ハイスクールD×D 赤腕のイッセー 作:nasigorenn
使い魔の森でのキメラ捕獲の仕事を終えた一誠。
久遠の策によって報酬もかなり貰い、さらに捜索を手伝わなかった久遠から一割をがめたので一誠の懐は非常に温かいものとなっている……はずであった。
だが現実は………。
お昼休みのチャイムが鳴り響き、生徒達は待ちに待った昼食を取ろうと逸り教室内は騒がしくなっていく。
そんな中、アーシアは昼休みになり次第にとある席の生徒の所へと向かおう立ち上がった。その手には二つの包みが持たれており、その中身は可愛らしいお弁当が入っている。
勿論、彼女が二つ食べるのではない。
それは彼女の分ともう一つ、彼女が最も信頼している『家族』に食べて貰うために作ってきたものである。
だが、その家族……兵藤 一誠が座っていた席は既にもぬけのからであった。
「イッセーさん、またどこか行っちゃいました~」
アーシアは毎日昼食を渡そうとするも、渡す前に一誠が無理にでも断るため受け取って貰えずにいた。そのことで泣きそうになるアーシアだが、一誠はそれを気まずそうな顔で必死に謝罪しつつそれでも受け取れないと断るのである。
朝食は良いのに昼食は何故駄目なのか?
それは彼女にとって不思議でならないこと。朝に起こしに行った際、朝食と一緒に昼食の弁当も作るのだが、一誠は昼食だけは受け取らないのだ。
それを知っても尚、アーシアが一誠のお弁当を作るのは彼が押しに弱いことを知っているからである。
それは孤児院で彼女が新たに出来た弟妹達から学んだこと。
一誠は家族の強気なお願いには弱いということを彼女は孤児院の家族から聞いたのである。だからこそ、彼女なりに強気でこうしてお昼に誘おうとしているのだが、結果は見ての通り、空振り続きなのだが。
一誠の席の前で途方に暮れているアーシアに、同じクラスの桐生 藍華が励ますように話しかけられた。
「また兵藤に逃げられたの、アーシア。まったく、こんないい娘の好意を無下にするなんて、アイツったら何考えてるんやら」
「そ、そんな、好意だなんて………」
桐生 藍華にからかわれるようにそう言われ、アーシアは真っ赤になった顔を両手で隠しながら恥ずかしがる。
その様子を見た周りのクラスメイトからは微笑ましい視線を向けられていたが、アーシアは気付かない。また、男子からはアーシアを無下に扱かったとして一誠に怒りを抱く者も多く居たが、それをアーシアが知るよしはない。
結局この昼休みもアーシアは一誠と昼食を取れず、仲の良い桐生 藍華達と一緒に昼食を取った。
ぐぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~………。
「あぁ……腹減ったなぁ……」
一誠の腹からそんな悲哀染みた音が鳴り、青空へと吸い込まれて消えていく。
現在一誠が居るのは、彼以外誰も入ってれない屋上であった。
彼は昼になるとこうして毎日空を見上げながらここで昼寝をする。
その行為は一人になりたいという孤独を愛する青年的思考ならば、まだ恰好も付くというものだがそうではない。
単純に教室にいると美味そうな匂いがして彼の空腹をさらに刺激して、よりしんどくなるのが嫌という何とも貧乏臭い理由だったりするのである。
いつも一誠はこうして空腹を堪えているわけだが、何故ついこの間に収入があったはずなのに今もこうして依然と変わらずに貧苦に喘いでいるのか?
それは一誠の下らないプライドが原因だったりする。
アーシアが孤児院に住み始めてから間もなくして毎朝一誠に朝食を作りに来るようになったわけだが、その材料費は勿論アーシアが出している。
と、考えるのが普通。確かにアーシアは園長からお金を貰って一誠の朝食のために使っている。
だが、そのお金も元を正せば一誠が稼いできた金である。勿論、園長も頑張って稼いではいるが、事実として一誠の稼いでくる額の方が段違いに高い。
よって園の運営には殆どが一誠の収入で行われているといってよい。
つまりアーシアや弟妹達に渡されるお小遣いも元は一誠の金ということ。
そして一誠は寄付した金を受け取る気は無い。それは白夜園の子達が生活するためのものであるからだ。
これも彼が自分に決めた約束。
『テメェの金はテメェで何とかする。園に寄付した金はもうテメェのもんじゃない』
とのこと。
大人らしくプライドを持って格好いいことを言っているのだが、言い替えればただの無駄な意地だったりする。
そんな如何にも子供っぽい理由もあるが、それ以外にも彼なりに考えが合って屋上にいたりもするのだ。
前は空腹を誤魔化すためだった。だが、最近ではそれ以外にもある。
実はクラスで人気のアーシアに懐かれているということもあって、男子達……特に元浜と松田から睨まれ目立つのが面倒ということもあった。
裏の業界では有名な一誠だが、表では普段居眠りしている不真面目な生徒として認識されているので目立ちたくは無いのだ。
目立つということは、それだけ厄介事がやってくるということだから。
そんなわけで、現在も尚、一誠は空腹を誤魔化すためにこうして屋上で寝そべっているのだ。
『相棒、つくづく思うが、相棒は頑固すぎるんじゃないか。別にあのシスター娘に昼食を作って貰えば良いというのに。あの材料費自体は相棒が稼いだ金なのだから』
毎回の如く貧困に喘ぐ一誠にドライグは呆れ返った声で話しかける。
このやり取りも何度したか覚えていないくらいドライグも言い続けていただけに、その呆れっぷりは相当なものだ。
「そういうなよ、ドライグ。腹に響くだろうが……」
『頑固者もここまで行けば神滅具並みの凄さだな』
「うるせぇ…………」
いつもならもっと覇気の籠もった掛け合いも、空腹な一誠の声には何も感じられない。
いつもこんな会話をした後に午後の授業が始まるまで寝て過ごしていた一誠。
だが、うつらうつらと心地良い眠気に晒され始めた頃に頭上から声がかけられた。
「あら……あなた……兵藤くん?」
「あん?」
せっかく心地良い眠気に誘われていた所を邪魔され不機嫌になる一誠。
一体誰だと思いながら目だけを声のした方に向けると、そこには深紅の髪を持つ豊満なプロポーションの女性が立っていた。
その女性に一誠は見覚えがある。
「……何でグレモリーがここにいんだよ。ここ、立ち入り禁止だって知らねぇのか?」
「知ってるけど、だったらあなたも同じじゃない。言いっ子なしよ」
この寂れた屋上にやってきたのは、この学園で知らない者はいないとされる二大お姉様の片割れ、リアス・グレモリーだった。
リアスはまさか誰も居ないはずの屋上に人が居た事に少し驚いたようだが、気にせずにフェンスの外の風景を覗き込む。
尚、リアスが屋上に来れたのは普通に屋上の扉の鍵を開けたからである。
悪魔にとって、人間の鍵を解錠することなど魔力を使えば造作も無いことだ。
前回、堕天使レイナーレの件で少しいざこざがあった両者だが、仕掛けなければ何もしないことは一誠本人の口から聞かされたことなので、学園内で出くわそうとそこまで問題では無い。
何故リアスが屋上に来たのか? それが気になって聞くのが普通なのだが、空腹と眠気が勝っている一誠はそのまま気にせずにそのまま二度寝をしようと目を瞑る。
だが、それに対しリアスは少し戸惑いながらも一誠に話しかけてきた。
「あの……兵藤君。ちょっと聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「あぁ?」
再び邪魔されて更に不機嫌になる一誠。
その声に少し身をビクッと震わせたリアスだったが、それでも気を取り直して懐から何かを取り出し一誠の前に出した。
「なんだよ、これ?」
「私なりに話を聞いて貰う報酬よ」
リアスが一誠に差しだしたのはメロンパンだ。
それも普通の購買で売っているような代物。
勿論このような安い報酬に釣られるような『赤腕』ではないのだが……。
ぐるるるる~~~~~~~~!
プライドで腹は膨れない。
それに考えようによっては、話を聞くだけで貰えるのだからお得と言えばお得だ。何も返事は返すとは言っていないのだから。
一誠は無言でメロンパンをむしり取るようにリアスから受け取ると、不機嫌な顔のまま身体を起き上がらせた。
「それで、テメェみてぇなお嬢様が俺に何の用だよ。しかも明らかに知ってて屋上に来ただろ」
「あら、ばれちゃったわね。まぁ、確かにあなたを探していたのは事実だけどね」
するとリアスは少し悲しげな笑みを浮かべた。
いつもならクラスメイトなり腹心である朱乃と一緒に昼食を取っているリアスだが、何故今日に限って別行動なのか?
それは現在彼女の『家』にまつわる騒動で彼女の精神が疲弊し参ってきているからである。
たまには一人になりたい時もある。それは悪魔だろうが人間だろうが変わらない。
何より、彼女は今の自分の状況をどうすればよいのか手に余らせている。その解決に糸口を掴むためにも、この尋常ならざる力と精神の持ち主である一誠と話をしてみようと思ったのだ。
「あなたは……今まで理不尽に思った事ってあったかしら」
「はぁ? そんなもん、常にあるに決まってるだろ」
リアスの問いに一誠は呆れ返りながら答えた。
いくら一誠が強かろうと、世の中理不尽な事など多くある。
特にこの間行われたスーパーのウィンナー1袋詰め放題セールの袋が破けた時ほど一誠はこの世の理不尽を嘆いたことは無い。
そんなしょうもないことに絶望し嘆いていることも知らずにリアスは少し笑いながら言う。
「あんなに強いあなたでもそうなのね」
「そういうもんだろ、世の中ってもんはよ」
「そうよね……」
するとリアスは少し諦めが入ったような笑みを一誠に向けた。
「ねぇ……もし、もしあなたでも勝てない敵が現れたとしたら、あなたはどうする? 勝てないのなら、戦わない方がいいかしら。その方が誰も傷付かないわ」
一誠にとっては良く分からない質問。
だが、リアスの現状からすれば切実な問題。その質問に対し、一誠は心底呆れ返った顔でリアスの目を見て、そして言った。
「馬鹿なこと言うなよ。勝てる勝てないじゃねぇ……ヤるんだよ。それで正面から打ち砕いてやんのさ。どんな奴が相手だろうと関係ねぇ。邪魔するんだったら容赦せずにぶん殴る! 勝てる勝てないってのは後から付いてくるもんだ。ヤル前から気にしてたんじゃ意味ねぇんだよ」
その答えを聞いたリアスは何故かキョトンとし、そして何が可笑しかったのか急に笑い始めた。
その反応に一誠は馬鹿にされた様な気がして更に不機嫌になるが、リアスは笑いながらも謝って一誠の怒りを静める。
そして一頻り笑った後、妙にすっきりした顔で一誠に話しかけた。
「話を聞いてくれて助かったわ。何だかすっきりしたもの。ありがとう」
「別に礼を言われるようなことはしてねぇよ。報酬は受け取ったしな」
ぶっきらぼうにそう答えながら一誠は再び眠ろうと横になり始めた。
その様子を見てリアスは一誠から踵を返す。
そのまま二人はもう話すことは無いと、一誠は寝そべりながらメロンパンの袋を開け、リアスは出口へと歩いて行く。
そして扉を開けた所で、再び一誠の方を向いた。
「パンだけじゃ身体に悪いから、コレもあげるわ!」
そう言って一誠に向かって何かを投げつけ、そしてリアスは校舎へと入っていった。
飛んで来た何かを一誠は左手で掴み、それが何なのかを目で見た。
「野菜ジュースかよ」
リアスが投げ込んだ野菜ジュースを見て、一誠はそう洩らしながらメロンパンに囓りついた。
「あめぇ………」
そんな一誠の呟きが澄んだ青空へと消えていった。