日向は木の葉にて(ry 作:匿名希望
ネジはその時訓練所にいた。体術を打ちこむ為の丸太は既にボロボロになっているが、それでもネジは己の全てを叩き込むかのように突き、打ち、衝く。終には右の手刀で丸太を粉砕してしまうと、背後から感じていた気配に向けて声を掛けた。
「何の用だ?」
ずっと隠れていたつもりなのだろう。ネジの背後の木の影から姿を現したのはお団子頭の少女。ガイ班のメンバーであるテンテンがそこにいた。とても班のメンバーに向けるとは思えない冷たい視線を浴びせられているのにも拘わらず、彼女は元来の明るさか、そっけない対応に慣れたのか気にする様子もない
「……やっぱバレてたか。ガイ先生が次の任務の打ち合わせだって」
「わかった。シャワーを浴びてから行くと伝えておいてくれ」
汗を拭う為に額当てを外すネジ。その額には呪印など無く僅かに汗が浮かんでいるだけだ。日向イロリが現れるそれまではその特異な眼術のみで優位性を保とうとしていた日向一族。性能ではうちは一族の写輪眼には劣るものの、日向一族の白眼はその発覚が写輪眼のそれよりケースが多い。索敵に関しては他に並ぶ物のない瞳術として周囲に狙われることが少なくなかった。
それを防ぐために先祖が発案したのが特殊な封印術。白眼の血を絶やさない為に宗家が分家に対して施し、意に反す者には制裁を下し、危険な里外の任務で殉職した際に白眼の能力ごと封印することによって、白眼の能力を守り、秘匿する。そうせざるを得なかった。
しかし、そんな時代も日向イロリが終わらせた。
弱きものでも力を振るえる柔拳。どんな強大な力を持つ者だろうが、その内部、内蔵までは鍛えられない。白眼で体内のチャクラを見切り、相手のチャクラを乱し、内蔵を破壊する。そうしてかくも恐ろしい技術を手に入れた彼らに白眼を秘匿する理由もなかった。【白眼はあくまで前提であり、全てではない】。現に視力を失った日向にも現役で活躍し続けた者がいたと言う。
そして何より彼らは強かった。イロリ亡き後、宗家と分家という区別をなくし、徹底的な実力主義で弱き者が当主になることは決してない。一族の中でもその時分において一番強い者が当主となることが許された。当主が代わる時は、挑戦者に負けた場合だというのだから、その念の入りようは弱き者にとっては残酷というしかない。己の才能の無さに嘆く者も多くいた。そこで一族の者は決まってこういうのであった。
『我等の偉大なる先祖はかつてこういった。【この世に強い人などいない、いるのは強くあろうとしている人だけだ】』
その翌日からは誰もが一心に修行をするものだから、日向一族で弱い者などいるはずがなかった。
ネジもその中の一人だった。先祖を尊敬し、超えたいと願う一人の男だ。
ガイ班が揃ったのがそれから15分後。集合場所は火影岩が良く見渡せる監視塔の一室だ。集まったのは太眉おかっぱの担当上忍ガイとそれに良く似ているチームメイトのリ―、先ほどのテンテンと、ネジのフォーマンセルだ。接近戦を得意とする忍者が4人中3人とかなり偏った構成だが、逆に下手に忍術や幻術が使える下忍がいないこともあって小隊の連携の面では優秀である。
「それで次回の任務だがCランク任務を請け負うことにした。火の国の商人の物資輸送の護衛任務だ。お前ら覚悟はいいか!」
暑苦しい笑顔を浮かべながらサムズアップする担当上忍ガイ。実力としては申し分ないのだが生理的嫌悪感から距離を置かれることもある。そんな彼の問いかけに元気よく答えるリ―、テンテンは呆れ顔ながらも渋々頷いた。ネジは目を瞑って口を閉ざしたままだが、組んだ片腕から見えるサムズアップが隠しきれない意欲を表していた。戦争が既に過去の物となってしまった今の木の葉隠れの里では実戦経験を得る機会は多くない。こうした機会が無ければ里の力である忍の質を維持できないのだ。当然ネジも日向の高弟にしごかれた経験はあっても命のやりとりまでは未だ経験したことはない。彼にとっても自身の成長を促す良い機会だった。
その後集合場所と日程、所持品の確認をした後、解散し日向一族の居住区に戻るかと思えば、どうやら違うらしい。午前中修行していた訓練場に着くと、誰か先に訓練でもしているのだろうか気合の声が聞こえる。声の主を木の枝の上から見つけると、ネジは膝のホルスターから自然に棒手裏剣を掴み、丸太を撃ちつけて訓練している人物へ投擲する。左後方の死角から真っ直ぐ飛ぶ棒手裏剣は当たれば死、あるいは重症を負わせる威力だ。当然、同じ里の人間に投げて良い威力ではない。
しかし、それは杞憂に過ぎなかった。その人物は丸太を撃った手刀の反動を利用して見えない筈の手裏剣を片手で掴んだのだ。
「ネ、ネジ兄さん? び、びっくりしましたよ」
「それは簡単に手裏剣を受けとめて言うセリフではないですよ。ヒナタ様」
白眼を発動させたネジは、木の上から見下ろすことになった少女も同じく白眼を発動させていることに意味新な笑みを浮かべながら答えた。
日向 ヒナタ。日向現当主の日向 ヒアシの長女である。彼より少し歳が下ということもあってネジ兄さんと呼ばれることは嬉しい気持ちもあるのだが、少しこそばゆい気持ちが強かった。見目麗しい少女の好意に男は弱いものだ。
己の緩みつつある心を引き締め、ネジは改めて少女と向かい合った。真剣な表情に少しヒナタの顔が暗くなる。
「ヒナタ様。一手お手合わせを願います」
やはりそういうことだったかと言外にヒナタは自身の嫌な予想が当たっていたことを溜息一つで表した。ネジはその挙動に責めも譲りもするつもりはないのだろう、構えをとって動かなかった。ようやく諦めた様子のヒナタを見やって両者は互いに一礼する。
「日向は木の葉にて最強」「……日向は木の葉にて最強」
いったいいつからだろうか。日向一族が互いに全力を出すことを誓う際にこの言葉を宣言するようになったのは。
それは自身を鼓舞する為の言葉でもあり、戒めの言葉でもあり、何より誇りだった。
一族はその言葉を真実とする為に、自身の生涯を懸ける。いわゆる宣誓だ。
他国の忍はその言葉を聞いて生きて帰って来た者がごく少数な為、何より恐れているという。うちは一族がほとんど滅びてしまった為に現在では写輪眼の脅威よりも上だと浮かれる一族の者も少なくない。そんな彼らを戒めるようにネジは深く呟いた。
最初に動いたのはネジだった。己の手を一つの槍に見立て、チャクラを足裏から放出して衝く。【无二打】と呼ばれる技だ。達人クラスになるとこの一撃だけで勝負が決まる基本中の基本にして奥義である一撃。しかしさすがに初手のこの攻撃を読んでいたヒナタは上体を深く沈めることでかわし、返しに胸元へと打ち込む。カウンターを一瞬早く察知していたネジは、胸元に突き進んでくる手を横から掌底で払う。そして更なる反撃をしようとしたところでヒナタに距離を置かれてしまった。
「ネジ兄さん……」
何かを請うようなヒナタの表情にネジは攻撃の手を強めることで答えた。先ほどまでの様子見ではなく真正面から向き合っての手刀のラッシュ。一つ一つの攻撃の読み合いよりも手数で押し切る形へと戦闘方法を変えた。戦闘への意欲をあまり感じられないヒナタへ、戦わざるを得ない状況へと追いやるためだ。
「ヒナタ様。本気を出して下さい」
「くっ」
八卦六十四掌のように点穴さえ狙ってはないもののネジの年齢では異常なほどのスピードの攻撃に次第にヒナタは押され、防戦一方となってしまっている。終には不意の一撃をくらって、先ほどまで撃ちつけていた丸太に今度は自分が打ちつけられてしまった。軽く息を荒げているヒナタを前に、今度は優しく手を伸ばすネジ。全くもって不器用なものだと内心思いながらのその優しさは、確かにヒナタに通じていたようで微かに笑っていた。
「……やはり、まだあのことを――」
無言こそが全てを物語っていた。
ヒナタは将来有望で一族の期待も大きかった。幼少の頃より才能をメキメキと伸ばし、身内ゆえ厳しいヒアシの評価も口には出さないものの一族の誰よりも喜んでいたのに違いない。白眼も大人と競う程だった。しかし、周囲は気付いてしまったのだ。彼女には戦いは向いていない。
先ほどのようにネジの動きを眼で追えるものの攻撃に転じるということがほとんどなかった。彼女は恐れているのだ、何より人を傷つけると言うことを。
発端はあった。彼女が3歳の誕生日の夜、同盟条約の締結の為木の葉に来ていた雲隠れの里の忍頭に攫われたのだ。大人の日向一族が強すぎた為にまだ子供のヒナタを狙ったのだろう。白眼をそのまま奪うのが目的か、また白眼を持つ日向一族の血を狙ったのか、どちらにしろ愚かとしか言えない。怒り狂うヒアシとその双子の弟で、ネジの父親でもあるヒザシが白眼で急いで追ったところ、既に手遅れだった。
雲の忍頭は口から大量の血と内蔵を吐き出して死んでいたのだ。隣には泣きじゃくるヒナタの姿があり、状況をその場で理解することを諦めた二人に家に連れて帰られた。
しばらく食事すら喉に通らず、吐き気を訴えていたヒナタを周囲の手厚い介護で宥め、ようやく事情を聞いたのはそれから一週間後。命の危険を感じたヒナタが掌にチャクラを込めて抵抗した結果、あのような悲惨な状況になったと言う。あの場に木の葉の忍は他におらず、うすうすヒナタがしたのではないかと考えてはいたものの、やはり驚きは強い。あの技は日向の当主のみに伝えられる秘伝の技だからだ。
既に雲隠れから賠償として日向ヒアシの死体を寄こせとのふざけた要求が届いていた。当然受け入れられるはずもない。事情を知った温厚な3代目火影でさえそれなら戦争も止むを得ないと日向の肩を持ってくれた。
まだ幼すぎる少女に殺人という冷たい現実はどのような影響を与えたのだろう? 己が手で触れた者が皆あのような姿になってしまうのではないかと恐れ、人との接触を避けたこともあった。それでも今まで日向一族の柔拳を続けてきたのは、彼女にとって日向 イロリが憧れ以上の存在だったからだ。怖くて一人で眠れない彼女にとって爺や婆やから聞く彼女の逸話はいつも勇気をくれた。その心得は彼女の中を照らす太陽でありコンパスだ。自身が日向一族の『日向は木の葉にて最強』という大前提を達成できることはないだろうが、それでも先祖の言葉から、存在から恩恵を貰い続けている以上、彼女も恩返しをしなければならない。柔拳を続けることはその為の手段であった。
「私も、強くならなきゃね。ネジ兄さんのように」
普段ならこのまま無言状態で空気が気まずくなるところだが、しかし今日のヒナタはいつもと違っていた。その目には確かに日向一族として最強を目指す意思を感じられたのだ。ネジも驚いたように口を開き、そして優しい微笑みを浮かべる。
「では、もう一戦行きますか?」
「お願いします!」
いい意味で変わったのだろう。ネジは彼女を変えてくれた誰かに心の中で深い礼をすると共に再び構える。
「日向は木の葉にて最強」