霧雨魔梨沙の幻想郷   作:茶蕎麦

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第十一話

 

 

 

 アリス・マーガトロイドは、魔界生まれで幻想郷在住の魔法使いである。そして、何より彼女が訪れる人里その他の場所では人形遣いとして有名であった。

 何しろ、アリスは普段から日常的に幾多の人形を操り、それに身の回りの世話をさせたり、戦わせてみたり、演劇させたりしている。

 人形のような容姿の少女が人形を生きているかのように操っているという、ひと目で忘れられないインパクトをもつアリスの姿は、器用な人形遣いとして認知され語られるのに充分なものであるから、おかげで魔法使いの腕はようとして知られていない。

 だが、本来アリスは魔界生まれであるだけに洗練された魔法を使う上、普段から錠をかけたグリモワールを手放さないことから分かるように、人形を用いない魔法を奥の手にしているくらいには通常の魔法の腕の方も達者なのである。

 そんな、七色の魔法使いとしてのアリスを知るものは、ここ幻想郷では余りに少ない。本来の強さを知るのは魔界にいたアリスと戦ったことのある四季のフラワーマスター風見幽香に魅魔、そして魔梨沙くらいのものだろう。

 その三人が言いふらしたりしない限り、アリスはずっと見た目だけ賑やかな妖怪と一部の口さがない人妖に言われ続けることになるのかもしれない。

 しかし、それを当のアリスはそれを良しとしている節がある。

 

 魔界に居た頃幻想郷から来た三者に攻めこまれた際に一度負けた後、幻想郷に訪れ今度は全力を出して戦い負けたが、その力を気に入られて魅魔や幽香に玩具にされた過去から、アリスは手の内を隠し本気を見せることなく負けることを覚えた。

 勿論、アリスは勝つことが嫌いなわけではなく、相手を負かすために戦うこともある。しかし、絶対に勝たなければいけないような、そんな自分を崖っぷちに追い込むような戦いは避けるようになっていた。

 もっとも、人形を操るばかりのアリスも存外強い存在である。ここ最近流行り始めたスペルカードルールの弾幕ごっこに、器用な彼女は上手く人形を組み込んで派手な弾幕を作り、手頃な妖怪と戦って勝ちを得たりしていた。

 

「しかし、考案者の一人には、及ばない、か。私の負けよ」

「……なんかあんた随分と引き際がいい妖怪ね。まあいいわ。私の勝ちだから、ここを通してもらうわ」

「ふぅ。それは構わないけれど、貴女はこの異変の首謀者の目星はついているのかしら?」

「分からないけど、それでいいわ。私は大体勘でこういう犯人とかを見付けられるから」

「随分とプリミティブな捜査をしているのね。巫女らしいといえばそうなのかしら」

「何とでも言えばいいわ。案ずるより産むが安しよ。とっととこの寒い冬を終わらすには、動くのが一番。温まるしね。それじゃあ行くわ」

「行ってらっしゃい」

 

 アリスは異変時特有の見敵必殺の精神を持った霊夢に出くわして、弾幕ごっこでこれに応戦することしばし。健闘はしたが、流石に弾幕なれした巫女には勝てず、彼女は負けて、素直に道を譲った。

 

「さて、人形たちは……大体大丈夫、か」

 

 紅白の後ろ姿を見送って、そうしてアリスはまず倒された人形たちの無事を確認する。魔法で出来た糸を使い集めたその全てに欠損もなく、汚れてはいるが、大概洗えばなんとかなるようなものだった。

 その内の一体の頭を撫でて土を落とし、魔力を通して動きを確認しながら、アリスは独りごちる。

 

「折角集めた春度、全部奪われちゃったわね。まあ、興味の解消ぐらいのために集めていたのだから、別にいいのだけれど……」

 

 そう、アリスが魔法の森の上空で浮いていたのは、飛んできた春度を、研究していたところだったからだ。動的な春の力を動力源にした場合に人形はどういう風になるのか、気になって風に運ばれるそれを集めていた。

 基礎を木で作った人形と春は五行思想でいえば相性がいいはずである。そう考えて収集していたが、一体の人形を動かすのに必要量が多すぎていて計画は最初から頓挫気味であった。

 そこに巫女の登場である。根こそぎ春度を取られたアリスは、まあ仕方ないかと諦めた。元より、彼女の目的である完全自律人形の作成からは離れた実験であったし、それにもし自律した人形が出来たとしても頭が春だったりしたら意味が無い。

 何より、自然の摂理を曲げてまでして得たいものはこれまでアリスにはなかった。だから、彼女は意見の合わない今回の異変の首謀者には興味もない。むしろさっき通った巫女の人間離れした強さや紅白に興味がわくくらいだ。

 その、交友関係についても。

 

「少し奇抜なデザインだけれど、今度は博麗の巫女を模した人形でも作ってみましょうか……あ、あの紫色は……やっぱり魔梨沙!」

「あらー。アリスじゃない。どうしたの、こんな吹雪いてる日……ってここはそれほどでもないのか。なるほど霊夢が向かっている方角は間違っていないのね」

「……そのペンデュラム私の方を指していない。魔梨沙は私に会いに来たわけじゃなくてあの巫女を探していたのね……あの紅白、もっと本気で邪魔してやれば良かったかしら」

「うん? 心配だから霊夢を探していたのは確かだけど、アリス最後になんて言ったの?」

「独り言よ。なんでもないわ」

「そっかー」

 

 アリスの言葉に魔梨沙は納得するが、アリスは納得行かない心持ちを胸に抱く。

 なるほど魔梨沙もあの巫女と同じように異変解決に来ているのだというのは言動から何となく分かる。しかしそんな非常時だと理解していても、自分よりも博麗霊夢が優先されているという事実に、アリスは耐えられない。

 こんな嫉妬心、下らないと思いつつも止められないのはどうしてか。それは、ここ幻想郷で魔梨沙がアリスにとって唯一といっていい友人であるからである。いや、彼女の中では最早家族といっていいくらいなのかもしれない。

 

 勿論、魔梨沙に友人が複数いるというのは知っていた。

 単身魔界から幻想郷に来たアリスを心配して最初の頃はよくよく魔梨沙が彼女の顔を見に来ていたし、それに紅茶が好きな二人は時折アリスの家にて二人だけでお茶会を開いて情報交換をしていたりもしたのだ。

 最初、アリスも巫女の姿を見て魔梨沙が時折語る霊夢とやらではないかと思ったが、彼女の口から出る霊夢はいい子で優しいという目の前の紅白とは異なるものであったために、博麗の巫女とは複数いるものだと誤解した。

 そのために、こっちは話題にものぼらない方ね、と軽く見ていたが、その実魔梨沙が心配していたのは彼女であり、未だに目の前のアリスより優先されている存在でもある。

 

「いや、なんでもない訳ないわよね」

「んー?」

 

 そう、なんて羨ましいのだろう。人が人を心配するのは当たり前。でも自分だって魔界の人であるのに、どうして魔梨沙は私だけを見てくれないのか。心配するなら、私も心配してくれなければいけないはずなのに。

 そんなアリスの心は、まるで生れた子に対抗して私にも構ってと親にすがる長子のようであった。

 

「ねえ、魔梨沙。私のグリモワール、前から読んでみたいと言っていたわよね。でも、貴女は内容を魔界人しか読めないからって渋々諦めていたけど……私が読んであげてもいいのよ?」

「え、本当? それはありがとう、アリスー。この異変が終わったら読み聞かせてちょうだいね」

「それは駄目。今日中、今直ぐじゃないと読ませてあげられないわ」

 

 アリスは魔梨沙が力を追い求めていることをよく知っている。そのためだけに魔界に来たことも、魔界の神、神綺に授けられたアリスのための魔導書に強く興味を示したことも、力が欲しいからと全部魔梨沙の口から聞いていた。

 ならば、魔界神が創ったこの究極といっていい魔導書は、再び魔梨沙の興味を引くいい餌になるに違いないとアリスは思う。期限を今日に定めれば、それこそ一日中アリスから目を離せなくなるだろうくらいには。

 何せ、異変解決は本来巫女の仕事らしいし、今回の異変の首謀者が幾ら強大だろうが、スペルカードルールさえ守られれば、何時か事態は終息するはず。だから、巫女に対する心配は杞憂だと魔梨沙も思っているはずなのだ。

 故に、選択の余地もないと、アリスは考えていた。しかし、現実は違っている。

 

「それじゃあ、霊夢に追いつけなくなっちゃうからだめねー。また今度。気が向いたらおねがい」

「えっ?」

 

 本心は、それこそ力への執念で焼き付いているはず。それなのに、魔梨沙は迷いなくそう言った。

 先の言葉通り、実際に霊夢が心配なところもあるが、信頼もあるためにそれは意外なほどに少ない。

 即答の原因は、約束があるからだった。妹とした些細な約束。霊夢を任した、任された。自分の命より大事な最愛の妹と約束したそれを破ることは、どんな好機を逃すことよりもしてはいけないことである。

 

 そんな約束、アリスは知らない。だから、アリスの脳裏は混乱する。

 何故そんなにあの巫女が大事なのか、孤独に疲れていた私を察し撫でてくれたあの手の暖かさは嘘だったのか、クッキーが甘過ぎると言ったら次にはそれを忘れずに控えてくれたあの気配りは何だったのか、そんなこんながグルグル回った。

 しかし、まるで人形のようなアリスの表情は歪まずに、その内心の痛苦は表れず。魔梨沙もこうも必死に自分が思われているなんて夢にも思えないために、提案はアリスの気まぐれだと処理してしまい。

 結果、魔梨沙はアリスから顔を背け星形の振り子を手にして、ダウジングを再開。そうして位置を探り霊夢の元へ飛び立とうとしたその時に、唐突にアリスは声を掛けた。

 

「待って、魔梨沙! 弾幕ごっこ、始めましょう?」

「ええー。アリス、あたし急いでいるんだけど……うわっ、危ないじゃないアリス」

 

 それは有無をいわさない実力行使。何時の間にか人形に囲まれていた魔梨沙は、そこから発された弾幕を寸でのところで避ける。

 

「待ちなさいって言っているでしょう。ほら、スペルカード。私が負けたらこれ以上邪魔はしないわ。その代わり、勝ったら魔梨沙は今日一日異変に関わるのは禁止よ」

「どうしてこんなことするのよー」

「どうしてもこうしてもないわよ。貴女の追いかけている巫女だって何の理由もなく私に襲いかかってきたわ。スペルカードは一枚にしてあげる。これなら時間もかからないし、いいでしょ?」

「しようがないわねー。アリス、遊んであげる」

 

 急な展開に、魔梨沙はアリスが自分と遊びたくなったのだと勘違い。元々出会った頃は自分よりも大分小さかったアリスを魔梨沙は、霊夢のように、妹分であるように感じてそう扱っている。

 だからまあ、ちょっとした駄々は、受け止めるのが姉貴分の役目と考えて、魔梨沙は笑んだ。

 

「ふふ。さあ、一緒に楽しみましょう」

 

 そんな向けられた笑みが、ちょっとだけ、アリスには嬉しかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 アリスは、そのスペルカードを宣言する前に、烈しい弾幕放出に耐えられる選ばれた八体の人形を自分の周りに、円を描くようにして控えさせる。

 本来ならば、その手順は魔法を使って召喚することで瞬時にして終わらせるべきものであるが、未だにこのスペルカードは未完成であるために、この部分は省略出来なかった。

 しかし、それでもこのスペルカードはアリスの持つ他の何よりも強力だと断言できる。彼女の本気を表すかのように、その弾幕は苛烈なものとなるだろう。

 

「いくわよ、「グランギニョル座の怪人」!」

 

 そう、それは演じられた悪夢を人形によって再現したもの。つまりは、恐怖すべき代物である。

 

 まずは、八体の人形一体ずつから二方向に桜色と赤色の二色の弾幕が生成され、人形自体が回ることによって、それらは交じり合い複雑な放物線を描いていく。

 単純に、八かける二の十六条の花弁状の弾幕による線が周囲に成って行くかと思えば、そうでもない。

 なんと、一定の距離になると、一部の弾幕は急にアリスの方へと角度浅く巻き戻り加速していくのだ。アリスの周囲はまるで万華鏡の中のようで、粒で出来たシンメトリーな形が宙に次々と顕になっていった。

 そして、アリスの周囲を彩った二色は巻き戻された桜色の分が今度は鋭角に外を向いて放出されていく。

 

「わ、これはかなりの……弾幕ねっ」

 

 つまり、魔梨沙からすると眼前を覆わんばかりの二色の弾幕が、斜めから、そして速度も角度も違う二種類の弾幕となって視界の両端から襲いかかってくるのである。

 眼前は最早花の嵐でその中に突っ込んでいく勇気はとても湧くものではない。その数の多さ、密度は弾幕慣れした魔梨沙であっても驚くものがあり、その上に等速で向かってくるのではないという不規則さが正確な目測の邪魔をしていく。

 そもそも、斜めから来る弾幕というのは視界の外から来るものがあるために単純に避けにくく、これほどの密度の弾幕であれば、弾幕上級者であっても斜めから来たからというだけで失敗する可能性がある。

 それほどの弾幕の嵐をその場で捌く魔梨沙はかなりの達者であるが、しかし、そんな彼女を驚かせる仕掛けが未だあった。

 

「まだまだ行くわよ……これで、どう!」

「くぅっ」

 

 そう、そんな悪夢めいた空間が弾幕の一瞬の途切れと共に終わろうとする、そんな間隙に、アリスの人形たちは赤に紫二色の鱗状弾幕を殺到させる。

 集い大量に纏まったそれはまるで三又の矛のような形となり、かなりの速度をもって中心の先端を魔梨沙に定めて真っ直ぐに伸びていく。

 魔梨沙は一瞬大きく避けようかとも思ったが、そうしてしまえば、未だわずかに残る花弁状の弾幕にぶつかってしまう上に、まず逃げるより先に他の三又の先端が魔梨沙に届いてしまうだろう。

 だから、その大量の赤紫の威圧感を無視して、真ん中の一発一発が自分に向かってくるのであれば少しずつ避けていけば全て避け切られるとの判断から、体に掠らせつつ少しずつ避けることを選んで、その大型弾幕の全てを避けきった。

 

「そんな!」

「危なかったー。判断を誤ったら終っていたわね」

 

 ほんの少しの間を挟んで、弾幕は続いていく。先と殆ど同様の、難しい弾幕が魔梨沙に迫る。しかし、もう二度目。魔梨沙はパターンを【見切って】いた。一度目は見に回っていたために、撃っていなかった弾幕を魔梨沙は張り始める。

 それは、スペルカードを使用したアリスの物量にはてんで及ばないが、通常弾としては強力な代物。昼間の星は真っ直ぐ流れて行き、悪夢を食い破る。

 上下左右僅かに動きまわりつつ体に魔弾を大いに掠めさせながら、冷静に紫の星形の魔弾を上手くアリスに当てていくことで、スペルカードを攻略することに魔梨沙は成功した。

 

「やったわ、あたしの勝ちねー」

「くっ、そんな、魔梨沙!」

 

 伸ばした手が届くことなく、アリスは地に落ちていく。実力全てを出したわけではないが必死に作った弾幕だったのだ。その後に相手の弾幕を受け過ぎれば防御どころか飛行の魔法すら使えなくなるのは仕方のない事である。

 

「おっと、危なーい」

 

 そこを逃さず、颯爽と魔梨沙はアリスをさらっていく。ぽてぽてと地面に落ちていく人形たちをも掬うのは手近の一体以外無理であったが、悔しいのか強く手を握って来る胸中のアリスは無事で、魔梨沙も安心である。

 アリスには少し端の擦れた服以外に何も損傷のないことを確認してから、魔梨沙は彼女を地面に下ろして立たせる。手が離れる時に、あっ、とアリスが名残惜しそうにしたのが魔梨沙には不思議だった。

 その手の中に、人形を押し付けて、向き合ってから魔梨沙は口を開く。

 

「それにしても、すごいスペルカードだったわ。あたしでもやられちゃいそうだったもの、きっとアリスもよく考えたのね。偉いわー」

「でも、勝てなかったから、意味が無いわ……」

「楽しいって、それが弾幕ごっこをする第一の意義だとあたしは思うの。あたしは楽しかった。アリスはどう?」

「それは、全力が出せて楽しくないわけないけれど……でも、魔梨沙は行ってしまうのでしょ?」

 

 久しぶりに全力を出せたのは、気持ちいい。しかし、そんな心地も既に曇っている。そう、魔梨沙は自分より巫女をとって行ってしまうのだから。

 胸の中の人形を掻き抱き、アリスは上目遣いで魔梨沙を見る。視線の先の赤目の少女は、実に嬉しそうに笑っていた。チクリ、と胸が痛む。

 

「うん。約束したからね」

「約、束。そう、先約だから気にかけているのね」

「まあ、そういうこと。今日は駄目でも明日、明後日にはきっと遊びに来るから、その時はよろしくねー」

「うん。分かったわ。約束したから」

 

 言葉の通り、魔梨沙は約束したのならそれを守ってくれるのだろう。なら、大切なものが誰かに取られて失くなってしまうようなこの焦燥感も、約束すれば安心だ。

 無理にそう考えても信じられないのは、既に一度先約によって、巫女に魔梨沙を取られているからだろう。それを、アリスはどんなに頑張っても解消出来なかった。

 だから、アリスが魔梨沙は自分よりも博麗の巫女の方を気に入っているのではないか、という猜疑心に囚われてしまうのも、仕方ないのかもしれない。

 もっとも、そんなことは実際にはなく、魔梨沙は妹の言葉を優先しているだけであるのだが、言葉にしなければ伝わらず。ただ、アリスは無理してついて行けもしない自分を、小心だと責める。

 

「じゃあねー」

「……さようなら」

 

 遠ざかる紫色の背中。アリスはその隣に、紅白の姿を幻視出来てしまい。今回の、異変を起した人物の気持ちを理解する。

 この日から、アリスは霊夢を嫌いになった。

 

 

 

 


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