ハイスクールD×D 赤腕のイッセー 作:nasigorenn
その言葉にこの場に一人を除いた全員が驚愕した。
別に何も可笑しな事ではない。彼が言ったことは言い方こそ乱暴ではあったが、扱く真っ当な事である。世間体を考えれば尚更彼の言葉は正しい。
しかし、そうではない。
彼の周りに居た者達が驚いたのは、彼女達が知っている『彼』と同じ姿形をした『同じ存在』であるはずの彼がまったく違う反応を示したからだ。
「「「「「「なっ!?」」」」」」
あまりの驚きに言葉を失うリアス達。
そして何よりも驚いたのは、その話題をふったイッセー本人である。
「なっ!? お、おい、アンタ、マジで言ってるのか! おっぱいだぞ、おっぱい! 男の夢の詰まったロマンだぜ!」
妙な迫力を出しながらイッセーはもう一人の自分である一誠に食いかかる。
それは彼からしたら信じられないことらしい。自分と同じ顔をした同じ存在であるはずの一誠がそんな反応をするだなんて信じられなかったのだろう。
対してそんな妄執に近い熱意を向けられた一誠は、まるでつまらなさそうな顔でイッセーに白い目を向ける。
「マジもクソのそのままだろ。そんなもんどうしろってんだよ? 何の得にもならねぇだろうが」
そう答える一誠に、イッセーはまるで信じられないものを見るかのような目を向けた。
彼には信じられなかったのだ。彼がもっとも信じる偉大なる存在が、目の前の者はそれこそ本当にくだらないと言わんばかりの反応をしていることに。
だからこそ、もっと彼は熱く語り始める。
「そんな得なんてもんじゃねぇ! おっぱいってのはなぁ……男の熱いパトスなんだよ! 夢であり、本能が求める極致なんだよ!」
「はぁ……それで?」
「なっ!? わかんねぇのか! 見てみろよ、あの部長のおっぱいを! 朱乃さんのエロチックなおっぱいを! こう、グッとくるもんがあるだろ?」
「いや、まったく。まぁ、でかいってのは分かるが、そんなもん人それぞれって奴だろ」
「何だと! もしかして大きいおっぱいじゃなくて小さい方が好きなのか? じゃ、じゃぁ、小猫ちゃんのロリおっぱいにアーシアのおっぱいはどうだ? それに部長ほどのサイズじゃないけどそれでも充分大きいゼノヴィアのおっぱいは?」
「そう言われてもな。さっきも言ったが胸なんて人それぞれだろ。一々気にしたりするようなもんかよ」
「はぁ? マジで言ってんのかよ! それでも男かよ!」
「そりゃ見りゃわかんだろ。何でこんなことで男なのか疑われなきゃならねぇんだよ。寧ろ突っ込むんなら、さっきからおっぱいって言い過ぎだろ、アンタ。オツムが大丈夫か心配になってくるぜ?」
実に支離滅裂で何を言っているのか良く分からない。熱意そのものは真摯に伝わっているので、所無く理解出来なくはない。
この世界の兵藤 一誠(イッセー)において、女性の胸というのはもの凄く重要なものだというのは伝わりはした。
だが、だから何なんだと言うかのように一誠は睨み付ける。
その苛立ちに近いものに周りは少しだけ身を震わせたが、それよりも目の前で繰り広げられている論争とでもいう物の様子に彼女達は見入ってしまう。
「あのイッセーからあんな言葉が出るなんて……」
「イッセー君はエッチなのが当たり前だと思っておりましたから、こんな風に答える彼の姿は何だか奇妙な感じですわね」
一誠の答える様子を見て心底信じられないといった驚きを隠せないリアスと朱乃。彼女達はイッセーを好いている女性達の中でも特に彼を取り合い、良く色仕掛けをしている。その時、当然の如くイッセーは鼻の下を伸ばしてふらふらと二人の間を行ったり来たりをしているわけだ。そんなエロス全開でスケベ丸出しなイッセーと同じ姿をした人からそんな言葉が出るとは思わず、驚いていると言う訳だ。
「本当にイッセーと同じ存在なのか、彼は? とても信じられない」
「イッセーさんと同じはずなのにまったく違うんですね……」
「あっちの先輩は何か……すごく先輩っぽくないです」
ゼノヴィアとアーシア、それに小猫は一誠の反応に本当に同じ存在なのか疑ってしまう。彼女達の知るイッセーと言えば、エッチだが情に熱い熱血漢といった感じだ。普段はスケベ丸出しなだけにそっちに行ってしまうが、それでもここぞというときは決めてくれる男。
しかし、一誠はそれとは違ってとてもじゃないが、まったく興味を持ってなさそうだと彼女達には感じられた。
「女性に興味がないのかな」
少し危うい感想を洩らす祐斗。
一応言っておくが、一誠は男色の気はない。
「どっちの先輩も何だか凄いです~!」
何をしても尊敬しそうなギャスパー。どちらの一誠も彼には尊敬に値するらしい。
そんな感想を抱く周りに対し、イッセー本人は遂に膝から崩れ落ちた。
「そ、そんな……おっぱいにまったく興味がないなんて……こいつ、本当に男か……」
それまで狂気染みた熱弁を振るっていたイッセーだったが、その対象である一誠はそれこそ馬鹿なことを言っているイッセーに呆れ返った様子だ。それに心を打ち砕かれたイッセー。彼の持論からすれば、男は皆おっぱい好き。それを真っ向から否定するのは、最早男ではない。それが平行世界とは言え、同じ存在である自分から否定されたのだ。そのショックは例え自分と直接的な関係はなくとも計り知れないくらい大きかった。
兵藤 一誠がおっぱい好きではない。
この事実は後におっぱいドラゴンと呼ばれる様になる彼にはあまりに衝撃的であったのだ。
「逆に俺はそっちに聞きてぇくらいだよ。何であんなもんにそこまで熱をいれられるんやら。女の胸なんてどうしようもねぇだろうによ。そりゃ俺だってそれが女の基準の一つになってるってのは知ってるけど、その程度の事だろうが。胸で腹が膨れりゃ気にはするが、そうでもねぇなら何もねぇだろ、普通。そんな自分に何もないもんに夢中になる理由がわからねぇよ」
対して一誠は本当に何言ってるんだ、こいつと言った感じだ。
彼からすれば、どうしてここまで下らないことに熱を上げられるのかの方が不思議で仕方ない。
別に彼だって知らないわけではない。世の中の男性は女性の胸に欲情する事ぐらいは知ってはいる。だが、この男はそれ以前に生き方の方が重要なのだ。
女よりも戦いを求める。自分の生き方が重要なのであって、生活苦であっても其方を優先する。早い話が、この男は恋愛に興味が無い。女に欲情しない。性欲よりも闘争本能が上である。
そんな人として外れているからこそ、あれほどの力を手にしたと言ってもよいのだが、それでもやはり人としては欠陥品なのだ。。
そんな男にいくら男の欲望を語った所で理解などするわけがない。
イッセーは目の前の男が本当に同じ兵藤 一誠なのかと本当に信じられなかった。
そんな二人の様子があまりにもおかしかったのだろう。
「あっはっはっはっは、ひぃ~、もう駄目だ! 腹いてぇ~!」
久遠が堪えきれずに腹を抱えて爆笑し始めた。
それはもう本当に清々しいまでの笑い声に、それまでショックを受けていたリアス達も何だ何だと久遠の方を向いてしまう。
そして笑われた一誠とイッセーが当然反応しないわけがない。
「テメェ、いきなり笑うってのはどういうことなんだよ?」
実に不機嫌そうに睨み付ける一誠。久遠に笑われたことが実にムカついたらしいが、これも彼等からすればいつものこと。もう慣れているので実際はそこまで怒ってはいない。
「な、何が可笑しいんだよ!」
いきなり笑われたイッセーは一体何が可笑しいんだと本気で久遠に問いかける。どうやら一誠の説得に失敗したせいで精神が折れかけていたようだ。
そんな二人や周りに対し、久遠は腹を抱えつつ説明することにした。既に一誠は何を言うのか分かっているのか、不機嫌そうだが何も口は挟まないようだ。
「いやぁ~、まさか世界が違うとここまで違うとは思わなかったものでね。あのイッセーと同じ顔が実にらしからぬことを熱意込めて言うもんだから、あまりにもそのギャップが可笑しくて笑っちまったんだよ。いや、すまないとは思ってんだけど、堪えきれなくてさ」
それでも笑う久遠。そろそろ一誠の拳が握られて来たのを見て仕方ないといった感じに説明し始めた。
「こいつにそういった『色事』を期待するのは間違いってもんだよ。何せコイツは素でアーシアちゃんやらあの可愛い幼馴染みのイリナちゃんだっけ…その二人を普通に部屋に泊まらせるような奴だからな。それも何もしないで。勿論、ヘタレたとかそんな意味じゃなくて、普通に何も考えずにだ」
その言葉にイッセーは信じられない目を一誠に向けた。
男の一人暮らしのところに美少女を二人も泊めさせ、それに手を出さないというのは男としてどうなのかと。勿論、イッセーは駄目だが、この男の場合は周りが放っておかないのでそれには困らないだろう。結局の所はトラウマもあってヘタレなのだが。
だが、一誠はそうではない。素で気にしない。異性と認識はするが、意識しない。
あの時泊まらせたのは、泊まる場所がないということで仕方なく泊めたに過ぎないのだと彼は胸を張って答えるだろう。
その違いが久遠には溜まらなく可笑しかったらしい。
「コイツは異性に興味なんて持たないよ。コイツが大好きなのは、それこそ命掛けの喧嘩だよ。自分の力を存分に振るえる、全開で殺し合える喧嘩が大好物でね、それ以外は特に興味ねぇんだよ。あぁ、後スーパーの特売には目がないのもそうだったか」
その久遠の言葉に一誠はその通りだと頷く。
彼は性欲など殆ど無い破壊の権化と言って良い存在だ。故に戦いこそが一誠の本領であり領分。ただし、常に戦いのみを求めているわけではなく、日常もそれなりに楽しんではいる。
そしてスーパーの特売は彼の生活において重要なことであり、それこそがライフラインと言っても良い。万年金欠なこの男にとって特売はそれこそ、絶世の美少女からの告白なんかよりもずっと大事なことである。
何せなければとっくに餓死していても可笑しくないのだから。
「この馬鹿は戦いと特売があればそれだけで充分なんだよ。それ以外は余分でいらねぇって思ってんのさ。正直性欲なんてもんとは無縁だよ、コイツは。何なら俺はコイツが女に靡かないってことに全財産賭けてもいい。それぐらいコイツは異性に興味が無いんだよ」
久遠は愉快そうに語る。その様子に一誠はもう、目の前の人物が同じ兵藤 一誠だとは思えなかった。
「おっぱいに興味が無くて、しかもそれで戦いが好きって…どこぞのヴァーリじゃねぇか……」
それなのにあんなに強いなんて、とイッセーは思う。
自分はあれだけの思いをして、やっと今の力を手に入れた。まぁ、性欲に直結して禁手に至るなど、通常からはかけ離れた方法で覚醒したりしたわけだが、それでも充分強くなってきている。その自覚はあるが、それでも足りないとイッセーは思う。今も、そしてこれからもより強大な敵は目の前に現れるだろう。それらと対峙したとき、リアス達を守れるだろうかと不安を感じるのは拭えない。だが、目の前に一誠は違う。
圧倒的な力を持って、相手を飲み込み殲滅する暴威。自分が仲間達とあれほど苦戦しても倒せなかったロキを一方的に討ち滅ぼした力は、それこそイッセーが望んでやまないものだ。
自分と目の前にいる『自分』。
その違いは育った環境は勿論、その生き方。そして何より、性欲と闘争本能の違いではないだろうか。
そう思うと考えさせられるものある。だが、同時に……エロを自分から取ったら何も残らない気がすると冷や汗を掻くイッセー。それはもう自分じゃないとすら思った。
だからこそ思う。
(コイツ、もう俺とはまったく違うんじゃねぇ)
そう思っていると、今度は一誠の左腕から声が聞こえてきた。
それは勿論、イッセーも聞き覚えのある声である。
『ふん、さっきから聞いていれば随分と腑抜けたことを抜かすようだな、この世界の相棒は。こちらこそ同じ存在だとは到底思えないぞ、相棒よ』
「言うなよ、ドライグ。俺だってこうも違うのかって思ってんだからよ」
それは彼等二人に宿っている神器、赤龍帝の籠手に封印されている二天龍の一角、ドライグであった。その声に反応し、イッセーの左腕からも声が上がった。
『そちらの相棒はまさに、我等の理想とでも言うような使い手のようだな。正直羨ましいぞ。それに比べて俺の相棒は……はぁ』
「ちょっ、ドライグさん! さっきの溜息は何なんだよ! さっきの、明らかに呆れ返ってただろ!」
同じ空間に存在し得ないはずの同じ存在によるそんな会話が始まり、一同はさらに二人に注目する事となった。