ハイスクールD×D 赤腕のイッセー 作:nasigorenn
時間は進み、駒王学園は全校生徒の公開授業が行われることになった。
簡単に言えば保護者を呼んでの授業参観である。
それが全校生徒規模で行われるため、学園にやってくる保護者の数もかなり多くなり学園内は一種のお祭り騒ぎへと発展していた。
そのため生徒達は嬉し恥ずかしい思いをすることになるわけだが、それにまったく無関係な者達もいる。
それは親がいない者。つまり、一誠やアーシア、それに久遠といった者達である。
勿論一誠は保護者がいないわけではない。
この学園に入るときは勿論、ボロいとはいえアパートの一室を借りるのには当然保護者が必要不可欠。その手続きをしてくれたのは、彼が幼少の時から世話になっている孤児院『白夜園』の園長である。
一誠は口には出さないが園長に感謝しているし、園長もそんな一誠のことを理解してくれている。一誠は本当の親と同様に園長のことを思っているのだ。
だが、そうだからといって一誠は園長にこの公開授業の事を伝えてはいない。
別に自分が伝えなくてもアーシアから伝わるかもしれない。そうでなくても、園長は常に忙しい身だ。手間をかけさせたくないという気持ちもある。それ以外にも、ほぼ授業をサボっていることがバレるのが面倒だということもあった。
様々な思いがあるが、何よりも珍しく思春期らしい『保護者に見られたくない』というのがあった。
きっと園長もそのことは察してくれているだろう。
だからこそ、一誠は此度の公開授業を気にすることはなかった。
そんな事よりも、一誠は気になって仕方ないことがある。
それは……この行事が終わった後あるであろう、三大勢力の会談。
正確に言えば、その会談で行われるであろう宿敵との喧嘩の日程決めである。
待ちに待ったこの時がやっと目の前まで来ているのだ。
そのことが喜悦を呼び、より一誠を昂ぶらせる。
場所はこの学園で行われると言うことは伝えられているので、特に遠出をするというわけでは無い。
だが、それでも彼は待ち遠しさに心を焦がす。
それは遠足を待ち望む子供の様に無邪気な感情であり、同時に闘争心を丸出しにした殺し合いという喧嘩が出来るという黒い喜びでもあった。
その感情に暗い笑みを浮かべながら一誠は待ち続ける……その時が来るのを。
そのように意識が他に向いていたため、一誠は英語の授業だというのに渡された紙粘土で何かを作れと言われたのに何も作ることが出来なかった。
アーシアがアニメで有名な電気ネズミを一生懸命作っている中、教師に聞かれた一誠は気まずそうに何も手を加えていない紙粘土を指してこう言った。
「こいつは……豆腐だよ」
そういう以外、彼は答えられる答えが無かった。
仕方ないだろう。今の一誠は………。
ただ目の前にある戦いに夢中なのだから。
公開授業も特に問題無く終わりを迎える。
何やら体育館で騒ぎがあったようだが、それを一誠が気にすることは無い。
アーシアや久遠と一緒に廊下を歩いていた所、向かいから歩いて来る紅い髪の男がにこやかな笑みを浮かべて話しかけてた。
「やぁ、赤腕。直接こうして顔を合わせるのはリアスの結婚騒動の時以来かな」
落ち着いたしっかりとした雰囲気と渋い声、そして誰もが注目する眉目秀麗な姿はその場にいる全ての人達の注目が集まる。
その男に話しかけられた三人はそれぞれ反応を見せた。
「どうも、毎度お世話になっています」
久遠は営業スマイルを浮かべて男に挨拶し、アーシアは見知らない男に話しかけられて慌てる。
そして一誠は普段の生活では浮かべない、闘気の籠もった笑みを返した。
「よぉ、元気そうだな。相変わらずで何よりだよ……サーゼクス・ルシファー」
その名を聞いてアーシアに驚きが走る。
「え、そんなっ、え、えぇっ!?」
驚くのも無理は無いだろう。まさか以前楽しく会話までした魔王が、このような人物だとは思わなかったのだから。
もう以前ほどの恐怖や畏れは抱いていないが、それでも驚く。
魔王と言えば魔の者達を総べる王。それは絶大な力を持ち、王としての威厳に満ちあふれた姿を想像するものだ。
だが、実際に見た魔王はそうではなかった。
王と呼ぶには若く、威厳はあるが厳しそうな感じは受けず、寧ろ優しそうであった。
魔王と言うよりも好青年といった印象……それがアーシアがサーゼクスを見た印象であった。正直、魔王とはとても見えない。王子様の方が似合いそうな気もするくらいである。
そんな驚くアーシアを見て、サーゼクスは優しい笑みしながらアーシアに話しかけた。
「直接こうして会うのは初めてだね。初めまして、アーシア・アルジェント。私はサーゼクス・ルシファーと言う」
「ひゃ、ひゃいッ!?」
話しかけられた尚驚くアーシア。
その頭の中は何故自分の名前を知っているのかなど、色々な疑問が過ぎるが混乱していてそれどころではない。
そんな様子は傍から見れば微笑ましいものに見えるのかも知れない。
だからなのか、サーゼクスはまるで幼い子供を見るような目でアーシアを見ていた。
まぁ、永遠に近い時を生きる悪魔にとってみれば、人間など誰しも子供にしか見えないのだが。
「君のことは此方の業界では有名だからね。その名は皆に知れ渡っているよ」
「そ、そうなんですか……そ、そう言われると恥ずかしいです……」
皆に知られていると聞いて恥ずかしくなり顔を真っ赤にするアーシア。そんな様子に笑うサーゼクス。とても魔王の会話とは思えない程に穏やかな空気が流れる。
そのまま穏やかな時間を過ごすというのも悪くは無いだろう。
だが、それで満足するほど一誠は緩くはない。
「挨拶は済んだか? だったらそろそろ本題にいこうぜ」
燻っていることもあってか、多少口調が荒い一誠。
そんな一誠に久遠は釘を刺す。
「お前は少し急ぎすぎだっての。こういうときは世間話で互いの緊張を解してから入るもんだよ。お前さんみたいな脳筋じゃぁそんなことも考えられねぇんだろうけどよ」
「うるせぇっ」
大人らしい対応を取る久遠に言われ文句を言いつつも一誠は退く。
その様子が子供らしく感じたのか、それまで混乱していたアーシアはへそを曲げる一誠を見て少し落ち着きを取り戻した。
そして改めてサーゼクスに名乗り丁寧にお辞儀をする。
両者とも決して悪く無い接触と言えるだろう。魔王と元聖女のやり取りとしては如何な物だと思われるだろうが。
そしてその輪に久遠も加わり、世間話に興じる。
「魔王様はどうしてここに? まだ会談の日ではないはずだと思いますが?」
そう問いかける久遠だが、その笑みは既にその理由を知っている。それは久遠にかかわらず、一誠であっても察せられることであった。
確かに目の前にいるのは今の冥界を収める四大魔王の一角、悪魔達のトップ。
だが、そうであると同時に妹が大好きという困ったシスコンでもあるのだ。
そんなシスコンが妹が通う学園で公開授業が行われるというのだから、黙っているわけが無い。つまり妹のリアス・グレモリーの保護者として公開授業に参加してきたわけだ。
そして予想通り、サーゼクスは実に良い笑顔で答えた。
「今日は公開授業だろう。常日頃、リアスがどのように学園生活を送っているのかを見れるチャンスだからね。保護者として見に来たんだよ。後は会談の下見も兼ねてね」
「やはりそうでしたか。魔王様ならこの機会、逃すはずが無いと思っていましたよ」
「勿論だ。私が大切なリーアたんの活躍を見逃す訳が無い」
言葉を崩し、平然とシスコンだと言って憚らないサーゼクス。
そんなサーゼクスに久遠は苦笑を浮かべ、一誠は呆れ返る。
誰だってそんな話を聞かせればそうなるだろう。これで結婚出来たというのだから驚きものだ。
だが、同時にちゃんとやるべき事もやっているので、多少は目を瞑っても良いのかも知れない。
サーゼクスは楽しそうにリアスの様子を語り、それを聞いたアーシアは家族思いだとサーゼクスを素直に尊敬していた。どうやら妹のことを熱く語る魔王をより親密に感じたようだ。
まだまだ世間知らずな少女には、シスコンという行きすぎた愛情を理解することは出来ないらしい。
アーシアや久遠との会話でより朗らかになったサーゼクスは一誠の方を向くと、表情を改める。
それはこれから話す内容が真面目な事であることが窺える顔であり、一誠の表情もまた呆れ顔から変わる。
「ふむ。そろそろ本題と行こうか。勿論、リーアたんのことも本題だが。赤腕、君には依頼した通り明後日の16時頃、場所はこの学園の理事長室に来てもらいたい。そこで会談を行うから、君はコカビエルと戦った時の事を話してくれるだけでいい。悪魔側からは私とセラフォルー・レヴィアタンの二人が。堕天使はアザゼルとその付き人が来るそうだよ。そして天界はミカエル殿が来ると言ってきている」
「へぇ~、改めて聞くと随分とした盛大なメンバーですね」
「ミカエル様が……」
参加するメンバーを聞いて久遠は感心する。
間違いなくトップ会談と言う名の通りであろう。現代の世界を回すトップの者達が参加してくるのだから。
アーシアは大天使の名を聞いて驚いているようだ。
「まぁ、だからといって緊張する必要は無い。とくに赤腕はそのようなことはしないだろう。君はそういうのにへりくだったりするような者ではないからね」
「まぁな」
苦笑しつつそう言うサーゼクスに一誠は当たり前だと答える。
いくら世界を回す異形のトップ達が居ようとも、この男がそれに敬意を払うことは無い。一誠にとって、邪魔しなければ相手にしない。そんな風にしか思っていないものだから。
そして更にサーゼクスは会談について話そうとするも、その後から大きな声がかけられ振り返った。
「あぁ、ここにいたわ、お兄様! あまり出歩かないで下さい! いくら領地とはいえ魔王がそうそう手軽く出歩かないでいただきたいわ! もし何かあってからでは遅いんですから」
「おや、どうやらリーアたんに見つかってしまったようだ」
若干怒り気味に歩いて来たリアス・グレモリーを見てサーゼクスは嬉しそうに笑う。
そしてリアスは愛称をたん付けで呼ばれたこと恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしてサーゼクスを引っ張り始めた。
「こんなところで油を売っていないでもう行きますよ。グレイフィアを待たせてしまっているのだから」
一誠達に聞かれたこともあって恥ずかしさから逃げるようにサーゼクスを引っ張るリアス。
サーゼクスはそんなリアスもまた可愛いと喜びながら一誠に声をかけた。
「すまないがここまでだ。当日はよろしく頼むよ、イッセーくん」
そう言い残してサーゼクスはリアスに連れ去れた。
その姿を見て呆れ返る一誠と久遠。アーシアは兄妹の良さに微笑ましい笑顔を向けていた。
馬鹿らしい一面。
だが、それでも……。
一誠の待ち望む時は確実に近づいて行く。