ハイスクールD×D 赤腕のイッセー 作:nasigorenn
リアスは目の前で起こっている事態が理解出来なかった。
つい先程まで、共に戦っていた愛しい僕である『イッセー』が後一歩でロキを倒せるはずだったのに、最悪のタイミングでフェンリルの凶牙に掛かり死んだ。
別に死んだのを看取ったわけではないが、あの負傷では長くは持たない。そして此方にあるフェニックスの涙がもうない以上、イッセーを回復させる手段はない。彼女の眷属であるアーシアを連れてこれなかったことに、ここまで悔やんだことはないだろう。
故にそれを行ったフェンリル、そしてその主であるロキにリアスは激怒しイッセーの敵討ちを自暴自棄になりつつも行おうとしたのだが、そこから彼女にとって思いがけないことが起きた。
何とイッセーが生きていたのだ。
何故かは分からない。だが、まるで『ダメージ』などないのかの如く普通に砂煙の中から出てきた。
そのことで泣きそうになってしまうリアスや他の眷属達。
だが、普通なら可笑しいと思うはずだろう。何故、あそこまでの重傷を受けてそんな平然としていられるのか。何故、死んでいないのかを。服装にしたってそうだ。砂煙から出てきた『イッセー』は血の一つも流していないのだから。
そんな小学生でも気付くことに、この戦場であまりにも衝撃が大きいことを見せられた皆は気付けなかったのだ。
ただ、イッセーが無事である。その事実だけが彼女達の心を占めた。
そんな如何にも『幸せ』なリアス達だったが、この後はそうはいかない。主人公復活を成した後は、怒濤の逆転劇の始まり。
だが、彼女達がこの後見たのは、逆転というにはあまりにも暴虐過ぎた。
それまで幾度となく仲間達が戦い押さえつけるのが精一杯だったフェンリルを一撃で戦闘不能に追い込み、その子供をドラゴンのオーラによる砲撃で射線上にある全ての物と共に消滅させ、五大竜王のミドガルズオルムの頭部を一撃で粉砕し絶命させた。
それは今までのイッセーではまず出来ないような事であり、それを目にしたリアス達は驚愕のあまり目を見開く。
一体彼に何があったのだろうか? 一体彼はどこでこのような強さを身に付けたのか? その力は主であるリアスですら知らない。
そして極めつけはロキが驚きと憤怒を込めてイッセーに叫んだことだ。
ロキは言った……何故人間の気配がするのだと。
その言葉にやっとリアスはその『イッセー』が可笑しいことに気付いた。
悪魔であるはずのイッセーからは、人間の気配しかしないと言うことに。
そのことについてイッセーに聞きたいが、こんな事態で聞けるわけもない。
そして彼女がその言葉の真意を確認する間もなく、そのイッセーは更に動いた。
それは彼女達の知っているイッセーとはまったく違う。
圧倒的なまでの獣染みた殺気。まるで闘争を心から楽しむような声でロキに叫ぶと、その身から今までからは信じられないような力を出し始めた。
その力は軽く感じ取っただけでも魔王級以上。
それでもまだ全開ではない、出し始めたばかりである。
その先に何があるのか、それはこの場にいる誰も分からない。ただ、一人を除いては。
その一人である人物は当然彼女達は見知らないわけで、突然目の前に現れた彼にリアスは警戒と驚きを顕わにした。
だが、その人物はリアスの言葉を取り合わず、少し焦った様子でリアスに指示を出すと、今まで彼女が見た事のない術式の結界を張った。
そしてその結界越しに彼女は聞いた。
その禁断の力を発言させるための言葉を。そして、その先に至る言葉を。
そして見た……それまで纏っていた赤龍帝の鎧ではない、まったく異質な姿を。
そして感じた……世界が啼き悲鳴を上げるのを。
『それ』は今まで彼女達が見た事のない存在。絶対の力にして暴力の化身。
「っ………かはっ!?」
その身から発せられるのは、当たるだけでも死にかける程の殺気。それに結界越しだというのにリアス達は当てられ、小猫が呼吸が出来なくなり顔を真っ青にしながら喘ぐ。
その身が出す圧倒的にして重圧過ぎる存在感は、彼女達の眷属をその場に釘刺し本能からの恐怖により震え上がらせる。それはリアスやソーナ達も同じであり、上級悪魔でも身体の震えが収まらない。
「な、何でっ!?」
「か、身体がっ!?」
その事に困惑する二人。特にリアスは好いている男に自分が恐怖していることが信じられなかった。
そんな彼女達と違い、結界でその衝撃を防いでいる男は如何にもな文句を洩らしながらも呟く。
「頼むから、あまり派手にやり過ぎるなよ。後始末は御免だからよ」
その言葉を言いながらも、その男は無駄だと分かっていて呆れた溜息を吐いた。
世界が悲鳴を上げる。
それはまるで世界という肉体に刻まれた傷の痛みから叫ぶかのように、その存在そのものを畏れ否定したいと震え上がるかのように。
その原因たる一誠は、約二週間振りに出した力の調子を見るかのように身体をコキコキと動かす。
「あぁ~~~、やっぱり思いっきり出すと気分が良いもんだ。テメェで自制してるから仕方ねぇとは言え、やっぱりこういう開放感ってのは良いモンだぜ」
上機嫌にそう口にする一誠だが、その身から発せられる殺気は気楽な口調に反して重厚で重々しい。
その圧倒的な力の波動を受けて、ロキは顔が固まるのを感じた。
「なっ!? 貴様は一体何なんだ! その姿は、その力は一体!」
赤龍帝の鎧は知っていたが、彼の姿はそうではない。
より巨大化した腕と拳、身体は猫背気味になりより獣らしさを感じさせ、その尾は強靱さを感じさせる。
龍というよりも恐竜に近く、その力からは『凶龍』と言うべきだろう。
まさにこれまでにない、凶悪なまでの暴力の塊。
それはその場にいるだけで全身に叩き着けられる殺気から感じられるだろう。
それに当てられ、神であるロキでさえも恐怖を感じる。
神である自分がたかが人間か悪魔かわからない存在に恐怖するなど、と理性では思うが本能は真逆に危険信号を常に発していた。
逃げなくては死ぬと。それ以前に逃げられないと。
それを認めたくないが故に、ロキは否定の意を込めて叫び超えを上げると共に一誠に向かって魔法を放った。
「認めん、認めんぞぉおおぉおぉおおお!! 貴様如きに、この北欧の悪神たる私が恐怖するなど!」
その砲撃は今までの比ではない。それまで時空を破断しようとしていた魔力も込めて、完全に一誠を消し飛ばすべく放った。
それをは避ける間もなく一誠に直撃する。
途端に力が膨れあがり、一気に大爆発を引き起こした。
それは全てを飲み込み、文字通り辺りを灰燼に帰す。本来ならばリアス達も飲み込まれて全員死んでいただろう。それ程の大爆発がリアス達に襲い掛かるも、それはその男……久遠の張った結界によって止められていた。
結界の強度はそれこそ彼女達が張る結界の何倍も硬い。リアス達なら張っていたところで飲み込まれていただろうに、その結界は物の見事に一切の漏れなく防いでいた。
そんな大爆発の中を見て、リアス達は絶句する。
こんな超破壊の前に無事な者などいるのかと。そんな絶望に染まりつつある顔を見て、久遠が実に面白そうに笑っていることに気付かずに。
そして彼女達は更に信じられない物を目撃する。
爆炎が晴れ、全てが吹き飛んだ爆心地にそれはいた。
その赤き重厚な鎧は一切の損傷なく、二つの眼からは闘志の燃えたぎる色が見て取れる。
直撃を受けた一誠は一切の損傷なく平然とその場に立っていた。
それを見てロキは今度こそ言葉を失う。
自身の全力を受けて、それこそ時空を破壊するほどの力を受けて、まったくダメージを負っていない。それが如何に異常なことなのか? 彼の主神、オーディンでさえ無事では済まないはずの大火力をその身に受けて無事。
それがロキの常識を越えていた。
そんな驚愕している中、一誠は始める。
「いやぁ~、悪くねぇ攻撃だったぜ。リハビリにゃぁ最適だった。他の奴だと殺す気でやってこねぇか、怖がってるモンばかりだから、こうして良い具合の奴は受けるのが丁度良い。だからそろそろ……こっちから行くぜ!」
ロキに向かってそう言うと、一誠は強靱な尾を地面に向けて叩き着け、一気にロキに向かって弾け飛ぶ。
叩き着けられた大地は巨大なクレーターを刻み込んで陥没し、その衝撃だけで大地が揺れる。
そしてロキに向かって突っ込んだ一誠は獣のような獰猛な笑みを浮かべながら拳を繰り出した。
「ラァアァアァァアァアアァアアァアアッァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「クッ!?」
その拳を防ごうとロキは腕を突き出して結界を張るが、拳が激突した途端に結界は薄いガラスのように砕け散っていく。
そしてロキの手に到達し、その手を肘まで一気に持って行った。
「っっっっっ!? ガァアアァアアァアッァアアアアア!! う、腕がぁっああぁあぁああっぁぁああぁああああああああ!!」
あまりの威力に腕が千切れ飛び、その激痛に叫ぶロキ。
飛び散る血が大地を赤く染め、見ている者達の恐怖を更に駆り立てていく。
一誠はそんな中、少しばかり不満そうな声を上げた。
「やっぱり鈍ってやがる。前だったら野郎の半分くらい持って行けてたのに、この程度じゃやってられねぇってのによぉ」
その言葉を聞いてロキは背筋がゾッとした。
この悪神の腕を一本持って行きながら、まったく満足していない。それどころかまだ本気ですらなく、力の片鱗ていどしか見せていないというのだから。
それがどれだけの恐怖なのか? まるでアリがどんなに頑張ろうと人間には敵わないように、自分が小さく矮小である存在だと思い知らされる。
認めたくない。しかし、結果と自身の本能はそれを認めてしまっている。
目の前にいる『これ』は絶対に戦ってはいけない相手だと。
だが、もう無理だ。逃げることは出来ない。何故なら、もう目の前のそれに自分は捕らえられてしまっているのだから。
全身から噴き出す汗を感じながらロキは少しでも事態を逆転しようと考える。
そんなロキの心情などまったく考えず、一誠はオモチャを使って遊ぶ子供のように無邪気な、悪意はないが殺意は充分な笑みを浮かべながら更に動く。
「おいおい、こんな軽く触った程度で逃げんなよ。まだまだこっちはヤってねぇんだから、もう少し付き合えっての」
そして再び一誠は仕掛ける。
獣のような咆吼を上げ、世界を震え上がらせながら尾で大地を粉砕し、飛び上がってからロキに向かって突進する。
その様子はまさに赤い流星。吹き荒れる赤きオーラが尾を引いて、幻想的にも見える。しかし、その威力は幻想というにはあまりにも酷すぎるものだ。
ロキはそれを受けるのは不味いと急いで回避するが、それでも余波だけ吹っ飛ばされて大地に叩き着けられ、躱された一誠の拳はそのまま大地に突き刺さり冥界を鳴動させた。
その揺れとともに襲い掛かる衝撃波は全ての物を粉砕し、それこそロキが先程放った魔法の比ではすまない大破壊が引き起こされる。
その威力は久遠の結界を持ってしても不十分であり、久遠の腕から血が吹き出た。
その痛みを感じながら久遠は自棄気味に叫ぶ。
「くっそ、あのヤロー、まったく人の話を聞いてねぇ! あぁ、痛てぇ! 絶対に許さねぇ! 帰ったら絶対に飯奢って貰う!奢らせてやる! それもクソ高い奴を絶対にだ、コンチクショー!」
その叫びを聞きながらも、リアス達は目を見開いていることしか出来ない。
目の前で繰り広げられている光景に理解が追いつかずにいた。
とてもじゃないが、彼女達ではこんな事は出来ないのだから。
それをやってのけるあの『イッセー』は一体何なのだと。
そんな置いて行かれている状況など気にしせず、一誠は更に暴れ回る。
拳を振るう度に大地が砕かれ鳴動し、突進する度大気が揺れる。暴れた後には朽ち果てた大地しか残らず、その暴れっぷりと来たらそれこそ先程までフェンリル達が暴れ回っていた比ではない。
その様子に一誠の中にいるドライグも呆れていた。
『相棒、久々に思いっきりやるのは結構だが、少しはおとした方がいいんじゃないか? ここは一応は俺達の世界ではないのだし』
「そう言うなよドライグ! こっちはここ二週間ですっかり鈍っちまってるもんを直そうってんだ。少しばかり派手に暴れた方が調子出るんだよ! それに向こうがケンカを売って来たんだ。だったら買った側として、ぶっ飛ばしてやるのが礼儀ってもんだろ!」
違ったことは言っていない。
だが、それでもそれはどうかと思うドライグは内心でロキを哀れむ。
(やれやれ、何というかタイミングが悪かったとしか言いようが無い。あの悪神には悪いと思うが、相棒に目を付けられた時点でもう無理だ。だからせめて哀れむくらいはしてやろう)
そんな相棒の心情などまったく気に留めず、一誠は拳を振るう。
因みにこれでもまだ全開ではない。ヴァーリの時と比べれば、まさに錆落としレベル。その証拠にまだここいら一帯の地形は変形していないのだから。
だが、それでも個の力としては破綻している。
そして追い詰められていくロキに、遂にその拳が突き刺さった。
「オォオオォオオオォオオォオオォオオォオオオオオォオオオ!!」
「ぐぁあぁあぁあぁあぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
もう一本の腕も消し飛び、足が弾け、血肉が飛び散り宙を舞う。
内臓が潰れ口から血が溢れ、生命その物が飛び散っていく。
そのまま大地にめり込んだロキはそれこそ死に体であった。本来ならミョルニルを使わねばまず勝てないであろう相手。だが、この一誠の前ではあのヴァーリ以下でしかなかった。そのせいか、一誠自身は一切の損傷を受けていない。
それが不満だったのか、一誠はつまらなさそうな声をロキに上げる。
「おいおい、もうちょっとやろうぜ。そっちがケンカを売ってきたんだからよぉ。この程度じゃ不完全燃焼すぎんだろ」
その言葉にロキはもう怒る気力すら起きない。
まるで猫がオモチャにじゃれつくように言う一誠だが、ロキからすれば……この光景を見ていた久遠以外の全員からすれば、それは戦いなどではない。
一方的なまでの蹂躙だ。
ロキは逃げるためにも大火力の魔法を放つも、一誠はそれを防ぐことすらせずに突進して無傷で殴り、結界を張ろうとも薄紙の如くやすやすと破っては攻撃を繰り出す。
ロキは攻撃らしい攻撃も、防御らしい防御も一切出来ず、ただ『加減した程度』の拳で何度となく打ちこまれたのだ。
故にもう何も出来ないロキには絶望することしか出来ない。
神がこうも一方的にやられるなど誰が思おうか? それは何よりも神である自分達が一番思わされた。
ロキはもう抵抗する力なく、その身を大地に沈ませる。
そんなロキを見て一誠は呆れたような溜息を吐くと、構え始めた。
「まぁ、リハビリだからこの程度だからしゃあねぇが、それなりには楽しめたぜ。だから礼代わりに、今出来る限りの一発で終わらせてやるよ」
その言葉と共に身体から噴き出す赤きオーラ。
そして光り輝く両拳と胸の宝玉は、その輝きを増していく。
その姿を見たリアス達は流石にヤバイと思った。身体に溜め込まれているその力は、それこそ魔王ですら及ばないほどに強大だと。そんな力を一気に振るえば、この大地は勿論自分達でさえどうなるのか考えなくても分かる。
故に顔が真っ青になっていくリアス達。そんな彼女達と比べてまだ余裕のある久遠だが、流石に一誠に叫んだ。
「なっ、おいイッセー! そいつはなしだ! そんなもんぶっ放したら、流石にオレでも死んじまうよ、この馬鹿、アホ、ヘタレ、金欠、唐変木、アーシアちゃんに言いつけて飯抜きにするぞ、コラァっ!!」
そして流石にドライグからも止めの言葉が入った。
『相棒、流石にロンギヌスは止めておけ! あれを放ったらここら一帯は焦土と化すぞ! そうなれば久遠も無事では済むまい』
そう言われ、一誠は不満そうに声を漏らす。
せっかく気分が乗ってきたところで止めろと言われ、仕方なく引き下がった。
「しゃぁねぇなぁ。だったらドラグブリットでいいだろ」
それでも過剰な威力だが、この際ロンギヌスよりはマシだとドライグも久遠も許す。
そして許された一誠は大地に沈むロキに向かって突っ込んだ。
「ドラグゥウウウウウウウウウウウッ、ブリッドォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
その赤き流星がロキに激突すると共に、この戦いの中で一番の強大な衝撃がこの地域一帯を襲った。
揺れる大地は覚えるかのように揺れ、轟音は全てを飲み込む。
それらが全て収まった後に残ったのは、あまりにも巨大過ぎて底が見えなくなるくらい深いクレーター。
その直撃を受けたロキは無事なわけはなく、それこそ欠片も残らずに『消滅』した。
本来ならミョルニルによって倒され、その際に呪いをかけていくはずであったが、この凶暴なる暴君の前にはその素振りすら許されなかったのだ。
そしてクレーターの中心部から飛び出した一誠は覇龍進化を解き、通常時の赤龍帝の鎧姿へと戻った。
「いやぁ~、まぁなんだ。悪くはねぇが、面白くもなかったな。やっぱりあの野郎相手以外つかうもんじゃなかったか?」
だったら使うなよ、と久遠は突っ込みたくて仕方ない。
そんな久遠だが、突っ込む前に背後から大きな声が飛び出してきた。
「あれ、ロキは!? っていうか、俺、さっき死んだはずじゃ!」
それは本来なら有り得ない出会い。
フェンリルの牙で貫かれ死にかけていた兵藤 一誠は、その前に受け取ったとある物によって命が助かった。
そして復活した彼の目の前に広がったのは、何もかもが消滅しきって何もなくなり、巨大過ぎるクレーターが出来上がった大地。
そして、その真上に浮かんでいる『自分と同じ赤龍帝の鎧』であった。
「な、何で俺があそこに居るんだよ! え、何で!?」
その声に気付き、リアス達が声の発信源に顔を向けると、それまで以上の驚きに目を見開き声を上げた。
「「「「「「「イッセーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?」」」」」」」」
これでやっと彼女達は理解した。
この場には『赤龍帝』が二人居ることに。
その様子に久遠は笑いたい気持ちを堪えるのに必死だった。