)してくる」
そう言って歩き出そうとした所で肩を掴まれる。
「止めろ夏姫、お前じゃ殴り合いになる」
でしょうね。
「……代わりに俺が行こう」
「待てよ」
エレベーターの方へと歩き出そうとしたジュリウスを、ロミオ先輩が呼び止めた。
「ジュリウスの手を煩わせる必要は無いぜ。俺がビシッと言ってきてやる」
ロミオ先輩はそう言うと、脇を抜けて小走りでエレベーターに向かっていった。
見えなくなっていく背中を見送りながら、思わずジュリウスと顔を見合わせる。
「大丈夫かな、ロミオ先輩」
「十中八九駄目だろうな」
結構酷い事をサラッと言うジュリウスだが、これもロミオ先輩との付き合いが長いからだろう。
しばらく待つと、エントランスに腕組みしたロミオ先輩が姿を見せた。
「おい、そこの怪しい奴!」
「おお、ブラッドの馬鹿(はる)一番ことロミオ・レオーニだ。これで勝て……」
うさぎさんに抱き起こされている職員さんが口を開くが、
「「「いや、勝てない勝てない」」」
それ以外の職員さんは全員頭(かぶり)と、チョップの形にした右手を振った。
「せめてジュリウス隊長かナツキさんに来て欲しかったなぁ」
「「「ああ、まったくその通り」」」
「…………」
うさぎさんまでうんうんと頷いている。
「てめぇら、俺を泣かせて楽しいか」
「「「いいえ、別に」」」
「…………とにかくそこの着ぐるみ野郎、大人しくお縄に付きやがれ」
力強く言うロミオ先輩だが、その目には涙が浮かんでいる。
「…………!」
パタパタと手を振るうさぎさん。何だか一周回って可愛く思えてきた。
「やれ~! ブラッドの威厳の無い先輩」
「格好いいぞ、その帽子」
「どうしてそんなに沢山のバッジを付けているんですか? 訳がわかりませんよ」
「もうやだ、このフライア」
あ、ロミオ先輩が乙女のように両手で顔を覆いながら走り去っていく。
これが噂の豆腐メンタルというものなのだろうか……
まあ、ロミオ先輩が豆腐メンタルかどうかはこの際置いておくとして……とにかくロミオ先輩は役に立たなかった。
あえてもう一度言おう
ロミオ先輩は何の役にも立たなかった。
再び始まる階下での騒動を見て、ジュリウスが真剣な表情になる。
「俺が行く」
「頑張って」
「ああ」
背筋をピンと伸ばし、スタスタと歩いていくジュリウスと入れ代わるように、少女漫画のような走り方でロミオ先輩が帰ってきた。
ロミオ(少女漫画風)「まったく…ひどい目に合いましたわ」
というか、タッチも変わってしまっている。
「キャラ変わってますよ」
ロミオ(少女漫画風)「ガーン!!」
「白目にならないで下さい」
ええい、うっとおしい
「まあ、ナツキさん見て、ジュリウス隊長よ」
「あなたは誰なんですか」
執拗に絡んでくる面倒臭い先輩を受け流しつつ、エントランスに現れたジュリウスに視線を向ける。
ジュリウスはゆっくりとした動作でうさぎさんに近付くと、
「そこの着ぐるみさん」
優しく声を掛けた。
流石はジュリウス、正体不明の人物に対しても丁寧な物腰だ。
「流石は隊長。紳士ね」
そして、このロミオ先輩腹立つ。意見が若干被っているのがまた。
「単刀直入に伺いますが、あなたは誰で、何のためにフライアにいらっしゃったのですか?」
「…………!」
「確かに慰問では無さそうですね」
「…………」
「2人の付き添いですか」
「…………」
「なるほど……事情は把握致しました」
ジュリウスは1つ頷くと、職員さん達の方を振り返った。
「この方は極東から応援に来て下さった凄腕の神機使いだ。訳あってこんな格好をしている。騒ぎを起こしてしまい、申し訳ない、との事だ」
「…………!!」
ジュリウスの言葉にぴょんぴょんと飛び跳ねるうさぎさん。何だか嬉しそうだ。
しばらくの間、茫然としていた職員さん達だったが、
「確かに腕輪をしている」
「ただ者では無いと思っていたが、まさか極東の神機使いさんだったとは」
「我々はなんて失礼な事を……」
一斉に青ざめた。
そんな職員さん達に向かってうさぎさんが大きく首を振る。
「気にしなくていい、それよりエントランスを片付けるのを手伝わせてくれ、だそうだ」
「おお、なんと心の広い」
「是非ともお願いします」
うさぎさんがテキパキと片付けを始めた。
「所でジュリウス隊長、この方のお名前は何とおっしゃるのですか?」
一緒に片付けを始めようとした職員さんが首を傾げ、ジュリウスにそう尋ねる。
「名前か……名前、名前……」
考え込むジュリウス
と、机を起こしていたうさぎさんが手を止め、再び両手を大きく使って自身を指し示した。
「……着ぐるみ?」
「…………!」
「! この方はキグルミさん、というそうだ」
「おお、そうでしたか。ジュリウス隊長、どうもありがとうございます」
「気にするな」
ジュリウスは職員さん達にそう爽やかに笑ってみせると、キグルミさんに向き直った。
「この度はこちらの不手際で、ご迷惑をお掛けしました」
綺麗なお辞儀を1つする。
「…………!!」
ジュリウスは嬉しそうに手を振るキグルミさんに見送られながらエントランスを後にした。
「流石はジュリウスだね」
「そうよ、北島=ジュリウス・ヴィスコンティ=マヤ。あなたは私のライバル!」
まだ直ってなかったのか……
その後、「ああ、ジュリウット、あなたは何故ジュリウットなの」などとトチ狂った事を口走り始めたので、電化製品を直す時のように斜め45度からのチョップをお見舞いしてあげた。
「長い……そう、とても長い夢を見ていた気がする。俺の本当の名は……」
「おっと、そこまでだ!」
ベシンッ! と何度目かのチョップをお見舞いした所でエレベーターが開き、ジュリウスが戻って来た。
「お疲れ様、ジュリウス」
「ああ。 ……ロミオはどうしたんだ?」
「…ちょっと撫でただけだよ?」
大きなたんこぶが出来たかもしれないが、これがロミオ先輩の為なんだ。
お願い、いつものロミオ先輩に戻って!
私の祈りが通じたのか、
「あれ? 俺何してたんだっけ?」
意識が回復したらしいロミオ先輩が目をぱちくりさせる。
良かった、どうやら正常に戻ってくれたようだ。
「何も思い出さなくていいんだよ、ロミオ先輩。そのまま穏やかに暮らしててよ」
「いや、何か重要な事を忘れているような……」
「これっぽっちも重要じゃないから、それどころか人生で1、2を争う程どうでもいいことだから」
「そうか? うーん……」
ロミオ先輩は帽子を手に持ち、考え事をし始めた。
「うーん」
またおかしくなるとうっとおしいので、しばらく先輩は放っておく事にする。
「キグルミさんの事だが」
「うん」
「実は……」
ロミオ先輩は話を始めたジュリウスをちらりと見やると、
「はっ……!」
驚きの声を上げ、手に持っていた帽子を取り落とした。
まさか……
「あなたは北島=ジュリウス・ヴィスコンティ=マヤ!」
「よりによって一番面倒臭い所を思い出した!」
「というか誰なんだ、そいつ」
「私の永遠のライバルよ!」
~~
ロミオ先輩を静かにさせた後、ジュリウスに話を聞く事にした。
「キグルミさんの言葉がどうしてわかったの? もしかして凄く小さな声で喋ってたとか?」
あまりに小さ過ぎて、周りの喧騒にかき消されていたのかもしれない。
注意力の高いジュリウスだから小さな言葉でも聞き取る事が出来たのだろう。
「……いや、実を言うと、完全な無言だった。あの場で言ったのは全部出任せだ」
「え?」
それにしては妙に説得力があったような気がするけれど
「相手(アラガミ)の反応を探り、慎重に言葉という名の刃を振るう。ゴッドイーターならこれくらい出来て当然……いや、出来なくてどうする」
そういうものかな?
「そういうものさ、いずれお前も解る」
正直解りたくない。
「でも、あの人はどうしてあんな格好してるんだろう」
「さあな……それに関しては、まるで見当もつかない」
ジュリウスが正にお手上げというように手を軽く上げて見せた。
「でも、心強い味方が来てくれたね」
「ああ」
アラガミの群れが続いている今、強い味方は1人でも多い方がいい。
極東で憧れのリンドウさん達に会えるかもしれないと思うと、少し楽しみだ。
発音してみて下さい。
『北島=ジュリウス・ヴィスコンティ=マヤ』
何故か早口になります、不思議。
この度、ウンバボ族さんよりお誘いを受け、アニメ化記念合同短編集に参加させていただく事になりました。
どのような話になるかはわかりませんが、精一杯華麗に書いていきます。もしよろしければそちらもご覧下さい。
追記
華麗な話にはなりませんでした。