カンピオーネ!Also sprach Zarathustra 作:めんどくさがりや
刹那の記憶
『ーーー見事だ』
地に倒れ、満身創痍ながらもいまだに生きている少年を見下ろしながら男は言う。
男は、人間と呼ぶにはあまりにも異様な姿であった。
血のように赤い髪、鮮血が如き赤眼に黒い肌。身に纏った白い衣には双蛇が付き従っている。その身から滲み出る神威が、男が神格であることを物語っている。
客観的に見れば、この神格により少年が屠られたと見えるだろう。
しかし、男が少年に向ける視線は、戦いに勝った勝者に向けるそれと同一であった。すなわちーーー
『人の身で、よくぞ俺に勝利した。お前の健闘は賞賛に値する』
この少年が、神殺しを成し得た事に他ならない。ただの人間が覇道神を打ち倒す。本来なら絶対にありえないことだ。しかし、この少年をそれを成し得た。
たとえ、この身が疲弊した状態であったとしても。
ふと、男は何かの気配を感じた。
視線を向けるとそこには十代半ばにしか見えないが、女らしいと言えるあどけなさと妖艶さを兼ね備えた少女がいた。身に纏った白い衣装とあいまって、その姿は女神と形容するのが相応しかった。
『……パンドラ、だったか』
「ええ、はじめまして"天魔・夜刀"様」
そう言ってパンドラと呼ばれた女神は天魔・夜刀と呼ばれた男に一礼する。
『お前は神殺しを成した者の前に現れるんだったな。で、そいつは合格って事か』
「もちろん、たった一人で貴方様に打ち勝ったこの子は間違いなく勝者、私の7人目の義息、カンピオーネ。それは貴方様もお認めになったでしょう?」
『まあ、な。全盛期の力でないとはいえ、こいつは間違いなく俺に勝った。認めるさ、こいつは俺の力を
夜刀の放った言葉にパンドラは首をかしげる。
「受け継ぐ?簒奪でないのですか?」
『ああ、そうだ。俺の力、お前たち風に言えば権能ってヤツだな。それは俺を倒しただけじゃ受け継げないし受け継がせない』
すなわち夜刀と同じ渇望と祈りを持つ者でなければ力を使えない。よしんば使えたとしてもそれは本質とは程遠い。
「では、この子は貴方様のお眼鏡に叶った、というわけですね」
『そういうことだ。実際、俺自身も驚いたよ。まるで、昔の俺を見ているみたいだった』
その言葉が何を意味するのかーーそれを知っているのは夜刀を除いてこの世界にただ一人。
『ホント、俺みたいなバカ野郎がこの世界にいたなんてな』
美しいと思う刹那を永遠にーーーそんな馬鹿げた願望を内に抱える人間に出会えたことを偶然とは思えない。
だからこそーー
『俺の力を継ぐにはこいつが相応しい。暖かな陽だまりを、尊き刹那を大切に思えるこいつなら、俺の
「……そうですか。ではーー」
パンドラがそこまで言いかけた瞬間、
「待て、よ……」
か細い声だが、少年は目を覚ましていた。
「早いわね、もう目覚めたの?」
パンドラが言うが、それを気に留めず少年は言う。
「人が寝てる横で、なに話進めてやがる……」
話を聞いていればふざけた事ばかり。カンピオーネ?力を継ぐ?何を言っている。
「俺は、あんたの力を宿せる器じゃない……俺はただの人間だ。何の変哲も無い日常をただただ過ごせればそれで満足する人でしかない。あんたみたいに、次代への連続性を絶やさないとかいった思いも、覚悟も、俺にはない……」
だから神殺しなんて大層な名を名乗る気はない。
もし、これを聞いたのが軍神のまつろわぬ神であったのなら、少年の言葉に激怒していたであろう。神を倒したというのに、その覚悟を持たないと言ったのだ。
夜刀はどうだろう。やはり激怒するか?それとも悲嘆するか?
しかし、少年の言葉を聞いて夜刀が浮かべたのは、安堵混じりの笑みであった。
『ああ、わかっているさ。お前はそういう奴だ。だからこそ、俺はお前に継いでほしいと願う』
「なっ……」
何故だ?わけがわからない。何故、彼は自分なんかに?
そう混乱していると、夜刀が苦笑しながら言う。
『そう難しいことじゃない、俺もお前と同じだよ。俺だって、最初はこんな力なんて望んでなかった。俺はこんな力なんていらない、ただ何も変わらない日常がずっと続けばいい……そんな思いを抱いていたに過ぎない』
過去を振り返るように夜刀はそう言い、再び少年に目を向ける。
『お前もそうだろう?時間が止まればいい、今が永遠に続けばいい、そんな荒唐無稽な願いを、ずっと内に抱き続けていた。違うか?』
「………」
その言葉を聞いて、少年は何も言えなかった。何せ夜刀の言う通り、そんな願いを不可能と分かっていながらずっと持っていたのだから。
過去を振り返るでも、未来を見据えるでもなく、ただかけがえのない今という瞬間こそを永劫に繰り返したいと願っていたのだ。
『だからお前に継いでほしいんだよ。どちらにせよ、俺は消える運命にあったんだ。他のまつろわぬ神と違って、俺は消えたらもう戻れない。そうなる前にお前に出会えたんだ。この力と共に消え去ろうと思っていたところに、継がせても構わないと思える存在に出会えた。押し付ける形で悪いとは思うが、この祈りだけは消えて欲しくない、そう願ったから……』
「っ……ぁ……」
その言葉に少年は何も言えず、ただ顔を今にも泣きそうな程に歪ませる。
何故ならその意味を知ってしまったから。その祈りの本質を理解してしまったから。
『そんな顔をするな。そもそも俺はこの世界にいるべき存在じゃないんだ。異界から来た邪神……俺はそうでしかない』
するとそこで、夜刀の体から淡い光の粒子が上がる。
『そろそろ限界、か。それじゃあパンドラ、後は頼んだ』
「はいはい。全く、あたしを置いて二人で話を進めちゃうんですもの、お母さん寂しいわ」
そこで彼の体に何かが流れ込んでくる。それと同時に体が熱く、そしてそれ以上の焼け付くような痛みが首に走る。
「大丈夫。その熱はあなたが最強の存在へと昇華するための代償。甘んじて受けなさい。そうすれば、あなたは神と戦える強い男の子になれるわ。まあ、少しばかり強すぎる子になりそうだけど」
パンドラが何かを言うが、それに何も答えられない。
「さあ、夜刀様、祝福と憎悪をこの子に与えて頂戴。この東の果てより生まれし、七人目の
『祝福なんて、ガラじゃないんだが。まあいいさ』
そう言うと夜刀は少年のそばに近寄る。
『俺はお前に勝者たれとは言わない。ただ、今という瞬間を大切にしろ。そして忘れるな。失ったものは戻らない、無くしたものは帰りえない。だからこそ、お前が望んだ刹那の輝きを愛し、尊び、守り抜け。ーーーたとえ、この世界を地獄に変えようとも』
それと同時に、夜刀の体から立ち昇る光の粒子が強くなっていく。
そこで夜刀はふと思いついたように言葉を紡ぐ。
『そういえば、お前の名前を聞いてなかったな。冥土の土産って事で、教えてくれ』
それに少年は力を振り絞り、言葉を紡ぐ。
「……蓮。真奈瀬 蓮だ」
『ーーーーッ』
それに夜刀は目を見開き驚愕する。何故なら、その名はーーー
『……これは驚いた。全く、何の冗談だ?偶然にしては出来すぎている』
苦笑しながらそう言う。もしかしたら、水銀が何かを仕組んでいたのかもしれないが。
『……まあいいさ。さて、俺はもう退場するとしよう』
夜刀の体が足元から光の粒子となって消えていく。それに構わず、彼は言葉を紡いでいく。
『すまないな、みんな。随分と遅れてしまったけど、ようやくそっちにいけそうだ』
そして、最後にもう一度こちらに顔を向ける。
『じゃあな、自分の世界を大切にしろよ、"蓮"』
そう言って、彼はこの世界から消えた。
◆
朝、既に日が昇り、人々が目覚めている時刻。とある部屋の一室に、一人の少年が眠っていた。真奈瀬 蓮だ。
朝日が眩しいのか、若干顔を顰めながら寝返りを打つ。
『ピピピ……ピピピ……ピピピ……』
枕元の目覚まし時計から軽快なデジタル音が響く。蓮は起きないが、デジタル音は未だに鳴り続ける。
『ピピピ……ピピピ……ピピピ……』
するとそこで、デジタル音が鳴り止む。再び部屋に静寂が戻った、その瞬間。
『ツァァァァリ・ボンッバアアアアァァァァ!!!!』
「ッ⁉︎」
ガタン‼︎ゴスッ‼︎
突然、目覚まし時計から野太い叫び声が響く。それに驚き蓮はベッドから落下して床に頭を強打する。
「痛っ……」
ぶつけた頭をさすりながら、蓮は元凶に目を向ける。
この目覚まし時計、なんでもすぐに目が覚めると評判らしいのだが、なるほどたしかにこれ程の大音量なら嫌でも目覚めるだろう。しかしーーー
「あきらかに方向性間違ってんだろ、これ」
音がデカけりゃいいってもんじゃない。しかもセリフのチョイスがおかしすぎる。何故水爆の名前を熱のこもった声で叫ぶのだろうか。
嘆息して、叩くように目覚まし時計を止める。出来ればすぐさま捨て去りたいが、買ったばかりの新品だからそれは勿体無い。
「ったく、あの日の夢は見るわ目覚まし時計に叩き起こされるわ、ろくな朝じゃない」
とりあえず、顔を洗うために洗面所まで足を運ぶ。
そこでガラスに映るのは、お世辞にも男らしいとは思えない、ひどい時は女顔とも言われた事がある自分の顔だった。
そりゃ、あまりにもゴツすぎるのもどうかと思うが、もう少し男らしさが欲しかった。小学生の頃、新任の先生に女子と間違われたのは苦い思い出だ。
まあ、自分の顔立ちはどうでもいい。しかし、問題はそれより下、首の辺りだ。
「………」
鏡に映るのは首に走る斬首痕。彼の力を継いだ証、ギロチンの刻印。
あの日から、首に現れていた。これはおそらくーーー
「契約の証って事か。別にいいけど、もう少し目立たないやつがよかったな」
おかげで首を隠すためのマフラーが欠かせない。
そう言って顔を洗い終えた後に制服に着替え、朝食を済ませて家を出る。
◆
私立城楠学院。それが蓮の在学する高校の名前だ。中等部から大学部までエスカレーター式だという特徴がある。そこの1年6組が彼のクラスだ。
そこで蓮は自分の席に向かおうとして、そのすぐ近くにいる席が目に入る。そこには茶色味のある長髪の女子生徒が座っていた。
「よう、万里谷」
「あ、真奈瀬さん。おはようございます」
彼女は万里谷 祐理。蓮のクラスメイトで、友人だ。成績優秀、公家出身というまさに高嶺の花だ。出自不明、成績平凡な自分とは大違い。
そんな自分が何故彼女と交友関係を築いているかというと、なんのことはない些細なきっかけから話していくうちに友人になったという具合だ。まあそのせいでクラスの男子には嫉妬されまくっているのだが。
とりあえず、他愛ない話をするくらいの仲だ。
「土日は何かやってた?」
「いえ、私は特に……強いて言えば巫女の仕事、でしょうか」
「そういえば、神社でバイトしてるんだっけ」
高校生のうちから巫女の仕事とは随分と大変そうだと思う。
「真奈瀬さんは、どうしてましたか?」
「ん?ちょっと家帰ってチビ共の相手してた」
「チビ共……?ご兄弟がおらっしゃるのですか?」
その言葉に蓮は少し考える素振りを見せる。
「兄弟っつーか、まあ、家族ではあるな。血はつながってないけど」
「?」
案の定首を傾げているな。
「俺ってさ、孤児院の出身なんだよ。本当の家族は俺が小さい頃に事故で亡くなったらしい」
「ッ⁉︎ご、ごめんない‼︎ご家族の事を知りもしないで無遠慮な事を……‼︎」
慌てて謝罪の言葉を述べる万里谷。それに蓮は真面目だなと苦笑する。
「いいよ別に。親の顔なんて覚えてないし、思い出って呼べるものもない」
「で、ですが……」
「それにーーー」
なおも食い下がる万里谷に蓮は言葉を被せるように言う。
「俺にとっての家はあそこなんだ。決して裕福って呼べるわけじゃなかったけど、それでも不自由なく笑って過ごせてきた」
他の奴らもみんなそうだ。本当の親もいないし、血の繋がりもないけど。誰もが笑顔でいた。陽だまりと呼べる景色があった。そしてそれを守りたいと思った。
「だから別に、お前が気に病むことなんてないさ」
「そうですか……」
それでもやはり納得してはいないようだった。ここはこっちから質問して話題を変えるか。
「万里谷はさ、兄弟とかっているの?」
「は、はい。妹が一人」
「ふうん、妹さんか。やっぱり似てるのか?」
それに万里谷考える素振りを見せる。
「どうでしょう、性格は私とは違いますし。とりあえず、元気な妹ですね」
「そっか」
そこでチャイムが鳴り、雑談は一旦終了となった。
◆
真奈瀬 蓮は、祐理にとって数少ない男性の友人である。本来、男性に免疫のない祐理が彼と交友関係を持つに至った理由は些細な事を手伝ってもらったのが発端だった。それから何度か言葉を交わす内に友人になっていたという具合だ。まあ、蓮の顔が女性寄りの顔付きであることも理由の一つだが。
「(あら?)」
蓮が席に座った時、万里谷は蓮が首に巻いているマフラーの隙間からとあるものが目に入る。
「(痣?いえ、あれは傷跡、かしら)」
首を一周するように蓮の首に切り傷のようなものがあった。彼がいつも巻いているマフラーはこれを隠すためのものなのだろう。それだけならまだいいのだが、問題は別にあった。
「(何かしら……あの傷跡から奇妙な力を感じる……)」
この世界には魔術や呪術といった非現実的なものが存在している。実際、万里谷自身もそれに深く関わっているのだ。
だからこそ、彼から感じるその力に万里谷は焦燥する。
「(まさか……真奈瀬さんに何かしらの呪いが?)」
そうであると断言は出来ないが、もしそうだとしたらまずい。下手したら彼の命に関わる可能性もある。
「(こうなったら……真奈瀬さん、ごめんなさい)」
心の中で謝罪しながら、万里谷は密かに霊視を使う。
彼女は媛巫女と呼ばれる高位の巫女達の中でもそういった方面に優秀である。
その優秀さが仇となり、かつてとある事件に巻き込まれているのだが、それは割愛しよう。
そうして万里谷は蓮の力の正体を見ようとするがーーー
「(これは……刃物?)」
まず視えたのは刃であった。しかし、剣の類ではない。一切の装飾もない無骨なまでにシンプルな形状の刃。何の用途に使うものなのか。思い描く刃物を連想して、正体にたどり着く。
「(ギロチン……?)」
ーーードクン。
瞬間、霊視を通して彼女の脳裏に映像のようなものが流れてくる。
ーーー万象の時を止める覇道の理。
ーーー日の本を覆い尽くす程の巨大な蛇神像。
ーーー天を引き裂く断頭台の刃。
ーーーそして、憎悪の泥を纏いながらも彼の地を守り抜いた無間の主。
「ーーーえ?」
疑念の声が口から漏れる。今、自分が何を見たのか理解出来ない。
今のはなんだ?自分は何を見た?何故、あの魔王を思い出した?これではまるでーーー
「万里谷?」
そこで声をかけられて、ようやく蓮がこちらを見ているのに気づく。
「どうかしたか?」
「い、いえ、なんでもありません」
蓮の言葉に慌てて前を向く。
それでも、内にあるわだかまりは消えない。
何故、彼があの王と重なる理由が未だにわからないのだから。