ハイスクールD×D 赤腕のイッセー 作:nasigorenn
ライザーを打ち負かした一誠はその空間から転送され、元いた会場へと戻ってきた。
人間が悪魔に勝利したという快挙。
だが、それを褒め称えるという者は殆どいなかった。
「この勝負、『赤腕』の勝利だ。よって新郎、ライザー・フェニックスとグレモリーの結婚は破棄される。皆、異存はないかね」
サーゼクスが大きな声で皆に聞こえるようにそう言い放つが、周りからは返事が返ってこない。
皆不服があるから答えないのではない。
目の前で起こったことが信じられず、呆然としてしてしまっていたのだ
周りの悪魔達にあるのは戸惑い、そして猜疑心。
あの上級悪魔『フェニックス』が人間に敗れたというのは、彼等にとってあまりにも信じられないことだった。
彼等にとって、悪魔と人間では天と地の差ほど力の差がある。例え異能の力を持とうと、生物としての性能が違うのだから負ける道理はないと。
だが、結果は見ての通り。
ライザーはただの『人間』に破れた。
勿論、彼等の目から見てもライザーが本気を出していたことは分かっている。あの轟炎は並大抵の悪魔では消し炭になってしまうのだから。
それを受けて平然としている一誠を見て、皆彼の存在を異質な物として捕らえていた。
彼等の目の前にいるのは本当に『人間』なのか……と。
人間如きが、と見下していた悪魔達も今では一誠に畏れを抱く。
そんな恐怖を含んだ視線に晒される中、一誠は満足そうにサーゼクスの方へと歩いて行く。
イッセーの姿を見て、サーゼクスも微笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「噂以上の力で驚いたよ。まさかフェニックスをああも一方的に倒してしまうとはね」
「まぁまぁだったよ。ここ最近じゃ一等マシなケンカだった」
一誠の言葉を聞いてサーゼクスは少しキョトンとし、そして更に笑い出した。
彼の言葉があまりにも予想外だったために、サーゼクスのツボにはまったらしい。
「まさかあれ程の激戦を『ケンカ』と評するとは……君がどれだけ凄いのか気になってくるね」
「別に激戦もクソもねぇだろ。ふっかけたりふっかけられたりしてヤり合えば、そいつはケンカになるんだよ。程度の差なんてもんはねぇ」
一誠の言い分を聞いてサーゼクスは尚も愉快そうに笑う。
彼のこれまでの半生において、ここまで大雑把な者は初めてだった。魔王という肩書きに悪魔からは敬意を、他の存在からは恐怖と敵意を向けられている彼にとって、こうもズケズケと物怖じせずに言ってくる者はそうはいない。
魔王だとわかっていながら気にしない。
それが彼にとって心地良かった。
「これで父上達も文句が言えないだろう。何せ悪魔は契約を遵守する生き物だからね。この公の場で交わした契約、反故には出来ないよ」
「そうかい、そいつは何よりだ。このまま他の奴等に後ろから撃たれたんじゃ洒落にならねぇんでな。そん時は容赦無くぶん殴らせてもらうけどよ」
先程まで空間を崩壊させるような攻撃を繰り出したとは思えない程に軽い口調で一誠はそう言うと、サーゼクスに向かって背を向ける。
「まぁ、今回みたいな仕事があったらまた久遠に連絡してくれよ。アンタからの依頼は結構面白そうだからなぁ。大公のケチな仕事よりもイイ感じだ。ってわけで俺は終わったから帰る。報酬はちゃんと振り込んでおいてくれよ」
背を向け歩き始める一誠にサーゼクスは愉快そうに笑いながら返事をその背に返す。
「あぁ、わかったよ。今後の君好みの案件が来たら、その時は君達に依頼することにしよう。それに約束通り、報酬もちゃんと振り込んでおく。さっきも言ったが、悪魔は契約を遵守する生き物だ。当然、私もね。だからこの試合の報酬は絶対に払わせてもらうよ」
サーゼクスは一誠に快くそう言う。
その答えを聞いて一誠は笑みを深めた。
そして少し歩き、今度はリアスの方に歩き始めた。
未だに一誠が勝ったことに驚きを隠せずにいるリアスは、目の前に来た一誠を見て更に驚いてしまう。
「な、何よ……」
戸惑う彼女に一誠は特に気にした様子もなく、いつもと変わらないふてぶてしい態度で話しかける。
「別に何もねぇよ。ただ……これで野菜ジュースの分の借りは返したからな」
一誠が言っていることを理解するのに少しだけ時間を要し、そして理解した瞬間に彼女は叫んでいた。
「ねぇ、どうしてそんなことでこんな危ない事をしたの! たかが野菜ジュースなんかに、どうして命を賭けて戦えるの! あなた、絶対におかしいわよ!」
助かられたというのに、一誠を批難するかのように叫ぶリアス。
その叫びには理解出来ないという恐怖と、少しでもその真意を知りたいという気持ちが溢れていた。
その問いに対し、一誠は面倒臭さそうな顔をしながら答える。
「別に危ないもクソもねぇだろ。ただ、アンタには以前助けて貰ったからな。その借りを返しただけだっての」
「そんなわけないでしょ! だって、たかが安い野菜ジュースよ! そんなものに命をかけるなんて馬鹿げてるわ!」
信じられないと叫ぶリアスに、一誠は溜息を軽く吐く。その様子を見ていた久遠はニシシっと笑っていた。
一誠は呆れ返った表情をリアスに向ける。顔こそ呆れているが、その瞳には確かな決意が込められていた。
「いいか、良く聞けよ。値段がどうのじゃねぇんだよ。俺がアンタを助けたのは、アンタに助けられた借りがあったからだ。受けた借りは返す……絶対にだ! そいつがいらねぇって言ったとしても、絶対に返す。それがテメェに課せたテメェの決まりだよ」
自信を持って答えた一誠を見て、リアスはどこか納得してしまった。
他の誰でもない、自分が決めた自分のルール。
人はそれを偏に『信念』と言う。
一誠にそれは信念なのかと問えば、絶対に違うと答えるだろう。彼はそんな大したものではないと言うに違いない。
しかし、それでも……一誠の瞳はリアスの目から見て、確かに信念の火を灯していた。
彼女が初めて見る瞳だった。
周りの同世代にはまずない瞳。ライザーのような野心に満ちたようなものでもなく、サーゼクスのような暖かなものでもない。
その瞳を見て、彼女は理解した。
あぁ、これが彼なのかと。
『赤腕』とは、このような人物なのだと。
だからこそ、彼女の口からもう言葉が出ることはなかった。
ただ納得し、理解し、そして……憧れた。
彼のような確固たる自分を持てるような人に、自分もなりたいと。
リアスは一誠を見つける。まるで言葉を忘れてしまったかのように一言も発することなく、ただ見入っていた。
その様子を見てリアスが納得したと判断した一誠はリアスから離れていく。
「取りあえず、これでアンタから受けた借りは返したからな」
そう彼女に言いながら背を向けると、今度こそ一誠は城の出入り口へと向かって歩き始めた。
その背中にリアスの眷属達は皆感謝の視線を送る。
自分達では出来なかったことを、叶えられなかった願いを彼が叶えてくれたから。
ただ、視線を送るだけに留めて。
本当なら感謝の言葉を贈りたい。だが、それをすればきっと彼は怒るから。
それはそれまでの彼の気性を目の当たりにしていた彼等には分かる。
もし、仮に言った場合、彼は怒りながらこう答えるだろう。
『別にテメェらに感謝されるような謂われはねぇよ! 俺はただ、仕事を受けてボコっただけだからなぁ。勝手に感謝なんかするな、胸くそ悪ぃ!』
それは拒絶の言葉。でも、それでも彼等は感謝を伝えたい。
だからこそ、その念を込めて見つめるのだ……その背中を。
そんな視線を向けられていることも気付かずに、一誠は振り返るとこの室内に響くくらいの大きな声を上げた。
「おい、久遠! 仕事も終わったし、もう帰るぞ! お前がいねぇんじゃ帰れねぇんだしなぁ!」
その叫びに周りの悪魔達は身を震わせ、呼ばれた張本人である久遠は面倒臭そうにその呼びかけに応じる。
「分かってるんだから一々でけぇ声で呼ぶんじゃねぇよ、このアホ! こっちはこっちで色々と営業してるんだからよ!」
久遠は一誠に怒鳴りつつもそう答えると、少し早歩きで一誠に追いつくように歩き始めた。
そして二人で揃うと共に普通に、自分達が侵入者であることなど気にせずに堂々と部屋の出入り口の扉を開けて出て行った。
侵入者二人の背を見送り、扉が閉まると共にそれまで緊張していた悪魔達は深い息を吐いた。
皆、一誠を前にして誰も動くことが出来なかった。彼等の中ではもう一誠は人間ではない。人外の化け物として認識されてしまっていた。
故に、その化け物の逆鱗に触れぬよう、皆息を殺して去るのを待っていたのだ。
そんな中、ある二人の人物は一誠の存在よりも先のゲームと今回の結婚について話し合いを始めていた。
「フェニックス卿。今回の結婚、このような形になってしまい大変申し訳無い。無礼承知で悪いのだが、この件は……」
そう口にしたのは、赤い長髪をした男性である。見た目は四十代くらいに見えるが、その口調と声の重みからそれ以上の歳の重みを感じさせる。
彼はリアスの父親にして、サーゼクスの父でもある。今回の結婚騒動の根本とも言える人物であった。
彼は息子がいきなり言い出した事とは言え、魔王の名の下にされた約束に今回の結婚を断念せざるえなかった。その事について、相手側であるフェニックス家の当主に謝罪をする。
それに対し、邪魔されたというのにフェニックス卿は怒らずに首を横に振る。
「皆まで言わないでください、グレモリー卿。純血の悪魔同士、良い縁談だったが……どうやらお互い欲が強すぎたようだ。私の所も貴方の所も純血種の孫がいるというのにだ。それでも尚欲したのは悪魔故の強欲か。それとも先の戦争で地獄を見たからか」
「……いえ、私もあの子に自分の欲を重ね過ぎたのです。それがあの子ためになると思って進めた事でしたが………」
親が子の事を想って行う事に悪意はない。
だが、それが必ず子供のためになるとは限らないのだ。エゴと言われて仕方ないかも知れない。だが、それも我が子を愛するが故だ。
お互いに子供のためと思っての結婚だったが、子はそうではないということに二人は改めて自分達の愚かさを感じていた。
「いえ、寧ろこれで良かったのかも知れません。息子に足りなかったのは敗北だ。アレは一族の才能を余りにも過信し過ぎた。これは息子にとって良い勉強になったでしょう。フェニックスは絶対ではない。これを学べただけでも今回の結婚破棄は十分でしたよ、グレモリー卿」
それがグレモリー卿への今回の結婚破棄の答え。
両者とも、お互いに許すことにしたのだった。
そして軽く笑い合うと、改めてゲームの時のことを思い出していた。
「それにしても凄い人間でしたな、あの少年は」
「えぇ、まさかフェニックスがああも一方的にやられるとは思いませんでした。アレが今世の赤龍帝とは………末恐ろしいものですな」
二人とも一誠が赤龍帝であることは見抜いていた。
神器の形を見れば分かる物だが、実際に戦争を体験したことがある二人には嫌と言うほどに覚えがあった………あの『赤き龍』のオーラを。
そして、フェニックスを圧倒する強さを誇る神器など、彼の物しか有り得ない。
ここで他の悪魔達なら眷属にしようと躍起になるかも知れないが、その考えを断ち斬るかのように二人の会話にサーゼクスが混ざる。
「あの少年は眷属には出来ませんよ」
そう言うと、サーゼクスは右手を二人の前に差し出した。
その手からは真っ赤な血が滴り流れ、床に血の雫を落としていた。
それを見て、二人は驚愕を顕わにする。
「これはあの少年が放った攻撃が結界を破りそうだったので、急遽私が張った結界で防いだ時に出来た傷です。魔王である私が、その余波を咄嗟とは言え防ぎ切れなかった。そんな凄い少年が駒に収まるとは思えない。きっと彼は『悪魔の駒』をどんなに使っても転生できないだろう……しなくても強すぎるのだから。あれでまだ半分以下の力しか使っていないというのだから、どれほどの力を秘めているのか……想像も付きませんよ」
愉快そうに笑うサーゼクス。
二人の顔が面白かったというのもあるが、何よりも彼が今回の一番の勝者だからである。妹の望まない結婚を阻止できた事に喜び、そして何より、新たなる友を得たことが嬉しかったのだ。
だからこそ、彼は心の底で一誠に思う。
〈君は今度、どのような凄いことを見せてくれるのか……とても楽しみだよ)
こうして、グレモリー家とフェニックス家の結婚騒動は収束を迎えた。
尚、報酬とは別に後日、一誠達にサーゼクスは礼を何か欲しい物はないかと聞いたが、それを一誠は断った。
その代わりに鳴った一誠の腹の音により、そのお礼はサーゼクスの奢りでラーメンを食べに行くという、あまりにも庶民染みたお礼をすることになったサーゼクス。だが、それでも彼は面白かったのか快く受け入れたのだった。