日向は木の葉にて(ry   作:匿名希望

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ハナビという少女

 

「セイッ! ハッ!」

 

 厳格な雰囲気の漂う道場に響くは、それに似つかわしくない幼い少女の声だ。まだ日も明けぬ早朝からの稽古で少女の手足は酷くかじかんで、動きのキレもなかった。何とか震える体を抑え込もうと両の掌を合わせてその間から温かい呼気を吹き込もうとするが、白い呼気に熱は無く、冷たさが余計に沁みるばかりだ。足は板の間から体の内側まで冷え切るような冷気が伝わってきて感覚さえ薄れてきた。しかし――

 

「ヤッ! トウッ!」

 

――少女のやる気は少しばかりも削がれることはなく、むしろより気合を込めて型に集中する。もっと速く、より効率的に。妥協は米粒一粒ほどなく、ただ一つの理想をストイックに追い詰めるその姿は忍の世界と言えどもそう簡単に出来ることではない。それもまだまだ遊びたい盛りの8歳の少女だ。

 

「精が出るな」

 

「父上っ!? これは……」

 

 集中し過ぎたせいだろう。道場の戸が何時の間にか空いていてそれに気付かなかったのは。

 

 日向一族特有の白眼で表情こそ読めないもののそこにはハナビの父、日向ヒアシの姿があった。となれば次の一言もだいたい予想が付いた。普段から厳しい稽古の日々に加えて、ハナビは寝る間も惜しんで自主的に稽古を続けてきたのだ。かかりつけの医者に成長に影響が出るので稽古はしばらく休むようにと言われているにも関わらずだ。

 

「……はぁ」

 

 叱責が来るものだと身構えていたハナビは自身の父親の重い溜め息にキョトンとした表情を浮かべる。普段から厳格な父がそのような弱味を見せたことは今までになかった。

 

「父上。どうかされたのですか?」

 

 再び溜め息一つ。さすがに何の説明もなく溜息をここまで付かれてしまったら何か自分がとんでもないことをしでかしてしまったようで冷や汗を浮かべながら父の様子を伺う。その仕草で父はようやく重い口を開いた。

 

「ハナビ。お前が過剰な稽古をするようになったのは何時からだ?」

 

「えと、1か月前です」

 

「ヒナタとの合同稽古があったのもそれぐらいの頃だったな?」

 

「…………はい」

 

「やはりか。あのことをお前に話したのだな」

 

絶対に内緒と約束されてようやく姉様から聞き出したはず。なのに――

 

「――何故? 何故わかったのです?」

 

「一時期ヒナタもお前のように無茶な訓練をしたからだ。気持ちは分からなくもないが、無謀な稽古であの御方に近づこうとしても余計に道は遠のいて行くぞ。まずは日々の稽古を無理なくこなせるようになってからだ。傷が癒えるまでは一切の修行を禁ずる」

 

「しかし、それではっ!?」

 

何時まで経ってもあの御方に辿り着けないではないか!

 

 声にならぬ声がきっと父上に届いたのだろう。一族としての長として凝り固まった眉間の深い皺が解れ、父親としての愛情を感じる優しい顔になった。ハナビはほんの時折見せてくれる父のその表情が堪らなく嬉しかった。

 

「……あの御方のことを知りたいか?」

 

「はいっ!」

 

「それでは語ってやろう。お前に教えるにはまだ早いと考えていたが、ヒナタより既に聞いているなら仕方あるまい。その代わりしばらく体を休めるのだぞ」

 

「はいっ、はいっ!」

 

「――私も同じように爺様にねだって何度も聞いたものだ。あの御方。我らが日向一族の伝説にして至高。日向イロリ様の英雄譚を」

 

 

 お前は木の葉隠れの里の創設者様を知っているな。そう初代火影、千手柱間様だ。かつて隠れ里と言う枠組みすらまだなかった戦乱の世において、各一族を纏め上げ木の葉隠れの里を作り上げた偉人だ。そんな忍の神とまで言われた初代には宿敵がいた。当時のうちは一族の長、うちはマダラ。この二人の戦いは地図を書きかえる必要があるほどのものだったらしい。

 

 まだイロリ様が出て来てないだと? そう急くな。これから話そうとしていた所だ。

 

 柱間様とマダラには共通の友人がいた。それが日向イロリ様。我等の先祖だ。かの御方は今の柔拳の基礎を完成させ、現存する技のほとんどをお一人で考案された。無論それだけではない。その強さもそれはそれは恐ろしいものだったと言う。何せあの柱間様やマダラを一度とはいえ降しているのだからな。『日向は木の葉にて最強』。その自負を我が一族が今に渡るまでに持っているのはあの御方あってのことだ。

 

 ん? 何故不思議そうな顔をしている? どうしてそんな御方が有名ではないのか? ……あの御方は自身に関する情報のほとんどを焼却したのだよ。その教えのほとんどが口伝で、柔拳に関することだけは事細かに何冊に渡って書き遺されている。どうしてそんなことをしたのか? その件に関しては今でも分からない。ただ一族のことを一番に考えておられたのだろうと思う。今言えることは日向一族が名門と呼ばれるまでに至ったのはイロリ様の尽力あってこそのもの。一族の者が12歳になれば親から子へとイロリ様の武勇伝を語る習わしは、その名に恥じぬように鍛錬せよという意味合いもある。中には灸が効きすぎて暴走してしまう者もいるがな……

 

「これ! 目を逸らすではない。お前の事を言っているのだぞ」

 

 ヒアシの叱責の声に普段のハナビなら素直に頷いていたが、今日は違った。真っ直ぐヒアシの目線を見つめ返して逸らさない。

 

「しかし、ヒナタお姉さまからイロリ様は私の歳から毎日血の滲むような修行を繰り返していたと聞きました。なら私も」

 

「――ならんっ!」

 

 道場の端から端まで響き渡るような一喝は、誰もいない道場が賑やかしく思えるほど重い沈黙をその場に醸し出した。今度ばかりはそれに口を挟むような声もなく、耳の奥からキーンという音が聞こえてくるまでついぞハナビの心に平穏は訪れなかった。ただ最後の最後までヒアシの白眼から目を逸らすことはなかった。そしてその長い沈黙に降参したのは……当主のヒアシだ。

 

「お前も誰に似たのやら随分強情な娘だ」

 

「きっと父上とイロリ様に似たのかと」

 

「うむ。しかし、こればかりは父として師として認める訳にはいかん。いいか……8歳のイロリ様とお前との大きな違いとは何だ?」

 

 少しばかり考えてはみるものの、比べる相手があまりにも大きな存在で、8歳のハナビは上手く想像することが出来ない。比べることさえもおこがましいのかもしれないが、妥当な線で考えると、

 

「それは……やはり努力や才能では?」

 

 そういう結論になる。日向一族で伝説となっている御方だ。きっと幼いころから周囲を隔絶する才能の持ち主だったのだろうと想像に難くない。

 

「そう、才能だ」

 

 やはり自分の考えは間違っていなかった。やはり才能に劣る私がイロリ様のようになるのは努力以外ない。一人そう結論づけてヒアシに隠れて修行する方法を考えていると、目の前に真剣な表情の父の顔が現れた。

 

「信じられないかもしれないが、イロリ様には武術に関しての才は凡人程度だった」

 

「はっ!? しかし、話ではイロリ様は――」

 

「――イロリ様は確かに初代様とマダラを降したことがある。それこそ比喩でも何でもなく血の滲むような、血の流し過ぎで輸血をする程の無茶な修行をしておられたからだ。凡人であるイロリ様にはお前のように1を聞いて10を知るような才など無く、寝る間を惜しむ努力が必要だった。だからこそイロリ様は第一次忍界大戦の途中で酷使された体に限界が来て逝去されたのだ。今のほとんど完成された柔拳を我々に残されてな。非才の身でも上を目指せる希望、自らの体を顧みず我々一族に残してくださった。感謝してもしきれるものではない。そしてお前は我らが日向一族がイロリ様に報いる為に育んできた才の完成系と言っても過言ではない。お前は恵まれているのだ。だからこそイロリ様のように無茶な修行をする必要はないし、そうさせるつもりもない。分かるな?」

 

 親子で一つに繋がっていた視線はその時ようやく離れた。俯いたままのハナビを置いてヒアシは道場から去る。一人残されたハナビはしばらく道場の板間の線をぼんやり眺めた。隣の板はまた別の板に、そしてそんな具合に板と板が組み合わさっている。自分という存在はそうやって一族の歴史の中で集約され厳選された存在だと聞いて、嬉しいような、悲しいような。自身ですら判断できない複雑な気持ちになった。普段ならこの思いを晴らすために修行をするところだが、先ほど父に指摘を受けたばかりでそれもできない。イロリ様への一番の恩返しは強くなることだというのに、その為の努力すらできないなんて――

 

「――納得できないです」

 

大人びてはいるものの、やはりハナビは8歳の少女だった。

 

 

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