絶対零度のお嬢様が往く 作:みか
次の任務に関して話しておくことがある、そうラケル博士に言われ、私とジュリウス、シエルの三人は呼び出された。
「ラケル先生、入ります」
「失礼します」
ジュリウスに続いて、どこかアンバランスな印象の室内に入る。
「待っていましたよ。どうぞ、掛けて」
勧められるまま三人並んで、やけにふかふかとしたソファに腰掛ける。
「ジュリウスは知っているかもしれませんが」
ラケル博士が目の前にある小さめのテーブルに人数分のカップを置く。ティーポッドには可愛らしい花柄のカバーが掛けられている。
「次の任務は恐らく神機兵と共同で行うこととなります」
ゆったりとした動作で紅茶を注ぎながら、ラケル博士が言う。
「神機兵と共闘する、ということですか……」
「いいえシエル。あなたたちブラッドにとっては不本意かもしれませんが、神機兵の護衛が主な役目になるでしょう」
「神機兵護衛任務……」
シエルが口許に手をやり、うつむく。
「パイロットは我々が?」
ジュリウスがそう訊くと、
「いいえ、今回パイロットは搭乗しません」
「まさか、無人制御ですか?」
「その通りです、ナツキ」
ラケル博士が微笑む。
少し前にグレム局長に聞いた話では、無人制御は性能、技術面から、有人制御はパイロットへの負担が大きすぎることから、それぞれ運用には漕ぎ着けられていない、ということだったはずなのだが、ついにシステムが完成したのだろうか。
ラケル博士にそう尋ねてみると、
「いいえ、神機兵の制御システムは未だ完成には至っていません。局長がどのようなお考えで今回の実地運用テストに踏み切ったのかは、本人たちの口から聞くべきでしょう。この後1100から局長室で正式な辞令が下るはずです。ミッションの詳しい内容については、その時に尋ねてください」
「承知いたしました」
ジュリウスが代表で頭を下げる。
「さあ、冷めないうちに……」
ラケル博士が柔らかな笑みを浮かべ、紅茶を勧めた。
「いただきます」
「いただきます……」
ほどよい甘さのクッキーと、いい香りの紅茶をごちそうになる。ナナたちはまだ訓練の最中だと考えると、なんだか申し訳ない。
少しお土産に持って帰ることにした。
そのまま、いつもよりテンションが高めのラケル博士と談笑する。どうやらここ最近研究ばかりでブラッドのメンバーになかなか会えず、寂しかったらしい。
「先生があそこまで感情をあらわにしているのは初めて見ました」
とはシエルの弁。
そうだろうか、いつもあれぐらい可愛いと思うんだけどなぁ。
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「ブラッド隊長、ジュリウス・ヴィスコンティ、以下2名入ります」
背筋をピンと伸ばして高層フロアをしばらく歩き、グレム局長の部屋の前へとやってきた。
ジュリウスを先頭に一礼して入室する。
「よく来てくれた」
椅子に掛け、どっしりと大物感を漂わせるグレム局長と、
「ど、どうも」
目の下に隈を作った白衣の男性。手には資料とおぼしき紙の束を抱えている。
彼は神機兵の無人制御システム制作を進めている、開発チーフのクジョウ博士だ。以前、ラケル博士に手紙を届けてくれと頼まれたことがある。
「おのれクジョウ、ラケルは渡さん」
「フフフ、ジュリウス君、残念だが君では力不足だ。しねい」
という風に、ラケル博士を巡ってドロドロの争いが起こることをひそかに期待している。
「さっそくだが、本題に入らせてもらおう……ラケル博士から聞いているとは思うが、神機兵の無人運用試験に協力してほしい」
グレム局長がまっすぐにこちらを見据えて言う。
「実はこの度、本部で神機兵計画に縮小の話が持ち上がった。君たちも知っての通り、極致化計画にはブラッドと神機兵の双方が必要となる。ここで計画を歪めたくはない」
困ったものだ、とグレム局長が葉巻を取り出す。
手慣れた様子で火をつけようとした所で、ふと思い出したようにシエルと私を見た。
「そういえば妻に控えろと言われとるんだった」
何事もなかったように葉巻とライターをポケットにしまう。
「そこで運用実績が必要になった。ここである程度の結果を出しておけば、多少強引にでも計画を進められる」
「なるほど」
ジュリウスが頷く。
「詳細な内容を……クジョウ」
「は、はい」
声をかけられたクジョウ博士は紙束をペラペラとめくり、説明を始めた。
「えー、皆さんには神機兵が戦う様子を観察しつつ、万が一の時は守っていただきたいのです。記録はアイカメラで行うので、皆さんがカメラを持って戦うなどということはありません。映像を加工抽出し、本部への交渉材料とするかもしれないので、本体、特に頭部には甚大な損傷を受けないようにしていただきたい」
クジョウ博士が眼鏡を2本の指でくいと押し上げる。
「なるべくアラガミと神機兵が一対一で戦えるよう、皆さんにはまず付近のアラガミを一掃していただきます、その後神機兵と共に索敵を行い、発見したアラガミと交戦する、大まかにいえばこういった作戦の流れとなります」
「……正直いって無人制御システムは未だ完成率5割といったところだ、戦力としてはほとんどあてにならん、高い腕力、脚力があっても、それを使う頭がいまいちでは、ただの、高い鉄くずだ」
グレム局長の言葉に、
「うっ」
クジョウ博士の顔色がますます悪くなった。
「俺……いや、このわたしが全面的にサポートしとるというのに、未だに辺りをドタバタ走り回るぐらいしか能がないとはな……」
「うぅっ……」
クジョウ博士が頭を抱える。グレム局長はその様子を見て、
「冗談だ」
ふっ、と笑った。
恐る恐る顔をあげたクジョウ博士に、
「引き続きよろしく頼む」
そう言うと、椅子を回転させ、
「では、後は現場で話を詰めてくれ、俺はこの後色々と書類を揃えなきゃならん」
後ろ向きのままで退室を促した。
~~
「なあギル」
「なんだ、ロミオ」
「サリエルってアラガミいるじゃん」
「いるな」
「あいつ、なんでスカートはいてんのかな?」
「そりゃ、弱点を守るためだろ」
「弱点って、まさか……」
ロミオ先輩が息をのむ。
「パンツか」
「いや、パンツというより……」
「ギル、ロミオ……」
モニター前のシエルが手許の戦術資料から目を離し、無表情で二人を見つめる。
「うげっ」
「な、何でもない、ちゃんと聞いてる」
「私語は謹んで下さい」
現在、ブラッドは資料室にてシエルによる戦術指南を受けている。ジュリウスはミッションプランを詰めるため不在であり、ナナは私の隣で寝ている。椅子に座ったまま。
「う……こっぺ、ぱん」
そして時々寝言を言う。可愛い。
「入るぞ」
背後の扉が開き、神喰ってる場合じゃねえ、とばかりにジュリウスが入室した。
「早かったのね」
「ああ」
熟年夫婦の玄関口のようなやり取りである。
「任務の詳細が決まった」
シエルがモニター横を明け渡し、ジュリウスが備え付けの端末を、神喰ってる場合じゃねえ、とばかりに操作する。
モニターにミッションエリアが表示された。
エリアは蒼氷の峡谷、現在のフライアの位置を考えると妥当な場所だ。エリアも広いので、チームを分ければ複数の神機兵のテストを行うことができるだろう。
「テストを行う神機兵は三体、それぞれα、β、γというコードで呼ばれる。動作不良に備えて、それとは別にδ(デルタ)も現場に運搬されるそうだ」
「神機兵αには俺、βにはシエル、γにはナツキ、ナナ、ギル、ロミオの四人が護衛につく」
「異議あり」
すかさずナナが挙手する。
「なんだ? ナナ」
「もっと均等に戦力を分配した方がいいと思います」
握りこぶしを作るナナの口許によだれがたれていたので拭いてあげる。
「それなんだが……」
ジュリウスが言いよどんだ。端末を再び操作する。
「このデータを見てくれ」
地面に大きく抉れた跡、壁には無数の穴。
偵察班からの最新の情報だ、と前置きして、
「エリア内に大型アラガミの痕跡が見られる。恐らくはボルグカムラン。現在は姿をくらましているが、いつ現れるかわからない。元々このエリアは流氷等を利用してアラガミが移動する為に、突然アラガミが現れたり消えたりする不安定な場所らしい」
「反応が見られたのはA地点付近、ここは俺と神機兵αが担当する。ナツキたちはB地点付近、シエルはC地点付近」
「つまり、大型がどこに来ても対処しやすいように、エリアの真ん中の俺たちが四人チームってことか」
「そういうことだ」
ギルの言葉に頷くジュリウス。
「想定外のアラガミなど、何か異常が発生した場合は副隊長のナツキを中心に適宜フォローにまわってくれ」
「了解」
敬礼しておく。
「でも、俺ボルグカムランとなんか戦ったことねえんだけど」
ロミオ先輩がそう言うと、
「それならデータを全員に送信します。念のためシミュレーションをしておいて下さい」
シエルが携帯端末を取り出した。
「うへぇ、また勉強することが増えた」
ぼやくロミオ先輩を横目に、ジュリウスが苦笑する。
「出発は明日1000、各自携行品および装備の確認を怠らないようにしておいてくれ。以上だ」
こうして……
一抹の不安を抱えたまま、神機兵護衛任務が始まろうとしていた。
B地点だけど神機兵はγ、シエルはC地点だけどβ 色々と調べてみましたが、位置関係とチーム分けはそんな感じでした。ブラッドにいじめはありません。
なお、グレム局長の見た目は4割増しで格好良くなっています。各々、強そうなグレム局長を想像してもらえれば良いかと。