カンピオーネ!Also sprach Zarathustra 作:めんどくさがりや
とある日の昼休み。蓮と万里谷は学校の屋上で昼食をとっていた。
万里谷は持参した弁当を、蓮は購買で買った惣菜パンを頬張っていた。
「なあ」
「はい?」
唐突に蓮が声をかける。
「前から思ってたんだけど、その弁当って毎日お前が作ってんの?」
「はい、妹の分も合わせて私が作ってます。もっとも、母が昨晩作ったものも入れているので全部、とは言えませんが」
「へえ」
万里谷の弁当は和風主体の弁当のようで、栄養バランスも良く彩りも鮮やかだ。
「良かったら、どうぞ」
「ん?いいのか?」
「はい」
「それじゃあ……」
そう言って蓮は万里谷の弁当箱から卵焼きを摘んで頬張る。
「ん、結構いけるな」
何度か咀嚼した後に飲み込むと、感想を言う。
「そうですか、よかったです」
万里谷はそう言って笑みを浮かべる。
「そういえば、真奈瀬さんは一人暮らしでしたよね。自炊はしているのですか?」
「一応な。つっても所詮は男の一人暮らしだからあんまり凝ったもんは作れないけどな」
孤児院の連中は喜んで食べてくれたけど、実際腕は大したことない。
それに毎朝弁当を作るなんて面倒くさいからしない。そもそも一人暮らしをする時も料理を覚えるつもりがなかったのだが、孤児院の兄達に覚えさせられた。
だから毎日弁当を妹の分まで作る万里谷には素直に感心する。それでも、完璧な人間など存在しないため、彼女にも当然苦手分野はある。
「で、お前は未だに携帯を持ってないのか?」
「はい、私はああいった機械の類は苦手なので……」
端的に言えば機械オンチ。彼女は機械の類が全くと言っていいほどにダメなのだ。
「お前普段優等生だけどこういったところでポンコツだよな」
「ポンコツ?それはどういった意味でしょうか?」
どうやら万里谷には通じていないようだ。なら別の言い方をしよう。
「ようするに、間抜けって事だよ」
「ま、間抜け⁉︎」
蓮の言葉に万里谷は愕然とする。
「な、なんてこと言うんですか‼︎いくら真奈瀬さんでも言っていい事と悪い事がーーー」
「ほれ」
まくしたてる万里谷の眼前にスマートフォンを差し出す。それに万里谷がたじろぐのがわかる。
「とりあえず、ロックを解除して電話帳を見ることからやってみようか」
「うぅ……」
呻きながらスマートフォンを受け取る。まあ、流石にロックの解除くらいなら出来るだろう。その後はどうとでもーーー
「出来ません……」
「早えーよ」
まさかロック解除すら出来ないとは、予想外だ。
蓮は呆れ顔でスマートフォンを受け取る。
「お前な、小難しい機能を使えって言ってるわけじゃねえんだからさ、せめて通話ぐらいは出来るようになっとけよ。この先苦労するぞ」
「そう言われましても……」
本当に現代社会に適応出来なさすぎだろ。ロック解除の時点で挫折って聞いたことないぞ。
「お前固定電話は使えんの?」
「はい、と言うよりそれが精一杯です」
だったらスマートフォンなどのタッチパネル式は無理だろう。せいぜいガラパゴス携帯が限界だ。
友人のアナログ具合に思わずため息が出る。
◆
放課後。
生徒の誰もが帰宅するか部活に精を出す時間帯。当然蓮も下校の準備をする。
ちなみに蓮は部活に入っていない。運動部で汗水垂らすなんてガラじゃないし、そもそも一人暮らしの自分に部費を払う余裕はない。孤児院の人に言えば払ってくれるだろうが、そこまで世話になるわけにもいかないし、元々、部活をする気もない。
まあ、完全に部活動関係と縁を持たないわけじゃないが。
「万里谷、今日も部活か?」
「はい。これから茶室に行くところです」
この学校の敷地はとんでもなく広い。何せエスカレーター式で、中等部と高等部の校舎があり、さらに個々の部専用の棟だけでなく、庭園風の林すらも存在する。その分、移動時間もかかるのだが。
「よかったら、寄っていきますか?お茶くらいならお出ししますけど」
それを蓮はやんわりと断わる。
「遠慮しとくよ、今日はちょっと寄るところがあるからな。また次の機会に誘ってくれ」
「わかりました。ではこれで失礼しますね」
「おう、じゃあな」
そう言って万里谷は教室を出て行く。ちなみにクラスの男子は蓮に嫉妬の視線を送っていた。
「さて、俺も行くかね」
そして蓮もそれらの視線をスルーして帰っていく。
◆
蓮が帰りに立ち寄ったのは本屋だった。時々だが、蓮は本を購入している。
ちなみに本と言ってもマンガの類ではない。というより自分はマンガをほとんど持っていないのだ。その代わり持っているのがーー
「お、あったあった」
そこにあったのはかつての画家や芸術家が作った作品の写真などが載せられた作品集だ。
蓮はこういったものを好んで読む。なんというか、見ていて満たされるものがあるのだ。
「とりあえず、これにするか」
少し悩んだ後に、一冊の芸術書を棚から取り出す。
蓮は作品にこだわりなどない。どういった人物が作ったとか、どういった思いが込められているというのは二の次で、作品そのものを楽しむタイプだ。
本を持ってレジで会計を済ませるとそのまま外に出る。
買い物は昨日済ませたから夕食は冷蔵庫の中にあるものでいいだろう。
「…………」
道中、携帯ショップを見つけて、万里谷でも使えるような携帯はないものかとガラスに貼ってあるチラシを見る。
そこで目に付いたのは、老人を対象とした簡単操作の携帯だった。
「いや、これは流石に……」
いくら万里谷でも老人専用の携帯を持つのはどうだろうか。思わず微妙な顔になる。
「……まあ、俺が考えるような事でもないか」
そう言って再び歩を進める。
◆
『ーー、ーーー』
蓮が帰宅している途中、何かが聞こえてきた。
「ん?」
蓮が聞いたのは誰かの声だった。声音から察するに、中年男性と若い少女だろう。蓮には会話の内容まで聞こえたのか、眉根を寄せる。
「…………」
無言のまま声のする方に近づいていき、曲がり角の方に進むと。
「で、ですから私は家に帰らないといけないので……」
「大丈夫だって。ちゃんと送ってあげるし、お小遣いもあげるよ。だから行こうって」
あー、その、なんだ。こうもあからさまな犯行現場を見る事が出来るとは。
中年の男性が小学生くらいの少女の腕を掴んでなんか言っている。言葉の内容も不審者のそれだ。
「……ったく」
見て見ぬふりをしているのもどうだと思うので、とりあえず近づいていく。
「この、いいからついてこい‼︎」
抵抗を続ける少女に男性が業を煮やしたのか、腕を振り上げた。
そして今にも振り下ろされようとした瞬間、蓮は男性の腕を掴む。
「いい加減にしろよ、おっさん」
二人は今ようやく蓮の存在に気づいたのか驚愕している。
「こんな町中で誘拐とは随分と肝が据わってるな」
もちろん褒めてなどいない。単なる嫌味だ。
「な、なんだよお前……」
「そりゃこっちのセリフだ。子供相手に何やってんだよ」
勝手に誘拐しようとして、言うこと聞かないから暴力に訴えるって男としても人としても最悪だ。
「とりあえず、この腕潰されたくなかったらその子を掴んでる手を離せ」
そう言って軽く手に力を込める。それだけで男の腕がミシミシと悲鳴をあげる。
「いだだだだ‼︎わ、わかった‼︎わかったから‼︎」
そう言って男性が少女から手を離す。蓮も手を離すとそのまま男性は逃げていった。
それを確認すると、蓮は少女に目を向ける。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
少女は頭を下げて礼を言う。
「あの、助けていただき本当にありがとうございました」
「いいよ別に。怪我がなくて幸いだ」
見た所、目立った怪我は存在しない。それを思うと、あのタイミングはギリギリだった。
「………」
「どうした?」
少女がまじまじと蓮の顔を見る。
「城楠学園の制服に白いマフラー、紺に近い黒髪、中性的な顔……あの」
「ん?」
少女は何かを思い出したかのような表情で蓮に質問する。
「もしかして、あなたが真奈瀬 蓮さんですか?」
「は?なんで俺の名前知ってんの?」
自分に小学生の知り合いなどいない筈だが。
「やっぱり!姉からよく話を聞いているんです」
「姉?」
そこで、蓮は目の前の少女に友人の面影があるのに気づく。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は万里谷ひかり。万里谷 祐理の妹です」
◆
とりあえず、蓮はその後にひかりを送ることにした。先ほどの男が完全に逃げたわけではないし、彼女の家族に説明も必要だからだ。
「私、前から気になってたんです!男の人に免疫のないお姉ちゃんの唯一の男友達ですから」
ひかりは祐理とは逆の性格で、天真爛漫といったほうが正しいだろう。
「それで、実際に見て驚きましたよ。一瞬男装してる女の人かと思いましたもん」
「……おい」
途端に蓮が不機嫌そうに言う。この女顔は蓮のコンプレックスでもあるのだ。
孤児院には兄だけでなく、姉もおり、昔はよく女装させられた事がある。姉達はかわいいかわいいと言っていたが、そんなのは慰めにもならない。そもそも、男がかわいいと言われても嬉しくないのだ。
「いいから、家の場所は?送ってくから教えてくれ」
「あっ、ありがとうございます」
蓮は買った芸術書を片手にひかりと共に歩き出す。
「で、なんであのおっさんに絡まれてたんだ?」
「いえ、帰る途中に声をかけられましてね、断って行こうとしたらいきなり腕を掴まれたんです」
「あー、そりゃ災難だったな」
あのおっさんを警察に突き出すべきだったか?と蓮は考えたがすぐにどうでもいいと思い、考えを消す。
「だけど、えーっと」
「蓮でいい」
ひかりがなんと呼ぶか悩んでいたのでそう言う。
「蓮さんて結構力が強いんですね!片腕だけであの人を屈服させちゃうんですもん!」
「…………」
まあ、それには理由があるのだが。それを言ったところで信じないだろう。
「……一応、多少は鍛えてるからな」
とりあえず無難な回答を返す。ひかりは「そうなんですかー」と納得したようだ。
そうしてしばらく歩いた後、とある一軒家にたどり着く。
「(ここが万里谷の家か……)」
思ったより近場にあったことに若干驚きながらひかりについていく。
ひかりが玄関を開けると、奥から見知った顔が現れる。
「ひかり!こんな時間まで何処にーーって、真奈瀬さん⁉︎」
「おう、さっきぶり」
蓮が視界に入ったことで、万里谷は驚愕する。
「どうしてあなたがひかりと一緒に?」
「あー、それは色々と理由があってな」
さて、なんて言ったものか。
「お姉ちゃん、まずは蓮さんに家に上がってもらおうよ」
「……そうね。真奈瀬さん上がってください。お茶をお出ししますから」
「いや、俺は別に玄関でも……」
そう言うが万里谷姉妹が中で詳しく話したいと言ったため、蓮は中に入っていく。
◆
「ーーーってわけだ」
「……なるほど、そういう事でしたか」
その後、居間で先ほどの事を説明した。
「……まずはお礼を。妹を助けていただき、誠にありがとうございました」
「私からも、本当にありがとうございました」
姉妹二人に頭を下げられたのを見て、蓮は気にするなと言う。
「たまたま、妹さんがあのおっさんに絡まれてたのを見ただけだしな」
「それでも、真奈瀬さんがおらなければ、妹がどうなっていたものか……」
たしかに、あの輩が考えていることは終始一貫しており、己の欲望を満たすことを第一に考えている。選択肢が出たら真っ先に"ロリータかな"を選ぶだろう。
「まあ怪我もないようだし、この件はもういいだろ」
「ですが、どうお礼をして良いのやら」
「だから、礼なんていいって」
祐理の言葉に蓮は苦笑混じりに返す。
「ですが……」
「ああ、もう、この話は終わり!いいな?」
それに祐理は納得していないようだったが、渋々了承した。
「よし、んじゃ時間も時間だし……」
帰るかと言おうとすると、
「真奈瀬さん、もし良かったら夕食を食べていきませんか?」
「ん?いいのか?」
「はい。お礼、というわけではないですけど」
「じゃあお言葉に甘えて」
それに蓮は時間を見て今から帰って作るとなると遅くなるなと思い了承する。それに祐理は満足気に頷く。
「それじゃあ、早速用意しますね」
「良かったら俺も手伝うぞ」
「いえ、真奈瀬さんは居間でくつろいでいてください」
そう言われたので、そのまま居間にいることにする。
「蓮さん」
「ん?」
さてどうするかと考えていると、ひかりが声をかけてくる。目を向けると、蓮が買った芸術書が入った袋を持ったひかりがいた。
「これ、本ですよね?小説ですか?」
「いいや、芸術書だよ」
ひかりから袋を受け取り袋から芸術書を取り出す。
「芸術書?」
「そう、昔の芸術家が描いた作品を載せてるんだ」
そう言いながら本を開く。どうやらこれは風景を題材にしているようだ。ひかりも隣から覗き込むように見ている。
「色々あるんですねー」
「まあな」
そのままページを開いていくとひかりが喋りかけてくる。
「やっぱり蓮さんもこういった作品に何か感じたりするんですか?」
「感じないと言ったら嘘になるな。けれど、俺の場合作品の内面とかはあまり見ないんだ」
ページを開きながら言う。
「作者が込めた思いだのじゃなくて、俺が見るのは作品
「作品そのもの?」
「そう。なんていうかな、こういった作品は時間が止まったような感じがするんだ」
「時間が?」
首をかしげるひかりに蓮はそう、と頷く。
「絵とか彫像ってのは、在りし日の輝きを内包したまま時が止まっている。作品自体に今という瞬間が刻まれている。俺はそれが好きなんだ」
だからこそ、自分は永遠を憧れる刹那でいたい。
「ほえー、なんか蓮さん自身が芸術家みたいですね」
「……それは言い過ぎだろ」
嘆息しながらページを開く。
「ーーーー」
そこで、とある作品を見て動きが止まる。
ひかりがそれを不思議に思い、作品を見ると、そこに描かれていたのは沈みかけの太陽と断頭台の処刑具だ。
「変わった作品ですね」
「……………」
「蓮さん?」
ひかりが不信げに見ると、ようやく蓮が気づく。
「どうしたんですか?」
「え?あ、いや、なんでもない」
とりあえず誤魔化しておく。するとそこで祐理が来る。
「二人とも、用意が出来ました」
「そか、それじゃあ行こうか」
そう言って芸術書を閉じて立ち上がる。
「………?」
ふと、何かを感じた。本当に、普通ならば気づかなかった程に微弱なモノだ。例えるなら、吹き抜ける風に混じった微量な異臭。気づくか気づかぬか程度の些事。
しかし、これはーーー
「いや、まさかな……」
かぶりを振って否定する。そしてそのまま、ひかりと共に祐理の元へと行く。
◆
「それじゃあ、ご馳走になったよ」
あの後、夕食を共にして少しの間談笑して、いい時間になったので帰ることにした。
玄関には姉妹二人が見送ってくれている。
そこで、祐理が深く頭を下げる。
「本当に、今日はありがとうございました」
「いや、構わないよ」
そして姉に続き、ひかりも礼を言う。
「蓮さん、あの時は本当に助かりました!」
「気をつけろよ。ああいった変態は一人ってわけじゃないんだからな」
Gと同じだ。一匹見たら三十匹、とまではいかないが、変態は一人ではない。
「じゃあな」
「はい、もし良かったらまた来てください」
「ああ、また明日」
そうして、彼は帰路につく。自宅まではだいたい二十分程度でだろう。彼女の家は案外近くにあったのだ。
その道中、何故か蓮は何度も訝しそうな表情を浮かべる。
「嫌な予感がするな………」
蓮が考えていたのは、先ほど感じたものにある。
先ほど感じた些細な違和感。それが拭いきれずに残っている。普通ならば気のせいだと切り捨てるのだが、その正体に目星がついているため、切り捨てられずにいた。
違和感の正体。それは微弱な呪力だった。
風に運ばれてきたのかは分からぬが、それはたしかに呪力であった。しかも、これはそこらの魔術士が発するものではなかった。
間違いなく、超常の存在が発するものだ。
「どっかで傍迷惑な神サマが降りたか、あるいはーーー」
ーーー新たな同胞が生まれたか。
「……まさかな」
それこそありえない。そうやすやすと、神殺しが生まれてたまるか。しかし、もしかしたら、というのもありえる。
「予感が外れてくれるとありがたいんだけど」
息を吐きながら言う。
この時、南イタリアのサルデーニャ島では、
活動報告にてアンケートがあります。